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2008年7月31日 (木)

すかいらーくMBOの行末はどうなるのだろう?

急に医療過誤事件でバタバタとしております関係で、ブログを更新する時間もあまりありませんが、ちょっと驚きのニュースがありましたので感想だけとどめておくことにいたします。2006年6月に公表されました外食大手のすかいらーく社のMBO(マネジメント・バイアウト)でありますが、MBOによって大株主となった野村プリンシパル・ファイナンスとCVCがすかいらーくの現社長に対して退任要求をされたそうであります。(とりあえず朝日新聞ニュースはこちら)また、別のニュースによると現社長さんはサントリー社に対して増資を要望しておられるようで(毎日新聞ニュースはこちら)、野村やCVCなどのPEファンドとの信頼関係がどうも喪失されてしまっているような雰囲気であります。ちなみに、いつもM&A関連のエントリーをアップする際には申し上げるところですが、私自身はとくにそういった分野に精通している弁護士でもなく、いわばすかいらーくさんと同業他社の社外役員、という立場からの感想としてお聞きいただければ幸いです。

すかいらーく社のMBOは投資額3800億円(ちなみに野村プリンシパルとCVCが出資した投資事業会社であるSNCインベストメントがTOBによって取得した金額は2730億円)であり、日本最大級の規模であります。2006年9月には東証一部を上場廃止となり、上記SNCインベストメントがすかいらーくを吸収合併、その後すかいらーくの創業家社長がCEOとして就任しているものであります。報道されているところによると、経営陣3%、野村プリンシパル61%、CVC36%の保有株式のようですね。

非上場化を目指した理由としてはいろいろとあるでしょうが、こんなに短期的に「業績が上がらない」ことを理由に現経営者は退陣しなければならないのでしょうか?(まだわずか2年ですよね?)そもそも改革を断行するわけですから、短期的に利益が上がらないことは当初から織り込み済みでしょうし、また外食産業の景況感がどこも同じように悪いわけですから、経営陣による経営手法に問題がある、ということはまったく言えないはずであります。「リストラの速度感に対立がある」とされていますが、外食産業の場合、これだけ食中毒事件や食品偽装事件が問題視されているなかで、リストラを加速させればコンプライアンス問題に直面することは誰の目にも明らかでしょう。(店舗閉鎖とリストラがリンクしているのであれば別ですが)いろいろな報道ニュースを読みましても、ガソリン代の高騰問題や消費不振による影響が予想外であったことは記載されていても、経営者のどこがどう悪くて退任要求をされたのかはまったく素人にはわからないところです。普通、MBOによって再上場を目指すとしても、4年から7年程度の期間、経営改革に取り組むわけですし、わずか2年で経営者交代といった結論が出る・・・というのはとても信じられないところであります。

また、これも素人的な感想でありますが、MBO投資を支える銀行団の了解がなければ経営陣の退任については大株主だけで決めることができない、ということのようですが、これって「これからMBOを考えてみようか」と思案している経営者の皆様にはどう映っているのでしょうか?ちなみに、本件で大株主であるCVC社が監修している本「これがMBOだ!」(かんき出版 2007年11月発行)の185ページを読みますと、日本企業のガバナンスはかつて銀行に牛耳られていたが、これからは銀行にも証券会社にも耳を貸さなくてすむ、ということをMBOの大きなメリットとして記述されています。(この本は「なぜすかいらーくは非公開化したのか?」という項目を掲示しており、今回の騒動については参考になります)しかし、銀行の了解がなければ経営者の交代がままならない、ということになりますと、結局のところガバナンスの大きなところは旧態依然に銀行に抑えられていることになって、「いったいMBOのどこが魅力なのだろうか?」と素人ながらに疑問を呈したくなるところであります。私はとくに経営者寄りの意見を持っているわけでもなく、むしろMBO事例においては「少数株主保護」の視点から注目をしているものでありますが、そもそも2年前にTOBに応じた個人株主の方々は、これから現経営陣のもと、抜本的な改革を行うことで企業価値が高まること、SNCインベストメント以外にTOBをかけてくる第三者が当時いなかったことから、おそらくTOB価格は適正な企業価値を示している、といったことに納得されていたのであろうと推測されます。すかいらーく社は、もはや非公開企業でありますので、とくに(銀行団以外の)誰に対しても今回の騒動について説明責任は発生しないものでありますが、こういった事態はTOBに応じた株主にとってみれば期待を裏切られたものであり、「はたしてあのとき、本当にMBOすべき会社だったんだろうか」と疑問を抱いておられる方も出てくるのではないでしょうか。

なんだか「おバカ加減」をさらけ出してしまったようなエントリーになりましたが、そもそも株式非公開化に伴うMBOの場合には、TOBの手続きを通して(MBOによって企業価値が向上する、といった買収者の意見、現経営者の賛同意見が表明されるわけですから)素人にもわかるような解説がどこかにあってしかるべきではないかと思う次第であります。8月中旬に、臨時株主総会が開催されるそうですが、ぜひとも今後の展開に注目しておきたいと思います。

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2008年7月28日 (月)

「平和奥田」事件における反社会的勢力との「共生者」は誰か?

この週末、新聞を賑わせていたのは、すでにいろいろなブログでも話題になっております平和奥田株式会社(大証二部)の元社長逮捕およびその逮捕容疑とされている特別背任事件(山林売買)をめぐる資金の流れでありました。すでに二年ほど前から、元相談役による国会議員脅迫事件により、反社会的勢力との関連が問題視されていた企業でありますが、このたびの元社長の逮捕劇によって、その背後で問題となっている約10億円の不動産売買における不透明な資金の流れがどこまで解明されるのか、注目されるところであります。

今回の平和奥田社の件では、上場廃止決定の要因となった粉飾決算問題や、当時の中央青山監査法人の監査の妥当性や、社長にブレーキをかけることができなかった社内における内部統制問題など、いろんな議論ができそうな気がしますが、一般事業会社の社外役員たる立場からの関心としましては、この事件を全体的に眺めてみて、いったいどこまでが「反社会的勢力」と言われる範囲に含まれるのだろうか?といったことであります。

ご承知のとおり、平成19年の警察白書において、はじめて「反社会的勢力」の「共生者」なる文言が使用されるようになり、また先日のエントリー(ドラマ「監査法人」第五話と反社会的勢力と共生する人たち)においてご紹介しましたように、NHK取材班が、その「共生者」の存在をクローズアップしておりました。この「共生者」なる概念が、最近の反社会的勢力の行動を示すだけであればそれほど問題視する必要はないかもしれませんが、この「共生者」も「反社会的勢力」と同視する、といった社会的、法律的取扱いが現実的なものになりつつあるとすれば、「どこまでが共生者に入るのか」を議論することはかなり重要な問題になってくるはずです。なぜなら、一般に「共生者」と認識されるものであるならが、昨今のコンプライアンス取引の時代、「暴排条項」を適用されて、無催告解除によって取引を停止されてしまうおそれもありますし、また、個人情報保護法によって保護されるべき対象から逸脱され、公益的理由によって情報取扱につき差別されることにも合理性が出てくる可能性が生じるからであります。(ひょっとすると、「共生者」なる概念が一般化されてくると、銀行や証券口座を強制解約されてしまうことにもなりかねません)

先のNHKの新刊書においては、この「共生者」なる概念を比較的限定的にとらえて、自身のビジネスに反社会勢力保有の資金を活用する人たちのことを指していたようでありますが、もっと広くとらえて、反社会勢力との関係によって自己の利益を獲得している人たち、と解する立場もあるかもしれません。そうなりますと、たとえば今回の平和奥田の元社長さんが逮捕後に供述している内容(すべて会社のためにやった)が正しいということになりますと、不動産開発ブローカーや元社長さんだけでなく、当の企業までもが「共生者」と評価されることになりかねません。現に、今回の山林売買に関する報道内容からすると、不動産開発ブローカーへ平和奥田社から流出した2億円のうち、4000万円が還流しており、この還流によって平和奥田社が貸倒引当金の積み増しをする必要性がなくなった、ということでありますから、実際に反社会勢力との関係をもとに当会社が利益を得ていた、と評価することもできそうな気もします。(もちろん、このあたりは、今後の捜査の結果をみないと確実な事実とは言えませんが。)ただ、平和奥田社において真面目に働いている社員の人たちにとってみれば、当会社自身までも「共生者」と評価されることには違和感があるでしょうし、そういった言葉で悪いイメージをもたれることについては精神的苦痛を受けることになるかもしれませんので、今後は慎重に議論する必要はあると思っております。

会社の「統制環境」が脆弱なために、過失によって反社会的勢力との関係を有するに至った場合まで、「共生者」と認定(評価)されることは、かなり異論も出てくるところかもしれませんが、反社会的勢力の属性に関する認定がますます困難になる状況や、企業のコンプライアンス経営志向の高まりなどを考えますと、金融機関を中心として、「共生者」の選別が進み、一般事業会社にとって大きなリスクになる可能性が否めないところです。いまのところ、一般事業会社において「反社会的勢力を排除する社内の仕組み」作りがいまひとつ進捗していない、とのことですが、こういった「共生者」と評価されないための仕組み作りについて、広く検討しておく必要があるのではないでしょうか。

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2008年7月27日 (日)

企業サイドからみた「消費者庁リスク」(その2)

当ブログでは、2006年5月にエントリーしました「行政専門弁護士待望論」以来、行政とケンカしたり折衝のできる「政策法務」に強い弁護士の必要性を何回か訴えてまいりました。また、そういった機運が高まる大きなきっかけとなるのではないかと考えているのが臨時国会へ提出が予定されている「消費者庁設置法案(仮称)」であります。(企業サイドからみた「消費者庁リスク」 )

200809no6 さて、まだまだ中身がよくわからない「消費者庁構想」でありますが、このたび(企業を動かすリーガル・プロフェッションのための専門誌)「ビジネスロー・ジャーナル」9月号におきまして、この消費者保護行政と企業側の法的対応について大きな特集が組まれております。とりわけ消費者行政推進会議の委員であり、消費者庁構想案の土台部分を作ってこられた松本恒雄教授(一橋大学)のインタビュー記事は、これまで新聞などでも報じられていなかったような内容も多く含まれておりまして、今後の「消費者保護行政」の方向性についても少しばかり予測できるところであります。

消費者問題について、消費者側の視点から、その救済に重点を置いた法律雑誌向けの特集は何度も拝見してきましたが、こういった企業サイドから消費者行政や消費者団体訴訟にどう対応するか・・・・・、といった特集というのは(たしか食品行政問題に限っては「ビジネス法務」さんで勉強した記憶がありますが)あまりなかったのではないでしょうか。(なお誤解のないように申し上げますが、企業サイドからの対応といいましても、けっして不祥事を起こした企業がミスを隠ぺいしたり、報告を怠ることを助長するようなものではありません)この特集記事をすべて読ませていただいての感想は、やはり「行政専門弁護士」は待望されるところであり、かつ、大規模な法律事務所によって企業リスクに対応すべき問題である、ということであります。その理由としては①消費者庁に移管が予定されている法律は(共管を含め)30を超えるものであり、消費者問題リスクに関する企業支援への専門性は多岐にわたっていること、②松本教授のインタビューによると、消費者庁職員としては、「任期付公務員」としての弁護士採用の可能性が高いとされており、まさに「政策法務」に強い弁護士が育成される土壌が作られること、そして③移管対象とされる法律には競争法、PL法が含まれており、企業における国際的な対応が不可欠になる場面が想定されること等からであります。また弁護士だけでなく、BtoCの企業のみならずBtoBの企業においても、消費者コンプライアンスに関する組織的対応の必要性が出てくることについては、ほぼ間違いないものと思われます。

そして、もうひとつの感想としましては、企業としての消費者問題リスクへの対応として、いくつかの整理が必要ではないか、ということであります。たとえば、上記ビジネスロー・ジャーナルにも記載されているように、移管される法律の性質から「表示」「取引」「安全」に分類して、それぞれのリスクを検討したり、「独り立ちできる消費者」と「できない消費者」に分けて、それぞれの企業の対応を検討したり、違法か適法が不明瞭な「グレーゾーン」(たとえ違法でないとしても、従わないことによって企業のレピュテーションリスクが発生するような場合)に関する経営判断、といった問題が考えられます。とくに、最後の問題は企業行動指針に従うことと、信用毀損リスクを回避することとは相反する場面が生じる可能性がありますので、経営判断としてはきわめて難しいところであり、法律家としてもどのように回答すべきか悩ましいときがあります。いずれにしましても、「まじめに経営に取り組んでいる企業が損をしない。消費者と真正面から向き合っている企業が競争に勝てる」消費者庁構想であってほしい、と願っております。

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2008年7月25日 (金)

続・「監査役の乱」を冷静に考える

Tushinbo_img 「アホくさ~・・・」と思いつつ、ついやってしまいましたブロガーの間でブームとなっている「ブログ通信簿」。(どうしても一回やってみないと気が済まなかったので・・・・・)

「あなたは『放送委員』タイプです。周囲に大きな影響を与えています。もっと自分の意見を言ってみてもいいのでは。よく話題にしている資産運用の知識や経験をいかして、警務官を目指しましょう。」ですと。。。(最後のほうは若干意味不明な気もしますが)

うーーーん、なんか当たっているような、いないような。しかしブログ年齢が実年齢よりかなり上なのは、ちょっと悲しい気分になりました。(笑)たしかに「もっと自分の意見を言ってみてもいい」かもしれませんね。でも、毎日の本業でいやがうえでも強烈に自己主張していますので、ブログではこの程度で十分のような気もします。「マメ度」はもうちょと上だと思ったのですが、こんなもんですかね↓

さて、本日(24日)は土用の丑の日ということで、ウナギに関連する話題をひとつ。本日午前中にある新聞社の記者さんとお話していたのですが、今年の荏原社の株主総会ような「監査役の乱」が実は昨年の株主総会でも発生していた、ということをお聞きしました。(私はこの事件、まったく存じ上げませんでした。グーグルでも検索してみましたが、ネットニュースにもならなかったようですし、ブログ等でもほとんどとりあげられた形跡はないようです。)

昨年マルハニチロHDに統合される前の株式会社ニチロの最終事業年度に係る監査報告ですが、4名いらっしゃる監査役の方のうち、おひとり(Y常勤監査役)が、その監査報告書のなかで単独意見を述べておられます。

監査役Yの意見:

監査役Yは内部統制システムに関する判断には同意しない。内部統制システムに関する取締役の職務執行については相当であるとはいえない。平成18年4月常務会、同月取締役会、および7月常務会において内部統制システムに関する取締役決議は法令の定めを満たしていないと監査役が指摘したにもかかわらず、取締役会にて再決議されたのは平成19年3月であった。平成18年6月、監査役会の決議に基づき、監査役の監査が実効的に行われることを確保するための体制の整備について使用人の配属をはじめとする4項目の申し入れを行ったが、再三の督促にもかかわらず、回答は平成19年3月まで引き延ばされ、取締役会にて取締役全員の謝罪の意向が表明されたものの、実効ある対応は今なお未実施のものが多い。また、複数部署における監査役監査実施時の虚偽報告の疑い、不適切な売上計上の疑いなど、看過できない幾つかについて適切なる報告および是正措置を求めたが、相当日数経過後も実施されなかった。さらに、会計監査人による期中監査時の改善指摘事項が相当日数経過後も是正されない事態もある。商品に散弾銃の銃弾が混入した事態を社内規則「危機管理マニュアル重大事故処理基準」の重大案件に該当しないと判断し、処理された。これらの一つ一つは法令あるいは定款に違反する重大な事実とまではいえないが、取締役に規範意識の弛緩があり、再発防止のための諸施策が有効かつ適切に実施されたとはいえない。したがって、内部統制システムに関する取締役の職務の執行が適切になされ、相当であるとはいえない。

先日の荏原社の社外監査役の方による「事業報告を相当と認めない」とする意見よりも、こちらのY監査役ほうが数段具体的かつ論理的な内容であり、監査役による内部統制システムの相当性監査のひとつのモデルではないかと思います。とりわけ、意見内容をみますと、内部統制システムの運用面に関する「重大な欠陥」(重要な欠陥ではありません)と思料される根拠事実を明示しているところが説得的だと思われます。このY監査役は、昨年6月に退任されたそうでありまして、退任前に思いのたけを監査意見で述べたと推測することも可能でしょうが、たとえそうだとしても、ここまで経営陣による内部統制システム構築に向けた取り組みに問題がある、と言い切るのはたいしたものだと思います。(ちなみに、このY監査役は某新聞報道によりますと、1967年にニチロに入社された常勤監査役さんです。)

ウナギ産地偽装で揺れている神戸の会社は、そもそもマルハ側の子会社だったわけですが、ニチロ側における、このY監査役が指摘していた内部統制システムの欠陥への指摘を統合後も真摯に受け止めていれば、もう少し別の展開があったのかもしれません。とくに上記意見には財務報告の信頼性に大きな疑問を抱かせるような具体的な指摘があり、もし監査役がこのような意見を述べている場合に、内部統制報告制度(J-SOX)施行後の内部統制の有効性判断のための経営者評価はどうなるのでしょうか?内部統制監査人の意見もほぼ固まった時点で、たとえば「内部統制は有効であるとする経営者の評価は適正と判断する」と考えている場合に、このような監査報告書が出てきた場合、「監査役の少数意見だから・・・」ということで無視してもいいものでしょうか?(ここで監査役が「独任制」の機関である意味が効いてくるように思います)

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2008年7月24日 (木)

法人に対する金銭的制裁と取締役の法的責任論

また岩手県の沿岸部で大きな地震が発生したそうで、被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。(当ブログもわずか0.5%ではありますが、岩手県の方に閲覧いただいております。)

★★★★★★★★★★★★(以下、本題)

7月9日、金融庁はIHI社に対して「虚偽の有価証券報告書を提出した」等により、これまでの最高額である約16億円の課徴金納付命令を行ったことは記憶にあたらしいところであります。(金融庁HPはこちら)金融商品取引法上の課徴金制度も、不当利得の一環ではなく、不当な手段で収益をあげた法人に対する金銭的制裁の意味合いが濃くなりつつあるところ、こういった違法行為によって取締役自身ではなく法人自身に課徴金や罰金が課される場合に、納付すべき金額を会社の損害とみて、当該違法行為に関与した取締役の会社に対する責任は発生するのでしょうか?もし発生するとなりますと、これまで一度も争われたことがなかった金融庁による課徴金納付命令について、その実務は変わっていくのでしょうか?

最新の金融法務事情(№1841 7月25日号)では、森本滋京大教授による「会社法の下における取締役の責任」なる大論文が掲載されておりまして(まさに「大論文」。おそらくたくさんの商法学者の方々や実務家の方々がお読みになっておられると思います)、そのなかで「取締役の責任を巡る特殊問題」のひとつとして「罰金・課徴金と取締役の責任」について論じていらっしゃいます。森本教授がどのように述べておられる、という引用はいたしませんが、たとえ取締役の過失行為によって法人に課徴金処分が下された場合であっても、相当因果関係のある損害として、取締役の法的な責任問題(つまり善管注意義務違反)に発展する可能性あることがうかがわれます。いままで課徴金制度と取締役の法的責任との関係については、あまり考えたこともなかったものですから、このあたりはたいへん刺激を受けました。(なお、会社に対する金銭的制裁処分は、取締役の法的責任と相容れない、とする学説も有力に主張されているようです。課徴金の性格が「不当利得の返還」と解するのであれば、会社から取締役に課徴金と同等の金額の損害賠償を求めるのであれば、結局不当な収益を会社に認めてしまうことになる、ということなんでしょうね。ただ、最近の傾向として課徴金制度は不当な収益の剥奪、という意味だけでなく、いわゆる「制裁」としての意味を含むものと考えられているところですので、別の考え方も成り立つように思います。勉強不足で、このあたりはきちんと理解しておりませんでした。)

最近の会社法上の内部統制構築義務に関する議論や、個々の取締役ごとにその責任範囲を限定する議論などとの関係から考察すれば、(かりに法人に賦課された課徴金について、取締役に責任追及がなされた場合には)インサイダー取引規制や談合規制といった法令遵守体制を構築するにあたり、その取締役の体制整備に関する関与の度合によって、信頼の抗弁や相当因果関係論をもとにその責任負担の是非が判断され、かつ個々に損害額が算定される、ということになるのかもしれません。いずれにしましても、事後規制的発想によって取締役の行為規範を検討する必要性と、過度に取締役に萎縮的効果を与えないこと(自由保障機能)とのバランスをどう考えるべきか、この森本論文にて勉強したいと思います。本日は、まだ上記論文をきっちりと読み込めていないため、とりいそぎ備忘録程度で失礼いたします。

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2008年7月23日 (水)

「重要な欠陥」の判断はコストによって影響を受けるのか?(その3)

先週(その2)でご紹介しました財団法人日本証券経済研究所(金融商品取引法研究会)冊子(開示制度Ⅱ)における討議資料や、これまでの皆様方のご意見などを検討させていただきましたが、私自身としましては、まず内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX)における「重要な欠陥」と会社法上の善管注意義務の関係については以下のとおり整理するのが妥当ではないかと思います。(あくまでも一部の法律家の視点によるものであります)

1 これまで議論されてきたような同質説、異質説の比較検討からは問題は解決されない。

会社法が制定された時期において、金融商品取引法上の内部統制システムなる概念はまったく予想されていなかったのでありますので、やはり会社法上の内部統制と金商法上のそれとは、まったく同一のものとして扱うことはできないと思われます。しかし、だからといって「重要な欠陥」を放置してもいいとは言えないのであり、そこには「是正しなければならない」といった規範的な意識の面において重なる部分もありそうです。ただ、会社法と金商法とでは同じように「内部統制システム構築の必要性あり」といえども、その規律の仕方が(法制度上)異なっているのでありますから、開示制度上の概念である「重要な欠陥」と行為規範(取締役の自由保障機能)上の概念である取締役の善管注意義務違反とをリンクさせることはおよそ適切ではないと考えられます。ここは、善管注意義務違反=「法令違反」行為、と捉えても、金商法上「重要な欠陥」があること自体が上場企業における法令違反行為とはならないわけですので、ほぼ異論のないところだと思います。

2 重要な欠陥を放置した場合の責任論

「重要な欠陥」があるとされ、(その結果として)内部統制が有効と評価できない場合、そのこと自体によって取締役の責任が発生するわけではありませんが、もしその評価対象となる「重要な欠陥」に対して、取締役がなんらの対応もとらないで放置した場合、そこに何らかの法的責任は発生しないのでしょうか。整備内容に重要な欠陥がある場合や、整備されたシステムの運用面において重要な欠陥がある場合など、その欠陥の中身がさまざまだと思いますが、原則としては「開示制度のもつ広い意味でのコーポレートガバナンス」によって対処されるべき問題ではないかと考えます。つまり、金商法上で「重要な欠陥」があると開示すれば、取締役はこれをなんとか是正することで株主の信頼を得るか、もしくは重要な欠陥があることを認めつつも、開示された財務情報の信用性が十分であることを「合理的に説明すること」によって株主の信頼を得ることが期待されるのでありまして、これがまさに開示制度のなかで期待されるガバナンス効果ではないでしょうか。ただ、重要な欠陥を放置することによって会社の信用が毀損されることを回避することはおそらく取締役の会社に対する善管注意義務に含まれることだと思いますので、おそらく重要な欠陥と評価された状況を放置することや、重要な欠陥があっても財務報告の信頼性に欠けていないことを説明する義務を怠ったような場合には、やはり善管注意義務違反の事態を想定することは可能になってくると思います。ただし、この善管注意義務違反の有無を判断する具体的な場面において、はじめてコストや優先順位など、経営判断による裁量の議論がなされるのではないでしょうか。

3 総括(まとめ)

このように考えますと、結局のところ「重要な欠陥」の判断には原則としてコスト(費用対効果)の議論を持ち込むべきではない、と結論付けることができるように思います。ただ、実際に善管注意義務違反が問題となる個々の場面において、その判断資料のひとつとして「コスト問題」が議論されることはありうると考えます。これが現時点におきまして、私見として到達したところでありますが、もちろん異論もございますでしょうから、今後もご批判等、いただけましたら幸いです。なお、上記「開示制度Ⅱ」冊子の討議におきまして、神田先生が会社法362条と内部統制の構築義務の関係をとりあげておられ、金商法上の内部統制についても、これを内部統制構築義務を規定したもの、とする「向き」について示唆されておられますが、このあたりは「規律の方向が違う」ということで解決してしまってもいいのではないかと思ったりしております。

何回かに分けて、「重要な欠陥」と法的責任論との関係を正面からとりあげてみましたが、高邁な議論をすることに実益があるのではなく、その意味するところは「重要な欠陥は一義的に決まるようなものではない、むしろ会社側がその判断過程に創意工夫を発揮すること自体に意義があるのであって、『重要な欠陥』に関する投資家の誤解があれば、会社側は積極的にそれを解いていってほしい」というところであります。内部統制報告制度については、これで「完成版」ではないはずですよね。今後何度も改訂されていくことが予想されますが、施行直後であるいまこそ、企業側による試行錯誤の努力がなければ、これからも改訂の主導権は握れず、いつまでたっても不平不満が残る制度になってしまうかもしれません。「一般に公正妥当と認められる内部統制評価の基準」の具体的な中身については、ぜひとも企業側にも積極的に検討していただきたいと思います。

平成20年度の経済財政白書が公表されたようでありますが、そこでは企業および家計がリスクマネーに投資できる環境作りが提言されており、また企業のリスクマネジメント能力の向上も提言されています。内部統制問題との関係で考えますと、企業が正確な財務情報を開示する市場整備の必要性であり、また効率的、効果的な経営管理行為の必要性であります。企業関係者の方々は概ね「会社法の内部統制と金商法の内部統制の一体的構築」ということに関心をお持ちですが、リスク管理体制の構築と財務報告の信頼性確保のための体制の構築を、どう進めていくべきか、といったあたりが今後の課題ということなんでしょうか。

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2008年7月22日 (火)

株主代表訴訟における不提訴理由通知を検証する

7月21日の日経「法務インサイド」では、このブログでも採りあげました荏原社の「社外監査役の乱」が特集されていましたね。最近ある会合でこの荏原社の別の監査役の方と直接お話しをした関係で、ちょっと当ブログでは続きを書くことは遠慮させていただきますが、荏原社における株主総会では、疑義を呈された社外監査役の方から監査報告書の内容について説明もなければ、株主からの質問もなかった、ということだそうで、もう少し公開の場において紛争の中身が明らかにされればよかったのに・・・と(外野の者としましては)残念な結果に終わってしまった感があります。ただ、監査役の「独任制」については、少しは世間の方にもご理解いただけたのではないでしょうか。この職務執行の独任制という性質が、たとえば株主代表訴訟における(株主からの)提訴請求の場面で発揮されたりした場合には、もはや「監査役の乱」では済まないような状況になったりするかもしれませんね。たとえば5名の監査役が存在する株式会社において、株主から取締役らに対する提訴請求が会社宛になされた場合、4名の監査役は「提訴理由なし」と判断したが、社外監査役の1名だけが取締役に対して責任追及すべき、として会社を代表して(この場合は、おそらく責任追及する監査役には代表権が付与されている、とみるべきなんでしょうね)、取締役に対する訴訟を提起する場合、これはたいへんな事態になってしまいますよね。この場合、残る4名は不提訴理由通知書は出さなければいけないのでしょうか?いちおう、代表権をもって1名が提訴した以上は出す必要もないかもしれませんが、ちょっと自信がありません。また、この社外監査役が、株主から提訴すべし、とされた取締役のうちの一部だけを相手として訴えを提起した場合など、もっとややこしい事態になってしまいますよね。(^^;

さて、(不提訴理由通知書に関連する話題でありますが)株主総会シーズン中でありました平成20年6月25日に、個人株主(株主オンブズマングループ)らによって株式会社大林組取締役らに対する株主代表訴訟が提起されております。繰り返される談合事件について、取締役らによる(談合防止に向けての)内部統制システムの構築義務違反が主に問われているところであります。大林組社といえば、昨年の定時株主総会において、株主らによる提案をきっかけとして、談合決別宣言を定款変更によって導入したことは記憶に新しいところですが、このたび問題とされている談合事件は、いずれも平成14年から同17年ころにかけての事件であります。

上記株主代表訴訟の審理については今後たいへん注目されるところでありますが、この事件では個人株主らの提訴請求権行使とともに、監査役に対して不提訴の場合の理由通知請求もなされていたものでありまして、この大林組監査役ら全員の連名による不提訴理由通知書が株主オンブズマンのHPにて公開されております。(なお念のため、リンクは回避しておりますので、ご興味のある方は、そちらで閲覧ください)会社法が施行されて2年が経過しましたが、株主による責任追及訴訟において、監査役(5名の連名)による不提訴理由通知書が発出される、というのは、上場企業においてはかなりめずらしいケースではないでしょうか。監査役の皆様方におかれましては、モデルケースとして、参考になるかもしれません。

さて、この不提訴理由通知書の内容についてでありますが、内部統制システムの構築義務違反が取締役らに認められないとする理由を記載されておりますが、整備に関する検証事実は記載があるものの、運用に関する検証事実の記載が乏しい、といった印象を受けますのと、さらに運用に関する判断資料が(口頭による事情聴取以外)存在しないことに気付きます。平成17年ころまでの事案ということですので、事案当時の経営環境のもとでの取締役の善管注意義務の中身を探るわけですから、本件の場合にはこの程度でもいいのかなぁ、とも思いますが、会社法において体制整備に関する決議規定などが明文化された以後の事例においては、おそらくこの内容では判断理由としては不十分ではないでしょうか。法令遵守(独禁法遵守プログラム)のための内部統制システムの構築については、整備内容よりもむしろ運用状況のほうがはるかに重要ですので、PDCAプランをどのように回していたのか、といった「記録」が必要でしょうし、また社内のどこに談合リスクが高いのか、当然に検証に基づく優先順位(リスク評価)が存在するはずでありますが、そのような検証がなされたのかどうか、まったく不明ですと、かえって不提訴理由通知書が本訴において不利にはたらく可能性が出てくるかもしれません。原告株主側に、有利な証拠を明示して、文書提出命令によって資料が開示されることは(会社側としては)回避したい気持ちもわかりますが、この不提訴理由通知制度と内部統制システムとの関係を考えますと、ある程度の資料の存在が当然であり、そもそも資料が存在しないこと自体が、内部統制システムの構築義務違反(運用評価義務違反)となる可能性が高いのではないかと思われます。(もちろん、これは平成18年ころの、基本方針決定義務が明文化された後のことを指しています)ところで、監査役としては、提訴しないことの理由として、取締役の善管注意義務違反の有無については曖昧なままとして、その訴訟を維持することが、会社にとって有益ではないこと(たとえば勝訴したとしても、費用倒れになりかねないとか)をもって判断する・・・というのはダメでしょうかね?このあたり、また検討してみたいと思います。

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2008年7月20日 (日)

NHKドラマ「監査法人」最終回~あなたは会計士を信じますか?

Kanasahou011 「あなたは公認会計士を信じますか?」・・・・・NHKドラマ「監査法人」の最終回(会社、救えますか?)をじっくりと拝見しまして、公認会計士制度50周年のときの日本公認会計士協会が公表した上記キャッチフレーズを想い出された方もいらっしゃったかもしれません。ちょうどいまから10年前ですね。まさに昨日最高裁判決が下りました長銀や日債銀の粉飾決算が世間で騒がれ、その批判が監査法人や公認会計士に注がれていた頃のポスターに大きく書かれていたフレーズであります。監査法人の独立性と公認会計士の倫理感が世間で問題になり始めたころです。本日のドラマのはじめに改正公認会計士法1条が謳われましたが、そこにある「不断の自己研鑽による高度な専門的知識、スキルの修得、高い倫理観と独立性によって、その社会的使命、責任を果たす」ことが、きょうのドラマのすべてであったと思います。企業のゴーイング・コンサーンの一端を公認会計士が担うことは、本日のドラマのとおり非常に厳しいものでありますが、じつはそこに「真実を究明すること」を超えた会計士さんたちの社会的使命があるということで、私も隣接業種のひとりとして、会計士さんのその社会的使命を果たすことに、尊敬の念を抱くところであります。

長銀事件、日債銀事件からりそな国有化、そして足利銀行問題まで、ここ10年ほどの監査法人や公認会計士制度の流れを丹念に追って、これからの「あるべき」会計士制度を考察する「ザ・監査法人」(岸見勇美著 光人社 1700円)は2006年に出版された本ですが、この本を拝読いたしますとこのたびのNHKドラマの締めくくり方がよく理解できるところであります。「人を幸せにするための監査」とは、単に経営陣に迎合するような監査方針を立てることや、単純に不振部門を切り捨てて人員削減に走るものではなく、あの(ドラマのなかの)尾張部品株式会社のように、「コーポレート・ガバナンスの力」によって企業再建の可能性を見出す機会になる、ということを意味しているのでしょうね。独立性と倫理感を兼ね備えた監査法人(公認会計士)の監査によって、ディスクロージャー制度によるガバナンス改革の可能性についても、この本では(関係者の話などをもとに)記述されております。

先日来、ディスクロージャー制度を支えている三要素(開示、会計、監査)に加えて、最近はコーポレート・ガバナンスが第四の要素になりつつある、と書いておりますが、投資家に向けて誠実な監査を貫くのであれば、ドラマの中にありましたように、経営者交代という形での経営再建の機会も増えてくるのかもしれません。まさに今後の公認会計士制度の「あるべき姿」を映し出していたように思えて、(私としましては)たいへん好感のもてるドラマの終焉ではなかったかと思います。まちがいなくこのドラマの影響で「公認会計士になろう!」と決意をされた商学部系の学生さんは増えたんじゃないでしょうか(たぶん・・・)。なお、ディスクロージャー制度との関係で、今後は監査法人自身のガバナンスが適正化される必要性も、先の「ザ・監査法人」の著者は力説されておりました。

ただ、ドラマの最後にエスペランサ監査法人の小野寺理事長が、若杉(主人公)に対して「いつでも戻って来い。いまでもお前の部屋はそのままにしてあるから・・」とカッコよく言葉を投げかけるシーンにはビックリしました。いくら元上司、部下の関係であっても、いまは監査法人と被監査企業の顧問会計士の関係ですから、とんでもない「なれあい」ですよね。(このドラマを通じてずっとヒヤヒヤしていたのは、こういった利益相反問題がまったく度外視されていたところでした。これでは会計士の独立性なんて偉そうには言えないですよね。しかし橋爪功さんはやっぱりスゴイなぁ。それと、来週からのドラマ「帽子」・・・・・、緒方拳さんと田中裕子さんの共演ということで、予告編みただけでハマリました。ハンカチとティッシュを横に置きながら、コレ、絶対にみます  笑)

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2008年7月19日 (土)

「公正なる会計慣行」と長銀事件(その7・無罪逆転判決)

皆様ご承知のとおり、7月18日長銀事件(証券取引法違反、商法違反被告事件)の上告審判決が最高裁で出ましたね。過日、最高裁で口頭弁論が開かれましたので、予想どおり被告3名について無罪判決、つまり原審破棄自判の結果となっています。(なお、RCCが上告人である民事事件の上告についても棄却されたそうですので、約60名の長銀株主らによる損害賠償請求控訴事件以外は、ほぼ終結したようですね。なお株主集団訴訟のほうは、当時の監査人であった新日本有限責任監査法人も被告になっていますね)

とりあえず、さきほど最高裁のHPにて、判決全文を読んでみました。書きたいことは山ほどありますが、とてもブログという媒体では書ききれないので、読んだ感想(第一印象)だけに簡単に触れておきたいと思います。もしご関心をお持ちの方は、当最高裁判決と刑事原審判決(東京高裁平成17年6月21日 判例時報1912号135頁以下)および、当最高裁判決と民事第一審判決(東京地裁平成17年5月19日 判例時報1900号3頁以下)を対比しながら検討されることをお勧めいたします。

まず第一印象としましては、原審の東京高裁判決と比較して、この最高裁判決は、あくまでもこの長銀の粉飾事件という限られた事案の処理にかぎっての判断を示している ということであります。各被告の弁護人らの上告理由を「いずれも上告の理由にあたらない」と排斥したうえで、刑事訴訟法411条を用いて職権調査のうえで「このまま確定させてしまっては著しく正義に反する」として有罪→無罪の判断に至っております。新しい会計指針(資産査定通達+会計士協会の実務指針)が当時の世において「公正なる会計慣行」であったかどうか、といった一般的な議論をするのではなく、当時の長銀という特定の会社において、いったい公正なる会計慣行は何だったのか?という議論をしています。(ここが大きく原審と異なるポイントですね)

そもそも平成9年から10年当時、新しい会計指針が一般的抽象的に(どこの銀行にも通用するような)「公正なる会計慣行」になっていたかどうか?というところから議論を始めますと、原審のように「公正なる会計慣行が併存することなどありえない」とか、「唯一の会計慣行といえるための要件」とか「会計慣行と罪刑法定主義の関係」について議論することになりますが、最高裁はそういった議論はほとんど回避しています。

「そのようなことをいちいち議論しなくてもいいではないか。この長銀という銀行の会計処理方針をじっくりと眺めてみて、その当時に長銀という企業に妥当していた「公正な会計慣行」を探ればいいではないか。もし個別の会計処理が、長銀に妥当していた公正な会計慣行に反していればルール違反を問えばいいではないか」

といった姿勢ではないでしょうか。だからこそ、最高裁判決が職権調査によって掲示している事実を読みますと、新しい会計指針の制定経過を丹念に分析し、定量的な判断基準に乏しい当該会計指針を長銀という個別の銀行がどう受け止めていったか、という流れが克明に記されていることがわかります。

最高裁は徹底して「公正なる会計慣行は『法律』ではない」という視点ですね。原審のように個別の企業の事情とは区別して平成10年当時の新しい会計指針の「会計慣行」性について論じるのであれば、それは「法と同視する」姿勢であり、また通達によって会計慣行が変わることと罪刑法定主義との関係を論じるのも、まさに「法と同視する」姿勢のあらわれですよね。そういった姿勢を一切示していないところに最高裁の「こだわり」を感じました。まさに個々の会社にとっての「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」の内容を最終的に決定するのは裁判所の役割であり(江頭「株式会社法」第二版566ページ)、とくに会計慣行はその企業にとって「唯一」ではなくても、ほかに会計慣行があっても問題ない、といった考え方に立脚しているようです。こういった発想は、企業会計基準委員会の開発する会計基準については、ほとんどの上場企業が財務会計基準機構に加入しているわけですから、これを法的強制力があると一般的に考えることともなんら矛盾することはないのでしょうね。(会社法との関係ではそこまでは言えませんので、とりあえず会計慣行と推定される、ということになるのでしょうね)

こういった考え方からしますと、長銀事件では無罪判決が出たからといって、日債銀事件のほうでも同様の判決が出るかどうかはわかりませんよね。要は当時の税法基準と、新しい資産査定通達基準とを、日債銀はどう受け止めていたのか、という事案の内容によって、当時の日債銀に通用していた「公正なる会計慣行」がなんだったのかが、検討されることになるのでしょうね。(まぁ、実際には結論が変わる、ということはないと思われますが)とりあえず、第一印象はこのへんで。また(その8)で続きを書きたいと思っています。(ひさしぶりに読者の方々を無視してマニアックなエントリーに走ってしまいました。。。)

話がちょっと横道にそれますが、この最高裁判決で補足意見を述べておられる元検事の方ですが(補足意見を述べた真意がどこにあったのかは置いといて)、好きな作家が塩野七生さんと柳田邦男さんということで、私とまったく一緒なんです。世評がどうかは別として、私はこの方の裁判はとても気になっております。それと、長銀事件の被告人のおひとりについては刑事事件も民事事件も、現在最高裁判事になっておられる元弁護士の方が(弁護人および代理人として)ついておられたんですね(もちろん最高裁判事に任官されるまで)。やっぱり最高裁判事になられても、事件の帰趨は気にはなるでしょうね。こういった場合、もし憲法違反が議論されて大法廷が組まれる場合、元弁護人である裁判官は審理を忌避して14名の裁判官で構成されるのでしょうかね?

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2008年7月18日 (金)

取締役経理部長(元)の不正行為と「重要な欠陥」

「重要な欠陥」の判断問題について、たいへん有益なご意見をいただき、ありがとうございました。コメント欄で少し書きましたとおり、重要な欠陥と取締役の法的責任との関係等につき、また改めて(その3)で自身の見解をまとめてみたいと思いますので、またご意見よろしくお願いいたします。

さて、ligayaさんのブログでも紹介されているスギ薬局さん(東証1部、名証)の元取締役経理部長だった方が、長年にわたる帳簿偽造等によって4億3000万円あまりを私的に流用していた、という件がリリースされております。(当社元取締役による不正行為について)また、日経ニュース(その他のニュースも含め)によりますと、内部統制システムの構築を進めていたなかで、元取締役さんは、隠しきれないと悟ったのか、この7月1日に横領の事実を自己申告されたそうです。スギ薬局さんは2月末決算の会社ですから、まだ内部統制報告制度が施行されているものではありませんが、事実上はすでにパイロットテストが行われているところでしょうし、こういった報道内容に触れますと、やはり法制化された内部統制制度への全社的対応というものが、社内不正をあぶり出すことに寄与するのかも・・・と期待をしております。なおこの報道をうけて、スギ薬局さんの株価は前日から6%も下落しており、こういった社内不正が相当に株価へ影響するのも特徴的かもしれません。

ところで、スギ薬局さんの財務報告に係る内部統制評価はまだだいぶ先のことになりそうですが、もし施行後にこのような経理担当取締役による会計不正(しかも権限の一極集中が原因と記者会見で述べている)が発覚した場合、その企業の財務報告に係る内部統制は有効と判断されるのでしょうか?ここ数年の連結での税引前利益の平均がどの程度なのか、きちんと調べてはおりませんが、4億3000万円というのはかなり大きな数字ですし、まさに財務報告内部統制の会社責任者たる地位にある方が横領し、また預金残高の数字を改ざんしていた、というのでありますから、内部統制の有効性判断にとって無視できない事例だと思います。こういった場合、内部統制に重要な欠陥があるとされるのか、されるとして期末日までにどういった是正があれば有効と判断してもいいのでしょうか?統制環境の問題もあり、また決算財務報告プロセスの問題もあり、さらに自己申告があるまで発見できなかったモニタリングの問題もあるでしょうから、是正すべき点はいろいろと指摘できそうであります。不備の影響度の算定方法や、虚偽記載の発生可能性の検討も重要でありますが、こういったベタな問題もけっこう重要ではないでしょうか。

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2008年7月17日 (木)

加ト吉・循環取引とモニタリング

昨年3月に大きく報道されてきた加ト吉社の架空循環取引でありますが、元常務の方が循環取引を主導していた取引先2名とともに逮捕された、とのことであります。昨年のエントリーでもご紹介しましたが、再度2007年当時の加ト吉社のガバナンス組織図を参考に、内部統制システム等によって社内不正を防止できなかったのかどうか、検討してみたいと思います。なお、現実の企業においては、日々の業務に関係者全員が精励しているのでありまして、以下は「後だしじゃんけん」的な思考も含まれておりますので、関係者の法的責任とはなんら関係のないものであることは当然であります。

Photo_3 この組織図では、企業における不祥事を防止するための体制が十分に整備されているようにも感じられます。(もちろん、それぞれの組織が実際に機能していれば・・・という前提でありますが)本日の逮捕に関する報道内容などを総合しますと、加ト吉社の経営トップ(カリスマ経営者)であった方は、問題となっている架空循環取引には直接的な関与はされていなかった、とのことでありますので、元常務を中心とした取引先との共謀事件として考えてみることにいたします。また、本日逮捕事実とされているのは、加ト吉子会社の印鑑を勝手に使って、虚偽の売買契約書を作成し、みずほ銀行系のSPCより債権譲渡代金をだまし取ったとして詐欺、有印私文書偽造、同行使罪ということでありますが、ここでは関係者間で「そこまでしなければいけなくなった」原因である循環取引を早期に発見できなかったかどうか、という点にしぼってみます。

1 外部監査人(監査法人)による発見(識別)可能性

今回の逮捕事実の舞台となった加ト吉水産は加ト吉社の子会社であり、報道によりますと元常務は商品在庫担当者を巻き込んで、在庫証明書を偽造していたとのことであります。また、およそ10年ほど、商品が倉庫に保管されていて、倉庫業者から引き取りの連絡を受けていた、ということですから、果たして監査はどこまでなされていたのかと、すこしばかり疑問を持ちました。ただ加ト吉社の場合、外部調査委員会報告要旨にもありましたように、「売上至上主義」が社風であり、帳合取引(加ト吉社が保証的機能をもって取引の中間に介入するもので、経済的な裏付けがあるかぎり、それ自体は違法取引とは言えない)の増加も、それほど不自然な営業とはいえなかったことや、年間の水増し売上高が216億円程度ではあったものの、水増し売上高が増加するにしたがって年間売上高も順調に増加しているために売上債権の回転期間にはほとんど変化がみられないこと、循環取引が頻繁に行われるようになったとされる平成13年以降の売上総利益率をみても、それほど異常な変動を示しているものではないことなどから、当時の監査法人さんが「循環取引が行われているのではないか」と合理的な疑いを抱くだけの事情は見当たらなかったのではないかと思います。

ただ、報道されているところによると、2004年ころに売掛債権の滞留が目立ち、監査法人から代表者に疑問が呈されたところ、「常務が回収に問題がないって言ってるんだから、それでいいじゃないか」と言われ、そのままになってしまったそうで、こっちのほうが少し問題なのかもしれません。

2 ガバナンスによる発見(識別)可能性

会計監査として、循環取引の識別が困難だとしますと、業務監査もしくはガバナンスの問題として識別できなかったのかどうか、とりわけ上図のとおり、加ト吉社のコーポレートガバナンス組織はきわめて模範的なものでありますので、この組織がどのように機能していれば粉飾を早期に発見できたのでしょうかね。まずは即効性が期待できるものとして、内部通報制度(ホットライン)が機能していればよかったと思われます。とくに入庫証明書の偽造を元常務が命じていた、というものでありますし、経営トップが「失職のおそれはないから正直に言え」と言われて、偽造の事実を告白した・・・というものでありますので、従業員に内部告発のインセンティブが働いていれば、もっと早期に経営トップの知りうるところになったのではないかと推測されます。

つぎに内部監査や監査役監査によって循環取引を発見することはできたでしょうか。子会社を中心に行われていた、というものであるならばなかなか発見することはできなかったでしょうし、また外部監査人と同様、財務分析の結果をみても、全体の売上高からみた循環取引による売上高の比率が低いことから、業務監査のなかで帳合取引ではなく循環取引である、と断定するだけの証拠収集は困難だったのかもしれません。

ただ、私自身が他の会社の「架空循環取引」騒動に関わった経験からして、こういったことは会計監査人と監査役会との定例報告会とか、社内のいろんな部門に顔のきく内部監査人からの「噂話」などから、「どうも架空取引が行われているらしい」といった事情は把握できたんじゃないでしょうか。新聞報道にあるように、2004年ころには、監査法人が粉飾の疑いを経営トップに告げているわけですから、すくなくとも2004年ころには、監査役の耳にも、監査法人さんから虚偽記載リスクに関する問題共有はなされていたのではないかと(かってに)推測してしまうのであります。粉飾決算が刑事事件になるたびに、監査役さんの責任について関心をもつのですが、これまでほとんど監査役さんの責任が論じられることはありません。やっぱり世間からは責任を負担させるのは気の毒なほど、期待されていない、ということなんでしょうかね?(たしか加ト吉社は、2007年3月当時5名の監査役さんがいらっしゃって、そのうち3名が社外監査役さんだったと記憶しております)噂話でもいいので、監査役の耳に入れば、それをきっかけとして子会社に対する業務監査も可能となるわけで、とりわけ社外監査役が3名もいらっしゃるのでしたら、元常務の違法行為差し止めに向けた行動は期待できたのではないでしょうか。

会計監査人の不正報告義務は会社法でも金商法でも規定されるようになりましたし、監査役を含めた「統制環境」が内部統制報告制度の肝である、とも言われておりますので、こういった事件のモニタリング機能として、会計監査人、監査役、内部監査人による連携協調の姿勢が今後大きく問われてくるべきですし、またこういった事例での粉飾早期発見にも役立つのではないかと考えております。(最近、耳にタコができるほど「監査人の連携」といわれますけど、これって監査役さんが主導的役割を果たさないと実現しないのではないでしょうか。経営者側から勧められるわけでもなく、また監査法人さんもお忙しそうなんで)

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2008年7月16日 (水)

「重要な欠陥」の判断はコストによって影響を受けるのか?(その2)

昨日の(その1)におきまして、内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX)上の「重要な欠陥」の判断につき、企業コスト(IT統制のための資金とか、経理財務能力のある社員の増員など)をかけたくてもかけられない場合には、重要な欠陥あり、と評価(監査意見)されてしまうものなのかどうか・・・という問題をとり上げたわけですが、これは会社法上の内部統制と金商法上の内部統制との関係をきちんと整理したうえでなければ結論がでないのではなかろうか?というのが私の現時点での意見であります。(ここまでは昨日のエントリー通りであります)

さて、上記のような疑問を抱いておりましたところ、7月15日(おそらく)の日本証券経済研究所のHPに、金融商品取引法研究会研究記録第24号の冊子がPDFによって公開されておりまして、「開示制度(Ⅱ)-確認書、内部統制報告書、四半期報告書-」に関する研究会記録を閲覧することができました。(いつもながら、日本証券経済研究所のHPは充実しており、勉強資料の宝庫です)今回の発表者でいらっしゃる京大のT准教授が疑問を呈しておられる点は、いずれも私自身も非常に関心の深いところでありまして、とりわけ討議内容はといいますと、内部統制報告書と確認書との法的関係、会社法と金融商品取引法における内部統制の関係理解、金融庁企業開示課調整官からみた「ダイレクトレポーティング」と「文書化」、有価証券報告書の虚偽記載と内部統制報告書の虚偽記載との関係などなど、たいへん興味深い論点ばかりであり、いずれも著名な先生方で貴重な議論がなされています。内部統制について関心をお持ちの、とりわけ法律家の皆様にとっては、現時点(研究会は今年5月21日開催)における議論の水準を知るためにも、参考になろうかと思われます。

いっそのこと、「重要な欠陥」は取締役の善管注意義務違反とはなんら関係なないのだ、と言い放ってしまえば、コスト問題などまったく気にしなくてもいいように思うのでありますが(私は原則として、そっちのほうの意見に与したい立場ですが)、上記冊子の41頁から42頁あたりを読みますと、元金融庁のM東大教授や発表者のT准教授など、やはり「重要な欠陥あり」とされた場合には、取締役にはなんらかの欠陥修正義務みたいなものが認められるのではないか、といったニュアンスで発言されていらっしゃるところがうかがえますので、どのように上手に会社法、金商法の内部統制の関係を整理してみても、この問題は最後まで疑問点として残ってくるのではないでしょうかね。 (注) 私としましては、学者の先生方のような精緻な議論を積み上げるのではなく、ざっくりとしたところで理解をしたうえで、内部統制の整備運用の現場担当者や経営者の方々に、どうやってわかりやすく説明するか、というところを考えておりますが、もう少し時間をかけて、(上記研究会討議の内容などもふまえながら)関西の研究会などで議論してみようかと思っております。

(注) 重要な欠陥について、なんらかの修正義務が取締役に認められるとすると、これを素直に善管注意義務の一つとみて、コスト問題は別途「過失の有無」や「期待可能性の有無」で議論する・・・という考え方も成り立つかもしれません。しかしながら、「重要な欠陥」の判断は、そもそもプロセスチェックから検討されるものですから、たとえば取締役がなんらの行動も起こさずに放置していたとしても、会社の状況次第では「重要な欠陥」はなくなる場合もありますし(たとえば虚偽記載リスクの大きな事業部門の譲渡や規模縮小による売上の減少など)、そもそも「重要な欠陥」を、取締役の規範的な行動と結びつけて判断する、と考えることに無理があるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

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2008年7月15日 (火)

三菱自動車虚偽報告事件・逆転有罪判決

元三菱ふそうの虚偽報告事件について、元会長や法人に対する逆転有罪判決が出たそうです(朝日新聞ニュースはこちら)ちなみに刑事事件の場合、一審が簡易裁判所であっても、その控訴は地裁ではなく高裁が審理をします。

この事件、平成18年の一審判決の無罪理由と対比して考えますと、企業法務にとってはきわめて重要な論点に対する判断がなされたのではないかと思いますので、ぜひとも判決全文を読んでみたいです。(おそらく法人および元会長らとも上告をされるのではないでしょうか)執務中のため、備忘録程度にて失礼いたします。

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「重要な欠陥」の判断はコストによって影響を受けるのか?

日本内部統制研究学会報告のエントリーにつきましては、とも先生、丸山先生、機野さんはじめ、多くの熱いコメントを頂戴しまして(どうもありがとうございます)、内部統制報告制度に関する更なる議論がなされることを、私自身も期待しているところであります。正直申し上げて、私自身も未だ勉強不足(とくに業務プロセスの運用評価)のところもありまして、これから現場実務(とくに中堅クラスの上場企業)について注視していきたいと思っております。

さて、J-SOX関連では、学会の重要なテーマでありました「重要な欠陥」について、もうすこし疑問点を検討してみたいと思います。タイトルにも書きましたが、「重要な欠陥」と企業の費用対効果(コスト)の関係についてであります。端的に申し上げて、財務報告に係る内部統制システムを整備運用するにあたって、もし早急に是正する必要性のある不備は認められるものの、当該企業にその是正のための費用(コスト)をねん出できない場合、はたして当該企業は「重要な欠陥あり」とされて内部統制は有効ではない、と報告しなければならないのでしょうか?それとも、企業の現況から考えて、重要な欠陥ありとは言えない、と判断してもいいのでしょうか。(ちなみに「基準」のなかで、内部統制の限界を示すもののひとつとして「費用対効果」が掲げられておりますが、これはコストを無視してまで精緻な内部統制を構築することは要求されていないことを説明したものにすぎませんので、ここでの議論とは直接関係はないものと思います)

「何をいまさら・・・」と言われるかもしれませんが、これは会社法と金融商品取引法の内部統制の関係をどう捉えるか・・・によって、結論が異なってくる可能性のある大問題ではないかと思っています。会社法上の内部統制と金商法上の内部統制を一体的なものとしてとらえる立場であれば、たとえば会社法上の内部統制システムの基本方針のひとつとして、金商法が求める「財務報告内部統制の構築」を掲げますよね。つまり、金商法が求めている財務報告内部統制のレベル程度については、これは取締役らによってシステムを構築する義務が発生するということになりそうです。もちろん、「重要な欠陥」の判断については、将来の財務報告の信頼性に問題があるかどうかを報告するための概念であって、現時点における取締役らの善管注意義務違反の事実が存在することを示すものではありません。しかし「重要な欠陥」ありと評価(もしくは監査人による意見)された場合、それは早急に改善すべき重要な課題、ということでありますから、とりあえず取締役らはこの「重要な欠陥」に対処する必要がありそうです。つまり重要な欠陥に対して、これを放置していた場合には、やはり取締役らに対して善管注意義務違反が認められるケースも出てくるのではないでしょうか?

しかしながら、会社法上の内部統制システムの構築として考えた場合、そもそも会社法は取締役らに対して「できないことまでの責任は問えない」ことが大前提であります。つまり「重要な欠陥」を放置することが法的責任と結びつく可能性があるならば、そもそも「重要な欠陥」は取締役らにとって、履行可能であることが前提の概念としてとらえられるべきものでなければならず、結局、コスト的にも欠陥の是正が可能であることが不可欠の要件ではないか、と考えられます。また、取締役らにとっては、財務報告内部統制と同じくらいに別の法令遵守体制の構築についても重要であって、そのどちらを優先的に構築するかは、おそらく経営判断の問題ではないかと思われます。そういった優先順位についても当然に検討課題になってくるでしょうから、そもそも監査人から「重要な欠陥あり」と判断されるケースというものはあまりないのではないか、といった結論にもなりそうであります。(判断過程は私自身の推論でありますが、結論においてこのような見解をとっておられる著名な法律家の方もいらっしゃいます)

いっぽう、金商法と会社法の内部統制の整合的な理解にあまりこだわらず、金商法上の内部統制はあくまでも開示制度に関わるものにすぎない、と考えるのであれば、取締役らが「やろうと思えばできるかどうか」にかかわらず、そもそも上場企業としての財務報告の信頼性を確保できるだけの合理的保証が得られないシステム上の不備があれば、これを重要な欠陥として指摘してもかまわない、ということになりそうであります。金融庁の見解はこちらではないかと推測いたします。この考え方ですと、「重要な欠陥」が「早急に改善すべき重要な課題」としての意味であったとしても、それは取締役らの善管注意義務とは無関係に報告されたものにすぎませんから、「重要な欠陥あり」とする結果がたくさん出てもかまいませんし、コストの問題や、別の内部統制システムの構築義務との優先問題から、これを放置していたとしても取締役らの法的責任とは結びつかないものと思われます。(もちろん、放置することとの関係でありまして、たとえば重要な欠陥があると評価された場合には、それでも財務報告は真実性に問題がないことの説明義務を尽くす、という点においては善管注意義務が問題になることは当然であります)

業務の有効性、効率性を向上させるために、一生懸命現場で内部統制報告制度を運用しておられる皆様には、たいへん不謹慎な物言いになっているかもしれませんが、もし監査人が「重要な欠陥あり」と判断しているときに、「それはコスト的に問題ですよ」とか「ほかの内部統制システムの構築のほうが優先ですよ」と反論することで、「重要な欠陥はない」と評価する余地があるのかないのか、これは理屈のうえでも大きな違いですし、整備運用が遅れている企業の実務にも影響の出てくる問題ではないかと懸念しているところです。本日はかなり粗っぽい問題整理にすぎませんが、また改めて法律的な側面および会計的な側面から検討してみたいと思います。

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2008年7月14日 (月)

社外取締役の取締役会出席義務と説明責任

7月12日土曜日の日経新聞朝刊では、「『低出席率』の社外取締役 主要企業の一割に」という見出しで、取締役会への出席率が75%を割る社外取締役に対して議決権行使助言会社が厳しい目を向け始めている、といった内容の記事が掲載されておりました。ご承知のとおり、会社法施行規則124条4号にて、社外役員の場合には事業報告のなかで取締役会への出席状況や発言状況などが報告されることになっておりますので、上場企業の場合には社外役員(社外取締役、社外監査役)の取締役会への出席状況は開示の対象となります。日経500種採用銘柄の上場企業のうち400社を対象とした調査結果によりますと、約1割の企業において出席率75%未満の社外取締役の再任議案が上程されたようですが、大手議決権行使助言会社であるISS社およびJPG(日本プロクシーガバナンス社)は、こういった取締役は報酬に見合う責任を果たしていないとして再任に反対するよう呼びかけている、とのことであります。

たしかに、取締役については取締役会に出席することは基本的職務であり、善管注意義務を尽くす「第一歩」であることは否めないところでありまして、さらに社外役員の活動状況の開示を規定する会社法施行規則の趣旨は、(取締役会への出席状況等に関する)事業報告における開示によって、間接的に社外役員の職務の活性化を求めているわけでありますので、社外取締役が最も職務として期待されている取締役会への出席に積極的でないことについては、職務怠慢の疑惑をもたれることもいたしかたないところであります。ただ、私自身も社外役員としての前事業年度の出席率が78%だったことで、あまり偉そうなことは言えない立場ではございますが、(とくに社外取締役の場合)取締役会への出席率だけをもって「報酬に見合った職務を行っていない」とみることは大いに違和感を抱くところであります。出席率が厳格に審査されることとなりますと、社外役員候補者が限られてくるのではないかという懸念もありますし(企業にとっては誰でもいいから出席できそうな人、というわけにもいかないでしょうし)、また社外役員としては「取締役会議事録に異議をとどめる」方法以外にも、社外役員に期待されるようなガバナンス効果を発揮する場面は十分にあると考えられるからであります。

たとえば実質的な経営判断が形成される経営会議や常務会(もちろん長時間に及ぶケースも多い)などには参加される社外役員さんが、別日程の短時間で終了する取締役会には出席できないケースもあるでしょうし、重大な案件が持ち上がった場合に、会社側からの要請もしくは社外役員からの申出によって個別に代表取締役と交渉するケースも多いと思われます。また最近は、社外役員が買収防衛策やM&A処理案件などにおいて独立第三者委員を兼務したり、コンプライアンス委員会やリスクマネジメント委員会での委員を兼務する機会も増えており、株主共同利益の代弁者として、取締役会とは別途会社における会議体の構成員として執務する場面も増えております。本来ならば取締役会に出席して意見を述べることが最も重要な職務であるかもしれませんが、その実態をみるならば、社外役員としてはそれ以外の意思決定の機会に関与するほうがよっぽど重要と思われます。(あくまでも、これは実質的な経営活動の現場をみての意見であります)

このような実態からすると、私自身は社外役員の取締役会への出席率だけをもって再任に反対する、というのが少し短絡的にすぎないのではないかと考えますが、だからといって社外役員が取締役会への出席義務を軽視してもよい・・・とは思っておりません。むしろ、こういった議決権行使助言社会のような厳しい目があることを当然の前提としまして、たとえば出席率が75%未満の社外役員の方がいらっしゃる会社としましては、たとえ75%を割るような出席率であったとしても、当該社外役員の方がどのような形で経営意思決定に参画しているのか、きちんと事業報告で説明責任を果たすべきだと思います。会社法(施行規則)が、株主への開示事項を規定することによって間接的に社外役員の活発的な職務執行を促していることの意味は、各企業の置かれた環境のなかでの社外役員の活動を柔軟に説明することまでを含んでいるのではないでしょうか。日経の上記記事のなかで、ある食品会社は、二名の社外取締役がいずれも取締役会への出席率が50%未満であることについて「取締役会以外でも、助言をいただいており、問題はない」と回答されておられるようですが、その回答内容については私も賛同するものの、やはり「どういった場面でどのような活動をされているのか」、50%未満という出席率である以上は、きちんと説明責任は尽くすべきではないかと思います。

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2008年7月13日 (日)

ドラマ「監査法人」第5話と「反社会的勢力と共生する人たち」

第四話を見逃しているうちに、ジャパン監査法人は崩壊してしまい、元理事長は逮捕勾留されてしまったのですね。(茜さんは監査法人辞めてしまってるし・・・)このドラマも、最初の1話、2話あたりは「粉飾決算とこれに対応する監査手法」がメインテーマでしたので、素人ながらも「監査の世界」を知ることができて結構おもしろかったのですが、3話あたりから、どちらかといいますと「監査の現場周辺で発生する社会事象」のほうにドラマの視点が移ってきたようで、おそらく会計専門職の方々にしてみればツッコミどころが減ってしまったのではないでしょうか?

ただこの第5話を視聴しての印象でありますが、たしかに監査現場におけるツッコミどころは減ってしまったものの、我々弁護士からみても、たいへん深刻な「上場企業と反社会的勢力と共生する人たち」のお話がけっこう真剣に描かれていました。あえてツッコミを入れるとすれば、もし反社会的勢力が市場マネーに介入するのであれば、決して対象企業の社長に暴力をふるうようなことはないわけでして(そんなことをすれば当然に警察が動きますし、上場後の増資による利益獲得の機会もなくなって、自らのマーケットを減らしてしまうことになります)、ちょっと現実の反社会的勢力と市場マネーとの関係とは違うのではないかと思いました。

Yakuza001 そういえば昨年11月にNHKスペシャル「ヤクザマネー」が放映され、大きな話題となりましたが、先日このNHK取材班による詳細な記録が一冊の本として講談社から出版されました。2週間ほど前に拝読いたしましたが、今回のドラマで登場する新興企業(プレシャスドーナッツ社)は、飲食店のフランチャイザーとして飛躍的に伸びていた会社であることや、その売上高が50憶という点などからして、すでに倒産したゼクー社がモデルになっているのかもしれませんね。(加盟料の売上収益の認識時期が問題となっている点はNOVAあたりがモデルなのかもしれません)

新聞等では、よく「新興市場と反社会的勢力」、「反社会的勢力との関係を断絶する仕組みを要求する企業行動規範」など、市場と反社会的勢力とのつながりが問題とされますし、最近でもスルガコーポ社のように、反社会的勢力との関係が企業倒産につながる事例なども後をたたないようです。しかし、上記の「ヤクザマネー」を読む限りでは、反社会的勢力が市場の表舞台に登場するような場面はほとんどなく、市場と反社会的勢力との間にかならず「共生する人」が介在することがわかります。この共生する人たちは、もちろんカタギのビジネスマンであり、ヤクザとは徒弟関係にもなく、普通にビジネスとしておつきあいをしている方々であります。今回のプレシャスドーナッツの社長さんも、自らの上場にかける夢や崇高なビジネスとしての理想は追いつつも、どうしても「お金が必要」であるからこそ、てっとり早くヤクザマネーに支援を求めてしまったんでしょうね。また一般に「共生する人たち」は元証券会社社員や投資銀行の行員だったり、公認会計士さんだったりするわけで、こういった方々が表社会に登場して上場企業と密接な関係を持つわけですから、なかなか反社会的勢力であると第三者が断定することは困難を伴うこととなります。リスクマネーを扱う商売でありますので、こういったリスクを背負ってしまった証券マン、銀行マンなどの方が、借金返済などのために反社会的勢力の有力者と手を組む可能性はこれからも減ることはないでしょうし、ますます上場企業や取引所からすると「反社会的勢力」の断定は困難になっていくのではないでしょうか。蛇の目ミシン最高裁判決に代表されるような反社会的勢力のイメージは、会社を恫喝したり、総会で脅したり、雑誌を講読させたりするような「会社荒らし」の印象が先に立ちますが、現実の反社会的勢力の姿は、有能なベンチャー社長や財務コンサルタント、投資事業組合などを活用して、いわば資金支援に基づく収益獲得を目指している、ということになります。その収益獲得のために、「共生する人たち」を利用してカラ増資させたり、粉飾決算をさせて上場させたりすることになります。このような現実を目の当たりにしますと、今後ますます反社会的勢力による市場介入は問題が深刻化する可能性が高いものと思われます。

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2008年7月12日 (土)

契約リスクマネジメント(なぜ契約は守らなければならないのか)

ちょうど4年ほど前になりますが、企業買収案件における基本合意書に基づく独占交渉義務をめぐって、住友信託銀行と三菱東京UFJ銀行との間で、UFJ信託銀行の情報提供、交渉差止め仮処分事件が世間の大きな話題になっておりました。東京地裁は住友信託による差止めを認め、東京高裁および最高裁はこれを却下ならびに棄却して、最終的には本訴において、UFJ側から住友信託側へ25億円の解決金を支払うことで和解したことは皆様もご承知のとおりであります。あのとき、「独占交渉権」なるものは、裁判所を通して直接強制(不作為を命じる)ことができるものなのか、それとも損害賠償金さえ支払えば破棄してもいい程度の法的拘束力があるにすぎないのか・・・などと考えたりしておりました。(もちろん、担当の取締役が会社に対する善管注意義務に反してまで、独占交渉義務を履行しなければならないのか?・・・といった取引法とは別の考慮もありますが、それはひとまず置いておきます。)

たしかに、法的な観点から契約のリスクというものを考えさせられる裁判事例ではありますが、社外役員などを経験しておりますと、この取引法的な観点だけでなく、それ以外の事情も含めて経営判断を下す場面があるように感じております。理屈としては双方で事前に合意している違約金さえ払えば契約は自由に破棄したっていいのではないか、とも考えられますが、いったん破棄した以上、業界では「あの会社はウソツキだ。こっちが誠意をもって協力しても最後に寝返る可能性があるよ」という噂が広まることは当然のことでして、そうなりますと、取引業者は「良い話」があっても最後にしか持ち込んでこなくなってしまいます。つまり優良な情報に接する機会を失ってしまって、商売のうえで大きなリスクを抱え込んでしまうことになってしまうわけであります。逆にファッションホテルチェーン(最近は条例規制などでかなりリスクの大きな業界かもしれませんが)の顧問などをしていた頃の話でありますが、たとえば「あの会社はドケチだ。だけど現金持ってるから即決してくれる」という噂が流れますと、評判はよくないかもしれませんが、最良の物件が最も早く取引業者から届けられ、大きなビジネスチャンスに恵まれます。つまりリーガルリスクは、それだけでは経営判断を左右するものではなく、それ以外のさまざまなリスクも併せ検討されてはじめて生かされるものだといった認識をもっております。

このたび第一法規の法律雑誌「会社法AtoZ」7月号より、藤猪正敏氏による「経営者のための契約リスクマネジメント」の連載がスタートしました。(第一回は「事業経営と契約」)藤猪さんは多数の講演歴をお持ちですので、ご存じの方も多いかとは思いますが、長年松下電器産業(パナソニック)の国際法務部門に携わっておられた方で、40年近い法務リスクマネジメント実務の経験を有する第一人者であります。第一回の解説を拝読しましたが、「ビジネス上の契約は、文書化される前から始まっていること」や「契約に関する内部統制」、「子会社を介する契約の問題点」、「独占禁止法や安全保障輸出管理法上のリスクと契約問題」など、(本題は「経営者のため」とありますが)企業法務担当者の方々にもきわめて有益なお話が掲載されております。こういった契約リスクに関するお話の場合、我々弁護士が解説をさせていただきますと、どうしても「リーガルリスク(裁判になったら勝てるかどうか、負けないための予防のポイントなど)」に目がいってしまうのでありますが、この藤猪さんのご解説は、リーガルリスクとともに「経営判断」に重要なビジネスリスクにも配慮されているところが秀逸であります。私は何度か藤猪さんとお会いしたことがありますが、弁護士の「企業法務に関する仕事ぶり」についてはとても「辛口」のご意見をお持ちでして(^^;、その分、いつもたいへん貴重なご意見を伺うのでありますが、文章もなるほど期待どおりであります。「契約を守る」ということを、単に裁判の勝敗という点からみたり、精神論的な「企業倫理」という点からみるだけでなく、もっと具体的な「商売上のリスク」という点から考える良い機会となりました。

最近よく役員セミナーなどさせていただく前に、法務や総務担当の方から、その会社の「リスクマップ」を見せていただくことが多くなりましたが(もちろんマル秘資料)、あの縦軸、横軸で仕切られたグラフのなかで、どうしてこのリスクがここに位置しているんだろうか?と思い悩むこともありますが、あのようなリスクマップを作成(修正)する一助にもなるかもしれません。弁護士による「契約実務」の解説とは一味違う切り口ですので、ご関心のある法務担当者の方々へご一読をお勧めいたします。私も今後の連載を楽しみにしております。(なお、NBLでも「法務部門・法務担当者の現在、そして明日」という覆面座談会が3回シリーズで始まりましたが、こっちもなかなかおもしろいですね。また別の機会に私自身の意見なども書かせていただこうかと思っております)

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2008年7月11日 (金)

食品偽装事件にみる企業コンプライアンスとは?(その1)

6月27日付けのエントリー「食品偽装事件と企業の公表義務違反」をご覧になったAさん(仮名)よりご意見を頂戴しました。農水省による立ち入り検査の実態に関する当ブログの記述にかなり誤りがあるとのことで、最近のうなぎ偽装問題を含め、メールをいただいたAさんと、とりあえず面談のうえ(やはり直接お会いしてお聞きしなければブログにも書けませんので)、詳細をうかがってまいりました。ちなみにAさんの勤務する企業(上場企業ではありません)もうなぎ偽装同様、農水省より立ち入り調査を受け、新聞報道もされました。Aさんは担当者として、農水省とすべての対応をされた責任者であります。(当ブログが実名ブログとして『まじめに』食品偽装問題をとりあげている、ということで協力してもらえることになりました。どうもありがとうございます)以下は、今後の当局による調査や、AさんおよびAさんの勤務する企業にご迷惑のかからない範囲で、インタビューの一部を紹介いたします。(なお、当ブログは当局およびAさんの企業に対する何らの意図もなく、今後の商品偽装問題に対する企業コンプライアンスのあり方を研究する趣旨で公開し、皆様のご意見をうかがうものでありますので念のため申し添えいたします)

1 報道されない偽装事件の数について

先生は、6月27日のエントリーで、立入調査があった事件でも報道されないものがけっこう多いのではないか、と書いておられますが、それはありません。違反が確認されたものは、すべて公表され報道されています。違反企業が反省していようが、いまいが見せしめの目的もあってか公表しています。

ただ、どういった事情がわかりませんが、違反事実が確認される前に調査が終了してしまうことがあります。この場合にはもちろん公表はされません。なお、調査についてはそんなに簡単に終了するわけではありません。事案によっては2年以上かかる場合もあります。おそらくこれは執念だと思います。また、今年4月以降は、かならずといっていいほど農水省は警察に通報するようにしているようです。

報道されない可能性については、意外でした。私は相当数の「厳重注意」で終了しているものがあるのでは?と推測しておりましたので、違反が確認された事例では必ず公表される・・・ということで驚いております。同時並行して調査を行う数がそれほど多くない、ということなんでしょうか。(端緒はものすごい数だと思いますが)違反事実が確認される前に調査が終了するケースもあるようですが、確認のための証拠収集不足、ということであれば、それほど簡単には終了しないようであります。「2年以上も調査を継続している」ケースもあるようでして、おそらくこういった事例は多方面から情報が農水省に集まってくるのでしょうね。また最後の「警察との連携」ですが、これは業者間取引についてもJAS法違反が問われるようになったことと、その違反事実について警察管轄である不正競争防止法違反が問題となるケースが増えていることに関係があるんじゃないでしょうか。

2 今回のうなぎ偽装問題に関して

私が知っている限り、農水省が午前10時に、しかも記者会見で発表するというのはきわめて異例です。普通は休日前の午後3時過ぎに、ポスト投函の方法で公表します。さらに調査終了から公表まで時間的に短いうえに、公表前に警察へ連絡をされていたようです。おそらく、これは事案があまりにも悪質であったことと、昨年秋の福岡で起きた偽装で取り逃した相手であったことによるものだと思います。したがって、調査は相当長期間にわたって水面下で継続していたものだと思います。

これはAさんの推測も含まれた会話の一部ですが、私がリスクコンサルタントの方からお聞きしている内容ともほぼ一致しておりますので、あえて掲載いたしました。本当はもう少し詳しい具体的な内容も聞いておりますが、関係者の方々への配慮として、この程度にとどめておきます。こういった話から推測するに、「調査が終了した」⇒「自主公表すべきか?」なる公式はあまりにも短絡的のようであります。実際のところ、企業にとって農水省の調査が終了したのかどうかはわからず、そもそも「疑惑情報」は悪質なものほど次から次へと農水省に届くわけですから、新たな証拠が見つかった場合には、ふたたび調査が再開される、ということなんでしょうね。Aさんのお話をお聞きしての印象でありますが、「立ち入り調査があった場合には」というよりも、内部告発や、消費者情報の存在が企業に判明した場合には、かなり高い確率で「食品偽装はばれる」と考えておくほうが妥当ではないかと思われます。

3 公表までの空白期間に関して

これも、先生の指摘には誤りがあります。農水省のチェックは担当役員や営業担当者へのヒアリングと、それに関する書類提出(コピーの任意提出)に関するものです。当社としては、商品を特定したうえで過去3年間にわたって、表示ミスがなかったかどうかを念入りにチェックしました。おそらく「空白期間」が発生するようにみえるのは、自主チェックに要する時間、それに基づき農水省がプレスのための書面を作成する期間、農水省の他の事件発表との調整などによるものであり、このような事情からみて、公表までの期間は短くなるときもあれば長くなるときもある、というものです。とくに1か月から2か月を空ける、という理由はありません。

これも私自身の拙い経験を一般化してしまったようです。(これは訂正をいたします)強制権限のない調査であるがゆえに、農水省側としても被対象企業側の任意の協力は不可欠だと思われます。そうしますと、過去の不祥事がなかったかどうかを企業側に調査させることになるわけで、これに真摯に対応するとなると、その自主的な調査の期間が必要になってくるわけであります。これであれば「空白の時間」ではないですね。また、お話では農水省の発表資料の作成には相当の時間を要するようであり、これにも時間がかかるとのこと。霞が関と地方事務局との間で、確認事実に関する綿密な打ち合わせがあるのかもしれません。(以下、不定期ではありますが「その2」につづく)

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2008年7月10日 (木)

コーポレートガバナンスと内部統制と経営者確認書の関係(再考)

Kore_naibu001 当ブログとしては、この新刊書の論評は避けては通れないわけでして(笑)、7月上旬発売ということですから、すでに読了された方もいらっしゃるかもしれません。昨年、上村早大教授と金児昭氏による「株式会社はどこへ行くのか」がビジネス書としては大ヒットしましたが、体裁はよく似ておりまして、内部統制報告制度の現状を憂うる木村剛氏が内部統制報告制度に関する誤解を問題提起し、八田進二教授がこれに答える、というものであります。 「これが内部統制だ!」(DMD JAPAN 八田進二、木村剛 著 1890円税込)

ご覧のとおりの「帯書き」を見た瞬間、「うーーん、なんだかなぁぁ・・・。ちょっと『統合的枠組み』の頃とはだいぶ変わってしまったのかもなぁ・・・。余計『もやもや』してくるんとちゃうかなぁ・・・・」などと多少引き気味になりましたが、内容は相当に充実したものでありました。(この黒い帯はむしろ無いほうがいいかもしれませんね・・笑)たとえば「内部統制の考え方と実務」(日本経済新聞社)シリーズでは、意見書や基準、実施基準の全般的解説という趣旨が強く、八田教授の色が薄かったわけですが、今回の「これが内部統制だ!」では、木村氏の後押しもあって相当に独自色が出ているものと感じました。つまり独自色が出ているということは、意見書、基準、実施基準を誰がどう読むべきか、金融庁の11の誤解やQ&Aシリーズをどう理解するのか、そしてこれから内部統制報告制度がどのような方向へ進んでいくのか、といったことへの示唆が豊富に含まれていることを意味しております。

ただよく考えてみますと、私自身にこの本を論評できるほどの力量がございませんので、以下は単なる読後感想文としてお読みいただければ結構です。私も内部統制関連の書籍はいろいろと読ませていただきましたが、いまでもときどき読み返すのは金融庁企業開示課の方々が共同執筆されている「総合解説内部統制報告制度」と新日本有限責任監査法人の森本親治氏が執筆された「内部統制の落とし穴」の二冊でして、なかでも「総合解説・・・」のほうでは、内部統制報告制度の導入は、(ディスクロージャー制度の要素である)開示・会計・監査に加えて、ガバナンスが適正なディスクロージャーを支える第四の要素として確立しつつあることを如実に示している、といった解説に興味を持っておりました。興味を抱いていたものの、よく理解できず「どうして内部統制報告制度がコーポレートガバナンスと関係あるのだろうか?」といった疑問を持ち続けておりましたが、「これが内部統制だ!」の後半部分(合理的な保証とプロセスを理解する)における木村氏と八田氏の「掛け合い」を読んで、なるほど、すくなくともこの方々や金融庁が考えている「コーポレートガバナンス」の中身と、その内部統制報告制度(具体的には「内部統制の限界論」)との関連性について、ようやく理解することができたように思います。(もちろん、コーポレートガバナンスの概念は一義的ではないために、その概念の捉え方に全面的に賛同するというものではありませんが)また、そこが理解できますと、内部統制報告制度における監査役制度への「期待度」もほぼ理解できることになり、また「プロセス」を評価することの意味が理解できると、経営者確認書がプロセスを評価する制度が誕生したがゆえに初めて法定化されうるものであることが理解できるようになります。

開示ルール、会計基準、監査証明制度いずれをとっても、これまでは財務情報の適正性を確保するために「外から付与されたもの」によって担保されてきたものでありますが、内部統制報告制度で初めて経営者自身の責任行動(評価)が法定化され、その全体についての権限、責任、義務は経営者が負うものであることから(プロセスの保証)、有価証券報告書に対する「確認書」は経営者に提出が義務化されても文句は言えないのが道理であります。また、経営者が表明している自社のコーポレートガバナンスがしっかりしているのであれば、万が一「虚偽の報告」を経営者が行っている場合でも(ガバナンスの機能によって)経営者交代が容易に発生するということとなり、ディスクロージャー制度がいっそう健全に確立する・・・といったことがいえるのではないかと思われます。企業開示制度においては、内部統制報告制度とコーポレートガバナンスの適正な開示がいわば補完関係にある、と捉えてもいいのかもしれません。

内部統制報告制度を支えるのは現場担当者と外部監査人、内部監査人、そしてコンサルタントだけである・・・といった考え方に立てば、この本はそれほど効果的な示唆を与えるものではないのかもしれません。(あくまでも感想です)また、内部統制報告制度における「監査」と四半期報告制度における「証明」(レビュー)の区別など、監査論を理解していないと少し頭が混乱しそうなところもありました。しかし、上記の方々に加えて代表者、取締役、監査役、そしてプロセスを回す一般社員も内部統制報告制度を支える人である、ということを素直に認めるのであれば、その支える方々にも、ぜひともご一読いただきたい一冊であります。

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2008年7月 9日 (水)

CFE研究会立ち上げのお知らせ

私の業務分野のなかで、ブログではあまり紹介できないのが内部通報ほか、不正検査業務でありますが、関西在住のCFE(公認不正検査士)資格保有者の方々へお知らせがございます。ACFE JAPANでは、このたびCPE(継続的専門教育)の一環としまして、研究会制度をとりいれましたが、関西でもCFE資格者のための研究会を立ち上げることとなりましたので、以下のとおり広報させていただきます。(またときどき同じものをアップするかもしれません)

関西不正検査研究会開催のお知らせ

日本における内部統制報告制度への関心が高まるとともに、公認不正検査士(CFE)資格保有者数は飛躍的に伸びております。そもそもCFEの主たる活躍の場は不正会計や粉飾決算の疑いがある場合に、どこに不正があるのかを推測し、不正調査を行い、その証拠を収集するところにあります。まさに企業会計と法執行の知識経験が必要な場面が想定されます。米国内務省も、この6月20日、人材採用、昇進のための資格としてCFEを初めて認定しています。

ところで、CFEの資格を取得した者は、そのスキルを磨くための継続的な研修が不可欠であり、また現実問題としても資格保有者は毎年20単位の研修ポイントを取得して米国本部へ申告しなければなりません。ただ、毎年の継続研修において10単位の修得が必須とされている「不正検査」の分野については、東京在住の方でしたら本部研修を受講することによって履修可能ですが、地方在住のCFEは受講の機会も少なく、「どのような方法で10単位(ポイント)を取得すべきか」悩んでおられる方も多いようです。

そこで、関西在住のCFE資格保有者の方を対象として、このたび3名の発起人のもと、新たに「関西不正検査研究会」を発足させ、不正検査分野におけるスキルアップをはかり、継続研修ポイントを取得できる機会を設けることといたしました。(なお、当研究会は、ACFE JAPAN研究会運営規程に基づく研究会設立をACFEに対して申請し、7月8日付けで受理されております。)

1研究会名 「関西不正検査研究会」

2発起人 山口利昭(研究会代表 山口利昭法律事務所)、塩尻明夫(塩尻公認会計士事務所)、U氏(某企業 監査室)いずれもCFE。

3研究会開催場所等 U氏勤務会社本社会議室(淀屋橋近辺)

開催回数5回(第1回は8月26日、第2回は9月22日、第3回は10月27日 いずれも午後6時半から8時半まで。第4回、第5回は11月下旬、12月下旬を予定)

5参加資格 関西在住のCFE資格をお持ちの方、もしくは法人会員である企業の役職員の方

6参加費 原則として無料ですが、外部講師招聘の場合もしくは有料の会議室利用の場合は実費をご負担願います。

7参加条件 事前に「守秘義務に関する誓約書」を提出していただきます。

8その他 途中からの参加も可能です。ただし研修ポイント取得に関するACFE本部におけるCPE取得に関する規程に定められた参加方法に従っていただくことになりますのでご留意ください。

参加ご希望の方は、toshi@lawyers.jp までメールにてお申し込みください。

研究会の名前が「関西不正検査研究会」といったベタな名前ですが、他にいいのが思い浮かびませんでした。士業の方でも、企業担当者の方でも歓迎です。U氏も10名以上の内部監査スタッフが在籍する某企業の方で、CIAも保有されている方ですので、内部監査担当者や監査役の方などにも有益ではないかと思います。とりあえず2時間×5回=10ポイントの取得を目標としております。発表者は3回目までは発起人がそれぞれ1回ずつ担当する予定です。

アクセス解析によりますと、当ブログをご覧の方は関東の方が8割以上を占めておりますので、本日は関西ローカルなお知らせで恐縮です。どうか積極的なご参加をお待ちしております。

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2008年7月 7日 (月)

日本内部統制研究学会(年次大会)のご報告

7月5日、青山学院大学におきまして日本内部統制研究学会の年次大会が開催されました。当初は学会員を中心とした大会であるために100名程度の参加者と予想されておりましたが、非会員の方の参加も多く、急きょ開催教室が変更され、300名程度の方が大会に参加されました。そもそも私は日本私法学会にも参加した経験がなく、いきなりアウェー(しかも東京!)の会計系の学会で論壇に立つ、という暴挙に出たために、当然のごとく会計学会の大御所の大先生に鋭いご批判、ご質問を頂戴いたしました。(どうもありがとうございました。なお学会の様子は後日学会のHPに詳細に広報されるそうですので、そのときにでも、おわかりいただけると思います。※ 小冊子も作成される予定かもしれません・・・ちょっと記憶が定かではありませんが)しかし日本の内部統制報告制度の方向性を決定付けるような学会の場におきまして、持論を主張させていただく機会に恵まれましたこと、たいへんありがたく思っております。もしまた発言させていただく機会がございましたら、もうすこし内部統制報告制度の学術的意義を学びなおし、またもうすこし「お行儀」よくしますので(笑)、よろしくお願いいたします。ちなみに懇親会の席上では、「あの先生から突っ込まれたということは、あなたも少しは有名人になったということ」とか「自分が言いたいことを言うのが学会ですよ。実務家と学者では意見が違ってあたりまえ」とか「金融庁のNさんだってツッコまれてたじゃない」と元気付けていただきました。(でも、もう関西弁丸出しの講演はやめときます。。。)

ところで肝心の学会の中身でありますが、詳細は学会からの正式レポートに譲るとしまして、いくつかポイントのみ紹介させていただきます。まずひとつめは、中小上場企業における財務報告の信頼性を確保するための体制作りについて極めて深刻な問題が出ていることであります。これは単に「準備の遅れ」というものではなく、「内部統制報告制度そのものへの理解不足や、開示制度の整備に対する認識の甘さ」といったものであり、「早急な準備の必要性」といった甘い指摘では済まされない状況にある、といったものであります。とりわけ、コーポレートガバナンス報告書に開示すべき情報について、虚偽記載とも思われるような事態が発生している中小上場企業の現実が報告されますと、当ブログでもときどきコメントをいただいている「ともさん」から東証の土本さんに対して厳しい質問が飛んでおりました。私自身も、「中小上場企業の現状レポート」の内容につきましては、大変ショックを受けました。

ふたつめは、現在米国のCOSOでも議論されている(現在意見公募中)とおり、「モニタリング」の充実ということへの関心であります。日本の制度でいえば、内部監査人、監査役、社外取締役等を含む取締役会による監視、といったところでしょうか。日本においてもアメリカにおいてもコストがかかることへの修正は、どうしてもモニタリング部門の状況改善によってはかることが効果的ではないかと考えるのが自然でしょうし、会計専門職の方々がお持ちの知見が、社内のモニタリング部門へ浸透していくことがおおいに期待されているのではないかと思います。そもそもこれまで「経営者評価の基準」などなかったわけでして、今回初めて経営者が内部統制評価を身につける必要性に迫られることになりますので、このモニタリング部門への関心の高まりは自然の流れかと思われます。

そして三つめは、今後の金融庁の方針であります。先日の「内部統制報告制度Q&A追加版」を私は「完結編」と申し上げましたが、これは訂正させていただきます。まだこれからも決算財務報告プロセスなどを中心としたQ&Aの追加が予定されているようですので、御留意ください。また、これは当初からも公表されていたところですが、すでに施行されている内部統制報告制度の運用状況などから、修正すべき点があれば適宜「実施基準」などの見直しも検討されるそうですので、あまりQ&Aの内容についても硬直的に考えず、あくまでも具体例にすぎない程度にお考えになったほうがよろしいのではないかと思っております。(なお、すでに金融庁には個人団体等から240ほどの質問が寄せられている、とのことであります)

その他個人的な印象でありますが、この制度の運用にあたって、はたして「重要な欠陥」を報告する企業もしくは「重要な欠陥」を不適正意見のなかで表明する監査法人の数がどれほどに上るのか、今回の学会に参加しても未だ見えてきませんでした。絶対のモノサシがない以上は、「どれほどの企業が重要な欠陥ありとされるのか」、企業や監査法人の考え方によって大きく変わるのが現実ではないでしょうか。本来、「重要な欠陥」というものが非常に曖昧な判断基準によるものである以上は、重要な欠陥が表明された企業の具体例を蓄積するなかで決まっていくはずのものでありますが、その具体例がどこまで日本で蓄積されるのか・・・、このあたりはまだ私は懐疑的であります。また、私自身の基調報告でも述べましたが、もし重要な欠陥が指摘されうる状況があるとすれば、それは監査人がもっとも判断において自信を持っている「財務決算報告プロセス」に集中するのではないかと思っております。今回学会で公表されました「重要な欠陥」に関するアンケート結果をみましても、連結財務諸表作成プロセスに関するマニュアルの不十分性や、財務諸表に関する重要な修正、ITシステムに発生した障害への適時対応の困難性などにおいて、実施基準策定者側と現場担当者側とで、かなり大きな認識の隔たりが認められましたので、実質的な「結果責任」を問われる可能性にご注意いただいたほうがよろしいのではないでしょうか。また、このアンケート結果につきましても、正確なところが後日、学会のHPより公表(小冊子にて公表?)される予定のようですので、ご確認ください。

なお、来年の日本内部統制研究学会の年次大会は関西で開催されます(甲南大学)。来年は地元関西ということもあり(笑)、私はひとりの学会員として会場からツッコミを入れさせていただこうかと、今から楽しみにしております。

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2008年7月 6日 (日)

ドラマ「監査法人」見逃しました・・・お詫び

土曜の深夜になぜこのようにアクセスが伸びているのか?・・・・・、すいません、NHKドラマ「監査法人」第四話ですが、ビデオ収録できておらず、視聴困難な状況になってしまいました。ツッコミを期待して閲覧に来られた方、まことに申し訳ありません。本日は学会(日本内部統制研究学会)での基調講演とパネリスト出演で、さきほど東京から帰ってまいりました。J-SOX専担内部監査人さんのコメントにあるように、実にいろんなことがあって楽しかったですよ。また日曜日の夜にでも報告等させていただきますので、とりあえず、ドラマの感想文は一回お休みということで。(7月6日は公認会計士の日ということで、公認会計士制度60周年の日経一面広告、拝見しました。)

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2008年7月 4日 (金)

金融庁ダブルスタンダードの憂鬱(やっぱりこの課長さんはスゴイなぁ・・(^^; )

NHKドラマ「監査法人」で描かれている財政監督庁は、日本の将来の金融行政を見つめながら、社会正義の実現のために邁進する公務員の姿が印象的です。2008年、現実の金融庁はベターレギュレーションとして、民間企業が法令に基づき、みずから妥当を思われる仕事をすることを推進し、内部統制報告制度Q&Aなど「対話の精神」をもって民間企業と向き合う姿勢を強めているようです。ただ、このベターレギュレーションに対して、どれだけ民間企業は対応しきれているのでしょうか。金融庁は先日の野村證券インサイダー取引事件について、法人には明らかな法令違反は認められないものの、再発を防止すべき内部管理体制を確立するよう業務改善命令を出したようであります(ニュースはこちらです)。最初の事件報道の際、「法人の活力を維持しつつ、これ以上のインサイダー防止策はあるのだろうか」と疑問を抱きましたが、こういった業務改善命令が出された現時点においても、企業の活力とコンプライアンスの調和点をどこに求めるべきなのか、正直未だ十分理解できていないところです。

さて、以前のエントリーにて、金融庁総務企画局企画課長でいらっしゃる大森泰人氏の新刊書をご紹介いたしましたが、旬刊金融法務事情の最新号(1839号)のコラム(オピニオン)におきまして、大森課長さんが、またまた民間企業(おもに金融機関)の方々を勇気づけるような小稿を執筆されておられます。期待どおり、実におもしろい。タイトルも「金融検査-ダブルスタンダードの憂鬱」(いいなぁ・・・・・、文章全体の趣旨を壊さない範囲で、少しだけ引用させていただくと)

(冒頭)金融庁の幹部が、業界との意見交換の場で、みなさんの自主性を活かしたベターレギュレーションとか、対話の促進とかいったところで、聞いているほうは醒めている。「あんたはともかく、ウチに来る検査官はそうじゃない」と思っているからだ。

(中略)・・・・・

私も歳をとり、役所では個室を与えられているが、現場感覚から乖離しないよう、しばしば喫煙所に行って職員の会話に耳を傾ける。若手検査官からは、「机叩いてでかい声出したら、ハケ(破たん懸念先)に落ちたぜ」なんて聞こえてくると、「やれやれ、猿にマシンガン持たせて野に放ってるようなもんだな」とぼやきたくもなる。

要は金融行政は時代の変化に対応して過不足ない仕事をすることが必要だが、この過不足なく、というのは並大抵ではない知識とセンスが必要ということをおっしゃており、ダブルスタンダードと受け取られる世界が形成されているのは、金融庁側の構造的な問題もある。しかし、民間企業も金融庁と真正面から対峙する姿勢がなければ、金融検査のレベルもセンスも高まらない、というものであります。

しかし、この「真正面から対峙する」という表現も、まさか「真っ向からケンカをふっかける」という意味ではないのでしょうね。一方的に金融庁の指針を期待するのではなく、法令遵守の意味を自社なりに検討する姿勢をみせる・・・といったところでしょうか。しかし金融商品取引法51条のように、明確な法令違反行為がない場合でも、公益や投資家保護のためであれば、その内部管理体制に着目して金融商品取引業者に対して業務改善命令を出せるとなりますと、企業側で検討すべき法令遵守の意味も広く解釈せざるをえないようにも思います。つまり金融庁と対話をするのも、並大抵の知識とセンスでは渡り合えないような気もします。こういった金融庁との「対話ができる人」こそ、昨今その構想が話題にあがっている「金融サービス士」の資格者だったりするのかもしれません。

(4日午後 追記)

最近すっかりファイナンスレギュラトリー(業法規制)の分野でご活躍の行方先生よりコメントをいただきました。コメントと合わせて、行方先生のブログでも関連の話題が更新されているようですので、ご一読されることをお勧めいたします。7月2日の時点で、この話題が出ていたのですね・・・・・存じ上げませんでした。

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2008年7月 2日 (水)

J-SOX本番実施に向けての残された課題

(もうすでに実施されているので、「実施に向けての」というのはタイトルとしては少し変かもしれませんが)今年4月に開催されました監査役全国会議の全体会シンポジウム「財務報告内部統制の評価と監査」の講演録が月刊監査役7月号に掲載されており、新日鉄社の内部統制報告制度への対応が詳細に紹介されております。経営者確認書のレベルをどう上げるか、という点からスタートして、管理部門のスリム化や世代交代における知識伝承を内部統制整備の意義と捉え、連結320社のうち、全社統制がしっかりしていることを前提として、決算財務報告プロセス、業務プロセスの整備運用評価は、15社に絞る。平成19年度にしっかりとしたドライランをされているので、本番実施に向けて残された課題が明確に示されています。日本を代表する大企業であるがゆえに、きわめて複雑かつ難解な課題が残っているのかと思いましたが、一般の上場企業でも当然に課題とされるような非常にシンプルな課題であります。

その残された課題のひとつが「限られた監査の時間で、監査人は具体的にどのようなタイミングで何を見るのかが、まだ十分に詰め切れておりません。」・・・・・これだけ優秀なスタッフを擁する企業においても、またしっかりとした試運転をされていても、やはり内部統制監査に関する不安がまず第一にあげられるのですね。そして課題のもうひとつが内部統制に不備があった場合の影響額の算定方法だそうであります。税引前利益5%基準があるが、具体的にはどのように計算するのか、かならずあるはずのものが欠落していれば分かりやすいのだが、数字で表しきれない部分に問題が発生した場合、あるいは影響額をどのように計算するのか等については未だ十分に議論ができていないのが現状、とのことであります。たしかに、一般に公正妥当と認められる内部統制評価の基準とは抽象的に言えますが、これまで内部統制評価などしたことがない経営者側としては、不備が重要な欠陥に該当するかどうかの大きなメルクマールとなる上記算定方法については具体的な場面で混乱が生じる可能性は十分ありそうですよね。

現状では監査人とは別に、監査法人系の内部統制コンサルタントさんに指導を受けておられる企業も多いとは思いますが、「いったい監査人が何をみるのか」は不明な点が多いとしても、「わが社の場合、重要な欠陥に該当するかどうかの算定方法は具体的にはどうすればいいのか」といった点については、どこの企業においても明らかにしておく必要性は高いのではないでしょうか。(もちろんリスク評価がはっきりとしなければ算定方法も具体化しないのではありますが。)

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2008年7月 1日 (火)

内部統制報告制度Q&A第60問について考える

「まるちゃんの情報セキュリティきまぐれ日記」の丸山満彦先生のブログにおきまして、丸山先生が内部統制報告制度Q&A(追加版)第60問回答へのコメントを関西弁でお書きになっておられます。「結局、内部統制の不備を3つに分けとるやんけ」

米国では内部統制の欠陥の区分として「重大な欠陥」「重大な不備」「軽微な不備」に分けて報告することになっておりますが、日本の内部統制報告制度では内部統制の不備の区分としては「重要な欠陥」と「不備」の二区分とされております。(対象企業の負担を軽減するため、と解説されているのは皆様ご承知のとおりです。)しかし、当局によります上記Q&A60問の回答内容を読みますと、「積極的に監査人が発見すべき重要な欠陥」、「もし発見した場合には関係当事者に報告を要する不備」、「報告すら要しない不備」と区別することになるために、結局日本でも不備は三つに区別されることになるのであって、基本説明とは矛盾しているではないか?といった基本的かつ重要な疑問が呈されております。(詳細は丸山先生のブログをご参照ください)なるほど、たしかにそのように読めますし、矛盾を来しているようにも考えられます。

私は6月25日のエントリー「内部統制報告制度Q&A(完全版)をどう整理するか」のなかで、全67問を論点ごとに表に整理いたしましたが、そのなかでこの第60問は「法律学と会計監査論」の論点に含まれるものとして整理いたしました。つまり、この60問は法律家と会計専門職との間で理解が分かれる可能性があり、法律家の立場からすれば、会計士さんや会計学者の方の考え方に耳を傾けないと相互理解が得られない問題ではないか、と考えております。私の理解としましては、内部統制の有効性判断基準を提供する、という実益のために「重要な欠陥」と「不備」との区別は不可欠、また監査人の報告必要性の判断基準を提供するという実益および集計することによって「重要な欠陥」と総合評価する単元と判断する実益のために「不備」と「そこまで至らない不備」との区別は不可欠、しかし「そこまで至らない不備」と「不備なし」とは何ら区別する実益はないわけですから、「そこまで至らない不備」も「不備なし」と同等に評価してもよいのではないでしょうか。こう考えますと、結局のところ日本の場合は不備を二つに区分する、といった前提となんら矛盾はないことになります。

刑法総論の分野で、「可罰的違法性」なる概念は法律家であれば皆、常識として理解しています。形式的には違法性ある犯罪行為でも、「刑罰」といった国家権力をもって処罰するに値するものでなければ、刑法の世界では違法性は認められず、犯罪は成立しないのであります。(つまり無罪であります)これに近い考え方として、「重要な欠陥」にしても「不備」にしても、おそらく各企業の財務報告の信頼性を損なうような重要な虚偽表示リスクとの関係で相対的に判断される「評価」がつきまとう概念でありますから、当然に価値判断を必要とするものであります。そうであるならば、「報告の必要性すらないような「影響が非常に僅少な不備」は、そもそも「不備なし」と同様に評価すれば足りる、と考えることにあまり躊躇を感じないところであります。なお、この60問の質問と回答を精読しますと、質問者は「軽微な不備も監査人は報告を要するか」と質問しているのに対し、回答者は、わざと「軽微な不備」なる用語を避けて、「影響が僅少な不備は報告を要しない」として微妙に質問への回答をすりかえているようであります。つまり、軽微な不備であっても、それが「重要な欠陥」と判断するために集計するに値するほどの影響力がある場合には「不備」として扱い、これと対比される「影響が僅少な不備」については、そもそも不備として扱う意味がないことを示しているものと考えられます。

内部統制の不備とは、「単独もしくは複数合わさって、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準及び財務報告を規制する法令に準拠して、取引を記録、処理及び報告することを阻害し、結果として重要な欠陥となる可能性がある」ものを指していることから(実施基準Ⅱ、1、②、イ)、「不備」を抽出する作業効率の面からいっても、上記のような理解も可能かと考えております。監査人の立場からすれば、「報告すべき不備を抽出し、整理する作業」は煩雑でしょうから、その範囲を限定することでJ-SOXに関わる関係当事者の負担を軽減するものであり、むしろこの第60問はそういった「報告に値しない不備」なる概念を会社側が恣意的に利用することを回避するために「たとえば、必要に応じて経営者と監査人で協議の上、一定の基準値を定め、この基準値を下回るような影響が僅少な不備については報告の対象としないといったことも考えられる」として、経営者の恣意的な判断を防止することを工夫することに意味があるものと理解をいたしました。会計監査の立場からのご意見や、私の意見書の読み込み不足などがありましたら、またご教示いただければ幸いです。

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