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2009年1月 5日 (月)

アトリウム社の利益相反取引と取締役の法的責任

不動産流通化事業、サービサー事業を主たる業務とするアトリウム社(東証1部、クレディセゾンの上場子会社)の社長さんが、自身が金融機関から借り入れている金員の返済目的で、アトリウム社より19億8200万円の融資を受けていたところ、担保として差し入れていた社長さん保有の自社株の市場価格が下落したために11億円の貸倒引当金が繰入れ計上されたことが新聞報道されております。(詳しくは毎日新聞ニュースをご参照ください。なお、問題になっている半期報告書では、その70ページにおいて引当に関する開示がなされております。)つまり社長さんが自社株を売って20億円を返済できない限り、アトリウム社の社長さんに対する融資金が焦げ付き、相当の損害を被る可能性が出てくることになります。なお、会社側はこの会社法上の利益相反取引(会社法356条1項2号、同法365条1項)については「取締役会の承認を得ているので問題はない」とのこと。

たしかに取締役会の承認決議による利益相反取引ですから、手続上はその有効性に問題ないのかもしれませんが、承認のある利益相反取引でも、もし会社に損害が発生した場合には取締役の任務懈怠責任が問われますので、このアトリウム社の役員さん方(取締役会決議で20億円の融資に賛成された取締役の方々、そしてなんら異議をとめなかった監査役の方々も)は、かなり憂鬱な日々を送っておられるのではないでしょうか。とりわけ取引の直接相手方でいらっしゃるアトリウム社の社長さんの場合、会社法428条1項によって無過失責任とされておりますので、このままアトリウム社の株価が上昇せず、また20億円ほどの個人資産も存在しないとなりますと、その取引責任は現実化するものと思われますし、かなり厳しい状況ではないかと推察されます。

ところで会社法428条1項といいますと、基本的には無過失責任を規定した条文であると認識されておりますが(おそらく会社法の時代になっても、裁判官はそのように理解している)、東大のT教授の商事法務論文(1763号、1764号に掲載されております。2年ほど前に同志社のロースクールの演習でも活用させていただいた著名論文ですが)では、利益相反取引の直接相手方である取締役は、無過失を立証して免責を主張することはできないが、「任務懈怠がなかった」ことを証明することで免責される余地はある、と述べておられます。たしかに428条1項の文言解釈としても、このT先生の見解は妥当するように思います。この「任務懈怠≠帰責事由」を前提とする解釈の場合、その明確な切り分けが問題となりますが、T先生は利益相反取引が「公正な取引」と言えるかどうか、という点で仕切っておられ、たとえ(取引時の状況から)公正な取引であって、その後当該取引に起因して会社に損害が発生したとしても、その直接相手方である取締役には任務懈怠がない、よって損害賠償責任は負わない、とする見解であります。非通例的取引としての利益相反取引が、実際に会社にとって不可欠な場合(会社の存続にとってやむをえない場合)があることは、監査役などをしておりますと理解できるところでありまして、この「公正な取引」でスクリーンをかける・・・というのは実務家からみても、納得できるように思います。ただし、何が「公正な取引」にあたるか?と言われますと、これは明確に線引きできるようにも思えませんし、日本のように「善管注意義務」と「忠実義務」とを分けた判例が形成されていない場合には、なおさら困難ではないかと思われます。

今回のアトリウム社の社長さんの場合、20億円の融資契約時には融資金に見合った評価額の自社株を担保として差し入れているわけでして、(自社株取得規制に関する論点もありますが、ここでは置いといて)その後も評価額が低減するたびに自宅その他の個人資産を追加担保として差し入れておられる様子です。会社の調達金利に1%未満の上乗せもされているとのこと。こういったケースでは、20億円の融資の時点では、担保評価額等からみて公正な取引である、として先のT教授の見解によれば社長さんでさえ「任務懈怠はなかった」として、免責される余地もあろうかと思われます。ただ、利益相反取引が、元来会社にとって利益の上がることまでは要件とはいえないまでも、先の毎日新聞ニュースで八田進二教授がコメントされているように、資本の毀損を生じかねないようなリスクを背負ってまで、会社が20億円を社長さんに融資しなければいけないのか、リスクと裏腹の関係にあるであろう会社のリターンもよくわからないまま、この取引が行われたとすれば、やはり公正な取引とはいえないようにも思われます。このあたり、取締役会に出席されていた監査役の方々は、どういった質問をされたのでしょうか?なお私の理解の進んでいないところもありますので、またどなたか適切なアドバイスをいただければ幸いです。

そもそも「公正なる取引」か否か、といった極めて経営判断の妥当性に近いところで司法判断が下されることにはかなり懐疑的ではありますが、取締役会でこの融資に賛同された取締役の方々に任務懈怠があったかどうか、という点については、むしろリスク管理に関する内部統制システムの構築(運用)義務違反の有無を検討したほうがスッキリするのではないでしょうか。実体として「公正取引」かどうか、といった点よりも、手続きをしっかり踏んだうえでの経営判断だったのかどうか、プロセスチェックの妥当性を検討するほうが司法判断には乗っかりやすいように思います。また、いずれにしましても、40%程度の株式を支配するクレディセゾン社が、本件についてどのような対応をとるのか、そのあたりも注目されるところです。

1月 5, 2009 新会社法における取締役の責任 |

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受信: 2009年1月 6日 (火) 11時46分

» アトリウム社の社長が自社から20億円借金、同社は11億円の貸し倒れ引当金計上 その2 トラックバック ゼロから始めるマネー運用講座
(以下毎日jpより引用) アトリウム社巨額融資:担保の株、満額評価 通常、時価の8割以下 クレディセゾンの子会社で東証1部上場の不動産会社「アトリウム」の巨額融資問題で、同社が高橋剛毅(つよき)社長(63)に約20億円を融資する際、担保の自社株105万株の評価額を、当時の時価相当額と同額(100%)と算定していたことが分かった。株は下落リスクが高く、通常は時価相当額の70~80%以下で評価する。金融機関ではあり得ない高い評価額とされ、専門家は「融資を承認した全取締役の責任問題になる可能性があ... [続きを読む]

受信: 2009年1月 6日 (火) 22時46分

コメント

山口先生、本年も宜しくお願いいたします。
さて、この件ですが、会社から借り入れた社長さんは(状況に鑑みるとお気の毒ではありますが)賠償責任の有無はともかく借入金の返済は免れないわけですが、他の取締役や監査役の方々の賠償責任の有無は難問ですね。
貸し付けを決定したときの取締役会で、貸倒リスクの評価、貸付のメリット(自社株が市場に過剰供給されることのデメリットの回避など)の評価、金利などの取引条件の設定の合理性などがどのように審議されたのかが問題になりそうですね。山口先生のお書きになっているように、手続の合理性がカギになりそうな気がいたします。
オプション税制の現状などにも鑑みると、本件はH教授がいわれているほど悪質な取引ではなく、後発的事情による不運な事件とも思われます。--米SOXだと貸付は禁止されているかもしれませんが--。

投稿: おおすぎ | 2009年1月 5日 (月) 10時33分

おおすぎ先生、今年もよろしくお願いいたします。なんだか先生のエントリーとダブってしまった(もちろん事案は異なるものと思いますが)ようで恐縮です。

私も最初「そもそも貸付金の返済があれば、わざわざ無過失責任について議論する必要はないのでは?」と思ったのですが、返済時期が13年後のようですから、それまでに融資の損害が現実化することもあるのではないか、と考えました。(会計上の貸倒引当金の積み増しと法律上の損害発生とは概念は違うものではありますが)

しかし半期報告書で開示した・・・とありますが、やはり注記の細かいところまで一般投資家が閲覧するというのは現実には困難かなぁと。たしかに開示といえば開示ですが・・・

投稿: toshi | 2009年1月 5日 (月) 11時34分

たしかに、部分的、分析的にみれば、(担保価値やリスク評価手続き等等から)「融資の時点では公正な取引だった」という余地があるのかもしれません。
しかし、借主は第三者ではなくて経営者ですから、その影響力や、お手盛り、公私混同を疑うのが常識的な見方ではないでしょうか。全体的、総合的に考えれば、上場企業が役員個人に20億円弱を貸し付けることが妥当なケースはあまりないような気がします。
それと、これは「内部統制の限界」の典型例ではなかろうかという気もします。仮にそうだとすると、形式的に内部統制手続きをふんだだけで免責してはまずいように思います。
いずれにしても、詳しい事情を知りませんので、野次馬的な放言で失礼いたしました。

投稿: ロックンロール会計士 | 2009年1月 8日 (木) 00時02分

本年も宜しくお願いします。

 今回のように、貸付債権額から時価の変動する担保の金額を控除した残額を、貸倒繰入費とする場合(個人的にはこの処理は、保守的にすぎると思いますが)、同時に担保を処分するのが妥当ではないでしょうか。そうしないと、貸付金の返済期限に至る期間、株価が下落した場合には追加の貸倒繰入費は発生し、逆に株価が上昇した場合には貸倒戻入益(特別利益)が計上され、株価の変動により損益が大きく影響されることとなります。11億円の貸倒繰入費は、暫定的な損失であって、返済期限に社長がいくら返済したか及びその時点の株価により最終的な損失が確定するわけですから、現時点で役員の責任を議論することは早計ではないでしょうか。

 社長との利益相反取引ですので、内部統制だけではなくガバナンスとも関連すると思われますが、大株主のクレディセゾンの社長が取締役を務めており(9月30日に退任)、クレディセゾンも今回の取引について知っており、了解(?)していたとも考えられます。そのような状況であれば、アトリウム社の取締役や監査役が反対することは困難だったと思われます。
 

投稿: 迷える会計士 | 2009年1月 8日 (木) 20時11分

ロックンロール会計士さん、迷える会計士さん、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

私も詳しい事情はよく存じ上げませんので、エントリーでは一般論として述べたところです。内部統制の限界ということも考えられますが、経営判断の過程において、「公正な取引」だったのかどうかは、かなり詳細に分析されなければ問題でしょうね。
追加事情として、そもそも13年の期限の利益はありますが、本来このような取引に付されるべき条項(株価が著しく下落した場合には、会社としては担保を処分してもかまわない)が付されていなかったことが問題視されているようです。迷える会計士さんがおっしゃるように親会社から取締役が派遣されているようですが、もし親会社も了解しているような事情があれば、親会社の株主としてはどのように考えるべきか、という点も問題になりそうな気がします。

投稿: toshi | 2009年1月12日 (月) 13時11分

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