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2009年5月13日 (水)

意外と難しい会社法と刑事法との接点

新聞ではあまり報じられていないようでありますが、横浜市に本社のある電気機械製造販売会社の元社長さんが、会社法963条(会社財産を危うくする罪)違反の被疑事実によって逮捕されたそうであります。会社法では、取締役や監査役が株式会社の目的範囲外で投機取引のために会社財産を処分した場合には、会社財産を危うくする罪として構成されておりますが(会社法963条5項3号)、この元社長さんの行為については、株の信用取引はリスクが大きく、投機取引にあたる、として横浜地検が立件に踏み切ったそうであります。(朝日新聞ニュースはこちら)なるほど、過去の判例でも、化粧品・雑貨の卸売りを業とする会社の代表者が、大量に穀物等の商品取引を行うため会社財産を処分する行為につきまして、それは「社会通念に照らし、定款所定の目的にそう業務またはその遂行に必要な付帯的業務の通常の範囲内にあるとは認められないので」会社財産を危うくする罪として成立する旨の最高裁決定がありますので(最高裁決定昭和46年12月10日 判例時報650条99頁)、そのあたりからも今回の事件が立件可能であるとの地検の判断に至ったのだと思われます。

そういえば、先日も(当ブログでも議論いたしましたが)新潟市に本社のあるプロデュース社の会計監査を担当していた会計士の方(すでに逮捕されましたよね)につき、会社法967条(取締役等の贈収賄罪)で立件する方針が検討されている、といった報道もありました。(たしか会社からもらっている監査報酬がかなり高額であって、報酬額のうち、一部は監査業務との対価性がなく、粉飾決算を放置する見返りではないか、といったことが検討されていたように記憶しております。実際のところは、有価証券報告書虚偽記載罪のほう助というところで立件されているのでしょうか)商事法と刑事法との接点ということになりますと、インサイダー取引や、粉飾決算関連、偽計や相場操縦に関する罪など、金融商品取引法との関連において議論されるケースが多いと思われますが、上場企業、非上場企業を問わず適用される「会社法違反」につきましては、これまであまり特別背任罪(会社法960条)以外は議論されてこなかったところではないでしょうか。「会社法」と名のつく教科書、基本書、体系書も、なぜか会社法のなかに規定されているにもかかわらず、会社法上の刑事法関連条文の解説はされておりません。(会社法コンメンタールなどでは解説がなされるのでしょうが)おそらく、このあたりは「経済刑法」なる分野として、主として刑法学者の方々が解説されるところなのかもしれません。ただ、ライブドア事件や村上ファンド事件などの検察、裁判所に対するいろいろなご批判意見などをみますと、やはり会社法や金商法実務に精通された先生方が、刑事法の先生方と協同する必要があるのではないかと思いますし、またとりわけ会社法のなかには、あまりこれまで使われてこなかったような条文も散見されますので、そういった条文の構成要件について、会社法上の刑事罰の保護法益を含めて、検討される必要があるように考えます。

たとえば違法配当をした取締役の刑事責任なども規定されておりますし、民事責任根拠とは別に、刑事罰の根拠規定となる「利益供与」の解釈問題もあります。(たとえばモリテックス事件で東京地裁が採用した、「利益供与」の解釈は、刑事罰適用においても、同様の解釈がとられるのか、その場合罪刑法定主義との関係はどうなるのか、議決権行使に関する利益供与と、株主等の権利行使に関する贈収賄罪(会社法968条)との条文相互の関係はどうなるのか?といった問題も検討される必要がありそうです。なによりも、こういった会社法上の刑事罰が適用されて、裁判所の判断が下るということになりますと、おそらく会社実務において、「刑事告訴」という、新たな会社法務上の武器が使いやすくなる、ということも言えるかもしれません。

つい先日のNBL記念特集号のなかで、債権法大改正に向けて、商法学者の方々が非常に熱心に参加されておられる、といった座談会記事を拝見いたしましたが、こういった刑事法と会社法との接点につきましても、新しい視点から明確な解釈指針のようなものを考究される組織のようなものができたらいいですね。

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コメント

山口先生

小職の属している中小会社では、この不景気と先行き不透明感から
今後の事業運営をどうして行くか苦慮しております。

その中で、新規の分野への検討もするわけですが、リスクを伴い
ます。
当然、会社の目的事項にも入ってません。
ただ、商機の時期を逸することも考えないといけない場合もあり、
以前証券の指導では、次回の総会で決議して目的事項の変更をすれ
ばよいとされてます。

それでは、手持ちの資産の(資金の)どれだけを使えるのか、どれ
以上なら会社財産を危うくするとされるのか、直近の判断をしなけ
ればならない時に、ちょうど先生のブログを拝見し、さらに悩んで
いる小会社監査役です。
何か基準があれば・・・・・

投稿: ご苦労さん | 2009年5月14日 (木) 10時57分

実際に会社法違反事件として立件されている例をみますと、そもそもリスクに関して社内で検討されていないケースがほとんどではないでしょうか。私は監査役の方を含め、経営陣がそのようなリスクを十分検討しているような事例では、すくなくとも刑事的な問題にひっかかるようなことはないと思っております。ただ、民事問題(善管注意義務違反の有無)については、これこそ法律家等による支援を必要とする場面はあるかもしれませんね。

投稿: toshi | 2009年5月19日 (火) 01時36分

こんばんは。遅ればせながらで申し訳ありませんが、ここでのご提案に諸手を挙げて賛成です。制度設計ということを考えているミクロの経済学者も是非加えていただきたいです。

素人考えで恐れ多いことですが、商行為/商人を規定し、民法を修正して特別法として対応しているのに、刑事罰のあり方には相応の対応が用意されていないのは法益の実現の仕方としていかがなものかと思っています。これは何も制度の整合性の美しさというような形而上学の話でなくて、現に経済社会の発展に伴い、経済事件の捜査が経済社会に与える影響が望ましくないほどに大きくなっているため、捜査に踏み切ったというだけで招かざる企業活動の萎縮などを生じさせてしまっていて、これは捜査する側にも、なくもがなななやりにくさを与えていると感じます。

前に47thさん宛にトラバした記事でですが「特捜で得しそう」というファンドができるのではないか、という冗談を書いたことがありまして、あらかじめ不祥事を生じそうな企業をカラ売っておいくなど、意図的/戦略的に不祥事を生じせしめて会社を捜査対象とすることで利益を得る、などという反社会的な手段が生じる可能性があります。

そんなところで昨今の経済事件がどう処理されて行くのかそこそこにながら注目していたのですが、結局のところ、法でなく、生理的嫌悪感あるいは「出る杭を打つ」のことわざで斬った、と言われても仕方がないやり方だった気がして、ライブドアにしても村上ファンドにしても処理の仕方としては相当に危なっかしく失望しました。この先、Tシャツでなくちゃんと背広着て目立ちたがらず豪語もせずうそぶいた態度もとらない、耐性を獲得した「ホリザエモン」とか、知り合いに会いそうなエレベータではあらかじめmp3プレーヤ聞いて何も耳に入らないようにしている村上ファンドもどきが将来出て来たらどうするんでしょうか。それでとたんに十億単位の粉飾にふさわしい扱いになったり、インサイダーでの立件が見送られたりしたらそれこそ変です。

私も最後の最後は、日本で金を育てる仕事といいますが幅をきかせるのは勘弁と思うところもありますが、斬り方はよくよく考えないと、頭隠して何とやら、海外の投資家になくもがなな迷惑をかけることになったりすると思います。


投稿: bun | 2009年5月27日 (水) 20時45分

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