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2008年7月12日 (土)

契約リスクマネジメント(なぜ契約は守らなければならないのか)

ちょうど4年ほど前になりますが、企業買収案件における基本合意書に基づく独占交渉義務をめぐって、住友信託銀行と三菱東京UFJ銀行との間で、UFJ信託銀行の情報提供、交渉差止め仮処分事件が世間の大きな話題になっておりました。東京地裁は住友信託による差止めを認め、東京高裁および最高裁はこれを却下ならびに棄却して、最終的には本訴において、UFJ側から住友信託側へ25億円の解決金を支払うことで和解したことは皆様もご承知のとおりであります。あのとき、「独占交渉権」なるものは、裁判所を通して直接強制(不作為を命じる)ことができるものなのか、それとも損害賠償金さえ支払えば破棄してもいい程度の法的拘束力があるにすぎないのか・・・などと考えたりしておりました。(もちろん、担当の取締役が会社に対する善管注意義務に反してまで、独占交渉義務を履行しなければならないのか?・・・といった取引法とは別の考慮もありますが、それはひとまず置いておきます。)

たしかに、法的な観点から契約のリスクというものを考えさせられる裁判事例ではありますが、社外役員などを経験しておりますと、この取引法的な観点だけでなく、それ以外の事情も含めて経営判断を下す場面があるように感じております。理屈としては双方で事前に合意している違約金さえ払えば契約は自由に破棄したっていいのではないか、とも考えられますが、いったん破棄した以上、業界では「あの会社はウソツキだ。こっちが誠意をもって協力しても最後に寝返る可能性があるよ」という噂が広まることは当然のことでして、そうなりますと、取引業者は「良い話」があっても最後にしか持ち込んでこなくなってしまいます。つまり優良な情報に接する機会を失ってしまって、商売のうえで大きなリスクを抱え込んでしまうことになってしまうわけであります。逆にファッションホテルチェーン(最近は条例規制などでかなりリスクの大きな業界かもしれませんが)の顧問などをしていた頃の話でありますが、たとえば「あの会社はドケチだ。だけど現金持ってるから即決してくれる」という噂が流れますと、評判はよくないかもしれませんが、最良の物件が最も早く取引業者から届けられ、大きなビジネスチャンスに恵まれます。つまりリーガルリスクは、それだけでは経営判断を左右するものではなく、それ以外のさまざまなリスクも併せ検討されてはじめて生かされるものだといった認識をもっております。

このたび第一法規の法律雑誌「会社法AtoZ」7月号より、藤猪正敏氏による「経営者のための契約リスクマネジメント」の連載がスタートしました。(第一回は「事業経営と契約」)藤猪さんは多数の講演歴をお持ちですので、ご存じの方も多いかとは思いますが、長年松下電器産業(パナソニック)の国際法務部門に携わっておられた方で、40年近い法務リスクマネジメント実務の経験を有する第一人者であります。第一回の解説を拝読しましたが、「ビジネス上の契約は、文書化される前から始まっていること」や「契約に関する内部統制」、「子会社を介する契約の問題点」、「独占禁止法や安全保障輸出管理法上のリスクと契約問題」など、(本題は「経営者のため」とありますが)企業法務担当者の方々にもきわめて有益なお話が掲載されております。こういった契約リスクに関するお話の場合、我々弁護士が解説をさせていただきますと、どうしても「リーガルリスク(裁判になったら勝てるかどうか、負けないための予防のポイントなど)」に目がいってしまうのでありますが、この藤猪さんのご解説は、リーガルリスクとともに「経営判断」に重要なビジネスリスクにも配慮されているところが秀逸であります。私は何度か藤猪さんとお会いしたことがありますが、弁護士の「企業法務に関する仕事ぶり」についてはとても「辛口」のご意見をお持ちでして(^^;、その分、いつもたいへん貴重なご意見を伺うのでありますが、文章もなるほど期待どおりであります。「契約を守る」ということを、単に裁判の勝敗という点からみたり、精神論的な「企業倫理」という点からみるだけでなく、もっと具体的な「商売上のリスク」という点から考える良い機会となりました。

最近よく役員セミナーなどさせていただく前に、法務や総務担当の方から、その会社の「リスクマップ」を見せていただくことが多くなりましたが(もちろんマル秘資料)、あの縦軸、横軸で仕切られたグラフのなかで、どうしてこのリスクがここに位置しているんだろうか?と思い悩むこともありますが、あのようなリスクマップを作成(修正)する一助にもなるかもしれません。弁護士による「契約実務」の解説とは一味違う切り口ですので、ご関心のある法務担当者の方々へご一読をお勧めいたします。私も今後の連載を楽しみにしております。(なお、NBLでも「法務部門・法務担当者の現在、そして明日」という覆面座談会が3回シリーズで始まりましたが、こっちもなかなかおもしろいですね。また別の機会に私自身の意見なども書かせていただこうかと思っております)

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コメント

先生お久しぶりです。いつも拝読しております。
(なぜ契約は守らなければならないのか)という副題から「取引の安全」「権利外観保護」「利益衡量」といった教科書的記事かと思いきや、『「契約を守る」ということを、単に裁判の勝敗という点からみたり、精神論的な「企業倫理」という点からみるだけでなく、もっと具体的な「商売上のリスク」という点から考える』という高度な経営判断的記事だったのですね。でも、先生、普通のビジネスマンは「契約を守る」ことを考える前に「契約を取る」ことが先決なんですよね(^^!。
コンプラ関連の話題だけでなく経済法関連も楽しみにしています。

投稿: fuji | 2008年7月12日 (土) 20時35分

(おひさしぶりです)そうでしたね。そりゃ、えらいすんまへんでした。。。会社勤務の経験のない人間ですので、また横からのツッコミでも結構ですのでときどき登場してください。

投稿: toshi | 2008年7月12日 (土) 20時42分

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