NHK土曜ドラマ「ジャッジⅡ島の裁判官奮闘記」にみる裁判員制度のむずかしさ
今日は、地元の某団体の秋の会合ということで、家族ぐるみで参加してまいりましたが、その昼食会の席上、昨夜のドラマ「ジャッジⅡ」の話題になりました。(けっこう皆さん、視ておられるんですね)私も拝見しておりましたし、法律専門家という立場上、いろいろと質問に答える立場になっておりましたところ、「昨夜のドラマはむずかしかった」という感想をお持ちの方が多かったようであります。昨夜のドラマでは、殺人罪における「共犯」がテーマでありまして、被告人の単独正犯なのか(証人として登場する友人との)共同正犯が成り立つのか、という点がポイントでした。そして、昨夜のドラマのなかで、みなさまが「むずかしい」と感じておられた点は、「裁判官の補充尋問を受けた証人が、なぜ裁判官の質問であわてふためくようになり、その後の証人の信用性が崩れてしまったのか、その理屈がよくわからない」というものでした。理屈の部分につきましては、一生懸命、私が解説をして、ようやく皆さん方も納得されたようでしたが、よくよく聞いてみますと、ドラマを見終わった方でも、ドラマの筋として「そもそも被害者女性が被告人に示談金を要求した事実はなかった(証人が被告人にすべての罪をかぶせるためのでっち上げのストーリーだった)」という「真実」が十分把握されていないらしく、いわば検察官が冒頭で陳述した内容のどこまでが虚偽であり、どこまでが真実なのかの区別が十分理解されていない方が多かったようでした。我々法律家ですと、裁判官の補充尋問の内容から「あ~、アレを聞きたいんだろうなァ・・・」と予測がつくものですから、証人の発するウソのストーリーと、予期せぬ質問にふと語ってしまう「真実」との間の「矛盾」にはすぐに気がつくのでありますが、事実認定方法のトレーニングを積んでおられない一般の方々は、証言の信用性を評価することのむずかしさを痛感されたようであります。
こういった殺人事件は来年5月から始まる裁判員制度の対象事件になりますし、今回のドラマのように「共犯関係」が争点となる事件も含まれるわけですが、一般の方のドラマに対する反応をみておりますと、私自身「こりゃたいへんな制度になりそう」だと再認識する次第であります。ドラマでは主人公の裁判官が「補充尋問」として、証人の証言の信用性をテストしておりましたが、普通は弁護人による反対尋問によってテストするわけでして、今回のドラマのような場合には、弁護人としては「してやったり」と考えるでしょうが、裁判員の方々には、その意味がよくわからない、「なぜ弁護人は得意顔になっているのだろう?」「なぜ証人は慌てた顔をしていたのだろう」という事態になってしまうわけですね。裁判官が「合議」のなかで、そういった意味を解説していただければありがたいのですが、そういった保証もないでしょうし、そうなりますと、弁論要旨のなかで、弁護士が「なぜ証人がビクっとして、あわてふためいたのか、なぜその証言の信用性が低下することになるのか」という点についても詳細に説明をしなければならない、ということになりまして、これは極めてたいへんな作業だなァと感じたような次第であります。
本日の昼食会でも、参加者の方から「だけど山口さん、証人がもし嘘をついたら偽証罪で逮捕されるんでしょ?だったら、証人がウソをつくなんてありえないでしょ」といった質問を受けました。逮捕されるかどうかは別として、たしかに証人が法廷で虚偽の証言をすることは犯罪であります。しかしながら、現実には「虚偽の証言」が飛び交っているのが現実の法廷の姿でありまして、たとえ悪意はないとしても、人間思い違いによって証言を行うケースも十分に考えられます。だからこそ「証言の信用性」をテストすることは非常に大切な手続きになるわけであります。こういったことを説明しながら、「本当に日本の裁判員制度って、だいじょうぶなんだろうかな・・・」と、かなり強度の不安を覚えてしまいました。
昨夜のドラマのなかで、被告人と(共犯関係が疑われている)証人との証言内容が大きく食い違うわけでありますが、この審理に立ち会っている合議体の一番若い裁判官が「私たちは、どちらかの人間に騙されようとしているわけですね」とつぶやくシーンがありました。しかし主人公の裁判官(合議体の裁判長)は、これに対して「いいえ、どちらかの人間が私たちに真実を伝えようとしている・・・、そう考えましょう」と答えるのであります。何気ない会話のように聞こえるかもしれませんが、実はこれこそ「裁判員」の方々にご認識いただきたい点であります。「どちらかの人間に騙されようとしている」といった気持ちになりますと、証言者の話し方や顔つき、服装、法廷での態度、そして証言者の経歴などにどうしても注意がいきがちになります。つまり、それだけで証言の信用性を判断してしまうリスクが発生することになります。いっぽう、「どちらかの人間が真実を伝えようとしている」と考えますと、(たいへんしんどい作業ですが)具体的な事実や証言内容などから仮説を立て、その仮説がはたして真実といえるかどうかを検証することができるのであります。この「仮説を立てる」ことこそ、一般の方々の「普通の常識」を働かせていただきたいところでありまして、(社会経験に乏しい)裁判官の仮説の立て方に警鐘を鳴らしていただきたい点であります。そして、裁判員の方々が自ら立てた「仮説」の検証のためにこそ、先に掲げた「話し方や顔つき」「法廷での態度」などを判断資料として活用するのが、新しい裁判員制度のもとでの「自由心証主義」の正道だと考えております。
ドラマ「ジャッジⅡ」の第二話をご覧になられた方々に、「今回はむずかしい内容だった」といった感想を抱いておられる方が多いのは、おそらく「もし、被害者が示談金を請求していた、という事実がまったく存在しなかったとしたら、二人の行動はどうなっていただろうか・・・・」なる仮説を立てることができなかったことに起因しているように感じました。公判前整理手続きをどんなにうまく活用したとしても、裁判員特有の事情による問題点は解決できないものでありまして、今後の裁判員制度における刑事弁護人にとっても、きちんと検討しておく必要があるところだと思われます。
(11月3日:追記)
一昨年の日弁連副会長の方より、献本いただいた新刊書ですが、一般の方向けに裁判員制度を説明した本で、なかみも非常にわかりやすいです。(「えっ、私が裁判員?~裁判員六人の成長物語~」 愛知総合法律事務所 著 第一法規 1,333円税別)著者でいらっしゃる法律事務所のメンバーの方々の共同執筆、ということでありますが、法律家による難しい解説ではなく、裁判員の選任通知が来たところから、6人の裁判員と裁判官との合議、そして判決に至る過程など、誰でもわかるように物語風に書かれております。本当はこういったお話を、弁護士が自治体や地域団体に出ていって、解説するのが「公益活動」だと思うのでありますが、実際にはどうなんでしょうか。(弁護士の業務広報にもつながるのではないかと思うのでありますが)本文にもありますように、何をどう判断したらいいのか(たとえば争点になっていない事実についてはどう考えたらいいのかなど)といったことへの配慮もありますし、ぜひとも裁判員制度による刑事裁判の流れを知っていただくためにも、お勧めの一冊であります。
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コメント
TOSHI先生こんばんわ。
私はこのドラマを見ていませんが、「現実には『虚偽の証言』が飛び交っているのが現実の法廷の姿」というのは、ある程度想像がつきます。ひとの話が事実と完全に一致していることなんてほとんどありませんし、表現方法一つで聞き手が受ける印象が全く異なっていたりします。商売柄、そういう体験をたくさんしてきましたが、さて自分が裁判員にかり出されたとき、証言の信用性をどれだけ感じ取ることができるか、ちょっと自信がありません。
投稿: こばんざめ | 2008年11月 4日 (火) 00時31分
コメントありがとうございます。
検察官が証拠によって証明しようとする事実がそもそも「真実」とはかなりかけ離れたものであり、(重要な点で真実と合致していれば、それでいいというものかもしれませんが)そうであるならば、証人も真実とは少し離れた事実を語る・・・というのもなんら不思議ではないように私も思います。
ただ、無罪を争う事件における検察官と証人との打ち合わせ、というのはかなり批判されていますよね。以前、「ちさと」というのが名前であるにもかかわらず、「千里」なる漢字のためか、証人が「たしかに私は被告人が『せんり、ごめんやで』と何度も叫ぶのを聞きました」なる証言をして爆笑したことがありました。(おかげで無罪を勝ち取りましたが・・)
検察官が頭を抱えていたシーンをいまでも覚えております。
投稿: toshi | 2008年11月 4日 (火) 02時48分
>ドラマの筋として「そもそも被害者女性が被告人に示談金を要求した
>事実はなかった(証人が被告人にすべての罪をかぶせるための
>でっち上げのストーリーだった)」という「真実」が
>十分把握されていないらしく
ドラマ好き、映画好きの人間として一言(笑)。
要は(失礼な言い方になってしまいますが)
あの程度の展開についていけないということはですね、
リテラシー(読解能力)が不足してるひとが増えてるということ
なんですよね。
分かりやすいドラマだとか猿でも読めるようなケータイ小説だとか、
そういうものに慣らされてるかたが多いですからね。
さらに裁判員制度導入が恐ろしくなってきました…
(政権が代われば無期延期になるのでしょうか)
投稿: 機野 | 2008年11月 5日 (水) 01時05分
機野さんいわく、
(政権が代われば無期延期になるのでしょうか)
いや、それはないでしょう。ここまで準備してきたわけですし、また司法改革の目玉なわけでして、司法支援センター同様、とりあえずスタートはさせるはずですよ。
ただ、私も「裁判員制度」導入は恐ろしいと感じるひとりです。(笑)
いくら国選弁護報酬を倍にしたって、公判前整理手続きと被疑者接見という「たいへんな労力」を考えますと、公益活動の範囲を超えるものではありません。それでなくても弁護士が増えるなかで、「薄利多売」で頑張らなければならないわけですし、公益活動によって(お金をもらっている顧客の方々への)職務専心義務違反で懲戒になってしまうことも避けなければならないのです。裁判員もたいへんですが、弁護士もたいへんなのです。
投稿: toshi | 2008年11月 5日 (水) 02時01分
裁判員制度が発足するとアメリカの陪審コンサルタントに似た裁判員コンサルタントのようなものも出てくるのでしょうか。
陪審コンサルタントを扱った「Runaway Jury(邦題:ニューオリンズトライアル)」という映画を見る限りではそういう会社が出てくると非常に面白いと思うのですが・・・。
投稿: げんぞー | 2008年11月 6日 (木) 23時38分
げんぞーさん、コメントありがとうございます。そういったコンサルタント的な人たちがいらっしゃるとはまったく存じ上げませんでした。それは裁判員になった方への一般的なアドバイスをされるのでしょうか、それとも個々具体的な事件での判断に関するアドバイスなのでしょうか(後者だとしますと、守秘義務の問題もからんで、けっこうムズカシイように思うのですが)いや、でも本当におもしろいと思います。
私たち、弁護士としても、若手の方を中心として、ずいぶんと広報活動に努めておりますよ。広報活動が、自身の広報にもなるかもしれませんし、けっこう熱心におやりになっている方もいらっしゃるようです。
もう時期的に遅いかもしれませんが、「株券電子化」のPRなども、一般の方向けにおやりになっていた先生方もいらっしゃいました。
投稿: toshi | 2008年11月 9日 (日) 01時52分