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2008年7月23日 (水)

「重要な欠陥」の判断はコストによって影響を受けるのか?(その3)

先週(その2)でご紹介しました財団法人日本証券経済研究所(金融商品取引法研究会)冊子(開示制度Ⅱ)における討議資料や、これまでの皆様方のご意見などを検討させていただきましたが、私自身としましては、まず内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX)における「重要な欠陥」と会社法上の善管注意義務の関係については以下のとおり整理するのが妥当ではないかと思います。(あくまでも一部の法律家の視点によるものであります)

1 これまで議論されてきたような同質説、異質説の比較検討からは問題は解決されない。

会社法が制定された時期において、金融商品取引法上の内部統制システムなる概念はまったく予想されていなかったのでありますので、やはり会社法上の内部統制と金商法上のそれとは、まったく同一のものとして扱うことはできないと思われます。しかし、だからといって「重要な欠陥」を放置してもいいとは言えないのであり、そこには「是正しなければならない」といった規範的な意識の面において重なる部分もありそうです。ただ、会社法と金商法とでは同じように「内部統制システム構築の必要性あり」といえども、その規律の仕方が(法制度上)異なっているのでありますから、開示制度上の概念である「重要な欠陥」と行為規範(取締役の自由保障機能)上の概念である取締役の善管注意義務違反とをリンクさせることはおよそ適切ではないと考えられます。ここは、善管注意義務違反=「法令違反」行為、と捉えても、金商法上「重要な欠陥」があること自体が上場企業における法令違反行為とはならないわけですので、ほぼ異論のないところだと思います。

2 重要な欠陥を放置した場合の責任論

「重要な欠陥」があるとされ、(その結果として)内部統制が有効と評価できない場合、そのこと自体によって取締役の責任が発生するわけではありませんが、もしその評価対象となる「重要な欠陥」に対して、取締役がなんらの対応もとらないで放置した場合、そこに何らかの法的責任は発生しないのでしょうか。整備内容に重要な欠陥がある場合や、整備されたシステムの運用面において重要な欠陥がある場合など、その欠陥の中身がさまざまだと思いますが、原則としては「開示制度のもつ広い意味でのコーポレートガバナンス」によって対処されるべき問題ではないかと考えます。つまり、金商法上で「重要な欠陥」があると開示すれば、取締役はこれをなんとか是正することで株主の信頼を得るか、もしくは重要な欠陥があることを認めつつも、開示された財務情報の信用性が十分であることを「合理的に説明すること」によって株主の信頼を得ることが期待されるのでありまして、これがまさに開示制度のなかで期待されるガバナンス効果ではないでしょうか。ただ、重要な欠陥を放置することによって会社の信用が毀損されることを回避することはおそらく取締役の会社に対する善管注意義務に含まれることだと思いますので、おそらく重要な欠陥と評価された状況を放置することや、重要な欠陥があっても財務報告の信頼性に欠けていないことを説明する義務を怠ったような場合には、やはり善管注意義務違反の事態を想定することは可能になってくると思います。ただし、この善管注意義務違反の有無を判断する具体的な場面において、はじめてコストや優先順位など、経営判断による裁量の議論がなされるのではないでしょうか。

3 総括(まとめ)

このように考えますと、結局のところ「重要な欠陥」の判断には原則としてコスト(費用対効果)の議論を持ち込むべきではない、と結論付けることができるように思います。ただ、実際に善管注意義務違反が問題となる個々の場面において、その判断資料のひとつとして「コスト問題」が議論されることはありうると考えます。これが現時点におきまして、私見として到達したところでありますが、もちろん異論もございますでしょうから、今後もご批判等、いただけましたら幸いです。なお、上記「開示制度Ⅱ」冊子の討議におきまして、神田先生が会社法362条と内部統制の構築義務の関係をとりあげておられ、金商法上の内部統制についても、これを内部統制構築義務を規定したもの、とする「向き」について示唆されておられますが、このあたりは「規律の方向が違う」ということで解決してしまってもいいのではないかと思ったりしております。

何回かに分けて、「重要な欠陥」と法的責任論との関係を正面からとりあげてみましたが、高邁な議論をすることに実益があるのではなく、その意味するところは「重要な欠陥は一義的に決まるようなものではない、むしろ会社側がその判断過程に創意工夫を発揮すること自体に意義があるのであって、『重要な欠陥』に関する投資家の誤解があれば、会社側は積極的にそれを解いていってほしい」というところであります。内部統制報告制度については、これで「完成版」ではないはずですよね。今後何度も改訂されていくことが予想されますが、施行直後であるいまこそ、企業側による試行錯誤の努力がなければ、これからも改訂の主導権は握れず、いつまでたっても不平不満が残る制度になってしまうかもしれません。「一般に公正妥当と認められる内部統制評価の基準」の具体的な中身については、ぜひとも企業側にも積極的に検討していただきたいと思います。

平成20年度の経済財政白書が公表されたようでありますが、そこでは企業および家計がリスクマネーに投資できる環境作りが提言されており、また企業のリスクマネジメント能力の向上も提言されています。内部統制問題との関係で考えますと、企業が正確な財務情報を開示する市場整備の必要性であり、また効率的、効果的な経営管理行為の必要性であります。企業関係者の方々は概ね「会社法の内部統制と金商法の内部統制の一体的構築」ということに関心をお持ちですが、リスク管理体制の構築と財務報告の信頼性確保のための体制の構築を、どう進めていくべきか、といったあたりが今後の課題ということなんでしょうか。

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コメント

何をもって「重要な欠陥」とするのか、「重要な欠陥」としてよいのか、
「重要な欠陥」としなくてよいのか…
ここがハッキリしない以上、御説は議論する以前に意味がないような、
やはりそんな気がします。

「仕切り」がハッキリしないからこそ、
「重要な欠陥」の判断はコストによって影響を受けるのか?
…という問題がクローズアップされてくるわけです。

定量的な不備は何とかなっても、定性的な不備に関しては
「コストからの逆算」によって「重要な欠陥」と見做さない、
ということにせざるを得ないですよ。実務としては。

                            .                              
>「一般に公正妥当と認められる内部統制評価の基準」の具体的な中身
>については、ぜひとも企業側にも積極的に検討していただきたい

まあ、そんなに我々はヒマではありませんが(笑)。

投稿: 機野 | 2008年7月23日 (水) 05時59分

おはようございます。

このシリーズはたいへん気になっていました。ご解説ありがとうございます。

どっちかというと、「重要な欠陥」は現場担当者にとって極めて重要な問題です。経営社はそこまであまり意識していないのかもしれません。したがって、今後企業のほうから改正への提言を期待するのもちょっと困難ではないかと思いました。

投稿: hiro | 2008年7月23日 (水) 09時36分

実務をしていますと、取締役の責任云々以前の問題として、「重要な欠陥」を放置して、決算ができるだろうかと、まずここがクリアできるのだろうか、と。放置するというのは理屈では、ありかもしれませんが、未対応の重要な欠陥を公表する際は、未対応の理由や対応策についてまで監査法人が検討することになっているようですから、あんまりのことを書くと「承認できません」と亜若杉さんに言われて、亜小野寺さんにそんなリスクの高い会社の監査なんか初めから出来ないと断られて、監査難民になってしまうかもしれません。放置して監査法人がOKなら、もしかすればそもそも重要な欠陥ではないのかもしれません。そんなことを考えています。
また放置している役員(含む監査役)は、株主総会を乗り越えられるのだろうか、選任されるのだろうか?
「重要な欠陥」は財務諸表監査の量的基準が参考になるようですから、数字の小さい中小上場会社はきついことになりそうで、決算集計過程で誤謬が発見できるシステムは、それなりに統制システムとして機能しているのだ、と開き直ろうかとも思っています。
いずれにしても、短信や有報に社長の下段に名前を出しているものですから、性根を据えて・・・。経済合理性で割り切ってもらえますかね。
ところで、9月4日にこのテーマで、セミナーをされるんですね。楽しみにしております。

投稿: 総務部長見習 | 2008年7月23日 (水) 13時39分

皆様、ご意見ありがとうございます。とりわけ実務に携わっておられる方々には、業務プロセスにおける「不備」と「重要な欠陥」の判断過程等、たいへん学ぶ機会が多く、参考にさせていただいております。昨日の日経新聞でも、毎年競って四半期決算短信を早期にお出しになる企業が、内部統制報告制度のために出せなくなった、とぼやいておられる記事が出ておりましたね。
また、何名かの監査法人の担当者の方とお話していても、現場での監査方針についてはバラバラであり、各監査法人内での方針通達はあっても、監査法人間での申し合わせはまだなされていないのではないか、という印象を持ちました。
このたびの私のエントリーは、あくまでも法的責任との関係でどうなるか、といったことへの試論であります。結論ありきの議論ではありません。(その1)で書きましたとおり、議論が錯綜している争点についての問題整理として受け止めていただきたいと思います。
「重要な欠陥」についても、現実にはいきなりのレッドカードはないでしょうね。いくつかの警告があって、その警告が無視された最後にレッドカードが出るような、そんな運用になるのではと。そうであれば、実際のところ重要な欠陥ありとされるケースはそれほど出てこないのかもしれません。ただ、そこで企業側と監査法人側が議論をしていただかなければ、この制度を導入した意味が薄れてしまうのではないでしょうか。
ちょっとこのあたりは仕事中にブログでは書けないほど、持論がありますので、長見習さんがご紹介いただいている9月のセミナーで熱く語りたいと思います(笑)

投稿: toshi | 2008年7月24日 (木) 13時03分

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