一澤帆布総会決議取消(高裁逆転)判決と事業承継リスク
(riocamposさんのコメントを受けて、28日午後追記あります)
シャルレのつぎはモジュレ、ということで、なんだか舌が回りづらくなってきましたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
さて、ひさしぶりのビックリ判決が出ましたね。先代さんが作成した遺言書に関する遺言無効確認の訴えについて、大阪高等裁判所が地裁の判断を覆し、遺言無効の確認を認めた判決が出たようでして、これに基づき、3年前に元経営者を追い出した「取締役解任」に関する株主総会決議も取り消されたそうであります。(ちなみに、2年半前のエントリー「一澤帆布と敵対的相続防衛プラン」と、昨夜の朝日新聞ニュースはこちらです。そういえば、同志社のロースクール生にも、「一澤帆布」「信三郎帆布」の愛用者を見かけますね。同志社小学校のランドセルは「一澤」→「信三郎」に変更されたようです。)
兄弟間での「遺言無効確認訴訟」はすでに最高裁で2004年に決着がつき、その最高裁判決にしたがって弟さん(前社長)がお兄さん(現社長)から会社を追い出され、店舗まで明渡請求を受け、事業承継問題についてはすでに決着がついてたのではないか、と思っておりましたが、実は前社長の奥さま(解任決議によって追い出された取締役のおひとり)が、別訴訟として遺言無効を訴えておられたのですね。(産経新聞ニュースを読みますと、「無効確認を求めた裁判」とありますので、遺言無効は単に決議取消のための前提となる争点だけでなく、訴訟物だったように思います。)おそらくニュースを読まれた方は、
「なぜ最高裁で有効と確定した遺言書が、また別の裁判で無効になってしまうのか?」
という疑問が湧いてくるところだと思われます。これは法律家の立場からしますと、けっこう興味を引くところです。株主総会決議取消訴訟の訴訟要件(出訴期間)と判決の効力、固有必要的共同訴訟性の有無、訴訟告知(参加的効力と既判力の差異)、争点効、訴えの利益と遺言無効確認訴訟の法的性質などなど、会社法、民法、民事訴訟法の論点が山積みで、司法試験の論文試験に出てもおかしくないような事例であります。(ただ、このあたりはブログで書いてもどなたにも読んでいただけないと思いますのでスルーします)
面白いのは、2年半前のエントリー(前出)では「三文判押した遺言書でも、後で作ってしまえば有効なものとして通ってしまうんですね」と私は書きましたが、この判決では重要な文書であるにもかかわらず三文判(「一澤」なのに「一沢」の認印が使用されていた、とのこと)が押されているのは不自然、とされている点であります。元々、自筆証書遺言の場合、押印は不可欠なのでありますが、押印されていない場合でも、「これこれの事情があれば」押印があったと認める・・・といった判例もありますので、逆に「押印はあるけれども、これこれの事情があるので有効な遺言書とは認めない」といった判例もあってもいいのかもしれませんね。(これも判決内容を精査してみないと確かなところは申し上げられませんが)
また、こちらのニュースを読みますと、大阪高裁は、先代さんが「一澤」の文字にこだわっていた経緯だけでなく、遺言が書かれるまでの背景事情まで考慮して遺言書の内容の不自然さを指摘しているようであります。これは注目すべき点であり、遺言書の有効性判断にあたっては、その形式をじっと見て判断する・・・というのがこれまでの慣行だったように思いますが、こういった遺言書が書かれるまでの事情をも斟酌するとなりますと、事業承継のためには、「10年程度の準備が必要」という最近の傾向にも合致するのではないでしょうか。
しかし、この大阪高裁の判断が最高裁でも維持されるとなりますと、前社長さん方が「一澤帆布」の経営者として復活する、ということになるわけですから、ずいぶんとたいへんな状況になりそうであります。これまで和解の可能性はほとんどゼロだったわけですし、「一澤帆布」なる会社を巡る法的安定性が一気に崩れ去ることになるのでしょうか?株主総会決議の取消判決は対世効がありますので、関係者一同に影響が及びますが、前社長が現社長から株式の引き渡しを求めようとすると、以前の最高裁判決で確定した判決の既判力によって遮断されてしまいそうですし、どうも法律関係がはっきりとしません。(できれば判決全文を読みたいところであります)
こういった「お家騒動」をみておりますと、事業承継リスクの大きさを痛感するところであります。先代さんの目の黒いうちは、兄弟仲良く・・・と平穏無事に見えていても、相続が発生したとたん「争族問題」が勃発するという例は多いと思われます。「敵対的相続防衛プラン」といいましても、いきなり売渡請求権の行使とか、種類株式による拒否権発動などとやろうものなら、火に油をそそぐような結果になりそうであります。平穏な事業承継には10年を要するのが現実のようでありますが、こういったリスクを目の当たりにしますと、社長さんが元気なうちに事業承継プロジェクトを開始することが、経営者として会社を持続させるための社会的責任なのかなぁと思います。それと(これは同業者の方々への広報という意味も含まれているかもしれませんが)「有事」ではなく「平時」の事業承継プランにおいて法律専門家のサポートは絶対不可欠だなぁ・・・・・と、意を強くした次第であります。
(28日午後:追記)riocamposさんよりいただいたTBで、原告(控訴人)側である一澤信三郎氏のブログを発見しました。「おおきに」というタイトルで信三郎氏の思いが書かれております。著名ブランド店を承継する経営者の気持ちが現れていて参考になります。(roicamposさん、ご紹介ありがとうございました)
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コメント
はじめまして。
一澤帆布を巡る裁判でトラックバックさせていただきました。
さて、私のブログでも書いたのですが、最高裁まで持ち込まれた裁判で判決が出たにも関わらず、なぜ同様の争点で別裁判が行われているのか、もしよろしければ解説いただけないでしょうか。(両方の判決文を見ないと分からないかもしれませんが…)
投稿: riocampos | 2008年11月28日 (金) 13時57分
TBありがとうございました。ご指摘のとおり、すくなくとも今回の高裁判決の内容をみてみませんと、ちょっと正確なところがわかりません。(おそらく当事者からなんらかの主張反論が出ていると思いますので)ただ、裁判で「その遺言書は有効です」といった判決が出たとしても、その裁判に参加していない(遺言書の内容についての)利害関係人も、その判決に従わないといけないのでしょうか?ひょっとしたら、参加していなかった利害関係人が参加していたら「無効になるような」証拠が出ていたかもしれませんよね。ということで、遺言無効確認の訴訟というものが、利害関係人全員が集まらないと開けない裁判なのか、それとも裁判をやりたい人だけが集まっても開ける裁判なのか、という点が問題になるわけですが、過去の判例によりますと、遺言無効確認の裁判は遺言の有効無効を争いたい人だけが集まって開いてもかまわない・・・ということになっています。(固有必要的共同訴訟ではない、ということですね)そうしますと、その判決の効力も当事者かぎり・・・ということになるのが帰結ではないか・・・というのが基本のところだと思います。
では、遺言書の有効性を前提とした株主総会決議の取消も当事者かぎり?という疑問が出てきますが、これは会社法で対世的な効力がありますよ・・・と規定されているわけでして(会社法838条)、取締役の選任、解任登記などは裁判所の嘱託によって決議取消があった旨の登記がなされることになります。(会社法937条1項1号)このあたりが微妙な問題を含んでいるところではないかと思います。
PS ちなみに、私も最終日2日前に正倉院展をみにいきました。待ち時間90分ということで、すごい人出でしたね。
投稿: toshi | 2008年11月28日 (金) 14時41分
ご返答ありがとうございます。
最高裁判決の際に、三男の妻が原告ではなかったのであれば、当事者でない者による再度の裁判が可能である、と理解してよいでしょうか。
ということは、原告被告がどうなっているのか、そのあたりが気になります。
今回の裁判が上告され、もし最終的に最高裁で三男の妻側が勝訴した場合、(会社法の規定から)株主総会の決議には影響するわけですね。持ち株の割合なども問題になりそうです。
と言っても、三男の言葉によると、商号などが欲しいわけじゃない、とのことなので、彼が一澤帆布へ戻ることは無いでしょうけど。ま、それは当事者間の話ですし。
個人的な興味にお答えいただき、再度ありがとうございました。
p.s. 正倉院展、知り合いによると三連休はさほど混み合ってなかったとか。やはり展覧会は会期の初めに行かなくてはいけないようです(苦笑)。
投稿: riocampos | 2008年11月28日 (金) 15時53分