三井物産社の不適切循環取引にみる内部統制システムの効用(意義と限界)
本日は「内部統制の最新事情と企業実務における今後の展開」なるセミナーに多数ご参加いただき、ありがとうございました。参加された皆様は内部統制統括部門と内部監査部門とちょうど半々の割合でしたね。(あと、監査役、監査役室の方もいらっしゃいましたね)「中小上場企業向け」と謳っておきながら、中小上場企業固有のお話がなかったではないか、とアンケート用紙にお叱りの意見が書かれてありましたので、この場を借りてお詫び申し上げます。(すいません、時間が足りませんでした。)
本日のセミナーの冒頭でもご紹介しました9月3日リリースの三井物産九州支社における架空循環取引発生の事実と、その再発防止策に関するお知らせでありますが、当事例を検討するにあたりましては、会社法務A2Zの9月号「内部統制最前線(7)」の特集記事を参考にされることをお勧めいたします。といいますのも、今月号は三井物産社の内部統制の推進と課題ということで、三井物産社の業務プロセス管理第一部長さんのインタビュー記事と、2001年以降の全社的内部統制構築への取り組みがしっかりと記載されているからであります。(なお、本日セミナーにお越しいただいた方々はおわかりのとおり、私は今回の三井物産社の対応を非難するつもりでご紹介したのではなく、そのリリース内容から、①事実認定プロセス、②認定事実開示プロセス、③業務プロセスと全社プロセスの組み合わせによる効果的な再発防止策策定の3点を紹介することを主眼としたものであります)
なお、このリリースを単純に眺めてみますと、業績絶好調の商社ゆえ、7年間で82億円程度の循環取引による売上計上額など、過年度修正の必要もなく「軽微なものにすぎない」ことは間違いございません。ただ、担当部署の売上推移表からみて、300億円のうちの27億円ということですから、たとえば売上高300億円(2008年3月期)の企業に27億円(2008年3月決算分)の架空循環取引が混在していたと仮定しますと、公表されている税引後利益から税引前利益を推定しましても、「重要な欠陥と評価されるべき不備」が残っている可能性は否定できないものでありまして、一般事業会社においても参考になる事案かと思われます。(まぁ、巨大商社の信用ゆえに、担当部署で年間27億円もの架空取引ができた、ということも考えられますが・・・)以下、私なりに分析における意見を若干述べさせていただきます。
1 業務プロセスの平準化が炙り出した不適切な循環取引への関与
三井物産社の本件不適切取引に関する7月25日および9月3日のリリースを読みますと、不適切循環取引の対象取引は2008年2月で(会社の方針として)一旦中止をしたことがわかります。なぜこの取引を中止したかということは、先の会社法務A2Zの記事および7月25日付けリリースによりますと、単純に売上向上が見込めないから、というわけではなく、現状の会計プロセスの問題点として、社内において「財務報告に係る重大な虚偽記載リスク」を十分に把握できない取引が多く残っており、それらを一旦引き揚げて、プロセスをきちんと整理したうえで再開する方針にしたがったからであります。(上記雑誌でも、本件不正取引とは関係なく、そういった方針によって全社的に取引見直しが行われていることが説明されています)。つまり、三井物産社は、今年2月に、この会計プロセスの再構築の方針のもとで不適切循環取引の対象となった取引(農業資材取引)をリスクの大きな取引として中止したことは間違いないようです。三井物産本社がこの不適切循環取引を直接発見したのも、(三井物産社による信用補完が途切れてしまった)今年6月の循環取引に関与していた販売先からの「資金繰りに窮しての」相談によるものであることに起因するようですので、そもそもこのリスク管理の一環としての取引中止が引き金となって循環取引の連鎖が崩壊したことは間違いないと思われます。まさに「業務プロセスの平準化」が社内不正を炙り出した結果となったようであります。
2 業務プロセスの統制手続きと内部統制の限界
そもそも三井物産社は上記会社法務A2Zの記事にもあるように、米国SOX法404条(財務報告統制)及び同法302条(開示統制)をクリアしている会社ですし、不正取引を防止するために権限分掌や上長によるモニタリングなど、プロセスチェックを重視した(かなり進んでいると思われる)業務プロセスを構築されているようであります。しかしながら、それでも7年間にわたりチェックできなかった循環取引による売上および利益計上が行われていたということですから、やはり「どんなに万全の体制を敷いていても、不正はなくならないし、また発見することができない」という点では内部統制の限界を考えざるをえないところであります。ちなみに、先日ご紹介した「関西不正検査研究会」におきましても、某銀行の業務監査部の方が「不正を働く社員は、どこに穴があるか知り抜いているし、また内部監査のクセまで見抜いているから発見は本当に困難」と発言されておられましたが、まさにこのたびの三井物産社の対象社員の所業も、(9月3日のHPリリースをご覧になればおわかりのとおり)商社取引のなかにおいて、少しばかり「法令順守よりも利益拡大のほうが優先順位が高い箇所」をピンポイントで狙った不正行為であります。ただし「内部統制の限界事例があるから仕方がない」で済ませるものではなく、その限界部分をできるだけ狭めるべく、今後の対応策が検討されてしかるべきであると思われます。
3 不正発覚時の対応にみる内部統制構築プロセスの全社的能力
上記法律雑誌の記事と今回の不正取引に関するリリースを統合しますと、今回の三井物産社の「調査の結果、判明した不正行為発生の原因」が単なる後だしジャンケン的なものでないことは判明いたしますが、とりわけ9月3日のリリースで特筆すべき点は、冒頭でも少し触れたとおり、事実認定の迅速さ、認定事実開示の正確さ、そして説得的な再発防止策の提言であります。昨今の内部統制事情を垣間見るに、監査法人による適正意見をもらうためにはどうすればいいか、2009年6月の時点で(評価日は期末ですが)問題となっている不備が重要な欠陥と評価(宣告?)されないためにはどうしたらいいか、といった議論がさかんに行われております。そこでは企業側として、かなり受身の体制をもって内部統制報告制度の向き合っているのが現状ではないでしょうか。せっかく株主から預かっている金銭を内部統制システムの構築のために投入しているわけですから、まさにこういった財務報告の信頼性が揺らぎかねない事態への対応能力に大きな差をつけられないような積極的な取り組みが求められるところではないでしょうか。不正会計処理を防止するために、いったん継続している取り引きを中止するなど、それこそ大きな企業であり、また多額の管理費用をねん出できる企業だからこそ可能な所業、ということも言えそうであります。しかしながら、リリースの再発防止策を精査するかぎり、そこに必要なのは現場においては業務プロセスを承認する現場社員の理解であり、また統制環境においては、全社的内部統制として「法令順守よりも利益拡大の姿勢」はあってはならないとする経営トップの姿勢であり、そこになんら多額の費用も負担も要しないと感じることができるのではないでしょうか。
今回は、たまたまセミナーの冒頭トピックスとして三井物産社の事例を取り上げたにすぎませんが、内部統制報告制度の効用を検証するにあたり、「これは好材料」と思料される事例は、公表されているものだけでも、この半年くらいで5,6件は存在します。(成功例、失敗例含めて)そういった事例を、自社での取組に活かすことも「内部統制燃え尽き症候群」にならないためには必要かもしれません。
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コメント
tonchanです。
昨日はお疲れ様でした。
内部統制の担当者の目からすると今回の三井物産から得られる教訓は以下の通りです。
1.内部統制(J-SOXも含めて)で最も重要なのは継続性であること。
今期はJ-SOXの初年度で話題になっていますが、内部統制は企業が続く限り
必要なもので一過性で終わる種類のものではありません。
これに気付かないで今を見ていると本質を見失うように思います。
2.継続させる条件は、内部監査部門による独立的な評価と他社が自分の作業を
確認しているのが当然であるという統制環境だと思います。
結局、当社のような中堅企業では仕事に人がつくのではなく、人に仕事が
ついている部分がかなりあります。
だからこそ、独立的な評価が重要でラインでは言いにくいことを指摘する部門
(人)が必要になるのです。
内部監査部門の担当者としては、このように考えないととてもモチベーション
を維持できないと思います。(少なくとも私はそうです)
toshi先生も講演で私に指摘されたように担当者の方が割り切りが良いのも
割り切らないととてもこの仕事は担当できないのです。
これからもできるだけ割り切ってより良い内部統制の維持を目指していきたいと思います。
今後とも示唆に富むブログを期待しております。
投稿: tonchan | 2008年9月 5日 (金) 11時32分
tonchanさん、木曜日はセミナーにお越しいただき、ありがとうございました。実はセミナー出席者の一覧表を事前にいただいたのですが、tonchanさんの期待とは裏腹に、ほとんどの方が非常に大きな上場企業のご担当者だったために、最後のところにウエイトを置くことができませんでした。(申し訳ありません)
割り切りの問題は、最近のこのブログの「迷える25件さん」の提示されている点(サンプリング)についても同様のことが言えるのかもしれません。実務に詳しい方、実際にシステム構築に携わった方ほど、基準の正当性についての疑問を抱かれるかもしれません。思考放棄に至ることなく、精度の高いシステム作りを志向しつつも、でもやっぱり、どっかで割り切る必要性があるのが今回の制度ではないかと感じています。
今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: toshi | 2008年9月 7日 (日) 22時56分
toshi先生
返答ありがとうございます。そうですか、やはり大手の方が多かったのですね。
どこかでこの中小企業の件のお話をお聞きしたいものですね。
頂いた資料でもコメントしたいところがたくさんあります。
会社に身を置いていると結局割り切ることが仕事の基本のような部分もあります。
私自身は、割り切るための理論を形成し大胆に割り切る事が重要だと思います。
結局、J-SOXは最後まで対応を終わらせて初めて会計士の方々のお話の内容を
理解することができると考えています。会計士の方々自体もこの会社はこうやるのね。
というプロセスの理解を行わなければ資料の先頭から各個撃破にならざるを得ないからです。
これが現状であるならば、できるだけ速やかに最後まで対応してみることが最優先課題となります。
その為には熟慮の上の割り切りが重要となるのです。現場話はどうしても卑近となるのを
お許しください。
今後とも是非よろしくお願いします。
投稿: tonchan | 2008年9月 8日 (月) 10時04分
会社法務A2Zを本屋で立ち読みしてきました。
三井物産では、2001年以降全社的内部統制構築の取り組みをしてきた、ということは、ディーゼルエンジンの問題が2002年に起こり、あまり報道されませんでしたが、2006年に海外の子会社で不正が発生し、そして今回の不正と、8年間に少なくとも3回の内部統制上の問題が発生したことになります。このことは、単に業務プロセスの問題だけではなく、より根本的な統制環境の問題と評価されるかもしれません。
内部統制はもとより固有の限界があり、さらに会社としては「費用対効果」を考慮しなければなりませんから、どの会社でも内部統制の不備に起因する問題が発生する可能性があるわけですから、早期に不備を発見し、是正措置を講ずることが肝要であると思います。(監査人の本音としては、期末近くに「重要な欠陥」が発見され、是正措置がされぬまま期末日を迎えると、内部統制監査報告書の監査意見に悩むことになるもんで)。
投稿: 迷える会計士 | 2008年9月 8日 (月) 22時35分
迷える会計士さん、こんばんは。
9月8日、9日と、公認会計士協会では金融庁の方々を招いて、内部統制監査に関するセミナーが開催されたと風の噂(?)でお聞きしました。やはり金融庁のトーンは変わっていなかったのでしょうか?期末近くで「重要な欠陥のおそれのある不備」が見つかった場合、本当に是正措置の判断は悩むでしょうね。「金融商品取引法には構築義務は書いていない、あくまでも開示すればいい」といった金融庁サイドのお考えでいきますと、そのまま重要な欠陥があるとして内部統制は有効とはいえない、とする判断が頻繁に出てしまうんでしょうか?
監査法人さんの判断基準というものが、結局大きく実務を左右していくような気がします。
投稿: toshi | 2008年9月10日 (水) 02時28分
内部統制の構築に当たっては、どこか割り切る必要があるとのことですが、その発想は反対であると思います。「何をしないか(しなくてよいか)」ではなく、「何をするか」でなくてはならないと思います。不正がピンポイントで行われるならば、一つ一つの統制手法もピンポイントで行われなくてはなりません。それでは網羅的でないという批判もありましょうが、そこは管理人様がいみじくもおっしゃられているように、経営者による不正排除への姿勢・現場の業務プロセスの理解が車の両輪のごとく機能することで、網羅的な不正防止は可能であると思います。
投稿: こばんざめ | 2008年9月13日 (土) 23時56分
>そのまま重要な欠陥があるとして内部統制は有効とはいえない、とする判断が頻繁に出てしまうんでしょうか?
アメリカでは、10%以上の会社が「重要な欠陥」を開示していますが、日本ではそのような勇気(?)ある開示は少ないのではないでしょうか。監査法人サイドは、おしなべて保守的スタンスとなるでしょうが、「重要な欠陥」を開示した場合、マーケットはネガティブな反応となるでしょうから、会社はなるべく開示したくないでしょう。水面下では、会社と監査人のハードネゴが行われるでしょう。
監査人としては、「重要な欠陥」であるか否かの絶対的な基準はない以上、会計マターと違い、その主張を完全に通すことは難しいでしょうね。
投稿: 迷える会計士 | 2008年9月16日 (火) 21時28分
toshi先生
歳のせいか記憶力減退しているようで、記憶にたよった↑のコメントは資料を確認したところ不正確でしたので、訂正させていただきます。
米国では、内部統制に重要な欠陥があるとして、監査法人が不適正意見を表明した例が13%の360件でした。
分野別では、「決算プロセス」が192件で最大となっています。
投稿: 迷える会計士 | 2008年9月27日 (土) 11時44分