法廷会計学vs粉飾決算(細野祐二著)
ligayaさんのブログで紹介されておりました「公認会計士vs特捜検察」でおなじみ細野祐二氏(公認会計士)の新刊書「法廷会計学vs粉飾決算」(日経BP社2200円)を拝読いたしました。といいますか、「とりあえず1回通読いたしました」といったほうがいいかもしれません。おそらく多方面において、この本は企業会計法の教材として活用されるのではないかと思いますし、私も今後何度も読み返し、また当ブログでも引用させていただく予定であります。ご承知のとおり、細野氏は2004年3月のキャッツ株価操縦事件で逮捕勾留(190日)され、第一審、控訴審とも「共同正犯」として有罪となり、現在は最高裁上告中の方であります。この本に収められている細野氏の論稿はその保釈後に執筆されたものであります。なかでも、最初に収められている「疑惑の特別目的会社」は、あの日興コーディアルグループの不正会計事件(細野氏は不正会計ではなく粉飾決算事件である、とされています)の発端となった論稿であり、この論稿を目にとめた国会議員などの追及によって、日興の事件は課徴金5億円、シティグループとの三角株式交換、中央青山監査法人の解散へと波及していくこととなりました。「粉飾決算とはどんなものであるか」を保釈中の自身が、公表されている財務資料だけを頼りに分析して作成されたレポートが、どのようにして大きな社会的影響力を持つに至ったのか、その「軌跡」を辿るのは実に興味深いところです。
この本の特徴はなんといっても、「後だしジャンケン」がまったくない論稿が多く収録されていることです。報道された事実などが頭に入ってしまった後であれば、「あれはこんなタイプの粉飾だった」とか「こんな事実も発見できなくて、会計監査人は何をしていたのか」と簡単に言えそうです。しかし社会的に許容できない「粉飾決算」の判断は、強制捜査力をもたない会計士が重要な虚偽リスクの有無が皆目わからない状況のなかで、自身の専門的知識と経験によって発見していく過程を経るものであります。(これは私も同感です)細野氏は、自ら「これが粉飾決算だ」と確信するものを、日興コーディアル事件や日本航空の事例(「空飛ぶ簿外債務」ほか)などをまさに「現在進行形」でレポートして、その結果を順を追って論証していくわけであります。過去に経済レポートとして世に出されたものであるために、後だしじゃんけんは全くなく、相当の自信がなければ、こういった本は出せないのではないかと感嘆いたしました。
私個人としましては、日本航空のゴーイング・コンサーンを話題の中心とした「空飛ぶ簿外債務」、「疑惑の翼」、「ゴーイング・コンサーン」あたりが、(やはり現在進行形モノとして)楽しめるかと思います。いや「楽しめる」などと悠長なことを書きましたが、細野氏いわく、
さらに捜査当局だけでなく、司法全体はもう少し会計を勉強せよ。マスコミも同じことである。会計もわからないのに粉飾など摘発できると思っているのか?ここで学ぶべき会計は真摯に学ぶ意思さえあれば、さほど難しいものではない。過去確定した粉飾決算は、すべてきわめてわかりやすい動機と手口により、しっかりと売上や利益をごまかしている・・・・・・(「絶対絶命の監査法人」より抜粋)
など、たいへん耳の痛いご意見もてんこもりであります。法と会計の接点を探ることをテーマのひとつとしている当ブログとしましても、この細野氏の「司法の会計制度に対する理解度」に向けた忠告につきましては真摯に受け止めたいと思っております。先の細野氏の忠告どおり、社会的に許容できない粉飾決算の見極めのためには、最先端の会計基準などをキャッチアップするようなむずかしいことは必要ではなく、むしろ「企業会計原則」とか「重要な項目の他社比較の要領」とか「数年分の財務諸表の比較」など、ごく基本的な分析調査の組み合わせによるところが不可欠のように思います。ただ、対象会社がどのような会社であり、どのようなリスクを抱えているのか・・・といった企業の全体像が見えてこなければ、どの数字にフォーカスしていくべきかはよくわからず、このあたりはやはり会計監査の経験を積んだ会計専門職の方のスキルに依存するところも多いかな・・・と感じました。また、ある程度の期間、会計監査を続けるなかで、初めてその企業リスクの全体像がみえてくるために、以前当ブログでも話題にしておりました「会計士さんのセカンドオピニオン」はなかなか会計監査の世界では難しいものであることも理解できます。さらに、会計監査人による「指導機能」についても建設的な意見が述べられております。
本の題名からしますと、なにやら法曹関係者と会計士だけの研究材料のようなイメージをもたれるかもしえませんが、そんなことはまったくございません。一般向けに、平易な文章で書かれた論稿ばかりであり、内容は理解しやすいです。この題名は、司法制度のなかで会計制度がどのように扱われているか、といった視点をもって、長年監査業務に携わってこられた会計専門家の立場から「粉飾決算」の中身を明らかにしていく・・・程度のイメージでお考えになればよろしいかと思います。前著の「公認会計士vs特捜検察」を併せてお読みになりますと、このあたりの著者の思い入れの理解が進むかもしれません。法曹関係者はじめ、フォレンジック(会計不正への司法的関与)に関心をお持ちの方、財務分析に関心のある方でしたら、ぜひお読みいただきたい一冊であります。
PS しかし、こうやって読んでみての感想でありますが、粉飾決算を見抜く力というのは才能なのでしょうか?努力で養われるものなのでしょうか?「才能」であれば、たとえ粉飾を見抜けなかったとしても、それは天賦の才能がその会計士さんには備わっていなかっただけの話であり、法律上で「専門家の注意義務」を論じたり、監査法人の品質管理もそれほど重要なこととはならないように思います。もし、努力で養われるものであるならば、専門家責任の法的な議論や、監査法人内での品質管理の有効性などは議論する価値がある、ということになりそうです。このあたりはどうなんでしょうね。
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コメント
お初に投稿させていただきます。
「粉飾を見抜くのは、才能か?」は、監査もARTの部分があり、一面正しいと思います。反面、努力というか経験により会社をより深く理解することにより粉飾を見抜ける場合もあるでしょう。
九州ミサワの粉飾の場合、売上の早期計上はありうべしという前提にたった監査を行わなかったため、粉飾を見抜けなかったと思います。とかく実査とか確認により強い証拠が入手できたと判断してしまった場合、それ以上の監査手続は実施しないきらいがあります。今回のケースでは、物件リストに着工日と完成日の記載があり、工事日数が通常に比べ短いことに気がつけば、物件リストのレビューを行えば粉飾発見の端緒となったでしょう。ビジネスを理解することは監査の基本です。(ビジネスリスクアプローチ)。
投稿: 迷える会計士 | 2008年6月20日 (金) 21時02分
こんばんは。おおせのとおり、事実上の(法的には株主ですが)雇い人に対して、国税のような傍若無人(失礼)な権限もなく、かつ、厳しい監査報酬の中で(したがって割く人数、時間が制約がある)、複雑な企業連合の粉飾を見抜くのは相当な経験がないと(正確には「痛い目にあう」)ノウハウは身に付かないと感じます。やや監査法人に同情的です。
投資家・債権者は比較的幅広い企業・業界の「財務分析」を行います。後者の人は「会計」の深い知識はありませんが、粉飾手口・傾向・パターンを知っており、競合他社や同一企業の過去トレンドで主にBS,CFを中心に分析していきます(どうしてもPLをよく見せたいのでしわ寄せがこっちに来易い)。それでも「痛い目」に合わないと企業や決算書を性善説で見てしまいます(私も一度銀行時代に「痛い目」に会ってから性悪説で見るようになりました)。
もちろん、違法配当のようなかなり専門的なものはお手上げです。
債権者・投資家は「怪しい」と思えば、その前提で意思決定できますが、会計士監査はもっと突っ込んだ証拠が必要なので、相当難しそうな気がします(事実、知り合いの会計士は「現状の監査体制では自信がない」といっています)。
しかし、弁護士の人がそれを身に着けるのは?大手事務所だと銀行で数年実務を経てから弁護士になったスーパーマンさんもいらっしゃるでしょうから、そういう人とチームを組んでことを当たれば十分じゃないでしょうか。
ただし、本来財務諸表は違法でもなく「粉飾」でもなく、実態のほうがずっと大事なのでこの辺も難しいところです。
例えば
企業Aは秋冬物の衣料の在庫評価を、前年夏に入荷したもので3月末日を過ぎると売価の20%までに下げる。
企業Bは同じケースで、3年目の3月を経過した時点で売価の50%までに下げる、という評価基準の場合、GAPP的には問題ないのですが、果たして企業Bの処理はそうあるべきなの? とか(私が実際DDで見た高級ブティックチェーンの在庫処理です)。
投稿: katsu | 2008年6月21日 (土) 00時24分
katsuさんの書かれた「高級ブティックチェーンの在庫処理」は、多分そんな処理をしていると思われることですね。監査に当たっては、継続性の原則が維持されているなら、適正と認めざるを得ないだろうと私は思います。
しかし、実は、その高級ブティックチェーンの経営者や責任者は、自分の店の商品がいくらで販売可能であるかは、常に把握している。把握していないと、失格である。ところが、これを逆の面から見ると、経営者や責任者は、財務諸表上の利益と実態利益がかけ離れていることを知っている。
一方、管理会計を考えると、高級ブティックチェーンは在庫の実勢販売価格を常に把握するシステムを構築することが重要課題と思えます。しかし、そうなると財務会計と管理会計が、そこまで乖離していて良いのか、整理するに難しい問題に入ってしまったと感じます。
投稿: ある経営コンサルタント | 2008年6月21日 (土) 11時36分
>迷える会計士さん
コメントありがとうございます。なるほど、ビジネスリスクアプローチですか。
以前このブログでご紹介した山浦先生の「会計監査論(第5版)」でも、リスクアプローチとビジネスリスクアプローチは別章で解説されており、監査の戦略性をより高めるためには重要な監査手法とされていますね。こういった九州ミサワの例を読みますと、「工事日数が極端に短い点について、なぜ気がつかなかったのか?」といったツッコミが出てきそうで、またビジネスリスクアプローチと監査人の注意義務などといった論点が出てきちゃったら困りそうですね。
>katsuさん、経営コンサルタントさん
いつもありがとうございます。私自身、どうも思考が「後だしじゃんけん」的なものになっていることが多く、自戒をこめて今回のエントリーを書かせていただきました。(企業の数字と実態に真正面から取り組むことへの経験は、社外監査役として監査に携わる場面くらいしかないからですね。)したがいまして、とくに素人の私には、高級ブティックチェーンのお話は、粉飾決算をとりまく論点を理解するうえでも参考となるもので、おもしろいです。実態を理解しなければ、経営者がどういった意識で財務諸表作成に取り組むかはたしかにわからないですし、そもそも「粉飾」といった意識のないなかで、会計はアートなんですね。これを法律の枠で考えるのが、ますます難しく思えてきました(笑)
投稿: toshi | 2008年6月21日 (土) 13時13分
申し訳ない言い方になってしまうのですが、
ごく一握りの芸能人やスポーツ選手などを除けば
才能うんぬんを持ち出してこられてはいけないと思うのです(笑)。
性格的な向き不向きというのは間違いなくありますが。
経理に向いてない人間が経理をやらされたり、
営業に向いてない人間が営業をやらされたりする企業人事の悲喜劇の
例はおびただしいほど見てきましたから。
何万人もいる会計士や弁護士のかたがたも向き不向きはきっとある
でしょうけど、それは「才能」ではないでしょう。
私の云いたいのは才能のあるなしで監査の質が大きく変わってくるような
ことがあってはならないということです。
誰が監査を行ってもそう違う結果にはならないということでなければ
それはシステムとして監査が成立してないことだということです。
「スーパーマンの超人的個人プレー」を期待してはなりません。
それこそドラマの見過ぎではないでしょうか(笑)。
投稿: 機野 | 2008年6月22日 (日) 00時20分
おひさしぶりでございます。今朝の日経新聞で大手英会話学校の元社長が立件される予定と報じられておりましたが、この課題図書でも、最後に「NOVAの方舟」として詳細が検討されています。「横領」とは予想されておりませんでしたが、
この件が刑事事件として立件されることを予測していた感覚はたいへん鋭いものだと思いました。
投稿: halcome2005 | 2008年6月22日 (日) 15時18分
>機野さん
ドラマでは「会計士にもセンスのいいやつと悪いやつがいる」と小野寺会計士がつぶやいていました。(これもドラマの見すぎかもしれませんが)
ただ、ご指摘のとおり、センスや才能に依存しなければ粉飾が見破れないというのはマズイですよね。あくまでも企業情報開示制度の一貫ですしね。ただ、現実にはどうかなぁ・・・というのが私の疑問です。
>halcome2005さん
おひさしぶりです。(さすがに話題の本については読了が早いですね。)実はこの「NOVAの方舟」は違約金返還訴訟に向けた消費者保護問題や、大手監査法人の不正会計処理に対する疑問なども書かれてあり、今後大きな話題になる論文ではないかと思っています。別エントリーとして、取り上げたいですね。やはり収益計上基準の解釈が不適切な点にフォーカスされるのでしょうか?
投稿: toshi | 2008年6月23日 (月) 11時43分