企業サイドからみた「消費者庁リスク」
当ブログではこれまで三度にわたって「行政法専門弁護士待望論」に関連する話題について語っておりますが、平成21年にはできる(本当かな?)とウワサされております「消費者庁」なる内閣府の外局構想につきましては、これまで以上にそういった専門弁護士が待望されるところではないかと思っております。なんといいましても、5月16日の日経朝刊では「22法律移管」とされ、同日の時事通信ニュースでは24法律、そして朝日ニュースでは26法律が移管されるとのことでありまして(いったいどの報道が正確なのでしょうか?)、今後の各省庁との折衝次第では、ものすごい絶大なる権限(総合調整権限)を有する行政組織が誕生することになるわけであります。これは企業コンプライアンスの観点からみて大きなリスクであることに間違いないと思います。(にもかかわらず、あまり話題にならないのはなぜなんでしょうか?麻生さんはまったく関心がないということか?)なお、誤解のないようにあらかじめ申し上げておきますが、「リスク」といいますのは、決して消費者を騙しているような悪徳企業の「やり逃げ」を支援するという意味ではなく、自由競争のもと正当な営業活動を続けているまっとうな企業の商売に萎縮効果を与えるリスクのことを指しております。消費者保護と企業の自由な営業活動との調和点をどこに求めるのか、という非常にむずかしい問題が横たわっているわけであります。
いずれにしましても、一部移管も含めますと、PL法、景表法、消費者契約法、金融商品販売法、消安法、品確法、公益通報者保護法、食品衛生法、そして宅建業法などなど、商工会議所主催のビジネス実務法務検定問題に登場するような重要な法律の運用に関与する行政組織となりますので、その「行政手法」がどのようになるのかが、非常に気になるところであります。私は行政法専門弁護士でもなんでもありませんが、素人ながら、その行政手法を検討するためには、「何を」規制するのか、という観点と、「どのように」規制するのか、という観点で分けて検討するのが便利ではないかと思っております。「何を」規制するか、というのは消費者行政に関連する企業活動そのものを規制する場合と、消費者と企業との取引の効力自体を規制する場合とに分けて検討すべき、ということであります。それと、「どのように」規制するか、ということにつきましては、以下のとおりに分類すべきではないでしょうか。
①被害拡大防止型→公表、報告、営業禁止命令等 ②被害救済型→父権訴訟、損害賠償金の被害者配当措置等 ③事後規制型(行政調査)→行政罰(課徴金)許認可取消、行政サービスの 停止、改善命令 ④行政指導、誘導型→契約的手法、苦情処理、紛争解決、勧告的措置等 |
もちろん、これらの行政手法がバラバラに用いられる場合だけでなく、こういった行政手法をいくつか組み合わることによって公益目的を実現することも考えられるわけであります。そしてこういった行政手法への企業側の対応も、フレキシブルに検討していく必要があると思っております。ここで申し上げたいのは、行政訴訟を提起したり、行政手続法に沿った申立を行うことを主として意味しているのではございません。(そういった法的手続きに関する問題であれば、それこそ行政事件に強い弁護士さんに相談されるのが良いと思います)私が行政法専門弁護士を待望しますのは、そういった既に教科書的に書かれている法的手続きに強い弁護士さんではなく、もっと早期の段階、つまり行政調査が入った時点で交渉できる弁護士とか、行政罰ができるだけ軽く済むような企業側の諸事情を代弁するとか、いわゆる行政処分によって信用が毀損されてしまう「一歩手前」のところで行政処分を出させないようにするとか、すでに公益目的が実現されたのと同じ状況を作出するといった「政策法務」に強い弁護士のことであります。
「政策法務」といいますのは、普通は霞ヶ関とか、地方自治体の幹部の方々が、法律や条令を制定する場合に、その立法事実を正確に把握したり、どのような行政手法を採用するかを検討したりする場合の実務が中心でありますが、そういった実務の考え方は今後企業サイドにおいても必要になってくるのではないかと考えております。とりわけ所轄の省庁による専門的、技術的見地から許認可行政が運用されてきた法領域に対して「消費者行政」なる名目で別の官庁が大きな権限を行使するとなりますと、曖昧な要件のもとで営業活動の制約(財産権保障の『公共の福祉』による合理的制約)がまかり通ってしまって、そういった処分のもつ「信用毀損効果」をおそれて、企業活動は萎縮してしまうのではないかと危惧するところであります。そこで、たとえば行政が企業に対してペナルティを課すことに「裁量」が認められるのであれば、それこそ普段の法令遵守体制への尽力が影響することになるでしょうし、許認可権を省庁が手放さずに、勧告権だけが消費者庁に存在するのであれば「公定力」がない分、消費者庁とは徹底的に争うことも可能になるでしょうし、リスクを低減もしくは回避する方法はいくらでも考えられると思います。
また、「何を」規制するか、という点で企業活動を直接規制する方法と、企業と消費者との契約自体を規制する方法に分類した場合、たとえば企業の行為を規制するためには多大なエネルギーを使って行政調査を行うことになりますが、その場合にはまず消費者教育がなければ、「利用価値のない消費者情報」に振り回され、非効率な行政活動になってしまうのは目に見えているのではないでしょうか。つまり効率的な消費者行政であれば、1年に1000件の企業不正を処理することができるのに、消費者の啓蒙活動ができていないために、わずか100件しか処理できなかった、という結果に終わる可能性はいまのところ非常に高いと思います。今朝の朝日ニュースで、「消費期限」の意味を理解している消費者は半数にも満たなかった、というアンケート調査のことが報道されておりましたが(朝日ニュースはこちら)、消費者庁構想の最も大切な点は、この消費者への啓蒙活動にあると考えます。さらに、企業と消費者との契約自体の規制につきましても、先日の健勝苑、ニッセンを被告とした大阪地裁での判決(正確には消費者と企業の関係ではありませんが)にもあらわれているとおり、同じ被害者に対する対面呉服販売であっても、その被害者が最初に購入した場合と、次の業者から購入した場合とでは、結論が異なる場合もあるわけです。(ちなみに、先に呉服を購入した業者との契約は公序良俗違反で無効、次に購入した業者との関係では、危険を承知で購入したのだから無効とまではいえない、といった判決内容であります)つまり「消費者行政」といいましても、そこには個々の消費者ごとに企業との取引では保護に値する消費者なのかどうか、吟味する必要があるわけですので、契約関係へ行政が立ち入ることについては、消費者側からも企業側からも、相当な抵抗があるのではないかと予想しております。
ということで、福田内閣の推進する「消費者庁構想」、私の頭のなかでは、予想される混乱を考えますと、その実現率はかなり低いのでありますが、どうなりますでしょうかね?なお、首相官邸HPの消費者行政推進会議の議事録ならびに資料はなかなか勉強になります。
| 固定リンク
コメント
えー、素朴な質問をさせてください。
「消費者庁」が発足するにあたっては、国会の承認、つまり「消費者庁
設置法」(?)の成立が必要なのでしょうか?
それとも省令の類いで可能なのでしょうか?
民主党は本質的には消費者保護という理由付けがなされれば規制強化を
推進する立場に立つ可能性が高いと思いますが、福田政権打倒という
大目標を掲げる今、この政策に素直に協力するとは思えません。
消費者(つまり国民全部なんですけどね)をユーザーとする行政サービス
を一本化し、縦割り行政を改善しようとする試みなのは分かりますが、
これはさらにもうひとつ縦を作るに過ぎない行為でしかないのではない
でしょうか。
投稿: 機野 | 2008年5月19日 (月) 09時31分
政治問題についてはコメントできる立場にはないのですが、たしか行政組織法の改正(たしか内閣府設置法だったと思いますが)が必要ですので、法律改正が必要なレベルのお話であります。
投稿: toshi | 2008年5月19日 (月) 11時02分
内閣府の外局設置ですので、内閣府設置法の改正となります。
消費者庁の内容が固まるのは今月下旬か来月初めと思われますので、移管法をめぐっても綱引きの真っ最中だと思っています。
先日の記事はまだ原案です。移管候補として貸金業規正法とか家庭用品安全法が綱引き中とのニュースが出ています。
総合調整とか連絡調整が中心で生命・安全にかかわるときは総理の勧告権が発動できることがポイントのようです。8条機関は設置できますから、審議会などは作られるでしょう。
ただ、政治的には唯一の売り物みたいなところがありますから、どこまで規制権限を持たせるのか注目ではあります。経産省の下に国民生活センターをおいて、効果的な機能を期待するのは無理で、悪徳商法でもせいぜいが「注意を呼びかける」だけです。規制緩和とセットであるべきの事後規制の体制をどう構築していくか、見守りたい分野だと思っています。
投稿: tetu | 2008年5月19日 (月) 17時41分
いつもながら、詳しいご解説ありがとうございます。
8条委員会が設置されるとしても、まさか証券取引等監視委員会のようなものではないでしょうね。諮問機関くらいでしょうか。
さて、今夕の日経新聞の一面では公正取引委員会が景表法の移管を内閣府に申し入れてきたということで驚いております。もっとも移管に難色を示すと予想していたものですから。このあたりはいろんな情報がほしいですね。
投稿: toshi | 2008年5月19日 (月) 20時32分
景表法、特定商取法、PL法などが原案には入っており、移管はしないが「関与する」法律には金融商品取引法、保険業法、薬事法などがあるようです。
toshi先生のコメントに素直に大感激ですが、単なる年金・労働者ですから(年金だけでは食べられないのでやむを得ず労働をしているという意味です)。恥ずかしい訂正×貸金業規正法○貸金業法
投稿: tetu | 2008年5月19日 (月) 21時45分
解説ありがとうございました。
公取委が譲歩したのは、何かとの(それが何かは分かりませんが)
バーターなんでしょうね。
投稿: 機野 | 2008年5月20日 (火) 12時06分
病院や学校など、従来ではありえない場所でも、「モンスター~」という我が儘放題の消費者や利用者が増えて問題になっています。
利己主義的風潮もありますが、今までの消費者保護偏重政策(殆ど適切な消費者教育をすることなく、消費者の権利ばかりを保護し、本来の自己責任原則、私的自治の根幹を著しく軽視している)のツケともいえるかと思います。
企業からの相談も、このような消費者の理不尽・身勝手な要求への対応や反社会的勢力よりも一般人による不当要求への対応に関する相談が増えています。本屋に言っても、いわゆるクレーマー対応に関する書物が目立ちます。
悪徳商法による消費者被害が後を絶たず、また企業不祥事等を見ても企業の不誠実な対応も依然として多い状況であり、それを保護・是正していくとは非常に重要なことですが、一方で上記のような自己責任を棚に上げた権利主張、しかも完全な利己主義による主張も増えている現実も踏まえて行かなければいけない問題です。本来経済原則に基づいて、自然淘汰に委ねるべきものを、行政庁まで作って過剰な保護をするのが果たして適切なのでしょうか?
自己責任の原則と消費者保護のバランスを適正に保つ法体系の確立と消費者教育、企業への社会的責任履行の要請を実施した上で、現行の行政各機関の消費者・利用者へのサービスを改善することが先決ではないでしょうか。お役所的な対応を継続することが最も消費者・利用者軽視だと私は思います。
上記バランスをとる上で、必要不可決ならば消費者庁の設置というのも選択肢としてはありうるとは思いますが、その前にそんな形式的なものよりも消費者や国民を利する政策を打ち出し実施すべきではないでしょうか。言っている理想とやっている現実が矛盾している現実では、形だけ整えても・・・。ある意味企業の内部統制論と同じような感じがします。
投稿: コンプロ | 2008年5月21日 (水) 00時55分
因みに、この7月よりそのものスバリなタイトルの
『モンスターペアレント』(CX系 主演・米倉涼子)
という連続ドラマが放送されるそうです。
主人公は女性弁護士でして、ある教育委員会から依頼され畑違いの
モンスターペアレント対策に苦闘する、という内容だとか。
連続TVドラマに出来るかなあ…
投稿: 機野 | 2008年5月21日 (水) 10時05分
>コンプロさん
私の意見を敷衍していただき、ありがとうございます。
ここにきて、すこし構想案の骨子がみえてきたみたいですね。
勧告権を付与する、ということですが、ホントに機能するのでしょうか。
ナゾが多いです。
自慢じゃありませんが、「モンスターペアレント」については、弁護士として何度か経験を積んでおります。少年事件ですが。もちろん守秘義務の関係でブログなどでは書けません(^^;
投稿: toshi | 2008年5月22日 (木) 03時05分