「重要な欠陥」の判断はコストによって影響を受けるのか?
日本内部統制研究学会報告のエントリーにつきましては、とも先生、丸山先生、機野さんはじめ、多くの熱いコメントを頂戴しまして(どうもありがとうございます)、内部統制報告制度に関する更なる議論がなされることを、私自身も期待しているところであります。正直申し上げて、私自身も未だ勉強不足(とくに業務プロセスの運用評価)のところもありまして、これから現場実務(とくに中堅クラスの上場企業)について注視していきたいと思っております。
さて、J-SOX関連では、学会の重要なテーマでありました「重要な欠陥」について、もうすこし疑問点を検討してみたいと思います。タイトルにも書きましたが、「重要な欠陥」と企業の費用対効果(コスト)の関係についてであります。端的に申し上げて、財務報告に係る内部統制システムを整備運用するにあたって、もし早急に是正する必要性のある不備は認められるものの、当該企業にその是正のための費用(コスト)をねん出できない場合、はたして当該企業は「重要な欠陥あり」とされて内部統制は有効ではない、と報告しなければならないのでしょうか?それとも、企業の現況から考えて、重要な欠陥ありとは言えない、と判断してもいいのでしょうか。(ちなみに「基準」のなかで、内部統制の限界を示すもののひとつとして「費用対効果」が掲げられておりますが、これはコストを無視してまで精緻な内部統制を構築することは要求されていないことを説明したものにすぎませんので、ここでの議論とは直接関係はないものと思います)
「何をいまさら・・・」と言われるかもしれませんが、これは会社法と金融商品取引法の内部統制の関係をどう捉えるか・・・によって、結論が異なってくる可能性のある大問題ではないかと思っています。会社法上の内部統制と金商法上の内部統制を一体的なものとしてとらえる立場であれば、たとえば会社法上の内部統制システムの基本方針のひとつとして、金商法が求める「財務報告内部統制の構築」を掲げますよね。つまり、金商法が求めている財務報告内部統制のレベル程度については、これは取締役らによってシステムを構築する義務が発生するということになりそうです。もちろん、「重要な欠陥」の判断については、将来の財務報告の信頼性に問題があるかどうかを報告するための概念であって、現時点における取締役らの善管注意義務違反の事実が存在することを示すものではありません。しかし「重要な欠陥」ありと評価(もしくは監査人による意見)された場合、それは早急に改善すべき重要な課題、ということでありますから、とりあえず取締役らはこの「重要な欠陥」に対処する必要がありそうです。つまり重要な欠陥に対して、これを放置していた場合には、やはり取締役らに対して善管注意義務違反が認められるケースも出てくるのではないでしょうか?
しかしながら、会社法上の内部統制システムの構築として考えた場合、そもそも会社法は取締役らに対して「できないことまでの責任は問えない」ことが大前提であります。つまり「重要な欠陥」を放置することが法的責任と結びつく可能性があるならば、そもそも「重要な欠陥」は取締役らにとって、履行可能であることが前提の概念としてとらえられるべきものでなければならず、結局、コスト的にも欠陥の是正が可能であることが不可欠の要件ではないか、と考えられます。また、取締役らにとっては、財務報告内部統制と同じくらいに別の法令遵守体制の構築についても重要であって、そのどちらを優先的に構築するかは、おそらく経営判断の問題ではないかと思われます。そういった優先順位についても当然に検討課題になってくるでしょうから、そもそも監査人から「重要な欠陥あり」と判断されるケースというものはあまりないのではないか、といった結論にもなりそうであります。(判断過程は私自身の推論でありますが、結論においてこのような見解をとっておられる著名な法律家の方もいらっしゃいます)
いっぽう、金商法と会社法の内部統制の整合的な理解にあまりこだわらず、金商法上の内部統制はあくまでも開示制度に関わるものにすぎない、と考えるのであれば、取締役らが「やろうと思えばできるかどうか」にかかわらず、そもそも上場企業としての財務報告の信頼性を確保できるだけの合理的保証が得られないシステム上の不備があれば、これを重要な欠陥として指摘してもかまわない、ということになりそうであります。金融庁の見解はこちらではないかと推測いたします。この考え方ですと、「重要な欠陥」が「早急に改善すべき重要な課題」としての意味であったとしても、それは取締役らの善管注意義務とは無関係に報告されたものにすぎませんから、「重要な欠陥あり」とする結果がたくさん出てもかまいませんし、コストの問題や、別の内部統制システムの構築義務との優先問題から、これを放置していたとしても取締役らの法的責任とは結びつかないものと思われます。(もちろん、放置することとの関係でありまして、たとえば重要な欠陥があると評価された場合には、それでも財務報告は真実性に問題がないことの説明義務を尽くす、という点においては善管注意義務が問題になることは当然であります)
業務の有効性、効率性を向上させるために、一生懸命現場で内部統制報告制度を運用しておられる皆様には、たいへん不謹慎な物言いになっているかもしれませんが、もし監査人が「重要な欠陥あり」と判断しているときに、「それはコスト的に問題ですよ」とか「ほかの内部統制システムの構築のほうが優先ですよ」と反論することで、「重要な欠陥はない」と評価する余地があるのかないのか、これは理屈のうえでも大きな違いですし、整備運用が遅れている企業の実務にも影響の出てくる問題ではないかと懸念しているところです。本日はかなり粗っぽい問題整理にすぎませんが、また改めて法律的な側面および会計的な側面から検討してみたいと思います。
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コメント
こんにちは。takeponです。話がずれますが、実務担当者の方々にお聞きしたいのですが、評価範囲は決定しましたか?全社統制で、中間管理職のような立場で、親会社、更には子会社とのやりとりで、正直、確定していない状況の中、見切り発射で業務プロセスに進んでおります。全社統制の質問が、とてつもなく抽象的なため、監査法人が「何故?」と言いたくなるような形のチェックシートに作り変えてくれて、それを完成させるという夢のような作業になっております。企業に負担が少なくなるようにと言われていたものが、次々と嘘だったことが分かって来ているように思われ、何かおかしいと感じております。キツイ言い方ですが結局は、上からものを見ている学者などに企業の制度など作れるわけなかったのですよ。
投稿: takepon | 2008年7月15日 (火) 10時06分
一説によりますと、日本の大半の企業(私の関連する会社も含む)は
ITに関しては「重大な欠陥がある」ということにせざるを得ない、
或いは初年度はそこまで判定自体不能である(評価できる人間も
構築できる人間も資源も圧倒的に不足している)、
と言われております。
しかし、それでは日本の大半の企業の財務諸表は信頼性に関して
疑わしいものがあるというふうに見られてしまいかねないわけで
(財務諸表監査の結果と内部統制監査のそれは別だ、というのは机上の
リクツでしかありませんから)
そういう結論になるのはおかしい、ゆえに「重大な欠陥」には
ならない/出来ない、ということもまた語られております。
コストやら合成の誤謬論やらで「重大な欠陥」の判断基準が左右される
ということは、全くもってヘンなのですが、それをヘンだとは
言わないところに内部統制報告制度の迷宮が存在します。
会社法と金商法との後付けの辻褄合わせですが(深ーーい溜息)、
整合性が取れない場合は違憲ということにならないでしょうかね。
消費者軽視のダビング10問題(その裏にある地デジ移行問題)の主因
の一つが総務省、経済産業省、そして文化庁との調整不足であるように、
会社法(商法)と金商法(証取法)とのすり合わせをマトモにしなかった
霞ヶ関の罪は大きいですよね。
善管注意義務違反は彼らにこそありませんか(冗談ではなく)。
投稿: 機野 | 2008年7月16日 (水) 01時01分
いま、ある中堅企業(上場会社)の業務プロセスに関する運用評価の記録を閲覧しておりますが、そもそも一般の内部監査とは別のJ-SOXによる内部監査手法を理解しておられる担当者の方は、中小の上場企業にどれほどいらっしゃるのでしょうかね?
実際、そのような評価できる人がいらっしゃらない場合には、それ自体が「重要な欠陥」になってしまう(といいますか評価不能状態)でしょうし、やってみるといろんな悩みが生じてくることを痛感しています。
投稿: toshi | 2008年7月16日 (水) 02時34分
霞ヶ関は治外法権ですからね。
そこで働くことができなかった一般人は、敗戦国民なんですよね・・・
彼らこそが憲法であることは、嫌というほどニュースや新聞で見てきましたよね。いつになったら、戦後ではなくなるのでしょうか?
証憑の紙をめくるのが面倒でしかたがない。「今まであるもので十分。」とか言って実施基準に「流れ図」(フロー図だろ!)とかリスクコントロール・マトリクスとか載せるなよ!どう考えたって、作れってことだろ!
投稿: takepon | 2008年7月16日 (水) 16時48分
「そもそも一般の内部監査とは別のJ-SOXによる内部監査手法を理解しておられる担当者の方は、中小の上場企業にどれほどいらっしゃるのでしょうかね?」
私は今年、内部監査部門に異動になってJ-SOXを担当するようになりましたので勉強しながら進めています。しかしながら従来からおられる内部監査のベテランの方々は、なかなか一般の内部監査の発想から抜け切れず、新参の私が異見をとなえても判ったのか判ってないのか...。J-SOX導入自体の葛藤とともに社内での葛藤もありイバラの道であります。
投稿: 前野 | 2008年7月18日 (金) 09時22分
>前野さん
コメントありがとうございます。内部統制報告制度が施行されて、プロジェクトチームとは別の内部監査室の方々の「運用評価」に関する業務内容をみると、けっこうとまどっておられる方が多いように感じています。通常の内部監査業務の延長ではないですよね?また、プリンシプルベースでの実務の影響を一番受けるのも内部監査の仕事であって、各社各様であるために「マニュアル」がなかなか存在しないのも悩みの種ではないでしょうか。
また、具体的な問題などご紹介できる範囲で結構ですので、お教えいただけますとありがたいです。
投稿: toshi | 2008年7月19日 (土) 11時35分
>監査法人が「何故?」と言いたくなるような形のチェックシートに作り変えてくれて、それを完成させるという夢のような作業になっております
最近、某監査法人さんが内部統制の評価マニュアルを出版しましたね。4大監査法人は、どこも似たような形になっているのでしょうか?
>従来からおられる内部監査のベテランの方々は、なかなか一般の内部監査の発想から抜け切れず
従来の内部監査と比べると、はっきりいってJ-SOXはつまらん、と考えておられる方も多いのではないでしょうか?
J-SOX対応だと、現実は統制文書に書いてある統制が正しいかチェックしていくだけという実務になりがちなので、面白さを全然感じられません。手間はかかる、面白くない、社内で評価されない、の三重苦ですね。
丸山先生ではありませんが、どうしても学者のお遊びというか思いつきで適当な制度を作ったよな、という印象しかもてません。信頼のある資本市場を整備するという目的に反対する人はいないと思いますが、そのために今のJ-SOX実務がどれほど役に立つのか、正直私には理解できません。
従来の曖昧模糊とした内部監査の方が、結局は企業のためになる気はします。
投稿: FN | 2008年7月23日 (水) 01時03分