ビジネスパーソンのための裁判員制度入門(その1)
ここのところ、かなりマニアックな話題が続きましたが、息抜きのつもりで、本日はビジネスパーソンと裁判員制度との関係について、留意いただきたい点など列記してみました。「裁判員制度の是非を問う」ことにつきましては、これを論じるだけの私自身の素養もございませんし、高尚な議論は刑事裁判や刑事弁護にお詳しい先生方のブログ等におまかせすることとしまして、忙しい企業人として「裁判員に選ばれちゃったらどうしよう?」的な「おたすけマニュアル」程度にお読みいただければ結構かと存じます。いわば裁判員制度に当事者として直面してしまった場合のリスクマネジメント程度にお考えください。
すでにご承知の方も多いとは思いますが、あと2週間程度(11月28日ころ)で、最高裁判所から平成21年度の裁判員候補者宛に通知が届くことになっております。(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律 第25条、以下「裁判員法」といいます)全国有権者1億385万人のなかから、平成21年度は29万5000人程度が裁判員名簿に登載されることとなりますので、補充裁判員を含む裁判員候補者となる確率は360人にひとり程度であります。たしかに実際に裁判員裁判が開廷されるのは、(施行日を5月21日として)おそらく来年の7月中旬ころからだと思われますが、「まだまだ先のこと」と考えていて、突然「候補者通知」が舞い込んできますと、おそらくビックリされる方も多いのではないでしょうか。そこで、すこしばかりビジネスパーソンにとっての裁判員制度について検討しておきたいと思います。
1 「裁判員候補者通知が届いたよ!」とブログに書いていいのか?
最高裁判所HPの「裁判員制度」に関するWEBページをご参照いただければ、とくに申し上げる必要もありませんが、私のブログのように個人が特定されるようなブログにおいて裁判員候補者たる地位にあることを公表することは禁止されております。(裁判員法101条1項参照)また匿名ブログであっても、全体から個人が特定できる場合であれば、公表しないほうが無難かと思います。ブログをおもちの方々は、400人中の1人になったことで、どうしても「書きたい」といった衝動にかられるかもしれませんが、そこはあえてグッとこらえて(笑)、裁判員の保護のための措置として禁止されていることをご理解ください。
なお、実際に裁判員に選ばれて、その職務を全うされた後であれば、実名ブログで「裁判人として頑張りました~♪」なる公表はだいじょうぶであります。ただし、今度は裁判員を終えた者としての守秘義務が課せられておりますので、評議の秘密ほか職務上知りえた秘密を漏らしてはなりません。(裁判員法108条)漏示してしまいますと、6月以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられることになります。したがいまして、ブログへの記述は、裁判員としての職務を全うした感想程度にとどめておくことをお勧めいたします。
また、家族や友人、会社の上司などに、候補者となったことを話すことは、とくに禁止されているものではないと思われます。とくに、仕事の関係で(たとえば裁判員有給休暇制度に関する問い合わせや、仕事の繁忙時期に関する相談など)上司の耳に入れておく必要のある方もいらっしゃるかもしれません。ただ、相談を受けた友人、上司が「あいつ、ふだんは運悪いくせに、裁判員候補者になったんやて。えらいとこで運使い果たしよったなァ(笑)・・・」はたぶんマズイと思われます。
2 株主総会(直前)でも、総務担当社員は裁判員を務めなければいけないの?
これも最高裁HPの「調査票」のWEBページを詳しく見ていくと記載されているところですが、調査票を候補者通知と同時に送付する目的のひとつに、
月の大半にわたって裁判員となることが特に困難な特定の月がある場合,その特定の月における辞退希望の有無・理由。※注(例:株主総会の開催月など)
※注 調査票の記載から,特定の月の大半にわたって,裁判員になることができない事情(辞退事由)があると認められた場合,当該特定の月に行われる事件については,裁判員候補者として裁判所に呼ばれることはありません。
といった記載がありますので、おそらく具体的に、自身が総会担当者として、代替性のない仕事をしており、特定月においては職務を一時停止することは困難であることを詳細に説明することで、とりあえず「絶対に裁判員の職務を務めることができない月」の裁判員候補者として呼出状を受領する可能性はかなり減るものと予想されます。これは、決算を直前に控えた時期の経理担当社員についても同様だと思われます。なお、単に「○月は忙しいから」という理由だけでは、おそらく候補者選定の判断においてはなんら考慮されないものと思います。また、候補者通知と同時に添付されてくる「調査票」は、具体的に呼出があったときに送付されてくる「質問票」とは異なりますので、虚偽記載に対する罰則は規程されておらず、また提出しないことへのペナルティもありませんが、調査票の提出がなければ、とくに候補者として、とくに異議なく呼出に応じるものとみなされるものと思われます。したがって、忙しいビジネスパーソンとしては、繁忙期に関する具体的な記述を行っておいた方がいいと考えられます。(いちおう不定期にて続きます)
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コメント
今晩は。
小規模企業の総務を担当しています。
私の周りで裁判員制度に関心のある人は全くいません。私も、昨年11月に、たまたまある団体主催の勉強会で、弁護士さんによる裁判員制度についての講演の司会をすることになり、付け焼刃で勉強して、関心を持った次第です。
それ以来、色々調べておりますが、10月29日に東京商工会議所と最高裁の共催による裁判員制度の説明会が開催されましたので、参加して下記の質問を行い、最高裁判事殿に、明確な回答をいただきました。
①裁判員へのメンタルケアや、職務が原因で生じた損害の補償については非常勤の国家公務員として扱う。(これは公になっていますね)
②裁判員を務めたことと、損害発生との因果関係の立証責任は裁判員が負う。(これも止むなし?)
③ ①の事態が発生した場合に②の責任まで裁判員に負わされるのであれば、損害発生は「可能性」の問題とはいえ、そこまでのリスクを負担できないので、裁判員就任を辞退したいという申し出を行った人に対しては、過料を科すことなく、辞退を認める。
この③は、説明会が終わった後に、私が①②の質問をしたので大手新聞の法務担当記者の方が関心を持ってくれて、取材を受けている時に、わざわざ判事殿が出向いてきてくれたので、私が改めて質問したところ、3名の記者がメモを取っている中で回答をしてくださいました。
画期的な見解だと思います。(ただ、説明会自体が、全くどのマスコミにも取り上げられませんでしたので、当然この質問と回答についても記事にはなっていません。・・・残念)
投稿: karao | 2008年11月30日 (日) 20時18分
やっぱりtoshi先生の予想どおり(?)、実名ブログで「裁判員候補者通知が来た」とアップしている人が出てきましたね。読売新聞ニュースでとりあげられています。
投稿: unknown | 2008年12月 1日 (月) 11時00分
karaoさん、ご報告ありがとうございました。辞退に関する問題は、おそらく裁判所が一番悩んでいるところだと思います。「国民の義務」としながらも、「裁判所に責任を負わされても困る」というホンネがちらつきますよね。私も、このような理由で辞退希望が出た場合には、やむをえないのではないか、と考えます。(その分、多くの方を候補者に選定しているわけですし)京都の弁護士の方が「辞退したい人のためのHP」を開設されたみたいですね。そこを読むと、かなり合理的な辞退理由も記載されているようですし、来年7月以降どういった実務になるのか、関心のあるところです。
投稿: toshi | 2008年12月 5日 (金) 01時14分
karaoさんのコメントを興味深く読ませていただきました。さまざまなリスクの可能性は裁判員全員にあり、本当に責任ある回答だったとすれば、ほとんどの人は引き受けなくなるように思います。私も同様な質問を受けることがありますが、将来リスクの可能性は辞退事由にならないように理解していましたので、驚きです。
自分の問題として考えれば多くの人が何となく嫌だと思うに決まっている制度ですから、「義務」の形はもう少し理論武装されていると思っていました。ずっと制度に疑問を持っていますが、このままいくと高齢者と主婦ばかりになってしまうのではないかと危惧します。
投稿: TETU | 2008年12月 5日 (金) 13時03分
toshi様、TETU様
参考にしていただけたようで嬉しいです。
当日取材を受けたの3名の記者の方とは、名刺交換をさせていただいており、そのうちの1名の方は下記の記事を書いています。
http://www.asahi.com/special/080201/TKY200811280178.html
マスコミに裁判員制度について、報道のタブーがあるという文章を読んだことがありますが、これは本当でしょうか。
最高裁の判事さんがマスコミの前で、どこにも記載のないような事例に明確に回答して良いのかなとその時は思いました。 が、あとでよく考えてみると、6名の裁判員を選出するのに100名の候補者に呼び出し状を出すことになっており、その中には平均3割・約30名の「引き受けてもよい」人が含まれる計算ですから、嫌がる人をそのまま除外しても裁判員制度の維持には影響がないということかもしれません。 折角教えていただきましたので、本当にその心配のある方は、堂々と申し出ればよいのではないかと思います。
本年4月に日経新聞に載った記事では、最高裁は、裁判員の約10%にメンタル的な影響が出ると想定しているそうです。今回の私が記述した事項について、突っ込んだ議論があまりされていないのが不思議です。
投稿: karao | 2008年12月 6日 (土) 19時58分
司法記者を6年ほど、裁判をわりと中心に見るデスクを5年ほどやってきた人間として、適任かどうか分かりませんが、ご質問がありましたので、タブー論について書きます。大方のメディアは合法的な日本の政策の実施ですので、体制内メディアとしてその周知に軸足があると思います。それがタブーと取られるのだと思いますが、現場には依然として懐疑的な見方もあり、世論の動向次第で分かりません。国民の裁判参加という総論での反対は少ないでしょうが、この制度が弊害の方が大きいとなれば問題視するニュートラルなスタンスだと思います。
凍結論を打ち出した一部県弁護士会の動きの広がりや市民団体などの動き次第で分かりませんが、それほどの反対の動きはなく、書くことが実施準備作業しかない状況だと思います。ただ、一部メディアは当初から推進派でしたので、そこでは多様な意見が出にくいことはあり得ます。
これだけではないですが、法制化の前にこの裁判参加制度のプラスとマイナスの議論がきちんとされなかったように感じています。今言われている疑問の声は、以前から分かっています。国民全員が当事者ですから、賛成にしろ反対にしろもっと声を出すべき制度だと思います。
投稿: TETU | 2008年12月 7日 (日) 00時31分
tetuさん、ご回答ありがとうございます。なるほど、マスコミの感覚がよくわかりました。
いまは「拒否」に関する話題が多いようですが、いざ裁判員として裁判に臨むときの問題点というものも、相当に多いように思います。量刑に関する裁判員の予備知識などといったものもこれから話題になるかと思います。(一般予防と特別予防の関係など)準備完了どころでははく、準備6割程度からの「見切り発車」はしかたがないところですが、思いもよらないような事故が発生しないかと、少し心配をしております。今後とも、忌憚のないご意見をよろしくお願いいたします。>tetuさん、karaoさん
投稿: toshi | 2008年12月 9日 (火) 01時29分
こんばんは。
>1 「裁判員候補者通知が届いたよ!」とブログに書いていいのか?
先日放送大学を見ていましたら広報の方が制度に関する説明をしておられまして、
「守秘義務を守った上でならどんな経験をしたのかどんどんお話ししていただいて結構です」
と言っていました。
私は「現実問題、秘匿すべき内容だけきれいに切り取ってその他の部分だけ話すなんて器用なことそうそう簡単にできまい」と眉唾で聞いていました(笑)。もとより知り得た秘密について口外するつもりが全くなくても、会話の流れで、相手にばれてしまうとか、話したのと同じことになってしまう、ということもあるわけでして、結局、私が裁判員になったら、いっさい話さないことにせざるを得ないだろうし、ブログにも上げないだろうと思います。ある内容についてだけ一切口をつぐめば、その不自然さから内容が完璧にばれるということがありますものね。
あまり広報されていないようですが、今回の改革では、被告人に質問が可能になるなど、犯罪被害者が裁判に参加する権利が大幅に拡大されたようで、私自身は今ではどちらかというと、裁判員制度そのものよりもこちらの改革の方が気になっています。犯罪被害者と裁判員の間で、新たな紛争・犯罪が起きたりしないだろうか等々。
聞くところによると、この改革については、妻子をあやめられたという犯罪被害者の会の青年の運動が奏功したようですが、あまりの司法の冷たさに自殺さえ考えたという彼に、涙ながらに同情を示して一緒に司法を改革しようともちかけて、彼をサポートした検事さんがいるそうですね。この青年はこの検事さんのおかげで自殺を思いとどまって、犯罪被害者の会の活動に積極的になれた、と言っているそうですが、私が同じ立場に立ったら、彼とは違い、この検事さんとは距離を置きたいと思うような気がしました。もっとも、ことが重大すぎるので、そんな事態になった自分を正確には想像できないでしょうが。「要は裁判で自分の居場所のなさに凹んで検察に取り込まれたんじゃないか」と揶揄したい気持ちもある。とにかくこの青年とこの検事が実現に至らしめたこの制度について、注意して行く末を見守りたいと思っています。
さらに西野喜一氏の「裁判員制度の正体」という新書を読んでモウをひらかれたと思っていましたら、その後刑法の中山研一先生のブログでこの本の書評を拝読する機会に恵まれまして、中山先生は「私にはこの西野も裁判員制度推進論者と同じ穴のムジナに見える」という趣旨のことを書かれ、にべもなく斬っておられまして(笑)、部外者には思いもつかなかったご批判に接し、わからないものだな、と苦笑いたしておる次第です。
いつも長くてすみません。
投稿: bun | 2008年12月11日 (木) 23時36分
■現場写真を見せる、検察側戦術の問題
DMORIです。
裁判員制度を意識して、いまの法廷でもプロジェクターで資料を見せたり、工夫が進んできている様子です。
腐乱したり切断された遺体といった証拠資料が、早くも法廷で投影されて、遺族が大きなショックを受けた話も出ています。
この点で気になるのは、検察側が裁判員の心証を有利に動かすための戦術として、わざと残虐な写真を多く見せることです。
正視できないような遺体の気の毒な写真は、一般人は日頃見る経験は少ないので、これを見せられると、感情面では被告に対してより重い実刑を下したくなるでしょう。
裁判員のPTSD問題とかメンタルケアが必要になるという問題は、検討されているようですが、検察側が戦術として残虐な写真を多用するようになる懸念は、どの程度検討されたのでしょうか。
投稿: DMORI | 2009年1月28日 (水) 12時59分
DMORIさん、こんにちは。
ご遺族の場合と裁判員の場合は分けて検討する必要があると考えておりますが、裁判員のケースに限って申し上げますと、弁護人が訴因を争っている場合と争わない場合に分けて整理することはできないでしょうか。
争いがないケースでは、とくに裁判員からの申出がないかぎりは、イラスト等で代替することも可能ではないかと思いますし、市民参加の裁判における合理的な制限ではないかと考えます。
なお、被害者の凄惨なご遺体を何度も見てきた経験からしますと、法医学上の解剖場面についても同様の配慮が必要ではないかと思います。
実務運営の状況をみて、十分な配慮が必要な問題だと私も思います。
投稿: toshi | 2009年1月30日 (金) 09時52分
お久しぶりです。
昨年の訴訟をきっかけに、やっとこの問題が取り上げられるようになりました。
世の中には「凶悪事件の裁判員に向かない人」が沢山存在するという現実に目を向けないで、誰にでも裁判員をやらせようとするから、色々な問題が起きていると思います。
性格検査などを効果的に利用して、各候補者の裁判員への適性をできるだけ客観的に判断し、それにより辞退を柔軟に認めれば、悲劇の発生はかなり防げるでしょう。
国もマスコミも議論の出発点がずれているので、小手先の改善では問題解決は難しいでしょう。
投稿: karao | 2014年10月25日 (土) 21時18分