株主代表訴訟(責任追及の訴え)における素朴な疑問
いつも拝読させていただいておりますGrande's Journalのgrandeさんより、ご要望がございましたので、10月3日の蛇の目ミシン工業株式会社(東証一部)のリリース(旧経営陣に対する株主代表訴訟のお知らせ)についてコメントさせていただきます。(実は本日のセブンシーズ・テックワークス株式会社の「株主による臨時株主総会招集請求に関するお知らせ」についてもたいへん興味があるのですが、こちらはまた別の機会に。)上記蛇の目ミシン社のリリースによりますと、株主代表訴訟判決に関する最高裁への上告受理申立が退けられ、この10月2日に旧経営陣5名に対して合計583億円ほどの損害賠償債務が確定した、とのことでありまして、5名の旧経営陣の債務が「連帯債務」ということになりますと、それぞれが583億円の債務を蛇の目ミシン社に対して負担している、ということになります。もちろんこのような巨額債務につきましては、到底役員個人が支払える金額ではなく、「いったい株主代表訴訟における巨額債務を役員が負担する意味がどこにあるのか?」といった批判も正直なところ、出てくるところであります。(もちろんD&O保険にも限界はあります)
ただ、私がこの蛇の目ミシン社のリリースを読んで、たいへん感動しましたのは、平成18年の最高裁差戻し判決が出た時点におきまして、原告株主代理人が会社の代理人となって被告取締役の責任追及にあたる旨の契約が原告と蛇の目ミシン社との間で締結されていた、というものであります。本来、株主代表訴訟の仕組みからしますと、取締役の責任追及をしない会社に代わって少数株主(単独株主)が取締役や監査役の責任を追及するわけですから、株主と会社との利害は原則として一致するはずであり、勝訴原告株主の代理人弁護士が会社の代理人となって(旧経営陣らの)責任追及に尽力する、という構図はそれほど驚くほどのことでもないものと思われます。しかしながら、平成13年の商法改正以後(会社法におきましても)、監査役の同意があれば、会社は被告取締役側に補助参加することが認められるようになりましたので(たとえば会社法849条)、かならずしも会社の利益と原告株主の利益が一致するとは限らないものとされ、会社の経営判断に関する違法性が問われる事例などでは、むしろ原告株主の利益と会社の利益とは相反するものである、と理解されるようになっております。
現に、取締役や監査役など相当数の役員について損害賠償債務が確定したD社の株主代表訴訟におきましては、D社によって原告株主代理人とは別の代理人が元取締役に対する債権回収にあたっておられるようでして、その実際に債権回収できた金額を根拠として原告株主代理人らの弁護士報酬が算定されようとしているようであります。(もちろん、これはD社側からの算定根拠に基づく提案であり、原告株主代理人の方々はこれに大いに異議を唱えておられ、いまだ解決がはかられていない模様であります)したがいまして、蛇の目ミシン社としましても、原告株主代理人による債権回収の委託を拒絶することがただちに違法ということにはならないものと思いますし、事実上敵対的な関係にある原告側の代理人を選任することにはかなりの抵抗があったものと推測されます。このような状況で、あえて原告株主代理人の方々に、元役員らに対する債権回収行為の代理権を付与したのは、おそらく蛇の目ミシン社としては、反社会的勢力との関係を将来にわたり排除することを社内外に示す「コンプライアンス的発想」によるものではないかと思われます。蛇の目ミシン事件は、その内容をご承知の方も多いと思いますが、大阪高裁では「脅迫されていた役員らには法令を順守するだけの余裕(適法行為への期待可能性)がなかった」として、善管注意義務違反による損害賠償責任は認められなかったのでありますが、最高裁はこれを覆して多額の損害賠償責任を認めたものでありまして、いわば役員らは会社のために違法行為に及んだ典型例であります。こういった事情のもとで、あえて原告株主らの代理人に債権回収を委託する会社の姿勢こそ、おそらく「断腸の思い」であったでしょうし、またそれほどまでの決意をもって「コンプライアンス宣言」を世に示したのではないかと推測いたします。
ところで会計に疎い弁護士の素朴な疑問ではありますが、こういった583億円もの損害賠償請求権が蛇の目ミシン社に確定的に帰属するに至った場合、会計処理はどのようになるのでしょうか?583億円の債権はただちに「特別利益」になるのでしょうか?(それだとあまりにも事実と乖離することになりますよね?)それともこの後、長い期間にわたって行われるであろう債権回収に要する期間、オフバランスの状態になっているのでしょうか?おそらく「将来予測」というものは「やってみないとわからない」わけで、どうにも説得的な金額の算定は困難だと思われるのですが。(だからこそ、先のようなお知らせリリースになっているのでしょうか?)また、ご存じの方がいらっしゃいましたらご教示いただければ幸いです。
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コメント
大阪の弁護士です。最近、このHPを発見し、以後、かなりの頻度で訪れて勉強させて頂いてます。さて、損害賠償金の会計上の処理についてですが、判決が確定した以上、原則的には、やはり、(借方)未収入金 ○○(貸方)損害賠償金《特別利益》 ○○ の仕訳を切って、期末に、(借方)貸倒引当金繰入《特別損失》○○ (貸方)貸倒引当金 ○○(未収入金として莫大な金額が計上されていると利用者の誤解を招く恐れもあり、引当金計上ではなく未収入金の直接減額処理の方が良いのかもしれませんが)の仕訳を切るということになるのでは、と思います(勘定科目等はかなり適当ですが)。肝心の引当額については、金融商品に係る会計基準第4「貸倒見積高の算定」に沿って判断することになるのかと。本件巨額賠償額に鑑みれば、元役員に対する請求権は「貸倒懸念債権」を超えて「破産更生債権等」に該当するでしょうから、財務内容評価法により、「債権額から担保の処分見込額及び保証による回収見込額を減額し、その残額を貸倒見積高」とすることになると思います。ただ、通常の取引ではないので、担保や保証などはないはずで、結局は、どの程度が保険から支払われるのか、その見込額がある程度明確になっているのか否かだと思います。なお、税務上は、原則的には賠償額等が確定した時点で益金計上すべきであるが、実際の入金時点で益金計上する処理も容認するという規定のようです(法規通達2-1-43)。かかる税務上の許容規定に照らせば、貸倒見積高の算定がどうにもこうにも出来なくて困り果てたというような場合には、損害賠償請求権をオフバランス(但し、注記情報としては記載)とし、実際の入金時点で収益(特別利益)計上していく方法もありなのかな、と思います。以上、単なる私見ですが、ご参考までに。
投稿: K.H | 2008年10月 7日 (火) 12時21分
KHさん、はじめまして。詳細なご教示ありがとうございます。私としましては、最後の税務上の許容規定にしたがって、結局のところはオフバランスとしてしまうのが妥当なのかなぁ・・と思ったりしています。(つまりある時点において入金総額について「特別利益」として扱ってしまう、というもの)「情報提供機能」を重視する、ということだと、一般投資家に誤解を与えないためにも、これがベターなのでは?と思います。なお、会計士さん方のブログを読みますと「本当に元役員は100億円も支払えるのでしょうか?」といった疑問を呈しておられるものが多いようでして、最初から「破たん債権的な」見方をする弁護士の発想とはかなり隔たりがあるように感じました。(このあたりの認識の差異が会計処理にも反映するのかもしれませんが)
投稿: toshi | 2008年10月 7日 (火) 22時53分
山口先生
いつも拝読させていただいております、といいますより取り上げていただきまして感謝であります。
会計仕訳としては、KH先生がおっしゃっている「未収入金+貸倒引当金」のような方法は当然に考えられるかなと思っております。
税務上のことを考えますと、相当程度の貸倒が見込まれるでしょうから、確定時点よりは入金時点にもってきたいところかと思われます。
(但し、その他の裁判で確定時点という先例が会社内であった場合には、会計処理の継続性の観点から確定時点にせざるを得ないかもしれませんが・・・)
蛇の目さんのところの純資産を拝見したところでも、巨額ですのでインパクトは必至ですし、総額で立ててその後損失計上は避けたいところでしょう。
また開示実務的には、10/2に確定ですから第2四半期では後発事象になりそうな印象があります。
第3四半期に仕訳を行うと考えると、「で、なんぼ回収できますのん?」という話になりますから、年内には何とか回収可能額を算定しておきましょうね、といったところでしょうか?
いくつか会計処理はありそうな気もしますので、私見ということで。。。
投稿: grande | 2008年10月 8日 (水) 13時33分
grandeさん、コメントありがとうございます。
今回の素朴な疑問については、仕訳の問題もあるでしょうけど、被告の責任財産の範囲とその回収可能性については法律家の立場からするとかなり時間を要する問題だと認識しておりますので、そのあたりがどう会計処理に反映されるのかとても興味があります。高額賠償事件特有の問題なんでしょうね。会計士さんも代表訴訟の対象になったり、第三者から不法行為責任を問われないように配慮する必要があるかもしれませんし。
なお、critical accountingさんのブログでも、たいへん詳細にご解説いただいており、そちらも参考にさせていただきます。(ありがとうございました。少し研究させてください。また他にもご意見がございましたらよろしくお願いいたします。)
投稿: toshi | 2008年10月 9日 (木) 02時19分
toshi先生、こんばんは。監査役全国会議での大役、おつかれさまです。
本件エントリー、たいへん興味深く拝見しましたが、蛇の目ミシンの取締役にとっては、回収可能性の判断が困難であり、株主から責任を問われる可能性もあるので原告代理人に回収を依頼したのではないでしょうか。
たとえば巨額損害賠償債務を負っている元取締役の方々が自己破産でもしてもらえるのであれば「破たん債権」と同等評価することも可能でしょうが、そういったことが期待できないとしたら、会計処理としては判断できても、株主へ説明がつくのかどうかはよくわからないところだと思うのです。ということで、私は「反社会的勢力との関係断絶への意思」というよりも取締役らの「責任回避」と受け取っているのですが。。。
投稿: hiro | 2008年10月11日 (土) 22時13分
会計の目的は、有用で信頼性のある財務情報を投資家に提供することですが、時として有用性と信頼性は二律背反に陥ることがあり、今回のケースではその二つの要素のバランスをとることは、なかなかに難しいですね。
裁判所の判決が出たからといって、即時に財務計上すれば有用な財務情報でしょうが、金額の不確実性から信頼性を欠くものとなってしまいます。さりとて、税法ベースで計上すれば金額は確定しているので信頼性のある財務情報ですが、有用な財務情報とはいえないでしょう。
このようなケースでは、被告と回収金額や回収期限について合意書のようなものが締結されるのでしょうか?そうであれば、その時点で財務計上するのが妥当ではないでしょうか。それまでは、適切な開示を行うことにより、一定の有用な財務情報を投資家に提供することが出来ますから、回収金額の信頼性を犠牲にしてまで、財務計上を行う必要はないのではないかと思われます。
投稿: 迷える会計士 | 2008年10月11日 (土) 22時45分
>迷える会計士さん
コメントありがとうございます。
当事者ではありませんので100%の確信をもって申し上げるわけにはいきませんが、こういった判決が確定した場合には、もはや被告との間で回収金額、回収期限について合意書をまくことはまずないものと思われます。(HIROさんがおっしゃるように、軽々しく回収金額を確定してしまいますと、今度は現取締役のほうに株主から責任を追及されるリスクが発生しますし)ですから、やはり財務計上するのは後日、ということになるのでしょうね。ちなみに「仕訳処理ハンドブック2008年版」(清文社)によると、損害賠償金は金額が確定した時点で特別利益に計上するのが原則だが、実施に賠償金を受領する時点で計上することも認められる・・・とありました。どういった場合に認められるのかは不明ですが、本ケースのような場合も回収金額の信頼性を維持するためにも受領時計上が認められるケースになるのではないかと思いました。
しかし、株主代表訴訟というものは、会社ではなく株主が「会社に損害があり、その填補が可能である」と判断して提訴するものですから、そもそも会社は「損害金」をどのように会計上で取り扱っているのでしょうかね。考え出すと、いろんな問題が出てくるのでしょうか。
投稿: toshi | 2008年10月13日 (月) 00時51分