« 「せんとくん」にライバル登場「まんとくん」 | トップページ | 「不作為の過失」と経営者の刑事責任(JR西日本事故) »

2008年6月 5日 (木)

内部統制報告制度と4つの壁

日本内部統制研究学会の年次大会に向けて(7月5日 於 青山学院大学)、いろいろと勉強しなければならない立場でありますが、上場企業の経営者や現場責任者の方々にわかりやすく問題を提起させていただくにあたり、いくつかの「壁」を乗り越える必要を感じております。なお、「4つの壁」でありまして「4つの論点」ではございません。論点については山ほどあることは重々承知しておりますが、山ほどある論点を議論するにあたり、その議論がかみあわない前提のところで私自身は「壁」を痛感しています。以下はまったくの私見でありまして、多くの方々のご意見、ご異論を頂戴したく存じます。

1 「会計学、監査論」vs「法律学」

たとえば最近よく議論されております「重要な欠陥」(内部統制評価および監査の有効性判断にとって最もキモとなる概念です)について、これをどのように理解するか。これは意外と難問です。ここを整理しておかないと「取締役には『重要な欠陥』がある場合に、善管注意義務違反となるか?」といった質問にみられるような、会計監査と法律の世界がごちゃまぜになってしまうような混沌とした領域に踏み込んでしまうおそれがあります。私自身は、一般に公正妥当と認められた「内部統制評価の基準」と「内部統制監査の基準」は、そもそも企業会計審議会によって作られたわけですから、「重要な欠陥」なる概念は会計監査の世界のものである・・・と、ひとまず理解するところからはじめるほうがわかりやすい整理だと思っております。そもそも「重要な欠陥」は過去の出来事を評価するものではなく、将来のリスクを評価したものでありますので、ちょっと法律の世界ではなじまない概念ではないかなぁと考えています。これを法律の世界で議論するのであれば、「重要な欠陥」の中身をすこし噛み砕く作業はどうしても必要ではないかと思います。

2 「会社法」vs「金融商品取引法」

すでに当ブログで何度も議論されたところでありますが、財務計算の適正性を確保するための体制整備義務なるものは、金商法から認められるのか?それとも会社法から認められるのか?そもそも、構築義務など取締役には認められないのか?といった問題であります。有識者の方々とお話をしていて、(思いのほか)有力なのが「金商法の内部統制報告制度に関する規定から構築義務が認められる」なる意見でありますが、私自身はやはり基本的には会社法における一般的な善管注意義務を根拠とせざるをえないのではないか(ただし会社法上、取締役に認められる「法令遵守義務」のなかで、かろうじて認められる可能性があるのではないか)というものであります。なお、こういった議論の必要性があるのか、といったあたりを含め、このあたりの最新情報としましては、月刊監査役6月号の「会社法と金融商品取引法における内部統制の今後の展開」(葉玉さん、金融庁M課長さんらの討論)をお読みになるのがよろしいかと思います。(もし入手可能であれば、ということですが)

3 「ソフトロー」vs「ハードロー」

これはプリンシプルベース・ルールベース(いわゆる金融庁のベターレギュレーションに関するお話)とも関係するのかもしれませんが、法律が社会のルール作りにどのようにかかわっていくか・・・というところの議論であります。いろいろと内部統制報告制度を考えるにあたり、ここに関係者間で議論がかみあわない理由がどうも存在するように感じております。たとえば金融庁の方が「内部統制は構築しても、しなくても自由です。構築しませんよ、と正直に報告いただければ合格点。ただし、投資家、ステークホルダーに対して説明責任は負いますよ」といった解説をお聞きしますと、ある方は「何もしなくてもいいんだ」と解釈され、ある方は「とんでもない、重要な欠陥があるなどと報告したら私のクビがとんでしまう」と憤慨される。たしかに金商法のなかでは、内部統制報告制度は「開示制度」の一環として規定されておりますので、「構築しろ」(つまりハードローの世界における構築義務)とは書かれていないのであります。しかし、会社情報が投資家に晒されるわけですから、重要な欠陥があると開示した会社が投資家にどうみられるか・・・を考えると、やっぱり構築しないわけにはいかない(構築することを間接的に強制している、といいますか、いわゆるソフトローの世界)わけで、このあたりを法的にどのように評価すべきか・・・、といったところが論点かと思われます。また、初年度から「監査証明」を受ける必要があるわけでして、この内部統制監査の運用次第では、会社としては「実質的な強制」を感じることにもなるわけで、これも一種のソフトローの世界のお話ではないかと思います。

4 四半期報告書制度、確認書制度、金商法193条の3との関係

これは二極対照ではありませんが、この4月1日から施行された制度の関連性の問題です。四半期報告制度や確認書制度、会計士さんの財務諸表監査における不正発見通知制度というものは、いずれも内部統制報告制度と同じ4月1日に施行されることになりましたが、これらの関連法令が報告制度とどのように理論上、つながっているのか、これまであまり議論されてこなかったところだと思います。ビジネス法務7月号(創刊10周年記念号)におきまして、ある弁護士の方が「財務書類の監査の品質向上のための制度整備」と題して、公認会計士法等の一部改正の概要を解説されていらっしゃいますが、これを読んで「なるほど、内部統制ばかりに目を向けていたけど、こちらもけっこう重要ではないか」と気づいたような次第であります。また四半期報告制度にも「レビュー手続」という消極的な監査証明業務が付されておりますが、たしかに理屈のうえでは「監査」と「レビュー」は違うとは言っても、もし期中の粉飾事件が明るみに出た場合には、世間の人は「監査法人がきちんと監査して『適正』と判断したのなら、監査法人にも責任があるぞ」と憤るのはおそらく同じだと思います。監査基準委員会報告書第35号「財務諸表の監査における不正への対応」などの実務指針なども含め、こういった内部統制報告制度の本質を捉えるためには、その周辺の法令との関係などもひとつひとつ整理したうえで大局的に理解する必要があるのではないか、と(最近)考え出したところであります。

詳細は追ってまた述べたいと思いますが、とりあえず問題提起(問題整理)のつもりで、私なりにまとめてみました。

|

« 「せんとくん」にライバル登場「まんとくん」 | トップページ | 「不作為の過失」と経営者の刑事責任(JR西日本事故) »

コメント

ジャパニーズ・トラディショナル・ギョーセーシドーは
ハードローなのでしょうか?
それともソフトローなのでしょうか(笑)
こんな硬いソフトは有り得ない(少なくとも昔は)と
思うんですけどねえ。

それはさておき
>構築することを間接的に強制している、といいますか、
>いわゆるソフトローの世界

ソフトローですかねえ。
全然全く違う意味だと分かっている言葉をあえて持ち出しますが
「未必の故意」という法律用語が頭に出てきて離れません(笑)。
ご本人はそういうおつもりで云われているのではないのでしょうが、
結果的にトラディショナルな「お役人のヤラシイ話」に堕ちてしまってる
のではないでしょうか?

磯崎さんのところの 最近のブログを拝見して、つくづく
「日本人には不似合いな服を買ってしまったなあ」と思います。
全米だけでなく全日本も泣いています(笑)。
役人の唇を読む、読ませる、で、よくも悪くも動いてきた社会文化を
法制度を変えることで変えようなんて不可能ですから。

つまりまずは「内部統制報告制度」は政府(各省庁)が導入して
国民にディスクローズしてみせろと(笑)。隗より始めよ、ですわ。

投稿: 機野 | 2008年6月 5日 (木) 10時10分

ごぶさたしております。

先生の分類で「4つの壁」になるのか「論点」になるのかはわかりませんが、「重要な欠陥」をふたつに分けて考えるべきではないかと思います。
期中において監査法人から指摘をうけて、直ちに欠陥を補正できるものと、指摘をうけても簡単には補正できないものです。これは重大だと考えています。
アメリカの調査でも、重大な欠陥とされたものにはIT全般統制だとか、財務、経理担当者の能力不足というものがありますね。こういった欠陥はおそらく期中に指摘されてもすぐには補正がきくものではなく、結果としては重要な欠陥ありと報告せざるをえないと思います。重要な欠陥のなかみを早期に明らかにしてほしいのは、こういったことでして、ぜひ7月の年次大会でも、大方の公式見解を述べていただきたいです。勝手な意見で失礼しました。

投稿: HIRO | 2008年6月 5日 (木) 11時11分

機野さんへ

コンピュータ屋です。
今回、機野さんのコメントをおもしろく拝見しました。

確か、以前のコメントで眞田さんをご存じと拝見しました。
彼が「政府機関等内部監査研究会」というCIAフォーラムを立ち上げメンバーを募集しています。CIAメンバーであればぜひ参加されてはいかがですか。「つまりまずは「内部統制報告制度」は政府(各省庁)が導入して国民にディスクローズしてみせろと(笑)。隗より始めよ、ですわ。」言われているように、ぜひフォーラムでの研究を期待しています。
もうすでに入られているかも知れませんが。

ということで、勝手なコメントを入れてしまいました。
山口先生すいませんでした。

投稿: コンピュータ屋 | 2008年6月 5日 (木) 23時10分

コンピュータ屋さま、こんにちは。

>眞田さん主宰の「政府機関等内部監査研究会」というCIAフォーラム

存在は存じておりますが、有資格者ではありませんし、
何よりも今は
「他の組織の心配をしている場合じゃない」のですわ(笑)。

投稿: 機野 | 2008年6月 6日 (金) 14時11分

そういえば、眞田さんのHPが2月以来更新されていませんね。(私は毎日かならずチェックしているのですが・・・)
アメリカの内部統制事情をいち早く入手することができる有益なHPですし、また機会がありましたら、HPを楽しみにしている者がいることをお伝えいただければ、と思います。

>HIROさん
ご意見ありがとうございます。
ご指摘の点につきましては、たしかに承知しております。私としましては、大きな問題だとは思いますが、「論点」として整理させていただこうかと思っています。いわゆる「後だしジャンケン」による不意打ち防止の必要性ですよね?

投稿: toshi | 2008年6月 6日 (金) 16時36分

■会計士協会の「監査料試算」、従来の1.77倍を予測
DMORIです。
山口先生の「4つの壁」は、充分に理論的に分析されていますので、私などはあまり言葉をはさむところがございません。

私は企業実務の観点から、トピックを1つ。
●日本公認会計士協会が6/3、J-SOXに基づく上場企業の内部統制報告の監査見積りに関する研究報告を発表しました。

それによると、IT全般統制の監査にかかる時間は年間450時間、財務報告にかかわる総監査時間は以前の1.77倍。
金融庁が3月に公表した「内部統制11の誤解」が、どうもそのとおりにはいかないようです。

「内部統制11の誤解」の7番では、「監査コストが倍増するというウワサは誤解である」として、
内部統制監査は財務諸表監査と同一の監査人が一体となって効率的・効果的に実施すれば足り、それぞれの監査で得られた監査証拠は相互に利用できるので、監査コストが大幅に増えるものではない。 としていました。

しかし、実際に監査を担当する会計士の立場で見積りの試算をしたところ、総監査時間は従来の1.77倍という結果になり、上場企業にとってかなりの監査コスト増加となりそうです。

また、この研究報告では「企業の状況によって見積もりは大きく異なる」と注釈を加えています。
つまり「内部統制監査および四半期レビューが円滑に実施される状況を前提とした見積りである」としているので、内部統制の準備が万全でなく、四半期レビューで会計士からダメを出されながら、軌道修正していく企業の場合は、それだけ会計士の手間が増えるので、「監査コスト倍増」でもすまない企業が続出することが、現実のものになってきました。

まさに、「夏休みの宿題を溜めてしまった」子どもが、高い家庭教師代を払って、尻をたたかれながらがんばらないといけない・・・そんなマンガのイメージを思い浮かべています。
JIPDECのアンケート報告でも、J-SOXへの準備がまだまだできていない上場企業が多いようです。

きょう、JASDAC上場の企業から電話がかかってきて、内部統制整備について社員や幹部に意思統一のメッセージをトップから出したいので、どんな内容にすれば分かりやすいか、相談にのってほしい、ということでした。

今ごろそんな状態で、だいじょうぶですか、と言いましたが、こういう企業もあるようです。

投稿: DMORI | 2008年6月10日 (火) 17時31分

監査報酬の問題については、四半期報告制度が導入されることにも影響されているのではないでしょうか?中間決算だけの場合よりも、かなり監査(レビュー)に日数がかかるようですので、内部統制監査と込みで1.7倍になったと理解していますが、どうなんでしょう。また、初年度については、内部監査部門とは別に監査法人自身による業務プロセスのチェックが入るようですので、二年目以降も同様の報酬かどうかはわからないようです。

投稿: toshi | 2008年6月12日 (木) 02時53分

DMORIです。
山口先生仰るとおり、四半期監査も入るので、合計見積り額がそのぶん増加していますね。
その他、この報告書で気づいた点ですが、
1)初めての内部統制監査体験なので、企業側が円滑に対応できないことによる時間のロスは見込んでいない、というだけでなく監査人側も初の体験で手間取ることのロスも見込んでいない、という条件設定になっています。
監査人の不慣れによる時間増加も請求書に加算されたら、企業側は困ってしまいますね。

2)この見積りを試算するためのモデル企業は、国内子会社10社とか工場6箇所といった想定をしているのですが、委託先の有無を設定していません。
外部の非上場倉庫会社に商品保管や発送業務を委託している場合など、外部の非上場企業は、一般的に内部統制の整備は遅れています。
監査が円滑にいかないことは、大いに予想されることで、そのぶんも実際にはこの報告書の想定よりもコスト増になるのでしょう。

3)内部統制の文書化未了部分が残っていると、経営者の評価結果を適時に利用できないので、その時間増は計算に入れていない、としています。
金融庁の実施基準や、内部統制部会の八田先生は、「文書化3点セットの作成が必須だとは、どこにも書いていない」を力説してきましたが、会計士としては文書化3点セットを企業が完成させていることを前提に、監査コストをはじいている、というスタンスを示したものになっています。

●上場企業は準備を万端整えて4月に突入したところは少なく、実際には四半期レビューごとにいろいろ監査人から指摘をいただきながら、軌道修正していこうという企業が多いようです。
ここで心配なのは、大手企業でそのように手間がかかっているうちに、中小企業まで監査法人の手が回らなくなってしまうのではないかということです。
請求額の問題でなく、監査法人側のマンパワーが足りるのだろうか、という問題が出てくる可能性を感じてきました。

投稿: DMORI | 2008年6月21日 (土) 09時05分

>DMORIさん

「監査見積研究報告」に関する重ねてのご意見、ありがとうございます。コメントを拝見すると、なかなか有益な情報が含まれていますね。参考にさせていただきます。とくに文書化未了部分については計算外として取り扱われているとなりますと、これ自体、中小の上場企業にとっては難問です。
もし、監査法人ごとに内部統制監査の相場というものが均質であることが前提であれば、各企業の報酬増額が何パーセント程度であるかを比較することで「内部統制リスク」が判明したりして(笑)、おもしろいかもしれませんね。

投稿: toshi | 2008年6月21日 (土) 12時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 内部統制報告制度と4つの壁:

« 「せんとくん」にライバル登場「まんとくん」 | トップページ | 「不作為の過失」と経営者の刑事責任(JR西日本事故) »