品質偽装事件にみる企業コンプライアンスの「官民格差」
WBCの優勝監督である原辰徳氏は、私と同郷(福岡県大牟田市)の方でありますが、彼の父である原貢氏は、私の父と同じ会社(東洋高圧、現在の三井化学)に勤務しておられた方で、東洋高圧時代は「名三塁手」として有名な方でした。その原貢氏が監督として采配をふるい、炭鉱の労働争議で真っ暗闇だった大牟田の町を明るくしてくれたのが三池工業高校野球部の甲子園初出場初優勝という偉業でした。当時私はやっと物心がついたくらいの頃でしたが、大牟田の町が本当にひとつになって、みんな感涙に浸っていたことを記憶しています。(その後、貢氏はヘッドハンティングによって東海大相模高校の監督に就任することは皆様もご存じのとおりです)あの原貢氏の息子である辰徳氏が、こうやって世界一のチームを率いて日本中を感動させるのを見て、なつかしい三池工業高校の優勝を思い出す方々もいらっしゃるのかもしれません。
さて、田辺三菱製薬株式会社のリリースによりますと、子会社の品質管理責任者ら数名による試験データ改ざんが判明したために、厚生労働省への薬剤の製造販売承認申請を取り下げると同時に、これまで販売された製品の自主回収を行うことになったそうであります。(読売新聞ニュースはこちら)これはちょっとビックリであります。製薬会社において試験結果の改ざん、ということが今の時代でも行われているということになりますと、耐震偽装や耐熱板の試験材偽装と比較しても、かなり社会的な不安を抱かせる度合いが大きいのではないでしょうか。田辺三菱社のリリースを読んでも、また読売新聞ニュースを読んでも、どういった経緯で試験データ改ざんの事実が親会社である田辺三菱社の経営陣の知るところとなったのかは不明であります。(承認申請期間中に発覚した、とありますので、自社内で端緒を認識したのか、それとも厚労省からの指摘があったのかはちょっとわからないです)
ところで、こういった品質データ改ざんや、性能偽装などによって国の検査をパスした、という問題がよく報じられるところでありますが、どうもこういった場面では問題をふたつに分けて考察することが必要のようであります。ひとつは、そもそも偽装やデータ改ざんを行わなければ、品質検査にパスしなかったような商品について、これを偽装して検査申請を行う場合であります。こういった事例の場合には、消費者の安全・安心にそむく行為として偽装を行った企業は厳しく処分されるべきであります。もうひとつは、そもそも偽装やデータ改ざんを行わなくても、ほぼ確実に検査を通るのでありますが、(サンプルテスト等による現場の経験から)1000分の1程度の確率で検査に一発で通らないという事態が発生する可能性があることから、(念のため)品質や性能を偽装して検査申請をする、という場面であります。こういった場合には、品質や性能偽装の問題が発覚した場合でも、検査対象となった商品を調べてみると、そもそもなにもしなくても十分に検査はパスしていた商品ばかりだった、という結果となります。報道された事例をよく観察してみますと、同じ「品質・性能偽装、データ改ざん」という問題も、このふたつに分類されることがわかります。
たしかに民間企業にとって、国の検査にパスするために品質偽装、データ改ざんを行うこと自体、企業の姿勢としては厳しく糾弾されてしかるべき、ということでありますが、再発防止策、という観点からすると、前者と後者ではずいぶんと内容が異なってくるように思います。また、前者の場合には、そもそも企業の詐欺的行為が明確になりますので、社会的な非難は企業に集中しますが、後者の場合ですと、そもそも品質検査の必要性や、検査の形がい化といった国の機関への批判というものも同時に議論されることになりますので、品質偽装やデータ改ざんをした企業とともに、その検査機関である国までも非難の的になる可能性が出てきます。ということで、国の検査機関としては、問題の事後処理としては企業が劣悪な商品を、優良な商品のように装って検査申請を行った、というストーリーに仕立てたいという動機がはたらきます。民間企業としては、性能偽装、データ改ざんを行って検査をパスした・・・という後ろめたさがあることと、今後の検査機関との信頼関係に傷をつけてはいけない、という政策的な配慮から、「当社製品に問題があったため、これを隠ぺいすべく品質管理責任者が独断で偽装した」といったストーリーを作り、これを基に再発防止を誓うというパターンで落ち着きどころを探る傾向があるようであります。しかしながら、時として企業には「闘うコンプライアンス」の精神も必要なのであり、たとえ自社に落ち度があるとしても、その落ち度は正確に調査をして、これを正直に公表することが必要であります。正確な事実認定があってこそ、不祥事の原因究明のためのプロセスチェックが効果的となるのであり、また有効な再発防止策が検討される、ということを肝に銘じておくべきであります。
PS
トライアイズ社の「監査役解任議案」は取り下げられたようですね。仮処分関連の事件については、常勤監査役さんの完全勝利ですね。あとは総会における(計算書類承認決議に関する)監査役付記意見についての説明責任を果たすことが大役でしょうが、こちらは結果はどうあれ、監査役としての善管注意義務を尽くすことがなによりの職責だと思います。
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コメント
toshi先生の先の設例にも通ずるところがありますね。
もう一つ重要な視点として「業界腐敗」を挙げたいと思います。
品質偽装・データ改ざんといった事案では業界ぐるみの場合が
見受けられます。報道されるのが1社ないし数社にとどまる場合
でも「業界ではあたりまえの手法」という内部者証言が出てくる
パターンです。このような場合、「1社だけいい子になる」のが
難しいこともあります。
期待可能性なし、とまではいかないでしょうが、事案によっては
事情を汲むということはありうるのかなと。
世間をにぎわしている国策捜査問題にしてもそうですが、
1社だけが見せしめになり同罪企業はひっそり適正化できるという
ことは正義・公正に反すると思います。
見せしめは見せしめとして、後の行為を抑止するのみで、
過去に行われた同一の行為は可能な限り断罪すべく、
国家機関は努力してほしいと思います。
投稿: JFK | 2009年3月29日 (日) 21時59分
>jfkさん
コメントありがとうございます。(お返事が遅くなりました)業界腐敗の件、今後の参考にさせていただきます。
といいますか、ご指摘のとおり、以前のエントリーの設例と関連していることは事実です。ひとつの不祥事事例に最初から最後まで関わっていますと、いろんなリスクが浮上してきます。コンプライアンス経営というと聞こえはいいのですが、さまざまな思惑によって、事例が動きますので、臨機応変に新たなリスクに対応していかねばならないです。(全部うまくいくとは思えません)「正解」のない世界でもあり、また「敗者復活」が困難な世界でもありますね。マニュアル本では到底対応できない世界というべきなのかもしれません。
投稿: toshi | 2009年4月 6日 (月) 02時36分