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2009年2月 6日 (金)

貴乃花親方名誉毀損事件判決にみる「出版社の内部統制構築義務」

常連の皆様は、おそらく日綜地所会社更生手続きのほうにご関心があるでしょうし、あまりブログでも採りあげられていないようでありますが、(昨日のエントリーの最後でも少し触れましたが)この貴乃花親方名誉棄損事件の東京地裁判決についてはかなり注目すべき判決ではないかと思いまして、いちおう私自身の備忘録として記しておきたいと思います。

事案は大相撲の貴乃花親方夫妻が、相続問題や八百長疑惑に関する新潮社の雑誌記事によって名誉を傷つけられたとして、発行元の新潮社と同社代表取締役個人に対して損害賠償請求訴訟を提起したものでありますが、東京地裁(たぶん第38民事部かと思いますが)は法人に対してだけでなく、社長個人に対しても375万円の損害賠償を命じた、というものであります。この事案でもっとも注目すべき点は大手出版社の代表者個人に対して、旧商法266条の3(現行会社法429条1項)を根拠として「名誉毀損防止体制の構築を怠ったことについての悪意、重過失」を認めた点であります。

また、重過失認定の根拠に関しては、出版社の代表者は名誉棄損の記事を防ぐため、①社員の研修体制、②出版前の記事のチェック、③第三者委員会など事後の検討体制等を社内に整備する義務があるにもかかわらず、新潮社社内では十分な体制ができておらず、会社内部に名誉棄損を防止する有効な対策がとられていなかったことにつき、社長に重大な過失がある、という理屈であります。(なお、取締役の第三者責任に関する規定によるもので、「任務懈怠」が立証されますと、被害者に向けられた故意・過失であることまで立証する必要はないものと思われます)通常、取締役の第三者責任といえば、倒産事件などで、債権者が法人の責任を問えないケースに奏功するイメージを持っておりましたが、こういった内部統制構築義務違反事例においても活用されるようになってくるのでしょうか。

日経朝刊の記事からの推測でありますが、いわゆるリスク管理の一環としての内部統制構築義務違反を社長さんの「任務懈怠における重過失」と結びつけて、第三者への責任を認容しているもので、以前ご紹介いたしました東証二部の某企業の事件(平成19年11月26日東京地裁判決 判例時報1998号141頁以下)における判例構造と非常によく似ているものと解されます。(会計不正事件を防止するための内部統制システムを構築することを怠った点について、社長の「不注意」と認定し、社長個人の元株主に対する不法行為責任を認容した事例)本件の理屈からすると、他の取締役の方々についても重過失が認められる余地もあるのかなぁと思いましたが、いずれにせよ「コンプライアンスは経営トップの姿勢次第」などと、よく言われるところでありますが、ついに法的責任という面においても、経営トップの姿勢が問題視されるようになってしまったようであります。

おそらく新潮社の社長さんとしては、「寝耳に水」といいますか、法人に対する損害賠償命令までは予想していたとしても、まさか社長個人にまで直接責任が認容されるとは思ってもいなかったのではないでしょうか。ちょっと、事案の詳細までは存じ上げませんが、出版社の社長さんに名誉棄損事件で損害賠償リスクが発生する、となりますと、かなり衝撃的なものでして、出版社だけでなく新聞社、放送局に至るまでマスコミの内部統制体制については見直しを要するものなのかもしれません。ただ、今回の事件においては出版社における内部統制構築義務違反まで判断すべき事案だったのか、名誉毀損的表現行為が5回にもわたっていたことを捉えて、代表者の「不作為の過失」として事案限定的に注意義務違反を議論すれば足りるのではなかったか等、もう少し中身を検討してみたいところであります。(もちろん、高裁で逆の結論となる可能性も十分にあるようにも思えます)

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コメント

ご無沙汰しています。
最近「第三者委員会ブーム」と言っていいぐらい増えましたね。きちんとやるべきことをやれれば、当事者委員会でもいいんですが、こういった傾向も裁判も流されているのではないか、と思ってしまいました。
形から入ることも重要でしょうが、実質的にこれまでこういった委員会がどれだけ役に立っているのかなあと(社長のお友達委員会じゃ意味ないですし)。

金融機関もコンプライアンス違反をする企業への資金引き揚げも結構多い(代表者が何らかのけじめをつけないと融資継続しないみたいな感じですが。当局の目も厳しい)と聞きますので、集団訴訟のようなことがない限り、こういった代表者個人に一撃を見せつけないと、締まらないとも感じたんでしょうか。
誰がどのような手段で実質的にコンプライアンス的なものを理解させるのか、株主か債権者か消費者か、そういったものの集団訴訟か。

投稿: katsu | 2009年2月 6日 (金) 13時21分

東京地裁判決平成19年11月26日を読みました。内部統制担当者には衝撃的な判決だと思います。架空循環取引を防止できなかったのは,経営者が内部統制システムの構築を怠ったことに原因があるという判断をされ,損害賠償が認められた本件は,内部統制システムが有効に機能していることを被告会社が立証しなければならず,現に架空循環取引が発覚したという事実がある以上,それはかなり難しい証明になるものと思われます。そうすると,今後,架空循環取引が発覚した場合はこの手の訴訟が必ず提起され,被告会社は敗訴の可能性が高いことになります。
本件,高裁でも同様の判断が出たようですが,第一審原告は控訴審も本人訴訟でとおしたのでしょうか。気になるところであります。

日本綜合地所の破綻については,マスコミの怖さ(風評被害)をあらためて思いました。確かに,内定取消は許されることではないのでしょうが,内定を取り消さずに(補償金を支払うことなしに),突然破綻する企業に比べれば,少なくとも,補償金を払ってから会社更生の申し立てをしたというのは褒められる(?)のではないでしょうか。まぁ。マスコミが採り上げなければ,補償金を払ったかどうかもわかりませんが。

投稿: Tenpoint | 2009年2月 6日 (金) 17時18分

 貴乃花親方側の代理人を存じ上げないので軽軽には言えませんが、名誉毀損事案で社長の責任を持ち出すことにはいささかの違和感を感じます。一般的に架空循環取引のように組織的・継続的な不法状態は故意性が高いと思いますが、記事の場合にはよほどのことがなければ故意的ではありません。また事業本部などとは比べ物にならないほど強大な権限が現場責任者に与えられていることが多いと思います。それは言論の自由をめぐる長い歴史の中で作られてきた編集権の独立の概念があるからです。
 もちろんすべてがうまくいくわけではなく、行き過ぎも起こります。被害者・消費者側に大きく振れている現代ではとりわけ媒体側の加害性が強く指摘されており、取材過程を明らかに出来ない以上敗訴案件も増えています。取材現場の能力不足、技術不足も否めませんが、それでもその案件限りの中で判断されるべきものと考えます。記事は大量生産品ではありません。固有の事情の狭間の中で作られていきます。事後責任は当然ですが、事前にチェックするということは「ちょっとトラブルになりそうなものは一切書かない」しかありません。その悲惨な結末は歴史的に証明されています。
 新潮社固有のずさん体制にキレたという事情があるのかもしれませんが、社長が週刊誌の記事のチェックをできるはずもなく、例えば文芸書の部署の社員がチェックできるはずもありません。内部統制もできないものはできないという真実に目を向けないと単に絵に描いた餅です。これではマニュアルシンドロームの形式論理のような気がしてなりません。これは昨年までの《標準》ではないでしょうか。多極化する今は変わったように思うのですが。
 さらに、事後チエックの第三者委員会の未設置が本件毀損の過失認定になぜ登場するのか不思議でした。
 不作為の過失は諸刃の刃のように思います。拡大すれば使用者責任はいくらでも拡大します。その一方で拡大してほしい行政や立法の不作為は認容しません。よほど判例の蓄積がなされなければ恣意的な解釈が可能になるように思います。本件では編集長と法人の過失認定で処理されるべきではなかったかと感じました。

投稿: TETU | 2009年2月 6日 (金) 23時15分

katsuさん、Tenpointさん、Tetuさん、コメントありがとうございます。第三者委員会の効用については、後日の民事裁判等で、その事実認定や法的評価が参考にされることはあるようですが、はたして再犯防止に役立っているかどうか、という点についてはあまり自信はありません。また、現実に「手抜き」と思われるような事実調査が行われていたことも聞いております。最近、「ベストな調査委員会」のような指南書もあるようですから、私自身も検討してみたいと思っています。

例の東証二部上場企業の事例は高裁判断が出たのですか?まったく知りませんでした。(刊行物には登載されますかね?)今後こういった裁判は続くものと予想しています。

おそらくTETUさんのような御認識が(マスコミの方々にとっては)一般的なところではないでしょうか。これ、マスコミ自身の内部統制に関する問題ですから、なんぼでも反論することは可能だと思いますし、いろんな媒体で議論していただければなぁと。不作為の過失もtetuさんからすれば危険でしょうか?個別案件処理方法としては検討されてもいいかな・・・と思っております。

投稿: toshi | 2009年2月 8日 (日) 02時10分

 私自身はメディア側を擁護しようと言う気持ちはもう薄れているのですが、官僚型統治システムが増えている中で心理的圧力効果はあったように思います。訴訟は個別事案解決の手段ですが、十分に政治的なことが多々あります。事前にリーガルチェックをするところが増えていますが、十分には機能していないように感じます。明らかな違法はいいですが、ほとんどは微妙です。感触を理屈で判断するのですから至難なことでしょう。責任逃れのシステムですから、安全を優先すれば書かない方がいいに決まっています。広報・PRだけを書いていれば問題は起きないでしょう。しかし、そんな情報しか許容しない社会になってしまったことを憂いている部分はあります。
 「真実相当」のところでカットしているようですから、これは良くあるパターンです。それは仕方がないとすれば毀損された名誉をどう慰謝するかです。あえて社長の責任を問う意味が那辺にあったのだろうか、といぶかった次第です。大体メディアでは社長はそれほどエラクなく、執筆する一人一人の責任が重いと考えてきた世代の思い込みかもしれません。そもそも統治されることが嫌いな人種が選ぶ仕事でもあったように思います。
 不作為の過失はもっと認容されていいと考えます。それは不作為を装った作為が蔓延しているからです。第三者委員会に誰を選ぶか、役員に誰を選ぶかで自ずと結論が見えるのですから。ただ、実体をきちんと見る必要はあるように思います。近時の神のごとき社長像はどうでしょうか。苦肉ではありましたが、総理大臣の職務権限を思い出します。

投稿: TETU | 2009年2月 8日 (日) 13時10分

今日、何人かの弁護士でこの話題になりましたが、やはり5回にわたる記事掲載の間に、原告側からどのような警告が出ていたのか、また、その警告を社長さんはどこまで知っていたのか等、裁判で認定された事実関係をもう少し詳しく把握したうえで、裁判所の判断理由を検討したほうがよさそうですね。ひょっとすると内部統制云々、といった構成は必要なかったのかもしれませんし、社長さんの耳に届いていない、というケースであればやっぱり内部統制の問題とせざるをえなかったかもしれません。いずれにしましても、この事例はかなり私的には関心の高いものですので、また判決全文がどこかに掲載された時点でとりあげてみたいと思います。

投稿: toshi | 2009年2月10日 (火) 01時20分

おはようございます。
月曜日はありがとうございました。
東京地裁判決平成19年11月26日の控訴審の件ですが,判決が掲載されている刊行物はまだないようです。小職が読んだのは,「ビジネス法務」2008年11月号に掲載された櫻庭信之弁護士の『損害賠償における判例の視点』の記事中にある「東京地裁は内部統制の不備を詳細に認定し,会社に賠償を命じ,東京高裁もこれを支持した(76ページ)」というものです。事件番号等は掲載されておりません。
記事を読んで以来,控訴審の判決を閲覧しに行こうと思いながら,忙しさにかまけて,まだ果たしておりません。
また,同記事によると大阪地裁では,まったく反対の判断(大阪地裁判決平成19年9月27日)が出ているようで,判例として定着するにはまだ時間がかかるようですね。
こうした判決は,経営者に内部統制の重要性をどう意識づけるかと考えるときに,事例として,非常にわかりやすいものではないかと思っております(おまけに本件は架空循環取引を防げなかったのが内部統制上の不備と認定されていることも他人事とは思えない点であります)。
山口先生にコメントいただけない別件の訴訟などについても,判決が確定の際には,ぜひ,裁判所の判断をお教えいただけると幸甚です。そうそう,月曜日は西中島に泊まったのですが,新大阪まで歩いていると,その破綻した会社が入居していたビルがありました。だからどうしたと言われると困るのですが。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: Tenpoint | 2009年2月11日 (水) 09時54分

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