金融庁「インサイダー取引規制に関するQ&A」を公表(自社株取得)
3回にわたって当ブログでエントリーしてきました「シャルレ社のMBO」ですが、ついに火がついてきちゃったようでありまして、18日、大阪証券取引所より「不適切開示」として改善報告書を求められているそうであります。(シャルレ社の適時開示)この流れは「不適切開示」へのエンフォースメントのひとつとして注目されそうですし、今後の展開がありそうですので、また別エントリーにて検討してみたいと思っております。
さて、9月2日に日経法務インサイドの特集記事を受けて、「インサイダー取引のリスクマネジメント」なるエントリーをアップいたしました。そのなかでも、触れていたところでありますが、昨年の小松製作所さんや大塚家具さんの(いわゆる)「自社株取得に伴う”うっかりインサイダー”リスク」の衝撃によって、企業の自社株買付が委縮している現状が問題視されていたところであります。私は上記エントリーのなかで「自社株を信託方式で買い付ければ問題ないのでは?」と書いておりましたが、ある方からメールにて「小松製作所さんの自社株買いは信託方式によるものですよ」(こちらがリリース)と教えていただいておりましたので、実をいうとちょっと考えが甘かったわけでありますが※1、本日金融庁(および証券取引等監視委員会)よりリリースされましたQ&Aの内容を拝見しましても、やっぱり単に信託方式を採用しているだけでは十分ではなく、場合によっては、きちんとしたチャイニーズウォール体制を構築していることが条件となっているようであります。※2(金融庁リリースはこちら)
※1 たしかに小松製作所の件は信託方式による自社株買付ですが、ここではすでに重要事実を知ったうえで信託方式による買付を決定したように思われます。現に、小松製作所はほとんど営業活動をしていない海外子会社の解散発表までが「重要事実」に該当するのか?といったコメントを出しておりましたので、むしろここでは「重要事実」の内容が問題視されていたのでありまして、直接的に「信託方式による買付」の是非が問題になっていたわけではないと理解しております。
※2 なお、チャイニーズウォールを敷く必要がないケースとして、買付信託契約の後、会社側から信託銀行に買付の指示を行わない場合があげられておりますが、これはそもそも「重要事実を知ること」と取引行為との因果関係が切れることで、処罰対象たる内部者取引の行為態様には該当しない、とみるのでしょうね。先日のBNPパリバの社外第三者委員会の報告書でもすこし触れられていた事例だと思います。
チャイニーズウォールというのは、ここでは「同一会社内における情報障壁」程度にお考えいただければ結構かと思いますが、要するに、自社株売買を執行する部署と、重要事実を知りうる部署との情報の流れを遮断するような体制が構築される必要がある、というものであります。買付信託を採用する場合には、信託銀行へ売買の指示を行う部署と、重要事実を知りうる部署との情報障壁を未然に構築しておけばインサイダー規制には該当しない、ということがほぼ明確にされ、こういった状況のなかであれば安心して自社株取引を行うことが可能となるようであります。
ただ、これまでチャイニーズウォール体制といいますと、インサイダー取引規制や顧客との利益相反取引防止、自己勘定取引の峻別など、一般的には金融機関の厳格な自己規律のために構築されるもの・・・といった印象を持っておりますので、おそらく一般の上場企業にとっては、耳慣れないものではないでしょうか。具体的にどのような体制を構築すれば「指示を行う部署が重要事実から遮断され、かつ、当該部署が重要事実を知っている者から独立して指示を行っている」と認められるのでしょうか?こういったことも、今後検討を要する問題のひとつではないかと考えております。
このあたりは金融規制法分野に精通された先生方のご意見をうかがいたいところでありますが、ただ金融機関に要求されるようなものがそのまま一般の上場会社にも妥当する、とみるのもちょっと厳しすぎるのではないかと思いますし、また証券会社のように恒常的に体制を敷いておかなければならないというものでもないと思います。そこで、一般の上場会社の場合には、①インサイダー取引防止のための社内研修の一貫として情報隔絶の必要性を関係者に周知徹底させること、②チャイニーズウォールに関する社内手続きをマニュアル化(文書化)しておくこと、③執行部門と重要事実の管理部門とを組織的にも明確に分けること、④人的交流が必要な場合には交流の記録を残しておき、内部監査もしくはコンプライアンス部門が事後チェックをしておくこと、あたりが思いつくところです。(全部、あたりまえといえばあたりまえのことばかりですが・・・(^^; )こういった未然防止策をとっていれば、とりあえずインサイダー規制に引っ掛かるリスクはかなり低減されるものだと思いますが。(甘いでしょうか・・・?)
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コメント
幅広い情報収集お疲れさまです。
シャルレの件につきましては、誘惑が強く、模倣性が強く、さらに
投資者保護の必要性が高いことから、大証が動き出したことは適正
ではないでしょうか。このような不正が横行して、投資家が資金を
怖くて投資できないような環境は証券取引所としては回避したいで
しょうし。
ところで、信託による自己株式取得の場合、信託契約による取得
依頼の時点で重要事実があったかどうかによってまず分類し、そ
の上で、信託契約中に重要事実が決定又は発生した場合に、個別の
投資判断が行われる契約内容かどうかを判断する必要があるという
整理ですよね。
会社では、一度自己株式取得を決めてしまうと、その後信託契約
等の前に重要事実が発生・決定していても、動き出したら止まらな
いということで、決行してインサイダー取引、なんて心配がありそ
うです。
ところで、自社株買いについてインサイダー取引を緩和して欲し
いという要望があるようですが、自社株買いが禁止されていた理由
の一つとして「インサイダー取引や株価操作等の不正の温床となる」
ということがあって、その防止策を十分に行うから自社株買いが解
禁されたのだと理解しています。インサイダー取引を緩和してよい
程、インサイダー取引や株価操作のおそれが小さくなったとは思え
ないので、インサイダー取引規制など、自社株買いに関する金商法
上の規制は緩和できないと思うのですが、山口先生はいかがお考え
でしょうか。
投稿: Kazu | 2008年11月19日 (水) 11時04分
経産省から、「新たな自社株式保有スキーム関する報告書」が出てますね。
ESOPに関するものですが、信託や中間法人といったビークルを使った保有スキームについて、法律・会計・税務の論点が整理されています。
投稿: 迷える会計士 | 2008年11月19日 (水) 19時48分
迷える会計士さん、ご教示ありがとうございました。ここのところ本業に忙殺されてしまい、やっと本日PDFを閲覧いたしました。以前からESOPについての法的論点などは議論されておりましたが、ご指摘のとおり会計、税務の視点からもスキームの解説がなされておりますね。最近、新聞や雑誌でも取り上げられているところですし、自社株インサイダー問題とも関連するところですので勉強させていただきます。
Kazuさん、コメントありがとうございました。一部、昨日のエントリーのなかでご紹介させていただきました。
投稿: toshi | 2008年11月26日 (水) 13時44分