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2008年8月16日 (土)

すかいらーくのMBOにみるファンドと金融機関の関係

あまりネットニュースではとりあげられていませんが、日経新聞では8月9日、13日そして本日(15日)夕刊などで詳細が報じられていました「すかいらーく」社の創業家社長解任の件、ブログ意見なども含めまして、やはり経営者にとってはMBOはそんなに甘いものではないということを改めて思い知らされました。(もう少し創業家社長さんの言い分について深くお聞きしたいところですので、できれば日経ビジネス誌の「敗軍の将・・・」で思いのたけを述べていただければありがたいと思うのでありますが)私自身はとくにM&Aに詳しい弁護士ではございませんが、同業他社の社外役員たる立場の人間として、以下のとおり感想を述べておきたいと思います。

PEファンドと経営陣とのこれまでの経過については、新聞報道などで理解できましたが、やっぱり未だによく理解できないのがPEファンド(の設立した投資会社、つまり新生すかいらーく社)に融資をしている銀行団とPEファンドとの関係であります。株式非公開化によって業績が向上している時期であれば、経営者、投資家、債権者間の信頼関係も厚く、再上場を目標として一致団結して業績向上へまい進するのでしょうし、また経営者が業績向上の機会が付与されたにもかかわらず、なんらの抜本的な改革に着手しない、ということになりますと、経営者交代によって計画達成を急ぐ、というのも理解できるところです。しかしながら、今回のように業界自体が著しい不況に陥り、改革が業績向上に結び付かないようなケースにおいては、このMBO計画自体が厳しい状況に追い込まれることになるのではないでしょうか。

経営陣に役員を送り込んでいるPEファンドと比較して、銀行団のほうは経営状況をチェックするだけの情報が入ってこないと思いますので、そのあたりは融資に細かな条件を設定したり、新聞でも報じられているように経営陣を交代させるときには銀行団の了承を必要とすることによって情報の非対称性をできるだけ解消させようとすることについては理解できるところです。ただ、今回の場合のように、外食産業全体が不況に陥っていて、予想どおりのキャッシュ・フローを生み出さない場合には、それ以前の問題としてファンドと銀行団との間で利益相反状態が顕在化するのではないでしょうか。つまり、このままだと業績が悪化する一方であるが、改革を打ち出すことによって確実に収益が上がる場合、銀行団はリスクが少なく確実に収益があがる(ただし、ほとんど投資家に利益が回るほどではない)ほうの改革案に賛成するはずですが、ファンド側は、リスクは高くても収益が大きく上がるほうの改革案を採用するはずであります。(そうでないと銀行だけを儲けさせても何の得にもならないわけですから)いわば、ファンドとしては銀行団にデフォルトのリスクを負担させてでも、ギャンブル性の高いほうの選択肢を選ぶ、という事態が「業績悪化の傾向」のなかでは生じる可能性があるように思われます。たとえば今回のすかいらーく社の事例において、創業家社長さんの推進している改革が、あと1年もすれば業績向上につながるものだとしても、その業績向上が金融機関への負債返済に資するには十分ではあるが、ファンドの儲けをねん出させるには足りないような場合であれば、ファンドとしてはリスクはあるけれども、一か八か収益が高いほうの選択肢をとるために解任する、ということも考えられるのではないでしょうか。8月13日の日経新聞の記事によりますと、創業家社長の解任につき、19行の銀行団にうち数行が賛同し、その他は態度を保留したとありましたが、結局のところ銀行もこのあたりの「利益相反関係」に関しての疑念を抱きつつ、今回の解任劇を見守っていたのではないかと勝手に推測しているのでありますが、このあたりは是非、内実を知りたいところであります。

本日の日経夕刊(二面)の論調では、MBOにおける創業家社長の出資持分の過少性も含め、MBOに対する経営者の認識の甘さに起因した騒動であったとして「これが正常なMBOへの第一歩」であるとしておりますし、また最近の日経報道に登場されている有識者の方々のご意見も「そもそも経営者と投資家との認識のずれが問題ではないか」ということのようであります。しかし、そういった認識のずれの問題に関しては、創業家社長さんがインタビューで答えておられるように「5年の約束についての内諾を得ていたのに、その内諾をしてくれた担当者が途中でいなくなった」といった、これまでのバブル崩壊時における紛争事例とまったく同じことの繰り返しでありまして、おそらく認識のずれだけを問題としても、今後のMBOの正常化にはあまり役に立たないものと思います。むしろ、すかいらーくの事例において、今後のMBO正常化のために必要なことは、債権者(金融機関)と投資家(PEファンド)との利益相反関係、投資家と経営陣との利益相反関係が、いかなる場面において顕在化するのか、そして顕在化した場合に、関係当事者にとってどういったリスクを背負うのかを整理することではないでしょうか。(たとえばMBO事例において創業家社長を解任させることがどれほどPEファンドの信用、評価に影響を及ぼすのかといったことも含めて)

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コメント

こんばんは
あれ?利益祖反って同一者が違う立場になってしまうようなケースを指すのではなかったでしょうか?

「安定株」を保有する銀行が投資家・債権者双方の立場となっているとか。

したがって本件は普通の利害の不一致になるのでは?三者(特に債権者と株主)の利害は結構複雑ではないですか?(企業の業績が悪化する場合に意見が合わないのはある種普通に利害が対立するかも)。

アクティビストが増配を要求することは金融機関にとってそんなにいい話じゃないですし、不稼動資産の売却などもその物件を担保にとっている銀行から見れば、売却損や担保割れで売却を勧めた場合、銀行に不利になり投資家に有利になる話です。

むしろ投資家と経営者の信頼関係の樹立や継続という点で、双方とも互いの立場を理解しつつ、密なコミュニケーションによって相互利益になるような関係を上場でもMBOでもなってほしいものです。

すかいらーくの件は当てはまるかわかりませんが、長期で保有したほうが有利である点を定量的にきちっと理解させることが出来れば、それはそれで解決したのでしょうし、投資家も(担当者の引継ぎを含めて)ワンマン創業者の傾向や心理やそれに対する尊重などをもっと重視すべきなのかもしれませんね。

これは普通の上場企業にも本来は当てはまる点です。MBOの仕組みをきちんと理解していなかったという点がマスコミ自ら気づいた点が大きいような気がします。ワールドのMBOのときに有名なM&AアドバイザーのS山氏は「投資家に頼らない真のMBO」(たまたまオーナーが潤沢な自己資金を保有していたので、ファンドから出資が不要だった)とあちこちでご自慢されていました。

銀行にも経営者の人事権があったという点はあまり聞いたことがなかったですが。

ここ数年、投資家と経営者の対立ばかり取りざたされますが、その距離を埋める努力をすべき時期でしょうか。投資家というとどうしても金融上がりのエリートで若いくせに、偉そうぶっている、外国かぶれしている(または外国人そのもの)とイメージされ、経営者というと傲慢で保守的で過去の成功体験にしがみつき、聞く耳持たないイメージが醸成されつつあります。世代ギャップなのか、相互理解、信頼がないと自分の年金大丈夫かなあ。

投稿: katsu | 2008年8月16日 (土) 03時52分

私も銀行とPEの「利益相反」ということばには違和感を感じます。

投稿: masato | 2008年8月16日 (土) 13時06分

ご意見ありがとうございます。「利益相反」という言葉の使い方が不適切だったようですね。正しいか間違っているかは別として、私は経営者からみてファンドの利益を立てれば、銀行の利益にならない、といった「利害関係の不一致」について議論したいという意味です。つまり業績がいいときには顕在化しないけれども「外的要因」によって業績が上がらないようなケースになれば、こういった不一致が発生するケースがある、そして、今回のすかいらーくの場合が、これに該当しているのではないか、という問題です。
MBOって、なんだかバラ色の将来のように語られていた時期があったと思いますが、少数株主の株を強制的に買い取ってまで非公開化するだけのメリットがどれほどあるのだろうか、こういったリスクまで考慮したうえで経営者は非公開化を目指すのだろうか・・・といった疑問を抱いているのであります。どうも今回のすかいらーくの件は、こういったリスクに関する「氷山の一角」が現れただけであって、正常化というのは時期尚早ではないか、というのが私の意見です。

投稿: toshi | 2008年8月17日 (日) 23時03分

こんにちは
アメリカなどでは本で読んだ限り、経営者は相当なインセンティブがつくようです(ストックオプションとか)。
その報酬額を計算すると、日本とは反対で、経営者の方からファンドに列をなすかのように、希望するケースが結構あると06年当時は言われていたようです。
また敵対的買収から逃れるとかも。

あちらの人はチャレンジングなんでしょう。

日本は聞いた限りでは、ファンド間の競争が激しく、甘い誘い(経営に口出ししないとか)で出資させてもらい、経営側も非公開化のメリットだけを享受することを夢見るケースが「入り口段階」では多いようです(もちろんケースバイケースですが)。

本当は事業継承をからめたMEBO的な方がいいのかもしれませんね。MBOも現在の金融環境(株価や融資情勢)じゃあ厳しいので優良案件しかできそうにないでしょうね(誰にとって優良なのかは微妙ですが)。

いずれにせよ、日米(または欧州)のリスクテイクに関するとらえ方(日本人は英米と比較すれば保守的)や善管注意義務・忠実義務などが違うのにメソッドだけ同じだと、どうしても真似だけしてもはじめはうまくいかないのかなあ、と感じています。これも事例を積み重ねて徐々に育成していってほしいものです(日本人の気性だと徐々にとはならず、突然バブルのように増加してバブルのように崩壊しそうな気もしますが)。
(西洋式のメソッド・仕組みが同じでもそれに関する罰則が違うというパターンは買収防衛策も同じように感じますが)

投稿: katsu | 2008年8月18日 (月) 16時53分

今回も、若干の株式を従業員が保有している、ということらしいのですが、あれではMEBOとは言わないのでしょうね

「日経ビジネスで語っていただきたい」と書きましたが、早速、最新の日経ビジネス誌で元社長さんが語っておられるようですね。また本日発売の週刊文春でも「独占3時間・・・」とありますね。ふだんあまり週刊誌は読みませんが、やはり今回の件は興味がありますので目を通しておこうかと思っています。

投稿: toshi | 2008年8月20日 (水) 09時36分

ご無沙汰しています。
いやあ、「すかいらーく条項」などと業界では飛び交っていて、実際そのフレーズを見る機会を得ました。

BKいわく、「創業家のカリスマ性が経営を安定させ、強いては債権保全に寄与する」と。別のBKこの条項に乗り気ではなく「イマイチな経営者だったら機動的な経営判断をしてほしい、でないと債権保全の安定性が崩れる」とまで言ってたのでその落差が銀行によって温度差があり滑稽でしたが。

別にMBOを提案して好き好んで経営者をキックアウトしようとするファンドはいないと思います。対決すれば経営の安定性が損なわれるからです。ただし、対決と「当初に約束した姿に持っていく」では大いにその筋論が異なります。

銀行はどのような状態であれば、一番債権の安全性が高くなるかという一点に関心があるのみで、安全性が損なわれることを未然に防ぎたいということのようです。

ファンドは当初計画通りに進む限りにおいては特段大したこともないのですが、それを逸脱すると、銀行のコベナンツにもヒットしますし(支払利息はキャッシュフローの何分の一にしないといけないとか)、そうなっては最悪期限の利益喪失事由にも該当しかねません。したがってオーナーの悠長な行動に切れた可能性もあります。

日本でMBOをする経営者は無借金経営など、それまで銀行や資本市場の目に鈍い方が多いのではないかとも思う次第です。あとは無理な金額でMBOをやろうとすると無理がたたるので、やっぱり低い金額がいいとは思いますが、最近はそういった風潮は株主を欺く行為として厳しくなるので、それなりの経営者がリスクとリターンをしっかり見極めたうえでMBOをやるということが大事なんだろうと思う次第です。

しかし、オーナー上場企業の非公開化よりも、ツムラのバスクリンのような大企業からのカーブアウト的MBOにもっとスポットを当てる方がMBOの本来の趣旨に合っているような気がします。
天皇陛下が突然、チーママになるのは難しいです。

投稿: katsu | 2008年10月 9日 (木) 16時08分

katsuさん、こんばんは。コメントありがとうございます。9月23日の日経新聞では「新生すかいらーく」が再建へ向けて500億円の資金調達を柱とした再建計画案をまとめて、銀行団へ提示したというニュースがありました。しかし9月23日から今日までの間、ファンドも金融機関もほとんど予期できなかったような経済状況になってしまったので、再建案の行方もよくわからないですね。支援される方も、支援する方もたいへんな経営環境になってしまうと、いったいこの規模のMBOはかなりやばい状況になってしまうのではないかと不安があります。

>日本でMBOをする経営者は無借金経営など、それまで銀行や資本市場の目に鈍い方が多いのではないかとも思う次第です。あとは無理な金額でMBOをやろうとすると無理がたたるので、やっぱり低い金額がいいとは思いますが、最近はそういった風潮は株主を欺く行為として厳しくなるので、それなりの経営者がリスクとリターンをしっかり見極めたうえでMBOをやるということが大事なんだろうと思う次第です。<

本当に同感です。それと、以前にも書きましたが、元社長さんの言い分を聞いておりますと、結局のところバブル崩壊前の事業会社と金融機関との争いとほとんど同じ状況なんだな・・・と感じる次第です。

投稿: toshi | 2008年10月10日 (金) 21時06分

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