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2008年6月30日 (月)

08’株主総会の準備時点で考えていたこと(総括)

今年の株主総会シーズンもほぼ終了し、原弘産vs日本ハウズイングの委任状争奪戦に代表されるように、株主提案権が不発に終わるケースが目立ちましたが、逆にいえばここ数年の「モノ言う株主」の存在感が増し、株主との対話を含めて現経営陣側の対応もかなり向上したことによるところも大きかったのではないでしょうか。私自身、それほど経営陣と株主との対立が先鋭化しそうな総会には関与しておりませんが、それでもいくつかの今年の株主総会への関与のなかで、総会準備段階で「紛糾リスク」として法律上の問題点を検討していた事項がございますので、総括の意味で記しておきたいと思います。(なお、総会当日は、いずれも平穏に終わったためにリスクが現実化したものではございません)

1 議題「剰余金処分の件」、会社提案の議案「任意積立金取り崩し→繰越利益準備金」、今年度は剰余金配当は見送ると報告。この場合に、総会において一般株主から「例年どおり7円の配当をせよ」なる要求があった場合、これを修正動議として上程すべきか?(株主数は1000名を超えるため議決権行使書面は送付済)

剰余金配当は原則として株主総会で承認決議が必要ですが、配当しない場合には、これは会社の決定事項を総会で報告すれば済む話です。したがいまして、総会議場で「7円配当せよ」と言われても、そもそも修正すべき議案がないので修正動議は採用する必要はないのでは・・・と最初は考えました。しかしながら、「剰余金処分の件」なる議題は存在しますので、「修正動議」なる用語にこだわることなく、会社法304条によって新たな議案が一般株主から出されたとみれば、これを会社側が拒絶する理屈もないのではないか?といった意見も出されまして、結論としては修正動議(といっていいのかどうかはわかりませんが)は上程したうえで、議決権行使書面による議決権行使を除き(つまり委任状を含めた会場の議決権の多数をもって)個別の採決をとることに決定しました。なお、この場合には、議決権行使書を送付した株主は、会社の「今年は配当はなし」なる報告事項を認識したうえで、剰余金の計数上の変動処理のみを承認しているわけですから、会社提案の先議をもって株主提案を否決することは困難と判断いたしました。(法律上の理屈だけでなく、議事運営に瑕疵ある場合に、会社にとってどのようなリスクがあるか、といった観点も考慮したうえでの判断であります)

しかし、剰余金処分に関する議題があるとしても、配当議案とその他の剰余金処分の議案とは、性質上区別されるべきものですし、実務上修正動議なるものは、招集通知および株主総会参考書類から、一般に株主が予見しうる範囲においてのみ許容されるものと解されております。(参考;旬刊商事法務1807号67頁)そして計数上の変動のみを議案とする剰余金処分の議題において、(しかも配当はしないとする会社決定がなされたことを知りつつ)、改めて配当議案が総会で審議されることは、一般の株主にとっては予見しうる範囲とは言えないでしょうから、そもそも会社側から配当議案が上程されていない場合には、株主による修正動議としての配当議案を上程することは許容されない、とみるほうが私的には正しいように思うのですが、いかがなものでしょうか?

2 取締役が任期を残したまま、株主総会において「経営判断にミスがあり、今後も企業価値を向上させる能力がない」として解任された場合、その取締役は会社に対して損害賠償請求権を行使できるか?

これは古典的な論点といってもいいかもしれませんが、実務上の取扱については未だ決着はついていないものと思われます。取締役はいつでも総会決議によって解任されうることになっておりますが(会社法339条1項)、解任された場合に「正当理由」がないときには解任取締役は、会社に対して任期満了時までの報酬額等の損害賠償請求ができます(同条2項、なおこの場合、会社を代表するのは監査役であります。会社法386条1項参照)。また、解任の理由については参考書類に記載されることになっております。(会社法施行規則78条)が、この「正当理由」の中身につきましては解釈にゆだねられており、はたして「経営上の判断の失敗」がこの正当理由に該当するのかどうか・・・といったところが問題となります。つまり経営上の判断にミスがあったことが「正当理由」であれば、解任された取締役に対して会社が損害賠償債務を負担することななく、「正当理由」にはならないとされれば、損害賠償債務が発生する、ということになります。多数説は「取締役の経営上の判断ミスは正当理由にあたる」とされているようであり(ただし、江頭教授は反対説)、また多数説に沿った判例も存在するようであります(広島地裁平成6年11月29日、判例タイムス884号230頁以下)。ただ、この問題は、実体法の解釈だけでなく、「正当理由」の立証責任がどちらにあるか、という点についても検討を要する問題であり、原則としては、会社側が抗弁として「正当理由」を基礎付ける事実を立証する必要がありそうです。そうしますと、多数説を前提とした場合、裁判官は「当該取締役において経営上の判断ミスがあったのかどうか」を会社側から提出された書証や証言をもとに、詳細な事実認定をする必要があるわけでして、これは「経営判断の原則」によって判断を回避するわけにもいかず(「経営上の判断ミス」を持ち出したのは株主であって会社ではない)、もし解任された取締役が裁判のうえでとことん争う場合には、公開の法廷に多くの企業秘密が(多くの証拠とともに)露呈されてしまうようなリスクが生じることも予想されます。そもそも立証責任が解任取締役側にあれば、このようなリスクは低減されると思いますが、そのようには考えられていないようでして、この点、どう克服すべきなのか思い悩むところです。

そこで、できれば取締役の解任理由については、「経営判断の失敗」といった問題に発展しないような方策もあらかじめ検討しておく必要があるのではないか・・・といった疑問が生じた次第であります。また、ご意見、ご批判等ございましたら、ご教示のほどよろしくお願いいたします。

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2008年6月29日 (日)

ドラマ「監査法人」(第三話)にみる公認会計士の重責

(週末恒例のNHKドラマ「監査法人」に関連するエントリーですが)第三話もしっかりとビデオに収録して、茶の間で楽しく拝見させていただきました。監査法人の経営にも関わるような重要案件については、本部審査会で結論が出るのではなく、もっと上の理事会で決定されるのではないの?とか、あれほど吉野会計士を軽蔑していた茜さん(松下奈緒さん扮する)Rosonakaikei が、ペットショップの前でばったり出会ったくらいで、なんで女心に変遷がみられるのだろう?などといった重大な疑問も生じるところでありますが、今回はあまりツッコミをいれる気分にはなれませんでした。(期待されていた方、ごめんなさいです。。。)といいますのも、本日のNHKドラマ「監査法人」第三話は、吉野会計士の東都銀行監査の主査として「適性意見」か「不適正」かに悩むプロの会計専門職の重責を見事に映し出していて、会計素人である私にはとても感動モノだったからであります。正義感あふれる若杉会計士が、毅然とした態度で粉飾を暴く・・・というシーンは少なかったですが、2002年ころの銀行と監査法人、そして金融庁(金融監督庁)との攻防のなかで、ひとりの優秀な中堅の公認会計士が、大きな重圧に悩みもがく姿は、2003年に出版された「りそなの会計士はなぜ死んだのか」(山口敦雄著 毎日新聞社)を思い起こさせるものであり、そこに「人間の血の通った」会計職業人をみるようで、私的には好感のもてるドラマ展開でした。

毎日新聞社経済部の記者である山口氏の上記著書は、約3年前にも当ブログの「粉飾決算に加担する動機とは(2)」でご紹介いたしました。本書は、2003年4月に自殺された(といわれている)りそな銀行の監査担当者(当時38歳の朝日監査法人の会計士さん)が、死を選択するに至るまでの銀行や監査法人の板挟みとなって苦悩する姿を多くの証言から浮き彫りにしたものであります。ご承知のとおり、りそな銀行が破たんを免れるためには、当時4%の自己資本比率を確保しなければならなかったわけですが、繰り延べ税金資産を5年分積むことが可能であればこれをクリアできるところ、監査法人は厳しい資産評価の末、(りそなは)3年分しか積むことができないとして、りそな銀行を自己資本比率4%未満の「公的資金注入銀行」(銀行の国有化)へと進ませるに至ったものです。まさに、本日のドラマにおけるジャパン監査法人と東都銀行の関係と同一であります。

朝日監査法人の経営判断が下された直後に亡くなった「りそな銀行監査担当会計士さん」は、たいへん優秀な会計士であり、金融庁(金融監督庁)に出向された経験も有し、著書も豊富で、監査法人内では「厳格監査派」のひとりでありました。しかしながら、山口記者の評価によりますと、彼は厳格監査のためであれば会社はつぶれてもかまわない、というタイプではなく、企業が破たんすることの社会的影響を考えて、最後まで「監査を投げずに」調和点を求めるタイプの会計士であったとされています。このあたりも、本日のドラマにおける吉野会計士の姿とまさにダブるものであり、公認会計士としての「誇り」や「使命感」、そして巨大な権力(金融庁や大手監査法人、都市銀行の思惑など)のなかでもがき苦しみ、経験した者でなければ到底理解できないほどの精神的疲弊をを来したものと想像されます。(ドラマの中で)意識朦朧としていた吉野会計士が、第四話ではどうなるんだろうか?と若干心配しておりますが、予告編ではジャパン監査法人に検察の強制捜査が入る模様ですから、あまり良い方向へは進展しないのかもしれません。(ちなみに、監査法人に強制捜査が入る場面というのは、元中央青山監査法人の代表社員でいらっしゃる浜田康氏の「会計不正」の冒頭に詳しく描かれています。そういえば「7年2年ルール」(会計士のローテーション)が導入される公認会計士法の改正も、ちょうどこの2002年頃だったんですね)

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2008年6月27日 (金)

エントリー1件削除しました。

総会関連の記事を一本、アップいたしましたが、誤解に基づく表現があったため、一切を削除いたしました。

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食品偽装事件と企業の公表義務違反

6月27日が株主総会のピーク日(約1300社)ということでありますが、私の場合は今日で総会関連の業務は終了しました。ただ、日本ハウズイング社の株主総会とか、「社外監査役の乱」シリーズで私だけ盛り上がっておりました荏原社の株主総会など、本日もいろいろと注目すべき総会がありますので、関心はつきないところです。(追記;午後1時20分の開示情報において、荏原社の計算書類が承認された、とあります)しかしながら、NHKドラマや総会関連業務、内部統制報告制度Q&A等に目が向いている間に、飛騨牛や中国産うなぎなど、またまた大きな食品偽装事件が発覚したようでありまして、少しばかりではありますが、食品偽装事件についてもエントリーしておきたいと思います。(26日の読売新聞夕刊によりますと、ウナギ偽装の件は、すでに兵庫県警に捜査本部がおかれる予定だそうです。)なお、以下の流れ図は、実際に農水Gメンの調査を受けた過去の事例などをもとに作成したものでありますので、すべての食品偽装事件の手続きにそのままあてはまる、というものではございませんので、ご注意ください。

Enen002

このたびの中国産うなぎの産地偽装事件でも報道されているように、まず農水省(食品110番)に内部告発や外部者情報が入るようですが、この外部情報をもとに、専門家知見によって詳細な情報分析が行われるようであります。

実際に食品を購入して、その仕入先や販売先商品についても徹底的に調べて、ほぼ偽装が行われていることが間違いない段階で、偽装会社および仕入先企業、販売先企業への調査が入ります。なお、調査に先立つ企業への連絡は、10分とか20分とか、本当に直前になって初めて行うものでありまして、証拠隠滅とか口裏合わせ、といった事前工作ができない状況で開始されるそうであります。人数的にはけっこう多く、某企業の場合には7名程度で3日間ほど調査が行われたようです。ただ、現時点における農水Gメンさんらの調査につきましては、司法捜査のような強制力はありませんので、強制的に捜索差し押さえをしたり、会社側の承諾なくして領置処分を行うことはできません。(このあたりが消費者庁が設置された後とは異なる点かもしれません)

さて、ここからが問題でありますが、Gメンによる調査直後になんらかの行政処分が直ちに発令されてしまえば二次不祥事は発生する余地がないのかもしれませんが、正式な適正表示に関する措置もしくは業務改善命令が出るまでには立ち入り調査の日から1か月から2か月程度の期間が「空く」ことが多いようであります。そして、この間は行政庁から何らの公表もありませんので、マスコミ報道がなされるのは、この正式な処分が発令された直後、というのが通例のようです。今回のウナギ産地偽装の事件でも、比較的短期間ではありますが、この「空白の時間」が認められます。この空白の期間中、企業としては行政処分が正式に出るのか、それとも単に警告や注意で済むものなのかは不明であり、悶々とした日々を過ごすことになるのでしょうね。

1 報道されない食品偽装事件の数は?

いままであまり考えたことがなかったのですが、JAS法違反の事例として行政による立入検査があったとしても、けっこう食品偽装事件として報道されていないケースもあるのではないでしょうか。たとえば強制捜査権がないために、食品偽装の事実を確認できずに終わってしまったとか、立入調査の際に、すでに食品偽装の表示を改めて、深く反省しているがゆえに「厳重注意」で終わった場合とか、(行政目的が達成できれば処分の必要性は消えますから)食品偽装事件を起こした企業でも、ほっと胸をなでおろしているところがけっこう多いのかもしれません。そうだとしますと、たとえば「口裏合わせ」や「責任回避」「口止め料の支払い」行動など、えげつない二次不祥事が発生してしまえば論外でありますが、企業としては最初の調査の時点において、食品偽装事件があったことは経営トップまで知るところとなったわけですが、食品偽装事件を公表せずに済むのであれば、このまま黙っているべきではないか・・・・・、との経営判断に至る可能性が出てくるのも不思議ではありません。

2 マスコミ報道されるかどうかわからない状況で、企業は本当に公表するか?

不祥事を起こしたからといって、直ちに企業が不祥事を公表しなければならないか、といいますと、社会倫理上ではそうすべき、と思いますが法的にはどうなんでしょうか。もし逃げ切れる可能性があるのだったら、その可能性に賭けてみて、とりあえず行政目的を実現する範囲でだけ偽装をこっそりと適正化しておく、ということで(法的には)足りるのではないか、という考え方も成り立ちそうな気もします。ただ、こういった選択肢で万が一、後で偽装の事実が内部告発などでマスコミの知るところとなった場合には、ダスキン事件と同様、会社ぐるみでの隠ぺい自体が二次不祥事として大きくとりあげられ、企業のブランドイメージを著しく毀損する結果となってしまうことは当然でしょうね。むしろ、倫理上、不祥事は判明した時点で公表したほうがいい、というだけでなく、やはり企業には法的にも公表義務がある、と言えるような理屈を考えたほうがいいのかもしれません。まず理屈として一番わかりやすいのは、偽装商品が出回っている状況であれば、企業は消費者に対して不当な表示であることを広報して、消費者被害が拡大することを防ぐ必要がありますので、そういった消費者保護上の観点から公表義務を認めることはできそうです。もうひとつの考え方としては、いわゆる内部統制システム構築義務(リスク管理体制の確保)ではないかと思います。つまり、公表せずに後で大問題として採りあげられるリスクと、現時点で公表して問題視されるリスクとを比較して、その前者の発生可能性がある程度確実であることが認められれば、リスク管理の一貫としての公表義務は取締役らに発生するとみることができるのではないでしょうか。

「発生可能性」の高さについては、社会情勢の変遷にもよるものだと思いますし、社内だけの常識にこだわっていては、その判断を誤る危険性があるのではないかと考えております。

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2008年6月25日 (水)

内部統制報告制度Q&A(完全版)をどう整理するか?

24日に金融庁からリリースされました内部統制報告制度Q&A(完全版)でありますが、結構質問数が多いので、まだ十分に読み込めておりませんが、いくつかの傾向があるみたいですね。(とくに最後の問67は、なかなかユニークな内容です)また個別の問については別途検討したいと思いますが、このQ&Aをどう整理しながら理解していけばいいのでしょうかね?いずれにしましても、ほぼすべての回答がプリンシプルベースで書かれておりますので、この回答だけでは具体的な事例にあてはめるのはかなり困難に思われます。そこで、各回答をどういった視点から具体化すべきか、もう少し具体化するための指針が必要ではないかと思います。当ブログにて、6月5日に内部統制報告制度と4つの壁というエントリーをアップいたしましたが、私はこういった論点をひとつのモノサシとして、このたびのQ&Aの質問・回答内容が、いずれの「壁」と関連性があるのかを、分類してみようかと思っております。まだ未完成ではありますが、たとえば以下のような感じであります。(備忘録程度でありますが、整理方法としては、こういったものもありかな、と)

Naibutousei004 内部統制報告制度を理解する際に、どうしても理解を困難にする「壁」として、上の表(左側)に「関連する論点」を掲示しております。以前のエントリーでは4つの壁としましたが、中小の上場企業と大企業との間で同様の対応が必要かどうか、という問題もありますので、とりあえず今回は5つの壁に分類しております。また、各問は、ふたつ以上の「壁」と関連しているケースもありますので、重複しているものもございます。

私の理解では「法律学と会計監査論」として分類しているものは、どうみても会計専門職の方でないと、プリンシプルベースでの理解がむずかしいものであり、それ以外の分類につきましては、法律的な理解が伴わなければ応用がきかないのではないか、と思われるものであります。詳細なルールが定まっていない内部統制報告制度では、経営者サイドからしますと、けっこう対応がむずかしい場面もありそうですね。こうやって分類してみますと、おおきく4:3の割合で会計監査の素養がないとなかなか理解できないものではないかなぁと思うのでありますが、またこのあたりはもう少し時間のあるときにでも検討しておきたいところです。

(追記)本文とはまったく関係のない追記ですが、株主総会を開催している真っ最中に子会社不祥事(食品偽装)が報道される、というのはスゴイですなぁ・・・(^^; これって、滑り込みセーフだったんでしょうか?ミートホープ社の事件が発端となって改正されたJAS法違反事例(業者間取引)ですね。(日経ニュース)しかしこの食品偽装はかなり計画性が高くて、問題になりそうですね。

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2008年6月24日 (火)

(号外!)内部統制報告制度Q&A追加版出ました

たしか先週末に出ると予想されていましたが、やっと出ましたね

内部統制報告制度に関するQ&A(金融庁HPより)

とりあえず、まだ中身は読んでおりません。チラっと中身見たら、昨年10月に出たQ&A20問も最初のところに掲載されていますから、いわゆる「完結編」ですね。仕事終わってから、深夜ひそかに勉強させていただきます。速報版ともいえず、単なる号外版で失礼します。(あっでも、金融庁の「内部統制報告制度への視点」はあくまでもプリンシプルベースであって、ルールベースではありませんので、過度の期待は禁物かと・・・・・)

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公認会計士(監査法人)異動時の意見開示について

今週は株主総会の集中週間となりましたが、上場企業の総務部の皆様、いかがお過ごしでしょうか? 議決権行使書は首尾よく集まっておられますでしょうか?(社員個人として)大株主の皆様からは包括委任状は受領されましたでしょうか?泣いても笑っても、あと数日、無事終了して気持ちよく有価証券報告書が提出できればいいですね。

さて、株主総会とは直接関係はございませんが、おそらく総会終了直後あたりから、いろいろと話題になるのではないかと思われる(と勝手に想像している)のが、会計監査人(ここでは財務諸表監査、内部統制監査を指して「会計監査人」といいます)の異動時における意見開示問題であります。金融商品取引法24条の5、第4項の規定によって臨時報告書を提出すべき会社(主に上場会社)につきましては、企業内容等の開示に関する内閣府令(開示府令)の第19条の改正によりまして(この4月1日から施行されております)、新たに臨時報告書を提出すべき事例(監査人の異動)が追加されました。この改正された開示府令19条第2項9号の2といいますのは、財務諸表監査および内部統制監査を担当する監査人(公認会計士、監査法人)に異動が生じる場合には、その旨を臨時報告書によって速やかに財務局に提出することを要する、というものであります。もちろん、適時開示情報をご覧の方はご承知のとおり、これまでも証券取引所規則によって、会計監査人の異動については、その理由も含めて開示情報とされておりました。しかしながら、今回の開示府令の改正の重要ポイントは、なんといっても異動に関する監査人側の意見表明が原則として報告書に付される・・・という点であります。(会計監査人の主張内容は会社側が記載するわけですが、適当にまとめて書いてしまうと「虚偽記載」となる可能性がありますので、きちんと会計監査人側が述べたとおりに記載することになると思われます)

この臨時報告書制度の改正は、公認会計士の独立性維持と、その地位の強化を目的としたものでありますが、その影響については、これまでほとんど議論されている気配がなかったようであります。しかしやっと会計・監査ジャーナル7月号の特別企画「改正公認会計士法施行をめぐって」のなかで、日本公認会計士協会の執行部の先生方より、開示府令の若干の解説がなされておりますので興味のある方は、そちらをご参照ください。誤解をおそれずに平たく申し上げますと、4月1日以降に開始される事業年度の財務諸表監査、内部統制監査を担当される監査法人さんが何らかの理由で解任されたり、自ら辞任したり、自ら監査契約を解除したり、合意解約するなど、その地位を退く場合には、会社がすみやかに提出すべき臨時報告書のなかにおいて、異動の事実とともに、異動理由を表明することができる、ということでありまして、つまり、もし会社と会計監査人とが決算書や内部統制報告書の適正性についての意見が対立した場合、臨時報告書には、相対立する意見がふたつ掲載されている、ということになります。なお、異動理由については、監査法人側より表明することが原則ではありますが、とくに表明したくなければ理由を述べなくてもよく、ただし会社側が表明すべき機会を監査法人に付与したにもかかわらず、監査法人は意見を表明しなかった、と(会社側によって)書かれてしまうことになります。また、改正開示府令の立案担当者の意見によれば、会計監査人が意見表明する場合には、よほどのことがないかぎりは監査法人(公認会計士)の守秘義務が解除される正当性はあるだろう・・・とのことですから(旬刊商事法務1831号22頁以下参照)、おそらく監査法人側も会社側の不適切な会計処理や内部統制に関する不利益な事情を積極的に開示することが予想され、またこれに対する会社側の相反する意見表明も予想されるところであります。また、会計監査人が表明できる意見につきましては「監査報告書等の記載事項に係る」とされていますが、先に掲げましたジャーナル7月号座談会の協会執行部の方のお話によりますと

対象が非常に狭そうに読めるわけですが、記載の中身を詰める段階でかなり広い内容が記載できることがわかってきました・・・(中略)・・・たとえば監査手続に関するものも入りますし、追記情報、継続企業の前提も入ります。それから意見表明する前に監査人が辞任することが最近、たびたび見られますが、こういう場合でも理由および経緯に関わるものは書ける、という解釈のようです

とされており、会社側、会計監査人側双方のバランスを考慮しながら、けっこう広く経緯や理由は記載できる、と解釈されているようであります。

近時の会計不正事例の頻発に加えて、金融庁の監査法人に対する監督権限の強化や、新たな内部統制報告制度の混迷(経営者も監査人も実務的に手探り状態)を考えますと、今後多くの企業において、監査上の意見対立が発生することが予想されますが、いままでこの問題がほとんど活発に議論されていないところをみますと、ひょっとしたら単なる私個人の杞憂にすぎないのかもしれません(^^;※1しかし、私はやっぱり、監査法人にしても、上場企業にしても、これは大きな「監査制度リスク」ではないかと考えております。開示府令の改正趣旨そのものは監査人の独立性、地位強化にありますが、そもそも金融商品取引法における「臨時」報告書の適用を受けるわけですから、投資家保護のためにもすみやかにわかりやすい理由が記載される必要があろうかと思われます。なお、実際にはまだいくつか開示府令の適用について論点がありますが、とりあえず今回は問題提起までとさせていただきます。

※1 最新号の週刊経営財務におきまして、改正公認会計士法に関連する規則、内閣府令の解説記事が掲載されておりますが、ここでも解説されていませんね。金商法関連の内閣府令とは区別されているのかもしれません。

(追伸)SECが米国SOX法の中小上場会社に対する適用猶予を決めたそうですね。(これで5度目の延期ですね)おそらくSOX法の適用がどれほど上場企業の財務報告の信頼性確保のために効果があるのか、その「費用対効果」の検証のためと思われますが、柔軟性においてだいぶ日米の差がありそうですね。こういったSECの対応が日本の内部統制報告制度の実務にどのような影響を与えるのでしょうか。。。

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2008年6月22日 (日)

NHKドラマ「監査法人」への重大なる疑問(その2)

ちょっと仕事がたてこんでおりまして、日曜出勤で執務中ではありますが、ドラマ「監査法人」の第二話「800億円の裏帳簿」を視聴しての印象をすこしばかり。昨夜は午後9時半スタートの予定でしたが、プロ野球中継が延びたので、実際には午後10時40分スタート。とりわけ昨日の「ごくせん」はストーリー的にも異常に面白いものでしたので、NHKはあえて(雨天中止のない)東京ドームの巨人vsソフトバンク戦をもってきて、放送時間延長を見越しての競合回避に出たのではないか?との疑惑はいちおう置いときます。(^^;

ドラマの展開としてはとても面白くなってきました。連結対象外の取引先企業を使った「飛ばし」事案は、弁護士にも比較的なじみがありますし、「厳格監査派」と「ユルユル派」との対立の構造もわかりやすくなってきて、来週以降の展開が楽しみになってきました。しかしながら、(もういいよ!って言われそうですが)どうしてもツッコミたくなる衝動にかられてしまいました。会計士さん方の専門分野に属するような細かい監査上のツッコミなどは、会計専門職の方々のブログにおまかせして、あくまでも私のような監査素人的な発想に基づくツッコミだけを以下に掲げております。とりあえず2002年ころの監査実務を前提としたドラマですが、現時点でもツッコミをいれることができそうなところだけ、ということで。もちろん、個人的な感想にすぎません。

1 いきなりBAR(バー)で打ち合わせってどうよ!?

監査の対象となっている企業の経理社員(しかも若い女性)から「若杉先生(主人公)、ちょっと相談したいことが・・・・」と言われ、次のシーンでは、若杉会計士が「やんちゃ」だったころに勤めていたBARで相談に応じているシーン・・・(  ° ▽ ° ;) エッ?
これはマズイんじゃないでしょうか?会計士が被監査対象企業の職員と調査面談を行うのに、しかも若い女性職員とBARは絶対にありえないでしょ。これ、後日に万一なにか会社側と問題が発生したときに、「若杉会計士は経理部の女性と密会していた」と事実認定され、おそらく何もなくても「女性と親密な関係を結び、社内文書を受領した」なる判断をくつがえすことは困難だ思います。若杉先生はあまりにも「脇が甘い」ですよ。さらに驚くべきことは、上司の会計士だけならまだしも、バーのマスターやお客さんが覗き込んでいるなかで、経理職員から社内文書の提供を受けている場面など、おそらく絶対にありえないんじゃないかと。(しかも、このBARは若杉会計士が所属するジャパン監査法人の理事長も「行きつけ」のお店ですし・・・)ふだん、お仕事でお付き合いのある会計士の方々を拝見していて、私は弁護士よりも会計士さんのほうがクライアントに対する守秘義務の意識は格段に上ではないかと思っています。(こんなこと言うと同業者の方に怒られそうですが・・・単なる私の個人的な感想です・・・)したがいまして、上記シーンは視聴しながらヒヤヒャしておりました。

2 「意見不表明」は何のためにあるのか?

茜さん(松下奈緒さん扮する主人公の先輩会計士)が取引先企業の倉庫に無断侵入して商品の確認をしたり、経理社員が無断でコピーした社内文書を若杉会計士が受領して、裏帳簿による不正経理の証憑を入手するわけですが、ここも法律家の視点からすると、けっこうマズイのではないか、といった感想が漏れます。おそらくドラマでは会計士の「期待ギャップ」への配慮として、会計監査本来の使命である「情報監査」だけでなく、不正の発見を含む「実態監査」に焦点を当てていることから、どうしても「不正を暴く会計士」のイメージを優先させてしまうことはやむをえないと思います。しかしながら、今年3月には、ライブドア監査人であった会計士の方が、「社内書類の盗み見」行為について自身の著書で不適切な表現行為があり、会計士の品位を著しく損わしめた、として日本公認会計士協会から懲戒処分を受けておられますし、このあたりはとても微妙な問題を含んでいるところと認識しております。不正発見のために積極的に証拠探しに奔走する会計士の姿は、一面においてとてもカッコよくみえるのですが、反面、不当に企業の利益を侵害するものとしての違法行為の匂いが漂ってきますので、(たとえドラマであったとしても)その調和点をどこに求めるのか、というところも会計士さんの仕事について誤解を招かないためにも投影していただきたいと思います。私の感想としましては、こういったときにこそ「意見を表明しない」といった正当な対抗手段があるわけですから、そのあたりをドラマ進行の選択肢としても、紹介していただきたかったなあと思いました。

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「社外監査役の乱」を冷静に考える(その3)

社外監査役のおひとりが、事業報告を承認できないとして、株主総会で(異例の)計算書類承認決議が上程される荏原製作所(呼称 荏原)でありますが、6月17日付けにて、計算書類承認の件(1号議案)に関する補足説明がHP上で公開されております。(第143回定時株主総会第一号議案に関する補足説明)きちんと会社法上の「計算書類」と「事業報告」の違いにまで言及されているようです。しかしながら、6月20日(金)の日経新聞朝刊記事によりますと、この計算書類の承認決議について、アメリカの議決権行使助言会社であるグラス・ルイス社が、株主に対して(会社上程議案を)承認しないように、と助言を行っているとのことであり、そればかりか、取締役会の信頼性に大きな疑いがもたれる、として取締役5名選任の件についても反対するように促しておられるようで、社外監査役の「異議」が、相当に大きな影響を及ぼす様相になってきたようであります。

上記補足説明によって明らかにされたとおり、この社外監査役さんは、計算書類について承認をしないのではなく、事業報告について承認しないということですので、会社法上は計算書類の承認を株主総会にはかる必要はなく、いわば「アンケート」的な総会決議をもって「念のため」の承認を得る、ということになります。しかし、そういった総会決議を会社側が上程する、ということであれば、2点ほど疑問が湧くところです。

まずひとつめは、上程される議案について、株主の皆様は「アンケートみたいなもの」であることは了解されているのでしょうか?それとも、そんなことは株主の方々は知る必要もないのでしょうか?私の推測では、このたびの計算書類の承認決議については、株主の方々は自分たちが承認してもしなくても、計算書類が適法に成立しているものであることはご存じないのではないかと思います。少なくとも、この承認決議が可決された場合はどうなるのか、また否決された場合には、計算書類はどうなるのか、そのあたりは取締役から株主に対して事前に説明責任を果たす必要があるのではないかと思いますが、いかがなものでしょうか。そうでなければ、株主の皆様は単なるアンケートなのか、それとも、もし否決された場合には、たとえば計算書類を作り直すとか、ある一定の効果のあるものなのか、知る由もなく「なんのために承認決議をするのか」議論さえできないものになってしまうはずであります。

そしてもうひとつは、このたびのような「アンケート的」な総会決議が上程可能なものであるならば、今後株主側から会社への要望的な総会決議を求めることも可能になるのではないでしょうか?取締役会設置会社の場合には、株主総会で決議されるべき事項は、会社法もしくは定款において規定されているものに限られるはずでありまして、買収防衛策導入時の(定款変更議案を上程しない場合の)総会決議は「勧告的決議」と言われるところであります。それと同様、このたびの計算書類承認決議も、いわば会社法には規定されていないことを総会で決議するわけですから、もし今後株主側から会社経営における基本方針への提案などを勧告として求める場合には、これを総会にかけることが可能になるのでしょうかね?会社自ら勧告型決議を求めうることを宣言するわけですから、株主提案の場合にはこれを認めない理屈というものは立たないように思いますね。けっこう、考え出すと難しい問題が含まれているのではないでしょうか。

経済産業省の企業価値研究会から新たに公表される買収防衛策指針のなかでは、(ブルドックソース最高裁判決からは少し距離を置いて)防衛策の導入および発動に関しては、なにもかも株主総会の意思決定にゆだねるのではなく、むしろ取締役会における責任をもって判断し、株主には説明責任を果たすべし、というような基本方針が描かれているものと理解しております。この指針のように、最近は取締役(会)による説明責任を尽くすことと、株主総会における承認を得ることで取締役(会)としての責任を回避することとはかなり明確に分けて検討する必要性が説かれる機会が増えてきたものと思います。もし、取締役会の判断において、重大な事項の決定を株主総会に委ねるのであれば、そもそも「責任逃れ」とは言われないように、株主が決議すべき議案の内容については十分な説明責任を果たす必要があるのではないでしょうか。6月17日付けの荏原社リリースのなかでは、「株主総会において状況を十分に説明したうえで、株主の皆様に賛否を求めることとした」とありますが、議決権行使書面を行使する株主の方々にとりましては、会社の事前のリリースがすべてでありますので、せめて承認決議が可決された場合はどうなるのか、否決された場合にはどうなるのか、「アンケート」的決議であるがゆえに、明確に説明されていることが最低限度必要なのではないか、と思った次第であります。

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2008年6月20日 (金)

法廷会計学vs粉飾決算(細野祐二著)

Houteikaikei ligayaさんのブログで紹介されておりました「公認会計士vs特捜検察」でおなじみ細野祐二氏(公認会計士)の新刊書「法廷会計学vs粉飾決算」(日経BP社2200円)を拝読いたしました。といいますか、「とりあえず1回通読いたしました」といったほうがいいかもしれません。おそらく多方面において、この本は企業会計法の教材として活用されるのではないかと思いますし、私も今後何度も読み返し、また当ブログでも引用させていただく予定であります。ご承知のとおり、細野氏は2004年3月のキャッツ株価操縦事件で逮捕勾留(190日)され、第一審、控訴審とも「共同正犯」として有罪となり、現在は最高裁上告中の方であります。この本に収められている細野氏の論稿はその保釈後に執筆されたものであります。なかでも、最初に収められている「疑惑の特別目的会社」は、あの日興コーディアルグループの不正会計事件(細野氏は不正会計ではなく粉飾決算事件である、とされています)の発端となった論稿であり、この論稿を目にとめた国会議員などの追及によって、日興の事件は課徴金5億円、シティグループとの三角株式交換、中央青山監査法人の解散へと波及していくこととなりました。「粉飾決算とはどんなものであるか」を保釈中の自身が、公表されている財務資料だけを頼りに分析して作成されたレポートが、どのようにして大きな社会的影響力を持つに至ったのか、その「軌跡」を辿るのは実に興味深いところです。

この本の特徴はなんといっても、「後だしジャンケン」がまったくない論稿が多く収録されていることです。報道された事実などが頭に入ってしまった後であれば、「あれはこんなタイプの粉飾だった」とか「こんな事実も発見できなくて、会計監査人は何をしていたのか」と簡単に言えそうです。しかし社会的に許容できない「粉飾決算」の判断は、強制捜査力をもたない会計士が重要な虚偽リスクの有無が皆目わからない状況のなかで、自身の専門的知識と経験によって発見していく過程を経るものであります。(これは私も同感です)細野氏は、自ら「これが粉飾決算だ」と確信するものを、日興コーディアル事件や日本航空の事例(「空飛ぶ簿外債務」ほか)などをまさに「現在進行形」でレポートして、その結果を順を追って論証していくわけであります。過去に経済レポートとして世に出されたものであるために、後だしじゃんけんは全くなく、相当の自信がなければ、こういった本は出せないのではないかと感嘆いたしました。

私個人としましては、日本航空のゴーイング・コンサーンを話題の中心とした「空飛ぶ簿外債務」、「疑惑の翼」、「ゴーイング・コンサーン」あたりが、(やはり現在進行形モノとして)楽しめるかと思います。いや「楽しめる」などと悠長なことを書きましたが、細野氏いわく、

さらに捜査当局だけでなく、司法全体はもう少し会計を勉強せよ。マスコミも同じことである。会計もわからないのに粉飾など摘発できると思っているのか?ここで学ぶべき会計は真摯に学ぶ意思さえあれば、さほど難しいものではない。過去確定した粉飾決算は、すべてきわめてわかりやすい動機と手口により、しっかりと売上や利益をごまかしている・・・・・・(「絶対絶命の監査法人」より抜粋)

など、たいへん耳の痛いご意見もてんこもりであります。法と会計の接点を探ることをテーマのひとつとしている当ブログとしましても、この細野氏の「司法の会計制度に対する理解度」に向けた忠告につきましては真摯に受け止めたいと思っております。先の細野氏の忠告どおり、社会的に許容できない粉飾決算の見極めのためには、最先端の会計基準などをキャッチアップするようなむずかしいことは必要ではなく、むしろ「企業会計原則」とか「重要な項目の他社比較の要領」とか「数年分の財務諸表の比較」など、ごく基本的な分析調査の組み合わせによるところが不可欠のように思います。ただ、対象会社がどのような会社であり、どのようなリスクを抱えているのか・・・といった企業の全体像が見えてこなければ、どの数字にフォーカスしていくべきかはよくわからず、このあたりはやはり会計監査の経験を積んだ会計専門職の方のスキルに依存するところも多いかな・・・と感じました。また、ある程度の期間、会計監査を続けるなかで、初めてその企業リスクの全体像がみえてくるために、以前当ブログでも話題にしておりました「会計士さんのセカンドオピニオン」はなかなか会計監査の世界では難しいものであることも理解できます。さらに、会計監査人による「指導機能」についても建設的な意見が述べられております。

本の題名からしますと、なにやら法曹関係者と会計士だけの研究材料のようなイメージをもたれるかもしえませんが、そんなことはまったくございません。一般向けに、平易な文章で書かれた論稿ばかりであり、内容は理解しやすいです。この題名は、司法制度のなかで会計制度がどのように扱われているか、といった視点をもって、長年監査業務に携わってこられた会計専門家の立場から「粉飾決算」の中身を明らかにしていく・・・程度のイメージでお考えになればよろしいかと思います。前著の「公認会計士vs特捜検察」を併せてお読みになりますと、このあたりの著者の思い入れの理解が進むかもしれません。法曹関係者はじめ、フォレンジック(会計不正への司法的関与)に関心をお持ちの方、財務分析に関心のある方でしたら、ぜひお読みいただきたい一冊であります。

PS しかし、こうやって読んでみての感想でありますが、粉飾決算を見抜く力というのは才能なのでしょうか?努力で養われるものなのでしょうか?「才能」であれば、たとえ粉飾を見抜けなかったとしても、それは天賦の才能がその会計士さんには備わっていなかっただけの話であり、法律上で「専門家の注意義務」を論じたり、監査法人の品質管理もそれほど重要なこととはならないように思います。もし、努力で養われるものであるならば、専門家責任の法的な議論や、監査法人内での品質管理の有効性などは議論する価値がある、ということになりそうです。このあたりはどうなんでしょうね。

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2008年6月18日 (水)

IR型株主総会の議事運営について

株主総会では8割の個人株主が議決権行使を検討している、との日経ニュースが出ておりましたが、本日(6月17日)関西ではIR型株主総会を開催する企業として有名な某上場会社の定時株主総会に参加させていただきました。この会社の総会は初めて出席いたしましたが、いや、スゴイ株主さんの数です。報告事項の質疑応答の際にはおそらく株主、来賓合わせて1000人を超えていたはずです。仮面ライダーの主題歌とか歌ってそうなプロの歌手の声に合わせて、出席者一同「社歌」を唄うところから始まる総会なんです(^^;;ちなみに、私はこの会社の役員に選任されたものでも、なんでもありません。念のため・・・・

まずは昨年新聞やニュースで大きく報じられた不祥事に対する社長の謝罪から始まり、その再発防止策を大型プロジェクトでビジュアル化するのはお見事!!やっぱり、ただ防止策を活字にするだけでなく、社内でどのように実現しているかを、ビデオ等で説明することは株主さまに安心感を抱かせます。他部門が前年並みの売り上げのなかで、不祥事発生部門だけが20%の売り上げ減・・・・・、やっぱり不祥事が報道されるのは怖いです。あと、プロジェクターに「召集通知をご覧ください」と出ていた(本当は「招集通知」ですが)のがやけに気になりました。。。「召集」だと会社と株主の立場が逆転するので、間違いはタブーのはずですが。

IR型総会の場合、役員のパフォーマンスも重要なんですね。「部門報告」が各担当役員から行われましたが、会場から拍手が沸き起こったのはわずか2名の役員さんのみでした。そのうちのお一人は、「棒読み」報告が多いなか、ペーパーをまったく読まずに、会場の株主様のほうを向いて、堂々と報告された子会社代表者の方でした。(日本を代表する某企業のご出身とか)ペーパーのない報告は見ていて本当に美しい。そしてもうお一人は日本初の女性の鉄道会社社長(子会社代表者。若い!エド・はるみさんに似てる!)さんでした。(こちらは話題性かも)総務部の方々にとっては、たいへんかもしれませんが、役員さんの演出もこういった総会では気になるところですね。

そしてなんといいましても、株主さんのお目当ては総会終了後のイベントですね。実際のところ、決議なんてどうでもよくて、このイベントのためだけにやってきた、といっても過言ではない株主様がどれほど多いか(笑)まあ、会社側としては、個人株主さまを増やすための施策といいますか、ほとんど広報活動ですね。いやいや、株主総会の常識をくつがえすような異次元を見せていただきました。

ところで、ひとつ気になったのが総会の議事運営に関してであります。この会社の総会は報告事項→決議事項→報告事項の質疑応答といった流れでありますが、私は報告事項→報告事項の質疑応答→決議事項の流れのほうが出席株主が多数の場合は適切ではないかと思います。といいますのは①どうしても素人株主さんが多いので、議案に関係のない質問が飛び交い、決議事項の進行に時間がかかる、こういった質問や要望は、先に報告事項の質疑応答のなかでくみとって、決議のために本当に必要な質問だけで採決に臨むほうがいい、②IR型総会の場合、定刻どおりには株主が会場に現れず、後半になって増えるので、最後のほうで総会の決議をとったほうが株主さまにも喜ばれる、③おそらく決議事項を先に行うのは、他の総会にも出席予定の株主さまへの配慮かと思われますが、私が見たところイベント目的で来られた方が多く、こういった総会では腰を据えてやってきた株主さまが多いのではないかと思われる、④イベントに近い段階で決議をとったほうが、株主さまを「早く終わりたいな」といった気分にさせる(これはあくまでも会社サイドからの政策的意見でありますが)といったところからであります。

しかし、こういった株主総会の姿もあるんですね。(勉強になりました)

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2008年6月16日 (月)

NHKドラマ「監査法人」への重大なる疑問

素人的発想であることは重々承知しておりますが、やはりドラマ「監査法人」の第一回放映を視て、いろいろと疑問に思うところが出てきます。(ということで三夜連続の同種エントリーになってしまってすいません)いえ、けっして「アラスジがおかしい」とか、専門家の方々を差し置いて申し上げるつもりはなく、むしろ会計監査(財務諸表監査)における守秘義務のベールに包まれた部分についての、素人的な妄想の領域に属するような疑問であります。

あの粉飾決算監査の舞台となりました北陸建設工業なる上場企業の場合、主人公である若杉公認会計士の活躍によって売上の20%が粉飾(売上早期計上と、売買契約自体に実在性のないものを合わせて)であったことが判明し、今期の財務諸表については適正意見は出せない、となるわけであります。しかし、これだけ大きな粉飾が判明し、かつ北陸建設工業の倒産の危機が生じた、ということになりますと、そもそもジャパン監査法人が過去に粉飾を見逃していた責任が問われる可能性というものはどう考えたらいいのでしょうか?とくに、あの本社に到着するなり、長門裕之さん演じる北陸建設工業の社長とゴルフに興じるジャパン監査法人の代表社員の方の責任というものはとても気になるところであります。若杉会計士に(どうか見逃してくれ、と)土下座をする北陸建設工業の社長さんが、チラっと漏らしておりましたが、粉飾決算はたった1期で巨額になるものではなく、監査法人さんの様子をみながら次第に粉飾額が増加するのが通常ですから、企業倒産が予見できる段階に至れば、その粉飾が判明することによって、監査法人自身の訴訟リスクなるものも現実味を帯びてくるはずであります。単に厳格監査を貫くことによって、監査法人としてはお得意さんを一件失って終わり・・・・・、というわけでもないと思います。となると、現実の世界では、もしあのような事態に至った場合には、やっぱり監査法人内における葛藤みたいなものがあるのではないでしょうか。

ということで、厳格監査をもって「粉飾は見逃せないですよ」と若い会計士さんに印籠を突き付けられた北陸建設工業の社長の場合、土下座をして「このままでは社員が路頭に迷ってしまう。どうか見逃してほしい」と懇願する前に、まだジャパン監査法人側と交渉する余地はあったのかもしれません。(念のため申し上げますが、交渉方法の善悪は別としてであります)

「もし適正意見を出していただけないのであれば、これまで粉飾を先生方が見逃してくれたことを世間はどう思うでしょうかね?もちろん我々だけでなく、ジャパン監査法人さんも同罪ですよ。死ねと言われれば仕方ありませんが、そのかわり、おたくらも道連れに死んでもらいますよ」

と言われた場合、ジャパン監査法人としてはどう対応したらいいのでしょうか。売上の20%もの巨額の粉飾決算が発見された・・・というのは、その不正を暴く会計士の姿はかっこいいものでありますが、ひとつ裏を返せば、「じゃあ、そこまで巨額になった粉飾決算を見抜けなかったことは、監査法人も投資家に対する共同責任があるんじゃないの?」といった素朴な疑問にぶつかることとなります。そこのところの監査法人側の葛藤が、根本的に昨夜のドラマには欠落していたのではないかな・・・と、(外野からのツッコミはしませんと宣言しておきながら)どうも腑に落ちないところがございました。「正義感」とまではいわずとも、取引先をも巻き込んでの粉飾に騙され続けていた監査法人としては、憤慨の念によって粉飾を公表する、という対応がまっ先に頭に思い浮かびますが、担当の代表社員の判断として、次年度以降における暫時の修正を確約させることでなんとか落ち着きどころを探る・・・ということが行われる可能性というのも否めないところではないかと、思ったりしております。

このように考えますと、監査人の不正発見の役割と財務情報が適正であることを証明する役割との調和点を、どこかできちんと整理する必要性があると思われます。たとえば、ドラマの事例で考えるなら、売上の20%というものではなくて、1%程度に組織ぐるみの不正な会計処理が発見された場合、(不正を報告することは別として)これを調査発見した監査人としては、「適正意見は出せない」と言い切れるのでしょうか。「重要な虚偽表示リスク」とか「不正リスク」と言われますが、質的重要性なる概念のなかで、この不正な会計処理は重要視されて、連結財務諸表においての適正意見が出ない方向へと傾いてしまうのでしょうか。会社が出した数字が「おおよそ正しい数字が報告されています」とする監査人の報告があれば投資家保護という点からみれば及第点であり、また被監査企業の従業員も路頭に迷うことはないことになります。しかしこの1%を見逃すことによって、もし数年後に10%が粉飾、という結果を招来してしまった場合には、「なぜあのとき、監査法人は見逃したのか?」と追及されることにもなりかねません。このあたりの調和点をみつける作業のなかで、例の金商法193条の3と財務諸表監査との関係とか、内部統制報告制度と財務諸表監査の関係などを検討していく必要があるのではないでしょうか。いずれにしましても、今回のドラマを視聴して、その監査意見が及ぼす社会への影響の大きさというものを、改めて考え直すきっかけとなりました。

ps もうすでに昭和ゴム社より土曜日に開示されております「ある社外監査役の意見と、会社側の反論」がブログ上で話題になっているようですが、いくつかの論点がありそうなので、また別の機会にエントリーしようかと思っています。

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2008年6月15日 (日)

2002年ころの監査法人って・・・(ドラマ「監査法人」)

株主総会の議事運営に関する相談などに対応しているうちに帰宅が深夜になってしまいましたが、なんとかNHKドラマ「監査法人」のビデオ(うちはまだVHSテープを巻き戻すやつです・・(^^; )をいま視聴しました。「厳格監査派」というのは、あの小野寺さん(代表社員)くらいで、ほとんどのジャパン監査法人の代表社員の方々は「ユルユル派」なんでしょうかね?ただ経営コンサルタントさんがコメントされているように、60分のドラマのなかで「見せる」必要からか、かなり誇張されているところもあったように思いました。

このドラマは2002年ころのお話、ということだったと思いますが、地方の被監査会社に着いてすぐに社長とゴルフって・・・・・、ホントに6年前くらいはそんな感じだったんですかね?それに監査スタッフ(会計士補さん)がまったく同行していませんでしたけど、そんなことは普通ないですよね?それと、匿名の告発電話(告発ファックスもあったけど)だけで売上と売掛金に疑問を抱いて、監査計画も立てずにいきなり実査?(マジで?)やっぱりこのドラマをご覧になった一般の方々は、「期待ギャップ」(不正を暴く正義の味方)をますます増幅させてしまうのではないか・・・と少しヒヤヒヤしてしまいました。(そういえば、弁護士モノのドラマの法廷シーンなんかで、「こんなこと、絶対にありえへん」とツッコミを入れたくなるのを想い出しました。ドラマなんで、ウケるところも必要なんでしょうね)

ただ、橋爪功さんや、長門裕之さん、黒沢年男さんなど、錚々たる俳優さん方はやっぱりウマイなぁ・・・ あの粉飾決算を行う北陸建設工業は、けっこうリアルじゃないでしょうか。実際にこのブログでもご紹介したナナボシの事件の判決を読んでおりますと、主査をだますために、あれこれと情報を入手しては、監査法人側の手続を予想しながら騙しきるわけですから、北陸建設工業の粉飾隠しについては、私はけっこう「ありえる」話だと思ってみておりました。また若造の会計士(主人公)に「適正意見は出せない」と言われた社長さんが「こんな監査法人、クビだ!!」と怒鳴った後の(社長を諫める)専務のひとことも妙にリアル感がありました。あと、銀行の関与というものも、おもしろかったですが、このドラマを銀行の方がみたらどう思ったでしょうね?(完全な悪者に映りますよね)しかしよく考えてみると、弁護士と違って、会計士さんには(一般の方がイメージしやすい)「公開の場」というものがなく、すべてが守秘義務に包まれた世界のお話ですから、会計士さんが社長さんに懇願されたり、逆に脅迫に近い恫喝を受けたり、不穏な取引に応じたりと・・・・、いろんなことは実際にはあったんでしょうね。

問題は、このドラマをみて「よし!俺も会計士になろう!」と若い商学部の学生さん方が思うかどうかですね。子供を置いて家を出てしまった奥さんですか・・・・↓(ううっ・・・涙)先日の公認会計士協会近畿会のアンケート結果(監査に携わる会計士の勤務時間)を思い出してしまいました。みなさん、家庭は大切にしましょう。子供に「パパ!今度の日曜、どこに連れてってくれるの?」と聞かれる時間など、あっという間に過ぎ去ってしまいますよ!笑

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2008年6月13日 (金)

ドラマ「監査法人」明日土曜日スタート!

(週末は軽めのエントリーで)

東京の渋谷近くにあります某私立大学のH田教授はじめ、たくさんの会計士の先生方より、ぜひご視聴ください、との熱いメールを頂戴しておりますが、私もたいへん楽しみにしております。ご承知の方も多いと思いますが、明日土曜日(14日)より、NHKドラマ「監査法人」がスタートするそうです。(監査法人のホームページもありますよ)

ジャパン監査法人には「ユルユル派」と「厳格派」の二大派閥があるそうですが、そもそも監査法人融合の現実の歴史からみて、そんな派閥が成り立つのかしら?・・・・・などといった外野のツッコミはしませんよ(^^;;  ただあらすじからして、金商法193条の3についてはしっかり考えていきたいと思っています。いろんな会計士さんのブログで、いろんな解説(ツッコミ)がなされるのを、今から楽しみにしています。

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株主の逆襲(司法編)株主名簿閲覧仮処分事件で東京高裁逆転決定

昨日の経済産業省企業価値研究会の報告書案において「株主の逆襲が始まったのか」と思いましたが、同日(6月12日)、司法判断においても、株主の逆襲が始まったようであります。原弘産が日本ハウズイング側に対して求めていた株主名簿閲覧謄写仮処分命令事件におきまして、東京高裁が原弘産側の主張を全面的に認める逆転決定を出したようであります。(なお、東京高裁の決定全文は、こちらの原弘産側リリースよりご覧になれます。まずはこういった重大な裁判内容を速やかに公表いただきました当事者の方々に御礼申し上げます。また、日本ハウズイング側の開示情報によりますと、この東京高裁決定を受けて、速やかに原弘産側へ株主名簿を開示されたそうであります。)当ブログでも、4月24日付けエントリーの冒頭で、債権者(原弘産)側の主張がすんなり理解できる・・・と書いておりましたが、上記東京高裁決定を読んだかぎりでは、やはりほぼすんなりと被保全権利の存否および保全の必要性とも頭に入りましたので、債権者側の主張がほぼ全面的に認められたのではないでしょうか。

原弘産側は、日本ハウズイング側に対して、委任状争奪戦のための広報を目的として、その株主名簿の閲覧謄写を申請したのでありますが、日本ハウズイング側は、原弘産が競争関係にある会社であることを理由に、この開示を拒否したために、原弘産側が裁判所に対して株主名簿閲覧謄写を求める仮処分を申し立てたのが本件の概要であります。この高裁決定を理解するためには、以下の会社法の条文と、過去の判例の知識が必要であります。

会社法125条(株主名簿の備置き及び閲覧等)

③株式会社は、前項の請求(注;株主はいつでも営業時間内に株主名簿の閲覧を会社に請求できるということ)があったときは、次のいずれかに該当する場合をのぞき、これを拒むことができない。

(一、二は省略)三 請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるとき

「株主名簿の閲覧又は謄写の請求が、不当な意図・目的によるものであることなど、その権利を濫用するものと認められる場合には、会社は株主の請求を拒絶することができる」(最高裁判決平成2年4月17日 判例時報1380号 136頁  旧商法時代の裁判例です。)

私が先日の日経新聞「法務インサイド」で記事を読んだかぎりでは、東京地裁は原弘産側の仮処分命令申立について、保全の必要性がないことを理由に仮処分を認めなかったものと記憶しております。(13日午後追記:保全の必要性だけでなく、被保全権利についても認めなかった、とのこと。SMさんのコメントより)つまり、①原弘産側は、すでに自社HPにおいて、広く株主に対して自社の主張を広報していること、②日本ハウズイングの「大株主」に関する開示情報などで、ほぼ65%以上の株主は判明していること、③日本ハウズイング側は、株主に対する招集通知の参考書類等で、原弘産側の主張を全部株主に伝える旨、約束していることなどから、名簿の開示を認めらなければ株主の権利が毀損されるほどの緊急の必要性はない、といった理由でありました。これに対して、東京高裁はまず、被保全権利を真正面から認めたうえで、その保全の必要性も認めているようです。私の印象では、およそ以下のような理屈をたどって被保全権利を認めるに至ったように思います。

株主が基本的な権利を行使するうえで、株主名簿閲覧権は重要な権利

     

申請があれば会社は開示するのが原則(拒否は例外)

     

拒否事由は新会社法で初めて明文化された(旧商法時代の会計帳簿閲覧申請の拒否事由をほぼ転記)

     ↓

しかし拒否事由が例示(規定)されていなかった時代でも、そもそも権利が濫用される場合には会社は閲覧を拒否できた(上記の最高裁判例参照)

     

つまり、拒否事由に該当するかどうかは、文言だけでなく、その閲覧目的なども考慮しながら拒否すべきかどうかは判断されるべき

     

拒否事由は権利濫用(不当目的による申請)の例示を列挙

     

1号、2号は確認事由であり、3号(競争関係)は1号、2号の特則規定

     

3号は立証責任を転換した規定とみるべき(つまり、請求者が不当な目的をもって閲覧を申請しているものでないことを証明できた場合には、類型化された「不当目的事例」には該当しないので、会社側は閲覧を拒否できない)

     

本件では、原弘産側が、不当目的で閲覧申請を行っているものではないことを、一応証明している

といった流れのなかで認めたものであり、新たな会社法125条の解釈指針を宣言したものといえそうであります。(会社法125条について限定解釈がなされたもの、といえるのかどうかは、ちょっと悩みますが・・・・・)さて、この東京高裁決定は、今後の実務にきわめて大きな影響を与えそうであります。とりわけ、競争関係にある事業会社の敵対的買収事例や、株主提案権行使事例などにおきまして、委任状争奪戦の武器対等原則が確保されることとなりますので、今後ますます「経営者と株主との対話の重要性」が高まることになりそうであります。正確な裁判解説は、また著名な商法学者や実務家の方々がお出しになると思いますので、速報版程度にご参照いただけましたら幸いです。

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2008年6月12日 (木)

企業価値研究会「敵対的買収防衛策のあり方」

6月11日の経済産業省企業価値研究会にて、「敵対的買収防衛策のあり方」に関する新しい報告書がまとまったそうであります。(日経ニュース朝日ニュースなど)新株予約権を用いた事前警告型の買収防衛策(いわゆるライツプラン)の導入や発動について株主総会の判断に委ねるのは「責任逃れ」、大量買付者に対して金銭を交付する行為は「株主の利益が害されるおそれがある」として許されないとか。ともかく、買収防衛策を導入するのは、取締役の明確な責任のもとで明確な要件にしたがって行われるべし・・・ということのようであります。(まだ、報告書の中身を読んでおりませんので、あくまでもニュースのみからの情報です。)なお、M&A関連のエントリーの際には毎度申し上げているとおり、当職はM&Aに詳しい弁護士でもなく、あくまでも社外監査役という立場からの感想にすぎませんので、あしからずご了承ください。

(6月12日午前 追記)以下は、読売新聞朝刊の記事からの抜粋です。経営陣の行動のあり方として①買収防衛策を発動する際、買収者に金銭補償をするべきではない、②株主総会に買収の是非の判断を丸ごと委ねるのは責任逃れ、③自ら保身を目的として発動要件を広く解釈してはならない、④買収提案の検討、買収条件の改善交渉を真摯に行う。検討期間をいたずらに長期にしない、⑤買収提案に対する評価について、株主に対する説明責任を果たすべき、⑥第三者機関を組み込んだ防衛策に関しては、その機関構成として独立の社外取締役が適切。などなど・・・

1 研究会の指針はソフトローなのか?

日経の記事などを読みますと「6月総会を控えて、防衛策の修正を迫られる企業も出てきそうだ」とあります。ということは、やはり企業がこの研究会報告書の指針内容に沿った防衛策を導入すること(もしくは変更すること)を誘導する面があるんでしょうね。(追記:12日に公表された「防衛策の在り方(案)」の末尾に、「この報告書は6月総会では、時間的制約の関係から参照されないものである」との注意書きがあります)つまりソフトロー的な機能を果たすことが期待されているのかもしれません。ただ、そうなりますと、ソフトローが目指すものはいったい何でしょうか?発動までを見越して「裁判で勝つ」ことを目指すものなのでしょうか、それとも導入して警告を与えることに取締役の善管注意義務違反、忠実義務違反が認められない(つまり取締役が法的責任を問われない)ことを目指すものなのでしょうか?それとも両方を同時に目指すということなのでしょうか?新株予約権の発行差し止めを回避すること(つまり裁判に勝つこと)と、取締役の責任を回避することとは違いますよね。どんなにお金を使ってでも買収者を排除する姿勢であれば、裁判には勝てるかもしれませんけど、取締役の善管注意義務違反が認められる可能性は残ることがありえますし、裁判で勝てるかどうかは不明だけれども、(つまり交渉のための道具としては有効だが、発動までは考えていない)これだけの手続を踏んでいれば取締役としての善管注意義務違反は問われることはない、というのも当然ありうる話であります。ということで、報告書に法的拘束力がなく、あくまでもソフトロー的な機能が期待されているのであれば、いったいどっちの方向を目指しているのか、という点がもっとも興味を抱くところであります。

2 買収防衛策は「権限分配法理」の呪縛から解放されるのか?

買収防衛策を導入する企業が500社を超えるらしい・・・ということのようでありますが、ある大証の方からお聞きすると、「取引所へは、いつも同じ弁護士さんが説明に来られ、いつも同じ説明をされて帰っていかれる」とのこと。企業としては、やはりライツプランを定款変更によって導入する以上は「発動した場合に勝てるスキーム」こそ、やはり一番関心が高いものと思います。しかし、企業価値研究会の新しい報告書のニュースを読むかぎりでは、取締役会で導入、発動の責任を持ちなさい・・・といったスタンスのようですので、そもそも株主の意思を問う、ということにこだわらないスキームをモデルとされているのでしょうか。ただ、そうなりますと「発動される事態までは想定されていない」のであればいいのですが、発動まで含んだモデルということでしたら、日本の裁判所における「権限分配法理」との関係はどのように考えたらいいのでしょうか?(たぶん、同じ疑問を持たれている方も多いのではないかと。。)思い切って、取締役会の判断が一般株主の意思を反映していると擬制できるような手続的スキームをもって適法性が担保できる、と考えるのでしょうか。(たとえば独立委員会の存在、独立性の強い社外取締役制度の導入など)しかし、いくら保身目的ではなく、公正な立場で取締役が行動していることを証明できたとしても、それは1でも述べましたように、取締役の責任回避の手段にはなりえても、株主意思を反映した判断に代替しうるものかどうかは未知数のように思います。とくに①買収防衛策は株主共同利益を守ることを最大の目的とし、②株主構成のあり方は、基本的には株主が決めることである、といった法理から出発するのであれば、平等原則(株主平等の原則)、比例原則(平等原則に反するとしても、その侵害は最小限度であること)、濫用禁止原則(保身目的の排除)が厳格に認められる場合にのみ、発動が許容されるのではないかと考えられます。とりわけ、最近では委任状勧誘に関する法理も活発に議論されているところですし、原弘産の事例のように、株主側から、買収防衛策の不発動を求める議案なども株主総会に出されるわけでして、発動によって最も利害関係を有する「現株主」の意思を問う機会が一方でありながら、他方で「現株主ほどの利害関係をもたない過去の株主の賛同を得ている」ことがどれほど買収防衛策の発動の適法性に意味があるのか、私には少し疑問を感じるところであります。

(6月12日午後 追記)ligayaさんのブログで知りましたが、昨日の企業価値研究会の資料として「防衛策のあり方(案)」が公開されていますね。いまから同志社の演習なので、また夜にでも拝見したいと思います。

PS 話は変わりますが、COSOの内部統制システムにおけるモニタリングのあり方に関する公開草案が出ています。英語に堪能な方、できましたらご解説をお願いしたいと思います。

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2008年6月11日 (水)

日本ハウズ・原弘産 支配権争奪戦(本当のキーマンは誰なのだろう?)

昨日、ある財界の方と夕食をご一緒させていただく機会がありまして、その方が次のようなお話をされました。

「山口先生、『同族会社』を甘くみちゃいけませんよ。日本にはたくさんの同族会社がありますけどね。100年も200年も続いている同族会社は、みな、それなりに末永く組織が生きるための知恵を持っています。そういった会社は従業員も、その知恵が理解できているはずです。ですけどね、社長が情実で『同族』にしちゃうようなケースは絶対ダメですよ。親族がどんなに優秀でも、社員はみんな「社長の脇の甘さ」がわかっちゃいますから。そんな『同族会社』はきっと途中で崩壊しちゃいますよ」

同族性が崩壊することによって、むしろ企業価値が向上するケースもあるかもしれませんので、私はとくに失礼なことを申し上げるつもりはございませんが、日本ハウズイング社と原弘産社との支配権争奪戦は、いよいよ本格的な6月26日の株主総会における委任状争奪戦に突入したようであります。(なお、詳細はkatsuさんのブログが参考になります)6月9日の原弘産のリリース(日本ハウズイング創業家資産管理会社による「原弘産を支持する」との意見表明について)および6月10日の日本ハウズイング社リリース(当社株主の皆様に対する当社委任状の送付等について)などを読ませていただきますと、法律家として本当に勉強になります。なかでも、カテリーナ・イノウエ社作成による「当社質問書への回答書に関する件」と題する書面におきまして、これまでの両社のやりとりについては、

あたかも法務・ファイナンスなどの分野の専門家の方々によるような、細部にわたる枝葉末節な論争が目立ち、日本ハウズイングの企業価値を高めていくために本当に必要なことは何なのか、などの本質的な議論がなされていない。いわば「株主不在の些末な論争」が行われているように見受けられました。

日本ハウズイング社は、本年5月21日の決算説明会で、一連の「買収防衛」のため、証券会社、弁護士事務所等専門家への報酬等約6億円を特別損失として計上することを明らかにしています。平成20年3月期の当期利益が10億円ですから、その6割に相当する「常軌を逸した」額です。

などといった表現が含まれております。(私はどちらかといいますと、高額を支払ってでも守るべき価値があればいいのでは?とも思いますが、さすがに当期利益の6割・・・ということになりますと、うーーーん、と唸ってしまいそうになりました)法律的な論点としましては、カテリーナ・イノウエ社の大株主である創業家一族の方が、日本ハウズイング社の取締役に就任されていたにもかかわらず(ただし6月6日に辞任されたとのこと)、カトリーナ社が原弘産側につくことを表明した直後から、一般株主に対して原弘産側の委任状を提出するように電話勧誘をされているところであります。(そもそも、これが委任状勧誘規則に規定されている「勧誘」にあたるのかどうか、かなり疑問がありそうですが)そのあたりの細かい法律紛争は、また別の機会に検討させていただくこととしまして、この一連の紛争の本当のキーマンとは誰なのか・・・というところに一番の関心が湧くところであります。日本ハウズイング社が、そもそも同族会社ではなく、若き日の井上氏、小佐野氏の共同経営から始まった会社だとすれば、おそらく共同経営会社としての「社風」があったはずであり、そこにきしみが生じて、今日の一連の騒動に至ったのではないか・・・と素人ながらに想像するところであります。

平成20年3月31日現在の日本ハウズイング社の大株主(10位)までと、役員の所有株式数から、私なりに現時点の支配権関係を推測してみますと、原弘産側(ランドマーク社、カテリーナ社、原弘産社、井上投資、創業者親族1名)が41,97%、日本ハウズイング側(小佐野投資、カテリーナファイナンス社、従業員持株会、親族1名、取締役20名、ただし辞任した取締役分を含む)が33,32%となり、これだけをみると、すでに原弘産側がかなり有利になったものと思われます。行使される議決権数が85%程度だとしますと、すでにほぼ原弘産側が過半数を確保しているような趨勢にも思われます。ここまでの一連の流れをみますと、私は突然、カテリーナ・イノウエ社が「黒船」として登場してきたのかと思っておりましたがそうではなく、そもそも日本ハウズイング社が「同族会社」になってしまったころから、ふたつの創業家の間で確執が生じて、むしろカトリーナ社の意見表明のなかにもあるように、実際のところ原弘産社こそが「黒船」的な存在だったように思われます。ただ、上の説明で原弘産側として挙げておりますランドマーク社でありますが、ここは親会社(合人社グループ)が原弘産社と事業パートナーとして動いていたり、ここ数ヶ月で保有株式を増やしていることなどを根拠として整理しているわけであります。とくに原弘産社とは資本関係はないようであります。このランドマーク社保有の12、55%が命運を分ける株式数でありそうですし、これこそキーマン的な立場ではないでしょうか。おそらく、首尾よく原弘産側が支配権を争奪できた場合には、その後の事業展開上でのメリットを十分享受できる「おいしい」立場にあるのではないかと考えております。今後の株主間の力学のようなところに、注目をしておきたいと思います。

今年の株主総会シーズンも、あと2週間程度でピークを迎えるわけですが、大手ファンドによる一気の敵対的買収といったドラマは生まれる可能性が少なくても、長期投資を目的としたファンドなどがキーマンとなって、10%程度の保有株主(第二位、第三位くらいの大株主)が総会の主役の地位に立つような場面がけっこう増えるのではないかと予想しております。

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2008年6月 9日 (月)

「社外監査役の乱」を冷静に考える(その2)

土曜日(6月7日)の日経新聞(企業総合面)におきまして、「荏原、議案として株主に問う」と題する記事が(かなり大きく)掲載されており、この記事には誤解を招くおそれがある、とのことで、荏原製作所(呼称 荏原)社が、日曜日に適時開示情報を出しておられます。(昨日の一部報道について)この荏原社の開示情報を読みまして、私のエントリーにも一部不正確な箇所がありましたので、訂正をさせていただきます。

定時株主総会招集通知の添付書類43頁、44頁に記載されております監査報告書に、O社外監査役の付記事項が掲載されておりますが、O氏はコンプライアンス上の理由から、事業報告は承認しない、とあります。しかし計算書類等に関する会計監査人の監査方法及び結果については承認しない(適法とは認められない)とは明確には述べておられないようであります。昨日のエントリーでは、O氏が事業報告を承認しない理由中に「本件に係る調査報告書等には、経理帳簿の虚偽記載を疑わせる記載があり」と記載されていることから、これをもって会社側がO氏の計算書類への承認がないことと解釈したと書きました。しかし、日曜日の適時開示情報では、どうもそのように会社側が解釈した、というわけでもなさそうであります。会社側は端的に「O氏が決算を承認しないからではなく、事業報告を承認しない理由のなかで、経理帳簿の虚偽記載を疑わせるもの、との記述があるから」と説明されています。

ところで、監査報告書のなかで、個々の監査役が監査役会報告の内容と異なる内容を報告する場合には、「付記事項」を記載することができるわけですが、監査報告書が事業報告に関する監査報告と、監査役(会)による会計監査報告を併せて記載していることから、監査役会報告における付記事項につきましても、「事業報告に関する付記事項」(会社法施行規則130条2項)と、「会計監査に関する付記事項」(会社計算規則156条2項)の二種類を区別する必要があります。そこで、この荏原社の監査報告書では、O監査役は、事業報告を承認できない、としているわけですから、監査役会は、会社法施行規則130条2項による付記事項を記載して報告していることになりそうです。(具体的な事実としては、会社法施行規則129条1項3号および4号事由でしょうか)

つぎに会計監査人設置会社の特則として、株主総会で計算書類等の承認決議を不要とできる場合(会社法439条)といいますのは、会社計算規則163条によりますと、(平たくいいますと)監査役(監査役会)が会計監査人の監査方法又は結果について相当ではないといった意見が存在しない場合、もしくは「監査役会による会計監査に関する付記事項」として、会計監査人の監査方法、結果について相当でないことを記載していない場合を指していることになります。ここで疑問に感じますのは、荏原社としては、監査報告書の内容につきまして、O監査役が会計監査人の監査方法、監査結果について相当でないことを付記した、と解釈されたかどうか、ということであります。しかし会社側としては、O監査役は決算を承認しないとは言っていない、とはっきり明言しておりますので、会社側としても会計監査に関する異議までO監査役が唱えているものではない、と解釈しているように考えられそうであります。

そうしますと、どういった根拠で計算書類について、株主総会による決議を求めることになるのでしょうか?そもそも、監査役のひとりでも計算書類について適法意見がない場合には、計算書類は確定しないわけですから、取締役は計算書類について株主総会の承認を求める必要があります。しかし、会計監査人や各監査役が適法意見を述べているにもかかわらず、さらに株式総会における計算書類の承認を求めうるかどうか、ということについては有力な学説は(定款上で承認を総会で求めることができる、とされている場合以外は)否定的に解釈されています。おそらく、会計監査人設置会社の計算書類の内容は複雑であって、会計専門家による適法性の担保があって、監査役が適法意見を述べている場合には、そられの責任のもとで確定させることを期待しているからではないかと考えられます。本件におきまして、O監査役が事業報告への異議理由のなかで「経理帳簿の虚偽記載の疑い」を述べているからといって、それでは「念のために」株主総会で承認決議を求める、ということは果たして適法なのでしょうか?本来、監査役のおひとりが、虚偽記載への疑問を呈した場合には、明確に会計監査の方法、結果を相当と認めない、と付記したうえで承認決議を求めるべきだとは思うのですが、どうもこのような監査報告書の付記記載となった理由と、これを会社側が、どのように判断して承認決議を求めることとなったのか、理屈のうえでよくわかりません。(どなたか教えていただければありがたいです)報告事項であっても、それなりに十分株主が説明を受ける機会は確保されていると思うのでありますが。

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2008年6月 7日 (土)

「社外監査役の乱」を冷静に考える

金曜日の夜はほとんど更新をお休みしておりますが、きょうは「野村證券の事実調査報告と再発防止策の公表」や「テレビ朝日、朝日新聞の株式相互保有」、「三輪そうめん偽装表示」などなど、エントリーとして書きたい出来事がたくさんありました。しかしなんといいましても、当ブログにお越しの皆様であれば、「きっとエントリーするにちがいない」と予想しておられるとおり、「社外監査役の乱」について、とりいそぎ速報版としてエントリーしておきたいと思います。

荏原、前期決算承認を株主総会議案に、監査役の一人が承認せず(日経ニュース)

「決議事項に関するお知らせ」(荏原製作所IRリリースより)

荏原製作所には5名の監査役がいらっしゃいますが(常勤2名、非常勤社外3名)、その監査役会の監査報告書によると、事業報告の監査結果は「相当と認める」ものであり、計算書類についても、連結・単体とも監査法人の監査を「相当と認める」ものとされております。しかしながら、会社法施行規則130条2項に基づき、監査役と監査役会との監査意見が異なる場合の「付記事由」が記載されており、監査役O氏が以下のとおり、相当とは認められない理由を述べておられます。

「コンプライアンス上重大な疑義があるので、本事業報告を承認しない<その理由>元経営幹部による会社資金の不正支出に対する、取締役および取締役会の調査は不十分であり、当職は会社法381条に基づき、本件に関する調査を実施したが、取締役は調査に必要な情報の開示を行わず、当職が要求した関係者に対するヒヤリングにも対応していない。したがって取締役の職務執行に関し、法令に違反し又はその疑いがあると認められる。また、本件に係る調査報告書には、経理帳簿の虚偽記載を疑わせる記載があり、本事業報告は承認できない」

会計監査人設置会社の場合、監査役(監査役会)が計算書類に対する会計監査人の適法意見に同意する場合には、計算書類に対する株主総会での承認決議は不要でありますが(会社法439条、会社計算規則163条)、監査役(監査役会)が異議を述べる場合には、原則(438条)に立ち返って総会の承認決議を要するものであります。なお、監査役は独任制の機関ですので、監査役会とは別に、たとえ一人でも異議を述べた場合には計算書類には承認を要するものとなります。また、本件では社外監査役であるO氏は、「事業報告については承認できない」と説明されておられますので、計算書類についてはどうなんだろうか?と若干疑問も生じるところでありますが、会社側としてはO氏が「経理帳簿の虚偽記載」を問題とされているようですので、やはり「計算書類についても同意できないもの」と厳格に と同様に解釈しているようであります。また、社外監査役O氏が理由として述べているところが事実であれば、会社法上の内部統制システムの構築上の瑕疵(内部統制システムの基本方針決議の内容として、監査役への報告体制の整備が掲げられております)も問題になってこようかと思われます。

ところで、この社外監査役のO氏は、元警視庁公安部長、元内閣情報調査室長、現ライブドア監査役でいらっしゃる方で、この1年の荏原製作所の取締役会出席率、監査役会出席率をみましても、とてもまじめに出席されていらっしゃるようです。また、他の社外監査役さん方も、みなさまご承知の錚々たるメンバーの方々、そして実際に社内調査を担当した3名の弁護士さん方も、コンプライアンスで著名な先生方、また再発防止委員会の外部委員の方々もしかり・・・・・  ということで、とても「社外監査役の乱」などと、面白おかしくエントリーできそうな雰囲気ではありませんので、続編につきましても、冷静に問題点を分析していきたいと思っております。果たして総会当日、どういったことになるのでしょうか?株主さん方からの質問に対して、O氏はどのように説明されるのでしょうか?また、会計監査人は出席して自らの調査内容を説明されるのでしょうか?(とりあえず、つづく・・・)

PS ところで、(話は変わりますが)野村證券の報告書において、インサイダー取引をやってしまう社員は断然29歳から31歳くらいに集中している・・・なる報告は、スゴイなぁ(^^;;  「アラフォー」ならぬ「アラサー」ということなんでしょうか。

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2008年6月 6日 (金)

「不作為の過失」と経営者の刑事責任(JR西日本事故)

経済刑法の分野におきまして、最近の傾向は「各論」ではインサイダー取引と有報虚偽記載罪、そして「総論」ではなんといっても「不作為の過失」ではないでしょうか。昨年1月29日のエントリー「企業の不作為と刑事犯罪の成立」におきまして、パロマ社へ強制捜査が行われたことをとりあげました。その後、昨年(2007年)12月中旬に元社長さんが業務上過失致死罪で起訴され、現在は起訴事実を全面的に争っているようであります。(過去のニュース記事からの情報ですので、もし間違いがございましたらご指摘ください)当時、経営トップが「不作為の過失」によって立件される・・・というのは意外に思っておりましたところ、本日の日経新聞や読売新聞夕刊一面記事でJR尼崎脱線事故に関して、JR西日本の役員らが業務上過失致死容疑で書類送検される見込みであるとのことで、ふたたび「役員の不作為による過失」が問題になっているそうであります。今年に入って被害者(ご遺族)らより告訴がなされたようですので、告訴手続の中での捜査機関の判断だったようです。

昨年の上記エントリーですでに述べたとおり、「作為による過失行為」と同程度に評価しうる「不作為」(つまり何もしない、とか放置していた、なる概念です)に過失が認められるといいますのは、被害の予見可能性があり、また被害発生の回避義務が現実化していたにもかかわらず、これを怠ったことであります。したがって不作為による過失で刑事処分を受けるのは「現場に近い責任者」くらいまでが(刑事処罰の対象としての)射程範囲ではないかと思っておりました。しかしパロマ事件といい、このJR西日本の尼崎事故の件といい、捜査機関はこの「不作為による過失」によって、経営陣にまで刑事事件に問えるといった判断を下している模様です。私自身、パロマ事件やJR西日本事件など、個別の事件に関する検察や警察の具体的な対応につきましては、とやかく言える立場ではございませんが、この「役員クラスに対する刑事事件の立件に『不作為の過失』を活用すること」が慣例化していることについては一般の企業にとっても重大に受け止めるべきリスクが増えたものと理解しております。この点、昨年の上記エントリーへのコメントのなかで、監査役サポーターさんが、

不作為の業過で、トップを捕まえられるのでしょうか? 作為犯の場合でも同様でしょうが、一般に企業犯罪と呼ばれるような事件を刑法犯である業過で立件しようとしても、せいぜい担当の部長、取締役レベルどまりで、社長・会長まではいかないような印象があります。余程の小規模・閉鎖的かつワンマンの会社(内部統制の必要性がないほどに、トップが会社全体を見渡せる規模の会社)ならいざ知らず、通常規模の会社で、社長・会長にそこまでの注意義務を認定するのは難しいのではないか思います。P社は確かに非上場・同族会社とされていますが、それほどの規模ではないと思います。それとも、3ヶ月に1回の取締役会さえ開催されていない、なんていう例示は、この会社がことほど左様に小規模・閉鎖的なワンマン会社であるとと強調したいのでしょうか(警察は)?

と疑問を呈しておられまして、これに対して私も、

私も同感であります。不作為犯でトップまでいきつくのはかなり困難を伴うことになろうかと思います。ただ間接正犯(もしくは道具理論)のような考え方をとるのかもしれません。たとえば、役員会での議論とか、トップの担当者に対する具体的指示などから、不作為犯の注意義務(作為義務)が課されるべき担当者と同程度の作為義務が発生していた、といったような感覚でしょうか。
そもそも、作為犯におきましても、共謀共同正犯や間接正犯といった実行行為概念は、相当に規範的なものでありますから、不作為犯の注意義務違反もしくは作為義務違反といった実行行為性につきましても、かなり規範的概念を用いる必要があると考えます。

と回答しておりました。たしかにパロマ社は閉鎖会社であり、取締役会もきちんと開催されていなかった、との報道もありましたので、そのワンマン経営者たる性格から、まだ「経営トップの指示」が「作為による過失」と認定される場合がある、と割り切ることができそうであります。しかしながら、ご承知のとおりJR西日本社は上場企業であり、しかも超大型の企業であります。内部統制もしっかりしていると思われる大企業の(経営トップではございませんが)経営陣に「不作為による過失」をどういった理屈で認めるのだろうか・・・と思って件の日経記事を読み進めておりますと、

カーブ変更の直前には、北海道のJR函館線の半径300メートルカーブで速度超過による脱線事故が発生。JR西日本でも97年3月の社内会議で事故が報告されたが、新たな安全対策はとらず、福知山線への新型ATS設置は事故後の2005年6月までずれこんだ。(ここにいう「カーブ変更」というのは、もともとは半径600メートルカーブだったものを、JR東西線開通に合わせて、半径300メートルカーブに変更したことを指しています-管理人による注)

とあり、やはり会議での議事内容が、(担当役員に)過失を裏付ける予見可能性があったことの証拠として検討されているところのようであります。この会議が取締役会なのか、経営会議なのかは不明でありますが、内部統制システムがしっかり整備、運用される企業におきましては、当該企業における適正なリスクの評価とその管理が社内会議で議論され、またその内容はしっかりと議事録で残されるわけであります。したがいまして、きちんとした内部統制が整備運用されている企業ほど、将来的には「不作為の過失」が立件されやすくなるわけで、とりわけ消費者と直結している企業ほど、不作為による過失が立件されるリスクなるものをキモに命じておく必要があるものと考えております。もちろん、パロマ事件も、JR西日本の脱線事故も、たいへん痛ましい被害を与えたことから、その会社の役員の刑事責任が問われているわけですし、今後あやゆる企業の事件について「不作為の過失」が問われるものでもないと思います。ただ、社会に重大な影響を与える事件かどうかは、その被害の大きさだけでなく、マスコミなどに採り上げられて話題になってしまったようなケースも認められそうですので、一般企業の役員の方々も、「私には関係ないこと」では済ませられない問題が存在するものと認識しております。

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2008年6月 5日 (木)

内部統制報告制度と4つの壁

日本内部統制研究学会の年次大会に向けて(7月5日 於 青山学院大学)、いろいろと勉強しなければならない立場でありますが、上場企業の経営者や現場責任者の方々にわかりやすく問題を提起させていただくにあたり、いくつかの「壁」を乗り越える必要を感じております。なお、「4つの壁」でありまして「4つの論点」ではございません。論点については山ほどあることは重々承知しておりますが、山ほどある論点を議論するにあたり、その議論がかみあわない前提のところで私自身は「壁」を痛感しています。以下はまったくの私見でありまして、多くの方々のご意見、ご異論を頂戴したく存じます。

1 「会計学、監査論」vs「法律学」

たとえば最近よく議論されております「重要な欠陥」(内部統制評価および監査の有効性判断にとって最もキモとなる概念です)について、これをどのように理解するか。これは意外と難問です。ここを整理しておかないと「取締役には『重要な欠陥』がある場合に、善管注意義務違反となるか?」といった質問にみられるような、会計監査と法律の世界がごちゃまぜになってしまうような混沌とした領域に踏み込んでしまうおそれがあります。私自身は、一般に公正妥当と認められた「内部統制評価の基準」と「内部統制監査の基準」は、そもそも企業会計審議会によって作られたわけですから、「重要な欠陥」なる概念は会計監査の世界のものである・・・と、ひとまず理解するところからはじめるほうがわかりやすい整理だと思っております。そもそも「重要な欠陥」は過去の出来事を評価するものではなく、将来のリスクを評価したものでありますので、ちょっと法律の世界ではなじまない概念ではないかなぁと考えています。これを法律の世界で議論するのであれば、「重要な欠陥」の中身をすこし噛み砕く作業はどうしても必要ではないかと思います。

2 「会社法」vs「金融商品取引法」

すでに当ブログで何度も議論されたところでありますが、財務計算の適正性を確保するための体制整備義務なるものは、金商法から認められるのか?それとも会社法から認められるのか?そもそも、構築義務など取締役には認められないのか?といった問題であります。有識者の方々とお話をしていて、(思いのほか)有力なのが「金商法の内部統制報告制度に関する規定から構築義務が認められる」なる意見でありますが、私自身はやはり基本的には会社法における一般的な善管注意義務を根拠とせざるをえないのではないか(ただし会社法上、取締役に認められる「法令遵守義務」のなかで、かろうじて認められる可能性があるのではないか)というものであります。なお、こういった議論の必要性があるのか、といったあたりを含め、このあたりの最新情報としましては、月刊監査役6月号の「会社法と金融商品取引法における内部統制の今後の展開」(葉玉さん、金融庁M課長さんらの討論)をお読みになるのがよろしいかと思います。(もし入手可能であれば、ということですが)

3 「ソフトロー」vs「ハードロー」

これはプリンシプルベース・ルールベース(いわゆる金融庁のベターレギュレーションに関するお話)とも関係するのかもしれませんが、法律が社会のルール作りにどのようにかかわっていくか・・・というところの議論であります。いろいろと内部統制報告制度を考えるにあたり、ここに関係者間で議論がかみあわない理由がどうも存在するように感じております。たとえば金融庁の方が「内部統制は構築しても、しなくても自由です。構築しませんよ、と正直に報告いただければ合格点。ただし、投資家、ステークホルダーに対して説明責任は負いますよ」といった解説をお聞きしますと、ある方は「何もしなくてもいいんだ」と解釈され、ある方は「とんでもない、重要な欠陥があるなどと報告したら私のクビがとんでしまう」と憤慨される。たしかに金商法のなかでは、内部統制報告制度は「開示制度」の一環として規定されておりますので、「構築しろ」(つまりハードローの世界における構築義務)とは書かれていないのであります。しかし、会社情報が投資家に晒されるわけですから、重要な欠陥があると開示した会社が投資家にどうみられるか・・・を考えると、やっぱり構築しないわけにはいかない(構築することを間接的に強制している、といいますか、いわゆるソフトローの世界)わけで、このあたりを法的にどのように評価すべきか・・・、といったところが論点かと思われます。また、初年度から「監査証明」を受ける必要があるわけでして、この内部統制監査の運用次第では、会社としては「実質的な強制」を感じることにもなるわけで、これも一種のソフトローの世界のお話ではないかと思います。

4 四半期報告書制度、確認書制度、金商法193条の3との関係

これは二極対照ではありませんが、この4月1日から施行された制度の関連性の問題です。四半期報告制度や確認書制度、会計士さんの財務諸表監査における不正発見通知制度というものは、いずれも内部統制報告制度と同じ4月1日に施行されることになりましたが、これらの関連法令が報告制度とどのように理論上、つながっているのか、これまであまり議論されてこなかったところだと思います。ビジネス法務7月号(創刊10周年記念号)におきまして、ある弁護士の方が「財務書類の監査の品質向上のための制度整備」と題して、公認会計士法等の一部改正の概要を解説されていらっしゃいますが、これを読んで「なるほど、内部統制ばかりに目を向けていたけど、こちらもけっこう重要ではないか」と気づいたような次第であります。また四半期報告制度にも「レビュー手続」という消極的な監査証明業務が付されておりますが、たしかに理屈のうえでは「監査」と「レビュー」は違うとは言っても、もし期中の粉飾事件が明るみに出た場合には、世間の人は「監査法人がきちんと監査して『適正』と判断したのなら、監査法人にも責任があるぞ」と憤るのはおそらく同じだと思います。監査基準委員会報告書第35号「財務諸表の監査における不正への対応」などの実務指針なども含め、こういった内部統制報告制度の本質を捉えるためには、その周辺の法令との関係などもひとつひとつ整理したうえで大局的に理解する必要があるのではないか、と(最近)考え出したところであります。

詳細は追ってまた述べたいと思いますが、とりあえず問題提起(問題整理)のつもりで、私なりにまとめてみました。

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2008年6月 3日 (火)

「せんとくん」にライバル登場「まんとくん」

関西ネタで恐縮ですが、平城京遷都1300年記念祭(2010年)のキャラクター「せんとくん」があまりかわいくないとの批判が高まり、市民運動によって新しいキャラクターが公募されておりましたが、このほど「まんとくん」に決定したようであります。(イラストをアップするのは問題かもしれませんので、こちらのニュースで「せんとくん」と「まんとくん」を比較してみてください)これは「せんとくん」にとっては強烈かつ挑発的なライバル登場であります。

たしかに平城京のシンボルは朱雀門ですし、鹿をイメージさせる「ゆるキャラ」のまんとくんは絶対にかわいい!と思います。おそらく「せんとくん」よりは「まんとくん」のほうが第一印象としてはかなり優位に立つような気がいたします。ただ、私は「せんとくん」をメインキャラクターとして推してみたいところです。たしかに現在は「ひこにゃん」に代表されるようなゆるキャラブームでありますが、記念祭が開催される2年後まで、いまのブームが続くかどうかはわかりません。むしろ「古っ!」とか言われそうであります。そこへいくと「せんとくん」の場合、たしかに人をコバカにしたような表情や何の変哲もないような体格は、このままではかわいくないかもしれませんが、たとえばコスプレによって無限の可能性を秘めているような気がします。これだけ「かわいくない」と評判のキャラクターですので、ちょっとした変化でかなりウケるんではないかと期待できませんかね?また、日本人だけでなく、海外の方々からみて、どっちがウケがいいかも検討する必要があると思いますが、せんとくんのほうが「東洋の神秘」を感じさせるのではないかと。「ひこにゃん」のときには、著作権(著作者人格権?)侵害紛争が周知性を高めたわけですが、今回のせんとくん・まんとくん騒動も、平城京遷都祭の知名度アップにはかなり貢献しているようです。

この4月から施行されております内部統制報告制度も、このブログを毎日お読みいただいている方でしたらおわかりのとおり、いろいろとご批判の多いところでありますが、体制を整備して、運用して、評価することを繰り返しているうちに、なんとなく愛着がわいてきまして、そのうち「ああ、やっぱり市場の健全性を高めるためにはいい制度だね。うちの会社の事業の効率性も高まってきたし。人材も育ってきたし。」と思える日がやってくるのではないでしょうか。(いえ、とくに根拠はないんですけど・・・そう思いたいです。)

平日の朝は当ブログを会社でお読みいただいている方が多い、とのことですが、本日は期待を裏切る「ゆるネタ」で失礼いたしました。明日はもうすこしまともなエントリーを書きますね(^^;;

PS 先日のエントリーで利用しましたハンドルネーム「カトリーナ・ヤマグチ」の由来はおおすぎ先生がコメントで書かれているとおりです。

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2008年6月 2日 (月)

経営者はどこまで自社不祥事を把握できるか?

先週のエントリー「船場吉兆の廃業報道について思うこと」へのコメントにおきまして、DMORIさんが不祥事対策の要諦として「マイナス情報は一発で出し切ること」を挙げておられまして、これに対してTETUさんが、これはかなり困難ではないか?との疑問を呈しておられます。船場吉兆の福岡店で消費期限切れのプリン販売が発覚した時点、もしくは牛肉産地偽装が発覚した時点において、今回の「使い回し」事件も同時に公表していれば、船場吉兆社が廃業にまで至らずに済んだのではないか・・・といった問題が残っているわけでして、DMORIさんの提案にも一理あると思います。(ただ、「マイナス情報を一発で出し切る」というのは、経営者が把握していたマイナス情報はすべて出す、という意味と、マイナス情報が発覚したときには、危機管理として(自浄作用として)会社が調査した内容はすべて公表する、という意味がありそうでして、ここでは後者の意味で捉えることといたします。)今年3月末をもって、私は2年半ほど務めておりました某上場企業のコンプライアンス委員を辞任いたしましたが、その委員の経験からみて、社内(もしくはグループ企業内)のマイナス情報をどこまで経営者が把握できるか、ということはクライシスマネジメント上の大きな難問ではないかと思っております。マイナス情報を的確に経営者が把握できていなければ、結局のところ「一発で出し切る」ことは不可能なわけでして、「俺は聞いてない!」タイプの不祥事はけっこう多いというのが実感です。

それでは、(主として組織ぐるみではない、いわゆる従業員不祥事の事例について)一発で出し切る努力をしても仕方がないかと申しますと、有事になってからでは困難かもしれませんが、平時における有効策は存在する、と私は考えております。企業においては不祥事につながるような「ヒヤリ・ハット」事例が山ほどあるわけでして、このヒヤリ・ハット事例報告集などをきちんと分析することは、どこの企業でも真摯に実行することが可能であります。(要は社長さんが率先して、リスク管理の重要性を広報しているかどうかであります)ただ、このようなヒヤリ・ハット事例報告制度を開始してみて、「コンプライアンス経営はむずかしい」と感じた点は以下のとおりです。

1 企業に重大な影響を与える不祥事の芽となる「ヒヤリ・ハット」がそもそもわからない

企業不祥事の発生防止のために「ヒヤリ・ハット」報告が役立つことは、よくコンプライアンス教習本に書かれていますが、私の実経験からみて、何が自社にとってヒヤリ事例、ハット事例なのかがわからないケースが多いと思いますし、人によって意見が異なるケースも出てきます。小さな支店の細かいミスであったとしても、それを放置して見過ごすことが、後で大きな不正会計事件につながるケースもあるわけでして、何がヒヤリ・ハット事例となるのかは、企業内における独特な嗅覚をもった特定人の才能(また、社内できちんと指摘できるだけの度胸)に依存せざるをえないのが現実のように思っております。

2 ヒヤリ・ハットが把握できても、それを現場が報告書に記載しない(自己申告の困難性)

大阪には「患者に人気のある病院」として著名な医真会八尾総合病院という総合病院がありまして、私も何度かここの「医療事故調査会」にお世話になりました。現在は医真会オーディット」なる病院から独立した監査委員会(のようなもの)がありまして、ここが医療職員らが作成するヒヤリ・ハット報告書を分析し、医療ミス再発を防止するための提言を行っております。もうすでに10年ほど前のことだと記憶しておりますが、自ら年間のヒヤリ・ハット事例を公表(年間800件以上の「医療事故につながりかねないミスが発生したこと」について、その具体的なミス内容を公表)することを開始し、医療現場の職員のミス防止策の提言から、職場の医療執務環境の改善策の提案まで行っているそうです。もちろん、現場の職員の方が自己申告することが大前提でありますので、情報の伝達が滞らないように様々な工夫がなされております。このような取り組みは、最近やっと一般の企業においても、リスクマネジメント委員会やコンプライアンス委員会などの独立第三者機構を中心として、社内における不祥事リスクを把握したり、改善するために活用され始めているようです。

もちろん、こういった取り組みによって有事の際に100%の企業不祥事を把握できることはまずありえないでしょうが、発覚事例と同種の不祥事を速やかに調査したり、社内における事実確認を速やかに行うことを可能としますし、「一発で出し切る」努力をしていることは外部第三者にも理解してもらえますので、企業内に「不祥事体質」が存在しないことを説明するためにも有益ではないかと考えております。

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