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2009年4月23日 (木)

企業不祥事(データ改ざん)の公表とインサイダー取引規制

栗本鐵工所(東証一部)の販売代理店社員が、栗本社の「型枠強度試験データ改ざん」に関する企業不祥事の公表前に、その事実を知り、自らの計算において株取引(空売り)によって利益を得たとして、SESCが課徴金勧告を行った、と報道されています。(朝日新聞ニュースが一番詳しく報じているようです。またSESCのリリースはこちら。)最近、重要事実を知った社員のインサイダー取引事例というのは、もはや珍しいニュースでなくなってきているようにも思いますが、この事例は、「企業不祥事の公表」という、かなりレアな「重要事実」を取り扱ったものであり、また取引先社員が対象となっていることで、今後も同様の取り締まりが行われる可能性も高いように思われます。

この社員の所属する会社は栗本社の販売代理店たる地位にありますが、栗本鐵工所は自社における「データ改ざん」の事実を公表すると決めた後、販売先である高速道路会社に対して、この不祥事を公表前に説明しておこうと考えていたようです。(昨年末の伊藤ハム社が、迷惑をかけたくないと思って、OEM供給先に事前説明をされたのと似ているように思われます)そこで、自社からではなく、取引先の販売担当企業から(高速道路会社へ)説明するように依頼していたところ、その依頼を受けた担当者から、この社員は「データ改ざん」の事実を聞いていたようであります。

旧金融商品取引法(平成20年法律第65号改正前の金商法)166条の条文構造からみますと、栗本鐵工所担当者から、企業不祥事(の公表予定)を聞いた担当者(当該社員の上司)が、金商法166条1項4号の「契約締結者」に該当するため(契約の締結・履行・交渉に関して上場企業等の内部情報を知りうる立場にある者として)いわゆる「会社関係者等」に含まれ、その会社関係者等から栗本社の不祥事事実を聞いた「第一次情報受領者」として(同166条3項)、対象社員は(上場企業の重要事実を)その職務に関して重要事実を知った者に該当する、ということになると思われます。

つぎに栗本社の「製品の強度試験データ改ざん」という不祥事が「上場企業の重要事実」に該当するかどうか、という点ですが、これはSESCのリリース内容からみて、いわゆるバスケット条項を用いたものですね。(同法166条2項4号)つまり法律や政令でインサイダー情報に該当する「重要事実」として列記されている事実以外で、当該上場企業の運営、業務または財産に関する重要な事実であって、投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの、ということでありまして、この「データ改ざん」という企業不祥事には当該バスケット条項を適用できる、といった判断があったものと推測されます。企業不祥事といいましても、過去にも「上場廃止の原因となる事実」(同法166条2項2号ハ、たとえば西武鉄道有価証券虚偽記載事件)や、「災害または業務に起因する損害」(同法166条2項2号イ、たとえば日本商事事件)に該当するものはありましたが、純粋に企業の決算情報とは関連性のないところの不祥事について、これを「重要事実」と捉えたものは初めてではないでしょうか。

ところで、当該対象社員が職務上知ったのは(SESCのリリース内容からすると)「データ改ざん」の事実であり、「栗本鐵工所がデータ改ざんを公表する事実」を知ったことではありませんね。そうしますと、取引先の上場企業の不祥事といいましても、その不祥事がはたして公表しなければならないものか、それとも公表するほどのものでもないのか、そのあたりは問題にならないのでしょうか?(もし「データ改ざん」という発生事実自体が重要事実の対象となるのであれば、インサイダー取引規制に係る「軽微基準」の発想からしても、そのあたりが問題になるのではないでしょうか)このあたりは、インサイダー規制だけでなく、証券取引所規則における適時開示の対象事実になるのかどうか、という場面においても問題になるように思われます。企業不祥事も、その不祥事発生によって業績に大きな影響を与えるような損害が予想されるものと、不祥事の公表によって業績には関係なく(公表によるレピュテーションの毀損により)株価が低下するものとがあると思います。前者は「発生事実」として列記されているものを指しますが、後者は仮に公表されたとすれば投資判断に著しい影響を与えると思われるような不祥事を指すものと考えられるのでありますが、このあたりの整理はどうなんでしょうか。情報開示のルールが厳格になるにしたがって、そのルールを「ズルして」守らない人達にペナルティを課すことまでは金商法の守備範囲だとは思うのでありますが、企業経営者が不祥事を公表すべきかどうか(つまり公表に値する不祥事かどうか)、という規範的な問題を論じることは会社法の世界の問題であって、そこにバスケット条項を適用して判断するというのも、なんとなく違和感を覚えます。結局のところ、たとえば本件では「試験データの改ざん」という不祥事は、企業自身が発見した場合には、(監督官庁および一般消費者等への)公表、報告、届出の義務が別途行政法規によって課されていて、金融庁が判断するまでもなく、企業の法令遵守によって公表される蓋然性が極めて高い、ということからバスケット条項を適用すべきと判断されたのではないでしょうかね?つまり、企業不祥事が「重要事実」に該当する場合があるとしても、その不祥事の内容については、かなり限定された場合にのみ適用されるのではないかと推測いたしますが、いかがなものでしょうか。(後半部分はあくまでも私自身の推論によるものです。ひょっとすると、取引先といっても、栗本社と販売代理店企業という、重要事実からの距離が極めて近いことが、公表されることの蓋然性に影響を与えているのかもしれません。)

※1 そもそも強度試験データについて国に対する報告義務があるならば、そのデータの改ざんが発見された以上、報告義務があるのは当然かもしれませんね。

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