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2009年4月30日 (木)

組織ぐるみの粉飾決算(そのとき社外取締役、監査役は?)

GWに突入いたしましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。(おそらく30日は普段のアクセス数よりもかなり減っているのではないかと予想しております。)また、月曜日の代表取締役の解任動議に関するエントリーには、非常に有益なご意見を頂戴しまして、どうもありがとうございました。m(__)m さて、社外取締役や監査役などが「蚊帳の外」に置かれるのは、なにも社長解任動議の場合だけではなく、たとえば社長をはじめ、社内取締役が長年隠ぺいしてきた粉飾決算が明るみに出た場合でも同様ではないかと思いまして、以下のような疑問点を検討しているところであります。

昨今の社外取締役や監査役制度に関するガバナンス論議のなかで、(もし今後社外取締役制度導入が拡大されたり、監査役の権限強化がはかられるとするならば)会社法上、もう少し検討しておかなければならない問題があると思っております。昨年4月、ナナボシの民事再生管財人から提訴された会計監査人(だった)トーマツさんは、すでにご承知のとおり、第一審(大阪地裁)において会計監査上の見逃し責任(損害賠償責任)があると認定されたものでありますが、その際、会社自身の過失を8割として「過失相殺」の抗弁が認められております。(たとえば会計監査人の過失と因果関係のある損害額が1億円と認定された場合、過失相殺8割であれば最終的には2000万円の賠償命令が出されることになります)ところで、上場会社と会計監査人とは、いわば準委任契約上の委託者と受託者の関係にあるわけですが、社外取締役や監査役も、同様に会社との関係では委任契約たる法的地位にあります。だとするならば、会計監査人と同様、たとえば粉飾決算発生後に民事再生管財人から役員の責任を問われたり、事件後に新たに代表者に就任した者から損害賠償請求の訴えを提起された場合に、「私たちは蚊帳の外であって、騙されたほうである。したがって、たとえ他の取締役らとともに善管注意義務違反の責任があるとしても、組織ぐるみの粉飾は旧社長以下社内取締役らの関与のもとで行われたものであるから、8割の過失相殺を主張する」といった抗弁は成り立つのでしょうか?

まあ、こういった事態が想定されるからこそ、社外役員については責任限定制度が会社法上でもうけられているわけでありますが、3年ほど前に、当ブログでもとりあげさせていただきました某教授のご見解を前提とするならば、たとえ社外役員が責任限定契約によって、責任範囲が定められていても、役員の責任というのは、連帯債務たる性質を有するものであるから、たとえば高額の賠償債務を履行した取締役(監査法人でもいいですが)が、今度は(取締役間における公平な負担を目的として)求償債権を行使する場合、その支払済の取締役(もしくは監査法人)に対しては、責任限定契約による債務限定の抗弁は主張できない、ということになってしまいます。(私はいまでも、この見解には反対の意見でありますが)しかし、組織ぐるみの粉飾決算というケースでは、役員の立場からみて、①粉飾を主導していた役員、②粉飾決算が行われていることを知りつつ、これを放置していた役員、③粉飾決算が行われていることすら知らなかった役員の三つに分類されると思います。とりわけ今後社外取締役制度を拡張して導入するようになるのであれば、まさに③の粉飾決算が行われていることすら知らなかった社外取締役・・・という方々も、おそらく増えてくるんじゃないでしょうか。

たしかに会計監査人と社外取締役・監査役とでは、会社の機関性という点からみて差があるように思えますが、実際、蛇の目ミシン差戻控訴審においては、蛇の目の元役員の側から過失相殺に関する主張が提出されておりましたし(裁判所はこれを認容しておりませんが)、下級審ではありますが、過去(旧商法時代)にも、役員の過失相殺を認容した判例が4件ほど報告されております。(WEB上で閲覧できるものとして「早稲田商学第388号」で紹介されております。)それぞれの判例では、過失相殺を認容すべき事情が異なっておりますが、平成17年会社法のもとでも、昨今の社外取締役や監査役に期待されているところからすれば、少なくとも粉飾を主導していた役員や、見て見ぬふりをしていた役員と、それ以外の役員とでは、たとえ連帯債務の関係にあるとはいえ、善管注意義務と因果関係のある損害について、同様の損害額が認められるというのもちょっと違和感を感じます。ただ、いっぽうにおきまして、内部統制構築義務に着目しますと、粉飾決算を知らなかった役員とはいえ、モニタリング機能が期待されている立場にあったのだから、きちんと粉飾決算を未然防止もしくは早期発見できるような体制整備(もしくは整備への関心)を怠りながら、知らなかったということだけで損害額が限定されるのはおかしいのではないか・・・という議論もあるようですから、このあたりは安易に過失相殺の主張を認めるべきではない、といった方向性を基礎付ける理屈なのかもしれません。いずれにしましても、岩手銀行さんの役員会でのゴタゴタを拝見するにあたり、不祥事から若干距離を置いていた役員の方々がいらっしゃるようなケースにあっては、会計監査人の過失相殺の抗弁に近い扱いがあっても、あながち不合理とはいえないように思います。

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2009年4月27日 (月)

代表取締役に対する解任動議(そのとき社外取締役、監査役は?)

4月23日に岩手銀行の代表取締役会長の方が、取締役会で解任動議(正確には解職動議-会社法362条2項3号参照)により、任期2か月(定時株主総会は6月21日)を残して代表取締役たる地位を解職された、とのことであります。(取締役会決議ですので、代表取締役たる地位の解職に関するものであり、取締役たる地位は残ります。なお、いろいろな新聞で報じられておりますが、こちらのニュースが詳細に報じておられるようです)取締役12名のうち、会長さんと議長さん(会長に代わって議長を務められた専務の方)を除く10名による決議において、社内取締役である6名が解職に賛成、社外取締役4名は白票(白票というのは、賛否をはっきり明示しなかった、ということでしょうね)を投じたことにより、解職が決議されたものであります。岩手銀行さんのHPでは、代表取締役異動に関する簡潔なリリースが出ているだけであり、なにゆえこの時期に代表取締役会長さんの解職決議が行われたのか、という点については、どうもいまひとつ、その真意がわからないようであります。

ちなみに代表者の解任動議ドラマといいますと、1982年9月の三越事件(岡田社長解任→非常勤取締役)が有名でありますが、三越事件では、取締役会において議決権を行使できない者として、解任動議の対象となっていた社長のみが「特別利害関係人」として議決権を行使できないとされ、社長に代わって議長を務めていた専務の方は反対の議決権を行使していたものと記憶しております。このたびの岩手銀行さんの場合も、解職動議が提出され、議長交代がなされ、専務さんが議長に就任されたわけでありますが、この議長を務められた専務の方が議決権を行使されなかったのはなぜでしょうか?岩手銀行さんの「取締役会規程」については閲覧しておりませんので具体的な規約の存在は不明でありますが、普通は議長も議決権を行使するのではないかと思いますが、議決権行使者の過半数が会議に出席していることは明らかなので、特別利害関係役員を除く11名のうち、過半数(6名)の賛成票が投じられた時点で、もはや議決権を行使する必要性がなくなったと解釈すればいいのでしょうかね?(このあたりは基本的なところで私の思い違いがあるかもしれませんので、ご指摘いただけますと幸いです)

さて、マスコミ報道を読みましても、また法律家の一般的な感覚からしても、あたりまえのように「代表者の解職動議が出された場合には、その解職対象の代表者は会社法369条2項の特別利害関係人に該当するので、議決に加わることはできないし、また議決に向けての審理にも参加することはできない」と言われております。反対有力説はあるものの、これが通説であり、また最高裁の判例も同様の考え方のようですね(最高裁判例昭和44年3月28日民集23巻3号645ページ等)。そもそも取締役は、株主総会における株主とは異なり、会社との関係で忠実義務、善管注意義務を負っていますので、自らの利益よりも会社の利益を優先的に図るべく行動しなければならないので、取締役会決議の場においては資本多数決原則は妥当せず、自らの利益よりも会社利益を優先させることが期待できないような取締役の行動(たとえば競業取引や利益相反取引に関する会社の承認決議)については、その問題(議案)に限り、議決権行使はできないこととされており、これが特別利害関係人による議決権行使を排除する条項の趣旨とされております。そして、代表取締役の選定に関する決議の場合には、その候補者も議決権を行使できるけれども、解職に関する場面においては議決権を行使できないともいわれております。

たしかに、これまでの日本企業における取締役会の在り方(ほぼすべての取締役が社内取締役であり、業務執行を兼務している)からすれば、こういった代表者解任動議のドラマが展開されるケースでは、「社長派VS専務派」とか「会長派VS社長派」といった対立となり、いわば取締役会を構成する役員間の「根回し」によってドラマが決着するものと思われます。しかしながら、今回の岩手銀行さんの件においては、社外取締役4名が(報道によりますと)「まったく聞いてないよ」「きょう決議をするのは時期尚早では」(たとえばこちらのニュース)といった声が上がったということでありまして、また休憩3回をはさみ、夕方まで長時間に及ぶ会議となったそうでありますから、これまでの解任劇とはちょっと異なる場面が展開されたようであります。(三越事件の際にも社外取締役の方がいらっしゃいましたが、この方はむしろドラマを主導されていたメインバンクの方でして、当然のことながら16対0の議決権行使結果に影響を与えておられますが、今回の4名の社外取締役の方々はどうも情報からは遠いところにいらっしゃったようですね。むしろ、反対派に近いところにいらっしゃったということなのかもしれません)

岩手銀行さんのように、役員の3分の1を社外取締役さんが占めるような取締役会の場合、こういった代表者解職動議というものは、これまでと同様に行いうるものなのでしょうか?おそらくこれからも同様の場面というのは一般の企業においても想定されると思うのでありますが、いきなり代表者解職の動議が出され、議長が交代する・・・という場面において、業務執行にも関与していないような社外の方々は「え?聞いてないよ?なんなのこれ?」といった状況になるでしょうし、示し合わせていた社内取締役の方は「いいから、みなさんは黙っていてください」ということで過半数賛成決議で押し切ってしまう、という事態・・・、これってガバナンスの実効性という意味においては正常な姿と言えるのでしょうかね?そもそも会長さんが代表権を持つということは、執行部に対する牽制機能でしょうし、また社外取締役さんが4名も就任しておられるのも(監督官庁からのご指導かもしれませんが)同様だと思いますが、そういった牽制機能は無視された形での解職動議ということが適正なのかどうか。社外取締役の方々も、会社との間においては忠実義務、善管注意義務を負うものですし、とりわけ株主共同利益の実現に向けて、株主の方々への説明義務を負っている立場にあるわけですから、まじめに考えますと、会長を共同代表者として残しておくべきか、社長ひとりを代表者として組織体制を変えるべきか十分検討する必要があろうかと思われます。これは株主や取締役には、決議に基づく措置に関する違法行為差止め請求権があるから、といった理由では済まされない問題だと思います。

社外取締役を導入した取締役会を念頭に置いた場合、はたしてこれまでの通説判例のように、代表者解職動議を受けた代表者は「特別利害関係人」として当然に排除すべきなのでしょうか。「会長さんと社長さんとどちらが代表者としてふさわしいのか」といった問題を、真剣に社外取締役が検討するにあたっては、動議が出された場においても解職動議の対象とされている代表者からも十分に意見を聞く必要があるでしょうし、また、動議を出したほうからも十分にその理由を聞く必要があるでしょう。また、審理の場に解職の対象者が立ち会って、自分が代表者としてふさわしい、と意見を述べるのであれば、その代表者自身に解職動議に関する議決権を付与することもあながちおかしいとは言えないはずであります。(そもそも、判例・通説は、代表者解職における代表者の地位は「特別利害関係人」にあたるが、候補者として選定される場合には、その候補者は「特別利害関係人」にはあたらない、としていますが、これを区別する理由が理屈のうえでどうもよくわからないところがあります。候補者として名前が挙がった時点において、すくなくとも自己の利益よりも会社の利益を優先することが期待できるかどうかは、解職動議を受けた代表者の場合とそれほど変わらないと思うのでありますが。)

こういった会長さんの代表者解職動議に至る経緯というのは、(単なる推測ではありますが)対外的な活動だけでなく、人事問題などにも微妙に会長さんの影響が及んでいることへの現経営陣らの不満のようなものもあったのではないかと思いますし、一般企業と違い、監督官庁が控える金融機関のガバナンスという特殊事情もあるかもしれませんので、それなりに解職動議の必要性についても首肯しうるところもありますが、この社外取締役4名が白票を投じた(棄権した)・・・というニュースに触れて、どうもすんなりと納得できないところがありましたので、私的な疑問として記したような次第であります。また、おそらくこの解職動議がだされた取締役会には4名の監査役さんがご出席されていたかと思いますが、監査役さん方は、今回の解職動議にあたって、どのような立場にいらっしゃったのか、たいへん興味があります。なにかご意見を言われたのかどうか、こういった解職動議が出されることについての事前情報に触れておられたのかどうか、今回の解職動議の手続きについては、適法性の面からみてどのように感じておられたのかどうか、お聞きしてみたいところであります。

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2009年4月25日 (土)

東証「上場制度整備懇談会」報告書2009

4月15日の日経や読売で報道されておりました東京証券取引所の上場制度整備懇談会報告書「安心して投資できる市場環境等の整備に向けて」が23日公表されておりましたので、中身を読ませていただきました。安心して投資ができる環境作り・・・ということでは第三者割当に関する提言と株式併合に関する提言、そして株主と上場企業との対話促進のための環境作り・・・ということでは議決権行使結果の開示に関する提言、というあたりが骨子のようですが、(私的な印象では)非常に格調の高いものであり、とりわけ「第三者割当に関する提言」につきましては、上場企業の資金調達の必要性や、(会社法とは異なる)ルール遵守のための実効性確保の工夫などに格別の配慮をされた跡がみられます。(「支配権の移動」と「支配株主の異動」とは異なる意味で用いられていますので注意が必要ですね)もちろん、懇談会の意見は「東証の意見」ということではありませんが、東証のルール改定によって、かなり実現可能性が高いものに絞って議論されたのではないか、と思われます。ちなみに一昨年の上場制度整備プログラム2007におきましては、第三者割当に対する株主意思の反映について、有識者による議論を得て検討する、とされていたようで、(私も忘れておりましたが)2008年1月の読売新聞ニュースなどでは、第三者割当に対する株主総会決議の義務化について具体的に検討に入った、と報じられていたようです。(こちらのエントリー)今回の懇談会報告書では、株主総会における承認も「選択肢のひとつ」とされております。

細かいところで興味を持ちましたのが、「有利発行に該当するかどうか明確でない事例への対応」に関するところで、価格算定根拠に関する十分な情報開示とともに、「計算方法次第ではディスカウント率が10%超となる場合については、適法性を担保するため、たとえば適法性について監査役(委員会設置会社の場合には監査委員会)がいかなる意見を述べたか等の開示を(取引所が)会社に求めるなどの対応をとることが考えられる」とあります。この点につきましては、先ごろ公表されました日本監査役協会「有識者懇談会報告書」におきましても、大規模第三者割当増資の適法性については、監査役による対外的な意見開示が必要・・・との意見が多数を占めていたようですので(同報告書70ページ参考)、今後の現実的な検討課題となってくるのではないでしょうか。(なお、新株予約権付社債や新株予約権の発行条件の適法性については別途考慮すべき問題だと思われます)

しかし(すべての第三者割当増資の際、ということにはならないでしょうが)この新株発行時における適法性審査を監査役が担う・・・というのは、監査役さん方にとってはけっこうシビアな役割ですね。(有識者懇談会報告書のほうでは、さらに「根付率」などから、有利発行性については日証協指針についての厳格な審査が求められているようですし)今朝(4月24日)の日経新聞では、前日(23日)の金融庁スタディグループにおける議論が紹介され「社外役員義務化で火花」の散る議論がなされたようでありますが、こと監査役制度に関しては経済界も証券界も同じ意見のようで、さらなる監査役制度の機能強化を図るべきとするところで落ち着きそうであります。ということは、監査役の権限や地位の強化、という点では、こういった第三者割当の適法性審査といったあたりで、監査役の対外的な意見開示が求められる方向も十分考えられるかもしれません。この監査役さんの対外的意見開示というものは、投資家や株主向けの情報開示を補完する目的でなされるものでしょうから、公表されている情報だけではわかりにくいところも監査役が判定をすることになるわけでして、何をもって適法性判断の判定材料とすべきなのか、かなり難しい判断を迫られる場面も想定されるところであります。また、「有利発行」の点は適法性に関する論点ですが、第三者割当増資の必要性と相当性判断に関する対応方法として、株主総会における承認手続のほかに、社外取締役や特別委員会における求意見手続ということも示されておりますが、このあたりも監査役による判断で足りるのではないか、といった見解もあるかもしれません。(適法性よりも経営判断?)

今週月曜日(4月20日)には、日経と朝日にほぼ同様の記事(闘う監査役)が特集として掲載されておりまして、監査役制度が次第に機能し始めてきたのではないか?と思われるような事例がいくつか紹介されておりましたが、こういった闘う監査役さんが今後も増えてくるのであれば、「株主と会社経営者との対話促進(経営者の説明義務)」の面からみましても、監査役の果たすべき役割が大きく変わってくるのかもしれませんね。

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2009年4月24日 (金)

企業における反社会的勢力排除への取り組みレポート

4月22日、東京に本社のある反社リスクコンサルタント会社のセミナーがありましたので、参加させていただきました。上場企業の総務担当者の方なら皆様よくご存じの企業でありますが、反社会的勢力排除のための内部統制診断が100社を超えたことで、この5月には「企業における反社会的勢力排除への取り組み」に関するレポートをリリースするそうであります。22日のセミナーでは、このダイジェスト版のご報告もありましたので、たいへん興味深く拝聴させていただきました。

レポート内容を詳細にここで述べることは、当該コンサルタント会社にご迷惑をかけることになりますので差し控えさせていただきますが、レポート内容をお聞きした印象だけを述べますと、まずなんといいましても平成19年6月の政府指針(企業が反社会的勢力からの排除を防止するための指針;内閣府犯罪対策閣僚会議)で示された内部統制システムの構築について、各企業においては、その具体的な対応が進化してきている、というものであります。いわゆる従来型(不当要求等への直接的な対応を行うための体制)だけでなく、取引等を通じた一切の関係を遮断するための体制構築(フロント企業等、経済ヤクザに対応する仕組み)へと各企業の取り組みが変遷していることが理解できます。各企業における「反社への企業姿勢」の明文化、「反社会的勢力」の定義を明確化したり、認知もしくは侵入予防の仕組みを構築したり、判断基準の明文化や判断の仕組みつくりを平時から行っていたり、実際に反社会的勢力に入りこまれたしまった企業を想定しての対応方法(マニュアル化)など、かなり詳細に体制構築にいそしんでいらっしゃる企業も増える傾向にあるようです。

また、この内部統制診断ツールによる100社の診断結果は(ダイジェスト版だけでも)けkっこうおもしろくまとめていらっしゃいます。数字のうえで顕著な分析結果ですと、たとえば業種によってプロのコンサルタントが客観的に診断しても、大きな差が出ているのですね。(金融機関はさすがに診断結果でも高い点を取得されていますが、その他の業種では、けっこう意外な結果が出ております。ご関心のある方は公表されるレポートをご覧くださいませ)また、上場企業と非公開企業とを比較してみた場合、上場企業のほうが効果的な取り組みができているかといいますと、実はそうでもなさそうであります。(なぜそういった結果となったのか、という点も上場レポートをご覧いただくと80%くらいは理解できるものと思われます)また「組織的対応」とよく言われるところでありますが、どういったものが組織的対応として効果的なのか、といった点についても、具体的な事例などを通じて考えて、そこから平時の内部統制体制構築にフィードバックする視点は、なかなか参考になるところであります。たとえば「認知」のために、平時からどのような点に着目して調査をすべきなのか?といった問題も、けっこう大切であります。

取引先管理のなかで、もっともリスクの高いのが「社長の紹介先」というのも頷けるところです。こういった内部体制の構築にあたっては、「例外事項を作らない」ということだそうですが、社長自身から紹介を受けますと、現場としてはきちんとルールに則って管理することに躊躇することもありまして、反社会的勢力も、こういった社長さんを通じて企業に侵入することが、発覚リスクが少ないことを熟知しているようであります。ともかく、経営者のコミットメントは必要条件ではあるが、決して十分条件ではないことが、よく理解できました。(問題は、反社会的勢力に関する社内での情報共有ですね。これはセミナーをお聞きしていても、なかなか妙案があるわけでもなく、ひたすら現場社員のセンスを磨くしか方法がないのかもしれません。)

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2009年4月23日 (木)

草なぎ氏は単純酩酊か、病的酩酊か?

(ビジネス法務とは関係のない話題で恐縮ですが・・・・・)ちょっとビックリしました。吾郎ちゃんの公務執行妨害事件は、なんとなくわかる気もしましたが、今回の草なぎ氏の公然わいせつ事件については本当に理解できないところです。いくら酒に酔ってとはいえ、都心の公園で(しかもひとりで)あのような奇行に出るだろうか・・・・・。

おそらく事実関係を認めているかぎり、それほど厳格な処分にはならないと思うのですが、ただそのまま軽微な処分で終わらせてしまうと、罪名が罪名なだけに彼の職業人生にも大きな影響を与えてしまう可能性がありそうです。刑事弁護で有能な弁護士を依頼して、単純酩酊だったのか、病的酩酊だったのか、きちんと争ったほうがいいのではないでしょうか。(つまり責任無能力状態だったことを主張する。たとえ心身喪失と認められなくても、心身耗弱だったと認められるだけでも、世間の見方はかなり変わるように思うのでありますが。。。)おそらく彼を支援する人たちも多いと思いますし、ファンが納得できるような形で進めるべきではないかと思います。

PS 当初「草なぎくん」と書いていたところ、複数の読者の方より「弁護士のブログとして品位に欠けるのでは」とのご意見をいただきましたので、「草なぎ氏」と訂正いたしました。

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企業不祥事(データ改ざん)の公表とインサイダー取引規制

栗本鐵工所(東証一部)の販売代理店社員が、栗本社の「型枠強度試験データ改ざん」に関する企業不祥事の公表前に、その事実を知り、自らの計算において株取引(空売り)によって利益を得たとして、SESCが課徴金勧告を行った、と報道されています。(朝日新聞ニュースが一番詳しく報じているようです。またSESCのリリースはこちら。)最近、重要事実を知った社員のインサイダー取引事例というのは、もはや珍しいニュースでなくなってきているようにも思いますが、この事例は、「企業不祥事の公表」という、かなりレアな「重要事実」を取り扱ったものであり、また取引先社員が対象となっていることで、今後も同様の取り締まりが行われる可能性も高いように思われます。

この社員の所属する会社は栗本社の販売代理店たる地位にありますが、栗本鐵工所は自社における「データ改ざん」の事実を公表すると決めた後、販売先である高速道路会社に対して、この不祥事を公表前に説明しておこうと考えていたようです。(昨年末の伊藤ハム社が、迷惑をかけたくないと思って、OEM供給先に事前説明をされたのと似ているように思われます)そこで、自社からではなく、取引先の販売担当企業から(高速道路会社へ)説明するように依頼していたところ、その依頼を受けた担当者から、この社員は「データ改ざん」の事実を聞いていたようであります。

旧金融商品取引法(平成20年法律第65号改正前の金商法)166条の条文構造からみますと、栗本鐵工所担当者から、企業不祥事(の公表予定)を聞いた担当者(当該社員の上司)が、金商法166条1項4号の「契約締結者」に該当するため(契約の締結・履行・交渉に関して上場企業等の内部情報を知りうる立場にある者として)いわゆる「会社関係者等」に含まれ、その会社関係者等から栗本社の不祥事事実を聞いた「第一次情報受領者」として(同166条3項)、対象社員は(上場企業の重要事実を)その職務に関して重要事実を知った者に該当する、ということになると思われます。

つぎに栗本社の「製品の強度試験データ改ざん」という不祥事が「上場企業の重要事実」に該当するかどうか、という点ですが、これはSESCのリリース内容からみて、いわゆるバスケット条項を用いたものですね。(同法166条2項4号)つまり法律や政令でインサイダー情報に該当する「重要事実」として列記されている事実以外で、当該上場企業の運営、業務または財産に関する重要な事実であって、投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの、ということでありまして、この「データ改ざん」という企業不祥事には当該バスケット条項を適用できる、といった判断があったものと推測されます。企業不祥事といいましても、過去にも「上場廃止の原因となる事実」(同法166条2項2号ハ、たとえば西武鉄道有価証券虚偽記載事件)や、「災害または業務に起因する損害」(同法166条2項2号イ、たとえば日本商事事件)に該当するものはありましたが、純粋に企業の決算情報とは関連性のないところの不祥事について、これを「重要事実」と捉えたものは初めてではないでしょうか。

ところで、当該対象社員が職務上知ったのは(SESCのリリース内容からすると)「データ改ざん」の事実であり、「栗本鐵工所がデータ改ざんを公表する事実」を知ったことではありませんね。そうしますと、取引先の上場企業の不祥事といいましても、その不祥事がはたして公表しなければならないものか、それとも公表するほどのものでもないのか、そのあたりは問題にならないのでしょうか?(もし「データ改ざん」という発生事実自体が重要事実の対象となるのであれば、インサイダー取引規制に係る「軽微基準」の発想からしても、そのあたりが問題になるのではないでしょうか)このあたりは、インサイダー規制だけでなく、証券取引所規則における適時開示の対象事実になるのかどうか、という場面においても問題になるように思われます。企業不祥事も、その不祥事発生によって業績に大きな影響を与えるような損害が予想されるものと、不祥事の公表によって業績には関係なく(公表によるレピュテーションの毀損により)株価が低下するものとがあると思います。前者は「発生事実」として列記されているものを指しますが、後者は仮に公表されたとすれば投資判断に著しい影響を与えると思われるような不祥事を指すものと考えられるのでありますが、このあたりの整理はどうなんでしょうか。情報開示のルールが厳格になるにしたがって、そのルールを「ズルして」守らない人達にペナルティを課すことまでは金商法の守備範囲だとは思うのでありますが、企業経営者が不祥事を公表すべきかどうか(つまり公表に値する不祥事かどうか)、という規範的な問題を論じることは会社法の世界の問題であって、そこにバスケット条項を適用して判断するというのも、なんとなく違和感を覚えます。結局のところ、たとえば本件では「試験データの改ざん」という不祥事は、企業自身が発見した場合には、(監督官庁および一般消費者等への)公表、報告、届出の義務が別途行政法規によって課されていて、金融庁が判断するまでもなく、企業の法令遵守によって公表される蓋然性が極めて高い、ということからバスケット条項を適用すべきと判断されたのではないでしょうかね?つまり、企業不祥事が「重要事実」に該当する場合があるとしても、その不祥事の内容については、かなり限定された場合にのみ適用されるのではないかと推測いたしますが、いかがなものでしょうか。(後半部分はあくまでも私自身の推論によるものです。ひょっとすると、取引先といっても、栗本社と販売代理店企業という、重要事実からの距離が極めて近いことが、公表されることの蓋然性に影響を与えているのかもしれません。)

※1 そもそも強度試験データについて国に対する報告義務があるならば、そのデータの改ざんが発見された以上、報告義務があるのは当然かもしれませんね。

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2009年4月21日 (火)

法律家はIFRS(国際会計基準)をどう受け止めるべきか?

個人的な関心から、昨年来当ブログにおきましても、IFRS(国際会計基準)と「公正ナル会計慣行」との問題について触れておりますが、コンバージェンス(収れん化)とは異なり、アドプション(直接適用)が現実化するに至って、いつかは重大な問題を直視しなければならないと思っております。いわゆる「国際会計基準を国内法的にどう受けとめるべきか」という問題であります。企業会計基準委員会の開発する企業会計基準について、金融庁ガイドラインで承認をする・・・というわけにはいかないようであります。

季刊「会計基準」2009年3月号において、神田教授が論稿「上場会社法制をめぐる論議」のなかで、金融商品取引法上の重要課題として「国際会計基準の取扱」を論じておられましたが、「企業会計」5月号では、いよいよ金融庁・企業会計審議会の会長でいらっしゃる安藤先生が、この問題を真正面からとりあげておられ(「IFRS導入と会計制度の展望」)、会社法会計制度の再構築への提言にまで言及されていらっしゃいます。また、同5月号では、この分野の第一人者でいらっしゃる弥永教授も、IFRSが連結財務諸表に強制適用された場合の違憲性(国会が唯一の立法機関であり、私人に対する立法権の委任は認められない)について言及されておられます。(「IFRSと会社法」)

権威者の方々が動いたから・・・というわけではありませんが、IFRSを法律の世界がどう受け止めるのか?といった問題については、こういった方々が発言をしなければならないほどに喫緊の課題になってきた、ということは言えるのではないでしょうか。金融商品取引法会計の世界であっても、そこに有価証券虚偽記載へのペナルティ(刑事罰や課徴金制度)が存在する以上は、IFRSの(個々の企業会計への)適用の適法性を最終的に判断するのは、まぎれもなく裁判所でありまして、まさに「司法の世界」なのであります。とりあえず、現実の企業社会において適用されるべきIFRSについて、どのように「会計基準の位置づけと国による認定手続についての明文の規定を金商法上設けるべき」(神田教授)なのか、そろそろ法律家の立場からも検討がなされる時期が来ているように思います。とりわけ、IFRSが刑事罰(人身の自由)と関連性のある概念であるがゆえに、罪刑法定主義の趣旨を損なわないような法規命令であること(白紙委任の禁止)を、どのような理屈でもって根拠付けるのか、今後の重要な法律的課題ではないかと思います。(平成10年6月の「商法と企業会計の調整に関する研究会」のような、きちんとした議論の場が必要になってくるのではないでしょうかね?)

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2009年4月20日 (月)

経団連のコーポレート・ガバナンス提言(中間整理)の立ち位置

4月初めに日本監査役協会は、有識者懇談会報告書を公表し、また4月15日の日経・読売新聞報道によりますと、もうすぐ(4月中でしょうか)東証「上場制度整備懇談会」が株式上場制度見直し案等を公表するとのこと、さらに金融庁SG(我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ)の議論も白熱してきており(3月18日の第20回議事録も公開されていますが、非常におもしろい)、経産省企業統治研究会のとりまとめも注目されるところであります。

そのような中におきまして、経団連も4月14日「提言・より良いコーポレート・ガバナンスをめざして(主要論点の中間整理)」を公表されておりますので、内容を拝見いたしました。内部統制を勉強している立場からしますと、以下のような印象を持ちました。つまり、より良いコーポレート・ガバナンスを構築するということは、企業の不正行為の防止ならびに競争力・収益力の向上という二つの視点を総合的に捉えて、長期的な企業価値の増大に向けた企業経営の仕組みをいかに構築するかという問題でありますが、いま多くの有識者による会議で議論されていることは、ガバナンスの構築を整備と運用に分けるとすれば「整備」(いわゆるガバナンスの仕組み)に関わる問題でありますが、そもそもこれまで整備してきたものの「運用」についての評価をしなければ、今後の実効性ある整備についても議論ができないのではないか、といった問題提起をされているように思われます。たとえば社外監査役制度の導入問題や独立性要件強化に関する問題については、監査役制度の運用に関する検討が先ではないかとか、インセンティブのねじれ問題についても、会社法の改正よりも現実の企業社会において、監査役が期待されている権利を期待どおりに行使するためにはどうすべきか、ということを考えることが先決ではないか、といった問題の捉え方であります。

要するに、こんなご時勢なのだから、ガバナンスにコストをかけることを正当化するような議論は勘弁してよ、アメリカ型ガバナンスが優れているといったことは自信をもって言えないでしょう・・・という姿勢と受け取るのが正しいのかもしれませんが、内部統制的な視点からすれば、たしかにこういったご主張も当然に出てくるところではないかなぁといった印象を持ちました。ただそうなりますと、これまでに整備されてきたガバナンスが、期待どおりに運用されるに至ったのかどうか、という点について、(つまり運用の有効性について)誰が評価をするのか、ということが議論されるはずであります。株主を含む市場関係者や多様なステークホルダーによって判断されるべきである(最終的には市場による判断にゆだねるべきである)という考え方もあるかもしれませんが、①いまガバナンスが議論されているのは、各企業におけるより良いガバナンスの構築の議論を超えて、日本の資本市場が魅力あるものとなるために、上場企業全体としての「より良いガバナンスの構築の在り方」が求められているのではないか、②不正防止や競争力強化のためのガバナンスの仕組みと現実の企業価値の向上との因果関係について、どのような情報を株主ほかステークホルダーに開示すれば評価ができるのか、という点についての合意はできるのか、といった問題を乗り越えなければ説得的な意見が生まれてこないのではないか、と思われます。

たしかに東証一部の企業と、大証ヘラクレス上場企業に同じガバナンス規制をかける、ということになりますと、最近の内部統制報告制度への負担(費用対効果)などに鑑みましても、ちょっと現実的ではないと思われるところもありますが、エンフォースメントの在り方を考慮したうえで、「全上場企業を対象として、できるところから少しずつ変えていく」ことは必要なのではないでしょうか。そういった観点から、先日の日経・読売新聞で報道されておりました「第三者割当増資への上場ルールによる規制」については、その一歩になるものと思われます。この第三者割当増資のルール規制につきましては、有識者懇談会報告書においては「株主と経営執行との利害調整」の重要問題として、新たに大規模第三者割当増資問題への対応が提言されておりますが、先の経団連中間整理には、ほとんど具体的な問題提起はなされておりません。しかし、ガバナンスに関する議論を「最終的には市場の判断にゆだねるべきである」とするのであれば、社外取締役導入や独立性要件の強化、監査役と取締役との関係や議決権行使の方法等、ガバナンスのもっとも根幹に関わる議論を行うにあたっては「うるさい株主には退場してもらう」といった恣意が経営執行において働かないシステムが保障されることが当然の前提でありますので、この「株主と経営執行との利害調整」問題は(経団連中間整理の立場であっても)回避できない論点であるはずです。「できるところから少しずつ変えていく」ことが適切であるならば、やはり買収防衛策、大規模第三者割当増資、MBO等の取締役の利益相反行為規制、会社法上の内部統制問題などについて、開示、行動規範(上場廃止)、金商法ルール、訴訟を含めた会社法ルールなど、その実効性確保の在り方も含めてガバナンスの改正を進めていくべきではないかと思いますが、いかがなものでしょうか。

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2009年4月16日 (木)

内部告発者に対する制裁と防止策

内部通報窓口業務は、そんなにキレイな仕事ではないと(私自身の経験も含めて)申し上げたところ、松嶋屋さんからお叱りを受けまして(^^;、ちょっと言葉を選ばなければ・・・と反省をしておりましたが、またまた内部告発者と上場企業とのトラブルに関する事件が報道されております。すき家を展開するゼンショーさんの女性店員の方が、昨年、残業代不払いを(労働基準法違反として)刑事告発したところ、ゼンショーさんの方が今度は女性店員の方(刑事告発をされた方)をゴハン5杯分を無断で食べたとして窃盗罪で刑事告訴していた、とのこと。(朝日新聞ニュースはこちら)店内のビデオ録画が証拠として残っていたそうであります。

最近、内部告発(社内の内部通報窓口への通報を含む)を行ったことをきっかけとして、通報社員が会社側もしくは上司社員等から事実上の嫌がらせ、退職勧告等を受けているとする報道が目立つようになりました。このブログで採り上げた事件だけでも、先日のオリンパス社の事例、横浜市立大医学部の事例、大阪トヨタ自動車の事例等、いくつかの有名な事例がありますが、内部告発者への企業もしくは幹部社員の対応(とくに悪意のある制裁等)のまずさから、さらに大きな不祥事が判明したり、内部窓口があるにもかかわらず外部告発が増加したり、制裁措置による社内トラブルが報道されるなどによって企業の信用を落とす傾向にあるため、「コンプライアンスにおける負のスパイラル」に陥るリスクが生じます。

そこで、企業もしくは社員による内部告発者に対する事実上の制裁(報復)が企業に及ぼすリスクと、そのリスク管理のための防止策について、フィナンシャル・コンプライアンス(銀行研修社)の6月号に「内部告発者に対する制裁と防止策」なる論稿を書かせていただきました。公益通報者保護法や、内部統制システムの一環としての社内規則(ヘルプライン規程)による救済だけでは、内部告発者が保護されない現実を踏まえ、企業として何をなすべきか、匿名通報者の特定発覚リスクなどにも触れながら検討してみました。(主に、自らの業務上の経験などに基づくものです。結構読み応えはあると思います)おそらく4月終わりか5月初旬に全国書店にて発売されることになりますので、ご興味のある方はそちらをご参照いただけましたら幸いです。

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2009年4月15日 (水)

痴漢逆転無罪(最高裁)判決・私的解説

速報版でも触れておりますが、4月14日最高裁(第三小法廷)は、被告人が下級審で1年2月の実刑判決を受けた強制わいせつ被告事件(満員電車における痴漢行為)について、刑事訴訟法411条3号(判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる場合)を適用して、職権にて破棄自判により無罪判決を下しました。以下は私の個人的な感想にすぎませんが、とりいそぎ要点と思われる点につき、解説をさせていただきます。

本来、最高裁は事実に関する問題については審理をしない、いわゆる法律審(第一審と控訴審は事実審かつ法律審)が原則でありますが、例外として、職権によって事実誤認の有無についても判断することができるわけでして、それが刑事訴訟法411条に規定された場合ということになります。また、現行刑訴法では、控訴審と上告審については事後審制を採用しておりまして、いわば事件そのものを審査するのではなく、原判決を対象として、その当否を事後的に審理する制度、ということであります。したがいまして、例外的に最高裁が事実を審査するとしても、最高裁に証人を呼んできて、新たに直接的に証拠を吟味するのではなく、これまでの下級審において採用された証拠等を再度見直して、原判決の当否を審理する、ということが基本となるわけであります。本判決を理解するには、まずこの点に関する予備知識が必要となります。

満員電車内における痴漢行為について、最高裁で無罪判決が出た・・・ということで、一般的には「被告人の潔白が証明された」とか「被害者の女子高生がウソの証言をして、無実の人を不幸に陥れたことがわかった」といった印象をもたれるかもしれませんが、この最高裁判決は、そういった次元で事実認定がひっくり返った、というものではないようです。(すくなくとも多数意見はそのようなレベルでの判断ではないと思われます)多数意見は、被害者の証言内容の疑問点を3つほど掲げて、こういった(単なる感情的なものではなく、論理的に考えて生まれてくる)疑問点がある以上は、被害者の証言の信用性については一定の疑いを生じる余地を残したものであって、その結果、被告人を有罪とするには「合理的な疑い」を抱かざるをえない、という結論に至っています。

ところが少数意見のおふたりの裁判官(とりわけ堀籠判事)の理屈については、この多数意見の議論とは噛み合っておりません。たとえば堀籠判事がご自身で事実認定をされている箇所(第2 事実誤認の有無)では、説得的な意見を展開されていますが、その文章の末尾がかならず「これを不自然ということはできないと考える」(15ページ中段)、「この点をもってAの供述の信用性を否定するのは無理というべきである」(15ページ下段)、「これをもって不自然、不合理というのは無理である」(16ページ中段)「Aの供述の信用性を否定することはできないというべきである」(16ページ中段)といったように、ほぼ断定的に(自信タップリに)多数意見を切り捨てております。実はこの噛み合っていないところがおそらく本裁判のキモにあたるところではないかと思われます。

つまり、最高裁の「事実認定の在り方」に関する裁判官の意見の相違に起因するのではないかと思われます。そもそも刑事訴訟法411条3号の「重大な事実の誤認」に該当する場合というのは、裁判官の自由心証主義(刑事訴訟法318条)を規律する「経験則、論理則に基づく判断過程に誤りがある場合もしくは誤りがあると十分に疑われる場合」とされておりますが(この点は多数意見も少数意見も同じです)、多数意見は、たとえ例外的であっても最高裁の裁判官が「事実認定」をすることが許されるケースでは、事実認定の結果については裁判官は「無罪推定原則(疑わしきは被告人の利益に)」に十分配慮すべきではないか、と考えるものであります。したがいまして、多数意見の判決内容は、「被告人が有罪であるとの心証を得るには合理的な疑いが生じる」とか「被害者の証言の信用性に一定の疑いの余地がある」といったような(歯に物がはさまったような)言い方ではありますが、その結果として最高裁の裁判官自身の事実認定作業の最後に無罪推定原則を持ち出すことにより、無罪判決へと結論付けることになります。

いっぽう、少数意見のおふたりの判断は、そもそも我が国の裁判所では、裁判官が直接主義、口頭主義によって自由な心証を得て事実認定をするのが原則であって、たとえ最高裁が事実認定を例外的に行うとしても、それは事後審制のもとでは書面によるものにすぎない、したがって事実認定については原審、控訴審の判断を最大限尊重するのが当たり前であって、被害者や被告人を面前で調べてもいない以上は謙抑的に権利行使すべきである、という思想が流れているように思われます。したがいまして、たとえば第一審や原審(控訴審)の事実認定を行った裁判官の経験則や論理則が明らかに不合理といえるような場合に限って刑訴法411条3号事由に該当すると考えますので、先にご紹介したように、不合理かどうか、無理があるかどうか、といった断定的な判断に終始することになります。

もちろん多数意見も、最高裁が事実認定に積極的に口を出すのはレア・ケースである、というところをきちんと絞りをかけています。判決冒頭において、痴漢捜査の危険性(冤罪可能性)を明確に述べ、しかしながら痴漢被害者が泣き寝入りをすることは許されないことから、今後も被害者供述のみによる立件の可能性を認めつつも、その裁判審理における被害者供述の慎重な取り扱いを求めています。その具体化として、上で述べたような無罪推定原則も裁判官の経験則や倫理則の一部を構成する、といった判断や、詳細な証言や臨場感のある証言といった表面的な供述内容だけで信用性を判断することへの警鐘、といったことが問題とされているわけであります。つまり、痴漢事件を強制わいせつ罪や条例違反によって摘発する場合の特殊性(人権と人権のぶつかり合い、司法制度による事実認定の限界)ゆえに、あえて口を出さざるを得ないということなんでしょうね。

こうやって多数意見と少数意見を比較してみますと、結論は正反対ではありますが、その思想については紙一重の違いといっても過言ではないと思います。この判決文を理屈でもって(突き詰めて)考えていきますと、「被告人は痴漢をしたかもしれないけど、その証拠が揃わなかっただけである」とか「被害者女性は、なにかの目的をもって、ウソの証言で無実の人を陥れたのかもしれない」といった言葉で表現されてしまうかもしれません。しかし、この最高裁の裁判は、そのようなことを議論することが主たる目的ではない、ということであります。多数意見に与する裁判官と少数意見を書かれた裁判官の両者に共通して言えることは、「神でもなければ、過去の真実に近づくことはできない。人間が過去の真実に近づく以上は、その権限行使は(人間の能力を超えているという)畏敬の念を以て、謙抑的でなければならない。それでも、被害者が存在する以上は、誰かが過去の真実に近づかなければならない。」といった、人間の力への過信を戒める言葉ではないでしょうか。昨年11月の迷惑防止条例違反に関する最高裁判決においては、女性のふとももを執拗に撮影していた男性について、ひとり無罪の少数意見を書いていた田原判事が、今回は有罪とする少数意見に回っておられますが、法の下における裁判官の姿としては、至極全うなものだと認識いたします。最高裁の裁判官は、常に法の下で理性的判断を怠らない職責を担っているものと信じております。(すいません、ではビジネスマンは今回の判決をもとに、満員電車ではどのようにふるまうべきか、ということも書こうと思ったのですが、長くなりましたので、別のエントリーで書きたいと思います)

PS 昨日の速報版のほうで、下着の上から触った場合には条例違反だと書きましたが、交通ルールさんのご指摘では、「最近の判例では、スカートをまくって下着の上から触った時点で強制わいせつ罪の実行の着手が認められる」そうであります。ご教示ありがとうございました。(ずいぶんと厳しくなっているのですね)

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2009年4月14日 (火)

必読!!痴漢事件・最高裁逆転判決(速報版)

すでにマスコミ各社で報道されているとおり、防衛医大教授の強制わいせつ被告事件につきまして、本日逆転無罪の最高裁判決が出ました。(すでに最高裁HPにて判決全文が閲覧できます)ひさびさに背筋がゾクゾクとするような判決文です。これはプロの法律家であれば必読でしょう。裁判官5名のうち、反対意見2名という僅差の多数判断ですが、ビックリするのは「被告人は本当に痴漢をしたのか、しなかったのか」という点だけでなく、「被害者の供述は詳細で理路整然としており、時系列的にも合理的である」といった一般的な供述の信用性判断の手法を批判し(これ、涙が出そう・・・・!裁判員制度にも大きな影響を与えそうです)、かつ事後審制の法律審たる最高裁の「事実審理の在り方」にまで論争がなされている点であります。これはおそらく学者の先生を交え、大いに今後論争される判決になるものと思われます。また、きちんと判決全文を読んでからエントリーしたいと思います。(とりいそぎ、速報版です)

※ちなみに、私が痴漢被告事件を扱った経験からすると、満員電車のなかで「下着のなかに手をいれた」場合は強制わいせつ罪、「下着もしくは服の上から触った」場合は大阪府条例(迷惑防止条例)違反罪として立件されるのが通常かと思われます。(なお、交通ルールさんのご指摘により、スカートをめくって下着を触った時点で強制わいせつ罪に該当する、とのことのようです。また確認させていただきます)

※なお、裁判官が述べているとおり、本件は被害者であるAさんの証言が信用できない、というものではなく、記憶違いや人違いなどについての可能性がないことに「合理的な疑いが残る」というものであります。このブログも、冤罪者支援とか、痴漢被害者支援といった立場からではなく、冷静に事実審理の在り方を考える、というスタンスで述べるものであります。(あしからず)

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2009年4月13日 (月)

三菱UFJ証券個人情報流出事件にみるリスク管理のむずかしさ

4月8日付けで三菱UFJ証券さんが個人情報流出の被害に遭われた方々に送付した「お詫び」文書を入手いたしました。とくに報道された内容やHPで公開しているところと変わったことは書かれておりません。警察と協力して、全容が解明され次第、また改めてご報告します、ということと、流出した情報内容(年収区分や勤務先の役職等を含む)、名簿業者3社への対応、名簿業者の販売先への使用中止要請等の活動内容も付記されておりますが、なんら具体的な進捗状況については記載されておりません。流出させた元社員が全ての顧客情報を売りつけようとしたところ、名簿業者側より、新規顧客しか情報の価値がないとされたことから、平成20年10月以降に新規に口座を開設した顧客のみの個人情報が売却されたわけですから、被害者側とすればこの名簿業者の氏名住所も知りたいところですよね。(損害賠償請求の被告になりうるわけですし、また三菱UFJ証券さんに損害賠償を求めるにしても、被害と情報漏洩行為との因果関係を立証するためには名簿業者の特定が必要ではないかと。)現時点では警察捜査との関係で、明らかにされないでしょうが、時期をみて個人情報流出の被害者には公開していただきたいところであります。三菱UFJ証券さんが完全な補償ができないのであれば、せめて被害者らの自力救済の道だけは保証すべきでしょうね。

しかし、元社員の供述によると、消費者金融からの借金返済のために、(しかも売却額は30数万円だとか)このような個人情報漏洩の事件を起こしたしまった、ということについて、なんとも金融機関のリスク管理の恐ろしさを痛感するところであります。そもそも個人情報にアクセスできる人間が8名で、他のアクセス権者のIDとパスワードを使用して自ら管理していたパソコン端末によって情報にアクセスしていた、ということですから、社内調査が開始されれば容易に情報を漏洩した人間が判明するものと(冷静に考えれば)理解できるとこだとは思うのですが、やはりせっぱつまった状況にある人間にとっては、自分にとって都合の悪い結果となる予測というのが正常にできなくなるのかもしれません。(自分でネット情報から名簿業者を探しだした、という事情にも、なにか元社員が金銭を必要とする切迫性が感じられます。そういえば公認不正検査士の研究会でも、同じような金融機関の不祥事が紹介されていました。倫理研修は、そもそも正常な判断ができる状況にある社員には理解できても、個人の諸事情により、そのような正常な判断ができない状況に陥った社員にはほどんど効果がない、といわれるところであります。)おそらく元社員としては、顧客から多くの問い合わせがなされることはないだろう、といった短絡的な予測があったのではないでしょうか。(ただ、流出させた情報には「年収区分」がありますので、特定の顧客に勧誘が殺到することについては容易に予想がつくところではないかと思うのでありますが)

さて、こういった不祥事の発生が報道されますと、金融機関のリスク管理が甘かった、とするコメントがよく出てきますし、実際にリスク管理が不適切であったことも認められるかもしれませんが、これまでも銀行や証券会社において、こういった個人情報漏えいなど、自社にとって不都合な事件が正直に公表されていたのか、という疑念もありますし、また顧客からの苦情(問い合わせ)に対して、これまでも誠意をもって社内調査を開始していたのかどうか、といった疑念も残りますので、なんとも言えないところであります。また、本事件につきましては、情報管理対策の限界を超えるものとして、「内部統制の限界」事例として処理されるのかもしれませんが、せめて再発防止策・・・という観点からは、本件が発覚した経緯から、漏洩社員が特定されるまでの事情を広く社内に報告し、「金融機関のリスク管理が厳格化してきており、情報漏えいは犯人が容易に特定できる」という認識を、ひとりでも多くの社員が共有することにあるように思われます。

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2009年4月11日 (土)

内部通報に接した取締役の「遵法行動」の重要性

ひさしぶりの企業コンプライアンス関連の話題ですが、10日に報道されましたダイキン工業社の不正会計事件のニュースと、ニチアス社の性能偽装事件の提訴ニュースを読みました。いずれも内部通報の取扱が大きなテーマのようであります。ダイキン工業社の場合、匿名通報について、ただちに担当取締役のところへ情報が届き、不正会計処理の(合理的な?)疑いが生じたところで適時開示の手続きをとられたようであり、(大きな不祥事といえども)速やかな公表手続き(外部調査委員会の設立も含め)で対応されたようです。(なお、先の毎日新聞ニュースによると、不正会計処理分について、一括処理方式を採用するのか、個別処理方式をとらざるをえないのかは、未定のようです。)いっぽう、時代は若干異なるとはいえ、ニチアス社の場合も、社員からの性能偽装の連絡が元専務取締役のところで届いたようですが、これを役員会に報告せず黙認していたとのこと、そしてこの黙認が、その後の長年の性能偽装隠ぺいの発端となったようです。(後日、元社長が「これを公表してしまっては、改修費用が莫大なものとなり倒産のおそれすらあるから隠ぺいした」可能性があるようです)

とりわけニチアス社のニュースを読みますと、取締役が性能偽装を指揮命令した、ということで提訴されたわけではなく、いずれの役員の方も、社内において性能偽装が行われていた、ということについて知っていながら、これを隠ぺいしたことの違法性が問われているようであります。ダスキン事件ではありませんが、ひょっとするとニチアスの損害賠償請求事件については、真正面から「取締役の不祥事公表義務」の存否が問われるような裁判になるかもしれませんね。ただ、(元専務の方を除き)長年における性能偽装の事実を知った時点において、もし公表していたならば会社に発生したであろう(改修等工事費用の)損害額と、昨年の時点において、公表され(報道され)たことによって現実に発生したニチアス社固有の損害額との間において、どれほどの差があるのか、また、その差額は取締役らの不祥事隠ぺい行為との間に相当な因果関係は認められるのか等、いろいろな法律上の争点が出てきそうな気がします。

また、こういった内部通報による不祥事情報が担当取締役のところへ届き、ある社員の不祥事が認められた場合、次に問題となるのが内部通報で告発された事実以外の事実への調査の要否であります。告発された社員が他の部署で同様の不祥事を行っていなかったかどうか、逆に告発社員以外の社員も、同様の不祥事を行っていなかったかどうか、といったあたり、不祥事が財務報告に与える重要性の関連性なども考慮しながら、企業としてはどこまで調査をすれば「調査義務を尽くした」といえるのか、悩むときもあると思います。

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2009年4月10日 (金)

謎の同志社ロースクール聴講生(ビジネス法務とは関係のない話題)

(きょうはビジネス法務関連のエントリーではございません。ただのつぶやきです。)

本日、同志社の法科大学院のゼミ第1回目の授業に、著名な某法律学者の方が「聴講させてください」といって、階段教室にお入りになったような・・・。(もちろん研究目的のご聴講だと思いますが)いや、なんかそんな気がしました。「あれ?まさか・・・・そんなことないよな・・・」とも思ったのですが、目の前におられるのは、たぶんあの方。なんで??いちおうごあいさつはしましたが、たぶんよそよそしく感じられたに違いありません。ブルドックソース事件判決が話題になったときなど、私はチラチラ、その聴講生の方を見てしまいました(^^;

すいません、もっとお話ししたかったのですが、第一回目の授業ということもありまして、こっちもバタバタしておりました。たいへん失礼をしてしまいました。今度は私の方が東京で聴講させてください。

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2009年4月 8日 (水)

クロスボーダー取引とインサイダー規制(Jブリッジ事件)

(9日未明 三菱UFJ証券の個人情報流出事件に関する追記あります)

三菱UFJ証券の元従業員が49,000人分の顧客情報を不正に売却したそうで、これはえらいことになってしまいましたね。かなり大きな部類に属する不祥事に発展しそうですね。とくに報道では昨年10月以降に新規に口座開設した顧客ばかり・・・のようですから、これっていわゆる「タンス株」の保管口座を開設された顧客さん(「株券電子化」に伴って、かけこみで口座を開設された方々、つまりこれ以上ない優良顧客さん)ばかり、ということですね。今後の被害拡大防止策をどのようにとられるのでしょうか。

さて、日経新聞夕刊を読みますと、東証二部上場の投資会社ジェイ・ブリッジ社の元会長さんがインサイダー取引容疑で逮捕された、と報じられています。(多くの上場会社が決算公表を控えているからか、最近またインサイダー取引の摘発に関する報道が多くなってきたような・・・)

今度はクロスボーダー取引だそうですね。日本市場で取引されたわけですから、犯罪の属地主義には問題ないと思いますが、シンガポールの銀行口座を活用しての犯行ということで、普通ならSESCもなかなか証拠がつかめないところですよね。ただ、日本とシンガポールとの間においては、平成13年12月にMOU(証券規制当局間における情報取極め)が合意されていますし、すでに平成16年には、こちらのリリースにあるように、シンガポールには「貸し」があるようですから、今回も、こういったシンガポールと日本との特殊な事情によって摘発が可能になったのではないでしょうか。(もし、間違っておりましたらどなたかご指摘いただけますと幸いです)

平成19年には金融庁「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディ・グループ」における中間報告書のなかでも、海外当局との連携の強化について今後の課題とされておりますので、今後も国際的な情報取極めが進んでいくものとは思いますが、依然として、クロスボーダー取引については(証拠収集の困難性、という意味において)インサイダー摘発が原則としては困難な状況にあることは変わりないのではないかと(勝手に)想像しております。(そんなことないですよ!というご意見、情報等ございましたら、どうかよろしくお願いいたします)

(追記)こちらの産経ニュースによると、シンガポール、インドネシア、香港等、現在6つの国・地域と覚書を締結しているようですね。

(9日未明 追記)朝日新聞ニュースの続報がたいへん詳しく報道しているようで、実際に流出したのは全顧客の個人情報だったようです。(ただし名簿業者に売却が確認されたのが49000人分とのこと)8日、三菱UFJ証券は、個人情報が流出した顧客に対して、一件ずつお詫びの電話をしているようです。また、9日にはその顧客に対して、情報漏洩に関する相談窓口の説明を含む、事件の概要について文書にて連絡をされるようですね。実際に名簿業者から、どれほどの業者にわたっていったのか不明な点が多いようですので、顧客には多大な不安が残ります。それにしても、同証券会社にわずか8名しか存在しない顧客情報に対するアクセス権者のうちのひとりが、こういったたいへんな不祥事を起こしてしまうということに、コンプライアンスの脆さを感じざるをえません。甘辛せんいち先生も、コメントで指摘されているように、再発防止策のあいまいさを関係者処分で取り繕うことだけはしてほしくないと思います。

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過年度決算訂正の法務(本のご紹介)

Kanendo 別に福島銀行が誤配当によって行政処分を受けたから・・・というわけではございませんが、霞が関での某団体の会議終了後、弁護士会館地下の書店で購入したのが「過年度決算訂正の法務」。(弥永真生編 中央経済社)題名と編者のお名前をみて、思わず衝動買いしてしまいました。

まだ途中までしか読んでおりませんが、実におもしろい。過年度決算訂正という、上場企業におけるクライシスマネジメントについて、まず、読み手にわかりやすいようにきちんと機能的に単元を整理しているところが素晴らしいです。(おそらく、これだけ整理されているのであれば、このテーマの流れで「過年度決算訂正について」と題する講演も可能ではないでしょうか。)つぎに、執筆者の問題解決のための自説が展開されているところが良いですね。金商法を解説する本というのは、条文や改正点などを丁寧に紹介するものはあっても、解釈上の問題点を指摘して、自説を論じるものは(著名な学者の方の基本書を除き)少ないと思います。(したがって、執筆者の見解については、おそらく賛否分かれるかとは思いますが。たとえば「内部統制と相当の注意の抗弁」あたりは、私個人としては異論のあるところですし、「公表」時期をどこに求めるか?といった解釈上の論点についても説が分かれるかもしれません。)そして、何といってもこれまで法律家の立場から「過年度決算訂正に係る法的な論点」を扱う本はほとんどなかったところでありまして、非常に新鮮です。関連するテーマを扱った論文なども紹介されており、そういった情報収集のためにも2400円は安いなぁと感じました。おそらく、当ブログに毎日お越しになられている方々なら、ご関心のあることが全編語られております。なお、第6章に盛り込まれている「過年度決算の訂正という危機に直面したときの企業の対応」につきましては、ちょっと前の旬刊経理情報や、トーマツさんの「企業リスク」にも特集が掲載されておりましたので、そちらも参考になるかと。

若干、表の説明などに首をかしげるような誤記がありますが(たとえば140頁あたり143頁の「公表 開示が価格に与える影響の仮設例 」と題する説明図)、そういったことなど気にならないほどに、目新しい論点解説に挑戦されており、会計士さんと経営者との世界だった「過年度決算訂正問題」に、法律的観点を盛り込んだところは敬意を表したいと思います。(もうすこしきちんと読んで、勉強させていただきます)

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2009年4月 7日 (火)

内部統制報告制度「重要な欠陥」にも敗者復活戦はある。

先週金曜日にリリースされた「内部統制報告制度に関するQ&A(追加分)」を眺めておりまして、報告書の記載内容に関する問106(付記事項)がちょっとひっかかっておりました。問いは「付記事項については、どのように記載することが考えられるか」ということですが、評価日(期末日)時点において、当該企業の内部統制に「重要な欠陥」があり、内部統制は有効と評価することができない場合であっても、内部統制報告書提出日(たとえば3月末が評価日だとすると、6月末ころ)までの間に、この重要な欠陥を是正する措置をとった場合には、これを付記事項として記載することが可能であります。

私がちょっと勘違いしていたのでありますが、このQ&A106問においては、内部統制府令第一号様式記載上の注意(9)(←内部統制府令に添付されています)が引用されておりますが、この注意書きを読みますと、是正措置を記載することができる、とあるだけで、経営者が是正の結果、有効性の判断まで記載することができるのかどうか、ということについては記述されていないのですね。この問106には参考記載例が添付されておりまして、その記載例には、リース会計を適切に反映させるべき財務諸表を作成するについては「重要な欠陥」が残るものの、期末後の全社的対応による是正措置が施され、その結果、報告書提出日までには重要な欠陥は認められず、内部統制は有効と判断する、といった付記事項になっております。したがいまして、この問106を読んだ際、ちょっと違和感を感じたのでありますが、あとで実施基準を読みなおしてみますと、経営者は内部統制報告書提出日までの間に、重要な欠陥を解消するための是正措置をとるだけでなく、その是正措置により、内部統制が有効であることを確認できる・・・ということになっております。(提出日までに経営者が是正措置による有効性を判断した場合の、内部統制監査人の確認手続についても、よく読むと書いてありました)

つまり、内部統制報告書というのは、期末日時点では内部統制が有効とは認められない場合であっても、その後の3カ月の間の会社側努力によって、同じ報告書のなかに「有効になりました!」と復活の宣言を記すことは可能になっております。もちろん、期中から重要な欠陥と評価されるおそれのある不備を是正していたような上場企業担当者の方々からすれば、あまり関係のない話かもしれませんが、現時点におきまして、とりわけ決算財務報告プロセスに問題を抱えていらっしゃる企業の方々からすると、こういったことも知識としては知っておいたほうがいいのかもしれません。(ただ、報告書の記載要領に関するQ&Aからしますと、どんなに悪戦苦闘しても、期末日までに重要な欠陥が是正されていればサラっとした報告書で済むわけですから、期末日までに是正されることにこしたことはありませんが・・・)

しかし、今回のQ&A追加版を読んでみて、よくよく考えてみますと、「重要な欠陥」の判定基準には二律背反の思想が流れていませんでしょうかね(^^;;?  たとえば重要な欠陥の判定においては「監査人から指摘を受けた構造的な問題を自律で解決できないか、もしくは解決しようとしない場合」が重要な欠陥と判定される(つまり、そんなひどい状況だけを重要な欠陥と評価すればいいですよ、といったニュアンス)ということであれば、今度はもし重要な欠陥が認められるケースの是正については、そういった構造的な欠陥がある以上は容易に是正が認められないのが筋だと思うのでありますが、実際には、先の付記事項のように3カ月ほどの間に是正措置が行われ、その運用評価や監査人による確認手続までとられて、しかも有効性の評価までできてしまう・・・ということを認めるのは、ちょっと矛盾しているのではないでしょうかね?もちろん、できるだけ重要な欠陥の判定は(一年目ということもあり)緩めに考えましょう、といった思想のもとでの対応だとは思うのでありますが、要件を緩くすれば、そこからの脱出は厳しくなり、逆に要件を厳格にすれば、そこからの脱出も容易になる・・・というのが「重要な欠陥」判定の正しい概念でありまして、要件もユルユル、脱出もユルユルというのは、二律背反に陥っているのではないかと思うのでありますが、どうなんでしょうか。

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2009年4月 6日 (月)

シャルレ株主損害賠償請求訴訟がガバナンス論議に与える影響

4月3日は東京の海運会館で開催された日本内部統制研究学会主催の第一回公開セミナーに参加させていただきました。400名以上の会員や上場企業の関係者の皆様がお越しになられたようですが、ちょうど前日の午後7時に金融庁から「追加Q&A」が公表されたこともありまして、(まぁ、ご異論もあるかもしれませんが)タイミングの良いセミナーだったように思います。もちろん、この追加Q&Aに関連する内容の解説が中心となりました。このセミナーの件では、何点が興味深い論点解説がございましたので、また追って感想を書かせていただきます。

さて、前回エントリーで4月3日は、某所より重要なリリースが出るかも・・・と触れておりましたが、日本監査役協会のHPから「コーポレート・ガバナンスに関する有識者懇談会報告書」が公表されました。(ちなみに、監査役協会の理事会で一括して承認されたのでしょうか、ほかにも内部統制報告制度最終アンケート調査結果報告や、会計監査人との連携に関する実務指針、内部統制報告制度下における監査報告書作成の留意点など、監査役の方々には実務上極めて重要な報告が併せてリリースされております。全部目を通すだけでもかなりの時間を要しますね。)今後とりまとめが予想されます経産省企業統治研究会や金融庁スタディグループでの議論と同様、コーポレート・ガバナンスの在り方を検討するうえでは貴重な報告内容になっておりますので、(たいへん長いものですが)週末はこれをきちんと拝読させていただきました。

さらにもうひとつ、今後のコーポレート・ガバナンス論議に影響を与えそうなニュースが4月4日の日経新聞朝刊に掲載されておりました。もうすでにネット上でも報道されているようですが、シャルレの個人株主の方々が、MBOに失敗した同社の元社長と、(おそらく)社外取締役3名を相手として、TOB賛同表明直後の株価800円(TOB価格は800円)と、TOB結果報告直後の価格300円の差額について、損害を被った責任を追及する(損害賠償請求訴訟を提起する)方針を固めた、とのことであります。一般的にはMBO事案の場合には、少数株主による裁判として、MBO手続きを差し止めるか、MBO価格の不当性を主張して価格決定申立て(株式買取請求権行使)というのが連想されますが、今回はMBOの失敗の原因については、社外取締役を含む全取締役に違法行為があったとして失敗責任を追及する、というものですから、少数株主というよりも一般株主の被害に関する事件、と認識しております。

平成20年12月2日付けシャルレ社のリリース「当社株式に対する公開買付けに関する最終的な意見について」を読みますと、社外取締役3名の方々が「TOB賛同の意見表明」から「賛同できない、との意見表明」へと転じた経緯が詳細に述べられており、社内調査の結果を(新たに)斟酌したことや、意見訂正について法律実務家による支援を受けたことなど掲載されておりますので、それなりに社外取締役の方々の言い分もあるかとは思いますが、一方におきまして、原則として撤回ができないTOB(金融商品取引法27条の11第1項 もちろん、買付け予定数に満たない買付け希望数の場合には買付けを行わない条件はついておりますが)について、会社側がTOB賛同の意思表明を行った場合には、プレミアム価格あたりまで株価が上昇することは当然のことでありますので、TOBの成否を握る会社側の意見が急変するとなりますと、TOBが不成立となり、多額の損害を被る株主が出てくるのは当然に予想されるところであります。おそらくMBOという「構造的に利益相反状況にある」なかでの社外取締役の行動の適法性について、今後の裁判で争点になるものと思われますが、価格決定について、自身の利益相反が問題となる社内取締役の行動(これはレックスホールディングス事件の高裁判断が参考となりますが)ではなく、「委員会設置会社における社外取締役」というまさに株主の利益保護を純粋に検討することが期待される立場の方々の行動の是非(善管注意義務違反、忠実義務違反)が裁判上で問題とされる、というのは、おそらく初めてではないでしょうか。

裁判の予想などは、ちょっと差し控えさせていただきますが、このシャルレ株主損害賠償事件(5月上旬提訴予定)に関する報道を読んで、さきほどの有識者懇談会報告書で期待されている監査役の職務(妥当性監査への期待)を考えますと、「はたして、監査役はシャルレ型の損害賠償請求に耐えるだけの覚悟はあるか」といった感想を抱いてしましました。案件のシャルレ社の場合は委員会設置会社(なお、今度の定時総会で機関設計については変更される予定だそうですが)ですので監査役は存在しませんが、もし監査役設定会社であったとすると、同様の事案においては監査役がどのように行動すべきであったかが、問題になっていたかもしれません。上記「有識者懇談会報告書」におきましても、大規模第三者割当増資や買収防衛策の導入や発動への意見表明、会計監査人の選任や報酬決定、内部統制評価(財務報告に限られない)に関する監査役の積極的関与など、業務執行(経営判断)に関する意思形成過程への関与が前向きに提言されておりますが、翻って考えますと、監査役の職務が「妥当性監査」にも踏み込んでいくことになりますと、さきほどのシャルレ社の社外取締役同様、公正中立な立場で株主の利益のために行動することが期待されるがゆえに、一般株主に損害が発生したような場合には、その行動の是非が裁判において問われる可能性も高くなるのではないでしょうか。これは、粉飾決算が発覚した場合に監査役に問われるような「本来型の監査責任」とは、また違った意味で重大な問題ではないかと思います。監査役の方々の意識改革だけでなく、執行側の意識も変わっていかなければ、なかなか監査役の職務権限の積極的な行使というこが浸透していくことはないかもしれませんが、監査役のリーガルリスクが高まるのであれば、シャルレ社の社外取締役さん方のように、法律事務所等、リーガルサポートを要する場面も(とりわけ有事においては)不可欠になるのではないか、といった印象を(上記有識者懇談会報告書を読んで)強く感じたような次第であります。

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2009年4月 3日 (金)

金融庁「内部統制報告制度Q&A(追加分)」出ましたね

先日の公認会計士協会の研修あたりで、金融庁の方が「そろそろQ&A追加版をリリースしますよ」と予告されておられたそうですが、予告どおり、かなりの分量のQ&A追加分が4月2日にリリースされました。(問68~107;内部統制報告制度Q&Aの再追加について)まだ全部をきちんと読めておりませんが、最初のほうをサラっと読んだ感想だけ少し記しておきます。なお4月3日は、また某所より、たいへん重要なリリースが出るかもしれませんよ・・・(^^;;

今回は「重要な欠陥」の判断基準(有効性評価方法の具体例)、M&Aに関わる子会社異動に関連する課題、(時節柄)親会社・子会社の業績変動に伴う評価範囲や事業拠点変更の要否、付記事項・特記事項に関連する課題、その他内部統制報告書記載上の注意点(参考例を含む)など、かなり内部統制府令における「一般に公正妥当と認められる経営者評価の基準」の解説としては、イメージしやすいものになっているのではないかと思います。

前半部分に何度か「監査人から指摘された誤りが、会社の内部統制によって防止・発見できなかったのかどうか、という観点から検討する必要があるものと考えられる」と出てきますが、要するに、たとえ財務報告に誤りがあったとしても、その誤りを訂正することが会社の自力でできるものであれば重要な欠陥とはされず、誤りの原因がわからなかったり、原因を探すこともしないような体制であれば、その質的、金額的重要性を勘案したうえで重要な欠陥ありと判断する、ということでしょうね。また、そういった判断については監査人と協議をしないと、適正意見はもらえない可能性もある、ということですね。ただ、逆に考えますと、決算情報に誤りが認められた場合(指摘された場合)、はたして当該企業に「財務報告を法令等にしたがって適正に作成されるための体制があるのかどうか」というかなり規範的評価を会社自身でしなければならないため、内部統制報告書には、そのあたりの説得的な合理的理由を付する必要が出てくるでしょうし、文書で述べられたところを監査人は審査することになるので、やっぱりむずかしい判断が要求されるように思います。(金額的重要性・質的重要性の判断や、代替統制、補完統制の有無に関する判断などでなんとかむずかしい判断を回避できるのかもしれませんが)

また、取締役らが善管注意義務を尽くして、その内部統制を構築(整備・運用)したとしても、重要な欠陥が残るかどうかは別問題であり、その開示は必要である・・・ということがかなり明確になったQ&Aだなぁと理解しましたが、いかがでしょうか。なお、後半部分の報告書の参考例なども、なかなか面白いですね。

4月3日、日本内部統制研究学会の公開セミナーに参加させていただきますが、金融庁の方の解説もございますので、ひょっとするとこのQ&A追加分に関する話題も提供されるかもしれません。また情報が入手できましたら、すこし補足させていただこうかと思っております。また、皆様がたのQ&A追加分等に関するご意見、ご感想がございましたら、せっかくの機会ですので、こちらのブログのコメント欄にお書きいただけますと幸いです。(私は回答できるほどの能力はございませんが、ひょっとすると有識者の方の参考意見が聞けるかもしれませんので。。。)

PS

問81におきまして、内部統制報告書提出の際、取締役会の承認が不可欠というわけではない、との回答がなされております。このあたり法律家の立場から、どこまで経営者が関与すれば「経営者が評価した」(善管注意義務を尽くした)といえるのか・・・ということを考えるには、週刊経営財務3月30日号の「経営者評価のスケジュールの再確認および留意点」(あずさ監査法人の代表社員の方が書かれたもの)が非常に参考になると思います。担当者、経営者、監査人間の情報提供の在り方がうまく整理されていて、ひとつのモデルケースをそれぞれの会社で決めるときの参考になるでしょうし、後で経営者が本当に評価したといえるのかどうか、法的な判断基準を定立するためのヒントにもなると思われます。

(4月3日午前 追記)さて、2月12日のこちらのエントリーのPS でも少し触れておりました福島銀行の誤配当の件ですが、やっぱり「地方新聞にちょこっと掲載されただけでは済まない」問題に発展してしまったようですね。(日経ニュースはこちら)「誤配当」という結果からではなく、こういった配当を発生させる内部管理体制に問題がある、とのことのようですが、まさに内部統制報告制度Q&Aの金融庁の考え方に合致しているような・・・・・

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2009年4月 2日 (木)

「内部統制の本質と法的責任」(本のご紹介)

Cimg0989_320 内部統制報告制度も評価日を迎え(3月決算会社)、「経営者評価」という、もっとも「J-SOXと法的責任」に関連する重要な時期となりました。この時期に、(社外取締役ネットワーク関西勉強会でご一緒させていただいている)著者の方から頂戴した新刊書が「内部統制の本質と法的責任~内部統制新時代における役員の責務~」(コンプライアンス研究会編著 財団法人経済産業調査会 3,200円税別)です。初版発行日である4月1日を超えても、まだネット上で販売されていないようですので、私が撮影した写メで失礼いたします。

冒頭10ページほど河本一郎先生の「推薦のことば」が掲載されておりますが、関西の弁護士を中心として、大学教授、トーマツ代表社員、元RCC執行役員、証券取引所関係者、企業実務家等の方が参加した3年にわたる研究会の成果として出版されたものであります。この本の特徴は、なんといっても企業会計審議会意見書で用いられている「内部統制」の概念の内容を明らかにして、これを中心にすえて法的責任を論じているところであります。たとえば、「第二章においては、「基準」が掲げている①業務の有効性と効率性、②財務報告の信頼性、③事業活動に関わる法令等の遵守、④資産の保全それぞれについて、会社法上の制度との関連でどのように理解されるべきかを検討している」(河本一郎先生の推薦のことばより)とのことで、実際に読ませていただきましたが、たしかに今後の内部統制報告書が提出される時代における裁判で使えそうな内容になっております。また後半167ページあたりでは、「内部統制システムの不構築と経営上の裁量」など、最新の日本技術システム損害賠償事件をとりあげて解説がなされていたり、内部統制システムの構築と企業の責任(両罰規定)、「証券取引所と内部統制システム」など、きわめて企業実務的に有益な内容が豊富です。単にこれまでの学者さんや実務家による成果をまとめて整理したものではなく、研究会会員の自説を積極的に展開して、(おそらく読まれる方も賛否あろうかと思いますが)、今後の裁判実務等への問題提起を多分に含む点においてたいへん興味深く読ませていただきました。

何度かとりあげました日本システム技術損害賠償事件(この本の中では、事例の紹介と判例解説もなされています)といい、先日の貴乃花名誉棄損事件新潮社裁判の事例といい、内部統制構築義務違反が代表取締役の「重過失」を構成する(会社法429条1項)、といった事例が出てきており、これに加えてもうすぐ「内部統制報告書」が提出され、企業には内部統制の整備・運用評価を文書化したものが埋蔵されており、裁判で活用されるかもしれない、という時代が到来します。財務報告の信頼性確保のための「内部統制」を中心にすえて法的論点を考察する、という取組についてご関心のある方には、お勧めの一冊であります。

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