« MBOにおける「構造的利益相反状況」に挑む社外取締役のロードマップ(その2) | トップページ | 著名音楽プロデューサーの詐欺事件と企業コンプライアンス »

2008年11月 5日 (水)

インサイダー取引発覚時における企業の危機管理を考える

10月27日のエントリー「伊藤ハム社におけるクライシスマネジメントを考える」におきまして、「なぜ記者会見で社長さんが説明をされないのか?」と疑問を呈しておりましたところ、本日(11月4日)、工場地下水汚染発覚後はじめて社長さんが記者会見をされたそうであります。(「危機管理、機能しなかった」・・・・朝日新聞ニュース)「食の安全」に携わる企業が、その信頼を回復するために多額の費用を要することにつきましては、最近の日清食品社のCMなどを見ていてもわかりますが、マスコミを(おそらく)敵に回してしまった分、ブランドイメージの毀損状況については、伊藤ハム社のほうがかなり厳しいものになってしまったように感じております。

さて、企業のクライシスマネジメント(危機管理)につきまして、今回はインサイダー取引の発覚時について考えてみたいと思います。本日、東証マザーズ上場の株式会社いい生活社の社員(正確には元従業員)の方が、会社の業績予想下方修正に関する未公表事実を知り、信用取引によって1億円程度の自社株売買を繰り返したとして、証券取引等委員会は元従業員に対する約2000万円の課徴金処分についての勧告を行ったそうであります。(証券取引等監視委員会のリリースはこちら)すでに当ブログで何度も申し上げておりますとおり、たとえ会社とは無関係に役職員が内部者取引規制違反を行ったとしましても、金融庁の課徴金処分となってしまいますと、どうしても会社名も大きく報じられるところでありまして、企業の社会的な信用(レピュテーション)が毀損されてしまう可能性が高くなってしまうわけであります。

そこで「いい生活」社としても、報道後ただちに適時開示情報として、ステークホルダーの方々への謝罪、当該社員に対する社内処分、再発防止策を公表されているところでありまして、これらにつきましては、インサイダー取引発覚時における危機管理としては申し分ないところでしょうし、私自身も参考にさせていただきたいと思います。ただひとつ気になりましたのが、「内部者取引を行いました元従業員Aに対しましては、本件の悪質性と当社のダメージを考慮し、会社として損害賠償を請求する方針であり、必要に応じて訴訟を含む法的対応も検討してまいります」と述べておられる点であります。

たしかに上述のとおり、会社自身が課徴金処分を受けずとも、役職員の個人的な取引によって会社の信用に傷がつくわけですから、この従業員の方に対して(訴訟外における和解の話が進まなかった場合に)損害賠償請求訴訟を提起することも、株主から経営を託されている取締役らの行動としても頷けるところであります。しかしながら、もし会社の信用毀損を「損害」として、その賠償を請求した場合、元従業員の方からも「過失相殺」の抗弁が提出されることは考えられないのでしょうか?つまり、会社としてきちんと会社法上の内部統制の構築義務を尽くして、インサイダー取引防止体制を講じていれば、自分が課徴金処分を受けることはなかった、自分が課徴金処分を受けることで、かりに会社に損害が発生するのであれば、それは内部統制を構築していなかった現経営陣の過失にも起因するものであるから、○割の過失が会社側にも認められる・・・と「逆ギレ」されてしまうおそれはないか、ということであります。

もちろん、元従業員がインサイダー取引違反によって刑事罰を課されているのであれば、クリーンハンズの原則により過失相殺の抗弁自体がまったく認められないものと思いますが、今回はあくまでも「課徴金処分」という行政処分でありまして、そこには制裁的な意味合いも、道義的非難の意味もない、いわゆる形式犯としての処罰が存在するだけであります。(これは、本件における元従業員に対する課徴金の計算式をみても明らかであります)そうしますと、元従業員の犯行がきわめて悪質であるとか、経営者側において(社員研修や情報管理体制を含めて)インサイダー取引防止体制は万全であったとか、元従業員の行為は内部統制構築の限界を超えたものであるなどといった主張を、会社側が証拠をもって立証していかざるをえないように思われます。また、理性をもって冷静に判断するならば、(交通事故における過失相殺のように、それぞれの過失行為の向けられた方向性が対応しないのであるから)元従業員の過失相殺の抗弁は通らないのではないか、と考えるところでありますが、1円でも損害金を減らしたい・・・といった元従業員の気持からすれば、少しでも可能性のある主張であれば抗弁として提出することも十分に考えられるところですし、また過失相殺の主張を「損害発生への寄与度に応じた公平な分担」に重点を置くのであれば、会社の内部統制構築義務違反の事実が認められた場合には、その分、過失が認定される可能性もゼロとは言えないものと思われます。(「会社の信用」なるものを損害額算定の基礎に置くのであれば、そもそも全社的なリスクとして想定することが十分に可能なものでありますので、なおさらのように思われます)

もし裁判所が被告(元従業員)による過失相殺の主張を認め、会社側にも「信用毀損」に至った過失があったということが判断されたとすると、今度は経営者のほうが株主代表訴訟をもってインサイダー取引防止体制に関する内部統制システムの構築義務違反を問われるリスクが顕在化することになるわけですよね。つまり、会社としては「信用毀損」の損害額を大きく見積もれば、その分経営陣に跳ね返ってくるリスクも大きくなるということになりはしないでしょうか。この議論のポイントは、会社の信用を「損害」と捉えること、課徴金処分の法的性質、役職員個人としては(めずらしく)きわめて大きな課徴金の金額であること等でありまして、本件事案特有のリスクなのかもしれませんが、少し検討してみる価値もあるのではないかと。(そもそも、形式犯たる課徴金の性格が一般社会で理解されるようになれば、会社にとっての社会的信用の低下には結びつかない、それほど低下しない、ということになって、損害として金額算定されることもなくなるように思うのでありますが、どうでしょうか)

|

« MBOにおける「構造的利益相反状況」に挑む社外取締役のロードマップ(その2) | トップページ | 著名音楽プロデューサーの詐欺事件と企業コンプライアンス »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: インサイダー取引発覚時における企業の危機管理を考える:

« MBOにおける「構造的利益相反状況」に挑む社外取締役のロードマップ(その2) | トップページ | 著名音楽プロデューサーの詐欺事件と企業コンプライアンス »