有害物質規制に係る土地売買と瑕疵担保責任規定の適用に関する疑問
ろじゃあさんも「これは実務への影響大かも!?」としてとりあげていらっしゃいますが、東京高裁において、土地売買契約の後に有害物質規制が敷かれた土地については、その汚染除去費用は民法570条の「隠れた瑕疵」に該当し、買主は売主に対して除去費用額4億4800万円の請求ができる、とする判決が出たそうであります。(日経ニュースはこちら。なお、9月26日の日経新聞朝刊にも同様の記事が掲載されております)私自身も、この判決内容は、企業実務に多大な影響を与える可能性が高いものと認識しております。
本来ならば、判決全文を読んでからエントリーすべきでしょうが、どうも私の感覚として、1991年に土地売買が完了して、2003年に高濃度フッ素が有害物質として指定されたわけですから、12年も経過した後に、商事売買の売主の瑕疵担保責任が発生する、というのは(たしかに買主にとってはお気の毒な状況ではありますが)取引の安定という意味から見ても、どうも違和感を覚えます。売買時よりも後に「汚染した土地」の指定を受けた土地がはたして「隠れた瑕疵」のある売買対象物に該当するのかどうか、という点につきましては、瑕疵担保責任の法的性質が、債務不履行の一種なのか、特別法定責任なのか、といった典型論点との関連でいろいろとご意見はあると思われます。しかしながら私が反射的に違和感を覚える最大のポイントは「瑕疵担保責任と消滅時効」に関する最高裁判例との整合性であります。
瑕疵担保による損害賠償請求権には消滅時効に関する民法166条の適用があり、この消滅時効は買主が売買契約の対象物の引渡を受けたときから進行する、というのが最高裁判例であります(最高裁平成13年11月27日・民集55-6-1311)。本件についてみますと、たしかに買主としましては、少なくとも2003年時点にならないと「汚染物質の除去費用」発生の事実を認識できないわけですから、それ以前には損害賠償請求権を行使することは不能であります。したがいまして、損害賠償請求権の消滅時効の起算点を2003年と捉えるべきのようでもありますが、上記最高裁判例は、瑕疵を認識できた時点を起算点とするのではなく、あくまでも「売買契約対象物の引渡を受けた時点」としております。これはおそらく、瑕疵担保責任の追及といえども、取引の安定性を考慮して、たとえ取引時において買主には瑕疵の存在が判明できず、損害賠償請求権を行使することができなくても、両当事者の公平を図る見地から、起算点を「引渡時」としたものであると思料されます。そうであるならば、本件でも、売主の瑕疵認識の時点よりも、1991年を消滅時効の起算点とすることが最高裁判例と整合するものであり、当該東京高裁判決は、最高裁の判例と抵触するのではないでしょうか。(もちろん、売主側が訴訟において消滅時効の抗弁を援用していること、を条件とするものでありますが)
どうも脊髄反射的に、違和感を覚えた次第でありますが、もし東京高裁の判断に公平性を付与する事情があるとするならば、売主は化学系の会社であり、後に有害物質として指定されるような汚染物質を自ら放出したのであるから、その除去責任は売主側が負担すべきである、とする価値判断かと思われます。ただ、この価値判断は、どこでどのように「瑕疵担保責任」を結びつくのか(債務不履行責任の一種と捉えるのかもしれませんが)、やはり判決全文にあたってみないと、そのあたりは不明のようであります。
| 固定リンク
コメント
こんばんは。素人ながら、私も不思議な感じがします。
ニュースだけしか見ていない私には謎な判決ですが、東京高裁の裁判官が
論理的におかしい判決を下すことはあまりないのでは?
結論に賛成できない判決でも、(憎らしいほど)筋だけは通っている
ことが多い気がします。
そうだとすると、記者がはしょりすぎて判決のロジック上重要な事実関係
を落としている可能性が高いと思います。
いずれにせよ全文が判れば謎は解決しそうですが、
ここはあえて謎を楽しみたい。
なぜ『隠れた瑕疵』なのか、については次のように考えます。
本件について“法律上の制限”を“瑕疵”と捉えてしまうと、取引後
相当期間経ってからの規制がなぜ隠れた瑕疵なのか、そのようなリスク
は買主が負担すべきではないか、という疑問が生じてしまいます。
もしかすると、そうではなくて“高濃度のフッ素含有”それ自体が瑕疵
とされたのではないでしょうか。規制があろうとなかろうと、有毒物が
高濃度で存在したという事実は契約時から潜伏していて。ところが当時
はチェックする由がなかった。その後規制されたことにより客観的に
認識できる瑕疵となり買主にも知りうるところとなった。
もしこうだったなら、法定責任説・契約責任説にかかわらず『隠れた
瑕疵』で問題ないのではないでしょうか。
上を前提にすると、買主が瑕疵の存在を「知ってから」1年間は瑕疵担
保責任を追及できることになる。
しかし、それだと売主に永久にリスクを課すことになる、ということで
平成13年判例へとつながり、1年の除斥期間+10年の消滅時効の枠をは
めること、消滅時効の起算点は引渡し時、と解釈した同判例との整合性
が問題になる。
平成13年判例との整合につきましては私は3通りの可能性を考えます。
①売買契約と引渡しとの間に大きな時期的なズレがあった可能性
仮に、実質的支配可能性の移転(引渡し)が1994頃だったとする
と消滅時効完成は2004年頃となり、2003年に買主が瑕疵認識→1年
の除斥期間内に瑕疵担保責任追及、と処理されていれば平成13年
判例と整合しませんか?
②売主による消滅時効援用を制限する解釈がなされた可能性
重判H13森田宏樹解説によると、「売主の正当な信頼を保護する
必要性に欠けるような場合..中略..売主による消滅時効の援用が
権利濫用に当たるという処理がありえよう。」とあります。
売主側が、原因物質が有毒でかつ高濃度に存在したことを知ってた
ような事情があったとしたら、まさにこの解釈が使われたのかもし
れません。
③なんらかの契約(特約)条項の解釈が結論を左右した可能性
また長いのを書いてすいません。
投稿: JFK | 2008年9月27日 (土) 02時39分
山口先生
素人の考えですが例えば、家を購入したときに、建材に
問題があり、それが大工さんも知らなかった場合とか
システムでのバグが該当するかどうか不明ですが、
これで重大な損害が出た場合とか(当社は中小会社ですが
この被害にあってます。)の保証とかに影響があるので
しょうか。知りたいところです。
是非とも、先生の判決文の解説をお待ちしてます。
投稿: ご苦労さん | 2008年9月27日 (土) 09時24分
>JFKさん、ご解説ありがとうございます。
高裁の裁判官に関する点は(いろいろと異論もあるでしょうけど)私もJFKさんとまったく同感です。ロースクールで教えておりまして、最高裁で高裁判断がひっくり返る事例がありますと、最高裁のほうが筋が通っていると考えがちです。しかし、そうではなく、最高裁と高裁では重視すべき価値に関する優先順位が異なるだけであり、結論に至るまでの論理についてはむしろ高裁のほうが筋が通っているケースもけっこうあります。「高裁の裁判官をなめたらあかん」というのが持論です。
高濃度フッ素の存在そのものを「隠れた瑕疵」と捉えているのではないか、とのご意見ですが、判決全文を読んでみないと、よくわからないところです。ただ、法規制とは別に「高濃度のフッ素」ということだけで瑕疵の判断をするとなりますと、「どこまでの高濃度が瑕疵で、どこまでならセーフ?」といった議論に発展することになりまして、1991年時点でそういった判断を当事者に背負わせることがはたして妥当なのだろうか・・・といった疑問がまた湧いてくるように思われます。
おそらく「判例時報」か「金融・商事判例」あたりの雑誌に掲載されることを願っています。
>御苦労さん様
いつもコメント、ありがとうございます。まさにご指摘のような場合が「瑕疵担保責任」を議論する場面でありますが、ご商売上の問題となりますと、商法の適用場面にもなりますので、身の回りにそういった問題がありましたら、お近くの弁護士さんにご相談されるのがいいかと思います(笑)。瑕疵担保責任自体の問題はそれほど複雑ではありませんが、事案によって消費者関連法における救済手段なども検討すべきだからです。
投稿: toshi | 2008年9月27日 (土) 12時04分
本職は技術系なので、理不尽なものを感じます。
環境関係の規制は厳しくなることはあっても緩くなることはないので、今回の様に、取引時点で問題なかったものが、その後の規制の変化まで瑕疵担保責任を負うとなると、エンドレスになってしまう気がします。
例えば、化学物質は規制の対象になっていて規制が段階的に厳しくなっていく場合(排ガス規制など)→改正毎に瑕疵担保責任が発生する?
規制対象ない物質が新たに追加された場合→当時の技術水準に照らしてどうだったか?という問題になると思いますし、前者と同様過去の蒸し返しとなって、結果としては、取引の停滞になってしまうのではないかと思います。
あと、直接は関係ありませんが、原告は公営企業で契約は私法上の取引ですが、今回の様に事後的に瑕疵担保責任を負わせることが可能となると、所属する自治体の条例等を制定して瑕疵担保責任を発生させることができ、取引の安全を害しますし、公共企業との取引を避ける方向に働き、かえって公益的な事業の遂行に支障がでてくるのではないでしょうか。
投稿: うめ | 2008年9月28日 (日) 03時39分