アデランス社の買収防衛策は「無用の長物」?
TBいただきましたkatsuさんの「すかいらーくネタ」はたいへん参考になりました。たしか12日が臨時株主総会当日だったと記憶しておりますので、また結果が出てから、検討してみたいと思っております。(ちなみに、新しくすかいらーくの社長に就任される予定の方が責任者として頑張っておられる「バイキングビュッフェ」が私の家から徒歩10分のところにありますが、本当に流行っていますよ。私ははっきり言ってお店の雰囲気が好きになれないのですが・・・しかし大人一人1500円のバイキングとしてはお値打ち感があります。)いよいよ「盆休みモード」に入りまして、当ブログも例年どおり急激にアクセス数が落ち込む季節となりました。そんなときこそ、M&Aネタをこそっと織り込んでみようと思い、本エントリーに至りました。
さて、10日(日曜日)の日経朝刊の記事によりますと、5月の定時総会で7名の取締役の再任が拒否されたアデランスHD社の臨時株主総会が前日に開催され、選任可決となり、やっと新体制を組まれるようになったそうであります。(つまり取締役不在の状況が解消された、とのこと)前記記事によりますと、9名の取締役のうち2名はスティール社が日本の企業に初めて送り込んだ(推薦した)社外取締役の方々であり、また取締役会に企業価値向上策を提言する「特別委員会」は過半数がスティールパートナーズ側より推薦された役員で占められているそうであります。そうなりますと、M&Aに詳しくない弁護士としましては、またまた素朴な疑問が湧いてくるところです。本日(8月11日)も、子会社である美容院チェーン大手の完全子会社化を予定、といった報道が出ておりますが、経営の基本に関わる今後のアデランス社の買収防衛策に関する疑問であります。
そもそも、2006年12月に導入したアデランスHD社の事前警告型買収防衛策は、スティールパートナーズによる株式の買い進みの脅威に対抗して導入した経緯があったと思われます。また、2007年5月の定時総会においては、反対票が40%に上るも、なんとか過半数の株主の賛同も得て可決承認された経緯があります。しかしながら、8月9日の臨時株主総会によって選任され、すでに29%の株式を保有しているスティール側の意向が十分に浸透した経営陣としましては、今後も上記買収防衛策をそのまま維持している意味はあるのでしょうか?スティールの脅威に対抗するべく導入した防衛策は、すでにスティールによる相当程度のコントロールが効く支配権にとってはもはや無用の長物になってしまったのでは?といった疑問であります。(みなさま、そういった素朴な疑問が湧いてきませんでしょうか?)
「特別委員会」を構成するスティール側より推薦された役員の方々としては、(おそらく「大きなお世話」かとは思いますが)今後この買収防衛策をどのようにしたいのか、はっきりと意思表明をされたほうがいいのではないでしょうか?サッポロHDに対しては、スティールは極めて厳しい態度で「買収防衛策発動は企業価値向上のためには役に立たない」と主張されているものと思われますが、もしその意見が真摯なものであるならば、ご自身が経営の一角を担うに至ったアデランスHD社においても、その意思を貫徹させて、一刻も早く事前警告型防衛策を廃止すべきではないでしょうか。(ちなみに、2007年4月20日のアデランスHD社のリリースを読みますと、2007年5月の定時総会によって可決承認される防衛策の有効期間は3年間でありますが、株主総会または取締役会の決議によって期間中はいつでも廃止できる、とされています。したがいまして、廃止しようと思えば、取締役会においていつでも廃止できるはずであります。)株式を買い増す場面においては「買収防衛策はけしからん」と言いつつ、自社が経営権を取得(もしくは十分な支配コントロール)した段階になると「買収防衛策も企業価値向上のためには有用である」といった姿勢で臨むのであれば自己矛盾を生じることになりかねませんし、今後はそのようなスティール社の態度を「何かあったら有利に援用しよう」と考える企業も増えてくるかもしれません。
アデランスHD社の新社長さんは、以前アデランス社が買収したフォンテーヌ社の役員だった方だそうですが、そもそも女性用ファッション装具と男性用装具とではまったく営業形態が異なりますし、営業努力によって「男性かつら需要」が向上することはないでしょう。若年用「ヘアサポート」も、女性用も、すでに市場は飽和状態です。はっきり申し上げて一般のサラリーマンや主婦の方々の手の届く商品として「大転換」しないかぎりは、今後も売り上げの向上は望めないと思います。(1台あたり30万円から100万円程度の高額商品を、しかも社員から勧められるままに常時2台から3台を併用するとなりますと、70万から300万円ほどのクレジットを常にかかえている状態で一生を過ごすことになります)ただし、ご承知のとおり、アデランス社の支店、営業所は社会インフラのごとく、地方都市の津々浦々にまで浸透しておりますので、規模を縮小して、思い切った人員削減を敢行すれば、かなり大幅な経費削減の余地があり、大幅な業績向上の機会はたしかにあるように思います。私自身、海外におけるM&Aの動向などは存じ上げませんが、こういった業界、業績の企業において、そのまま買収防衛策を維持していくことにどういった意味があるのかよく理解できないところであります。むしろ企業の存続をかけてホワイトナイトを真剣に探すのであれば、「魔除け」としての防衛策は不要ではないかと思いますが、いかがなものでしょうか。
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コメント
お盆にこっそりコメントします(笑)。
1つのシナリオとして、(最終的な会社支配に関心の無い)スティールだからこそ、事業会社が買収をかけてきたときに、「値段が低すぎる」「対抗馬を探すための時間が必要だ」と(口実ではなく本気で)考えて防衛策を利用する可能性はあると思います。別の言い方をすると、「買収防衛策は、前の経営者が使うと危険だが、新しい取締役会メンバーが使うのであれば危険ではない」とか。
このあたり、禁反言の問題なのか、実務・文化の問題なのか、見守りたいと思います。
投稿: おおすぎ | 2008年8月12日 (火) 19時14分
単に安い、というだけなら必要ないと思います。
さすがによっぽどでない限り、今のアデランスに突然TOBを仕掛けるやつはいないでしょうし、彼も米国のように普通に運用するのを望むような気がしています。欧州でも、いきなりTOBをかけることはほとんど聞かない。
スタンドアローンで経営した場合と買収提案の場合と株主価値をキチンと比較して、判断しないと彼ら自身の義務もありますし、それはライツプランがあってもなくても発生するはずです(少なくとも米国ではそれが浸透しているはずだし、そういうのを「啓蒙に来た」人達のはずです。だからヒンシュクを余計に買った)。
個人的にはライツプランの廃止は筋が通っているような反面、仮にうわさされるMBOの際「正しい活用法」のデモを行ってほしいと思う面も残っています。
今、米国でイムクローンテクノロジーズ社に対し、あのブリストルマイヤーズ・スクイブ社が買収提案しています(ブ社は16%ほど株を保有しているようです)。イムクローン社は「60ドルでは安い」といって提案を拒否しています。
そのイムクローン側のチェアマンはカールアイカーン氏(リヒテンシュタインさんの師匠のような人)で、このアクションに彼は高い評価を得ています(一方で別途取締役に従事している別会社はチャプターイレブンになったそうですが)。
http://dealbook.blogs.nytimes.com/2008/08/07/parsing-icahns-imclone-strategy/
同社がポイズンピルを導入しているのかわかりませんが。
アイカーンさんはヤフーの取締役にもなって、こういった物言う株主が実際に取締役会に乗り込んだ呉越同舟的経営パターンが業績・株価に及ぼす影響みたいな研究論文ができそうですね。
投稿: katsu | 2008年8月12日 (火) 21時12分
おおすぎ先生、katsuさん、レベルの高いお話、ありがとうございます。
M&Aの権威でいらっしゃる先生や、毎日の実務で取り扱っておられるkatsuさんのご意見、参考にさせていただきます。まず、私が前提としてスティールが「経営権」を支配したと述べているところにおおいに問題がありそうですね。たしかにファンドが経営に関与する、というのは全権において掌握するということではなさそうですので、おおすぎ先生のおっしゃるとおりかもしれません。さて、そうしますと、M&Aのもうひとつの形態である「同業他社」による支配権関与の場合はどうなりますでしょうか。たとえば(失敗しましたが)王子が北越の経営に参加するとか、楽天がTBSの経営に参加するといった場合です。この場合には、やはり完全掌握とはいかないケースでも、買収防衛策に関する何らかの意思表示(自社の買収防衛策との関係性)は必要になってくるのではないでしょうかね?
投稿: toshi | 2008年8月13日 (水) 16時31分
お盆期間中なので、こっそり参戦です(笑)。
買収防衛策についてよく考えると、本当の問題は実は運用の問題なのかな、と思ってます。制度設計がおかしいという場合がゼロとはいいませんが、やはりきちんと処方できない現状の原因を考えるのがよさそうです。
ところで、事前警告型不要論も、TOBルールの適用範囲が狭いことを考えると、市場買い付けを通じた部分買付けで十分な開示もなく経営支配がなされる可能性があることをもう少し考える必要があるかな、と。
まだいろいろあるのですが、この辺で。お邪魔しました。
投稿: 辰のお年ご | 2008年8月13日 (水) 23時13分
いつもご意見ありがとうございます。
5%程度の株式保有者が買収劇のカギを握るケースというのも増えてくるような気もしますし、敵対的買収の様相も変わってくるのかもしれませんね。共同経営、事業承継、株式相互持合いなど、経営陣が一枚岩でないような企業において、ご指摘のようなリスクがあるのでしょうかね。研究対象はもっと増えるような気がします。
投稿: toshi | 2008年8月15日 (金) 01時40分