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2008年6月 2日 (月)

経営者はどこまで自社不祥事を把握できるか?

先週のエントリー「船場吉兆の廃業報道について思うこと」へのコメントにおきまして、DMORIさんが不祥事対策の要諦として「マイナス情報は一発で出し切ること」を挙げておられまして、これに対してTETUさんが、これはかなり困難ではないか?との疑問を呈しておられます。船場吉兆の福岡店で消費期限切れのプリン販売が発覚した時点、もしくは牛肉産地偽装が発覚した時点において、今回の「使い回し」事件も同時に公表していれば、船場吉兆社が廃業にまで至らずに済んだのではないか・・・といった問題が残っているわけでして、DMORIさんの提案にも一理あると思います。(ただ、「マイナス情報を一発で出し切る」というのは、経営者が把握していたマイナス情報はすべて出す、という意味と、マイナス情報が発覚したときには、危機管理として(自浄作用として)会社が調査した内容はすべて公表する、という意味がありそうでして、ここでは後者の意味で捉えることといたします。)今年3月末をもって、私は2年半ほど務めておりました某上場企業のコンプライアンス委員を辞任いたしましたが、その委員の経験からみて、社内(もしくはグループ企業内)のマイナス情報をどこまで経営者が把握できるか、ということはクライシスマネジメント上の大きな難問ではないかと思っております。マイナス情報を的確に経営者が把握できていなければ、結局のところ「一発で出し切る」ことは不可能なわけでして、「俺は聞いてない!」タイプの不祥事はけっこう多いというのが実感です。

それでは、(主として組織ぐるみではない、いわゆる従業員不祥事の事例について)一発で出し切る努力をしても仕方がないかと申しますと、有事になってからでは困難かもしれませんが、平時における有効策は存在する、と私は考えております。企業においては不祥事につながるような「ヒヤリ・ハット」事例が山ほどあるわけでして、このヒヤリ・ハット事例報告集などをきちんと分析することは、どこの企業でも真摯に実行することが可能であります。(要は社長さんが率先して、リスク管理の重要性を広報しているかどうかであります)ただ、このようなヒヤリ・ハット事例報告制度を開始してみて、「コンプライアンス経営はむずかしい」と感じた点は以下のとおりです。

1 企業に重大な影響を与える不祥事の芽となる「ヒヤリ・ハット」がそもそもわからない

企業不祥事の発生防止のために「ヒヤリ・ハット」報告が役立つことは、よくコンプライアンス教習本に書かれていますが、私の実経験からみて、何が自社にとってヒヤリ事例、ハット事例なのかがわからないケースが多いと思いますし、人によって意見が異なるケースも出てきます。小さな支店の細かいミスであったとしても、それを放置して見過ごすことが、後で大きな不正会計事件につながるケースもあるわけでして、何がヒヤリ・ハット事例となるのかは、企業内における独特な嗅覚をもった特定人の才能(また、社内できちんと指摘できるだけの度胸)に依存せざるをえないのが現実のように思っております。

2 ヒヤリ・ハットが把握できても、それを現場が報告書に記載しない(自己申告の困難性)

大阪には「患者に人気のある病院」として著名な医真会八尾総合病院という総合病院がありまして、私も何度かここの「医療事故調査会」にお世話になりました。現在は医真会オーディット」なる病院から独立した監査委員会(のようなもの)がありまして、ここが医療職員らが作成するヒヤリ・ハット報告書を分析し、医療ミス再発を防止するための提言を行っております。もうすでに10年ほど前のことだと記憶しておりますが、自ら年間のヒヤリ・ハット事例を公表(年間800件以上の「医療事故につながりかねないミスが発生したこと」について、その具体的なミス内容を公表)することを開始し、医療現場の職員のミス防止策の提言から、職場の医療執務環境の改善策の提案まで行っているそうです。もちろん、現場の職員の方が自己申告することが大前提でありますので、情報の伝達が滞らないように様々な工夫がなされております。このような取り組みは、最近やっと一般の企業においても、リスクマネジメント委員会やコンプライアンス委員会などの独立第三者機構を中心として、社内における不祥事リスクを把握したり、改善するために活用され始めているようです。

もちろん、こういった取り組みによって有事の際に100%の企業不祥事を把握できることはまずありえないでしょうが、発覚事例と同種の不祥事を速やかに調査したり、社内における事実確認を速やかに行うことを可能としますし、「一発で出し切る」努力をしていることは外部第三者にも理解してもらえますので、企業内に「不祥事体質」が存在しないことを説明するためにも有益ではないかと考えております。

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コメント

再生するために経営者の資産拠出を求められるより、
廃業したほうが経営者の資産を守れるという
うがった見方をする人もいるようですね。

投稿: sonohigurashi | 2008年6月 2日 (月) 02時50分

行ったことがないのでネット上での評判しか知りませんが、
船場吉兆はきめ細かい接客と料理の味という面では吉兆各社のなかでも
ピカイチだったそうですね。その船場吉兆の営業を支えたのがくだんの
女社長(創立者の娘)とのこと。つまり決して無能な経営者ではなかった
ということだと思うのです。

ただ、どうも客というかマスコミというか世間をなめているところがあり
悪いことをしたとはたぶん今でも本音では思ってないような気がします。
これはさしもの先代も娘の教育までは行き届かなかったということなの
でしょうか。

上場企業ではない中小規模のオーナー企業に於けるコンプライアンスの
根付かせ方というのは、上場企業の場合とはまた分けて考えるべきで
ありましょう。「後継経営者の人格形成」次第ですから。逆にいうと
経営者に高いコンプライアンス意識があれば、現場での暴走、ミスの見逃
しはかなり防げると思うのですが。経営者がダメなら側近らが江戸時代
みたいに切腹(クビ)を覚悟してその経営者を「押し込め」(幽閉軟禁)
でもしないと、のれんを守ることは困難なのでしょう。

顧みて、上場企業に於いて株主や監査役・社外取締役は現実的にどこまで
経営者や企業の不祥事を阻止できるのでしょうか。それはシステムの問題
だけでは解決しないような気がします。石原産業のような悪い例を見るに
つけ、環境のよろしくない処に良き「企業風土」を作るというのは至難の
業だとつくづく思います。

投稿: 機野 | 2008年6月 2日 (月) 15時20分

ヒヤリ・ハットの法則は、飛行機事故のニアミスのように数値的に捕捉できる場合は分かりやすいのですが、不祥事のように形のはっきりしない場合には、何をもって何のヒヤリ・ハットなのかを組織全体が認識することは大変なように思っています。
一義的には、やはり風通し次第のように感じます。風通しの悪い会社は自己防衛が強いので、下も中間も上も保身意識が目立つようです。こんな組織ではマイナス情報は減点対象ですから、極力隠すように思います。こういう組織に限って、コンサルタントを雇って、社員講習会などをやります。講習会をやったことを免罪符にしているように思えてなりません。
「こんなこと聞いたけどちょっとまずいんじゃないか」なんていう会話が組織内で普通に行われているか、稟議書を書かないと言い出せないか、というとあまりいい比喩ではないかもしれませんが、硬直化した組織ではマイナス情報はなかなか流れないということではないでしょうか。
前に書いたことは、「悪いことは絶対に全部は言わない」ということを前提に対策を考えた方がいいと思う、ということです。当たり前かもしれませんが、3人殺した犯人でもなかなか最初から3人殺したとは言わないものです。1人自供して、さんざん逡巡して2人目を話し、できることなら3人目は隠そうとする。その辺りの気持ちの綾を踏まえて、ということを言いたかったのです。どうもとても分かりやすいコンサルタントの話をよく聞くもので、少し気になりました。
何をいまさら、かもしれませんが、《飲ミュニケーション》のような場は、情報の共有化もでき、先輩から教えることもでき、ヒヤリ・ハットなんて言わなくても、未然防止や横断的対処策を編み出す機会だったようにも感じます。もはや詮無いことなら、とにかくトップが情報の公開に躊躇しないことを徹底することではないでしょうか。裸は悪いことをしずらいものです。

投稿: TETU | 2008年6月 2日 (月) 22時36分

>sonohigurashiさん

 なかなか厳しいご意見ですね。
 ご承知のとおり、破産手続きでは、(おそらく代表者個人も連帯保証人になっておられるでしょうから)資産はすべて財団に拠出しなければならないわけですので、すべての資産を失う可能性は高いと思います。もし破産手続きのほうが資産を残す可能性が高い・・・というのであれば、ちょっとヤバイことになるかもしれませんので、いずれにせよ粛々と手続が進むのを希望するところです。

>機野さん

 石原産業の件は、どうなんでしょうね。
 ご指摘のとおり、「企業風土」といわれても仕方ないように思いますね。これだけ長年にわたって、いろいろと出てくるわけですから。ただ、コンプライアンスに問題があっても企業の持続性に問題が出てこない・・・・というのは今までの時代はそうれでよかったとしても、社会環境には変化が生じていると思いますが、いかがでしょうかね。この事件をみて、そこに関心が向いております。

>TETUさん

 ご意見ありがとうございます。
 「風通しのいい社内環境」などとよく言いますが、実際のところ情報が自由に伝達するというのは難しいのですね。とくに、なんでも情報が出回ればいい、ということではなく、情報の選別、流す時期の選択などがとても重要です。このあたりがマニュアルだけではどうしようもないところでして、やはり社員、役員の能力に負うところだと思います。このあたり、細かい対応策については、私自身、意見を持っており、また実践したこともありますが、ちょっとブログで書けるような内容ではありませんので、また講演等でお話させていただきたいと思います。

投稿: toshi | 2008年6月 3日 (火) 12時15分

CSRの観点からI産業との取引を中止にする大手企業も出てきましたが、
そういうニュースはその会社がプレス発表していないこともあって
その事実はほとんど知られていないようですね。

その企業に重大な過失、或いは犯罪行為があったとしても、「ほとんどの
従業員とその家族には責任がない」からその企業を倒産にまで追い込む
のは得策ではないし、チッソの例のように賠償問題を考えると潰せない、
ということでこれまでは来ましたが、今後はそれでは済まされない
ようなケースも出てくると思います。

しかしまあ、赤福社や石屋製菓がまともに見えてきましたねえ(苦笑)。

投稿: 機野 | 2008年6月 3日 (火) 15時10分

機野さんの指摘に関連して、お教えいただきたいことがあります。CSRに絡んで何かあるとすぐに、取引停止の反応が出てくるようになりました。食品など消費者と直接向き合う業態はまだ分かるのですが、そうでない業態でも、「不祥事を起こしたようなところと取引するわけにはいかない」とすぐに決定することは、不祥事企業へのペナルティと自企業のコンプライアンス姿勢の表明として、加速化していくのでしょうか。
どうも過敏反応ではないかという気もするのですが、これが常態化していくなら、代替の利かない下請けの部品の場合にはどうなるのだろう、とか、もっともコンプライアンスから遠い(狭義には満点かもしれませんが)ように感ずる金融とか独占度の高い企業とか、公共性の高い企業もこの流れに巻き込まれていくのだろうか、という疑問が湧いてきます。コンプライアンスは企業の性格によって温度差がとても大きいように感じますが、CSRでのペナルティが社会的自浄作用として機能していくなら、かなり有効策ではないかいう気もします。巨大老舗企業の中には、従前からの社会的立ち位置はそうは変わらないと受け止めておられる感じのところがかなり見えます。N証券がつぶれるという危機感を持つくらいになれば、他の大手も真剣度が違ってくるように思えます。
その一方で、機野さんが言われるように、つぶすのは別の問題が起こる側面もあるわけですが、総合的判断をする者は誰もいないので、あれよあれよと取引先全滅ということもありそうです。市場の動向というのは極端から極端に走る恐れを内在しているので、どう読んでいけばいいのだろうかと悩んでいます。

投稿: TETU | 2008年6月 4日 (水) 00時11分

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