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2009年2月 2日 (月)

ビックカメラ過年度決算訂正事件と社外取締役の苦悩

(追記; なんか、いろいろとご批判のメールも頂戴しておりますが、以下はあくまでも私見でございますので、投資判断はご自身の責任においてお願いいたします。また、メールでの法律相談には応じかねますので、どうかご了承くださいませ。。。)

「これはちょっとひどいですよねェ・・・」「いやいや、もっとえげつないとこ、ありまっせ・・」と、昨年12月ころから噂されていた上場会社のひとつ、ビックカメラ社(東証1部)の会計不正問題でありますが、この週末の各種マスコミの報道によりますと、ビックカメラ法人自身には約2億4000万円、代表者(会長)個人には約1億2000万円程度の課徴金を賦課するようSESC(証券取引等監視委員会)が勧告(→金融庁)を出すそうであります。(日経ニュースはこちら)なお、以下は私見にすぎませんので、投資家の皆様におかれましては、有価証券取引につきましては、自己の責任においてお願いいたします。

役員個人に対する課徴金については、すでに当ブログでもとりあげました東証マザーズ上場会社の社員の方に対する約2000万円程度の課徴金処分が最高額でしたので、今回はかなり高額であります。しかし、(とくに「減算制度」の適用がない当時の事例ですから)課徴金の金額算定において金融庁に「いくらにすべきか」といった裁量権はありませんので、1億2000万円なる数字は、認定された事実が違法行為であれば、そこから法の定めた計算式によって自動的にはじき出される金額、ということになります。もし金融庁が「課徴金の金額をいくらにすべきか」をもくろむとすれば、どこまでの事実を対象行為として認定すべきか、という方向で検討することになりますが、こちらも(タテマエ上は)処分対象事実が発生していれば、それは行政庁による裁量の余地なくすべて処分する必要があることになっております。ですから、「ウソの有価証券報告書を提出しておいて、自分は保有株式の放出により、60億も儲けていながら、たった1億2000万円の罰金で済むとは」といったご意見もございますが、(1億2000万が安いか高いかは別として)これは法律に基づいて金融庁が課徴金対象事実を認定し、また金額算定したものであることをまずご認識ください。

また、代表者への刑事処分はあるのか?ビックカメラは今後上場廃止になるのか?といったあたり、ライブドア事件や日興コーディアル事件、IHI事件との比較で議論されているようでありますが、こうやって法人だけでなく、個人に対しても課徴金処分となりますと、原則として刑事処分はないですよね。(もし代表者に刑事手続を進めてしまいますと、二重処罰禁止という憲法上の権利侵害に該当する可能性がありますので。)また、発行開示(有価証券届出書)および継続開示(有価証券報告書)いずれにおいても、役員に有価証券虚偽記載に基づいて課徴金処分とする場合には、役員の故意過失は要件とされておりませんので、金融庁は形式犯として違法行為を認定できることになります。したがいまして、法人も代表者もともに「連結に関する会計処理について当局とは見解の相違があるが、これ以上当局と無意味な紛争を続けることを回避するために、過年度決算に応じることとした」なる答弁が事実上許されることになります。(これは課徴金処分を発出するにあたっての障害にはなりません。)また金融庁としても、あまりギチギチに証拠を固めることなく、会計不正についての行政的ペナルティを課すことができることになります。(このあたりが、課徴金制度がうまく機能するキモといえるものと思われます。しかし、これだけ多額の課徴金処分となりますと、没収した金員について、被害者還付のような制度も必要ではないか、といった議論もそろそろ必要ではないでしょうかね。)

さて、株主の方々には、こういった処分によってビックカメラは上場廃止になってしまうのかどうか、といったことに関心が集まるものと思いますが、もし課徴金処分が出る・・・ということであれば、私は上場廃止の可能性はかなり低いのではないかと予想しております。(いろいろとご異論はあるかとは思いますが、あくまでも私の個人的な意見であります)たしかに直前の決算期に虚偽記載によって黒字化したうえで117億円もの増資行っている点については、かなりマズイと思います。しかし、平成14年までさかのぼって決算を修正するとしても、それは本業による利益操作を繰り返していたものではなく、あくまでも不動産証券化のためのSPCの取扱いに関するものであって、計上されたのも「特別利益」であります。(また、特別利益がSPCの特別精算配当金であることは、2008年4月の中間決算書にも明確に記載されております)さらに、この特別利益が増資にいかなる影響を及ぼすか・・・という点でありますが、たしかに「金額的重要性」という観点からみれば課徴金要件たる有価証券届出書の「重要記載事実」には該当するものと思われますが、売上や経常利益の架空によるものではないことに鑑みますと(投資家の判断材料という観点から)極めて悪質・・・とまではいえないのではないでしょうか。こういった観点からすると、IHI社の過年度決算修正事例のほうが問題ではないかと思えるのですが、IHI社はご存じのとおり、特設注意市場銘柄に指定されながらも上場廃止にはなりませんでした。また、日興コーディアルについても上場は維持されました。したがいまして、極めて非難が高まる事例であることは理解できるのでありますが、私的にはどうも上場廃止にはならないように思えるのであります。(実際のところ、ビックカメラ社よりも、監査法人の責任を含めて、もっとヤバイことになっている某会社がありますよね。)

ただ、課徴金処分とは異なり、役員の民事上の法的責任問題、道義的責任問題については市場規制の手法が「事後規制(事後監督)手法」に移行しつつある現在、話はまったく別のような気がいたします。行政として、「これは問題あり」と宣言(課徴金処分)をしておいて、その後の役員の「故意過失」「損害論」などの絡む民事賠償上のムズカシイ問題は一般株主の自己責任に基づく責任追及に委ねる・・・という構図は、今後も課徴金手法が採用された場合には多用されるのではないでしょうか。ある意味「企業コンプライアンスの官民分担」だと思われます。そういえば、一昨日、東京地裁で西武鉄道株主損害賠償事件において、株主の損害範囲に関して、内容の異なる判決が別々の裁判所において出されましたが、(今後、法人に対する虚偽記載損害賠償事件において金商法上の損害規定の適用がある場合でも)こういった構図のなかで、一般投資家が法人や役員の法的責任、また監査法人の責任をどのように追及できるか・・・といった議論も進んでいくのではないでしょうか。(たとえば、最近の事例でも、三洋電機社もIHI社も役員責任を追及する訴訟は提起されているようですし。)とりあえず、刑事処分が前提とならない事例におきまして、課徴金処分だけが先行している事案となりますと、今後の法人や役員の法的責任を追及するための拠り所としては「社内調査委員会」や「社外調査委員会」における調査報告書、の占めるウエイトは大きくなりそうです。なお、ビックカメラ社のリリースによりますと、社外取締役を中心とした社内調査委員会の報告書が2月中旬から下旬を目途に(その概要だけが)公表されるそうであります。

ちなみに、ビックカメラ社の社外取締役は現在4名いらっしゃいますが、そのうち監査法人ご出身のエディオン社からの派遣で就任された方は(報道によりますと、提携解消によって、もうすぐ帰られると思いますので)別として、他の3名の方々はたいへんエグゼクティブは方々ばかりであります。どのような報告書になるのかは、(調査目的をどのあたりに置くのか、という点も含めて)非常に注目されるところではないでしょうか。現役員らの進退問題だけでなく、役員の法的責任が追及される資料として活用されることが予想される以上、その内容については法的アドバイザー含め、慎重な配慮が必要になってくるものと推測されます。また、そもそも役員の法的責任が問われる前提となる報告書であるとすれば、社外取締役らも「利益相反関係となる」もしくは「公正性に疑いがもたれる」立場になってしまうのかもしれません。(それぞれきちんと責任限定契約は会社と締結されているようでありますが、それでもやはり問題は残るでしょうね)そのあたり、この社内調査委員会の活動には、相当の苦悩が潜んでいるのではないでしょうか。

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コメント

サイバーファームの倒産記事を読んで,アイ・エックス・アイ事件はまだ片付いたわけじゃないことを思い出しました。もともと,アイ・エックス・アイ事件はメディアリンクス事件に端を発しているわけで,あらためて架空循環取引問題は根が深いものだと思います。
有森隆さんや高橋篤史さんたちの著作のおかげで,少し前に比べるとずいぶん早くこうした事件の背景が読めるようになりましたが,なかなか奥が深いものがありますね。
小職もCFEの資格を有するものですが,企業犯罪をどうやって防止するか,いかに巻き込まれないか,外部からどう見抜くかといった視点での研究は,まだまだ緒についたばかりのように思います。
2月になってもあまりいいニュースはありません(ホンダさんが管理職の月給を5%カットするというのはとても他人事とは思えません)が,年度末まであと2ヶ月,企業内の内部統制担当者としては,水面下で当社が関係した事件が発生していないことを祈るのみであります。

投稿: Tenpoint | 2009年2月 2日 (月) 15時44分

(ドキッ!!)

すんません・・・・ご指摘の話題につきましては、コメントを付けることができない立場にありますので、ご勘弁ください(笑)

というか、tenpointさん、かなり精通されていますね(さすがCFE?)面識のある方でしょうか(^^;

アメリカではPCAOBやSECが登録企業のCEOやCFO宛てに「経済不況のときこそ、法令遵守を徹底しましょう」といった公式書簡を出しているようですね。ご指摘のとおり3月決算を間近に控えて、新たな不正の誘惑に負けないよう「性弱説」で頑張りたいと思っております。

投稿: toshi | 2009年2月 3日 (火) 02時29分

株取引について大変勉強になりました。
やばい会社って、やはり企業コンプライアンスの問題でしょうか?
上場企業は、不祥事や失策は目先のことを恐れず、積極的に開示すべきでは?
http://true4444.blog77.fc2.com/

投稿: unknown1 | 2009年2月 3日 (火) 09時04分

「直前の決算期に虚偽記載によって黒字化したうえで117億円もの増資を行っている」の「虚偽記載によって黒字化したうえで」というのは、正しくないのではないかと。

増資が行われたのは平成20年6月で、直前の本決算(19年8月期)では本件利益は計上されていません。
また、「直前の決算期」が中間決算を含むとすれば、確かに20年2月期で本件の利益計上がありましたが、それによって黒字化したわけではなく本件がなくても黒字です。
マスコミで誤って報じているところもあるようなので、枝葉かもしれませんが一応ツッコミを入れさせていただきました。

(因みに増資後の20年8月期の決算が本件がなければ結果的に赤字になっていましたが、これは中間決算以降の株式相場下落による評価損計上があったものであり、本件が行われた時点で赤字決算を予測することはできないため、赤字の糊塗を意図したものでもありません)

投稿: unknown2 | 2009年2月 3日 (火) 10時01分

質問です。今回のビックカメラの件で、株主集団訴訟は起こせないのでしょうか?

ちなみに私は、08年8月の東証一部上場時に90株を購入し、その後、今回の事件により、被害を受けております。

よろしければ、ご回答願えないでしょうか?

よろしくお願い申し上げます。

投稿: pac | 2009年2月 6日 (金) 16時50分

toshi先生
ご無沙汰しております。来週、お会いできたらいいなと思っております。
この件についてですが、今更ではありますけれども、上場廃止にはならないのでは?というところは同意見であります。
>>
「連結に関する会計処理について当局とは見解の相違があるが、これ以上当局と無意味な紛争を続けることを回避するために、過年度決算に応じることとした」
>>
といった表現がしっくりきております。税務調査チックな表現ではありますが、今後の課徴金制度の運用という観点からは多発するのではないかなと思っています。
思えばSESCの役割は上場廃止にすることではありませんから、当然のことといえば当然のことなのかもしれませんが。

投稿: grande | 2009年2月 9日 (月) 04時25分

>unknown2さん、ご指摘ありがとうございます。脊髄反射的にマスコミ報道からエントリーをアップしてしまうこともありまして、十分確認できていない情報もあります。ツッコミ大歓迎ですので、またご指摘よろしくお願いします。

>grandeさん
まだ正式に課徴金に関する勧告がなされておりませんので未知数ですが、もし課徴金処分ということですと、大方の予想がつきそうです。
しかしこういった市場ネタはこわいですね。
「会社死期報」(2ちゃんねる板)などで私のエントリーが引用されています。あれこれとご批判の的になってしまうのもちょっとなぁ・・まじめに議論していただく分にはどのように批判されても構わないのですが。。。
でもめげずにまた続編を書きますね。(笑)

集団訴訟等についても、今後の流れをみてから、ということでいまはちょっと時期尚早ではないでしょうかね。

投稿: toshi | 2009年2月 9日 (月) 15時43分

ご回答ありがとうございました。

集団訴訟の段階に入りましたら、また、ご指導をお願い致します。

ありがとうございました。

投稿: pac | 2009年2月10日 (火) 10時38分

監査人が期中交代ですね。
会社のプレスリリースによりますと、退任監査人の意見は特段なしとのこと。監査報告書にサインしていたのが大物会計士でしたから、マスコミに騒がれないよう静かな退任にしたということでしょうか。

以前エントリーされていた退任監査人の意見開示ですが、当期に監査人が異動した会社で、臨時報告書に退任監査人の意見を開示したものとして、北沢産業・カーチスなどがありますが、いずれも「意見は特段なし」となっています。
あまり機能しない規定になりそうですね。

投稿: 迷える会計士 | 2009年3月 8日 (日) 23時00分

ビックカメラの記事、興味深く拝見しました。この件に関しては2/16日に内部報告書が出て、今までの監査法人も辞任しましたが、上場廃止の可能性は低いという考えは変わらないですか?今回の特別利益は、社長が株式を保有する関連会社を通して行なったというのはかなり悪質のように思うのですが、いかがでしょうか?

投稿: 素人です | 2009年3月12日 (木) 18時14分

個別の事情については私もよく存じ上げませんが、やはり取引所は上場維持の方向で検討しているようですね。(3月19日の日経朝刊より)

投稿: toshi | 2009年3月19日 (木) 10時50分

私も平成20年6月の公募で65株購入しました。
もし、過年度の決算が赤字だったならば購入しませんでした。
会社の粉飾決算にだまされました。
一人では訴訟に持ち込めないのでビックカメラ被害者の会」を立ち上げて集団訴訟に参加したいと考えています。
どなたでも被害者の方はご連絡ください。

投稿: 尾本 広美 | 2009年12月30日 (水) 08時09分

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