« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月31日 (火)

西武鉄道株主賠償裁判(今度は最高額237億円)

金融・商事判例の2009年4月1日号に、先日の西武鉄道株式一般投資家集団訴訟の控訴審判決(東京高裁平成21年2月26日)の判決全文が掲載されておりましたので、解説も含めて興味深く拝見しました。(なるほど、被告側代理人の主張内容を、かなり受け入れた判決理由だったのですね)

財務内容に関わる事項と、大株主に関する事項とでは、企業価値評価への影響度に差があるといった判決理由の骨子でしたが、本日はまたまったく別の視点から新たに西武鉄道株式の機関投資家(企業年金連合会等16法人)だった企業が原告となっている訴訟において、原告らの損害額を237億円(ほぼ原告らの主張どおりの金額)とする判決が東京地裁で出たようです。(ニュースはこちら)有価証券報告書の虚偽記載に関わる損害額認定の理論の形成は、これからまだまだ流動的かもしれませんね。(金融商品取引法の推定規定が適用されない場面というのも、今後予想されますので)

(追記)毎日新聞ニュースによりますと、本日別の裁判(日本トラスティ・サービス信託銀行など4銀行が堤元会長らに約121億円の賠償を求めた訴訟)の控訴審判決が出されまして、東京高裁は、請求を棄却した1審判決を取り消して、総額約9億5700万円の支払いを命じたそうであります。この判決内容は、冒頭に紹介しました2月26日の東京高裁判決とほぼ同様の判決理由で名義偽装公表直前の株価の15%程度を損害額として認定したようであります。

ところで、本日判決が出された東京高裁判決も、先日(2月26日)の東京高裁判決(裁判官は違うようですが)も、いずれも民事訴訟法248条による損害認定をされたようです。つまり、原告株主に損害が発生したことは認められるが、その損害額の立証は極めて困難であって、原告株主へ立証責任を負担させることは当事者の公平を欠く・・・といった場合にのみ、裁判所が自由裁量によって損害額を決定する、というものです。しかしながら、本日判決の出された東京地裁判決は、原告株主が取得した時点での株価と、売却した時点での株価との差額を損害額とみて、これは当事者の立証活動によって立証可能な損害である、とみているわけですから、今後の主な対立軸としては、有価証券報告書の虚偽記載の事実について、これが公表された場合の株主の損害金額というものが、はたして裁判において立証可能なものなのかどうか、といったあたりがポイントになるのではないでしょうか。その際に、金融商品取引法における損害額推定規定の存在をどのように理解するか、ということも併せて検討すべき課題になるように思います。(自由心証主義の例外なのか、ということが果たして最高裁の判断対象になるのでしょうかね?---もう少し考えてみます)

小ネタの提供さんから紹介いただいた若杉先生の講義録も、最近の有価証券報告書虚偽記載における損害論(経済学からみた株主の損害)についてのものですし、たいへん参考になるところであり、お時間がございましたら参考にされてはいかがでしょうか。(小ネタの提供さん、ありがとうございました)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月30日 (月)

「本人通知制度」と債権回収業務への影響

いよいよ年度末ですが、ちょっとビジネス法務に関わる話題をひとつだけ。もうご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、大阪の自治体では、4月以降(来年度)より「本人通知制度」が開始されますね。戸籍謄本や住民票の不正取得を防止して、個人情報保護を確実なものとするため、本人以外の者が正当な手続によって戸籍謄本や住民票を取得した場合、その事実を本人に通知する、というものです。(産経ニュースはこちら)大阪狭山市では、6月から開始されるそうです。

弁護士や司法書士など、「職務上取寄請求」が可能な者による取得も対象となるそうです。また、誰が取得したのかはわからず、単に「あなたの戸籍を誰かがとりましたよ。住民票をとりましたよ」といったことを本人に通知する、ということのようですね。(まちがっていたら訂正いたします。)そういえばテレビにもよく出演されていた弁護士さんが、不正取得で懲戒になったこともありましたね。なお、西日本新聞ニュースによると、たとえば大阪狭山市の場合には通知を希望する市民については事前登録が必要とのことで、どちらかというと、この「事前登録」の周知徹底がどこまでできるか・・・ということのほうが行政サービスの公平性の点からみて重要かと思われます。

しかし、ビジネス法務の観点からすると、債権回収とか、取引先への仮差押え、仮処分など、かなり影響が出るのではないか、ということで日弁連も注目しているようです。裁判所の手続を経る場合には、どうしても相手方の住民票や戸籍謄本(相続がからむケースなど)を取寄せることが必要な場合もありますし、もし「本人通知」がなされるとなると、こくいった密行性が不可欠な手続では、先に保全されるべき資産を隠匿されたり、譲渡されるケースも出てくるように思います。おそらく金融法務関連の雑誌等で、今後話題になるのではないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月27日 (金)

社外役員の「独立性」は時間軸(賞味期限)も考えるべきではないか?

内部統制報告書の第2号が出ましたね。監査意見はトーマツさんが出されているようです。(詳しくはEDINETでどうぞ)

さて最近、社外取締役、社外監査役の「独立性」要件についての議論がさかんに行われていますが、議事録などを拝見していても、「当該会社と、どの程度離れているか」といったことに議論が集中しており、「何年できるのか?」といったことについてはほとんど議論されていないように思います。会計士のローテーション制度などは、会計士の独立性との関係で「何年できるか?」ということが大いに議論されたにもかかわらず、社外役員の独立性に関する議論では、そういった社外役員の賞味期限について問題にされないのはなにか理由があるのでしょうか?

全国社外取締役ネットワークの関西勉強会に出席されていらっしゃる某社外取締役の方が、いつも「社外取締役というのは、何年もやってたらあかんね。会社のことがわかってくるけど、わかってくるにしたがって情がうつるね」とおっしゃるのを聞くたびに、「あぁ、そうなんやぁ。そんなもんなんやぁ」と(私は)頷いております。では、どれくらいの期間が社外取締役としての「賞味期限」なのかは、ちょっと私もまだわかりませんが。

そもそも期間が決まっているからこそ、遠慮なく自身の見識にしたがって意見を述べることができるのではないでしょうか。また、期間が決まっているからこそ、社外役員の人材の流動化、豊富化が促進されるのではないでしょうか。さらに、社外役員の流動化が促進されることではじめて、「社外役員が何をしたか」ということが、株主をはじめとするステークホルダーにおいて、その社外役員に関する開示内容に注目するようになるのではないでしょうか。

日本プロクシーガバナンス社編著による「議決権講師~みんなの議決権~」という冊子がありますが、これを読むと、日本プロクシー社の場合、社外監査役については二期8年を超えて就任する監査役については、その選任議案に一様に「反対」の助言をされるようです。8年でもかなり長いとは思いますが、社外取締役であればもっと短期間での交代ということも十分に独立性との関係から考慮に値すると思います。「独立性」要件を検討するにあたっては、こういった時間軸も含めて考慮されるような議論も、どこかで少しはなされたらいいのになぁと思う次第です。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

内部統制「統制上の要点の選定とリスク・アプローチ」

先週の日経新聞特集記事「点検・内部統制元年」を、たいへん遅くなりましたが(上)(下)ともきちんと読ませていただきました。費用負担が重くのしかかっている・・・といったイメージをどこの企業もお持ちではないかと思います。そんななかで、中堅上場企業である大阪のニイタカ社の内部統制責任者であるS氏(ときどき拙ブログにもコメントをされる方ですが)によりますと、ニイタカ社の内部統制にかけた関連費用はS氏の人件費のみ、ということだそうであります。このS氏とは、もうかれこれ2年ほど研究会でご一緒しておりますので、この「関連費用は私の人件費だけ」というのがウソ偽りのない真実であることは私自身がよく知るところであります。ただ、このS氏の内部統制システム構築にかける情熱はちょっと他の人ではまねのできないものであります。新聞にもあるように、現場担当者や現場監督者が業務プロセスの整備・運用、そして自己点検による評価方法に至るまで、十分に理解するまで徹底的にレクチャーを行い、不備が生じればすぐに内部統制プロセスをくりかえし改定し、逐次外部監査人を呼んで改良点の説明を行い、外部監査人のほうが「もう堪忍して」と音を上げるまで徹底的に協議を繰り返す・・・ということであります。しかし(前にも書きましたが)、私がこのS氏をみていて、おそらくニイタカ社では内部統制は有効と評価されるものとは思いますが、全社あげて内部統制の整備はS氏にまかせっきりになっているものと推察され、もしS氏が(たとえば)ヘッドハンティングによって別の会社で内部統制構築を手掛ける、という事態になってしまうと目もあてられないことになってしまうのではないか、といった一抹の不安を抱かずにはおられません。いわゆる「内部統制リスク」というやつですよね。誰かの個人プレイにまかせっきりになってしまいますと、その個人がいなくなってしまうと、社内で誰も内部統制の改良ができなくなってしまうということは大きなリスクです。そう考えますと、この「内部統制リスク」を低減させるためには、内部統制プロジェクトチームのような組織的対応の必要性や、後継のためにできるだけ文書化しておく、といった費用負担を要する対応もある程度は必要なのではないか・・・と思ったりもしております。内部統制はいよいよ2年目を迎えるわけですが、その性質上永続的に制度を見直すことが求められるわけですから、企業としての制度対応も、それなりに人材育成やシステム改良のノウハウを個人プレイに頼ることなく、企業として検討していかなければならないと思います。

そして内部統制2年目といえば、旬刊経理情報の4月1日号では「2年目の内部統制」が特集されておりまして、たいへん興味深く拝見させていただきました。この特集のなかで、解説者の方が、トップダウンのリスク・アプローチが、1年目において業務プロセスの評価範囲や方法の決定のためにはよく議論されたようだが、これまで統制上の要点の選定のためにはほとんど議論されてこなかったのではないか?といった疑問を呈しておられ、これは私もまったく同感であります。これは日本取締役協会や日本監査役協会での報告でも「問題提起として」述べさせていただきましたが、本当にリスク・アプローチが統制上の要点の選定のために活用されるのであれば、そこには経営者の関与は不可欠なはずですが、これまで議論されてこなかったのは、まさに十分に経営者の関与が問題にされてこなかったからだと思います。わずか1年半の間に、リスク・アプローチ監査についてはナナボシ判決が、そして経営者のリスク・アプローチについては日本システム技術判決が、それぞれ財務報告における重大な虚偽表示リスクに関わる裁判事例として出ております。ナナボシ事件判決では、監査人による監査の手法が経営者による不正リスクと対応していなかった点が指摘されており、また日本システム技術判決においては、従業員による不正リスクと経営者の構築した内部統制システムが対応していなかったことが指摘されているわけであります。これは裁判所の考える「重大な虚偽表示リスク」とは何か?それは何を評価した結果なのか?リスク低減措置はどこまで要求されるのか?といったあたりを検討するには好材料であります。実施基準を前提とする「統制上の要点」と、裁判所が問題とする「リスクと統制との対応関係」は厳密には別物であるとしても、「あなたの会社はワンマン会社だし、取引先との付き合いも長いので経営者不正の可能性が高い」などとは、決して監査法人さんは言わないわけですが、裁判所ははっきりと、不正リスクのひとつであり、平時から配慮すべきリスクである、と指摘するわけであります。したがいまして、平時から経営者リスクや組織に内在するリスクを堂々と宣言できるのは経営者以外にはいないのであります。そこがズバッといえないのであれば、統制上の要点がきちんと選定されるはずもないわけでして、お題目のように「経営者の関与が不可欠」といってみても、実際にそこに目をつぶっていては、おそらく「内部統制リスク」は軽減されることはないものと考えております。

なおリスク・アプローチと法的責任(「重要な欠陥」ではございません)との関係については、リスクアプローチ監査については会計上の重要性の原則と、そしてトップダウンのリスクアプローチについては経営者による経営判断原則との関係がつぎに議論されるところだと思いますが、その点はまた別途検討してみたいと思います。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年3月26日 (木)

新興企業の粉飾決算と「不正のトライアングル」

今週は事務所に日経新聞の夕刊が届けられるのを楽しみにしています。シリーズ「人間発見」は元最高裁判事の団藤重光先生(95歳)が語る「反骨精神を貫いて」。20年ほど前の司法試験受験生なら、皆様ご存じの刑法(刑事訴訟法)学者の方(後日、大隅健一郎先生の後任として最高裁判事に就任されます)ですが、今日の掲載分は戦中・戦後の東大の教官だったころのお話でした。団藤先生と作家三島由紀夫との交流は初めて知りましたし、三島の代表作「仮面の告白」が団藤先生の刑事訴訟法理論を文学化したもの、というのはビックリです。(また、三島由紀夫の刑事訴訟法の答案が、非常に出来がいいので団藤先生が保存していたところ、団藤先生の飼い犬がその答案を食べてしまった、というのもスゴイ・・・飢えていたのは人間も犬も同じだったのでしょうね)団藤先生の考え方を一番理解していたのが三島由紀夫だった、ということですから、もし三島が法曹になっていたら、いったいどんな学者になっていたのでしょうかね?

さて本題でありますが、本日、某研究会にて(私の尊敬しております)著名な会計士さんからお聞きしたお話ですが、とても面白いものだったので備忘録としても書きとめておきたいと思います。新興企業が粉飾決算(正確には有価証券報告書への虚偽記載)に手を染めるか否かは、だいたい上場してから3年目くらいが分岐点になる、とのことであります。それにはちゃんとした理由が3つあるとのこと。(以下のような理由だそうであります。)

ひとつは新興企業の場合、比較的単純な事業内容のままで上場しているため、ビジネスモデルが陳腐化してきて、上場後3年くらい経過するとキャッシュフローに陰りが出始める。そうすると、メインバンクのほうから、短期借入を更新するために、中期事業計画を出せ、と迫られる。その事業計画は、どうしてもバラ色の計画内容になってしまい、これが経営者にとってのプレッシャーになる。

ふたつめは、「株価ノイローゼ」。公開後の一般株主からの突き上げが厳しくなり、経営者は株価の変動に一喜一憂するようになる。経営者としては、内部統制やガバナンスなど、しっかりとした組織作りをしたいにもかかわらず、そういった行動はほとんど株価向上へ貢献せず、逆にちょっとした業績の浮沈が株価に大きく影響を及ぼすことを肌で感じるようになると、「一般投資家」というよりも、「現在の株主」に喜んでもらうことばかりを考えるようになる。

そして三つめは、会計士のローテーション制度。7年→5年に変更ということになると、上場前の2年(法定監査の義務付け期間)と上場後の3年で、経営者のクセまで知った会計士が、その新興企業を去ることになり、同一の監査法人といってもまったく別の会計士が担当者としてやってくる。これまでは顔色をみたたけで経営者のウソがわかる会計士だったのが、ほとんど会社のことを何も知らない会計士に変わっただけで、経営者は粉飾への欲望がふつふつと湧いてくる。

そういえばCFE(公認不正検査士)の方であればご承知のとおり、ビジネスマンが不正に手を染めるにあたっては「不正のトライアングル」がそろったときにリスクが非常に高くなるわけでありまして、そのトライアングルというのは機会、正当化根拠、動機(プレッシャー)と言われております。たとえば上に述べた三つの理由のうち、銀行から事業計画の提出を迫られ、これに縛られることは粉飾に手を染める動機(プレッシャー)であります。また株価ノイローゼに陥って、現在の株主に喜んでもらうことだけに専心するようになりますと、粉飾してでも株価を上げようとすることへの「正当化根拠」になりそうであります。また会計士のローテーション制度については、粉飾決算を計画するための「機会」と言えるものであります。不正リスク管理という面からみましても、この会計士の方がおっしゃる「新興企業上場後3年めの粉飾決算リスク」のお話についてはナットクできそうな気がいたしました。

もちろん本当に事件になっている粉飾決算の場合、経営トップ単独で敢行できるものではなく、取引先に協力者がいるとか、他の役員が黙認しているわけでして、また先頃のプロデュース社の件のように上場前から粉飾決算が始まっていたという例もあるわけでして、すべて一般化できるようなものではありませんが、とりわけ「銀行による突き上げ」という点については粉飾に向けての大きな要因になりそうな気がいたします。そもそも上場後3年を経過しても業績が右肩上がり・・・ということであれば問題はないのでしょうが、銀行経営自体の健全化ということも、上場企業の「粉飾決算への傾斜」を低減するためには必要なのかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月25日 (水)

品質偽装事件にみる企業コンプライアンスの「官民格差」

Haramitugu WBCの優勝監督である原辰徳氏は、私と同郷(福岡県大牟田市)の方でありますが、彼の父である原貢氏は、私の父と同じ会社(東洋高圧、現在の三井化学)に勤務しておられた方で、東洋高圧時代は「名三塁手」として有名な方でした。その原貢氏が監督として采配をふるい、炭鉱の労働争議で真っ暗闇だった大牟田の町を明るくしてくれたのが三池工業高校野球部の甲子園初出場初優勝という偉業でした。当時私はやっと物心がついたくらいの頃でしたが、大牟田の町が本当にひとつになって、みんな感涙に浸っていたことを記憶しています。(その後、貢氏はヘッドハンティングによって東海大相模高校の監督に就任することは皆様もご存じのとおりです)あの原貢氏の息子である辰徳氏が、こうやって世界一のチームを率いて日本中を感動させるのを見て、なつかしい三池工業高校の優勝を思い出す方々もいらっしゃるのかもしれません。

さて、田辺三菱製薬株式会社のリリースによりますと、子会社の品質管理責任者ら数名による試験データ改ざんが判明したために、厚生労働省への薬剤の製造販売承認申請を取り下げると同時に、これまで販売された製品の自主回収を行うことになったそうであります。(読売新聞ニュースはこちら)これはちょっとビックリであります。製薬会社において試験結果の改ざん、ということが今の時代でも行われているということになりますと、耐震偽装や耐熱板の試験材偽装と比較しても、かなり社会的な不安を抱かせる度合いが大きいのではないでしょうか。田辺三菱社のリリースを読んでも、また読売新聞ニュースを読んでも、どういった経緯で試験データ改ざんの事実が親会社である田辺三菱社の経営陣の知るところとなったのかは不明であります。(承認申請期間中に発覚した、とありますので、自社内で端緒を認識したのか、それとも厚労省からの指摘があったのかはちょっとわからないです)

ところで、こういった品質データ改ざんや、性能偽装などによって国の検査をパスした、という問題がよく報じられるところでありますが、どうもこういった場面では問題をふたつに分けて考察することが必要のようであります。ひとつは、そもそも偽装やデータ改ざんを行わなければ、品質検査にパスしなかったような商品について、これを偽装して検査申請を行う場合であります。こういった事例の場合には、消費者の安全・安心にそむく行為として偽装を行った企業は厳しく処分されるべきであります。もうひとつは、そもそも偽装やデータ改ざんを行わなくても、ほぼ確実に検査を通るのでありますが、(サンプルテスト等による現場の経験から)1000分の1程度の確率で検査に一発で通らないという事態が発生する可能性があることから、(念のため)品質や性能を偽装して検査申請をする、という場面であります。こういった場合には、品質や性能偽装の問題が発覚した場合でも、検査対象となった商品を調べてみると、そもそもなにもしなくても十分に検査はパスしていた商品ばかりだった、という結果となります。報道された事例をよく観察してみますと、同じ「品質・性能偽装、データ改ざん」という問題も、このふたつに分類されることがわかります。

たしかに民間企業にとって、国の検査にパスするために品質偽装、データ改ざんを行うこと自体、企業の姿勢としては厳しく糾弾されてしかるべき、ということでありますが、再発防止策、という観点からすると、前者と後者ではずいぶんと内容が異なってくるように思います。また、前者の場合には、そもそも企業の詐欺的行為が明確になりますので、社会的な非難は企業に集中しますが、後者の場合ですと、そもそも品質検査の必要性や、検査の形がい化といった国の機関への批判というものも同時に議論されることになりますので、品質偽装やデータ改ざんをした企業とともに、その検査機関である国までも非難の的になる可能性が出てきます。ということで、国の検査機関としては、問題の事後処理としては企業が劣悪な商品を、優良な商品のように装って検査申請を行った、というストーリーに仕立てたいという動機がはたらきます。民間企業としては、性能偽装、データ改ざんを行って検査をパスした・・・という後ろめたさがあることと、今後の検査機関との信頼関係に傷をつけてはいけない、という政策的な配慮から、「当社製品に問題があったため、これを隠ぺいすべく品質管理責任者が独断で偽装した」といったストーリーを作り、これを基に再発防止を誓うというパターンで落ち着きどころを探る傾向があるようであります。しかしながら、時として企業には「闘うコンプライアンス」の精神も必要なのであり、たとえ自社に落ち度があるとしても、その落ち度は正確に調査をして、これを正直に公表することが必要であります。正確な事実認定があってこそ、不祥事の原因究明のためのプロセスチェックが効果的となるのであり、また有効な再発防止策が検討される、ということを肝に銘じておくべきであります。

PS

トライアイズ社の「監査役解任議案」は取り下げられたようですね。仮処分関連の事件については、常勤監査役さんの完全勝利ですね。あとは総会における(計算書類承認決議に関する)監査役付記意見についての説明責任を果たすことが大役でしょうが、こちらは結果はどうあれ、監査役としての善管注意義務を尽くすことがなによりの職責だと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月24日 (火)

大証「インサイダー・セミナー」のお知らせ(上場企業向け)

さて、本のご紹介とともに、セミナーもご紹介したいと思います。来る4月16日(木)大阪弁護士会館大ホールにて、大阪証券取引所と大阪弁護士会主催によるインサイダー取引に関するセミナーを開催いたします。(詳しくは大証HPのこちら をご覧ください)

3月6日(金)も、不肖私のプロデュースにより、大証さんと共催にて「インサイダー取引防止体制の構築」について、セミナーを開催しましたが、こちらは大阪弁護士会の会員弁護士を対象としたセミナーで、おかげさまでたいへん好評を得ました。(ひとえに講演者の方々の熱意と若手の弁護士の方々の事前準備のたまものでしたが)そして、4月16日の講演はいよいよ上場企業向けのセミナーでして、とりわけ関西の証券会社さんから評価の高いおふたりの弁護士が登場いたします。(ただし原さんは現在大阪証券取引所に出向中)三浦先生は、ご承知の方も多いと思いますが、最近の旬刊商事法務(2月15日号、3月5日号)にて、「決算情報に関するインサイダー取引規制の考察(上)(下)」の論文を発表されておられまして、おそらくこの論文でお書きになっている件につきましても、上場企業の担当者向けにわかりやすい解説がなされるものと思われます。(あの河本一郎先生とご一緒にパートナーとして執務されている方です。)

先日のパイオニア社監査役さんのインサイダー事件(課徴金事例)などをみましても、役員だけでなく、管理職社員、一般社員の方々が、インサイダー取引の違法性について、少しでも認識があれば事件が防止できたのではないだろうか・・・といった印象を受けましたし、できれば担当者の方々が、こういったセミナーの内容を、社内で活用していただければ、と思います。まだまだ参加申込が可能ですので、上場企業の方々は、上記大証さんのHPからお申し込みください。たくさんのご来場、お待ちしております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ビジネスマンのための法令体質改善ブック

Houreitaishthu ひさしぶりの「本のご紹介」であります。といいましても、実は昨年発売と同時に購入して、すでに読み終えている本でして、ご紹介については「どうしようかなぁ」とためらっておりました。

ビジネスマンのための法令体質改善ブック(吉田利宏著 第一法規 1000円税別)

衆議院法制局に15年ほど勤務されていた著者のビジネスマン向けの「電車でも読める」(著者のことば)法令の読み方解説、法律情報の検索指南の本であります。なぜご紹介をためらっていたのか、といいますと非常にセコイ話でありますが、「なるほど・・・、これはロースクールの授業で学生に小ネタとして紹介したら先輩風を吹かせることができるかも・・・」といった気持がありまして、私の情報源を秘匿しておこうと思っていたからであります。(笑)ところが最近、本書がいろんなブログで「おもしろい!」と紹介されているのを拝見しますと、逆にエラそうに小ネタを開陳したところで、「あっ、それって、あの本で紹介されてたやん!」みたいなツッコミを学生から入れられるリスクの方が高くなってきたようですので、素直にご紹介することにいたしました。(ホンマにセコイ)

法律の条文で使われる日本語というのは、法令用語独特の言い回しがあるわけでして、その言い回しを知らないと法令の意味を十分に認識できない場合があります。また、条文の並び方にも、きちんと意味があったり、法令と附則や整備法との関係なども、それなりの意味があるわけでして、そういった「法令のオキテ」を学ぶことによって、(たとえば)会社法の条文が身近なものに思えてきます。たとえば、ある程度会社法の勉強をしている人に対して「こういった法則がある、だからこう解釈されているんだよ」といった講釈をたれたくなるような小ネタがいっぱい詰まった本です。前半部分は平成17年会社法を題材にして法令の理解に資するようなヒント(法則)が紹介されておりまして(たとえば「その他」と「その他の」って何が違うの?「当分の間」と「さまたげない」の違いってどうよ?とか、「しなければならない」と「するものとする」の違いってあるのかなぁ?みたいな)、後半部分は法令理解のコツや法令情報へのアクセス法など、どれも(法律の素人向けということですが)法曹実務家が読んでも(4つにひとつくらいは)「あれ、政令と省令ってそんなに違うもんだったの?知らなかったよ」と感嘆するような話題がてんこ盛りです。

おそらくこういった法令の読み方(条文の並び方や法律体系も含めて)というものは、法律学者の方々にとっては「ごくあたりまえ」のことだとは思いますが、法曹実務家のなかには、私と同様、この本を拝読して初めて知る方も多いのではないかと想像いたします。ビジネスマンの方だけでなく、法律家や会計実務家の方々にもぜひお読みいただくことをお勧めする一冊です。(しかし立案担当のお役人の方にとっても、内閣法制局参事官の審査というのはトホホな気分になるほど厳格なんですねぇ・・・)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月23日 (月)

経営リスクの2段階開示と役員の法的責任への影響度

日経新聞3月21日朝刊の一面に、上場企業の経営リスクについて、今後はIFRSの基準に合わせてニ段階で開示することを義務付ける方向で金融庁が議論を開始する、とありました。「会計・監査ジャーナル」の4月号座談会「国際財務報告基準(IFRS)の動向と日本の課題について」における金融庁企業開示課長さんのお話のなかでも、まったくこういったことは触れられておりませんでしたので、ちょっとビックリいたしました。4月2日からロンドンで始まるG20金融サミットにおきまして、「早期警戒システム」や、各国の情報開示基準の統一ということがEUから提言されるようですし、そもそもIFRSの場合、「財務諸表本体にはあまり情報をいれず、注記に多くの情報を入れている」(「IFRSのしくみ」32頁あずさ監査法人 IFRS本部著 中央経済社1,800円)実務からすれば、会計処理方針と並んで、情報開示の在り方もIFRSの重要なポイントだと思われますので、「経営リスクの表示」は、まさに政治と会計の接点に位置するホットな話題ではないでしょうか。上場企業の取締役および監査役にとっては、今後目が離せない重要な論点になるものと思われます。

さて、ここに言うところの「ニ段階表示」という意味は、私自身いまひとつ理解しかねるところがありますし、ご教示いただきたいところでありますが、「ニ段階目の開示」というのは、もはやIFRSの基準によって財務諸表が作成できない企業であることを宣言して、別の基準を盛り込んで財務諸表を作成する企業であることを開示するということなんでしょうか。そうであれば、現在のGC(ゴーイング・コンサーン)注記を必要とする場合よりもそのリスク開示を要する企業の数は少なくなるものと思います。そして、「一段階目の開示」というのは、上記新聞記事よりますと、企業の存続を揺るがしかねない重大なリスクの公開(現在のGC注記)より前に、リスクの度合いが不明確な段階でも開示を義務付ける、というもののようですが、現在開示されている「事業上のリスク」とは異なるものでしょうし、こちらもいまひとつ理解できません。さきほどの、あずさ監査法人さんによる「IFRSのしくみ」33頁には、「日本基準では開示されない注記内容の要約」として、そのひとつに「翌事業年度において資産や負債の帳簿価格に重要な修正を加える原因となりうるリスクを伴う主要な想定事項およびその他の見積もりに関する不確実性に関する開示」とありますので、おそらくこのあたりがリスク開示の対象になるのではないかと思われます。上記新聞記事の例示としては「投資家に、『銀行が融資を引き揚げる懸念がある』といった予測情報などをきめ細かく開示する」とあるのも、これに含まれるでしょうし、営業活動によるキャッシュフローの減少や不良債権の増加、売掛金回収の遅延、返済期日が迫っている借入、更改が迫っている借入契約の存在なども、流動性リスクが高いことを示す事実として開示すべき事情に該当するのではないでしょうか。

こうやって開示が義務付けられるリスクが増えて、しかも原則主義(プリンシプルベース)、概念フレームワーク、解釈指針そして日本語訳の解釈など、どのようなリスクを開示すべきなのかを検討するにあたって配慮すべき基準が増えるとなりますと、上場企業の経営者にとっては新たな難題ですね。これまでは継続企業の前提に疑義が生じていることの開示というのは、もし開示内容に誤りがあったとしても、その責任を負うのは(おそらく)企業が倒産したり、上場廃止に至ったような場合に限られるものと思われますので、ごく一部の企業だけの問題だったのかもしれません。しかし、「リスクの二段階表示」ということになりますと、ひとつめのリスク開示が不適切であった場合、たとえ上場廃止に至るようなものでなかったとしても、リスクが顕在化したことによって株価が暴落するような事態というのは考えられるわけでして、その株価の下落を損害として役員の不適切開示に関する法的責任が追及される、という事態も今後は考えられるのではないでしょうか。ひょっとすると、リスク開示の注記について、適正意見を付した監査法人の監査責任まで問われることになるのかもしれません。(このあたりは先行する欧州ではどのように対応されているのでしょうか)あまりいままで考えてこなかったような分野のお話ですし、きわめて国際政治と絡む問題でもあるために、推測の域を出ないものではありますが、会社役員の立場からみてもいろいろと検討課題がありそうな問題ですので、今後も適宜フォローしていきたいと思います。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年3月19日 (木)

ニッセンHD 株主総会議決権行使結果公表へ

いろいろな世間の事情で、本日は早朝から多くのアクセスをいただいておりますが、あまり気にしないで気楽にエントリーさせていただきます。

まず、昨日エントリーいたしましたトライアイズ社の件ですが、やはり私が疑問に思っていた点について、本日訂正の開示が出ましたね。(第14回株主総会招集通知訂正のお知らせ)会社法施行規則による(常勤)監査役の意見付記があったようですので、これであればたしかに計算書類の承認決議を総会に上程することはナットクできます。(もう少し述べたいことがございますが、裁判になっている個別案件への深入りはブログといえどもエチケット違反だと思いますので、これ以上はやめておきます)

さて、今週は株主総会関連のエントリーばかりになってしまいましたが、昨日(3月18日)日経朝刊にニッセンHDが株主総会の議決権行使の結果を一般に公表することを決めた、との記事が掲載されておりました。ニッセンHDさんは、昨年、すでに導入していた事前警告型の買収防衛策を廃止したことが広く報道されましたが、今年も「ガバナンス議論」の最先端をいくような決定をされたようであります。昨日(3月18日)が株主総会当日であり、すでに役員人事等に関するリリースは当日出ておりますが、前日(17日)までの議決権行使の結果を、本日、東証を通じて開示するようであります。昨年の資生堂社の開示方法とほぼ同じ、ということになるのでしょうね。

たしか昨日(3月18日)は、金融庁「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディ・グループ」会合(再開後4回目)が開催され、「上場会社等のコーポレート・ガバナンスに係るルール整備の手法等をめぐる論点」がご議論されたものと推測いたしますが(まだご議論の内容についての報道はございません)、上記のような議決権行使結果の公表の在り方なども、いわゆるソフトローとしてのルール整備の一環にあたるものでありますので、今後どこまでニッセン社のような議決権行使結果開示の流れが広まるのか、本年株主総会における関心事のひとつであります。ちなみに、有識者の方々の、「議決権行使結果開示制度」に関する賛否両論のご意見は、前回(2月10日)の上記スタディ・グループ会議の議事録(金融庁HPにて公開されております)の後半部分に掲載されておりますので、ご関心のある方はそちらをどうぞ。もちろん個人的意見ということだと思いますが、(議事録を拝見いたしますと)東証の代表者の方は、議決権行使結果の開示を上場企業に義務付けることについては、「株主の方々が議決権行使に関心をもつ、という意味合いで」積極的なご意見を述べておられます。消極的な意見もなかなか根強いところだと思いますが、「弊害論」については、もう少し具体的にお示しいただいたほうが説得力が増すのではないかなぁと議事録を拝読していて感じました。

(追記) 議決権行使結果に関するお知らせ(19日リリースより)

とくに目新しい議案などはございませんが、こういった株主総会の透明性を向上させる姿勢は評価される方も多いのではないでしょうか。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009年3月18日 (水)

もう「監査役の乱」とは言わせない(監査役の勇気ある行動に敬意を表します)

先日は監査役のインサイダー疑惑(課徴金納付命令勧告)、といった「痛いニュース」についてコメントいたしましたが(その後も監査役さんの略歴にからんだJファクター社の行政処分事例というのがありましたが・・・)、本日は最近の監査役さん方の毅然とした会社側への対応について、敬意を表する意味で(備忘録のためにも)とりあえず速報版として掲示させていただきます。

ひとつはトライアイズ社の常勤監査役の方による解任議案差止請求事例であります。(日経ネットニュースはこちら  解任議案提出差止仮処分申立書を受領した旨の会社リリースはこちら)総会において報告されるべき計算書類、事業報告(および附属明細書)については会社法436条2項による監査報告が必要でありますが、当該常勤監査役の方は単独、連結いずれの計算書類においても監査報告書への署名捺印をされなかったようであります。ニュースによりますと、会社側から財務諸表の提出を受けられず、監査を妨げられたことによるものとのことであります。(ちなみに、監査報告書には、当該常勤監査役の方の個別意見は付されておりません。個別意見を付すこともできないほどに監査を妨げられた、ということなのでしょうか)会社側は、「取締役の職務の透明性、合理性についての業務監査が十分でなかったことから、監査役としての適格性を欠いている」と認識したうえで解任議案が上程されたようであります。(よく読むと、あの寺島薬局さんの監査役解任議案上程の件のお知らせ とほぼ同じ文面ですね・・・(^^;) )監査役解任議案が提出される、ということ自体、極めて珍しいことでありますが、そもそも会社のために適切に監査業務を行うべき監査役への解任議案の提出はいかなる場合に適法といえるのか、もう少し慎重に考えてみたいと思います。(そういえば、MBOをされた寺島薬局さんの監査役解任の件についてはどうなったのでしょうね。あれもたしか会社側から監査役解任議案が上程された事例でしたよね。なお、本件では議案上程を決定した取締役会において、他の監査役の方々はいかなる意見を述べられたのか、ということにも関心がありますが)

ちょっと気になりましたのは、株主総会招集通知の追補として、計算書類承認の件が上程されておりますが、そこには「監査役の監査報告書への押印が得られないため」計算関係書類については株主総会に諮ることとした、と説明されておりますが、そもそも旧商法(商法施行規則134条)の時代と異なり、会社法においては監査役の署名捺印は監査報告の有効性とは無関係であり、わざわざ株主総会において計算書類の承認決議を求めることは不要ではないか?という疑問であります。日本監査役協会のひな型においても「監査報告書の真実性及び信頼性を確保するためにも、各監査役は自署したうえ、押印することがのぞましい」とは記載されておりますが、署名捺印が必須の条件であるとは記載されておりません。監査役会の決議要件は多数決ですから、3名中2名の合意があれば監査報告書を適法に作成することは可能ですし、もし1名が合意できないということであれば、「署名捺印をしない」ということではなく、個々の監査役の意見付記によって明らかにすることができます。(会社法施行規則130条2項)したがいまして、監査役会の監査報告に反対する監査役さんの署名捺印の不存在は、とくに計算書類への監査手続に瑕疵を生じさせるものではないため、株主総会において報告すれば足りるのではないかと思われますが、いかがでしょうか。(ちなみに、監査役会議事録への署名捺印は、議事録への異議記載の有無が監査役会での議案「賛否」という法的効果と関連付けられているので、会社法のもとでも必要であります。ひょっとすると、これも総会手続に疑義がある場合の念のための「勧告的決議」に該当する、ということなのでしょうか)

個別の会社の事情に精通していないため、あまり突っ込んだことも申し上げられませんが、トライアイズ社においては、公開されている株主総会招集通知によりますと1年間に3名の監査役が辞任されておられる(うち2名は会計士資格をお持ちの方)という事態に至っていることからみましても、このたびの常勤監査役の方の行動につきましては、会社側との全面対決を覚悟のうえでのものであり、その姿勢に対しては敬意を表したいと思います。また、当常勤監査役の方を支えておられる代理人の方にも心よりエールを送りたいと思います。

そしてもうひとつは、名証セントレックス上場の「やすらぎ社」の監査役の方々であります。元役員と会社との間に不適切な不動産取引があったとして、監査役の方々が会社に対して厳格な調査を行うよう要望書を提出し、その要望書によって昨日(16日)社外調査委員会設置に関するお知らせが出された(外部委員会委員の氏名も公表)のでありますが、今日(17日)になって、急きょ「昨日のリリースは当時の代表取締役が独断で行ったものであって取締役会の承認を得たものではない」として、社外監査役と社外取締役らによって構成された調査委員会が設立されたとするリリースが出されております。(事案については、こちらと こちらの産経新聞ニュースが報じております)代表者の解任も行われるなど、こちらも個別企業の事情がわからずに軽々に推測するのもちょっと差し控えさせていただきますが、いずれにしても監査役4名による社内調査要望書を基に、本格的な社内調査が進むことになったわけですので、やはり監査役の方々の毅然とした対応こそ、一番の原動力になっていることは間違いないところだと思います。ただし、一日でコロコロとリリース内容が変わる・・・という点につきましては、社内における開示体制の欠如ということで取引所から何らかの改善を求められるかもしれません。

私自身は監査役さんが表舞台に登場することにより、社内のゴタゴタが表面化することについては好ましいことではなく、できるかぎり社内調整をもって違法行為を予防することが理想的な職務であると考えておりますが、そんな悠長なことを言っていられないほどの緊急事態に至っている上場企業があることもまた現実であります。これまで「閑散役」とか「名ばかり監査役」「抜かずの宝刀」など、監査役の職務については揶揄されることが多かったのでありますが、内部統制システムの構築と監査役監査との親和性が明確になり、さらに外部監査人(監査法人)と監査役との連携協調が深められてきたことなどから、徐々にではありますが、本来の監査役としての職責が果たされる企業が増えているのではないかと感じております。またそういった職責を果たしうるよう、情報交換等を通じて普段からの研鑽を怠らないことも肝要ではないかと感じている次第であります。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2009年3月17日 (火)

株主総会想定悶答(その4-株主提案としての勧告的決議)

会社法の立案担当者の方の座談会記事をとりあげて、以前「株主総会における(定款変更決議を経ない)勧告的決議については、単なる気休めまたはアンケート調査にすぎないのではないか?」といった問題があることについてエントリーを書かせていただきました。また、おおすぎ先生の2年ほど前の「勧告的決議---法的思考のススメ??」なる秀逸なエントリーにおいては、(定款変更決議を経ない)勧告的決議についてはとくに禁止されていると考えるべきものではなく、むしろ取締役の善管注意義務との関係ではこういった会社提案をすべき場合もあるのではないか・・・といったご意見を拝読させていただきました。また、昨年6月の企業価値研究会報告書におきましても、買収防衛策の導入又は発動の場面につき、勧告的決議によって株主から過半数の賛成を得たことは、当該買収防衛策が株主の合理的意思に依拠していることを示す事情としては考慮されうる・・・とされ、いわゆる勧告的決議の正当性が主張されているところであります。

私は、買収防衛策の組み立て方との関係で、この勧告的決議の正当性を論じることができるほどに法律に精通しているわけではありませんが、上場企業の社外監査役のひとりとして、この勧告的決議については、いまだによくわからないところがありますし、株主総会シーズンを前にして、もう一度、どなたか会社法に精通された方のご意見をうかがいたいと思っております。つまり、定款変更決議を伴わないような勧告的決議に関する株主側からの提案権が行使された場合に、これを会社側としてはどのように扱うべきなのか、ということであります。先日、山口三尊さんからのコメントで初めて知りましたが、昨年の西武ホールディングスの株主総会において、三尊さんは、子会社である西武鉄道の運営にかかる電車の車両に、女性専用車両だけでなく、男性専用車両も設置するよう求めたところ、この議案についてはかなり多くの賛成票が集まったそうであります。この株主提案は一部定款変更を伴う議案として提出されたものですから、ちょっと性質の違うものではありますが、もしこういった議案が定款変更を経ないものとして勧告的決議を求めるような議案が株主から出された場合、会社としてはどういった対応をすればよいのでしょうか。もちろん、会社法309条5項は株主の議題提案権の行使できる範囲を画するわけでありますが、この規定があるからといって、「勧告的決議」についてすべて排斥されてしまうのでしょうか?昨年も、日本ハウズイング社は、株主たる原興産社からの(買収防衛策を発動しないことに関する)勧告的決議(4号議案)についてはこれを尊重するものとして、そのまま株主提案として受け入れておりますし、また会社側が買収防衛策の導入に際して勧告的決議を行うとするならば、株主側からの各種勧告的決議に対しては、これを排斥する合理的な理由があるのかないのか、考えておく必要があるのではないかと思われます。

先の西武ホールディングスの「株主提出議案に対する当社取締役会の意見」によりますと、痴漢行為の防止のための施策については会社経営陣の職務執行行為であって、定款へ記載することになると、会社職務執行の機動性を奪うことになり、不適当である、男性専用車両の設置については広く希望にかなうものかどうかは、要望数も少ない現在では実施すべきとの判断には至っていない(よって、株主提案に当社としては反対する)・・・というのが理由のようであります。しかしながら、勧告的決議であるならば、とくに執行の機動性を奪うことにはなりませんし、また実際に頭数でいえば、過半数に近い人たちの賛同を得ている結果が出ているわけですから、要望数が少ない、といった理由も該当しないはずであります。会社側としては、そういった株主の要望を「ひとつの意見として伺っておく」ということであれば、とくに取締役らの職務執行を拘束する程度も低く、取締役の善管注意義務を尽くさなかったこと(評価障害事実もしくは評価根拠事実)のひとつの事情程度には考慮される、とすれば、それなりの正当性は認められるようにも思われます。(刑事当番弁護士として、逮捕段階から痴漢無罪主張事件に関わった経験からしまして、人生におけるリスク管理の一環として、私なら絶対に「男性専用車両」に乗りますね)

買収防衛策特有の事情(株主の合理的意思に依拠すること、取締役らに利益相反行為のおそれが必然的にそなわっていること、TOB手続きの不完全性等)がからんでいるために、例外的に「勧告的決議」に正当性が認められる場合がある、ということであれば、株主側の提案についても広く取締役の職務執行行為に関連する事項についての勧告的決議は認められない、といえそうでありますが、そのように言い切っていいものなのかどうか、また取締役の善管注意義務の履行との関係で、会社提案の場合には勧告的決議は認められるのであって、株主側の提案は認めないと言い切れるものなのかどうか、このあたりの合理的な説明がどうしても必要なところでありますし、逆に、株主による強力なガバナンスを主張する立場からすれば、賛否投票数の開示問題と含めて、こういった勧告的決議が認められるべき、といった見解も出てきそうな気もしますが、このあたりを整理するヒントがございまいしたらご教示いただけませんでしょうか。ちなみに私の意見はといいますと、そもそも定款変更を伴わない株主総会決議というものを「勧告的決議」と定義することに疑問を感じます。「決議」というのは組織法的な意味合いにおいて、ある一定の議決権の賛否によって組織の意思決定という「法的効果」が生じる場合を指すのであって、そのような法的効果を伴わない決議については、会社法上の「決議」には含めるべきではないと思います。いわゆる「勧告的決議」によって意味があるのは、賛否の数による法的効果ではなく、「過半数の賛成票が集まった」とか「3分の2以上の賛同があった」とか「30%の賛成票が集まった」といった「状態」であって、得票数そのものではないはずであります。(つまり「大多数の株主の意思に沿っている」とか「株主の合理的な意思に依拠している」ということを示すためには、そういった「状態」を証明すれば足りるわけであります。また場合によっては30%の株主による賛成票が集まれば、取締役の善管注意義務違反を否定する「状態」があったことを証することが可能かもしれません。)そう考えるならば、やはり勧告的決議というものは株主総会検査役の選任も認められないような「株主アンケート」に近いものであり、そういったアンケートをするかしないか、ということは広く経営判断によって決定されるものであって、株主の地位に基づいて固有の権利として提案できるようなものではない、と考えられるのではないでしょうか。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2009年3月16日 (月)

株主総会想定悶答(その3-内部統制報告書関連)

会社法上の内部統制に関する話題として、先日新潮社代表者に貴乃花親方名誉毀損事件における損害賠償責任が認容された事例をご紹介しましたが、3月13日の別訴(講談社に対する名誉毀損損害賠償事件)では、(法人に対する損害賠償責任は認容されたものの)講談社代表者に対する損害賠償責任が否定されたようであります。新聞報道によりますと「デスク、編集次長、編集長がチェックする編集部の体制が出版社に求められる水準以下とはいえない」として代表者個人としての過失は認めなかった、とありますので、本事例においても取締役による出版社におけるリスク管理体制構築義務(内部統制構築義務)が争点になっていたようであります。そもそも出版社といいましても、他人の名誉侵害のリスク評価には違いがあるでしょうし、第三者への取締役の損害賠償責任が認容されるためには、単なる過失ではなく「重過失」が要件とされておりますので、一概に両判決を比較することは困難でありますが、取締役の内部統制構築義務違反について、いかなる場合に損害賠償責任が発生する(と裁判のうえで認められる)のか、検討するには好材料だと思われますし、この講談社判決についてもまた(入手次第)判決文を仔細に検討してみたいと思っております。

Souteimondou さて、今年もこの時期になりますと、あの電話帳のような分厚い別冊商事法務「株主総会想定問答集」が出版されますので、(値は張りますが)早速平成21年度版を購入し内容をチェックしておりました。(写真は平成20年度版です。いろいろな想定問答集が出版されますが、この本は経営分析や計算関係書類、株式実務などの質疑応答事例を通じて、会社法が実務上どのように生かされているのかを勉強するに最適だと思われますので、毎年目を通すようにしております)そのなかに、いよいよ本番を迎えます金商法上の内部統制報告実務と株主総会対策に関連しそうな質疑応答事例も新たに組み入れられております。質問数は少ないですが、「監査役・監査役会に関する新規質疑応答例」(619頁以下)に含まれております。

主に監査役が株主にどのように回答するか・・・といった視点からでありますが、①監査役は財務報告に関する内部統制について、どのように関与したのか、②監査役は経営者が作成した財務報告に関する内部統制報告書につき、同意見か、③監査役の目からみて、当社の財務報告に関する内部統制システムはどのように評価するか、といったあたりの予想質問であります。上記「想定問答集」を作成された弁護士さんや証券代行部の方々とは少し意見が異なりますが、①については、「財務報告内部統制」も会社法上において構築すべき内部統制の一部であることから、取締役会における決議内容の相当性を判断するものでありますが、実際の財務報告内部統制の整備、運用面における不備の有無については、経営者による評価手続きのチェックや、会計監査人との連携協議を通じて判断する・・・という形で関与しております・・・と簡潔に回答すればいいと思います。(なお、ここで示す「不備」といいますのは、内部統制実施基準における「不備」とは概念が異なります)②については、経営者評価は一般に公正妥当と認められる経営者評価基準に従って評価されるべきものであり、監査役による適法性判断の基準とは異なるわけですから、そもそも「同意見」というのはありえず、「監査役の立場から、経営者評価および外部の監査人の監査手続きを審査しております」でいいのではないかと思われます。(「重大な欠陥」があると認められれば、監査報告書に記載すべきことになります)また、③につきましても、監査役のモニタリング自体が全社的統制の有効性評価の一部を構成することになるので、監査役自身が「有効である」と述べることには違和感を覚えます。むしろ適法性判断の基準から、および会計監査人の会計処理および結果の相当性を判断する立場から、「経営者による内部統制の構築および外部の監査人による監査手続きにおいてとくに違法と認められるものはございませんでした」と回答されるのが適切だと思います。経営者や内部統制監査人による「不備と重要な欠陥」の判断と、監査役による「不備と重大な欠陥」の判断とは、その職責の違いから明確に区別する必要があると思われますので、そのあたりは総会における答弁でも意識しておいたほうがよろしいのではないでしょうか。(まぁ、実際には粉飾決算や資産流用事件などが発生した上場会社以外では、こういった質疑応答が行われる可能性は薄いと思いますが・・・)

さらに問題は、事前に会計監査人(正確には内部統制監査人ですが)から内部統制監査報告書には適正意見を出せない(重要な欠陥があり、期末までには是正されたと判断できない)ことを通告されており、経営者評価としても「有効ではない」と報告される見込みがあることを監査役が知っているケースで、総会の場で株主から「内部統制は有効と評価するか」といった質問が出される場合であります。内部統制報告書は有価証券報告書と同時に提出されることになっておりますので、まだ正式な報告書は株主総会時点では出されておりませんし、また株主総会での審議事項とは関係ないのではありますが、それでも説明責任を尽くす必要性については否定できないようにも思われます。ただ、3月末時点での有効性の評価については、総会終了直後のぎりぎりまで判断に悩む場合もあるでしょうから、株主総会時点では「仮定のお話については申し上げることはできない」と回答することもできるでしょうし、「有効性判断」に関する評価結果については、監査役監査報告の結論を出すにあたっての議論の中心論点であって、議事録閲覧手続きとの均衡上、一般株主からの開示要求に安易に回答することは控えるべきものだとも思われます。また、内部統制報告書の提出はインサイダー取引規制における「公表」に該当しますので、ひょっとするとバスケット条項に該当するような「重要事実」を株主総会で開示してしまうリスクもあるかもしれず、そもそも現時点における証券取引所の適時開示ルールによれば、監査人が不適正意見を出した場合にはその旨の適時開示を必要とすることになっていることとの関係からみても、監査役から内部統制の有効性に関する明確な回答を出すことは躊躇するところではないでしょうか。(なお、以上はあくまでも私個人の見解であります。この点につきましては、おそらくしかるべき団体より、モデル指針が出るのではないかと予想されますので、今後の情報にご注意ください)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月14日 (土)

ナレッジ・キャピタル(トライアル2009)に見る技術と感性の融合

大阪の浮沈をかけたプロジェクトといえば「大阪駅北ヤード開発」が真っ先に挙げられると思いますが、3月13日、その中枢ともいえるBブロック(ナレッジ・キャピタル)のトライアルパフォーマンスに行ってきました。(場所は堂島リバーフォーラム)昨日(12日)のトライアルの様子は多くのマスコミによって伝えられておりましたので、本日も雨の中、たくさんのビジネスマン、学生、技術者やデザイナー等の専門職の方々でにぎわっておりました。(いや、ホンマ、すごい人でした。。。)

1か月ほど前から、このナレッジキャピタル担当責任者の方(○んぽの宿問題で揺れておりますオリックス不動産さん)から「ぜひ、お時間があれば見に来てください」とお誘いを受けておりましたので、「技術と感性の融合ってなんやねん?」と思いつつも、足を運びましたが、実用化されることを前提として進んでいる先端技術というものは、私の想像をはるかに超えるものでありました。驚嘆するものは数多くございましたが、もっとも驚いたのが「立体映像、感触、音による多感覚インタラクション」なる体験であります。特性メガネをかけて、特性のペンを握って待っておりますと、目の前に高松塚古墳から出土したとされる鏡が登場いたします。(もちろん、メガネをずらしたところ、実際には何も存在しません)その鏡にペンで触れますと、なんと金属音が鳴り、まさに金属的な感触がそのまま手に伝わってくるのであります。ピカピカの表面部分はすべるように、また錆びついた部分についてはざらざらとした金属の感触が、ペンを通じてそのまま伝わってまいります。またペン先で押すと、その鏡が裏返ったりもします。イヤ、これは本当にびっくりです。

「これ、手で触ったらどないなりますの?」(私)

「いえ、それは無理です・・・・・・」(関係者)

残念ながら、現状はこの特殊なペンでしか、3D物体の感触を味わうことはできないようでありました。(笑)

どのアトラクションも行列ができておりまして、案内していただいた責任者の方にもずーっと付き合っていただくのは悪いと思いましたので、4つほどのアトラクションしか体験しておりませんが、いずれもたいへん興味深い技術の紹介であります。ただ、ナレッジキャピタルの本当の目的は、こういった先端技術をどのように応用すれば、商売として成り立っていくのか?ということを、大学、行政、民間、クリエイター、そして一般市民が力を合わせて考えていくことにあるわけでして、これは実際に、こういった体験をすることで初めて理解できるものと思われます。たとえば、私のように想像力が貧困な人間だと、さきほどの「多感覚インタラクション」を体験して最初に思いつくのが、どうしても不埒な(笑)商売でありますが(すんません・・・パンフレットにも「肌感覚も伝えられる」と書いてあるもので、つい・・笑)、ほかの一般の市民感覚では、どういったものが生活の利便性を高めるために商売として成り立つのか、また違った意見が出るはずであります。ナレッジ・キャピタルの実際の完成は2013年ころでありますが、こういった資産が多くの関西人に周知され、「産官学民」による「技術と感性の融合」が関西経済の復活に寄与できるようになればいいですね。(「法律家の方には、こういったところで尽力していただきたい」との説明も受けましたが、おそらくまだ同業者の方々は、どこにリーガルニーズがあるのか、もしくはニーズを作れるのか気づいておられる方も少ないだろうなぁ・・・と。もちろん私の専門外ではありますが。素人体験におつきあいいただいたオリックス不動産の○○さん、仕事のじゃまをして申し訳ございませんでした。。。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月13日 (金)

あちゃ!これは痛いニュース(>_<)・・・監査役のインサイダー取引

監査役さんの痛いニュースはあまり採り上げたくないのでありますが、パイオニア社の元常勤監査役さんが元秘書名義を利用したインサイダー取引により課徴金処分をSESCより勧告されているようであります。(証券取引等監視委員会HP)また、この課徴金納付命令勧告のリリースに基づいて、パイオニア社としては、事実関係の調査、処分の検討、再発防止策の検討を開始するそうであります。(パイオニア社のリリース)SESCのリリースでは、「監査役」といった役職が記載されておりますが、金融庁課徴金・開示検査課によりますと「高い倫理観が要求される監査役が違法な取引を行っていたことは重大」であることから、役職公表に至ったようでありますので(時事通信ニュースはこちら)、監査役の皆様、たとえ課徴金事案であっても、(ネット検索によって)実名公表に等しい重大事案として取り扱われることに十分ご留意ください。

過去の監査役によるインサイダー取引事例といいますと、平成9年に監査役を務めていた顧問弁護士が、自社に対する第三者割当増資(新株発行)の事実を職務に関して知ったうえで、知人名義で自社株を購入した事例(刑事罰事案)、本年1月に逮捕されたエネサーブ社の元取締役につき、ゼンショー社監査役時代におけるインサイダー取引疑惑(最終的には立件されず)などが記憶されているところでありますが、TOBを行う会社の役職員へのインサイダー事件摘発は全く初めてのようであります。しかし、東証一部企業の常勤監査役さん(7年間)であり、また2年ほど同社の取締役財務グループ部長もされていたような方ですから、秘書名義にてTOB情報公表前に大量に自社株を取得して、公表後直ちに全株売却する、といったことが、直ちにインサイダー事件として審査→調査対象になるリスクというのも十分認識していたのではないかと思うのでありますが、「それでもやってしまった」という、そのあたりのリスク感覚の欠如がとても不思議であります。近時の証券会社→取引所→金融庁といった審査連携体制、情報共有体制からすれば、ネット口座が知人名義であったとしても、容易にインサイダー取引疑惑は浮上するわけですから、こういった露骨な自社株売買は、摘発される可能性が高まっている認識はなかったのでしょうか。しかも最近は、証券会社、放送局、ディスクロージャー印刷会社、監査法人などなど、インサイダー情報にアクセスしうる者であるがゆえに、高度な倫理観が要求されている人達が「ターゲット」として摘発されているご時世ですから、監査役についても優先的に摘発対象になりうるところであります。

ところで、インサイダー取引による法令違反につきましては、財務報告の信頼性に直接関わる問題ではないとしても、たとえば現役の監査役さんがインサイダー取引によって課徴金納付命令を受けるような事態となった場合、内部統制報告制度における全社的内部統制は有効と評価することはできるのでしょうかね。常勤監査役さんはモニタリング機能の中枢にあたるところであり、高度の倫理観をもって職務に専念することが期待されるわけでありますが、こういった法令違反を行っていたとするならば、そもそも監査役としての倫理的行動は期待できないものでありますから、内部統制の有効性は疑問とされるのではないでしょうか。また、監査役自身がインサイダー取引を行っていた場合の再犯防止策についても、どの程度説得的な防止策が考えられるのか、その思考には相当の困難が伴うようにも思われます。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009年3月12日 (木)

株主代表訴訟の対象となる「取締役の責任」(その1・最高裁逆転判決)

3月10日、会社法上のコーポレート・ガバナンスの議論に多少なりとも影響を及ぼしそうな最高裁判決が出たようであります。(判決全文はこちら)司法試験の受験生の方なら典型的な論点としてご存じかと思いますが、株主代表訴訟の対象となる「取締役の責任」(旧商法267条1項)とは、取締役の地位に基づく責任(及び旧法下の資本充実責任)だけを指すのか(限定債務説)、その他取締役が会社に対して負担しうる一切の債務まで含むのか(全債務説)、といった解釈上の争点がありますが、当判決において最高裁の初めての判断が示されました。本最高裁判決は、旧商法適用時の事案ではあるものの、この中間あたりに位置する(と思われる)取引債務包含説を採用したようであります。(高裁判決は限定債務説に立脚し、株主による代表訴訟の提起を不適法なものとして却下しております)なお、毎度申し上げるところですが、本判決はおそらく多くの法律雑誌で採り上げられるものと思われますので、正確な判例解説につきましては、著名な法律学者の方々による正規の「判例評釈」をご参考ください。

事案の概要等

A株式会社は、不動産取引によってある不動産の所有権を取得したところ、(どういった事情かは不明ですが)A名義の登記をせずに、A社の取締役であるB(被上告人)名義を借りて登記を行っていたということのようでして、A社の株主であるC(上告人)が、不動産所有権に基づき「この登記は間違っている!」ということ(真正なる登記名義の回復)を原因としてBに対してAへの所有権移転登記手続きを(代表訴訟により)請求した、というものであり、予備的にA社とBとの間には、期限の定めのない名義借用契約が締結されており、この借用契約の終了を原因として、同様の登記手続き請求をした、というものであります。最高裁は、真正なる登記名義の回復による移転登記手続請求は代表訴訟の対象にはならないとしたものの、予備的に主張されている契約終了による移転登記手続請求については「取締役の取引債務」に属するものであるから、代表訴訟の対象となり、再度高裁で審理を尽くすよう、破棄差し戻しとしております。なお、これまでの本争点に関するリーディングケースとされてきた大阪高裁判決(昭和54年10月30日;判例時報954号89頁以下)は、真正なる登記名義の回復義務についても代表訴訟の対象たる「取締役の責任」に含まれる、とされていたところ、本最高裁判決は取締役の所有権移転登記義務の一部については代表訴訟の対象にはならないことを明らかにしたものと思われますので、少なくとも「全債務説」には与しないことは明確になったと評価していいのではないでしょうか。

会社法における本最高裁判例の射程距離

まだ思案中でありますが、会社法における代表訴訟の対象となる「取締役の責任」について、一般的な解釈指針が(旧商法下の事案における)当該最高裁判決によって明らかになったといえるかどうかは、多少疑問が残るところであります。一般には全債務説が多数説であるといわれておりますし、立案担当者の方々も会社法のもとでも全債務説に立った解説をされているようにも思われますが、この最高裁判決を読む限りでは、どちらかといえば最高裁は限定債務説に近い立場で判断しているのではないでしょうか?理由付けだけを読めば、全債務説に立つ学説や下級審判例と同様に思えますが、そもそも最高裁が「取締役の取引債務」を代表訴訟の対象に含めた根拠については、旧商法266条1項3号(取締役を代表して他の取締役に対してなされた金銭貸付)の責任規定と、金銭借受け取締役の取引上の債務の取扱の整合性を最も重視していることによるものと思われます。だとするならば、会社法の下でも、条文上の整合性などに問題が発生していれば格別、そうでないとすれば取締役の地位に基づく責任の追及が原則である、とみる余地もあるのではないかと思われます。(最高裁判例における他の理由付けについては、例外的に取引債務も「取締役の責任」に含ましめてよいことの根拠にすぎない、と考えてもよさそうな気もしますが、いかがなものでしょうか)また、会社法においては代表訴訟の相手方として、外部の第三者にすぎない「会計監査人」が含まれている、ということも、取締役としての職務上の責任追及に限定して考えるべきことを合理的に推認させるようにも思えるのでありますが。

なお、本最高裁判決における予備的請求については、そもそも主位的請求の潜脱的な主張ではないか?このような請求を認めることは、実質的には全債務説を採用した場合と同じようなことになるのではないか?といった疑問や、こういった代表訴訟における対象範囲の問題が、どのように監査役の不提訴理由通知(提訴判断)に影響を及ぼすのか、そしてさらに根本的なところでは、株主による「提訴」といったガバナンス体型について、上場企業と閉鎖会社と同じように考えていいのだろうか?(たとえば対抗要件具備のための登記請求といった会社の行為請求について、閉鎖会社であれば株主が強力な権利行使を行う必要性もあるのではないか?)といった実務的な観点からの論点も検討する必要があると思いますし、その2以降でさらに考えてみたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月11日 (水)

西松建設㈱事件は内部統制の限界なのか?

週刊経営財務の3月2日号(2908号)に、八田進ニ教授の論稿「西松建設㈱事件は内部統制の限界なのか?」が出ておりましたので、(少し遅くなりましたが)本日拝読させていただきました。八田教授の西松建設事件への捉え方は、最終頁(31頁)のご意見に集約されており、私も基本的には内部統制の限界論では済まされないものであり、また私自身としては(以前のエントリーでも書かせていただきましたとおり)重要な欠陥にも該当しうるものだと認識しております。COSOによる1992年の「内部統制の統合的枠組み」が、そもそも西松建設事件の発端である海外腐敗行為防止法における法律運用のために策定されたことに鑑みれば、このたびの裏金作りが内部統制報告制度と関連性があるとみるのが筋ではないかと思われます。(もうすぐ内部統制報告制度における「評価時点」を迎える上場企業が多いわけですが、全社的内部統制について「何をもって不備が是正されたとみるのか」「不正会計事件や四半期決算報告の訂正は不備ではないとなぜ評価したのか」「当該企業不正がなぜ財務報告に関わる問題ではないと評価したのか」等、開示の必要性とは関係なく、合理的な根拠をもって説明すべき問題に頭を悩ませる企業も出てくるのではないでしょうか。)

ところで、八田教授は(上記論稿のなかで)海外腐敗行為防止法(FCPA)について、その法制定の経過から、1997年のOECD外国公務員賄賂防止条約の合意、日本における不正競争防止法の改正、そしてその後の「外国公務員贈賄防止指針」改訂までの経過について説明されていますが、時を同じくして、月刊ビジネス法務(中央経済社)でも、外国法共同事業(国際法律事務所)の弁護士の方々による「来襲!FCPA」の連載が開始されております。ブリヂストン事件によって日本のサラリーマンが米国で実刑判決を受け、PCIのベトナム高官賄賂事件でも有罪判決を受けるなど、「日本企業の海外事業における競争の公正」が問題となるなかで、このたびの西松建設事件の発生ということで、この月刊ビジネス法務の特集連載はまさにドンピシャ!のタイムリーな論稿でありまして、海外事業を展開されていらっしゃる企業の担当者の方々には必読ではないかと思われます。(読んでいるうちに、私もけっこう怖くなってきました)

このビジネス法務4月号の連載記事によりますと、FCPAの基本構造は贈賄禁止条項と会計処理条項の二本柱から成り立っている、ということで、さらに「会計処理条項(裏金作り)」による摘発が多く、すでに米国、ドイツ、ハンガリー、フランス等では多くの海外汚職事件が摘発されているそうであります。いま西松建設事件は「国策捜査」ということが話題になっておりますが、もし「国策捜査」が本当であるとするならば、検察としての「国策」はこういった裏金作りの真相を徹底的に解明して、国際的にも海外汚職摘発の実績を示す必要がある、ということも一因なのかもしれません。(私の勝手な推測でありますが)

しかし、上記FCPA関連の政策を含め、このところの日本の競争政策は活発化していることは間違いないと思います。ZAITEN4月号の特集「牙をむく公正取引委員会」での松山事務総長のインタビュー記事にもありますように、「不況であろうが、健全な競争社会を保つことが我々に課せられた使命」としてICN(国際競争ネットワーク)を中心に国際的連携を強めながら国内の競争阻害要因へ対処する、とのこと。先日のJASRAC(日本音楽著作権協会)に対する排除措置命令などは、独禁法50年以上の歴史のなかであまり取り締まっていなかった「排除型私的独占」分野において新たに競争原理を敷いていこう、といった公取委の強い意思の表れではないかと思われます。(ただ、このJASRACに対する排除措置命令につきましては、審決取消訴訟までもつれたら結構おもしろい裁判になりそうな予感がしますし、追って別エントリーにて検討してみたいと考えております。)国際的な競争の公正を希求することはたいへん結構かとは思いますが、一方のおいては「競争ルールをグローバルに平準化することは、つまり海外諸国に日本の1500兆円の現金を奪う機会を与える、ということ」(By某著名な会計士さん)ということでもあるそうです。(なるほど・・・そこまで意識して考えたことはございませんでした。。。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 9日 (月)

コーポレートガバナンス論議の行方(コンプライ・オア・エクスプレイン)

土曜日は朝から社外取締役ネットワーク(関西地区法務講座)に出席しておりましたが、ちょうど昨今のコーポレート・ガバナンス改正論議の話題が出ておりました。現在の経済産業省「企業統治研究会」に近い方のお話などもお聞きしまして、私も2月23日のエントリーで書かせていただいたような今後の収束方向などについて意見を述べさせていただきましたが、「コンプライ・オア・エクスプレイン」(遵守せよ、さもなくば説明せよ)というのも、(我が国における制度として)そんなに簡単に適用されるものでもなさそうであります。

たとえば証券取引所の企業行動規範において社外取締役の導入を原則義務化する、独立性の要件を強化する、その開示事項を示し、もし導入しない(独立性の要件を遵守しない)といった場合には、なぜ原則的な行動に従わないのかを開示事項として説明する、といったあたりが現在の議論の妥協点ではないか、といった素人的予想を抱いているところでありますが、実際にアングロサクソン系の法体系のなかで妥当している「コンプライ・オア・エクスプレイン」とは、その適用すべき土壌が違い過ぎる、といった説明を受けました。

英国のシティあたりの実務感覚からすると、そもそも自主ルールを遵守する、ということへの感覚が日本とは大きな違いがあり、もし遵守しないということを選択する場合には「村八分」に合うことを覚悟する必要があるとのこと。公権力を補完するための自主ルールということよりも、むしろアングロサクソン系では公権力の介入を極力排除するための自主ルールであるから、参加者には自主ルールの順守が厳格に求められるのであって、よって遵守しない場合の説明責任というものも、おそらく日本人が考えている以上に厳しいものだそうであります。「社外取締役としてふさわしい人材を見つけられなかったから」とか「候補者との間で報酬面での折り合いがつかないから」または「当社の場合、監査役制度によって社外取締役導入の趣旨を実現することができるから」といった説明では到底(原則遵守に代わる)説明責任を尽くしているとは言えないだろう、といったお話でありました。(なるほど・・・・、ひょっとすると、こういった自主ルールによる規制の在り方につきまして、各委員会等でも議論されるのかもしれませんね)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年3月 7日 (土)

ジャルコ社のMSCB(深夜の適時開示は蜜の味・・・・)

3月6日は、不肖私がプロデュースいたしました「インサイダー取引防止体制構築と弁護士の役割」なる大阪弁護士会研修が開催されまして、ご登壇いただきました大阪証券取引所調査役、同自主規制本部の方、そして大和証券SMBCの某部長さま、どうもお疲れさまでした!研修義務化対象講座にも指定されていた関係で、多くの弁護士の方に聴講いただきまして、慰労会までしていただきまして感謝感激でありました。

さて、話はガラっと変わりますが、日付も変わった3月7日午前1時48分、なにげに開示情報を覗きましたところ、(うわ!出ました!出ました!)またジャルコ社の深夜の適時開示情報です。監査役全員辞任→JASDAQぶっちぎりのMSCB→そして今度は新株予約権行使等差止め仮処分命令申立て、ということであります。この差止めの対象がまたスゴイ・・・。そして、この仮処分をいったい誰が申し立てたのか?大株主か?・・・・・ん?英心会有限会社・・・・?ネットで調べたところ、愛知県のハンコ屋さん(開運印鑑→特定商取引法上の表示により確認)のようでありますね。(申立人には失礼な物言いかもしれませんが)謎が謎を呼ぶような一連の事件でありますが、ジャルコ社のMSCB発行事件、今後の展開がさらに興味深くなってきました。(完全に野次馬モードのエントリーで申し訳ございません・・・)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年3月 6日 (金)

「国策捜査だ!」の矛先は政府与党?それとも検察?(素朴な疑問)

公正取引委員会がJASRAC(社団法人日本音楽著作権協会)に対して排除措置命令を発出した事例につきましては、個人的にかなり興味を持っておりまして(とりわけ公益法人に対する競争原理の適用について)、ブログで書きたいところでありますが、DMORIさんのコメントを拝読して、ちょっと政治がらみの話題について。このブログでは、大阪府知事の話題を含め、あまり政治に絡んだものは採り上げない方針にしておりますが、公設秘書逮捕が「国策捜査だ」といった意見表明をされている方が多いので、私見を少しだけ書かせていただきます。

まず、この「国策捜査」というのは、どういった定義で使われているのでしょうか?時の政府の方針に従って検察が動く場合を指すのか(つまり政府が検察権力を支配していること)、それとも、検察が「政治はかくあるべし」と考えるところに従って検察権力を行使することを指すのでしょうか。ちなみにWikipediaでの定義によりますと、

国策捜査

主として東京地方検察庁特別捜査部が、政治家、経済人、著名人などのかかわる刑事事件において、彼ら自身が定義する「正義」の実現を目的として行われる捜査を指すとされる。2002年の鈴木宗男事件の際に逮捕された外務省元主任分析官・佐藤優の著書『国家の罠』において主張された。

最近では特捜部の捜査手法が社会秩序の安定を目的に、一罰百戒を狙った逮捕に重きを置くものになっているという指摘も一部でなされている。

ということだそうで、後者の意味で用いられるもののようであります。しかしながら、産経新聞ニュースなどによりますと、関係者の間では「政府による検察への指揮権発動」を問題視されているようですので、そうだとしますと前者の意味で用いられているようでもあります。このあたりを整理しませんと、「国策逮捕だ」といった非難の矛先がどこへ向いているのか(また、聞いている方も、どこに向いているのか理解できず)、なんだか情緒的な「言い争い」にしか聞こえてこないと思うのでありますが、いかがなものでしょう。いずれにしましても、一つの「逮捕」「捜索」という事実について、それが「国策捜査」か否かを一義的に決定することはなかなか困難なように思います。左から光をあてればそのように映るでしょうし、右から光をあてれば、そのようには見えない・・・といったところではないでしょうか。

「国策捜査」とまでは言いませんが、「社会正義だけでなく、他事考慮のうえで捜査を開始したのではないか」と思われる事件の弁護人を何度か務めさせていただいたことがありますが、「他事考慮」が疑われる場面というのは、被疑者側にも「恣意的な権力行使だ」と叫びたくなるような、それなりの理由があると思います。

ひとつは、「その業界では誰でもやっているような違法行為がゴロゴロしているのだけれど、ふだんは(身柄事件などに手がいっぱいなので)放置している。でも、住民団体から圧力がかけられたり、他の看過できない捜査に関連して捜査せざるをえない場合などには、そのうちの一部については捜査を開始する」といった場合であります。捕まったほうは、「なんで他の連中も同じことをやってるし、あんたたちもそれを知っているのに、俺だけがあげられるの?これってなんかの見せしめ?それとも別件があるの?」といった抗弁がかならず出てきます。被疑者側からみれば、どうしても検察の恣意的な判断のように思えるのであります。したがって、選挙前の時期であればなおさら、被疑者側から「国策逮捕だ」といった抗弁が出てくるのもなんとなくわかる気がします。

もうひとつは、会計不正(粉飾決算)事件などでも同様の場面に出くわしますが、「ひとつひとつの企業活動を捉えれば、なんら違法性は問題にならないけど、全体をひとつの企業活動として捉えれば、違法行為と評価できるために、立件する」といった場合であります。元名古屋高検検事長でいらっしゃった方が委員長を務められた日興コーディアル社外調査委員会の判断方式が、この典型的なパターンです。(ライブドア事件における検察および裁判所の判断も、これに近いのではないでしょうか)これは法律家に特有の判断方法であり、おそらく一般の方々にはなかなか理解がしがたいところがあるのではないかと思います。(だからこそ、司法が説明責任を果たす必要があるのでは、と思っております)リーガルリスクは事前に認識をしているのでありますが、「違法にはならないためにはどうしたらいいか」と熱心に専門家と相談して、法に触れない手法を常用するわけでありますが、ある日突然、捜査開始となりますと「前の署長のときにはなんにもお咎めなしだったのに、なんでやねん。なんか別件があるんとちゃうか?」といった被疑者側の抗弁が必ず出てきます。これも、選挙前の時期であれば「国策逮捕だ」といった抗弁が出てくる理由になるのかもしれません。ただ、「脱法行為」というのは、計画性の高い犯行として、検察として最も許し難い部類の犯行でありますから、この手のパターンには厳格な対応がなされることが多いように思います。

ところで、検察や警察がもっとも嫌がるのは、医師が自身の主義主張をもって(一般に禁止されているところの)医療行為を行うとか、大麻を吸った長男の首根っこを押えて、両親が警察署に出頭して「こいつを2ヶ月くらい、ブタ箱に入れて反省させてやってくれ」などと言われるケースなど、いわゆる一般市民が警察、検察権力を正当に利用して自身の希望をかなえようとするときではないかと思います。つまり、本来ご自分たちがすべきことを、国民が協力してくれることは「いいこと」として警察・検察権力から感謝されるべきではないかと思うのでありますが、まったく逆なのであります。「国策捜査だ」といった批判を浴びることについては、むしろ検察の権威(プライド)を高めることにつながりそうなので、とくに検察としても大きな問題ではないと思いますが、逆に本来検察の職責に近いようなことを、「正義という名によって」衆人環視のもとで別組織が行うような場合こそ、もっとも検察が嫌うパターンではないかと思いますので、そういったアイデアをどなたかが出されると、少し違った展開になるのではないでしょうか(もちろん、ここではそのような具体策は申し上げませんが)

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2009年3月 4日 (水)

わが国に経営判断原則は存在していたのか(商事法務論文)

旬刊商事法務の最新号(1858号)におきまして、東北大学の森田准教授の「わが国に経営判断原則は存在していたのか」なる論文が掲載されております。私的には非常に刺激的な内容だと感じました。「解釈論・立法論を展開する前にはまず、われわれが現在どのような場所に立っているのかを確認しておく必要がある。・・・(中略)しかるに経営判断原則をめぐっては、そのような現状確認作業が十分に行われてこなかったように見受けられる」として、「経営判断原則」をめぐる神話を解体してみせる森田准教授の論稿は、私のような普通の法律家でも最後までドキドキしながら読めるほどに「考えの筋道」がわかりやすく、秀逸です。この森田先生の論文を拝読しての外野からの印象は、「我が国における経営判断原則は、商法、民法、民事訴訟法すべての専門家の叡智をもって(垣根をはらって)構築されるべきではないか?」というものであります。

たとえば森田先生は「医療行為と経営判断」というテーマで、医師も経営者もどちらも専門家であるにもかかわらず、どうして医師は敗訴率が高く、経営者は「経営判断原則」で守られるのか?という点を善管注意義務のレベル(水準)の問題と、裁量の幅の問題に分けて検討することで、解明しようとされております。そして敗訴率の差は、後者である「裁量の幅の問題」として、医療行為のほうが「最適な行為内容を特定しやすいからだ」と結論付けておられます。たしかに最適な医療内容が(鑑定医による鑑定書等をもって)特定しやすいという面もあるかとは思いますが、私の場合はむしろ債務の性質によることのほうが大きいのではないかと思料いたします。つまり、医療行為についてはひん死の交通事故被害者の救急医療と、「あなたもパフュームの『のっち』になれる!」と広告をうって行う美容整形手術とでは、おなじ医療行為(手段債務)といっても裁判所では大きく扱いが異なります。当然のことながら前者は「そのときの最善を尽くすこと」で足りるわけですが、後者はほとんど「結果責任」(結果債務)に近いものとして扱われるのでありまして、たとえば施術だけでなく術前における高度の「説明義務」も課されるからこそ敗訴率が高くなるわけであります。かなり多くの医療過誤訴訟に関与した経験からしますと、医師の敗訴率の高さは、この医療行為に付随する(という言い方自体がもはや古いといわれるかもしれませんが)説明義務によるところが多いわけです。これは、まともに医療行為で勝負すると敗訴率が高くなるために、なんとか医療行為に付随するところで過失を客観化しようとしてきた患者側弁護士の長年の汗と涙の功績によるものであります。ですから、私的には、ちょっと森田先生のご見解とは異なるところがあるのかもしれません。

むしろ、医療過誤訴訟の流れから経営判断原則を考えますと、経営者に要求される高度の経営判断の巧拙によって原告側が勝負しようとすると、かなり敗訴可能性が高くなるからこそ、たとえば判断過程(デュープロセス)で勝負しようとするのは(裁判上では)自然の流れではないかと思われます。ただ、どういった判断過程を経るのであれば、後だしジャンケンではない本当の専門家責任を問えるのか?というあたりは、「手段債務」としての善管注意義務違反を基礎付ける手続(プロセス)とはどういったものを指すのか、「過失の客観化」などの議論も踏まえ、債権法に詳しい民法学者の方々のご意見も拝聴しながら検討する必要があるのではないでしょうか。また、最近のMSCB発行の議論などにもみられるように、永続的な事業活動を本旨とする企業のリスクテイクの在り方や、対象企業は成長過程のどこに位置しているのか、といった「リスク管理」との関連性においても、経営判断の中身が異なってくることもあるのではないか、と感じております。

また、「法令違反行為と経営判断原則」というテーマで、「なぜ法令違反行為には経営判断原則は適用されないのか」という一般にアプリオリに肯定されている(しかしながら、どうもしっくりと理解されていない)問題への解明を試みておられ、これも説得力のある展開がなされております。ルールという形式の法規範がある以上、裁判所の活動という観点からすれば善管注意義務の裁量の幅が縮減し、債務不履行の認定作業が簡略化する、といった、これも裁量の幅の問題として説明がつくものとされているようであります。(私が読ませていただいたかぎりではそのように理解いたしました)ただ、ここでも若干の疑問が湧いてまいります。ここで問題とされている「法令違反」というのは、一般的な個別法違反(たとえば粉飾決算など)を指しておられるのでしょうね。しかしながら、たとえば有価証券報告書虚偽記載という法令違反の場合、故意でやってしまえば刑事罰ですが、過失でやってしまった場合には行政処分(課徴金)の対象になると思われます。そうしますと、故意でやった場合には善管注意義務違反=法令違反行為ですが、過失でやった場合には、善管注意義務違反≠法令違反行為であり、善管注意義務違反行為は、結果的に法令違反行為をさせてしまった前提となる調査義務違反、といったことになるのではないでしょうか。つまり法令違反行為が認められる場合でも、そのことからかならずしも裁量の幅の縮減とは結び付かないのではないか?といった疑問が出てくるように思われます。このあたりは、やはり当事者主義的な民事訴訟体系のなかで、債務不履行(不完全履行)における要件論の原則に立ち返り、「任務懈怠」と故意・過失との主張・立証責任の分担(およびそれに伴って、取締役サイドの経営判断原則にまつわる反論が積極否認になるのか、それとも抗弁事由となるのか、任務懈怠という要件は評価根拠事実と評価障害事実の出しあいとして構成すべきなのか)といった民事訴訟的(もしくは要件事実論的)な整理がまずあって、そのうえでの実体法的な整理が必要になるのではないかと思います。(たしかこのあたりは、東京地裁民事8部の裁判官の方々が執筆されていらっしゃる本でも、いまだ決着をみない議論が展開されていたかと記憶しております)ということで、ここでもやはり昨年の司法試験問題ではございませんが、経営判断原則と司法判断との在り方を解明するためには、商法と民法(要件事実論)、民事訴訟法(当事者の実質的な公平)との整合的な理解がどうしても必要な分野ではないのかなぁ・・・というのが私の印象であります。

いずれにしましても、米国のビジネスジャッジメントルールと日本の裁判制度のもとで経営判断原則とは性質が違う(らしい)ということは私のようなものでも理解できるのでありますが、このあたりは(森田先生も指摘されておられるように)経営者へのコントロールを司法制度でフォローするのか、投資家判断に委ねるべきなのか、というところの差ではないかなぁ、と思ったりしております。株主自治がタイムリーに経営陣の顔ぶれに反映されうる米国では、経営判断の中身まで裁判所が関与する必要はないけれども、そういった風潮に欠ける日本の場合には、裁判所が後見的判断を下す・・・というのもありなのかなぁといったイメージです。そうであれば、もしこの先、投資家によるガバナンスとか、社外取締役制度の導入義務付けといった時代背景となれば、漸次この経営判断原則の適用方法にも裁判所で変化の兆しがみえるのかもしれません。(勝手な推測にすぎませんが・・・)

もうひとつ森田先生の論文における「整理回収機構による責任追及訴訟」に関わるテーマにつきましても、これまた何度も住専側代理人としてRCC相手に裁判をやらせていただいた弁護士としては書きたいことが山ほどございますが、これはまた別の機会にさせていただきます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年3月 3日 (火)

ジャルコ社のMSCB(JASDAQもビックリ!)

2月27日付け開示情報にて、監査役全員辞任というショッキングな事件があったジャルコ社でありますが、3月2日深夜の開示情報にて、その謎が解けました。まさにJASDAQの制止をふりきっての、「ぶっちぎりMSCB」ですね。(行使価格下限付近で転換された場合には、発行可能株式数との関係で既存株主の希薄化はどれほど進むのでしょうね)すでに辞任された監査役の方々も、つぎの監査役が決まるまでは「権利義務監査役」としての職務がありますので、臨時株主総会取締役会にて反対意見を表明されたようでありますが、これが「資金調達」といえるのかどうかは、ちょっとよくわからないところです。「法令違反にはあたらない」と判断されているようですが、(うーーーん)こういった事案が出てきますと、また「第三者割当増資時における株主総会決議の要件化」なる話題がまた浮上してくるのではないでしょうか。また、こういった場面におきまして、監査役さん方は、辞任だけでなく、もう少し踏み込んだ行動に出ていただけなかったか、と。(とりいそぎ、備忘録まで)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »