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2008年11月28日 (金)

一澤帆布総会決議取消(高裁逆転)判決と事業承継リスク

(riocamposさんのコメントを受けて、28日午後追記あります)

シャルレのつぎはモジュレ、ということで、なんだか舌が回りづらくなってきましたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

さて、ひさしぶりのビックリ判決が出ましたね。先代さんが作成した遺言書に関する遺言無効確認の訴えについて、大阪高等裁判所が地裁の判断を覆し、遺言無効の確認を認めた判決が出たようでして、これに基づき、3年前に元経営者を追い出した「取締役解任」に関する株主総会決議も取り消されたそうであります。(ちなみに、2年半前のエントリー「一澤帆布と敵対的相続防衛プラン」と、昨夜の朝日新聞ニュースはこちらです。そういえば、同志社のロースクール生にも、「一澤帆布」「信三郎帆布」の愛用者を見かけますね。同志社小学校のランドセルは「一澤」→「信三郎」に変更されたようです。)

兄弟間での「遺言無効確認訴訟」はすでに最高裁で2004年に決着がつき、その最高裁判決にしたがって弟さん(前社長)がお兄さん(現社長)から会社を追い出され、店舗まで明渡請求を受け、事業承継問題についてはすでに決着がついてたのではないか、と思っておりましたが、実は前社長の奥さま(解任決議によって追い出された取締役のおひとり)が、別訴訟として遺言無効を訴えておられたのですね。(産経新聞ニュースを読みますと、「無効確認を求めた裁判」とありますので、遺言無効は単に決議取消のための前提となる争点だけでなく、訴訟物だったように思います。)おそらくニュースを読まれた方は、

「なぜ最高裁で有効と確定した遺言書が、また別の裁判で無効になってしまうのか?」

という疑問が湧いてくるところだと思われます。これは法律家の立場からしますと、けっこう興味を引くところです。株主総会決議取消訴訟の訴訟要件(出訴期間)と判決の効力、固有必要的共同訴訟性の有無、訴訟告知(参加的効力と既判力の差異)、争点効、訴えの利益と遺言無効確認訴訟の法的性質などなど、会社法、民法、民事訴訟法の論点が山積みで、司法試験の論文試験に出てもおかしくないような事例であります。(ただ、このあたりはブログで書いてもどなたにも読んでいただけないと思いますのでスルーします)

面白いのは、2年半前のエントリー(前出)では「三文判押した遺言書でも、後で作ってしまえば有効なものとして通ってしまうんですね」と私は書きましたが、この判決では重要な文書であるにもかかわらず三文判(「一澤」なのに「一沢」の認印が使用されていた、とのこと)が押されているのは不自然、とされている点であります。元々、自筆証書遺言の場合、押印は不可欠なのでありますが、押印されていない場合でも、「これこれの事情があれば」押印があったと認める・・・といった判例もありますので、逆に「押印はあるけれども、これこれの事情があるので有効な遺言書とは認めない」といった判例もあってもいいのかもしれませんね。(これも判決内容を精査してみないと確かなところは申し上げられませんが)

また、こちらのニュースを読みますと、大阪高裁は、先代さんが「一澤」の文字にこだわっていた経緯だけでなく、遺言が書かれるまでの背景事情まで考慮して遺言書の内容の不自然さを指摘しているようであります。これは注目すべき点であり、遺言書の有効性判断にあたっては、その形式をじっと見て判断する・・・というのがこれまでの慣行だったように思いますが、こういった遺言書が書かれるまでの事情をも斟酌するとなりますと、事業承継のためには、「10年程度の準備が必要」という最近の傾向にも合致するのではないでしょうか。

しかし、この大阪高裁の判断が最高裁でも維持されるとなりますと、前社長さん方が「一澤帆布」の経営者として復活する、ということになるわけですから、ずいぶんとたいへんな状況になりそうであります。これまで和解の可能性はほとんどゼロだったわけですし、「一澤帆布」なる会社を巡る法的安定性が一気に崩れ去ることになるのでしょうか?株主総会決議の取消判決は対世効がありますので、関係者一同に影響が及びますが、前社長が現社長から株式の引き渡しを求めようとすると、以前の最高裁判決で確定した判決の既判力によって遮断されてしまいそうですし、どうも法律関係がはっきりとしません。(できれば判決全文を読みたいところであります)

こういった「お家騒動」をみておりますと、事業承継リスクの大きさを痛感するところであります。先代さんの目の黒いうちは、兄弟仲良く・・・と平穏無事に見えていても、相続が発生したとたん「争族問題」が勃発するという例は多いと思われます。「敵対的相続防衛プラン」といいましても、いきなり売渡請求権の行使とか、種類株式による拒否権発動などとやろうものなら、火に油をそそぐような結果になりそうであります。平穏な事業承継には10年を要するのが現実のようでありますが、こういったリスクを目の当たりにしますと、社長さんが元気なうちに事業承継プロジェクトを開始することが、経営者として会社を持続させるための社会的責任なのかなぁと思います。それと(これは同業者の方々への広報という意味も含まれているかもしれませんが)「有事」ではなく「平時」の事業承継プランにおいて法律専門家のサポートは絶対不可欠だなぁ・・・・・と、意を強くした次第であります。

(28日午後:追記)riocamposさんよりいただいたTBで、原告(控訴人)側である一澤信三郎氏のブログを発見しました。「おおきに」というタイトルで信三郎氏の思いが書かれております。著名ブランド店を承継する経営者の気持ちが現れていて参考になります。(roicamposさん、ご紹介ありがとうございました)

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2008年11月27日 (木)

三洋電機株式TOBを巡る攻防はどうなるんだろうか?

パナソニック(旧松下電器産業)による三洋電機子会社化をめぐって、大株主3社とパナソニックとのかけひきが本格化しているようですね。この件については、最近は日経新聞よりも読売新聞のほうが主導権を握って報道されているようにも思われます。M&Aネタの時には毎度申し上げているところでありますが、私はとくにM&Aに詳しい専門家でもなく、あくまでも当事者取締役や監査役などの立場であれば「どう考えるだろうか」といった興味からのエントリーでありますので、軽い読み物程度にお考えください。(当然、株式売買につきましては自己責任においてお願いいたします)

パナソニックがディスカウントTOBによって(つまり現在株価を160円とすると、買付価格を現在株価よりも安く120円程度に設定すること)、大株主3社に買付の打診をされたそうですが、コールドマンサックス・グループ(以下GSといいます)は「全株主にとって公正公平な価格でなければならない」として250円程度をTOBの適正価格だと主張しているそうであります。したがってGSからすると、「120円なんて話にならない」というところのようですが、パナソニックとすれば、GSがTOBに応じなくとも、三井住友と大和証券SMBCが応じてくれるのであれば過半数を取得できるのですから、そのまま120円でTOBを開始するのでは・・・・という推測もはたらきます。(ちなみに、三社とも優先株取得時の価格は普通株単位では70円程度だそうですから、120円でも利益は出るそうです)

しかし、大株主3社で優先株(普通株に転換した場合には、1株が10株の普通株となる)を引き受けたときの契約として、GSと大和証券との間で相互に先買権について規定していた、とのことでして、もしパナソニックのTOB価格よりも1円でも高い値段で買い取る旨を申し出た場合には、先買権によって契約相手方の保有する優先株を買い取ることができるそうであります。ということは、もしパナソニックが120円でTOBを開始して、その後GSが先買権を行使して大和証券保有株を取得した場合には、パナソニックとしては過半数の株式を取得することができなくなってしまう・・・といった懸念が生じるところであります。(そのようなことまでして、GSが三洋電機株式を現に保有する経済的意味がどこにあるのか?という疑問は生じるところでありますが・・・・)

そこで、ここからが素人的発想ではありますが、著名なアナリストの方々が希薄化(普通株式への転換)を見込んだ三洋電機の時価は100円から110円程度とするところからみて、パナソニックとしては120円程度のTOB価格を維持せざるをえないのではないかと思われます。もしプレミアムを付けるようなことになりますと、全部買付義務が発生して、一般株主もこれに応じる可能性が出てきますので、「三洋電機社をそのまま上場させておきたい」といったパナソニックの思惑がはずれることになりますし、なによりも多額の金銭が三洋電機社ではなく、三洋電機社の株主のほうへ流出することになります。また、たとえ120円程度を維持することによってGSにそっぽを向かれ、先買権まで行使されてしまって過半数を取得できない事態に陥ったとしても、そのときは三洋電機社から第三者割当によってパナソニック社に対して新株を発行すれば過半数取得に到達するのではないでしょうか。こうすれば、たしかに新株発行の際に、パナソニック社の追加資金が必要になりますが、資金はすべて三洋電機社に入るのであって、株主に流出するわけではありませんので、三洋電機社の株価も上昇するでしょうし、三洋電機社の上場を維持しつつ、支配権だって獲得することができるはずです。(例のキリンHD社が協和発酵社を子会社化するときに用いられた「合わせ技」スキームですよね)こう考えますと、なにもパナソニック社側がGS社に譲歩して大幅なTOB価格の上昇を検討する必要はないように思うのでありますが、いかがなものでしょうか。

ちなみに、121円以上の価格を適正とみる場合の先買権に応じる義務がありますので、大和証券SMBCの役員さん方としては120円程度のTOB価格に応じたとしても、「不当に安いTOBに応じた」として自社の株主から責任追及されるリスクは極めて小さいはずだと思います。(そもそもディスカウントTOBに応じること自体が経営判断と思われますし)そう考えますと、どうみてもパナソニック側に有利な展開が見込めるように思われますので、私は結局のところ120円に近いところで和解(妥結)するのではないかな・・・と考えているところであります。素朴な疑問に基づくエントリーですので、また明らかな誤り等ありましたら教えていただけますと幸いです。

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2008年11月26日 (水)

金融庁「インサイダー取引規制に関するQ&A」(役職員の自社株売買)

三洋電機に対する買収方式や買収価格についてはいろいろとニュースが飛び交っておりますが、買収側と大株主側でこれだけ評価価格に差がありますと、パナソニックの取締役としてはたいへんですね。TOBが選択された場合の「大株主との事前合意」や買付方法の選択なども問題になりそうですし、今後どういった経過をたどるのか、注目されるところであります。

先週のこちらのエントリーにおきまして、インサイダー取引防止に関する金融庁Q&Aをご紹介しましたが、25日、追加Q&A(第2問)が公表されております。(追加Q&Aはこちら)第1問は自社株売買における会社自身の取引形態に関するものでしたが、第2問はインサイダー規制防止に関する社内体制(役職員による自社株取引の管理体制)に関するものであります。これも先日の日経新聞の特集記事で「過度の自社株売買禁止体制のデメリット」の実例が挙げられていたところだったと思います。先週の「週刊経営財務」(2894号)でも、東証COMLECの売買審査部調査役の方による「インサイダー取引に対する関係機関の取組と未然防止体制上の留意点」なる、かなり詳細な解説が掲載されており、この「望ましい社内管理体制の明確化」「自己株式取得時等に係るセーフ・ハーバー・ルールの導入」がインサイダー取引規制に関する今後の論点として取り上げられていたところであります。

上場企業の「インサイダー取引防止体制」に関する東証の調査によりますと、上場会社のうち74%程度が役職員の自己株売買禁止型(つまり一般的に禁止しておいて、個別申請のある場合に審査のうえ許可する、というものだと思われます)を採用しておられるようです。(平成19年5月時点)役員が自社株取引を行うことによって役員個人ではなく、会社自身に課徴金処分が下され、企業の社会的評価に影響が出るケースもあるために、こういった厳格な社内体制がとられることになっているのでしょうね。これが売買の禁止期間を設けることなく採用されるとなりますと、ずいぶんと過剰な規制のように思われますし、また、個別審査等に要する経費や人的負担なども問題になるところであります。もちろん社員の方々にも不便を強いることになります。そこで自己株式原則禁止期間を、もっともインサイダー情報が発生しやすい期間にだけ限定したうえで、なおかつ事前規制だけでなく、事後規制などの柔軟な体制を工夫するなどによって、役職員の方々の自己株式売買が過度に委縮しないように・・という趣旨で本Q&Aが作成されたものと思われます。

なお、先日のエントリーへのコメントとして、Kazuさんより、

ところで、自社株買いについてインサイダー取引を緩和して欲しいという要望があるようですが、自社株買いが禁止されていた理由の一つとして「インサイダー取引や株価操作等の不正の温床となる」ということがあって、その防止策を十分に行うから自社株買いが解禁されたのだと理解しています。インサイダー取引を緩和してよい程、インサイダー取引や株価操作のおそれが小さくなったとは思えないので、インサイダー取引規制など、自社株買いに関する金商法上の規制は緩和できないと思うのですが、山口先生はいかがお考えでしょうか。

と、ご質問を頂戴しておりました。たしかにKazuさんがおっしゃるように、自社株売買が禁止されていた旧商法(平成6年改正前の商法)の時代の基本書(教科書)には、どれも「インサイダー取引や、不正な株価操縦を誘発するために禁止されている」と説明されております。そして、そのような禁止理由があるにもかかわらず、これを解禁するに至った理由としては、インサイダー取引や相場操縦誘発のおそれについては、会社法ではなく、証券取引法によって厳格に規制することで弊害を防止できるから・・・とされていたのが一般的なところだったと思います。ただ現実にはインサイダー取引規制が開始された昭和62年以来、改正はあったものの、ほとんど骨子は変わっていないですよね。(すでに20年も改正されていないので、インサイダーの規制の現実と合致していない、といった批判もかなり出ているようです)ですから、Kazuさんのご指摘はもっともだと思います。ただ現実には上場企業の資本政策の幅を広げて国際競争力を強化したり、資本市場そのものの充実を図ったり、ストックオプションを浸透させて報酬体系を柔軟化する要請もありますし、いっぽう規制方法につきましても、法令による「事前規制」から、内部統制などの企業の自律作用、SESCによる事後規制強化へと傾斜しているところですから、現在のような運用も(いちおう)肯定的に受け止められているのではないか・・・と考えております。でもこうやって萎縮効果が問題とされておりますので、やはりもっと規制内容の明確化を図る必要はあると思いますね。

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2008年11月24日 (月)

公正取引委員会の常識と社会の常識にズレはないのか?

みなさま、連休はいかがお過ごしでしょうか。私はこの三連休は仕事がたてこんでいるため、早朝から深夜まで事務所以外の某所にて業務に忙殺されております。(ジャッジⅡの最終回はまだ視ておりません。)とくに日曜とか祝日の晩に仕事をするのは少し物悲しいですねェ(あぁ、なんか美味しい鰻が食べたくなってきました・・・泣笑)

さて、新しい公正取引委員会の委員に現委員会事務総長(企業法務の世界ではたいへん著名な方ですよね)の方が就任する予定だったようですが、過去にこの方の「肩書詐称」(弁護士資格を持たないにもかかわらず「弁護士」の肩書を冒用した)の事実が発覚したために、自民党がいったん国会に提出した人事案の撤回を行ったようであります。(詳しく報じる毎日新聞ニュースはこちら)

とくにこの方を擁護する意図ではございませんが、最初このニュースを読んだとき「なんでこんなに大騒ぎになるのだろうか?この程度で人事案を撤回するのはおかしいのではないか?」と感じました。法律実務書に出版社のミスで「弁護士○○」と記載されたのは、おそらく一橋大学大学院教授と某法律事務所のシニアコンサルタント、そしてご出身が東大法学部といった肩書から、つい出版社がこの方は弁護士資格を取得しているものだと錯覚したことが原因のようですから、ご本人に落ち度があるわけでもなく、とくに人事案を撤回するほどのことでもないですよね。また、たとえ「弁護士」といった肩書を付したとしましても、それが架空人の職業として付されているだけであるならば、ご自身を詐称するものでもないのでそれほどたいした問題でもないのでは・・・・・、といった印象を抱きました。(そもそもこの方のご経歴からすれば、独禁法を語るにあたりわざわざ「弁護士」と詐称する必要もないでしょうし)

ただ、よく考えてみますと、それほど単純なものでもなさそうであります。たしかに肩書詐称か否かを検討すべき論点としましては、この事務総長さんが1994年から95年ころにかけて、「国際商業」というきちんとした(格式の高い)専門雑誌に、「弁護士 大野金一郎」なるペンネームを使用して独禁法関連の連載記事を執筆されていたことに絞られるものと思われます。この「国際商業」のバックナンバーの目次をもとに2005年ころまでさかのぼってネット上で確認してみますと、けっこうたくさんの日本を代表する知識人の方々が執筆されているようであります。しかし執筆者の方のほとんどが実名で論稿を発表しておられるようで、どうみても架空人の名前を用いて記事を執筆されている方はいらっしゃらないようであります。(原典を確認したわけではありませんので、不確かな面はありますが)

そもそもこの雑誌の読者の方々は「弁護士 大野金一郎」を実在の人物と認識して記事を読まれたのでしょうか?それともあらかじめ独禁法に詳しい人が架空名義で記事を書いていることを認識していながら読まれているのでしょうか?前者だとすると出版社を含めて、とんでもない事態になってしまいますから、おそらく(まちがいなく?)後者だと思われます。そうしますと、読者の方々が架空の人物に「弁護士」の肩書がついていることについてどのような印象を持つか・・・という点を検討しておく必要がありそうです。これは記事の内容との相関関係で判断すべきだと思いますが、問題となっている雑誌の記事はおそらく独禁法関連の論稿だと思われますので、たとえ仮名であることが読者にあらかじめ理解されていたとしても、読者は「おそらく事務所の関係で実名を出せない経済法に詳しい弁護士が書いたものだ」と連想するのが自然ではないでしょうか。そうしますと、たとえ架空名義であったとしましても、そこに「弁護士」なる肩書を使用してしまった事務総長さんの場合、やはり肩書詐称と批判されてもいたしかたないのでは・・・と、ちょっと今のところは思い直しております。

しかし、自民、民主、共産はじめ、「肩書詐称とはけしからん!」と怒っておられる政治家のセンセイ方のほうが「社会の常識」だとするならば(公取委も「軽率だった」と反省しておられますし)、公正取引委員会の常識とはいったいどんなものなのでしょうか?先のニュースによれば、公取委は問題となる架空名義での弁護士詐称についてあらかじめ検討したうえで「たいしたことはない」と考えて事務総長さんを推薦したようであります。おそらく事務総長さんも、自身の問題がこれほどまでに大きなニュースになるなどとは想像もしておられなかったはずであります。いわば一般の人たちがこの「弁護士 大野金一郎」なる表示についてどのように感じるか?という点を軽率に考えていたものでありまして、これは景表法違反によって公取委から排除命令を出された企業とほぼ同じような気持ちを抱かれたのではないでしょうか。おそらく公正取引委員会も、また委員に就任予定であった事務総長さんも、それぞれ合理的な理由による反論をお持ちだとは思うのでありますが、こうやって新聞に報道され、国会議員の方々より(与野党こぞって)批難されてしまいますと、ただ一言「公取委はうそをついた」「事務総長はうそつきだ」で終わってしまうのであります。もう今からでは期待できないものとは思いますが、ここでぜひ、公取委および事務総長さんの合理的な理由に基づく反論を拝聴したいところであります。

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2008年11月20日 (木)

ある常勤監査役さんへのメッセージ

10月に監査役協会主催の「監査役全国会議」で司会をさせていただいたせいかもしれませんが、最近、監査役さんからメールや対応に関するご相談など頂戴することが多くなりました。(もちろん会社は大手の法律事務所さんが顧問なのですが、監査役会独自の案件・・ということで。)私は全国会議の基調講演のなかで、監査役が企業の不適切な行動を発見した場合には、できれば法的な権利を行使することなく、粘り強く経営陣と協議をし、その行動を社内で制御すべきではないか・・・、それが本当に監査役に期待されている職責ではないか、といったお話をさせていただきました。(鈴木・竹内「会社法」の立場もそのように説かれているものと理解しております。ただし、全国会議ではご異論もいただきましたが・・・)そんななか、ある上場企業の常勤監査役さんから、下記のようなメールを頂戴しましたので、ご紹介いたします。この方とは直接お電話でもお話をさせていただきましたし、某社の監査役さんであることは間違いございません。

こんにちは。初めてメール致します。私は、ある上場企業の常勤監査役(○○歳)です。いつも読ませて頂き勉強させて頂いております。先生の論旨には、いつも大変感銘を受けております。たたかわされている議論も濃いものであり、この様な場があることに感謝をしています。

さて、私は極めて厳しい状況にあります。全てを語ると大変な長文となりますし、守秘義務もありますので、シンプルに申し上げますと以下の状況です。
 
○○年入社し、今年の○月の総会で選任されたばかりです。
就任直後、社長からは、「モノ言わぬ監査役に徹しなさい、自分達のやっていること、経営は正しく、正義であるから、何も知らないアンタが要らぬ口出しするな」と言われました。しかし、実態は、例えば内部統制の全くの軽視(無視)、会計監査人に対する無理難題、株主に対する横柄な対応、異議を唱える社員を全て退職に追い込む、無茶な事業再編を行い、自分達の意に沿わない人は全て排除して完全に乗っ取り意のままにする等、無茶句茶です。私が何か少しでも意見、疑問を言いますと、8人(取締役+執行役員)の経営陣が、かわるがわる恫喝します。これまで心ある監査役も、経理担当課長も、社員も皆辞めたり、辞めさせられたりしています。私よりも先に監査役に選任された他の○○○さんも、○月には辞任しました。人の出入りが異常に激しいです。

私はこのままでは、行き着く先は、監査難民であり、破綻だと思っています。しかし、傘下の企業は数社、従業員は1000人近くにもなりましたので、彼らの生活や顧客への責任、勿論株主への責任、社会的責任もありますから、監査役としてこのまま放置する訳には行きません。まさに監査役の職責を果たす場面だと思っております。従いまして、自分の身を守る為の「辞任」という選択はありません。
しかし、例えば荏原の大森監査役のケースの様に、あれだけ会社に明白な違法行為があっても、会社は何ら罰せられていないという状況からすれば、監査役が反乱したところで、何にもならないのかと失望したりもします。日々、辛い状況が続きますが、今は貴ブログで勉強することが、一つの支えとなっております。
○月決算ですから、来年○月の株主総会、招集通知に記載する監査役報告書等への対応等、せっぱ詰まった状況になって来ます。私への圧迫も強まるでしょう。(注:文章内の数字ももちろんデフォルメしております)

お便りありがとうございました。このような場末のブログでも、職責を全うされるためになんらかのお役に立っているのでありましたら、望外の幸せであります。(企業名が特定されるおそれのあるところは修正させていただきました。)荏原のケースにおいて明白な違法行為があったかどうかは、私としては判断しかねますが、鈴木・竹内「会社法」の時代の監査役さんと、平成17年会社法の時代の監査役さんとは、時代背景が異なるなかで、その期待される職責というものも変容しているのかもしれません。右肩上がりの時代の監査役は、まさに「企業不祥事防止」を目的とした違法監査に専念していればよかったのかもしれません。しかし会社法のもとで、監査役の設置が会社自治にゆだねられるようになったことで、株主に代わる取締役の監視機関としての意味が明白となったわけであります。また、昨今問題とされている「会計監査人の独立性」についても、会社法の建前では監査役の独立性に依存していることになっております。たとえ違法行為差止請求権を行使することがないとしても、監査役は単に違法行為の是正にだけ目を向けていればいい、というものではないと思われます。

これまで「現実の監査役の姿」に同情してか、世間も監査役さんには寛容だったような気がします。しかし、当ブログでも取り上げましたが、ちょうど1年ほど前、三洋電機社の不正会計事件において、社外第三者委員会の委員長を務められた日本を代表する商法学者の方が三洋電機社の監査役さん方にたいへん厳しい結論を下されました。しかも、監査役協会の「監査役監査基準」を、善管注意義務違反の有無を判断する解釈指針として用いられたのであります。私はこれをひとつの「転機」だと認識しています。監査役への期待が高まる分、その責任追及も厳しくなっていくものと想像します。さらに、会計監査の世界だけでなく、監査役監査の世界においても、会社法で内部統制システムの構築が議論されるに及んで「リスク・アプローチ」的な発想が不可欠のものとなっております。もはや「経営に口を出すな」ということであれば、リスク・アプローチによる監査役監査は困難な時代になってきたのではないでしょうか。

ナナボシ事件判決では、裁判官は粉飾を見抜けなかった監査法人の債務不履行責任を認めたわけでありますが、裁判官は明確に「当社はワンマン経営の企業であるがゆえに、内部統制には大きな問題がある。したがって合理的保証の心証を得るためには、さらに監査のレベルを上げる必要があった」と述べております。(もちろん、監査人側からは異論のあるところだとは思いますが)監査に対する裁判所の現実の見方というのは、こういったものであります。ワンマン経営の企業の内部統制に問題がない、と裁判所に言わしめるためには、まさに監査役さんの頑張りがなければ誰が修正できるのでしょうか。発見的監査手法から予防的監査手法へと、監査の主眼が移行しつつあるなか、また内部統制の構築が会社法においても問題とされるなかで、私は業績にかかわらず監査役さんの頑張りが「持続的成長」に向けて大きな力になるものと確信をしております。

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2008年11月19日 (水)

金融庁「インサイダー取引規制に関するQ&A」を公表(自社株取得)

3回にわたって当ブログでエントリーしてきました「シャルレ社のMBO」ですが、ついに火がついてきちゃったようでありまして、18日、大阪証券取引所より「不適切開示」として改善報告書を求められているそうであります。(シャルレ社の適時開示)この流れは「不適切開示」へのエンフォースメントのひとつとして注目されそうですし、今後の展開がありそうですので、また別エントリーにて検討してみたいと思っております。

さて、9月2日に日経法務インサイドの特集記事を受けて、「インサイダー取引のリスクマネジメント」なるエントリーをアップいたしました。そのなかでも、触れていたところでありますが、昨年の小松製作所さんや大塚家具さんの(いわゆる)「自社株取得に伴う”うっかりインサイダー”リスク」の衝撃によって、企業の自社株買付が委縮している現状が問題視されていたところであります。私は上記エントリーのなかで「自社株を信託方式で買い付ければ問題ないのでは?」と書いておりましたが、ある方からメールにて「小松製作所さんの自社株買いは信託方式によるものですよ」(こちらがリリース)と教えていただいておりましたので、実をいうとちょっと考えが甘かったわけでありますが※1、本日金融庁(および証券取引等監視委員会)よりリリースされましたQ&Aの内容を拝見しましても、やっぱり単に信託方式を採用しているだけでは十分ではなく、場合によっては、きちんとしたチャイニーズウォール体制を構築していることが条件となっているようであります。※2金融庁リリースはこちら

※1 たしかに小松製作所の件は信託方式による自社株買付ですが、ここではすでに重要事実を知ったうえで信託方式による買付を決定したように思われます。現に、小松製作所はほとんど営業活動をしていない海外子会社の解散発表までが「重要事実」に該当するのか?といったコメントを出しておりましたので、むしろここでは「重要事実」の内容が問題視されていたのでありまして、直接的に「信託方式による買付」の是非が問題になっていたわけではないと理解しております。

※2 なお、チャイニーズウォールを敷く必要がないケースとして、買付信託契約の後、会社側から信託銀行に買付の指示を行わない場合があげられておりますが、これはそもそも「重要事実を知ること」と取引行為との因果関係が切れることで、処罰対象たる内部者取引の行為態様には該当しない、とみるのでしょうね。先日のBNPパリバの社外第三者委員会の報告書でもすこし触れられていた事例だと思います。

チャイニーズウォールというのは、ここでは「同一会社内における情報障壁」程度にお考えいただければ結構かと思いますが、要するに、自社株売買を執行する部署と、重要事実を知りうる部署との情報の流れを遮断するような体制が構築される必要がある、というものであります。買付信託を採用する場合には、信託銀行へ売買の指示を行う部署と、重要事実を知りうる部署との情報障壁を未然に構築しておけばインサイダー規制には該当しない、ということがほぼ明確にされ、こういった状況のなかであれば安心して自社株取引を行うことが可能となるようであります。

ただ、これまでチャイニーズウォール体制といいますと、インサイダー取引規制や顧客との利益相反取引防止、自己勘定取引の峻別など、一般的には金融機関の厳格な自己規律のために構築されるもの・・・といった印象を持っておりますので、おそらく一般の上場企業にとっては、耳慣れないものではないでしょうか。具体的にどのような体制を構築すれば「指示を行う部署が重要事実から遮断され、かつ、当該部署が重要事実を知っている者から独立して指示を行っている」と認められるのでしょうか?こういったことも、今後検討を要する問題のひとつではないかと考えております。

このあたりは金融規制法分野に精通された先生方のご意見をうかがいたいところでありますが、ただ金融機関に要求されるようなものがそのまま一般の上場会社にも妥当する、とみるのもちょっと厳しすぎるのではないかと思いますし、また証券会社のように恒常的に体制を敷いておかなければならないというものでもないと思います。そこで、一般の上場会社の場合には、①インサイダー取引防止のための社内研修の一貫として情報隔絶の必要性を関係者に周知徹底させること、②チャイニーズウォールに関する社内手続きをマニュアル化(文書化)しておくこと、③執行部門と重要事実の管理部門とを組織的にも明確に分けること、④人的交流が必要な場合には交流の記録を残しておき、内部監査もしくはコンプライアンス部門が事後チェックをしておくこと、あたりが思いつくところです。(全部、あたりまえといえばあたりまえのことばかりですが・・・(^^; )こういった未然防止策をとっていれば、とりあえずインサイダー規制に引っ掛かるリスクはかなり低減されるものだと思いますが。(甘いでしょうか・・・?)

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2008年11月18日 (火)

景表法違反事例と「闘うコンプライアンス」の必要性

昨日の商品表示問題とも若干関連性のある話題でありますが、広告表示の適正性を確保するための法律といえば独占禁止法の特別法たる景品表示法が真っ先に頭に思い浮かぶところであります。当ブログにおきましても、過去にカー用品の「燃費向上」事件や、ANAのプレミアムシート事件などにおける公取委の排除命令への疑問を述べ、いずれもことごとく有識者(と思しき方々)より反論のご意見を多数頂戴いたしました。

経済法分野につきましては、それほど詳しい立場にあるものでもなく、多くの反論をいただいてもしかたないとは思っておりましたが、今月号のビジネスロージャーナル(2008年12月号)の広告法務特集におきまして、独占禁止法分野ではたいへん著名な法律事務所のパートナーの先生が「広告表示にもっと自由を~最近の景表法違反事例から考える~」なる小稿を発表しておられます。そしてこれがまた実に(私にとりましては)胸のすくような内容であります。以前のように誰がみても詐害まがいの悪質な広告ばかりであれば厳格な規制も当然だとは思いますが、最近は広告の在り方に対する企業の認識と公取委の認識のズレにより、頭をかしげたくなるような公取委の対応がみられる、とのことであります。現在の消費者保護行政に傾斜している景表法実務の運営においては、真剣にコンプライアンス経営に取り組んでいる企業ほど、表示に自信がもてなくなってしまい、一般人に向けた広告表示には消極的にならざるをえない時代になってきている、ということを問題の前提とされております。著者の方は、とくに具体的な事例に対するご意見を述べるようなことはされておりませんが、例のANAのプレミアムシートの事例についても紹介されております。

景表法問題は、あまり抽象的に議論することはおもしろくないので、具体的な事件が発生した場合以外にはブログ上で意見を述べることはしませんが、企業としても理屈のうえで「闘う」必要性の高い分野の一つではないかと考えております。たしかに公取委の判断を実際に覆すことはなかなか困難ではあります。くわえて一度「排除命令」が出てしまいますと、最近のCSR調達の風潮などからみて、対象商品が取引先大手販売店の陳列棚から消えてしまう・・・という事態も考えられ、企業としては泣く泣く命令に従わなければならないこととなります(これは私の経験からであります)。これでは排除命令を争いたくてもなかなか争えないわけでして、公取委の判断に不満をもつ企業にとっては司法的救済の道が実質的には閉ざされているようなものであります。そこで、昨日の食品偽装問題ではありませんが、景表法の制度趣旨を中心として、理屈の上であるべき方向性(たとえば消費者保護における「消費者」とはどういった人たちを指しているのか、広告を見た人が企業による説明や問い合わせによって誤認する可能性が乏しくなるのではないか、企業が広告によって訴求しようとしている点と公取委の問題としているポイントとはずれていないか、その公取委の注目するポイントが一般の消費者にとっても納得のいくものであるかどうか等)を議論するべきでありまして、正式な行政手続きを通じて、景表法における消費者保護行政との調和点を見出す必要があるのではないでしょうか。(以上、本日は備忘録程度にて失礼いたします)

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2008年11月17日 (月)

産地偽装事件と「食の安全」とはあまり関係ないのでは?

一連のウナギロンダリング事件の関係で、一昨日魚秀の社長さんや神港魚類社の担当課長さんなど計8名が(不正競争防止法違反容疑にて)逮捕されたそうでありまして、日曜日あたりのニュースによりますと、産地偽装事件発覚時における魚秀社長さんの説明とは異なり、実は昨年あたりから偽装計画があったのではないか、と報道されているところであります。

こういった食品偽装問題に詳しい方でしたら、「いまさら何言うとんねん」と言われそうなお話ではありますが、どうもマスコミの報道をみておりまして、一般消費者の方々に誤解を与えているのではないか?と思っておりますのが、産地偽装事件と「食の安全」との関係についてであります。今回のウナギロンダリングの一連の報道でも、偽装業者が中国産ウナギを国産と表示して卸市場に販売していたことは、消費者に対する食の安全、安心に対する信頼を大きく裏切るものであり・・・・云々、といった報道がなされているところです。しかしながら、産地偽装事件というのは、本当に「食の安全」と深い関係にある事件なのでしょうか?

Syokuhingisou001 最近、農林水産省の現役行政担当官3名の方による著書「食品偽装~起こさないためのケーススタディ~」(ぎょうせい 2,381円税別)を拝読させていただきましたが、さすがに食品表示に関する取締りの現場で活躍されていらっしゃる行政担当官の方々による著書だけあって、企業コンプライアンスの立場から、こういった食品偽装の現状把握と社内体制整備への提言を中心とした書物としてはピカイチの内容です。本書(とりわけ後半部分)を読み進めていきますと、産地偽装事件と「食の安全」とは、世間で言われているほど関係がないのではないか、ということが理解できるように思います。

たとえば「産地・銘柄の偽装」が行われた場合、基本的にはJAS法違反の有無が問われることになるわけでありますが、そもそもこの法律は消費者と食品加工業者との「情報の非対称性」を埋めることによって、消費者が自己の選択基準によって適正に商品を選択できるよう、商品表示の適正性を確保することが第一次的な目的であります。つまり、そこでは、自己の嗜好によって商品を選択しようとする消費者、つまり台湾産のウナギが好きな人であれば台湾産、中国産を好む人であれば中国産のウナギ・・・といったように、自己の選択を間違わないように、その選択のための表示の適正性を保護することが問題となるのであって、安全な食品を国民に提供することは第一次的な目的ではない、ということであります。自己責任原則を前提としない消費者保護、つまり食品の安全性を確保するための法律は、たとえば食品衛生法があるわけですから、行政がそのような一般国民の生活の平穏を守るための消費者行政と、JAS法のように、自己責任原則を前提として、商品選択が適正に行えるようにするための消費者行政の規制方法とは別次元の話である・・・という点が、本書をもって理解できるところだと思われます。

上記の点につきましては、私も以前から漠然とは認識していたところではありますが、JAS法が加工食品に対する「消費期限」や「賞味期限」の表示についても規制対象としていることから、「食の安全」との関係については否定できないものではなかろうか・・・と考えておりました。しかし本書を読みますと、たとえば消費期限の表示規制につきましても、「消費期限、賞味期限は、食品の品質を消費者が自らの五感経験で判断するためにも必要な情報であり、これの改ざんは表示に対する消費者の信頼を損なう行為として許されない行為である」と説明されております。つまり、そこで念頭に置かれている消費者とは、自ら食品の品質のちがいを五感によって区別できる人でありまして、できたての加工食品、消費期限切れ間近の食品、そして消費期限を切れてしまった食品のそれぞれの品質の違いを自己責任において判断できる消費者が前提とされているわけであります。そういった自己責任をもって判断できる人たちが、情報の非対称性によって加工食品側から騙されないように、その品質表示の適正性を確保しようというのがJAS法の立場からの目的でありまして、そうだとしますと、消費者に自己責任を問えるものではないような弱者のためにも、一定ラインの食の安全を確保することとは、一線を画すものである、といったことになろうかと思われます。

このように考えますと、産地偽装事件の場合、「食の安全」というよりも、「食への信頼」が損なわれる・・・といった説明方法のほうが適切ではないかと考えます。また、単に説明の問題だけでなく、行政による規制方法にも差が生じてくるように思います。食品の安全に関わる規制であるならば、「絶対に消費者の口に入る前に差し止めなければならない」といった要請が強く働くでしょうし、いわば行政による事前規制への傾斜はあまり抵抗感なく受け入れられそうですが、産地偽装問題のように(つまりJAS法が関係する場合)「一般消費者の選択にとって必要かどうか」という点からの規制となりますと、たしかに行政による事前規制が妥当かどうかはいろいろな問題を含むことになります。このような観点から、JAS法違反のケースでは、行政による事後的調査を厳格に行い、違反の程度が悪質な場合には警察との連携をはかることによって不正競争防止法違反や詐欺罪の適用をもって厳罰で臨む・・・という手法がもっともオーソドックスな規制手法ということに落ち着くのではないでしょうか。本書は「食品偽装」をとりあげて、これに対する行政規制の在り方を問うものでありますが、食品偽装問題だけにかぎらず、行政による事前規制と事後規制の在り方、消費者行政という場合の「消費者」というものを合理的判断ができる理性的な人間と捉えるのか、ひとりではそういった判断ができない人たちを想定するのか、といったように一義的にはとらえきれない面があること等なども検討できる格好の書物であり、いわゆる企業の立場から政策法務的な行政手法を学ぶうえでも貴重な一冊と言えそうです。

ちなみに、本書は魚秀の件をはじめ、ウナギロンダリングが農水省Gメンらによってどのように調査されていったのか、昨年7月からの行政の動きが解説されておりまして、企業コンプライアンスという視点からも非常に参考になるところであります。先に述べましたように、事後規制といった手法で対応するにしては、あまりにもウナギロンダリングは蔓延しているようでして、今回の魚秀の事例も「氷山の一角」にすぎないことが理解できます。そうなりますと、事後規制的手法といいましても、限界があるわけでして、業界団体による食品流通の監視体制の強化や、小売店側において食品表示監理士を置くことなども検討されておりますが、究極的には食品表示に関する合理的な判断ができる消費者が増えることが、(消費者による行政への良質な情報提供行為を通じて)食品偽装なる企業不祥事を根絶できる唯一のカギになってくるのではないか、と思うところであります。

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2008年11月16日 (日)

「ジャッジⅡ島の裁判官」第四話もおもしろかったです。

遺産分割調停→審判という、テレビドラマでは比較的描きにくいテーマを中心に、主人公の裁判官があえて最高裁決定に反する審判を下すシナリオにはたいへん感動しました。回を重ねるたびにおもしろくなってくるドラマですが、もう来週が最終回になってしまうんですね。

嫡出子と非嫡出子の相続分を2:1と定める民法の規定が、憲法14条(法の下の平等)に反するものかどうか・・・という問題は本当にむずかしいですね。私個人の考え方は、残念ながら、この主人公の裁判官とは異なり、正式婚重視の考え方に近いものですが、「子は親を選べない」ということや、死亡した父親が分け隔てなく子供をかわいがっていた意思を尊重するならば、憲法違反、という考え方もありうると思います。

ただ、あのような労働災害の事例で父親が死亡した場合の補償金としては、労災補償金ということであれば、事実婚主義が採用されますし、また会社の規定による死亡補償金であれば、会社の規定に受給資格が定められていますので、弁護士としてはこういった憲法違反などのむずかしい問題に持ち込む前に、調停前の遺産確認訴訟の提起、別事件としての寄与分の申立など、相手方の譲歩を引き出す手段を検討するのが得策だと思いますね。

しかし、大美島支部に配属された司法修習生が、主人公の裁判官と接するうちに、内定していた東京の大手渉外法律事務所への就職を白紙に戻して、もういちど自分の進路を考え直すに至った・・・というシナリオ、東京の渉外事務所の先生方が見ていたら、どう思ったでしょうね。(笑)なんか異議が出そうな気もしますが。。。

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2008年11月13日 (木)

子会社の不祥事と親会社経営陣の法的責任

私が非常勤講師を務めております同志社大学ロースクールの商法演習の前期期末試験とそっくりの事案が実際に発生したようであります。学期末試験では、「設問5」として、上場している親会社の100%子会社(レストラン)が食中毒事件を起こして、お客様に損害を与えた事例でありますが、そのお客様は誰にどのような責任を追及できるか?といった問題であります。基本的には親子関係といっても別法人ゆえ、親会社(もしくは親会社経営者)には責任は問えないのでありますが、親会社と子会社との特別な関係があるような場合には、例外的に責任追及が可能となる場合もあるのではないか・・・といったところを書いていただければいいわけです。ただ、もう一点、企業集団における内部統制システムの構築義務(会社法施行規則100条)をどうとらえるか?という点についても検討していただきたいという出題者(実は私ですが)の狙いもあったのですが、そこに触れていた答案は皆無でした(^^;出題者の能力の問題かも・・・

12日夜の時事通信ニュースや産経ニュースによりますと、東京ディズニーランド内のレストランで食事をした方が腹痛を訴え、病院に運ばれた件で、レストランで調査したところ、その男性は消費期限切れの鴨肉を使った料理を食べていたそうでありまして(ただし、腹痛との因果関係については調査中とのこと)、このレストランはTDLの運営母体であるオリエンタルランド社の100%子会社であります。(TDLのHPでも本件についてはリリースされているようです)

原則としては、本件は当該子会社の食品管理ミスに起因する事態だと思われますので、子会社自身が(因果関係が認められた場合には)この男性の損害を補てんする責任があると思われます。しかしながら、別法人といいましても、当該レストランはTDLの敷地内にあるわけで、運営している子会社(連結子会社)もオリエンタルランドの100%出資を受けたものであります。また調べてみたところ、役員構成も、社長および会長以外の取締役、執行役員はオリエンタルランドの取締役を兼任されている方がほとんどであります。いわば実態面でいえば、オリエンタルランドという上場企業の一事業部であるとみても何ら問題はないと思います。こういったケースでは、親会社(もしくは親会社役員)の法的責任については別途検討すべき対象になるのかもしれません。このあたりは、法的責任を追及する立場にある代理人の腕の見せ所のような気もします。

そして、私的な考察でありますが、こういった場面において、「法的責任追及」とまでは申しませんが、再発防止策をとるにあたり、親会社たるオリエンタルランド社については何らの対応も必要ないのでしょうか?(リリースを読む限りは、「重要な拠点」と評価しうる子会社であるにもかかわらず、親会社としての対策は何ら記載されておりません。ちなみにオリエンタルランド社のガバナンス報告書を読みますと、内部統制の基本方針としてグループ管理体制を整備することが決定されております。)こういった重要な子会社の問題発覚時こそ、親会社としての対応を検討することが、グループ企業内部統制の「運用」評価に影響するのではないかと考えますが、いかがなものでしょうか。

なお、本件ではもうひとつ特徴的な問題点がありまして、たとえレストランの出した鴨肉に関して、男性の腹痛との因果関係が認められなかったケースであったとしても、本来ならば大きくマスコミでとりあげられなかった(つまり、それだけでは報道価値が低く、公表されることもなかったであろう)不祥事が、突発的な事件を契機として大きく浮かび上がる、という「やぶへびコンプライアンス」の典型事例、ということであります。「この程度なら報告や公表せずに放置しておこう」といった不祥事は世間に山ほどあると思いますが、不祥事とはいえない偶発的な出来事によって、その放置していた不祥事が表面化して、マスコミからは「なぜ隠していたのか?」とか「これが表面化していなかったのであれば、同種不祥事は100倍程度発生しているのではないか?」といった質問を浴びせられ、企業の社会的信用を揺るがすような事態に陥るケースに発展するのであります。「ヒヤリ、ハット事例」を平時においてどのように処理していくべきか、このあたりも企業コンプライアンスの要諦であります。

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2008年11月12日 (水)

BNPパリバの株式売買はインサイダー取引に該当するか?

(12日午前 追記あります)

昨日は裁判員制度に関するエントリーをアップしたところ、あまりにも偶然のことでありますが、最高裁判所司法研修所から「裁判員制度に関する重要な研究報告書」がリリースされたようであります。(日経ニュースはこちら)ニュースで報じられております研究報告の内容はビックリでありまして、裁判員法廷に臨む(すくなくとも私のような不埒な)弁護士の意識は、ここにおきまして改革しなければならないことになりそうであります(この件についてはまた別の機会に・・・・・)

さて、すでに多くのブログで話題になっておりますが、アーバンコーポレーションの不適切開示(違法開示)に関与したとされるBNPパリバ日本法人の件につき、11月11日付けにて、外部検討委員会による最終報告が発表されたようでして、その報告書概要を読ませていただきました。(委員のみなさまは、元検事総長の方を筆頭に、錚々たるメンバーです)アーバンコーポレーションによる不適切開示(スワップ契約部分をあえて開示しないこと)への積極的関与につきましては、すでに金融庁から(不適切→違法)認定を受けておりますので、それに追随した形で、かなり厳しい判断が下されているものと受け止めました。

問題はスワップ取引が存在するにもかかわらず、このような重要事実を秘匿して、その間にもヘッジ取引を繰り返していたBNPパリバの取引については、金融商品取引法で禁止されているインサイダー取引に該当するかどうか、という点でありますが、外部検討委員会は、

当該情報を知りながらヘッジ取引を行っていたBNPP東京支店の行動は、インサイダー取引に該当する可能性は否定できないものと考えております。しかしながら、本件ヘッジ取引は、スワップ契約に基づいて機械的に行われていたものであり、実質的にみると法が本来予定していた行為形態とは異なっている面があること、またインサイダー取引の該当性については、本委員会は判断する立場にはないことから、その点の判断については控えさせていただきます。

として、なんだかよく趣旨がつかめないような、「ん~、どっちやねん!」といいたくなるような歯切れの悪い報告内容になっております。現行のインサイダー規制は形式犯として処罰対象とされており、重要事実があって、その重要事実を知りながら、株式売買を行ってしまえば、その取引で儲けようといった目的があってもなくても(また実際に利益を獲得していなくても)インサイダー規制には該当してしまうわけであります。(軽微基準に該当するケースを除く)ただ、BNPパリバのヘッジ取引が、そもそも株価の変動(差益?)に基づく利益獲得を目的としたものではないということから、「本来予定していた行為形態とは異なっている面がある」と判断されたのかもしれませんが、インサイダー取引の可能性は否定できないけれども、可能性が高いとまでは述べられていないようであります。刑事罰を基本とするならば、インサイダー取引の構成要件該当性は認められるけれども、その違法性に乏しい、といった説明になるのでしょうか。課徴金制度を基本とするならば、課徴金算定の基礎となる利得計算の根拠がない、といった説明になるのでしょうか。もし、「富の変動」が「既存株主→BNPパリバの手数料」といった流れの場合、変動の要因が重要な事実の不開示によるものなのか、それともMSCB類似の株式価値の希薄化によるものなのか、という点においても結論が異なってくるように思いますが。

また、素朴な疑問ではありますが、そもそもインサイダー取引規制が適用されるのは、重要事実につきましては、後日「公表されること」が前提になっているものと思われます。しかしながら、スワップ取引の不開示ということが「重要事実」だとしましても、アーバンコーポレーションさえ倒産しなければ、後日このスワップ取引を公表することがBNPパリバにとっては「予想しうるもの」とは言い切れないのではないでしょうか。インサイダー取引を取締る趣旨は、重要事実が後日公表されるからこそ、そのタイムラグを利用する不公正取引を防止するところにあると思いますし、むしろBNPパリバとしては、後日になっても公表されるような事実はそもそも認識されていなかったのではないか、という疑念がぬぐい切れません。(←この点につきましては、「通りすがりさん」と大杉先生にご異論をいただきましたので、また検討してみます。理屈だけでなく、結論もおかしくなる・・・といったことになりますと、私としても十分検討する必要がありそうです。私の意見に対する「ダメ押し」でも結構ですので、またご意見がございましたらどしどしコメントいただければ幸いです。)ということで、スワップ取引の存在が「重要な事実」ではあっても、これがインサイダー取引規制における「重要事実」には該当しないか、もしくはBNPパリバ側にはインサイダー取引についての犯意(故意)がなかったとみるべきではないかと思いますが、このあたりはいかがなものでしょうか。(注:不適切開示以前の株取引との関係では、「重要事実」であることは当然だと思いますが、不適切開示以後の株取引との関係ではどうなんだろうか?といった疑問であります。脊髄反射的に書いておりますので、勘違いがあれば、またご指摘ください)

もうひとつ興味深いのは、先のシャルレの件でもそうでありますが、企業行動の「法令順守」について、最近こういった外部の第三者委員会報告の持つ役割がかなり重要になってきたのではないか、といった点であります。司法的救済による事後規制がなかなか奏功しないなかでの有力なソフトローとしての役割を担いつつあるのではないか、といった感想を持っております。(また、この点につきましては別の機会にもエントリーしたいと思います)

(12日午前;追記)

朝日新聞ニュースによりますと、金融庁がBNPパリバに対して金融商品取引法違反に基づき、「投資者保護規定」に抵触するものとして行政処分を検討している、とのことであります。(ニュースはこちら)アーバンコーポレーションの不適切開示について、積極的に働きかけた点を捉えて・・・ということのようですね。

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2008年11月11日 (火)

ビジネスパーソンのための裁判員制度入門(その1)

ここのところ、かなりマニアックな話題が続きましたが、息抜きのつもりで、本日はビジネスパーソンと裁判員制度との関係について、留意いただきたい点など列記してみました。「裁判員制度の是非を問う」ことにつきましては、これを論じるだけの私自身の素養もございませんし、高尚な議論は刑事裁判や刑事弁護にお詳しい先生方のブログ等におまかせすることとしまして、忙しい企業人として「裁判員に選ばれちゃったらどうしよう?」的な「おたすけマニュアル」程度にお読みいただければ結構かと存じます。いわば裁判員制度に当事者として直面してしまった場合のリスクマネジメント程度にお考えください。

すでにご承知の方も多いとは思いますが、あと2週間程度(11月28日ころ)で、最高裁判所から平成21年度の裁判員候補者宛に通知が届くことになっております。(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律 第25条、以下「裁判員法」といいます)全国有権者1億385万人のなかから、平成21年度は29万5000人程度が裁判員名簿に登載されることとなりますので、補充裁判員を含む裁判員候補者となる確率は360人にひとり程度であります。たしかに実際に裁判員裁判が開廷されるのは、(施行日を5月21日として)おそらく来年の7月中旬ころからだと思われますが、「まだまだ先のこと」と考えていて、突然「候補者通知」が舞い込んできますと、おそらくビックリされる方も多いのではないでしょうか。そこで、すこしばかりビジネスパーソンにとっての裁判員制度について検討しておきたいと思います。

1 「裁判員候補者通知が届いたよ!」とブログに書いていいのか?

最高裁判所HPの「裁判員制度」に関するWEBページをご参照いただければ、とくに申し上げる必要もありませんが、私のブログのように個人が特定されるようなブログにおいて裁判員候補者たる地位にあることを公表することは禁止されております。(裁判員法101条1項参照)また匿名ブログであっても、全体から個人が特定できる場合であれば、公表しないほうが無難かと思います。ブログをおもちの方々は、400人中の1人になったことで、どうしても「書きたい」といった衝動にかられるかもしれませんが、そこはあえてグッとこらえて(笑)、裁判員の保護のための措置として禁止されていることをご理解ください。

なお、実際に裁判員に選ばれて、その職務を全うされた後であれば、実名ブログで「裁判人として頑張りました~♪」なる公表はだいじょうぶであります。ただし、今度は裁判員を終えた者としての守秘義務が課せられておりますので、評議の秘密ほか職務上知りえた秘密を漏らしてはなりません。(裁判員法108条)漏示してしまいますと、6月以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられることになります。したがいまして、ブログへの記述は、裁判員としての職務を全うした感想程度にとどめておくことをお勧めいたします。

また、家族や友人、会社の上司などに、候補者となったことを話すことは、とくに禁止されているものではないと思われます。とくに、仕事の関係で(たとえば裁判員有給休暇制度に関する問い合わせや、仕事の繁忙時期に関する相談など)上司の耳に入れておく必要のある方もいらっしゃるかもしれません。ただ、相談を受けた友人、上司が「あいつ、ふだんは運悪いくせに、裁判員候補者になったんやて。えらいとこで運使い果たしよったなァ(笑)・・・」はたぶんマズイと思われます。

2 株主総会(直前)でも、総務担当社員は裁判員を務めなければいけないの?

これも最高裁HPの「調査票」のWEBページを詳しく見ていくと記載されているところですが、調査票を候補者通知と同時に送付する目的のひとつに、

月の大半にわたって裁判員となることが特に困難な特定の月がある場合,その特定の月における辞退希望の有無・理由。※注(例:株主総会の開催月など)

※注 調査票の記載から,特定の月の大半にわたって,裁判員になることができない事情(辞退事由)があると認められた場合,当該特定の月に行われる事件については,裁判員候補者として裁判所に呼ばれることはありません。

といった記載がありますので、おそらく具体的に、自身が総会担当者として、代替性のない仕事をしており、特定月においては職務を一時停止することは困難であることを詳細に説明することで、とりあえず「絶対に裁判員の職務を務めることができない月」の裁判員候補者として呼出状を受領する可能性はかなり減るものと予想されます。これは、決算を直前に控えた時期の経理担当社員についても同様だと思われます。なお、単に「○月は忙しいから」という理由だけでは、おそらく候補者選定の判断においてはなんら考慮されないものと思います。また、候補者通知と同時に添付されてくる「調査票」は、具体的に呼出があったときに送付されてくる「質問票」とは異なりますので、虚偽記載に対する罰則は規程されておらず、また提出しないことへのペナルティもありませんが、調査票の提出がなければ、とくに候補者として、とくに異議なく呼出に応じるものとみなされるものと思われます。したがって、忙しいビジネスパーソンとしては、繁忙期に関する具体的な記述を行っておいた方がいいと考えられます。(いちおう不定期にて続きます)

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2008年11月10日 (月)

CCO(チーフ・コンプライアンス・オフィサー)の適正なる行動と金融庁処分

先日のシャルレ社MBOにおける第三者委員会報告の内容も相当に生々しいものであり、読みごたえのあるものでしたが、11月7日付けにてSESC(証券取引等監視委員会)よりなされました投資運用法人に対する検査に基づく処分勧告の理由についても、かなり生々しいものでありまして、CCO(チーフ・コンプライアンス・オフィサー)の行動自体が当社の内部統制の大きな不備と評価されることとなる一例を示したものといえそうであります。(SESCの処分内容および理由はこちら)ちなみに、当該投資運用法人に運用委託をしている投資法人本体は、本日(10日)に上場廃止予定とのことであります。(本件に関する投資法人側からのリリースはこちらです

運用受託先の投資法人による第三者割当増資議案について、運用上の助言を当投資運用法人が行うにあたり、社外取締役のひとりが反対していた「投資委員会決議」でありますが、社内規定によりますと、議決権を有する社外取締役の全員一致が決議要件とされていたところ、その社外取締役の反対を押し切って多数決にて決議をしてしまったということで、当該決議時点においては、「全員一致要件」に関する社内規定の存在を誰も知らなかった、という点がまず一番大きなポイントだったことは間違いないと思われます。少なくとも、CCOの方がこういった社内規定の存在を当然の前提として熟知しておられれば、事前の根回しも可能だったでしょうし、根回しが奏功しなかった場合でも、別途対策を練ることが可能だったと思われます。(すくなくとも、その後の「石が転がり落ちる」ような不適切な行動に至ることはなかったものと推測されます)

その後の社外取締役への棄権勧誘、取締役会での不作為、議事録の不実記載、社外取締役への虚偽報告などの問題点は、処分理由を読んでおりまして、にっちもさっちもいかなくなってしまったCCOの様子が手に取るようにわかるものでありまして、実際、CCOの方にも諸事情があったものとは思いますが、とうてい企業の法令遵守体制を構築するために先頭に立たねばならない者としての行動とは理解できないものであります。(この程度の虚偽記載(虚偽の隠ぺい)は、企業運営にとって重要な問題ではない、とCCOにおいては認識されていた、ということもないと思いますし。)またこれを代表者が容認していた、というのもかなりショックであります。正直なところ、もし社外取締役が、こういった棄権勧誘の説得に応じて、社内で「うやむや」なまま、投資法人側が第三者増資決議を行っていたとするならば、内部管理体制の不備を理由に処分勧告を受けることもなかったと思われますし、普通の会社でもあまり笑える話ではない、と思う次第であります。こういった一連の行動は、本年4月下旬の事実でありますが、SESCが5月中旬から検査を開始していた、という点からみましても、不適切な行動が、行政処分を通じて表に出てしまうリスクというものも、改めて考えるべき問題のような気がいたします。今回は、金融商品取引法51条を通じて、金融商品取引業者への行政処分が介在することで表面化したものと思いますが、開示規制に関する金融庁の調査や、証券取引所の調査などが厳しくなるのであれば、一般の上場企業においても、たとえ法令違反が明確に認定されなくても、内部統制に欠陥があると指摘されるケースというものが増えてくるのではないでしょうか。

なお、このCCOの方はすでに辞任をされておられますが、企業人として、また弁護士として、企業法務に精通されておられる方による行動であったことも、私的にはショックであります。(そういえば、先日のシャルレの第三者委員会報告によりますと、シャルレ社の社外取締役の3名の方々は、「もし800円以下の株価に賛同するように求められるのであれば、みんなで辞任しよう、と話し合った」とありました。その「心意気」は社外役員にも、またコンプライアンス責任者にも必要な気概だと私は確信しています。)社内規定の存在に熟知されていなかった、ということよりも、むしろ進退を賭けてでも、コンプライアンスの責任者たる地位を全うしていただきたかった、といった点にこそ、残念な気持ちを抱いてしまいます。「所詮、CCOなどといっても、金融商品取引業者においてもこの程度のもの」といった諦念を抱かれないように、私自身にも本件と同様、ふりかかるリスクのひとつとして肝に銘じておきたいと思いました。

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2008年11月 8日 (土)

MBOにおける「構造的利益相反状況」に挑む社外取締役のロードマップ(その3)

昨日は東証、大証共催によるコンプライアンス・フォーラム(大阪国際会議場)を拝聴させていただきました。個人的には非常に関心の高い話題で「てんこもり」の4時間でした。関西を代表する大手企業においても、インサイダー取引防止体制については、各々まったく別個の体制を採用していること、1000人規模の上場企業において、防止体制を組み入れることは人的、物的にもなかなか困難であり、リスクアプローチによって費用対効果を十分に検討したうえで構築されていることなど、シンポジウムは企業の現場におけるインサイダー取引防止体制構築の様子を垣間見ることができ、たいへん勉強になりました。また、SESC(証券取引等監視委員会)の事務局の方(出向されている裁判官の方)より、最近当ブログでも採りあげておりました某企業への金融庁の処分理由の要点などもご解説いただき、これも今後のブログでの議論の参考とさせていただきたいと思います。某企業の件は、珍しく金融庁単独での処分ではないか・・・と思っておりましたが、やはりSESCとの十分な審議のうえでの処分だったのですね。(注;誤解のないように申し上げますが、事務局の方は、ご解説のなかでは、「某企業」ということで処分対象企業名は伏せておられました)

これは個人的な要望にすぎませんが、インサイダー取引防止を「内部統制」の視点から考察する場合に、サンエーインターナショナル社の件をどう捉えるか?という点を議論いただければなァと思いました。社内で「これはインサイダーに該当するのではないか?」といった疑念が生じたので日本を代表する証券会社に相談したところ、「だいじょうぶですよ」との意見をもらったので、売買を行ったところ、個人的に課徴金処分を受けてしまった・・・という事案であります。私からすれば、「これってインサイダー規制に該当するのか?」なる疑念が生じた時点で、一般事業会社の防止体制としてはほぼ満点に近いのではないか、と思いますし、内部統制構築の限界事例に該当するのではないかと考えますが、いかがでしょうか。(それとも法律専門家や、証券取引所事前相談において意見をもらわないとまずいのでしょうか。取締役の善管注意義務違反の問題と、会社のレピュテーションリスクの問題を分けて検討する必要はあるのかもしれませんが)

さて、昨日の開示情報では気づきませんでしたが、すでに2回にわたり当ブログでとりあげておりました株式会社シャルレ(旧 テン・アローズ)のMBOの話題でありますが、昨日以下のようなリリースが出されておりました。(今朝の日経新聞関西版で知りました)

当社株式に対する公開買付けに関する意見の再表明について

公開買付者からの「公開買付期間の延長及び公開買付開始公告等の記載内容の訂正に関するお知らせ」について

MBO価格決定に至る意思形成過程における透明性、公正性に問題が残り、社外取締役の行動には利益相反行為があったという合理的疑念を払拭できない、との独立第三者委員会の判断にもとづき、シャルレ社の(特別利害関係人たる創業家一族取締役を除く)取締役会はMBO価格算定の根拠となる「利益計画」の検証を再度行うことを決定したようであります。なお、検証は新たに外部第三者委員を選任したうえで、委員会が行うものとし、その委員会の結果に基づいて、新たに取締役会が意見を表明するとのこと。

なお、取締役会の本決定を踏まえて、TOBによる買付者側からも、TOB応募期間の再延長(11月28日まで)が発表されたようです。従前のエントリーには、いくつかのコメントを頂戴しましたが、私自身の意見としましては、企業再編を柔軟に、また機動的に進めることと、少数株主の利益保護をはかることとの調和を求める必要性があることは当然だと認識しておりますが、本件につきましては、事後規制的な発想で、その調和点を求めるためのひとつのモデルケースになるのではないか・・・と考えております。

なお、最近の記事より、その1とその2のエントリーはご覧いただけます。

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2008年11月 6日 (木)

著名音楽プロデューサーの詐欺事件と企業コンプライアンス

ある経営コンサルタントのブログの秋月さんも「なんで小室哲哉容疑者の詐欺事件に『大阪地検特捜部』なのか?」と疑問を呈しておられますが、私も報道当初より、ずいぶんと重い扱いだなぁ・・・といった感想を抱いておりました。検察庁が直接告訴を受理した事件ですし、被告訴人が(かつて一世を風靡した)著名な音楽プロデューサーということもあり、検察庁も重く受け止めているのだろうか・・・とも思いましたが、それでもなんとなく「特捜部扱い」には違和感を覚えます。

過去の小室哲哉氏の華やかなイメージと、転落してしまった現在とのギャップに国民の興味が集まっているためか、本件は「困窮に至った小室氏の個人的犯行」ばかりが報道されているのでありますが、芦屋市の会社社長から詐取したとされる5億円のうち、3億4000万円程度がジャスダック上場企業からの借金返済に充当されていたことが報じられたとなりますと、ちょっと事件の様相も変わってくるのかもしれません。(読売新聞などは、すでにこの借金返済を受けた企業名も掲載されております。ただ、現時点ではこの企業からなんらの情報開示もないようです。)しかも、年6割に及ぶ利息に関する約定があった、ということですので、ちょっと驚きであります。平成18年3月当時の事業持ち株会社の事業目的にもよりますが、事業の一環として企業が(報道されているような高利をもって)ファイナンス業務を行っていたとすると、企業コンプライアンス面で看過しえない問題も浮上してくる可能性がありそうですね。(なるほど、なんとなく大阪地検特捜部が動き出した意味がわかってきたような気がいたします。)

たしかに小室哲哉氏は、著名な音楽プロデューサーではありますが、企業社会からみた場合には、典型的な新興企業のカリスマ経営者という立場でありますので、業績が傾くなかで、かなり荒っぽい事業融資や未公開株の譲渡問題などに直面していた可能性は高いように思われます。小室氏の捜査の進展にビビっている企業もあるような気がいたします。著名な音楽プロデューサーの詐欺被告事件は、今後の大きな展開のなかでは、ほんのヒトコマにすぎない出来事になるのかもしれません。経済事犯として、大阪地検特捜部→アイシーエフ事件といった連想と同じような「にほひ」を感じるのは私だけでしょうか。(本日は、単なる推測エントリーにて失礼いたします)

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2008年11月 5日 (水)

インサイダー取引発覚時における企業の危機管理を考える

10月27日のエントリー「伊藤ハム社におけるクライシスマネジメントを考える」におきまして、「なぜ記者会見で社長さんが説明をされないのか?」と疑問を呈しておりましたところ、本日(11月4日)、工場地下水汚染発覚後はじめて社長さんが記者会見をされたそうであります。(「危機管理、機能しなかった」・・・・朝日新聞ニュース)「食の安全」に携わる企業が、その信頼を回復するために多額の費用を要することにつきましては、最近の日清食品社のCMなどを見ていてもわかりますが、マスコミを(おそらく)敵に回してしまった分、ブランドイメージの毀損状況については、伊藤ハム社のほうがかなり厳しいものになってしまったように感じております。

さて、企業のクライシスマネジメント(危機管理)につきまして、今回はインサイダー取引の発覚時について考えてみたいと思います。本日、東証マザーズ上場の株式会社いい生活社の社員(正確には元従業員)の方が、会社の業績予想下方修正に関する未公表事実を知り、信用取引によって1億円程度の自社株売買を繰り返したとして、証券取引等委員会は元従業員に対する約2000万円の課徴金処分についての勧告を行ったそうであります。(証券取引等監視委員会のリリースはこちら)すでに当ブログで何度も申し上げておりますとおり、たとえ会社とは無関係に役職員が内部者取引規制違反を行ったとしましても、金融庁の課徴金処分となってしまいますと、どうしても会社名も大きく報じられるところでありまして、企業の社会的な信用(レピュテーション)が毀損されてしまう可能性が高くなってしまうわけであります。

そこで「いい生活」社としても、報道後ただちに適時開示情報として、ステークホルダーの方々への謝罪、当該社員に対する社内処分、再発防止策を公表されているところでありまして、これらにつきましては、インサイダー取引発覚時における危機管理としては申し分ないところでしょうし、私自身も参考にさせていただきたいと思います。ただひとつ気になりましたのが、「内部者取引を行いました元従業員Aに対しましては、本件の悪質性と当社のダメージを考慮し、会社として損害賠償を請求する方針であり、必要に応じて訴訟を含む法的対応も検討してまいります」と述べておられる点であります。

たしかに上述のとおり、会社自身が課徴金処分を受けずとも、役職員の個人的な取引によって会社の信用に傷がつくわけですから、この従業員の方に対して(訴訟外における和解の話が進まなかった場合に)損害賠償請求訴訟を提起することも、株主から経営を託されている取締役らの行動としても頷けるところであります。しかしながら、もし会社の信用毀損を「損害」として、その賠償を請求した場合、元従業員の方からも「過失相殺」の抗弁が提出されることは考えられないのでしょうか?つまり、会社としてきちんと会社法上の内部統制の構築義務を尽くして、インサイダー取引防止体制を講じていれば、自分が課徴金処分を受けることはなかった、自分が課徴金処分を受けることで、かりに会社に損害が発生するのであれば、それは内部統制を構築していなかった現経営陣の過失にも起因するものであるから、○割の過失が会社側にも認められる・・・と「逆ギレ」されてしまうおそれはないか、ということであります。

もちろん、元従業員がインサイダー取引違反によって刑事罰を課されているのであれば、クリーンハンズの原則により過失相殺の抗弁自体がまったく認められないものと思いますが、今回はあくまでも「課徴金処分」という行政処分でありまして、そこには制裁的な意味合いも、道義的非難の意味もない、いわゆる形式犯としての処罰が存在するだけであります。(これは、本件における元従業員に対する課徴金の計算式をみても明らかであります)そうしますと、元従業員の犯行がきわめて悪質であるとか、経営者側において(社員研修や情報管理体制を含めて)インサイダー取引防止体制は万全であったとか、元従業員の行為は内部統制構築の限界を超えたものであるなどといった主張を、会社側が証拠をもって立証していかざるをえないように思われます。また、理性をもって冷静に判断するならば、(交通事故における過失相殺のように、それぞれの過失行為の向けられた方向性が対応しないのであるから)元従業員の過失相殺の抗弁は通らないのではないか、と考えるところでありますが、1円でも損害金を減らしたい・・・といった元従業員の気持からすれば、少しでも可能性のある主張であれば抗弁として提出することも十分に考えられるところですし、また過失相殺の主張を「損害発生への寄与度に応じた公平な分担」に重点を置くのであれば、会社の内部統制構築義務違反の事実が認められた場合には、その分、過失が認定される可能性もゼロとは言えないものと思われます。(「会社の信用」なるものを損害額算定の基礎に置くのであれば、そもそも全社的なリスクとして想定することが十分に可能なものでありますので、なおさらのように思われます)

もし裁判所が被告(元従業員)による過失相殺の主張を認め、会社側にも「信用毀損」に至った過失があったということが判断されたとすると、今度は経営者のほうが株主代表訴訟をもってインサイダー取引防止体制に関する内部統制システムの構築義務違反を問われるリスクが顕在化することになるわけですよね。つまり、会社としては「信用毀損」の損害額を大きく見積もれば、その分経営陣に跳ね返ってくるリスクも大きくなるということになりはしないでしょうか。この議論のポイントは、会社の信用を「損害」と捉えること、課徴金処分の法的性質、役職員個人としては(めずらしく)きわめて大きな課徴金の金額であること等でありまして、本件事案特有のリスクなのかもしれませんが、少し検討してみる価値もあるのではないかと。(そもそも、形式犯たる課徴金の性格が一般社会で理解されるようになれば、会社にとっての社会的信用の低下には結びつかない、それほど低下しない、ということになって、損害として金額算定されることもなくなるように思うのでありますが、どうでしょうか)

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2008年11月 4日 (火)

MBOにおける「構造的利益相反状況」に挑む社外取締役のロードマップ(その2)

一昨日、ご紹介したシャルレ社(旧テン・アローズ社)のMBO(マネジメント・バイアウト)手続きに関する社外調査委員会報告書の件でありますが、これを自分の興味本位でご紹介するとなると、おそらく当ブログをお読みの皆様方には、マニアックすぎて最後まで読んでいただけないのではないか?といった不安にかられてきました。(いままでのMBO関連のエントリーについても、そんな雰囲気が漂っています・・・笑)ということで、こういった調査報告書を読んだうえでの感想だけをとどめておくことにいたします。といいますか、「MBOってなんやねん?」という方には、ほとんどご理解いただけないかもしれません。(すいません)

そもそも取締役の利益相反行為(利益相反取引ではありません)というものを、法律上どのように規制していくべきか、という点についてはこれまであまり議論されてこなかったところではないでしょうか。(いや、実は私が不勉強だったから、そのように感じているだけかもしれませんが・・・)取締役が株主のために忠実に職務を執行することが期待できないケースの典型例ということになるわけでありますが、こういった行為を規制するためには、たとえば事前規制によってルールを強制適用するとか、経済産業省のガイドラインや、コンプライアンス(レピュテーショナル・リスクの顕在化)の問題としてとらえて、いわゆるソフトローの発想で規制するといったことも選択肢の一つかもしれません。

ただ、これが一番適切なのかなぁ・・・と思いますのは、利益相反取引を事後的に規制する手法、つまり違法な利益相反取引があったとして、関与した取締役の善管注意義務違反を主張することで損害賠償請求訴訟を提起したり、TOBの結果次第では残った株主が強制排除されるであろう企業再編手続きにおいて株式買取請求権を行使(その後の価格決定申立)することで、その適正性(適法性?)を担保していくことかもしれません。たとえば、先日のレックスHD社の価格決定申立事件高裁判決におきましては、取締役の利益相反状態における行動につきまして、不当に株主の利益が侵害されたおそれがあったとして、裁判所はこの事実を適正価格算定の基準期間選定の判断に反映させています。そして、このシャルレ社の件におきましても、もし社外取締役の方々の判断に不適切な面があるとするならば、最終的には株式非公開化によって強制的に排除されてしまう少数株主の方々による価格決定申立や、取締役に対する善管注意義務違反に基づく損害賠償請求によって、MBO時における取締役の適正な行動をエンフォースする、ということが「規制方法としての最適解」ではないかと思います。

そのように考えますと、MBO時における対象会社の取締役の「外形的な」行為規範を定立して、認定された具体的な事実をこれにあてはめ、「とりあえず、外形的には株主の利益を忠実に守る行動がとられた可能性があったか、なかったか」を判断する、そしてかりに対象企業の取締役らに株主の利益に忠実に業務を執行していない可能性が認められた場合には、(立証責任の転換というほど厳密なものではないかもしれませんが)経営判断として忠実に職務を執行したことの主張を取締役側に展開させるだけの余地を残す・・・といった調査報告書の書き方についても納得のいくところであります。(たしか、日興コーディアル社の不正会計に関する特別調査委員会の手法も、こういったものであったと記憶しております)

本件については、「社外取締役のロードマップ」なるタイトルをつけておりますが、とくに社外取締役に限るわけではなく、MBO手続きにおいて特別に利害関係を有していない社内取締役の行動についても同様に論じることができるように思います。ただ、MBOにおいては「構造的な利益相反状況」があるといいましても、すかいらーく社のように創業者が非公開化後の運営会社のわずか3%しか株式を保有しない場合と、シャルレ社のように、ほぼ半分の株式を創業家が保有する場合とでは、TOB価格への関心という点からみても、ずいぶんと状況が変わってくるものと思いますので、そのあたりは取締役の行為規範の定立にも影響が出てこないのだろうか、という問題や、独立社外委員会が買付者の提示価格についてフェアな立場から意見を述べるケースと今回のシャルレの社外取締役による判断のケース(最終的な会社意思を社外取締役のみで表明しなければならない立場)は別途考慮する必要があるのではないか、という問題など、職務の忠実性に合理的な判断が疑われる外形的状況についても、個別具体的に検討する必要があるのではないかと思われます。とくに、今回は(結果的に)委員会設置会社の社外取締役のみで、TOBに関する対象会社側の意思表明を行わなければならなかった事案でありますので、これが一般の監査役会設置会社における社外取締役の方にも同様に要求される行為規範だとすれば、「かなり厳しいのではないかな」といった印象を持つ方もいらっしゃるかもしれません。

MBOにおける少数株主保護の問題につきましては、価格算定に専門機関に委託したり、株主と取締役との情報の共有(開示)を促進させたり、独立第三者委員会を設けるなど、手続面において「公正性」を確保しようとしてきましたが、それが本当に構造的な利益相反状況を解消することにとって十分なものかどうかはわからないところであります。そこで、MBOの有用性を肯定しつつも、その適正手続の面から公正性を担保する方法をさらに進めたものとして、(いろいろとご異論も出るとは思いますが)おそらく今回の調査報告書は意義のあるものではないかと考えている次第であります。M&Aに詳しい実務家の方々が、今回の件を発展的にご議論されることを切に願っております。

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2008年11月 3日 (月)

NHK土曜ドラマ「ジャッジⅡ島の裁判官奮闘記」にみる裁判員制度のむずかしさ

今日は、地元の某団体の秋の会合ということで、家族ぐるみで参加してまいりましたが、その昼食会の席上、昨夜のドラマ「ジャッジⅡ」の話題になりました。(けっこう皆さん、視ておられるんですね)私も拝見しておりましたし、法律専門家という立場上、いろいろと質問に答える立場になっておりましたところ、「昨夜のドラマはむずかしかった」という感想をお持ちの方が多かったようであります。昨夜のドラマでは、殺人罪における「共犯」がテーマでありまして、被告人の単独正犯なのか(証人として登場する友人との)共同正犯が成り立つのか、という点がポイントでした。そして、昨夜のドラマのなかで、みなさまが「むずかしい」と感じておられた点は、「裁判官の補充尋問を受けた証人が、なぜ裁判官の質問であわてふためくようになり、その後の証人の信用性が崩れてしまったのか、その理屈がよくわからない」というものでした。理屈の部分につきましては、一生懸命、私が解説をして、ようやく皆さん方も納得されたようでしたが、よくよく聞いてみますと、ドラマを見終わった方でも、ドラマの筋として「そもそも被害者女性が被告人に示談金を要求した事実はなかった(証人が被告人にすべての罪をかぶせるためのでっち上げのストーリーだった)」という「真実」が十分把握されていないらしく、いわば検察官が冒頭で陳述した内容のどこまでが虚偽であり、どこまでが真実なのかの区別が十分理解されていない方が多かったようでした。我々法律家ですと、裁判官の補充尋問の内容から「あ~、アレを聞きたいんだろうなァ・・・」と予測がつくものですから、証人の発するウソのストーリーと、予期せぬ質問にふと語ってしまう「真実」との間の「矛盾」にはすぐに気がつくのでありますが、事実認定方法のトレーニングを積んでおられない一般の方々は、証言の信用性を評価することのむずかしさを痛感されたようであります。

こういった殺人事件は来年5月から始まる裁判員制度の対象事件になりますし、今回のドラマのように「共犯関係」が争点となる事件も含まれるわけですが、一般の方のドラマに対する反応をみておりますと、私自身「こりゃたいへんな制度になりそう」だと再認識する次第であります。ドラマでは主人公の裁判官が「補充尋問」として、証人の証言の信用性をテストしておりましたが、普通は弁護人による反対尋問によってテストするわけでして、今回のドラマのような場合には、弁護人としては「してやったり」と考えるでしょうが、裁判員の方々には、その意味がよくわからない、「なぜ弁護人は得意顔になっているのだろう?」「なぜ証人は慌てた顔をしていたのだろう」という事態になってしまうわけですね。裁判官が「合議」のなかで、そういった意味を解説していただければありがたいのですが、そういった保証もないでしょうし、そうなりますと、弁論要旨のなかで、弁護士が「なぜ証人がビクっとして、あわてふためいたのか、なぜその証言の信用性が低下することになるのか」という点についても詳細に説明をしなければならない、ということになりまして、これは極めてたいへんな作業だなァと感じたような次第であります。

本日の昼食会でも、参加者の方から「だけど山口さん、証人がもし嘘をついたら偽証罪で逮捕されるんでしょ?だったら、証人がウソをつくなんてありえないでしょ」といった質問を受けました。逮捕されるかどうかは別として、たしかに証人が法廷で虚偽の証言をすることは犯罪であります。しかしながら、現実には「虚偽の証言」が飛び交っているのが現実の法廷の姿でありまして、たとえ悪意はないとしても、人間思い違いによって証言を行うケースも十分に考えられます。だからこそ「証言の信用性」をテストすることは非常に大切な手続きになるわけであります。こういったことを説明しながら、「本当に日本の裁判員制度って、だいじょうぶなんだろうかな・・・」と、かなり強度の不安を覚えてしまいました。

昨夜のドラマのなかで、被告人と(共犯関係が疑われている)証人との証言内容が大きく食い違うわけでありますが、この審理に立ち会っている合議体の一番若い裁判官が「私たちは、どちらかの人間に騙されようとしているわけですね」とつぶやくシーンがありました。しかし主人公の裁判官(合議体の裁判長)は、これに対して「いいえ、どちらかの人間が私たちに真実を伝えようとしている・・・、そう考えましょう」と答えるのであります。何気ない会話のように聞こえるかもしれませんが、実はこれこそ「裁判員」の方々にご認識いただきたい点であります。「どちらかの人間に騙されようとしている」といった気持ちになりますと、証言者の話し方や顔つき、服装、法廷での態度、そして証言者の経歴などにどうしても注意がいきがちになります。つまり、それだけで証言の信用性を判断してしまうリスクが発生することになります。いっぽう、「どちらかの人間が真実を伝えようとしている」と考えますと、(たいへんしんどい作業ですが)具体的な事実や証言内容などから仮説を立て、その仮説がはたして真実といえるかどうかを検証することができるのであります。この「仮説を立てる」ことこそ、一般の方々の「普通の常識」を働かせていただきたいところでありまして、(社会経験に乏しい)裁判官の仮説の立て方に警鐘を鳴らしていただきたい点であります。そして、裁判員の方々が自ら立てた「仮説」の検証のためにこそ、先に掲げた「話し方や顔つき」「法廷での態度」などを判断資料として活用するのが、新しい裁判員制度のもとでの「自由心証主義」の正道だと考えております。

ドラマ「ジャッジⅡ」の第二話をご覧になられた方々に、「今回はむずかしい内容だった」といった感想を抱いておられる方が多いのは、おそらく「もし、被害者が示談金を請求していた、という事実がまったく存在しなかったとしたら、二人の行動はどうなっていただろうか・・・・」なる仮説を立てることができなかったことに起因しているように感じました。公判前整理手続きをどんなにうまく活用したとしても、裁判員特有の事情による問題点は解決できないものでありまして、今後の裁判員制度における刑事弁護人にとっても、きちんと検討しておく必要があるところだと思われます。

(11月3日:追記)

Watasisaibanin_2 一昨年の日弁連副会長の方より、献本いただいた新刊書ですが、一般の方向けに裁判員制度を説明した本で、なかみも非常にわかりやすいです。(「えっ、私が裁判員?~裁判員六人の成長物語~」 愛知総合法律事務所 著 第一法規 1,333円税別)著者でいらっしゃる法律事務所のメンバーの方々の共同執筆、ということでありますが、法律家による難しい解説ではなく、裁判員の選任通知が来たところから、6人の裁判員と裁判官との合議、そして判決に至る過程など、誰でもわかるように物語風に書かれております。本当はこういったお話を、弁護士が自治体や地域団体に出ていって、解説するのが「公益活動」だと思うのでありますが、実際にはどうなんでしょうか。(弁護士の業務広報にもつながるのではないかと思うのでありますが)本文にもありますように、何をどう判断したらいいのか(たとえば争点になっていない事実についてはどう考えたらいいのかなど)といったことへの配慮もありますし、ぜひとも裁判員制度による刑事裁判の流れを知っていただくためにも、お勧めの一冊であります。

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2008年11月 2日 (日)

MBOにおける「構造的利益相反状況」に挑む社外取締役のロードマップとは?

本日(11月1日)は第一土曜日ということで、毎月恒例の社外取締役ネットワークの関西勉強会に出席してまいりました。ほとんどの社外取締役の方は、「パナソニック、三洋電機買収へ」なる話題で盛り上がっておりましたが、私と、もうおひとりの方と、たったふたりだけですが、部屋の隅っこのほうで盛り上がっていたのが10月31日夜にリリースされたシャルレ(大証二部)の「当社株式に対する公開買い付けに関する賛同意見表明に至るまでの手続き経過等の調査に関する第三者委員会調査結果の報告について」であります。(それにしても長いタイトルですね)あまり新聞やニュースでも採りあげられておりませんが、いや、これ本当におもしろいですよ。月末の適時開示は、第2四半期決算の関係や不動産関連企業の倒産情報などでものすごい開示情報の数でありましたが、そんななかで、夜遅くなって開示されたものですから、あまり注目されていないのかもしれません。ちなみに、このシャルレ社は、ほんの1か月ほど前までは「テン・アローズ社」なる商号でして、昨年までは女子バレーボールの元日本代表の方が代表者に就任しておられ、創業家の動議によって解任されたことでご記憶の方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。取締役は創業家出身の2名と社外取締役3名(委員会設置会社)の合計5名であります。(したがって本件では監査役さんは登場しません)

さて、このシャルレ社でありますが、9月19日に創業家とモルガン・スタンレー系PEファンドによりまして、MBO(マネージメント・バイアウト)による非公開化を行うことが公表されまして、シャルレ社としましては、この株式買取会社(特例有限会社)によるTOBについて、賛同の意思を同日表明いたしました。(当社株式に対する公開買付けに関する賛同意思表明のお知らせ-なお、このお知らせのなかに、商号を変更した理由も記載されております)シャルレ社株式の買い付け期間は11月5日までとされ(30営業日)、平穏無事にTOBが進むものと予想されていたのでありますが、なんと10月16日ころから「本件公開買い付けの株価算定手続きに違法ないし不公正な点があった」旨の内部通報が相当数なされたということであります。そこでシャルレ社としましては、内部通報がなされた場合の社内規約に基づいて、事実関係の調査を開始することとし、社外の弁護士らによる調査委員会を開設し、その調査委員会によってまとめられた報告書が、上記のリリース内容であります。(なお、この調査開始決定により、買付者は買付期間の延長を決定しておりまして、5日→13日に変更されているようです)しかし、内部通報制度というものは、こういったMBOの場面においても、大きな力を発揮してしまうものであるというのは驚きです。

そしてこの調査書の内容は必読です。(最近、このフレーズが多いような・・・(^^; )必読といいましても、M&Aに関心のある方、とりわけ先日のレックスホールディングス価格決定申立事件の東京高裁判決(「金融・商事判例」の最新号に掲載されています)や、経済産業省のMBO指針などをお読みになった方でないと興味が湧かないのかもしれませんが、たとえMBOにはご興味をおもちでなくても、企業買収時における株式の価格算定に興味のある方にはぜひともお読みいただければ・・・と思いますし(EYやKPMGも登場)、会社法における「取締役の善管注意義務」「社外役員の独立性」等に関心のある方にも、ぜひお考えいただきたい論点が詰まっております。ともかく、シャルレ社の取締役さん方がMBOを検討する当初から、TOBへ賛同するまでの社内の経過事実について、ここまで赤裸々に綴られた「事実報告」はこれまでなかったはずですし、この公表された事実と、シャルレの適時開示情報とを読み比べますと、「ずいぶんと印象がちがうやないの??」と(何の利害関係もない私ですら)ドキドキしてまいります。報告書を作成した法律事務所も、報告書に出てくる意見書作成(予定だった)法律事務所も、みなさまおなじみの関西の名門事務所ですし、とりあえずは、こういった目の覚めるような報告書を作成された先生方には敬意を表したいと思います。(以前、当ブログで日経の三宅伸吾さんが言われたように、やっぱり弁護士は「胆力」ですよね。)

今日は序論ということで、また休み明けにでも、この報告書の内容について、若干の感想などを述べてみたいと思っております。

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