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2009年2月15日 (日)

性能偽装事件(リーガルリスクとレピュテーショナルリスクの狭間にて)

久々の「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズですが、最近もときどき「偽装事件」に関するご相談を企業側から受けることがありまして、企業サイドからみると、対応に苦悩するケースに遭遇します。以下は、あくまでも架空の事件ではありますが、皆様方はどのように対応されるでしょうか。

某上場企業A社は、商品Bの業界シェア1位のメーカーであるが、商品Bの安全基準が厳しいために製造過程における商品B構成部品の品質検査、および完成品たる商品Bの集荷時安全検査が法定化されている。ある日、A社の内部通報窓口(弁護士事務所)に、A社退職従業員より「A社では長年『品質検査』では、外部検査官に対して別のサンプルを持参して検査を受けている」との通用があった。外部窓口弁護士は、社内調査機関に通報を伝達して、社内調査が開始されたところ、実際には10年も前からサンプルを変えて品質検査を受けていたことが判明した。品質検査はサンプリングによるものであり、また検査官はいわゆる「天下り官僚」がトップの品質検査機関に所属している。なお、製品の最終段階における安全検査を受けているため、たとえ品質検査において部品の性能に問題があったとしても、商品の安全性にはとくに問題がないとされており、これまでも問題が発生したことはない。

さて、こういった事例、最近はよく聞くところでありますが、社内調査機関の調査によって、現場サイドが独断でサンプル偽装を敢行したことが判明しております。このあたりは昨年のエントリーでも書きましたが、現場サイドでのサンプル偽装の動機は十分にあるわけでして、こういった品質検査協会による検査で「ミス」が露呈されますと、次の再検査までに時間を要し出荷が間に合わなくなるという事件に発展したり、またひどいときにはサンプル検査の結果「全部品廃棄」という事態にもなりうるわけであります。そうなりますと、責任を負うのは現場サイド・・・ということになりますので、現場はどうしても品質検査を一発で通すのが「あたりまえ」という社内風土が存在することになります。

昨今の性能偽装問題のおそろしさを知っている経営陣としては、この社内調査の結果を聞いて(しかも退職者による内部通報が発端であることも知って)、どういった対応をとるべきでしょうか。①無視する、②過去のサンプル偽装は隠ぺいして、とりあえず今後の検査だけはきちんと受ける、③過去のサンプル偽装を公表し、官庁には改善報告書を提出し、取引先には部品修理や補償対応を行い、今後の対応も改める、といった対応が考えられるところであります。①はありえないでしょうから、皆様方としては②もしくは③の選択に悩むことになろうかと思います。せっかく内部通報制度が機能したわけですから、取締役らに「公表義務違反」なる法令違反が発生しないとするならば、②を選択したいところであります。ただ、ダスキン事件高裁判決のように、「公表義務」を取締役に直接認めることはなくても、(後日隠ぺいが露呈した場合に)リスク管理義務違反として取締役の善管注意義務違反が問われる可能性があるならば、やはり③を選択することになるでしょうね。過去のサンプル偽装の被害が現実化しておらず、また将来的には運用を改善するということであれば、この②と③は高度な経営判断になるのでは・・・と(私的には)考えておりますが、現実には内部通報というパターンで社内調査が開始された経緯からしますと、この②の選択はかなりリスキーですね。

さて、A社として仮に③を選択した場合、今度はリスク・マネジメントが問題となります。予想通り、公表後はマスコミで叩かれ、社長による謝罪会見となるわけでありますが、その席上「長年にわたる不祥事については謝罪するとともに、製品自体には安全性に問題がないことをあらためて申し上げます」と回答すべきかどうか、このあたりは皆様方、どうお考えでしょうか?(たしかに、業界人からすれば、出荷前の安全基準検査を通っているわけですから、部品検査に偽装があったとしても、まず安全性には問題はない、と認識されるものと思います)昨年11月、大阪弁護士会に東京から講師をお招きして「企業のクライシスマネジメント」のセミナーを開催いたしましたが、その講師の方は、謝罪記者会見でもっとも言ってはいけないこととして「商品に問題はない」という言い訳を一番にあげておられました。性能偽装を起こしていながら「安全性に問題なし」とは、法令遵守の意識の欠如もはなはだしい・・・と一般の方には想起される、ということであります。この一言でマスコミもカチンときて、厳しい質問攻勢となったり、また挙句の果てにはマスコミの調査能力を生かして、新たな不祥事のネタを探してくる・・・ということに発展するそうであります。同セミナーにパネリストとして参加されていた記者の方も「会見で法的な問題を言われてもまったく興味ないですね。それよりも一般の市民に対してどのような社会的責任を果たすのか、その説明だけが聞きたい」とおっしゃっておられました。(昨年の地下水汚染に絡む食品会社の事例がこれに該当します)

それでは、企業のレピュテーショナルリスクを回避するために、「安全性云々」については一切述べない・・・ということで済ませたほうがよいのでしょうか。ここは現実にリスクに直面している企業を見ていてわかるところでありますが、実際のところ「安全性には問題がない」と言ったほうがいいのではないか・・・と思われる事情も存在いたします。これはやはり商品Bの補償に関するリスクですね。たとえば監督官庁は、商品Bのトップシェアを誇る企業ですから、品質検査も「なあなあ」(ちょっと語弊があるかもしれませんが)で済ませているところも散見されるところですし、A社からの改善報告書の提出を受けて、「部品交換で補償対応はOK」という「落ち着きどころ」でおさまるケースが多いと思われます。そこで、A社としては取引先に対して商品Bの部品交換に回ろうとするわけですが、取引先はそれでは納得しないわけであります。とりわけエンドユーザーと対面している取引先の場合、商品B自体の交換を要求することが多いと思われます。(商品の瑕疵を追及された場合の第一次的責任は取引先が負うことになりますので)また、たとえ部品交換にしか応じないとA社が拒絶したとしても、取引先は「性能偽装報道によってもたらされた」B商品の商品価値の減価分を損害賠償として請求することも考えられます。うるさく言ってくるところだけ商品交換に応じる・・・というのも最悪の結果を招くことになりそうで、現実的ではありません。こういった事後対応におけるリーガルリスクを考えますと、まずは謝罪会見においてエンドユーザーに向けて「安全性には問題ありません」といった広報をしたい衝動にかられるわけであります。とくに部品交換と商品交換では1:100くらいに補償費用負担に差が生じることが多いわけでして、このあたりは企業の死活問題になってくるケースもあります。

もはや「性能偽装事件」といっても、あまりに数が多く、マスコミで騒がれても時がたてば忘れられてしまうのかもしれません。しかし、不祥事に直面した企業にとりましては、リーガルリスクとレピュテーショナルリスク、どちらを重視するかによって、対応も変わってこざるをえないわけでして、コンプライアンス経営に関するマニュアル本のとおりにはなかなかいかないのが現実のところだと思います。

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コメント

 著名コンサルタントではありませんが、原則的に安全性への言及は行う方向で考えた方がいいと思っています。ただ、偽装を正当化する理由付けとしては使ってはいけないと考えます。できれば会見のやり取りの中で出てくるのがベターです。長期の偽装の責任は言い訳せずに認めることが大切だと思います。「悪いことだが別に安全性は問題ないのだし…」と聞こえる言い回しは、炎上の火種になることがあるのはその通りでしょう。しかし、「で、大丈夫なの?」という消費者の疑問も当然あるわけですし、それに答える情報も必要だとメディア側も考えるはずです。
 企業に不安を撒き散らすのがクライシス・コンサルの商法のような気がすることがあります。誠実に正確な情報を答えることが肝要です。炎上のきっかけは、もっと低次元の傲慢な言動や慇懃無礼な態度から発生すると感じています。
 リーガルリスクとレピュテーションリスクは異なる部分はあっても表裏の関係ではないでしょうか。

投稿: TETU | 2009年2月15日 (日) 09時51分

専門外のことで無責任なコメントをするのは憚られるのですが、広く意見を求めておられるようですので。
①事実関係がよくわからないのですが、仮に、完成品Bに問題があったとしても、不良部品だけを交換すれば瑕疵は完全に治るんじゃないでしょうか。そう考えると、御設問自体、ちっとずれるような気がいたします。
②一従業員、一部門の不祥事であっても、会社として負わなければならない責任は最後まで引き受けたほうがよいように思います。
③結局、事実を正確につかんだ上で、是々非々の対応をされる他ないような気がいたします。

投稿: ロックンロール会計士 | 2009年2月15日 (日) 17時39分

このケースでマスコミにネタにされるところは「偽のサンプルを提出していた不道徳な会社、けしからん会社」であることだと思うので、A社としては、①とにかく誠実に謝る ②今後このようなことがないように社内体制をきっちり構築することの明言をする ③品質についてや商品・部品の交換については迅速に対応する、その窓口を作るのでそちらに問い合わせ願いたい
ということをはっきり言うしかないように思います。余計な反論をせずに必要なことだけは言うようにしないとマスコミから揚げ足を取られますし、不祥事を起こしたことに対しての対応を明確に答えないとどうやって責任をとるのか追求を受けるためです。迅速に対応した方が逆に企業信用もあがるのではないでしょうか。
また、致命的な事故が発生していない商品なのでエンドユーザも取引先も「事故も発生していないようだし、いちいち製品を交換したりするのも面倒だからこのままでいいや」というケースもその商品の種類によってはあると思うので、そこまで経費も嵩まないのではと思います。

投稿: m.n | 2009年2月15日 (日) 21時24分

僭越ながら・・。

先日読んだ弁護士増田英次先生の「正しいこと」をする技術 ダイヤモンド社,という本によると,コンプライアンスを法令遵守ととらえると,法令を守っていれば良い。法令を守らないから悪いんだということになる。しかし,社会はそんなことを企業に求めていなくて,法律のことなんてそもそもしらない。不祥事によって企業が社会の信頼を裏切ったから世間は責めている。したがって,焦点は「社会がその企業に求めている信頼は何か」「その信頼を果しているか」にあてる必要がある。
というようなことが書いてありました(記憶が正しければ)。
個人的には目からウロコでした。

「商品に問題はない」というのは言い方次第では,「法令は守っているんだ」という言い訳に聞こえてしまい,だからマスコミはかちんとくるんでしょう。
ただ,社会の信頼を裏切ったことが悪く,それは本当に申し訳ない。商品の安全性があるかいなかのの問題ではないけど,商品は安全だよ。
という言い方であれば問題はなく,むしろ言うべきではないかと思います。

投稿: 神戸若手弁護士 | 2009年2月16日 (月) 09時22分

今回は、私自身もかなり悩ましいと感じておりますので、さまざまなご意見をいただき、厚くお礼申しあげます。

TETUさんへ
リーガルリスクとレピュテーショナルリスクが相対立するような書き方としたのは、ちょっと私の短絡的な発想でした。ご指摘のとおり、もうすこし記者会見の流れに沿って検討したほうがいいかもしれませんね。「安全性に問題なし」というのは、たしかに真摯な態度で「消費者の不安に応える」というところを強調すれば、「法令順守を無視しながら安全性とはなんだ?」といった感想を持たれずに済むのかもしれません。そのあたりはうまく対応する必要がありそうですね。

ロックンロール会計士さんへ
リスクマネジメントの段階では本当に「事実を正確に把握する」ことが最優先でしょうね。訂正すること自体がまた新たな火種になりそうですし。
なお、会社側としてはご指摘のとおり「瑕疵を修復すればいいではないか」といった対応をとると思いますが、取引先は「消費者がこの瑕疵によって文句を言ってきている。商品そのものを交換せよ。もしくは今後の値引き販売分を補償せよ。」と言ってくるケースも最近は多いですね。(もちろん取引上の力関係にもよりますが)裁判で最後まで争った場合に、こういった消費者からの要望や、現実的な商品価値の低減が、裁判官にどのように判定されるのかは、やってみないとわからないところがあります。そのあたりが悩ましいところだと認識しています。

M.Nさんへ
「安全性云々」というのは、別途窓口を開設して、そちらで対応します、程度の広報が妥当かもしれませんね。これは一考に値しますね。
なお、上でも述べましたが、実務に携わっておりますと「瑕疵修復でいいや」と考えていただけるような取引先だけではなく、最近は裁判も辞さないという形で、上記のような対応をとられるケースも増えております。(だからこそ、弁護士に相談に来られるわけでして)コンプライアンスが浸透することで、不祥事企業にはまた新たなリスクが発生する典型的な事例にあたるのではないかと思ったりしております。

神戸若手弁護士さんへ
その書物はまだ読んでおりませんでした。(参考にさせていただきます)
基本的にはTETUさんのご意見に近いと思いますが、「言い方」の問題なのかもしれませんね。単なる弁解ではなく、不祥事企業の責務としての広報であると理解してもらう必要がありそうですね。

投稿: toshi | 2009年2月16日 (月) 12時20分

すみません。大してご参考にならないコメントだったと思いますが、一つだけ補足させていただきます。
私見では、「まず安全性には問題はない」ですとか、「瑕疵を修復すればいいではないか」というご認識自体、事実の把握が不徹底のような気がいたします。
おそらく、検査に合格した部品としなかった部品には何らかの差があるでしょうから、製品自体にもそれが反映するんじゃないでしょうか。
例えば、安全基準は十分満たしていても、何らかの性能劣化があるとすれば、それがつまり、「企業が社会の信頼を裏切った」ということではないかと思います。
対策を考えるのは、論理的には、事実を正確に把握した後のことだろうと考えます。

投稿: ロックンロール会計士 | 2009年2月16日 (月) 19時52分

私もロックンロール会計士さんと同じように考えます。
想像をいれつつ私見を述べると次のとおりです。

この事案では、サンプル偽装の事実を知った時点において、経営陣がどのような見通しのもとどのような方針決定をなすべきかが問題であると考えます。過去の動かし難い事実を有利な点・不利な点ともに洗い出し、それに対し予測される評価(点数)を採点者別に考える。それを前提に、変えることのできる将来に結び付ける作業になると思います。最も重視すべき採点者はマスコミとそれに追従する世論です。
私が考案したA社の基本方針は次の2点です。
(1)サンプル偽装の事実の正確な把握(過去の行為は何点なのかを把握する)
(2)ただではこけないこと(事後処理で100点取ることを目標とする)

(1)まず、サンプル入れ替えによって検査を受けていたという事実の現在評価をなすべきです。たとえば、a)単に検査を確実に通すための便法であり実際にはどの部品を検査しても安全だったのか、あるいは、b)部品の一部は検査で引っ掛かる代物でそれを避けるためにサンプル偽装をしていたのかといった事実を洗い出し、自社の過去の行為が0点ないし完全な赤点だったのか、落第ぎりぎりだが40点はあるのかということを知るべきです。客観的な立場からはa)の場合は50点くらいかもしれません。一方、「ルールに違反したこと」そのものを悪と解する立場からは、厳しい点をつけざるをえないでしょう。これがマスコミ・一般国民の考え方に近いという悲しい現実がある以上、(2)において、法益を害していない(安全性を欠如させたわけでない)という観点を前面に出すことは不可能です。
b)であった場合、重要なことは、サンプル偽装の事実に関して自社内部で何が起きたのかだけでなく同業他社ではどうだったのかを更に調査すべきです。なぜなら、この種の偽装行為は業界ぐるみで行われることが多く、A社に限らずどこでもやっていたことが判れば(2)の対応に生きてくるからです。業界に先駆けて毅然とした対応に努めれば、他社も追随せざるを得なくなります。「業界初」だったならある意味チャンスです。他社の対応が劣れば、A社はあんなに毅然と対応したのに・・・という評価がえられるかもしれません。

(2)内部通報で上がってきた以上、過去の裁判例からして隠すという判断はありえず、どのように公表し事後処理するかが課題です。この段階では、「自ら公表した」となるためのお膳立てが必要です。マスコミに抜かれないように、まして行政に先を越されて調査・指導を食らうようなことがないように迅速に行動すべきです。自ら公表したという前提が作れれば、場合によっては途中経過でもいいから公表に踏み切る判断が必要かと思います。安全性の発信を控えるべきことはみなさまと同意見です。最終検査とは別個に部品検査制度が設けられている以上、部品検査固有の意義があると解すべきであり、みやみに安全に言及することは部品検査制度の意義を無視する態度と取られかねないからです。もっとも、最終の製品検査で合格している以上、A社としては製品回収リスクの極小化は図るべきです。たとえば、上記(1)でa)の場合、販売済の製品に対し、当該部品のみのサンプリング検査を行うことが考えられます(結果がシロであると想定される場合)。b)の場合は潔く部品交換計画を策定し、公表すべきでしょう。b)の場合、ここで後ろ向きと見られては100点どころか及第点もままならなくなるからです。
忘れてましたが、お役所対応は、初回の公表と同日に根拠法に基づいて報告し対応を仰ぐということになるんじゃないでしょうか。当該公表において、「本日付で○○局に報告しており、当局の指導監督のもと適切に対応してまいる所存です」といえればよいと思います。
いずれにしても、(2)においてはできる限り先手をとることが重要と考えます。

投稿: JFK | 2009年2月16日 (月) 23時51分

いつもご意見ありがとうございます。
また、たいへん詳細にご検討いただきましたので、皆様がたのご意見を参考にさせていただきます。
実際、これをほぼ同様の事態はいろんなところで発生しております。とくにエンドユーザーと対面している取引先が、お役所はオッケーといっているけれども、うちはだめだ、全部取り替えろ、それでなければ訴訟も辞さない、という主張は実際にも増えていますね。(最終的に訴訟になるかどうかは、また別の経営判断ですが)

投稿: toshi | 2009年2月18日 (水) 02時16分

ご無沙汰しております。コンプライアンス+危機管理ねたということで、面白く拝見しております。皆様方のコメント及び分析は、非常に参考になります。

このケースは、コンプライアンス論及び危機管理論において、いずれも教科書的対応には限界のあるケースで、TOSHI先生が悩まれているように、極めて判断の難しい問題です。一連の食品企業の不祥事(と認識されているもの)にも類似の例がありますが、実際のところ社内検査の安全基準が国の基準よりもはるかに高い又は同等のレベルで、安全性にはそれほど影響しないケースはいくらでもあります。

大方の方の見方は、安全性の点には言及せずに、事実関係への謝罪と再発防止の徹底及び瑕疵修復に努めるべしという内容とお見受けします。教科書的には、あるいはマスコミ的には、その通りですが、企業側の視点に立った場合にそれが本当に「正しい」ことなのかについては、大いに疑問が残ります。このようなケースで、消費者が一番知りたいのは何なのか、それは、まず第一は「商品の安全性」です。自分が使っている、あるいは使っていた商品が安全なのか、何か自分に不利益はないのか、その点が消費者の最も関心のあるところです。100%安全であったとしても、不安に駆られて商品の交換・修復を強く要求してくるケースも多いですが、これも裏を返せば、「安全な商品を利用したい」という心理の現れです。

自ら製造した商品に何らかの疑義が生じた以上、メーカーとしてなすべきは、この消費者の根源的な「安全性に関する情報」を提供することであり、それが企業として求められる社会的要請ですし、社会の信用確保に向けた取り組みといえるでしょう。
もちろん、自らがいくら安全だ安全だといっても、そもそもサンプル偽装をしていた企業のいうことなど信用で着ないという心理が働きますので、メーカー側も、具体的に安全基準を提示し、科学的見地ないし統計学的見地から説明をしたり、第三者機関、公的機関による客観的検証を客観的に行ってもらい、それを適切に開示したりという手立ては必要ですが、私は、このようなケースでは、マスコミうんうんという要素とは別に、企業自ら「安全性に関する情報」を開示すべきと考えます。

マスコミの論調を気にして企業の対応を考えるのは、危機管理の王道ではありません。マスコミの反応がどうであれ、企業として真になすべきは何なのか、という視点が危機管理は不可欠です。言い方の問題はありますが、この局面では安全性に関する言及は避けられないと考えます。本来企業として言及(説明)すべきことをしないのは、それこそまさしく隠蔽でしかありません。

そして例題にもあるようなある意味不安に駆られた商品交換要請に応じなければいけない企業の現状を踏まえた場合に、その安全性に問題がないのでればできるだけ修復などのより安価な手立てで対処していくことは、株主の信託を受けて経営している企業である以上、重要なことであり、その現実的な対策費用の視点を抜きに、レピュテーションばかりを気にしていては、それこそ業界のトップカンパニーとして、不適格の烙印を貼られてしまうのではないでしょうか。

投稿: コンプロ | 2009年2月18日 (水) 06時59分

コンプロさんと私の見解が異なるようには見えません。
他の皆様の見解もある一点では共通しており、コンプロさん
と異ならないと思います。

安全だと言いたい一心でむやみに安全性に言及すべきでなく、
合理的根拠ができてから安全に言及することです。
また、合理的根拠があるだけではだめで、言い方が重要です。
良いことを言うだけではだめなのは定説だと思います。
(政治家の言動しかり。)

マスコミ・消費者に迎合せよとは誰も言っておらず、戦略的に
重要視すべき評価者としてマスコミとそれに流されやすい消費者
を位置づけている。これを無視した基本方針は、現実の経営者でも
教科書上の経営者でもなし得ないと考えます。

コンプロさんの記述も結果的にマスコミ・消費者の反応を意識した
ものとなっています。合理的根拠があれば安全性への言及は高得点
の要素ともなり得ると考えます。
ちなみに私は、マスコミ・消費者はどうしようもないバカだという
前提には立っていません。それゆえ、合理的根拠を示せば相応の
評価が得られると考えております。

投稿: JFK | 2009年2月18日 (水) 15時37分

私の読解力がないのか、JFKさんの文章が巧すぎるのか分かりませんが、私には、
>>他の皆様の見解もある一点では共通しており、コンプロさんと異ならないと思います。安全だと言いたい一心でむやみに安全性に言及すべきでなく、合理的根拠ができてから安全に言及することです。

の部分については、そうは読み取れなかったので、前の書き込みで私見を述べさせていただいた次第です。経済部系記者出身者やPR会社の方々が好まれる数値化、リスク分析の手法を説明しておられるJFKさんは、さぞかしクライシスコミュニケーションの実務経験がおありなのかも知れませんが、一方的に、私の見解が、
>>コンプロさんの記述も結果的にマスコミ・消費者の反応を意識したものとなっています。

と断定されることには、少々違和感を覚えます。

マスコミを意識してこのような記述をしたのではなく、マスコミにたたかれようが企業として主張すべきところや誤解を生んでいるところは、きちんと(ある程度納得をえられるように)説明をしていくべきとの考えに基づいて書いていることを付記しておきます。


そもそも私自身は、特に危機管理の局面において、リスクの定量化の考え方、数値化が必ずしも有効な手段とは思っていませんので、基本的には、リスクの定量化をされる方々とは立場が異なりますこと、ご理解いただければと存じます。
 リスク評価の違いということで片付けられるのかも知れませんが、数値化(定量化)による比較という手法は、極めてケースバイケース、属人的
判断になりますし、理屈の上では、数値が低ければ、隠蔽等も構わないという帰結になるからです。

投稿: コンプロ | 2009年2月20日 (金) 23時44分

他意はなかったのですが、申し訳ございませんm(_ _)m
私は初動段階(初回記者会見まで)の狭い時間軸を頭に描いていたので、
その段階では安全性に言及しにくい場合が多いことを前提にして書きました。
合理的根拠があれば問題ないという趣旨は裏にあっただけで、
拙い私の文章からは読み取れませんね。

断定的な記述は申し訳ない限りです。
コンプロさんの考えはよくわかりました。

エチケットを守るよう気をつけます。
謹慎処分ですね、これは。。

投稿: JFK | 2009年2月21日 (土) 02時54分

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