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2008年11月17日 (月)

産地偽装事件と「食の安全」とはあまり関係ないのでは?

一連のウナギロンダリング事件の関係で、一昨日魚秀の社長さんや神港魚類社の担当課長さんなど計8名が(不正競争防止法違反容疑にて)逮捕されたそうでありまして、日曜日あたりのニュースによりますと、産地偽装事件発覚時における魚秀社長さんの説明とは異なり、実は昨年あたりから偽装計画があったのではないか、と報道されているところであります。

こういった食品偽装問題に詳しい方でしたら、「いまさら何言うとんねん」と言われそうなお話ではありますが、どうもマスコミの報道をみておりまして、一般消費者の方々に誤解を与えているのではないか?と思っておりますのが、産地偽装事件と「食の安全」との関係についてであります。今回のウナギロンダリングの一連の報道でも、偽装業者が中国産ウナギを国産と表示して卸市場に販売していたことは、消費者に対する食の安全、安心に対する信頼を大きく裏切るものであり・・・・云々、といった報道がなされているところです。しかしながら、産地偽装事件というのは、本当に「食の安全」と深い関係にある事件なのでしょうか?

Syokuhingisou001 最近、農林水産省の現役行政担当官3名の方による著書「食品偽装~起こさないためのケーススタディ~」(ぎょうせい 2,381円税別)を拝読させていただきましたが、さすがに食品表示に関する取締りの現場で活躍されていらっしゃる行政担当官の方々による著書だけあって、企業コンプライアンスの立場から、こういった食品偽装の現状把握と社内体制整備への提言を中心とした書物としてはピカイチの内容です。本書(とりわけ後半部分)を読み進めていきますと、産地偽装事件と「食の安全」とは、世間で言われているほど関係がないのではないか、ということが理解できるように思います。

たとえば「産地・銘柄の偽装」が行われた場合、基本的にはJAS法違反の有無が問われることになるわけでありますが、そもそもこの法律は消費者と食品加工業者との「情報の非対称性」を埋めることによって、消費者が自己の選択基準によって適正に商品を選択できるよう、商品表示の適正性を確保することが第一次的な目的であります。つまり、そこでは、自己の嗜好によって商品を選択しようとする消費者、つまり台湾産のウナギが好きな人であれば台湾産、中国産を好む人であれば中国産のウナギ・・・といったように、自己の選択を間違わないように、その選択のための表示の適正性を保護することが問題となるのであって、安全な食品を国民に提供することは第一次的な目的ではない、ということであります。自己責任原則を前提としない消費者保護、つまり食品の安全性を確保するための法律は、たとえば食品衛生法があるわけですから、行政がそのような一般国民の生活の平穏を守るための消費者行政と、JAS法のように、自己責任原則を前提として、商品選択が適正に行えるようにするための消費者行政の規制方法とは別次元の話である・・・という点が、本書をもって理解できるところだと思われます。

上記の点につきましては、私も以前から漠然とは認識していたところではありますが、JAS法が加工食品に対する「消費期限」や「賞味期限」の表示についても規制対象としていることから、「食の安全」との関係については否定できないものではなかろうか・・・と考えておりました。しかし本書を読みますと、たとえば消費期限の表示規制につきましても、「消費期限、賞味期限は、食品の品質を消費者が自らの五感経験で判断するためにも必要な情報であり、これの改ざんは表示に対する消費者の信頼を損なう行為として許されない行為である」と説明されております。つまり、そこで念頭に置かれている消費者とは、自ら食品の品質のちがいを五感によって区別できる人でありまして、できたての加工食品、消費期限切れ間近の食品、そして消費期限を切れてしまった食品のそれぞれの品質の違いを自己責任において判断できる消費者が前提とされているわけであります。そういった自己責任をもって判断できる人たちが、情報の非対称性によって加工食品側から騙されないように、その品質表示の適正性を確保しようというのがJAS法の立場からの目的でありまして、そうだとしますと、消費者に自己責任を問えるものではないような弱者のためにも、一定ラインの食の安全を確保することとは、一線を画すものである、といったことになろうかと思われます。

このように考えますと、産地偽装事件の場合、「食の安全」というよりも、「食への信頼」が損なわれる・・・といった説明方法のほうが適切ではないかと考えます。また、単に説明の問題だけでなく、行政による規制方法にも差が生じてくるように思います。食品の安全に関わる規制であるならば、「絶対に消費者の口に入る前に差し止めなければならない」といった要請が強く働くでしょうし、いわば行政による事前規制への傾斜はあまり抵抗感なく受け入れられそうですが、産地偽装問題のように(つまりJAS法が関係する場合)「一般消費者の選択にとって必要かどうか」という点からの規制となりますと、たしかに行政による事前規制が妥当かどうかはいろいろな問題を含むことになります。このような観点から、JAS法違反のケースでは、行政による事後的調査を厳格に行い、違反の程度が悪質な場合には警察との連携をはかることによって不正競争防止法違反や詐欺罪の適用をもって厳罰で臨む・・・という手法がもっともオーソドックスな規制手法ということに落ち着くのではないでしょうか。本書は「食品偽装」をとりあげて、これに対する行政規制の在り方を問うものでありますが、食品偽装問題だけにかぎらず、行政による事前規制と事後規制の在り方、消費者行政という場合の「消費者」というものを合理的判断ができる理性的な人間と捉えるのか、ひとりではそういった判断ができない人たちを想定するのか、といったように一義的にはとらえきれない面があること等なども検討できる格好の書物であり、いわゆる企業の立場から政策法務的な行政手法を学ぶうえでも貴重な一冊と言えそうです。

ちなみに、本書は魚秀の件をはじめ、ウナギロンダリングが農水省Gメンらによってどのように調査されていったのか、昨年7月からの行政の動きが解説されておりまして、企業コンプライアンスという視点からも非常に参考になるところであります。先に述べましたように、事後規制といった手法で対応するにしては、あまりにもウナギロンダリングは蔓延しているようでして、今回の魚秀の事例も「氷山の一角」にすぎないことが理解できます。そうなりますと、事後規制的手法といいましても、限界があるわけでして、業界団体による食品流通の監視体制の強化や、小売店側において食品表示監理士を置くことなども検討されておりますが、究極的には食品表示に関する合理的な判断ができる消費者が増えることが、(消費者による行政への良質な情報提供行為を通じて)食品偽装なる企業不祥事を根絶できる唯一のカギになってくるのではないか、と思うところであります。

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コメント

日本水産の決算説明資料に「危機情報は重視し、安全情報は無視される」とまとめ、実態を嘆いておられます。
18ページ。
http://www.nissui.co.jp/ir/download/tanshin/H20_tanshin/080521_tanshin_presen.pdf


何となく、行政の方は企業名を公表するなどで抑止させようとしているのですが、群集心理と言いますか、マスコミも巧みに煽っており、良心的な報道を望みたいものです(マスコミに言わせると、それが一番売れるから、ということでしょうが)。

結局業界全体が被害を受けて、最終的に消費者が被害を受けるので。
消費省の影が薄い。

投稿: katsu | 2008年11月17日 (月) 20時43分

山口先生
ご指摘のとおり、食の「安全」と「信頼」を区別する必要があるというのはもっともだと思います。

他方、後者の「信頼」は、不安の裏返しなので、食の安全が確保されていることへの信頼と表示への信頼とが混在してしまうのが実態ではないでしょうか。

いずれかを明確に峻別することは難しい中で、「信頼」が損なわれた場合にどういう事態になるか、を考えると、心理面では安全への危機が表面化した(具体化とまで言えないとしても)場合にはどうなってしまうのでしょうか。食の安全が直接問題となる事案は、言わば実害の発生、またはその現実的危険でしょう。信頼の面は、抽象的危険の段階かもしれませんが、それがもたらす社会不安を真剣に考えることも必要でしょうから、理論的にはたしかに峻別は重要でも、信頼の問題は「心理」に関連する度合が深いために、かえって厄介そうです。マスコミが騒ぎたくなるのも、ある程度うなずけるとともに、もし実害がない、表示だけの問題と行政当局が考えているとすれば、感度が鈍いのではないかなと思われたりしますが、いかがでしょうか。社会不安を増長する行為は不適当なことがありますが、それを放置する行政があれば、それも問題か、と。
とりとめないコメントですが。。。

投稿: 辰のお年ご | 2008年11月18日 (火) 04時39分

katsuさん、情報ありがとうございました。
なるほど、基本的にはエントリーの趣旨に近いものがありますね。
企業の側からこのように表現することはかなり勇気がいることのように思います。行政だからこそ、消費者への啓蒙の意味で「自己責任」と言えるのではないかと考えています。

辰のお年ごさん、ご意見ありがとうございます。実はこのエントリーを書く前に、私もほぼ同様のことを考えておりました。このあたりは「行政」のなかでも農水省と厚生労働省の守備範囲(縦割り?)によるところが大きいのではないでしょうか。平成17年の厚生労働省ワーキンググループによる食品の安全性確保に関する報告書などを読みますと、「安全基準」をどのように定めるか、という点について相当高度な専門性、技術性を要するところですし、安全と信頼とは、一般に考えられているところよりも行政面では区別されているものなのかもしれません。そのあたりが行政官の意識に働いているのではないか、と思いました。

投稿: toshi | 2008年11月20日 (木) 02時53分

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