MBOにおける「構造的利益相反状況」に挑む社外取締役のロードマップ(その3)
昨日は東証、大証共催によるコンプライアンス・フォーラム(大阪国際会議場)を拝聴させていただきました。個人的には非常に関心の高い話題で「てんこもり」の4時間でした。関西を代表する大手企業においても、インサイダー取引防止体制については、各々まったく別個の体制を採用していること、1000人規模の上場企業において、防止体制を組み入れることは人的、物的にもなかなか困難であり、リスクアプローチによって費用対効果を十分に検討したうえで構築されていることなど、シンポジウムは企業の現場におけるインサイダー取引防止体制構築の様子を垣間見ることができ、たいへん勉強になりました。また、SESC(証券取引等監視委員会)の事務局の方(出向されている裁判官の方)より、最近当ブログでも採りあげておりました某企業への金融庁の処分理由の要点などもご解説いただき、これも今後のブログでの議論の参考とさせていただきたいと思います。某企業の件は、珍しく金融庁単独での処分ではないか・・・と思っておりましたが、やはりSESCとの十分な審議のうえでの処分だったのですね。(注;誤解のないように申し上げますが、事務局の方は、ご解説のなかでは、「某企業」ということで処分対象企業名は伏せておられました)
これは個人的な要望にすぎませんが、インサイダー取引防止を「内部統制」の視点から考察する場合に、サンエーインターナショナル社の件をどう捉えるか?という点を議論いただければなァと思いました。社内で「これはインサイダーに該当するのではないか?」といった疑念が生じたので日本を代表する証券会社に相談したところ、「だいじょうぶですよ」との意見をもらったので、売買を行ったところ、個人的に課徴金処分を受けてしまった・・・という事案であります。私からすれば、「これってインサイダー規制に該当するのか?」なる疑念が生じた時点で、一般事業会社の防止体制としてはほぼ満点に近いのではないか、と思いますし、内部統制構築の限界事例に該当するのではないかと考えますが、いかがでしょうか。(それとも法律専門家や、証券取引所事前相談において意見をもらわないとまずいのでしょうか。取締役の善管注意義務違反の問題と、会社のレピュテーションリスクの問題を分けて検討する必要はあるのかもしれませんが)
さて、昨日の開示情報では気づきませんでしたが、すでに2回にわたり当ブログでとりあげておりました株式会社シャルレ(旧 テン・アローズ)のMBOの話題でありますが、昨日以下のようなリリースが出されておりました。(今朝の日経新聞関西版で知りました)
公開買付者からの「公開買付期間の延長及び公開買付開始公告等の記載内容の訂正に関するお知らせ」について
MBO価格決定に至る意思形成過程における透明性、公正性に問題が残り、社外取締役の行動には利益相反行為があったという合理的疑念を払拭できない、との独立第三者委員会の判断にもとづき、シャルレ社の(特別利害関係人たる創業家一族取締役を除く)取締役会はMBO価格算定の根拠となる「利益計画」の検証を再度行うことを決定したようであります。なお、検証は新たに外部第三者委員を選任したうえで、委員会が行うものとし、その委員会の結果に基づいて、新たに取締役会が意見を表明するとのこと。
なお、取締役会の本決定を踏まえて、TOBによる買付者側からも、TOB応募期間の再延長(11月28日まで)が発表されたようです。従前のエントリーには、いくつかのコメントを頂戴しましたが、私自身の意見としましては、企業再編を柔軟に、また機動的に進めることと、少数株主の利益保護をはかることとの調和を求める必要性があることは当然だと認識しておりますが、本件につきましては、事後規制的な発想で、その調和点を求めるためのひとつのモデルケースになるのではないか・・・と考えております。
なお、最近の記事より、その1とその2のエントリーはご覧いただけます。
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コメント
実際には、前のエントリの関連になりますが、内部通報がきっかけでここまで前例のない対応になったことについては、驚きとともに、時代の変化を考えております。
まずは、会社が自主的に委員会を作って対応したというところがビックリでした。これほどのオーナーの力が強い企業(議決権割合から明らか)で、オーナーの経済的利益を減少させる可能性が高く(長い目で見ればプラスなのでしょうが。)オーナーの強い抵抗が予想されるところで、これほどのしっかりした対応がなされたのには、時代の流れを感じます。昔だったら、「そんなの外部には分かりはしない。」といって、黙殺だったかもしれません。
そういった意味では、内部通報制度が機能した事例のような気がしますが、ちょっと気になるのが、内部通報の「動機」です。内部通報には、「会社のため。株主のため。」というよりは、個人的な感情が並存するケースが多いのではないかと考えておりますが(検証した訳ではありませんが)、今回の場合はどうなのでしょうか。大胆な推論をしますと、相当数の通報があったということから考えると①オーナーは相当数の社員等に感情的な反発をもたれていた②相当数の社員等から正義に反すると思われていた③双方が混在し相当数となった、となりますが、どれであってもオーナーにはよく考えてほしいなと思います。
次に、法律事務所の反対意見のドラフトを見て取締役会が当該事務所に対して意見書提出依頼を取りやめたことがあったのは予想されたところですが(有名法律事務所の矜持を感じます。)、そのことを報告書に明記していることがビックリです。それと比較すると、報告書の末尾の文言が内容よりソフトなのが気になります。
また、鑑定結果を操作したくなる誘惑はありますが、これは、カネボウでこのような鑑定操作があったかどうか問題とされていたようですね。
利益相反につきましては、MBOの他にも様々な業界で色々問題があるようです。難しいですね・・・・・。
投稿: Kazu | 2008年11月 9日 (日) 15時19分
この例が「モデルケース」になることは期待したいですが、、、、、
私の知っているある会社は、労働環境が極めて劣悪で、経営者のワンマンが酷かったため、内部告発が相次ぎました。今回もそうなのかも知れません。しかし、こういうのは、レアケースというべきでしょうね。
むしろ、「内部告発がないのだから、今回のMBOは正当だ」等と馬鹿な議論になることを恐れています。
私がこういう危惧を抱くのも、MBOに関する議論が、少数株主の意見を全く聞かずに、一部の「専門家」のみによってなされているからです。
企業価値研究会にしても、ファンド側の利益を代表する方は多数いらっしゃるのに、少数株主側の利益を代表する方は皆無です。
また、比較的中立的な「専門家」の方にも危うさはあります。
例えば、会社法の作成にも関わったある弁護士は、ぶろぐに、「個人情報保護の観点から、株主名簿閲覧を制限することも考えられる」と書いておられます。まあ、試案として、気楽に書いたのでしょうが、「MBOの実務家」の立場からすると、問題外の暴論です。少数株主の裁判は、株主名簿閲覧から始まるのですよ。1人では弁護士雇えないですから。
それどころか、株主名簿の閲覧は、エクセルデータで渡せ、というのが、私の意見です。紙データで渡された株主の氏名・住所を、エクセルに打ち込むことが、少数株主の訴訟にとり、一番大事で、最大の労力を要するところだからです。
また、MBO実務における「みなし配当課税の重要性」等も、「専門家」にご理解頂けていないと感じる部分です。
例えば、S社(何で匿名にしなきゃいけないのかわかりませんが)のケースでは、TOBに応じるとみなし配当がかからないのに対して、価格の決定を申し立てると、みなし配当が課税され、勝訴してもマイナスになる可能性が高いのです。これなど、税金を悪用して、事実上裁判を受ける権利を侵害しているといわざるを得ません。しかし、そもそも、みなし配当と言う制度を知っている専門家すら少数です。
少数株主は、「MBO規制のルール作り」から排除されているという強い危機感と、これに携わる専門家が、MBO実務について無知であるというもどかしさを、常に強く感じています。
私がうんざりされながらも〔笑〕。、しつこく投稿しているのは、そういう理由もあるのです。
事前規制、事後規制の議論については、少数株主の訴訟の大変さを考えると事前規制が望ましいといわざるを得ません。
しかし、事後規制によるというのであれば、絶対に、譲れない点が3つあります。
一つは、非訟事件手続き法二十八条の特別の事情を広く認めること。
株式を強制取得する側には、強制取得価格を説明する責任があるはずです。そうならば、鑑定費用は当然、収用者が負担すべきです。土地収用法ではそうなっていますね。土地収用よりはるかに公共性が低い株式収用で、被収用者が負担する言われはありません。高額な鑑定費用(5千万円強)を、たとえ一部でも、株主に負担させることは、裁判を受ける権利を侵害しますし、そもそも、筋が通らないです。
第二に、立証責任を企業側に負わせること。そもそも、非訟事件では、株主側に立証責任はありません。にもかかわらず、実際には株主に立証責任を負わせているのが現状です。MBOの利益相反構造や、情報の偏在に鑑みると、企業側に立証責任を負わせることは、決して不当ではないと思います。
第三に、経済産業省のルール等を守ったことを持って、MBO価格の妥当性の根拠としないこと。経産省のルールは、「うがいをすれば風邪をひかない」と言う程度のものにすぎません。現実には、「うがいをしていたのにもかかわらず、風邪を引いてしまった」から病院にきているのです。それを、「うがいをしていたのだから、風邪をひいているわけがない」などと言うのは、全くの筋違い、全くの暴論です。
この他、株主名簿の問題や、みなし配当の問題など、いろいろあるのですが、ながくなるのでこの辺で。
投稿: 山口三尊 | 2008年11月10日 (月) 02時35分
今回のケースを見ると、公正な手続としての専門機関の評価は、うまく機能しないことがはしなくも露呈してしまいましたね。
評価方法として、同じDCFを使いながら、何故あのように評価額のレンジが食い違うのでしょうか?DCF法は、将来キャッシュフローの割引現在価値を算出する手法ですから、要素としては①キャッシュフロー②割引率の二つです。①は評価対象会社の利益計画から推定し、②は通常加重平均資本コストを使用するわけですから、同一の利益計画を使用し、資本コストもリスクフリーレートと当該評価対象会社のβ値(市場収益率に対する評価対象会社の感応度)から算定される以上、評価機関の違いによる評価額の差は大きくはならないはずです。
私も以前は、某証券会社のM&A部門に所属していたことがありますが、その時の経験からすると、企業評価を中立的立場で行うことはあまりなく、依頼者の意向を忖度し、買手ならば安めに、売り手ならば高めに評価してました。通常のM&Aでは、ディールが成功しなければ報酬が得られないわけですから、売り手・買い手両者が合意できそうな金額を含めたレンジを提示するのが、腕のいいM&Aアドバイザーでしょう。
今回のように、評価額のレンジも大きく食違うのでは、評価機関が依頼者の意向に左右されたものと見られかねないでしょう。評価の客観性に疑問が持たれるようでは、「バリュエーション・ショッピング」などという言葉が生まれるかもしれませんね。
投稿: 迷える会計士 | 2008年11月10日 (月) 22時49分