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2008年7月16日 (水)

「重要な欠陥」の判断はコストによって影響を受けるのか?(その2)

昨日の(その1)におきまして、内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX)上の「重要な欠陥」の判断につき、企業コスト(IT統制のための資金とか、経理財務能力のある社員の増員など)をかけたくてもかけられない場合には、重要な欠陥あり、と評価(監査意見)されてしまうものなのかどうか・・・という問題をとり上げたわけですが、これは会社法上の内部統制と金商法上の内部統制との関係をきちんと整理したうえでなければ結論がでないのではなかろうか?というのが私の現時点での意見であります。(ここまでは昨日のエントリー通りであります)

さて、上記のような疑問を抱いておりましたところ、7月15日(おそらく)の日本証券経済研究所のHPに、金融商品取引法研究会研究記録第24号の冊子がPDFによって公開されておりまして、「開示制度(Ⅱ)-確認書、内部統制報告書、四半期報告書-」に関する研究会記録を閲覧することができました。(いつもながら、日本証券経済研究所のHPは充実しており、勉強資料の宝庫です)今回の発表者でいらっしゃる京大のT准教授が疑問を呈しておられる点は、いずれも私自身も非常に関心の深いところでありまして、とりわけ討議内容はといいますと、内部統制報告書と確認書との法的関係、会社法と金融商品取引法における内部統制の関係理解、金融庁企業開示課調整官からみた「ダイレクトレポーティング」と「文書化」、有価証券報告書の虚偽記載と内部統制報告書の虚偽記載との関係などなど、たいへん興味深い論点ばかりであり、いずれも著名な先生方で貴重な議論がなされています。内部統制について関心をお持ちの、とりわけ法律家の皆様にとっては、現時点(研究会は今年5月21日開催)における議論の水準を知るためにも、参考になろうかと思われます。

いっそのこと、「重要な欠陥」は取締役の善管注意義務違反とはなんら関係なないのだ、と言い放ってしまえば、コスト問題などまったく気にしなくてもいいように思うのでありますが(私は原則として、そっちのほうの意見に与したい立場ですが)、上記冊子の41頁から42頁あたりを読みますと、元金融庁のM東大教授や発表者のT准教授など、やはり「重要な欠陥あり」とされた場合には、取締役にはなんらかの欠陥修正義務みたいなものが認められるのではないか、といったニュアンスで発言されていらっしゃるところがうかがえますので、どのように上手に会社法、金商法の内部統制の関係を整理してみても、この問題は最後まで疑問点として残ってくるのではないでしょうかね。 (注) 私としましては、学者の先生方のような精緻な議論を積み上げるのではなく、ざっくりとしたところで理解をしたうえで、内部統制の整備運用の現場担当者や経営者の方々に、どうやってわかりやすく説明するか、というところを考えておりますが、もう少し時間をかけて、(上記研究会討議の内容などもふまえながら)関西の研究会などで議論してみようかと思っております。

(注) 重要な欠陥について、なんらかの修正義務が取締役に認められるとすると、これを素直に善管注意義務の一つとみて、コスト問題は別途「過失の有無」や「期待可能性の有無」で議論する・・・という考え方も成り立つかもしれません。しかしながら、「重要な欠陥」の判断は、そもそもプロセスチェックから検討されるものですから、たとえば取締役がなんらの行動も起こさずに放置していたとしても、会社の状況次第では「重要な欠陥」はなくなる場合もありますし(たとえば虚偽記載リスクの大きな事業部門の譲渡や規模縮小による売上の減少など)、そもそも「重要な欠陥」を、取締役の規範的な行動と結びつけて判断する、と考えることに無理があるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

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コメント

toshi先生

25日の例の講演の準備をしていることもあり、早速、読んでみました。参考になりますね。同質説と異質説について雑誌で紹介した私としても、神田先生のいわれたことが、前田先生のご説明でストンとおちました。しかし、学説では同質説はないと報告者はいいきっているのですが、日弁連シンポでは野村先生がはっきりと同質説を口にされていたのですが。。。。

ところで、重要な欠陥に該当するかの判断についてコスト問題が関係するかという先生の疑問については、私は関係しないと思います。「重要な欠陥」の判断は、財務諸表の虚偽記載の可能性から判断すべきで、そのような不備の改善のコストの大小はそれとは関係ないからです。「重要な欠陥があれば開示すべきである、おわり」というのが、金商法ワールドの話で、そこから先、改善をするかどうかは、会社法の内部統制構築義務の話になってくると理解しています。

この点、M先生の発言はtoshi先生のいわれるような欠陥修正義務という強いものをイメージしているようには私には読めなかったのですが。M先生は事実上、会社法上の内部統制をどのように構築するかに影響を及ぼしているといっており、すぐに欠陥を修正しないと義務違反となるとまではいってないように思えます。その後の議論も私にはこのように読めます。つまり、重要な欠陥はそのままだと確かに財務報告の信頼性に重大な影響を及ぼす可能性があるからすぐに直すべきであるが、どのようにして、どの順番で、どの程度の期間をかけて、どれくらいコストをかけてやるかは、経営判断の原則によって経営者の裁量にまかされるのではないかと私は考えております。もちろんすぐに直すべきであるから「重要な欠陥」であるわけで、改善に着手しなければ善管注意義務違反となるでしょうが、いつ着手するかにはやはり若干の裁量が許されるし、着手したときの改善もパッチワーク的なコストの低いものにその期中はとどめるかについては、経営者に判断の余地を残してやるべきでしょう。そして次の期において再度同じ点がまた評価されていくということで、いいのではないかと思います。これが、M先生のいわれている「広い意味でのコーポレートガバナンス」なのではないでしょうか。

投稿: とも | 2008年7月16日 (水) 18時03分

この手の話を読んでいつも素人考えで思うことですが、どうも「重要な欠陥」という表現に惑わされた議論ではなかろうか、という気がしてなりません。

「重要な欠陥」というのは、あくまでも有報の虚偽記載が発生する可能性が高いだろう、といっているに過ぎないわけで、この問題は結局、「リスクの高い状態をそのままにしておいた場合、取締役の善管注意義務違反となるのか」という問いと同値になると思えまえす。

最終的には善管注意義務違反になります、というのが答えなのかもしれませんが、ではどのような状況・状態となったら善管注意義務違反とされるのか、ということは、具体的な事例を見ないと分からないのではないでしょうか。具体的な事例もなしに、「重要な欠陥」という語だけで議論ができるものとは思えないので、正直言って法律家の皆様の問題意識というのが良く分からない部分もあります。

投稿: FN | 2008年7月17日 (木) 01時17分

結局、こういった問題を議論する実益は、重要な欠陥とされたものを放置しておいて、その後粉飾が発生して会社に損害が発生した、という場合なのでしょうね。

「重要な欠陥」を放置していることが具体的な善管注意義務違反になる場合を認めるのであれば、そもそも「重要な欠陥」は修正すべきものだからこそ「放置」が問題となるわけで、具体的な事情をもって善管注意義務違反の有無を考える姿勢そのものが、すでに「重要な欠陥」に行為規範的な意味を含んでいるように思います。
もしも重要な欠陥にはなんの法的な意味合いがないとすれば、そもそもそれを放置していても善管注意義務違反は発生しないとみるのが理屈のうえでは正しいのではないでしょうか。リスクの発生可能性を表現するものであれば、これに対する取締役の説明義務だけが問題になるように思います。

投稿: とーりすがり | 2008年7月17日 (木) 02時41分

会社法側からは金商法は無視する
(無視したくなくても結局無視せざるを得ない)、
ということで結論は出てるような気がするのですが(笑)、
経済に疎い裁判官に当たってしまった場合には
どういう判例を出されてしまうるか怖いですなあ…。

投稿: 機野 | 2008年7月17日 (木) 05時30分

非常に興味深く読ませていただきました。
学者先生方が、「異質論」を何を言ってんだか分かんない、分かんなかった、というのは率直ですね。私のような素人が混乱するのは当たり前・・・?。
で、今日は静かにしていると言われた弁護士先生が、淡々と「実務家としては、規律の観点は違うにせよ、きっちりとやらなければならないということでしかない」。バッサリ、何を詰まらん議論を、みたいな素っ気無さがなんとも小気味がいいですね。「やれ」と法律で書かれちゃった、あるいはやっといた方がいいよ、と書いてあるような感じの法律に面対した企業の実務者は、結局理屈がどうであれ、リスク回避のためにこうせざるを得ません。(ついこの間名簿閲覧権でも、字面からは解釈できない解釈が出ましたしね)
「重要な欠陥」議論については、「重要な欠陥」があった場合、現実には財務諸表ではそれは重要性がないほどに解明、訂正されているはずで(そうでないと、監査法人は財務諸表監査の意見表明ができないのではないかと思うのですが)、まあ正しい財務諸表となってるはずだが、それでも虚偽はあるかもしれず、「監査報告書」の雛型のように監査意見が出せるのかどうか・・・。
まあ、何にしても結果的に重要な虚偽記載が出ちゃったら、即アウト、悲しいですね。
ところで、おえらい先生方の前で、威圧されていると言うか、「済みません」の連発は、雰囲気ありますね。発表されてる方の個性、口癖なんですかね。
以上、読後感でした。

投稿: 総務部長見習 | 2008年7月17日 (木) 11時03分

FNさんのいわれるとおり、善管注意義務違反になるかは具体的事実により違うでしょう。ただ、その場合にどういう要件をみたすと善管注意義務になるのかの判断の基準を議論することには、意味があると思います。まあ、それが法律家の仕事なのですが。

また、とーりすがりさんの「議論の実益は、その後粉飾が発生した場合にある」というのもそうだと思いますが、それだけではなさそうです。株主や監査役は、取締役が法令違反行為をし、会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは取締役の行為の差し止めを請求することができます(会社法360条、385条1項)。ここにいう法令違反行為は善管注意義務違反も含まれており、是正すべきなのにその行為をとらないという不作為も含まれると思われます。私は不作為を差し止めるという請求がありうるのかどうかちゃんと勉強したわけではないので、よくわからないのですが、もしかすると「重要な欠陥」を是正しない状態が善管注意義務違反であるとすればその対象になるかもしれません。また監査役は、法令に違反する事実があると認めるときは、遅滞なくその旨を取締役会に報告する義務があります(382条)。その報告のため、取締役会の招集請求もできるし自ら取締役会を招集することもできるという強い権限があります。監査役の立場からすると、重要な欠陥の是正が善管注意義務違反かどうかは、自分が監査役の責任をはたしているかという問題と直結する問題です。私も社外監査役ですので、難しいな~と悩み始めております。

投稿: とも | 2008年7月17日 (木) 11時06分

「重要な欠陥」とは、会社にとっては期末日までに是正すべきもの、監査人にとっては、財務諸表監査において適正性を判断する際の材料となるものです。
会社の行う内部統制評価→監査人の行う内部統制→監査人の行う財務諸表監査のプロセスでは、「重要な欠陥」は評価時点・評価者が異なることから、単一の概念とはならないでしょう。しかしながら、会社が行った内部統制評価で識別された「重要な欠陥」が、「期末まで是正されていないというのは、本来あってはならない状況です。」(『逐条解説 内部統制基準を考える』)
内部統制評価における「重要な欠陥」と財務諸表監査における金額的重要性は、完全に一致しているわけではありませんが、いやしくも会社自体が「重要な欠陥」が期末時点で存在しているとしている以上、監査人としては「適正意見」を表明できるケースはほとんどないでしょう。
「重要な欠陥」の是正が、会社法上取締役の善管注意義務であろうとなかろうと、是正しなければ、財務諸表監査の監査意見が不適正又は意見不表明と重大な結果が招来される以上、会社としては是正措置を講ずるしかないでしょう。

投稿: 迷える会計士 | 2008年7月17日 (木) 22時20分

皆様、ご意見ありがとうございます。

総務部長見習さんがお書きになっているところは、私も読みながら同様の印象を持ちました。エントリーでは書ききれなかったところをフォローしていただきありがとうございます。弁護士サイドからすれば、こういったところでしょうかね。

同質説と異質説の議論については、ともさんがご指摘のとおり、この討論では森本教授がうまく整理されていて、おそらく今後はこの整理で(購学上では)収束していくのではないでしょうか。財務報告内部統制に関して神田教授のように基本方針というよりも取締役の重要な業務執行のひとつとする考え方もありそうなんで、ひとつの整理ですね。

重要な欠陥は是正すべく努力をする必要がありますし、これは法律家としても理解できるのですが、それではコストの問題や優先順位の問題などですぐに欠陥が是正できなかったらどうなるんだろうか?「発生可能性」に関する意見の食い違いで、監査法人と経営者で重要な欠陥の判断に食い違いがあって、是正の必要性なし、と企業側が考えている場合にはどうなるんだろうか?株価が低迷することは開示責任のひとつとしてやむをえないとしても、放置していることや意見の対立が継続しているときに、役員の法的責任にどうむすびつくのか?そのあたりはどうしても気になるところです。また、監査役監査と「重要な欠陥」の関連性などにも影響が出てくるところです。

私自身の意見としては、ともさんの考え方に近いところでありますが、週明けにでも皆様のご意見などを考慮したうえで、(その3)においてエントリーさせていただこうかと思っております。文書提出命令に関する近時の最高裁決定と内部統制報告制度との関係など、まだまだ論点として書きたいところもありますが、やはり「重要な欠陥」のところの問題整理をしておきたいですね。
いろいろ勉強させていただき、ありがとうございました。

投稿: toshi | 2008年7月18日 (金) 01時55分

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