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2009年2月 8日 (日)

村上ファンド事件控訴審判決からインサイダー防止体制を考える(2)

「村上ファンド事件控訴審判決からインサイダー防止体制を考える」のエントリーにつきましては、関沢洋一さんやJFKさんより有益なコメントを頂戴いたしました。また、関沢先生がご紹介された東大の藤田先生の内部者取引規制(フィナンシャルレビュー1999年3月)についても一読させていただきました。(いろいろとご示唆いただき、ありがとうございました。また一夜をかけて関連判例、文献等をお読みいただき、コメントいただいたことについて感謝申し上げます>JFKさん)上記エントリーにおきましては、私自身は素朴な疑問を述べたまでですし、ぜひともコメント欄をご参照いただければ幸いです。

村上ファンドの裁判における最大の鍵は、平成10年の最高裁判例(日本織物加工事件)をどう解釈するかにあると思います。私は、この判例は証券取引法第166条第1項に関する判例であって、同法第167条第3項には適用されないと考えています。(関沢先生のコメントより)

日本織物加工事件最高裁判決(平成11年6月10日 資料版商事法務183号52頁)は、行為者が、いわゆる証券取引法(金融商品取引法)166条1項4号「履行に関して知ったとき」に該当する「会社関係者等」に該当する事案ですね。ところが、166条3項や167条3項で処罰対象とされる行為者は「情報受領者」、つまり「会社関係者等」から第一次的に「重要事実」を受領した者ということになり、禁止行為の対象者が異なることになります。実務家の立場からみて、この関沢先生のご指摘は重要ではないかと思います。村上ファンド事件は被告人側より上告受理申立が行われたそうでありますが、先例的価値の高い上記平成11年の最高裁判決が、本事件にも妥当するのかどうか、という点は、最高裁が(どのような結論になるとしても)あらためて争点に関する判断をするかどうかの大きな分岐点になるように思われます。そこで、関沢先生はインサイダー取引規制の趣旨については主として情報を入手した会社関係者の信認義務違背を糾弾することにあり、そういった信認義務が認められない「情報受領者」の可罰性については「従たる目的として有価証券売買の公平性確保」と捉えることになるようであります。ここから「重要事実(公開買付事実)の決定」の意味も日本織物加工事件最高裁判決の事例とは別異に解してよい、といった理屈になるものと思われます。以下のコメントにつき、私はそのように理解いたしました。

平成10年の日本の最高裁判例において、株式取得の準備行為段階であっても「決定」があったという一見無理な解釈をしているのは、アメリカ的な考え方に基づいて、背信行為を行った者(この事例の場合は顧問弁護士)を罰しようとする意図があったと考えられます。証券取引法第166条第1項による処罰の目的が証券市場の公平さの確保のみならず、背信行為の取締りも含んでいるという立場に立てば、証券市場の公平さの確保に対する懸念が現実化しない場合であっても、背信行為があれば当罰性は存在するため、「決定」についての解釈は柔軟にすることが可能になります。
 これに対して、第167条第3項の場合には、処罰の対象となっている者はこのような信任義務を負っている者ではありません。加えて、日本の証券取引法においては、情報を伝達した者については、信任義務違反があっても、罰則が適用されません。従って、証券取引法第167条第3項においては、第166条第1項とは異なって、背信行為の取締りが法目的であると解釈することはできず、証券市場の公平さの確保のみが法目的と解釈せざるを得ないため、証券市場の公平さが実際に損なわれる段階に至ったかどうかが、インサイダー取引が成立するか否かを区別する基準となると考えられます。。(関沢先生のコメントより)

私がもし村上氏の弁護人たる立場であれば、こういった理屈をもって、とりあえず上告受理申立の理由を記述するかもしれません。ただ、こういった控訴審判決をもって一般企業のインサイダー防止体制を検討する立場であれば、やはり若干の疑問が生じるところであります。まず証券取引法157条(包括条項)1項との関係ですが、インサイダー取引規制条項で刑事処分を課すことに疑問がある場合、果たして不公正取引一般を禁止する157条によってインサイダー取引(らしき行為)を訴追するのでしょうか?197条と197条の2において、罰則の内容はずいぶんと異なりますし、インサイダー取引規制に関する立法経過などをみても、インサイダー取引(らしき行為)については安易に157条は適用しないのではないかと思われます。(このあたりは法条競合か観念的競合か、といった議論もありますが)罪刑法定主義との関係などを考えましても、実務としては「できればインサイダー取引に関する規制はすべて166条、167条によって摘発したい」というのが捜査の考え方かもしれませんし、また裁判所においても同様の考え方に立つのではないか、という推測を抱くところであります。つまり裁判所としてはなるべく166条、167条の条文解釈、適用除外、軽微基準をもって柔軟に対応する方向で検討するのではないか、といったところです。つぎに課徴金処分に関する金融商品取引法175条と166条、167条との関係についてであります。実際のところ、当該インサイダー取引が悪質であるか、それほどでもないか、という基準によって犯則処分とするか行政処分とするかを判断しているのが実務の流れでありますが、現行の課徴金処分の制度趣旨(不当利得返還)と、信認義務違背なる「倫理的規範に反する」という概念との整合性に若干の違和感を覚えるところであります。こういった実務の流れを前提としますと、裁判所においても、日本織物加工事件の最高裁判決の考え方を、そのまま「情報受領者」事案においても踏襲する可能性が高いのではないか、と思いますが、いかがなものでしょうか。

この事件を見るとき、「実現可能性」という言葉にとらわれるべきでないと感じました。被告人は単に情報を聞いちゃった者ではなく積極的に打合せを重ねるなど実現可能性すら左右しえたように読めます。
また、当時のLD社の経営判断を取締役会による機関決定に求めるのも妥当でなく、実質的な経営判断はむしろ堀江氏を中心とした幹部の意思決定、ミーティング、対外的な会議の中でなされることもあったとみるべきです。この点にはH11判決が妥当すると考えます。
それに加えて、単なる情報受領者でなく実現可能性をも左右しえた等、事案の特殊性も踏まえて判断したのではないでしょうか。。(JFKさんのコメントより)

ご指摘のとおりかと思います。本件の特色は、村上氏が単に「情報受領者」ではなく、積極的にライブドア側に働きかけたからこそ、「聞いちゃった」場面となってしまったわけでして(あくまでも事実認定のレベルですが)、そのあたりをどのように評価するか、という点は裁判所の判断内容を子細に検討してみる必要があると思います。

ただ、JFKさんが

私は166条も167条も一貫して「投資判断への重要な影響」が基準だと思います(最判H11・6・10は166条の決定の解釈に背信者処罰の要請を持ち込んではいない)。

とおっしゃっておられる点につきましては、ちょっと素朴な疑問が湧いてくるところであります。そもそも166条2項では「決定事実」として、その列挙事由に該当するからこそ「投資者の投資判断へ著しい影響を及ぼすもの」と評価されるわけですよね。(166条2項4号参照)つまり企業にはいろいろな決定事項があるわけですが、そこに列挙事由とされている「決定」が行われたからこそ「投資判断に著しい影響を及ぼす」ものと、法は規定しているはずであります。ではその「決定」があったかどうか、という評価(解釈)のレベルにおいて「投資判断に著しい影響を及ぼすかどうか」という基準をもってくるのは、ちょっと論理的に苦しいところではないでしょうか。それとも法文上の「投資判断に著しい影響を及ぼすもの」と、「投資判断への重要な影響」とは異なるものなのでしょうかね?私自身は、やはり「決定」なる文言が法文上で使用されている以上は、たとえそれだけが要素ではなくても、「実現可能性」を理屈のうえでは不可欠な要素として検討するべきではないかと思うのでありますが、いかがなものでしょうか。(誤解がございましたら、またご指摘ください)

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コメント

わたしは有識者に到底及ばない一介のサラリーマンです。
仕事を離れた表現の世界を楽しむため自己紹介を避けておりますが、
ちょくちょくコメントさせて頂いている話題に関連ある業務に従事
している者です。法務部の業務ともつながりが深いため、微力ながら
最新の法事情は追いかけてます。
コメントでは極端な立場をとりがちですが、直情的に本音が出てい
る場合と論点を明確にしたいがためあえて反対の立場をとっている
場合があります。話題によっては、会社運営の現場にそくした意見を
しっかり発信しておきたいと感じることがあり、
そのような場合には直情的なスタイルでいってます。また思想的に
は、「自由」の削減に頓着しない日本を憂慮している一人です。

さて、わたしが「重要な」という語を付したのは、特別な意味を持た
せたわけではありません。ただ、166条2項4号の「著しい」とは区別して
使ったつもりです。というのは、166条2項列挙事項には、軽微基準が
あるものとないもの、著しい影響を要件とするものとそうでないもの
が存在し、これらを一括して端的に表現するため軽微の反対概念として
「重要な」という語を用いたにすぎません。
そして、列挙事項の意味は次のように理解しています。
すなわち、列挙事項には、仮に投資者の知るところとなったならば
投資判断に(重要・重大な/著しい)影響が及ぶといえるものがあらか
じめ列挙されている。
したがって、たとえば1号でいえば「イ~ヨを行うことについての決定」
に求められる内実は、投資判断への重要な影響を与えるようなものか否か
であって、「イ~ヨの内容の具体性」と「決定の態様」の両方につき
そのような実質的基準で判断することは問題ないと思うのです。
「実現可能性」の扱いについては未だ自分の頭で整理ができていません。

関沢さんに教えて頂いた文献を私も読んでみました。
規制の根拠論について踏み込んだ整理がなされており興味深かったです。
現行法の規定にも、契約的アプローチ(信任義務論等)からの説明が
妥当なものがあるのですね。
ただしかし、ケースローに傾斜したアメリカの理論を法文化が異なり
成文法主義の日本にそのまま持ち込むことは困難だと思います。
日本の金商法という切り口では信任論を前面に出すことは困難であり、
むしろ会社法、金商法、不競法、民法契約法、刑法等いろいろな観点
から規制がある中で、どのように住み分けされるべきかが問題だと
思います。

投稿: JFK | 2009年2月 8日 (日) 05時34分

 山口先生の御指摘もJFKさんの御指摘も理解できるところがあります。確かに、166条1項と167条3項で異なる解釈をするのはあまりに技巧的であり、また、証券取引法の法目的を逸脱するという議論はあり得ると思います。法律の解釈は、通説とか反対説とか複数の説が存在し、どちらが正しいという決め手がないのが通常ですから、どちらの見方が成り立ってもおかしくはなく、後は判断の問題だと思います。
 さて、村上ファンド事件をごく単純化すると以下のようになります。
「Aという人がBという人に対して、C社という企業の株式の大量購入を勧め、買いたいという意思をBがAに表示した後で、AがC社の株式を購入し、その後、BがC社の株式を大量に購入した。AはC社の株式の購入によって利益を得た。この場合、Aの行為を違法な行為と認定すべきか。」
 村上ファンド事件の場合、実際には、買いたいという意思をBがAに表示した後に、Bは本当にC社の株を大量購入すべきかどうか迷い、また、意思を表示した時点では買うお金はなかったといった論点もありますが、とりあえず、これは脇に置きます。
 この事例は、少なくとも、ある会社の内部関係者による犯罪である通常のインサイダー取引とは大きく異なっています。私は、こういう場合は、うらやましいとは思いますが、違法とまでは思いません(AがBに虚偽の情報を伝えた場合は別ですが)。もっとも、この点については、いろいろな見解があると思われ、Aのやり方は他の投資家との関係で不公平であり、違法だと考えることもできるかもしれません。ただ、こういう行為を違法とするのであれば、新たに、これを禁じる条文を明示的に設けるのが望ましいと思います。
 なお、私は東大の先生ではないです。また、村上氏がかつて所属していた経済産業省の職員なので、議論が村上氏寄りになっていることは間違いないです。
 山口先生、このような機会を設けていただいてありがとうございます。

投稿: 関沢洋一 | 2009年2月 9日 (月) 22時17分

肩書き表示につきまして、JFKさん、関沢さんにごめいわくをおかけしてはいけませんので、とりあえず本文を修正させていただきました。また、詳細なご説明ありがとうございました。私自身のコメントにつきましては、まだ「インサイダー防止体制」を考えるところまで行きついておりませんので、続編のなかで記述させていただきます。

こちらこそ、勉強になりました>関沢さん

投稿: toshi | 2009年2月10日 (火) 01時28分

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