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2008年10月29日 (水)

市場安定化対策における「空売り規制」と正当防衛理論

空売り規制に関する閣議決定に基づき、金融庁のHPにはすでに一部改正された金融商品取引法施行令がリリースされております。「空売り」とは、一般に株式を保有しないで、もしくは株式を借り入れて売付を行う行為のことを指すものでありますが、金融庁は、このたび空売り規制を強化する市場安定化対策を決め、本日より東証もこれに歩調を合わせることになりましたので、これが奏功してか、本日は日経平均もかなり上昇していたようであります。なお10月30日にもまとまる追加経済対策のなかには、金融庁が必要に応じて全面的に空売りを禁止することができるような対応策も盛られる、ということのようであります。(ニュースはこちら

このたびの「空売り規制」強化につきましては、経済団体からの要請もあり、また世界的な金融不況が同時に発生していることなどから、どこの新聞、ニュースの内容をみましても、あまり「空売り規制はおかしいぞ!」なる論調が見受けられないようです。「時価会計の一時凍結」について、大いに議論されているのとはずいぶんと雰囲気が違うように思うのは私だけでしょうか。

しかし、平成14年に金融庁が空売り規制を強化(このときは売り崩しによる相場操縦を防止するための価格規制と明示義務)したときの日経新聞(たとえば平成14年3月29日、同年5月5日)や、朝日新聞(たとえば平成14年4月25日)などの報道によりますと、空売り規制については「正常な価格形成をゆがめる」とか「官製市場」「過度の市場介入」といった言葉でかなり批判的だったわけでして、ましてや昨年はアメリカにおいてSECの説得力のある検証のもと、空売りに関する価格規制の全面撤廃まで行われた(ただし、本年7月に復活!)わけですから、なにゆえ今回は、空売り規制に伴う市場への悪影響についての問題点が浮上してこないのか、ちょっと私には理解できないところであります。(緊急の対応だから・・・という点では、6年前とあまり変わらないのではないかと思うのでありますが。)

もちろん、特別に青臭い理屈を並べ立てるつもりではございません。実質的には金融機関の株価維持の必要性(自己資本規制、それにともなう中小企業への貸し渋りの低減)や、国際協調の必要性により、世間的にはあまり抵抗なく規制されるところだとは思うのであります。しかしながら、そもそも投資家保護と公正な市場価格形成の確保を目的とする金融商品取引法の制度趣旨と、今回の空売り規制とは相反するものではないのか、といった点について、それほど明確には議論されてきていなかったのではないでしょうか?健全な市場形成にあたって、貸し株市場が成熟することや活発な空売りは、必要性の高いものである、ということは疑いのないところだと思いますし、空売りの弊害については相場操縦行為の取締りによって対応すべきではないか、といった議論もずいぶんと昔から行われているところであります。つまり「空売り」自体が悪いのではなくて、価格形成作用に著しい障害を与えるような態様の空売りだけが排除されるべきである、というものであります。したがって、実質的な必要性は理解できても、これが金融商品取引法の枠内(施行令、内閣府令)によって対処される以上は、その行為規制に関する法的な理屈についてもクリアしておく必要があると考えられます。

これを「超法規的措置である」と言ってしまえばそれまででありますが、それでは思考停止状態に陥っているに等しいと思いますし、この理屈であれば会計基準の変更についても「緊急事態であるがゆえに一時停止すべし」といった理屈が成り立ってしまうわけであります。ということで、平成14年の空売り規制強化と、今回を比較してみて、共通しているのが「空売り規制強化と同時に、過去の空売り事例の取締り強化」であります。平成14年の空売り規制強化の場面では、外資系証券会社など合計7件が実際に空売り規制違反として(金融庁から)行政処分を課されております。そして今回も、空売り規制強化と同時に直近における違反事例について厳格に対応する、とされております。つまり、「こんな違反事例が実際にあるからこそ取締りを強化をするのだ」といった流れが必要になるのではないか(つまり、空売り規制強化と直近事例の摘発強化はセットになっている)と、ふと考えました。金融庁の裁量によって空売りを全面的に禁止する、などといった強化策の正当性については明らかとは言えないけれども、空売りによって市場の価格形成作用が歪められるような「急迫不正の侵害」が認められる場合には、金融商品取引法における保護法益を守るためには、その違法性が阻却される・・・といった理屈が考えられるのではないでしょうか。

こういった理屈からしますと、必然的に外資系金融機関(の日本支社)をはじめとして、いくつかの金融機関に対しては、おそらく比較的早い時期にこれまで通用していた空売り規制に違反した、として行政処分が課される事態が想定されるところであります。それが「空売り全面禁止権限付与」に関する唯一の正当化根拠になってくるのではないかと思うのですが、金融規制法に詳しい方々はどういったご意見をお持ちでしょうか。(空売り規制には「適用除外事由」が細かく規定されておりますが、除外事由との関係はどうなるんでしょうかね?)

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コメント

DMORIです。
金融規制法に詳しい者でないコメントで恐縮ですが、法律専門の皆様ご承知のとおり、条文というものはかなりの幅をもった解釈が可能なものです。
そうした現行法の規定を超えて、グリーンスパン氏の「サブプライムを放置したのが過ちだった」が象徴しているように、米国先導の市場原理主義が限界を露呈し、世界は投機マネーの暴走を規制する方向へ向かうことが大切だと思います。
そのために、いろいろな新しい規制法規への知恵を絞るべきですし、それができるまでは、現行法を最大限に援用する解釈をして、正しい株式投資のあり方を示すことが必要でしょう。

イランの アフマディネジャド大統領が、まだサブプライムがおかしくなる前に「投機マネーを穀物市場に入れさせるな」と発言していました。この人の政策が正しいわけではありませんが、この発言についてはしっかりいいことを言う、と評価しています。

投機で証券会社の経営陣が億ドル単位の年俸を手にするいっぽうで、高い穀物を買えずに餓死していく人たちが多い現状は、もう終わりにさせていかないといけません。

投稿: DMORI | 2008年10月29日 (水) 09時02分

こんにちは。

「空売り規制はおかしいぞ」といった意見があまり出ていないとのことですが、今日の日経朝刊では東証社長が「空売りのない市場は流動性が低下し、死んだような市場になる」と指摘しておられるようですよ。今後の更なる市場規制には断固反対するようです。

しかし清算価格よりも低い企業が続出しているような状況ですから、強化策もやむをえませんよね。

投稿: hiro | 2008年10月29日 (水) 14時13分

「先物取引は現物価格の形成を円滑化させる」というのが経済学のセオリーですが、実際にそうなのかという疑問は確かにあります。

しかしながら、先物悪玉論について疑問に思うところは、「投機マネーは石油や穀物については価格を上げる方向、株価については下げる方向に動く」という思い込みがあるように見えることです。実際には、先物取引のおかげで株価が上がったり穀物価格が下がったりということもあるはずですが、好都合な結果については「我が国経済の実力」や「経済政策の成功」や「市場の健全な価格形成」で、不都合な結果は投機マネーのせい、というような御都合主義的発想が見え隠れしている感じがします。

投稿: MO | 2008年10月30日 (木) 07時06分

>MOさん

コメントありがとうございます。
空売り規制の問題も、また会計基準の問題についても、理屈だけでは整理できないことが多いように思います。みんながハッピーになれるんだったらどうでもいいけど、日本の国力減退につながる場合にはダメ・・・という理屈はどうもしっくりとこないのであります。ということで、私の場合にはその「グレー」な部分を違法性阻却の考えで乗り切るのでは?と思ったのですが、短絡的な発想でしょうかね。「未曾有の不況だからなんでもあり」では、ルールにはならないのではないかと。

投稿: toshi | 2008年10月30日 (木) 15時46分

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