「社外監査役の乱」を冷静に考える(その2)
土曜日(6月7日)の日経新聞(企業総合面)におきまして、「荏原、議案として株主に問う」と題する記事が(かなり大きく)掲載されており、この記事には誤解を招くおそれがある、とのことで、荏原製作所(呼称 荏原)社が、日曜日に適時開示情報を出しておられます。(昨日の一部報道について)この荏原社の開示情報を読みまして、私のエントリーにも一部不正確な箇所がありましたので、訂正をさせていただきます。
定時株主総会招集通知の添付書類43頁、44頁に記載されております監査報告書に、O社外監査役の付記事項が掲載されておりますが、O氏はコンプライアンス上の理由から、事業報告は承認しない、とあります。しかし計算書類等に関する会計監査人の監査方法及び結果については承認しない(適法とは認められない)とは明確には述べておられないようであります。昨日のエントリーでは、O氏が事業報告を承認しない理由中に「本件に係る調査報告書等には、経理帳簿の虚偽記載を疑わせる記載があり」と記載されていることから、これをもって会社側がO氏の計算書類への承認がないことと解釈したと書きました。しかし、日曜日の適時開示情報では、どうもそのように会社側が解釈した、というわけでもなさそうであります。会社側は端的に「O氏が決算を承認しないからではなく、事業報告を承認しない理由のなかで、経理帳簿の虚偽記載を疑わせるもの、との記述があるから」と説明されています。
ところで、監査報告書のなかで、個々の監査役が監査役会報告の内容と異なる内容を報告する場合には、「付記事項」を記載することができるわけですが、監査報告書が事業報告に関する監査報告と、監査役(会)による会計監査報告を併せて記載していることから、監査役会報告における付記事項につきましても、「事業報告に関する付記事項」(会社法施行規則130条2項)と、「会計監査に関する付記事項」(会社計算規則156条2項)の二種類を区別する必要があります。そこで、この荏原社の監査報告書では、O監査役は、事業報告を承認できない、としているわけですから、監査役会は、会社法施行規則130条2項による付記事項を記載して報告していることになりそうです。(具体的な事実としては、会社法施行規則129条1項3号および4号事由でしょうか)
つぎに会計監査人設置会社の特則として、株主総会で計算書類等の承認決議を不要とできる場合(会社法439条)といいますのは、会社計算規則163条によりますと、(平たくいいますと)監査役(監査役会)が会計監査人の監査方法又は結果について相当ではないといった意見が存在しない場合、もしくは「監査役会による会計監査に関する付記事項」として、会計監査人の監査方法、結果について相当でないことを記載していない場合を指していることになります。ここで疑問に感じますのは、荏原社としては、監査報告書の内容につきまして、O監査役が会計監査人の監査方法、監査結果について相当でないことを付記した、と解釈されたかどうか、ということであります。しかし会社側としては、O監査役は決算を承認しないとは言っていない、とはっきり明言しておりますので、会社側としても会計監査に関する異議までO監査役が唱えているものではない、と解釈しているように考えられそうであります。
そうしますと、どういった根拠で計算書類について、株主総会による決議を求めることになるのでしょうか?そもそも、監査役のひとりでも計算書類について適法意見がない場合には、計算書類は確定しないわけですから、取締役は計算書類について株主総会の承認を求める必要があります。しかし、会計監査人や各監査役が適法意見を述べているにもかかわらず、さらに株式総会における計算書類の承認を求めうるかどうか、ということについては有力な学説は(定款上で承認を総会で求めることができる、とされている場合以外は)否定的に解釈されています。おそらく、会計監査人設置会社の計算書類の内容は複雑であって、会計専門家による適法性の担保があって、監査役が適法意見を述べている場合には、そられの責任のもとで確定させることを期待しているからではないかと考えられます。本件におきまして、O監査役が事業報告への異議理由のなかで「経理帳簿の虚偽記載の疑い」を述べているからといって、それでは「念のために」株主総会で承認決議を求める、ということは果たして適法なのでしょうか?本来、監査役のおひとりが、虚偽記載への疑問を呈した場合には、明確に会計監査の方法、結果を相当と認めない、と付記したうえで承認決議を求めるべきだとは思うのですが、どうもこのような監査報告書の付記記載となった理由と、これを会社側が、どのように判断して承認決議を求めることとなったのか、理屈のうえでよくわかりません。(どなたか教えていただければありがたいです)報告事項であっても、それなりに十分株主が説明を受ける機会は確保されていると思うのでありますが。
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コメント
こんにちは、カテリ(以下、自粛)。この事例、すでに適法に確定した計算書類につき、「株主アンケート」を行うと解釈するのでしょうかね。行っても、(もしものときの)取締役の責任を軽減する効果はあまり期待できなさそうですが、行うこと自体は違法ではないのでしょうね。
面白い事例なので、授業で資料を配布しようかと思います。
投稿: おおすぎ | 2008年6月 9日 (月) 12時58分
決議事項の説明が荏原の6月6日付のIRリリースに「経理帳簿の虚偽記載を疑わせる記載があり、本事業報告は承認できない。」と書かれているので、やはりこれが議題とした理由と考えます。但し、「株主アンケート」に極めて近いだろうと思います。
2007年12月17日付IRリリースには、会社資金の不正支出に関する評価委員会の意見書が公表されていますが、そのなかで元取締役に対する退職慰労金について応分の返納と甲に対する損害賠償請求訴訟の提起が提案されています。これらに荏原が、どのような対応をしているかが、私は分かっていませんが、説明は必要と思う。
会計的には、損害賠償の債権をたてて、特別利益を計上するか、不確実性もあることから引当金を計上するか、不確実性故、債権も計上しないかがあると思います。計算書類において、どのような対応したのか、説明が必要であると思います。
上記を書いて思うことは、承認決議を求めることではなく、説明事項であるとの範囲から抜け出ることができません。
そこで、私なりに、勝手に想像をすると、大森監査役が強く承認決議を求められ、取締役会も同意したと言ったような背景があるのかと思いました。
では、何故大森監査役が、そのように強く求められたかは、不正支出が地方自治体向けの焼却炉であり、贈収賄のための工作資金の支出であったからと思います。すなわち、大森監査役の職歴からしても、監査役としてその任務を果たすについて、そうせざるを得なかったのではと私は思います。単に荏原のみならず、他の会社の監査役に対しても、取締役の業務に関しての監査役の監査のあり方を示されようとされているのではと感じました。
投稿: ある経営コンサルタント | 2008年6月 9日 (月) 14時59分
おおすぎ先生、経営コンサルタントさん、ご意見ありがとうございました。なるほど、「株主アンケート」的なものですか。(そういえば、事前警告型買収防衛策の導入を株主総会で承認する場合に、どなたかが「株主アンケート」なる言い方をされていたような気がします)おおすぎ先生が指摘されているように、どうも私には(役員の皆様方にしてみれば)承認をとって責任を軽減するのが目的なのでは・・・と思えてしかたないのですが。
でも、こういった問題は監査役の権限や地位が強化されたり、社外監査役に対する社会的期待が高まってきた場合には、これからも発生するケースですよね。ぜひ、法的観点からも整理しておきたいと思っています。
投稿: toshi | 2008年6月10日 (火) 01時52分
たびたび済みません。後で考え直してみると、toshi先生がお書きになっていたように、事業報告だけでなく計算書類についても適性意見を出していないと解釈することも可能なので、(人間の行為を、法律上どのようなものとしてとらえるか〔解釈するか〕については、幅がありますよね)、そうだとすると、(1)そのように解釈される場合には、総会決議が必須であり、(2)そうでない場合には、「株主アンケート」という二段構えになっているともいえるわけで、そうだとすると(・・くどい)、総会にかけるのは必ずしも責任を事実上軽減しようというスケベ心ではないのかもしれません。
toshi先生がお書きになっていたように、今後の類似の状況で(監査役さんのほうも、会社さんのほうも)示唆のある対応かなと思って、注視しています。
投稿: おおすぎ | 2008年6月10日 (火) 09時49分
今年は無風ではないかとの予想でしたが、こうやって事例を追っていますと、けっこう6月26日、27日に注目されるべき総会は多いようですね。この事案の場合は、票読みよりも、当日の総会の状況がどうなるのか、そっちのほうが関心があります。総会に行かれた方のレポートなど期待してしまいますけど。
投稿: toshi | 2008年6月13日 (金) 01時47分