発行市場の健全化に向けて活用されるインサイダー規制
(5月14日追記あります)
5月8日の日経新聞(夕刊)に、「パリバ、虚偽報告の疑い アーバンコーポ増資引き受け、監視委員会が立ち入り」との見出しで、パリバのディーラーが、アーバン社とパリバ社との資金調達契約で合意された範囲外において、アーバン株を取引していたことが判明した、と報じられておりました。(一番問題視されているのは、そういった事実が社内で判明しておきながら、虚偽の報告をしたのではないか?といったあたりのようです。虚偽報告が認定されれば刑事罰適用や金商法52条による業務停止命令もありますし、もし認定されなくても業務改善命令の対象にはなるのでしょうね。)そもそもアーバン社の開示上の問題が発覚した際にも、BNPパリバ証券によるインサイダー疑惑が持ち上がっておりましたが、パリバの社外調査委員会の報告でも、このあたりは曖昧なままだった記憶があります。
最近の金融法務事情1866号(5月5日、15日合併号)では、証券取引等監視委員会の活動と題する証券取引等監視委員会の事務局次長さんの論稿が掲載されておりまして、内容的には昨年11月大阪で開催されました(東京証券取引所主催の)コンプライアンスフォーラムでお話された内容とほぼ同じような感じでありますが、やはり多くのページが「発行市場におけるインサイダー規制の活用」に関する旬のテーマに割かれています。先のBNPパリバに対する立ち入りについても、そのあたりの流れが影響しているのではないでしょうか。この事務局次長さんは、さすがエリート裁判官らしく、「会社法からみれば合法かもしれないが、金融商品取引法や民法原則からみれば違法性に疑問があるのではないか」といった法的な視点からも考察がなされており、なかなかおもしろい内容であります。(この合併号には、例のバージン諸島本籍企業の件で多くの会計士さんのブログで話題となっておりましたS総務課長さんの座談会記事などもあり、こちらも面白いですね)私など、インサイダー規制といえば、流通市場における取引監視・・・というイメージしか持っておりませんが、「市場監視」という視点からは、インサイダー規制をこれまで以上に広い範囲で活用することが今後の課題となっているようであります。
たとえば、大規模第三者割当増資の規制ということになりますと、法による規制なのか、証券取引所自主ルールによるのか、開示規制なのか、株主の関与まで要求する手続き規制なのか、といったガバナンス規制が議論されるわけですが、いっぽうで第三者割当が行われる企業が、未公表の重要事実を第三者割当先に伝達することが約束されていたり、第三者割当先の関係者が当該企業の取締役に就任して、未公表の重要事実にアクセスすることで第三者割当先が不当に情報を入手するなど、企業収益とは別のところで違法に収益を上げようとする企業行動をインサイダー規制によって取り締まる・・・というイメージだと思われます。(たぶん、このあたりが「発行市場へのインサイダー規制」の典型的な例ではないでしょうか)このあたりはご異論もあるかとは存じますが、業績不振に陥った上場企業にとって、第三者割当増資の道が閉ざされてしまうのも問題でしょうし、かといって現在のままでは、新興市場等を通じて、上場企業は好ましからぬ第三者の支配下となるため、一般株主が食い物にされる事態は防ぎたい・・というところで、事前規制と事後規制の適度な調和のもとで適正な市場規制が図られることになるのでしょうね。ということで、今後は発行市場に対するSESCの活動について注目してみたいと思っております。
(追記)本エントリーをご覧いただいた有識者の方より、以下のとおりコメントを頂戴いたしました。発行市場への「インサイダー規制の適用」というのは、インサイダー取引規制が発行市場に及ぶということではなく、上手に活用すれば発行市場の健全化につながる、という意味で用いたものでありますが、誤解を招く内容かもしれませんので、あえてコメントを掲載させていただきます。
これまでの法解釈では、発行市場(新たに発行される株式の取得勧誘・取得の申込)については、インサイダー取引規制の適用対象外となっています。法律上、新発の有価証券には「売買」や「売付け」「買付け」などの用語は使用せず、「取得」が使用されるため、文言上、新発にはインサイダーの適用はない、と考えられるからです。類型的にそのような取引パターンは対象外です。
かなり形式論ですが自己株処分は、条文の適用上はインサイダーに該当しうる(すでに発行された有価証券の売買であって、市場外での売買)のですが、情報の非対称性がない場面では、適用除外になってくると考えられます。すなわち、売主である会社は情報を知っていて、買主側である第三者も同じ情報を知っている場合に、この自己株処分の限りでは、インサイダー取引の規制を適用させるだけの悪性がない(適用除外である双方が同じ情報をしっているという要件に該当)わけです。ただ、2番目の要件である、相手方が売買後にインサイダー取引を行うと知っている場合はダメです。
SESC事務局次長がここで発行市場の問題をあげているのは、そこでの取引にインサイダーを適用するというのではなく、その取得者が流通市場などでいろいろ悪事を働くおそれが高いため、それ自体がブラックでないとしてもその後ブラックな行為が行われる蓋然性が高いことに着目してチェックしていく、すなわち通常は企業のリリースと流通市場での取引に不審なものがないか、という観点でチェックしていくわけですが、それとは別の角度から、当初から違法行為の可能性を疑って切り込んでチェックしていく、ということだと思います。
MSCBがかつてレッサーCBと呼ばれていた90年代後半、97・8年ころから、監視委員会は引受先による不穏当な市場での取引を問題視していましたが、その後、当初違法説にたっていたといわれる○○証券もこの商品に手を出し、かつその後そのチームが▽▽▽証券に移って、あたかもまともな商品であるかのように扱われる時期が一時的にありましたが、そもそも特定の者が新株発行・新株予約権付きの社債を取得する場合、その後に市場でグレーまたはブラックな取引をすることにつながる(または当初から意図している)ことが多いのは、なにも今に始まったことではないと思います。
たいへん勉強になりました。(どうもありがとうございます。なおコメントの内容につきましては、一部修正をしております)
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