もう「監査役の乱」とは言わせない(監査役の勇気ある行動に敬意を表します)
先日は監査役のインサイダー疑惑(課徴金納付命令勧告)、といった「痛いニュース」についてコメントいたしましたが(その後も監査役さんの略歴にからんだJファクター社の行政処分事例というのがありましたが・・・)、本日は最近の監査役さん方の毅然とした会社側への対応について、敬意を表する意味で(備忘録のためにも)とりあえず速報版として掲示させていただきます。
ひとつはトライアイズ社の常勤監査役の方による解任議案差止請求事例であります。(日経ネットニュースはこちら 解任議案提出差止仮処分申立書を受領した旨の会社リリースはこちら)総会において報告されるべき計算書類、事業報告(および附属明細書)については会社法436条2項による監査報告が必要でありますが、当該常勤監査役の方は単独、連結いずれの計算書類においても監査報告書への署名捺印をされなかったようであります。ニュースによりますと、会社側から財務諸表の提出を受けられず、監査を妨げられたことによるものとのことであります。(ちなみに、監査報告書には、当該常勤監査役の方の個別意見は付されておりません。個別意見を付すこともできないほどに監査を妨げられた、ということなのでしょうか)会社側は、「取締役の職務の透明性、合理性についての業務監査が十分でなかったことから、監査役としての適格性を欠いている」と認識したうえで解任議案が上程されたようであります。(よく読むと、あの寺島薬局さんの監査役解任議案上程の件のお知らせ とほぼ同じ文面ですね・・・(^^;) )監査役解任議案が提出される、ということ自体、極めて珍しいことでありますが、そもそも会社のために適切に監査業務を行うべき監査役への解任議案の提出はいかなる場合に適法といえるのか、もう少し慎重に考えてみたいと思います。(そういえば、MBOをされた寺島薬局さんの監査役解任の件についてはどうなったのでしょうね。あれもたしか会社側から監査役解任議案が上程された事例でしたよね。なお、本件では議案上程を決定した取締役会において、他の監査役の方々はいかなる意見を述べられたのか、ということにも関心がありますが)
ちょっと気になりましたのは、株主総会招集通知の追補として、計算書類承認の件が上程されておりますが、そこには「監査役の監査報告書への押印が得られないため」計算関係書類については株主総会に諮ることとした、と説明されておりますが、そもそも旧商法(商法施行規則134条)の時代と異なり、会社法においては監査役の署名捺印は監査報告の有効性とは無関係であり、わざわざ株主総会において計算書類の承認決議を求めることは不要ではないか?という疑問であります。日本監査役協会のひな型においても「監査報告書の真実性及び信頼性を確保するためにも、各監査役は自署したうえ、押印することがのぞましい」とは記載されておりますが、署名捺印が必須の条件であるとは記載されておりません。監査役会の決議要件は多数決ですから、3名中2名の合意があれば監査報告書を適法に作成することは可能ですし、もし1名が合意できないということであれば、「署名捺印をしない」ということではなく、個々の監査役の意見付記によって明らかにすることができます。(会社法施行規則130条2項)したがいまして、監査役会の監査報告に反対する監査役さんの署名捺印の不存在は、とくに計算書類への監査手続に瑕疵を生じさせるものではないため、株主総会において報告すれば足りるのではないかと思われますが、いかがでしょうか。(ちなみに、監査役会議事録への署名捺印は、議事録への異議記載の有無が監査役会での議案「賛否」という法的効果と関連付けられているので、会社法のもとでも必要であります。ひょっとすると、これも総会手続に疑義がある場合の念のための「勧告的決議」に該当する、ということなのでしょうか)
個別の会社の事情に精通していないため、あまり突っ込んだことも申し上げられませんが、トライアイズ社においては、公開されている株主総会招集通知によりますと1年間に3名の監査役が辞任されておられる(うち2名は会計士資格をお持ちの方)という事態に至っていることからみましても、このたびの常勤監査役の方の行動につきましては、会社側との全面対決を覚悟のうえでのものであり、その姿勢に対しては敬意を表したいと思います。また、当常勤監査役の方を支えておられる代理人の方にも心よりエールを送りたいと思います。
そしてもうひとつは、名証セントレックス上場の「やすらぎ社」の監査役の方々であります。元役員と会社との間に不適切な不動産取引があったとして、監査役の方々が会社に対して厳格な調査を行うよう要望書を提出し、その要望書によって昨日(16日)社外調査委員会設置に関するお知らせが出された(外部委員会委員の氏名も公表)のでありますが、今日(17日)になって、急きょ「昨日のリリースは当時の代表取締役が独断で行ったものであって取締役会の承認を得たものではない」として、社外監査役と社外取締役らによって構成された調査委員会が設立されたとするリリースが出されております。(事案については、こちらと こちらの産経新聞ニュースが報じております)代表者の解任も行われるなど、こちらも個別企業の事情がわからずに軽々に推測するのもちょっと差し控えさせていただきますが、いずれにしても監査役4名による社内調査要望書を基に、本格的な社内調査が進むことになったわけですので、やはり監査役の方々の毅然とした対応こそ、一番の原動力になっていることは間違いないところだと思います。ただし、一日でコロコロとリリース内容が変わる・・・という点につきましては、社内における開示体制の欠如ということで取引所から何らかの改善を求められるかもしれません。
私自身は監査役さんが表舞台に登場することにより、社内のゴタゴタが表面化することについては好ましいことではなく、できるかぎり社内調整をもって違法行為を予防することが理想的な職務であると考えておりますが、そんな悠長なことを言っていられないほどの緊急事態に至っている上場企業があることもまた現実であります。これまで「閑散役」とか「名ばかり監査役」「抜かずの宝刀」など、監査役の職務については揶揄されることが多かったのでありますが、内部統制システムの構築と監査役監査との親和性が明確になり、さらに外部監査人(監査法人)と監査役との連携協調が深められてきたことなどから、徐々にではありますが、本来の監査役としての職責が果たされる企業が増えているのではないかと感じております。またそういった職責を果たしうるよう、情報交換等を通じて普段からの研鑽を怠らないことも肝要ではないかと感じている次第であります。
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コメント
やすらぎの件もコメント頂けますか?
投稿: コロラド | 2009年3月19日 (木) 15時15分
やすらぎの件につきましてはこちらのGO2Cさんのエントリーが参考になるのでは、と。
http://blog.goo.ne.jp/go2c/e/9565510290f7204e1c8992aea40c2fb5
投稿: toshi | 2009年3月19日 (木) 16時56分
山口先生
最近、社外取締役をめぐる議論を目にすることが増えましたが、監査役の職務との関係をもう少し整理しておく必要がありそうですね。監査役には、むしろこれまで以上に頑張ってほしい、と思っています。そういう視点で考えていたとき、先生の
>私自身は監査役さんが表舞台に登場することにより、社内のゴタゴタが表面化することについては好ましいことではなく、できるかぎり社内調整をもって違法行為を予防することが理想的な職務であると考えておりますが
というコメントに、ちょっと質問的なコメントをしたく思ってペンをとりました。会社にとってマイナスとなる場合が多いことを慮って、監査役としては、ある程度穏便に済ませた方がよい、という御趣旨と推察しますが、説明責任の観点から考えると、外部から伺い知れぬ形で闇から闇に物事が片づけられることがはたして妥当か、という点はどう考えたらいいでしょうか。監査役が食い止めた行為も、外部に知られなければ、評価のしようがない、という点もあり、透明性との関係をも含めて、少し議論の整理があってもよさそうです。あまり周囲に監査役の方でフランクに議論のできる方がいないものですから、実務感覚としてどうなのか、その線引きのようなものも伺いたいと思っております。ご教示いただければ、幸甚です。
ところで、そろそろ「未達増資」にも脚光が浴びることがあるのでしょうかねえ。株価高騰を伴う事例は、当局も関心をもって調査しているような話もありますので。
いつも中途半端で失礼します。あまり個人的な見解を述べてしまうより、論点を提示して議論していただければと考えていましたので、ここではあまり私見を述べておりませんが、そろそろ方針転換しようか、と考えております。
投稿: 辰のお年ご | 2009年4月 6日 (月) 01時44分
>辰のお年ごさん
ごぶさたしております。
その「方向転換」は大歓迎です!!(笑)
辰のお年ごさんの論点提示によって、だいぶこのブログでもお世話になりましたが、私見もまた、新たな論点提示につながるのではないかと思いますので、ぜひご披露ください。(ただ、これまでの辰のお年ごさんのご見解からすると、またこれに異を唱える常連さんもいらっしゃることは、ご承知のとおりと思いますが 笑)
監査役の立ち位置(私の理想論)ですね。
ご質問がございましたので、別途エントリーで私の考えているところを述べてみたいと思います。基本は「鈴木-竹内 会社法」で鈴木先生が「監査役の在り方」として述べておられるところと同じなんですね。ただ、平成6年当時(第三版が出た当時)と、現在(平成17年改正会社法制定後)とは、上場企業をとりまく環境も違ってきましたので、はたして、鈴木会社法のころと同様に監査役の立ち位置を考えていいのかどうかは、ちょっと検討が必要だとは思います。そのあたりを少し・・・
投稿: toshi | 2009年4月 8日 (水) 01時39分
「別途エントリー」というのは、何を指すのでしょうか?
田原総一郎が、「難しいことを言い出したときはごまかそうとしている時だ」と言っているのを思い出します。
鈴木とか竹内とかは関係ないですよ。
「不祥事が発覚した時に、監査役はそれを隠蔽すべきかどうか」
辰のおとしごさんが聞いているのは、それだけではないでしょうか?
○なのか、×なのかをお答えいただければよいだけと思います。
私は、МBOという不公正な取引の被害者として、他の方が同じ被害に会うことがないように、と思っております。
そして、МBOにおいて、不正を公表したのはシャルレだけです。
他のМBOでも、不正が行われた可能性が極めて高いにも関わらず、それが隠蔽されています。
役員の姿勢として、不正を公表すべきかどうかは、МBOの適正化にとって、極めて重要です。株主としては、内部者が公表しない場合には、不正を証明することが極めて困難だからです。
このような場合に、「隠蔽すべきである」というご発言は、非常に重要な意味があると考えます。
投稿: 山口三尊 | 2009年4月 9日 (木) 11時30分
ちょっと、議論が先走っているような気がしますよ!
また、「別エントリー」はまだ書いておりませんよ。
よく読んでください。
「違法行為を『予防』することが理想的な職務」と本文では書いたはずです。
ここ10年、監査役協会で内部統制が研究されて、有事と平時における監査役の監査手法は区別されてきた、というのが持論です。
いわゆる「内部統制による予防的監査」と「有事における発見的監査」です。私が一昨年、ある会社の監査役を辞任した原因は、この「予防的監査」のための情報提供すらなされないことによります。発見的監査の手法については、私の普段の業務の一部である「不正検査的手法」でして、
このふたつは基本的に異なります。
有事においても隠ぺいせよ、といった監査役の在り方についてはどこにも書いていないと思います。(本文中の「社内のゴタゴタとは、執行側と監査役との対立、という意味なのですが、表現がまずかったのかなぁ)隠ぺい問題は、むしろ執行の問題では?)監査役にとっては、まず「公表すべきかどうか」といったことを監査役が判断できるような情報を確実に入手するためにはどうすればいいのか?といったことこそ問題なのです。「手元の情報だけで違法行為とは断定できないけど、怪しい。差止行為に出たいけど、もし私の勘違いで会社に大きな損害が出たらどうしよう」といった場面も想定されますし。
投稿: toshi | 2009年4月10日 (金) 15時50分