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2009年5月28日 (木)

JR宝塚線事故における経営幹部への刑事責任追及を考える

当ブログは企業法務関連の問題を中心に扱っておりますが、経営幹部への業務上過失致死傷罪を問うJR西日本(宝塚線)事故につきましては、過去に何度か企業の内部統制の視点から採り上げております。また、日経新聞や神戸新聞の取材にもお答えしてまいりました。業過事件の公訴時効の関係もあり、そろそろ地検の捜査も大詰めを迎えているということでありますが、JR西日本本社などに対して異例の再捜索が行われた、とニュースで報じられております。とくに朝日新聞ニュースは、かなり大胆に神戸地検と最高検との(当時は鉄道本部長であった)経営トップへの業務上過失致死傷罪適用に関する評価の違いを報じており、経営幹部への刑事罰適用の難しさを改めて認識するきっかけとなりました。

私の周囲にも、この事故で家族を失った方がいらっしゃいますし、ご遺族の方々の心情は察するに余りあり、世論もどちらかといえば「刑事処罰」肯定へと傾いているのではないでしょうか?神戸地検としては、なんとか立件に向けて最後の力を振り絞っているかのようであり(200名以上のJR西日本関係者から事情聴取をされたとのこと)、「鉄道本部長として、事故は予見できた」とする組み立てをもって経営幹部の注意義務違反(過失)を立件する方針なのかもしれません。しかし、1995年当時に、その9年後に事故が発生する予見可能性というものが本当に裁判に耐えうるものなのでしょうか?9年も経過すれば、当時とは経営環境も違いますし、ダイヤも変わってきます。それでも、9年後の経営状況を見据えて、その当時の鉄道本部長は自動安全装置(停止装置)を設置しなければ刑事罰に問われてしまうのでしょうか?むしろ本当に問題だったのは、この事故発生までのJR西日本の安全配慮に関する体制整備についてではなかったのでしょうか?組織としての責任を厳しく問うことこそ必要なのではないでしょうか。

ただ、そうなりますと、二つの壁があるように思います。ひとつは、ご遺族の方々が「本当のことを知りたい」と願うことに寄与すると思われる「事故調査委員会報告」でありますが、これが関係者の刑事訴訟における鑑定書として活用されるかぎり、関係者の方々には黙秘権がありますので、おそらく事故調査には限界がある、ということであります。そこで思い切って関係者の刑事免責を付与したうえで、真実を語ってもらう・・・ということも実際に検討してもいいのかもしれません。(そのかわり、民事責任追及のための資料としては活用できるものとして、ということですが。)事実調査と原因分析のためには、どうしてもこの壁は乗り越えなければいけないのかもしれません。(なお、こういった考え方に対しては、たとえ刑事免責を付与したとしても、日本の社会では事実が公表されてしまえば「村八分」に合うことが確実なので、やはり関係者は真実を言わないので実効性に乏しい、との反論があることを付記しておきます)

また、もうひとつの壁は「法人の刑事責任」であります。こういった重大な事件発生において、法人自身をなんらかの刑事処罰の対象とすることは、事故発生直前の安全配慮体制などを問題視する点において有効ではないかと思われます。ただ、現実には法人のどのような行為を捉えて罪刑法定主義の原則と親和性があるのか、たとえ罰金を高額なものとしても、それで被害者の処罰感情がいやされるかとか、再犯防止のための実効性があるのかなど、疑問点はあろうかと思われます。(ただ、法人であっても、刑事処罰の対象となれば、とりわけ安全面での政策において安易に経営判断原則が適用されることはなく、経営者らに内部統制構築義務違反の民事賠償責任が認められる可能性は高まることで一定程度の抑止力ははたらくものと思いますが)いずれにせよ、これも大きな壁が横たわっているように思います。

最近、製品事故の件につき、企業トップの業務上過失致死傷罪適用事例が増えているようでありますが、これも「以前からたびたび事故が発生しており、そのことを経営トップが認識していたにもかかわらず、これを放置して利益最優先の経営方針のもと、安全対策を何ら講じることはなかった」といった事実が認められることが前提になっているようであります。このモノサシをJR西日本の事故にあてはめることは可能でしょうか。いくつかの壁を乗り越えることが現状では困難であるために、神戸地検のような立件方針についても心情としては理解できるとしましても、冷静に考えますと私はどうしても、鉄道本部長によるカーブ変更時期における事故回避のための作為義務・・・という構成には若干の違和感を覚えるものであります。先日、会社法と刑事法との接点を考えることは意外に難しい、といったエントリーを立てましたが、ここでもやはり同様の問題が横たわっているものと感じております。(法律の世界で「後だしじゃんけん」は絶対に許されないことがわかっているだけに、みんなが悩んでいるように思えます。本当に、この話題は考えると難しいです)

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