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2008年10月15日 (水)

内部統制構築義務と代表取締役(社長)の法的責任論(近時の判例に学ぶ)

内部統制システムの構築義務違反と取締役(監査役)の法的責任に関する代表的な裁判例といえば大和銀行事件、ヤクルト事件、ダスキン事件などの株主代表訴訟が著名なところでありますが、最近(といっても昨年11月ですが)、第三者による不法行為責任追及訴訟(上場企業を被告とする損害賠償請求訴訟)において、代表取締役の内部統制構築義務違反が認められた判決が出されております。(代表者の内部統制構築義務違反を会社に対する善管注意義務違反と捉えるのではなく、民法709条の不法行為を根拠付ける注意義務違反行為として構成して「過失」を認定した事例であります。最終的には民法44条(法人の不法行為能力に関する規定;平成18年法第50号による改正前の事案)で会社自身に損害賠償責任を認めております。元事業部長による会計上の不正行為が行われた期間は、当該会社が東証二部に上場する前後にわたる平成12年9月から平成16年12月までの間であります。本件裁判につきましては、本年(平成20年)7月ころ発売された判例時報1998号141頁以下に判決文(東京地裁判決 平成19年11月26日)が掲載されておりますし、最近発売されております法律雑誌(中央経済社「ビジネス法務」11月号)や、金融商品取引法に関する最新の基本書(商事法務・金融商品取引法「資本市場と開示編」)などでもボチボチ紹介されているようであります。

民法(法人の不法行為能力等)第44条 (ご参考まで)

法人は、理事その他の代理人がその職務を行うについて他人に加えた損害を賠償する責任を負う。2 法人の目的の範囲を超える行為によって他人に損害を加えたときは、その行為に係る事項の決議に賛成した社員及び理事並びにその決議を履行した理事その他の代理人は、連帯してその損害を賠償する責任を負う。

この事件は、いろいろと特徴があるところでして、まず不正会計事件(元事業部長による長年の架空売上計上。すでに「有印私文書偽造・同行使罪」によって懲役1年6月執行猶予3年の有罪判決が確定)について、当該会社の社長さんが不正会計を防止するための体制整備義務を尽くしていなかった点に「過失」を認めたものでありますが、原告(元株主)の方はいわゆる「本人訴訟」なんですね。(つまり弁護士を代理人に選任せず、おひとりで東証二部上場企業を相手として訴えを提起しているものであります)また逆に、被告上場会社には、当然のこととして企業法務で著名な弁護士の方が代理人としてついておられ、内部統制構築義務は十分に尽くしていたこと、元事業部長の架空売上工作はどんなに内部統制構築義務を尽くしても防ぎきれなかったことについてきっちりと主張をされています。こういった極めて原告側に不利な状況(一般的に見て)であったにもかかわらず、原告は被告上場企業を相手として一部勝訴判決を得ることができた、という点が特徴的であります。また、第二の特徴としては、通常こういった不正会計事件の場合には、経営不振のために上場廃止になってしまったケースが多いと思われますが、当該被告企業は現在も比較的元気な中堅上場企業でありまして、この不正会計事件当時は監理ポスト入りし、また日経新聞等では上場廃止となるのではないかと書かれたのでありますが、その後監理ポストからははずれ、現在は何事もなかったかのように順調に経営をされている企業だということであります。つまり、本件は「とんでもない経営者がいたからこそ発生したような事件」ではなく、ごくごくまじめに経営されておられる上場企業でも、同じような損害賠償責任を負担しなければならない事態を想起させる点が特徴的であります。

ひょっとすると、本件判決を読まれた方は、「え!?これで社長さんは損害賠償責任を負わなければいけないの?」と思われるかもしれません。(だからこそ、上場企業の方々にはご一読いただいたほうがいいのではないかと思うのでありますが)流通市場における不実記載責任を認めた金融商品取引法21条の2が施行される以前(平成16年12月1日施行以前)の「有価証券報告書虚偽記載」に関する事例ということもあるでしょうが、いずれにしても会計不正を防止するための内部統制システムの構築義務の有無を詳細に検討したうえで、取締役の過失を真正面から認めている点については今後の実務には大きな影響を与えるものと言えるのではないでしょうか。

たとえば、

財務報告に係る業務プロセスの流れを示す「経理規程」は実際の事務手続きと合致したものになっているでしょうか(→これは裁判で大きな意味を持っております)

また、職務分掌は形式的、名目的なものではなく、人的な影響力を阻止できるほどに独立性を維持しているでしょうか(→本件では、上司の権力によって職務の独立性が排除されてしまうような脆弱な職務分掌が大きなポイントと指摘されております)

さらに、たとえ職務分掌の独立性が維持されているとしても、経理部の能力(リスク管理能力)がしっかりしているでしょうか(→売掛金の実在性を担保するための売掛金残高確認書を取引先に送付し、その返送を確認するシステムがしっかり稼働していたとしても、本件では長期滞留債権の確認方法としては不十分であることが指摘されております)。

疑問点としては、「こんな架空売上が何年も続いていたことについて、監査法人は不正に気がつかなかったのか?」といったところが出てきそうですが、東証に上場してわずか1~2年後に発覚したものですし、また監査法人による社長への指摘が発端となって発覚した、という事情もあります。(念のため)また本件事例は、その損害額立証や因果関係の相当性を認めている点についても(法律家に対しては)興味深い論点がありますが、一般の上場企業の皆様方に対しては、やはり上記の内部統制システムの構築義務違反の有無を検討するなかで、日本版SOX法対応の整備状況を振り返りながら「レベル感」を体得していただくには好例ではないかと考える次第であります。(長期滞留債権の消し込みなどにみられるような、経理部における売掛債権管理の稚拙さもあるかもしれませんが、ドキ!っとされる方もいらっしゃるかもしれませんよ・・・)さらに一点付言いたしますと、私からしますと、この平成12年~16年当時よりも、日本版SOX法が施行された現時点のほうがはるかに経営者自身に「不正会計リスクに対する予見可能性」は高いものが要求されると考えておりますし、その予見可能性をもとに、リスク回避義務のレベルも、(システム構築のための予算問題などを考えても)かなり高くなっているのではないかと推測いたします。(経営者としては、内部統制統括部署や内部監査室に「丸投げしています」といった理由はもちろん裁判では通用しませんし)なお、当該事件の発生(発覚)後に当該会社より東証へ提出された「改善報告書」を併せて読みますと、今後いかにして内部統制を強化していくか、内部監査制度を強化していくか、という点についての検討内容も参考になるところであります。(上記裁判の影響力に配慮して、当ブログでは被告会社名を伏せております。ご関心のある方は、上記判例時報等をご参考の上、詳細をお調べいただだければ幸いです。ただし判例時報におきましても被告企業名は明記されておりません。グーグル検索があるとすぐに判明してしまいますが。)

金融商品取引法第21条の2 (ご参考まで)

(虚偽記載等のある書類の提出者の賠償責任)
第21条の2  

第25条第1項各号(第5号及び第9号を除く。)に掲げる書類(以下この条において「書類」という。)のうちに、重要な事項について虚偽の記載があり、又は記載すべき重要な事項若しくは誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けているときは、当該書類の提出者は、当該書類が同項の規定により公衆の縦覧に供されている間に当該書類(同項第12号に掲げる書類を除く。)の提出者又は当該書類(同号に掲げる書類に限る。)の提出者を親会社等(第24条の7第1項に規定する親会社等をいう。)とする者が発行者である有価証券を募集又は売出しによらないで取得した者に対し、第19条第1項の規定の例により算出した額を超えない限度において、記載が虚偽であり、又は欠けていること(以下この条において「虚偽記載等」という。)により生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、当該有価証券を取得した者がその取得の際虚偽記載等を知つていたときは、この限りでない。

2  前項本文の場合において、当該書類の虚偽記載等の事実の公表がされたときは、当該虚偽記載等の事実の公表がされた日(以下この項において「公表日」という。)前1年以内に当該有価証券を取得し、当該公表日において引き続き当該有価証券を所有する者は、当該公表日前1月間の当該有価証券の市場価額(市場価額がないときは、処分推定価額。以下この項において同じ。)の平均額から当該公表日後1月間の当該有価証券の市場価額の平均額を控除した額を、当該書類の虚偽記載等により生じた損害の額とすることができる。

3  前項の「虚偽記載等の事実の公表」とは、当該書類の提出者又は当該提出者の業務若しくは財産に関し法令に基づく権限を有する者により、当該書類の虚偽記載等に係る記載すべき重要な事項又は誤解を生じさせないために必要な重要な事実について、第25条第1項の規定による公衆の縦覧その他の手段により、多数の者の知り得る状態に置く措置がとられたことをいう。

4  第2項の場合において、その賠償の責めに任ずべき者は、その請求権者が受けた損害の額の全部又は一部が、当該書類の虚偽記載等によつて生ずべき当該有価証券の値下り以外の事情により生じたことを証明したときは、その全部又は一部については、賠償の責めに任じない。

5  前項の場合を除くほか、第2項の場合において、その請求権者が受けた損害の全部又は一部が、当該書類の虚偽記載等によつて生ずべき当該有価証券の値下り以外の事情により生じたことが認められ、かつ、当該事情により生じた損害の性質上その額を証明することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、賠償の責めに任じない損害の額として相当な額の認定をすることができる。

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