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2009年5月27日 (水)

監査役へのストックオプション(新株予約権)の付与議案

職務執行の対価としての新株予約権付与(ストックオプション)につきましては、私などは取締役と従業員のための株価連動型(業績連動型)報酬だとばかり思っておりましたが、「監査役」と「ストックオプション」でグーグル検索をしてみたところ、今年はずいぶんと6月総会の議案として上程されていますね。本日(5月26日)のTDNETでも数社が(あらかじめ承認を得ている監査役報酬額の枠内、ということでありますが)監査役へのストックオプション付与を議案として会社提案するようであります。どうも私的には違和感を抱いているところでありますが、監査役への付与理由としては、ガバナンスの向上が株価へのプラス材料になるので、今後の監査役の適正な職務執行を期するためにストックオプションを付与することとした・・・とされるのが一般的のようであります。

なるほど、ガバナンス向上が株価にも影響を与える・・・ということは最近よく言われるところでありますから、監査役が職務をしっかりしているのであれば、きっと市場からも評価される、したがって監査役の職務対価としてもストックオプションは意味があるのではないか、といった考え方も理屈のうえでは成り立ちそうであります。ただ、取締役や執行役員、従業員の「がんばり」は業績向上という形で目に見えるわけですから、株価連動という発想にもなじむのでありますが、はたして監査役による職務執行の「がんばり」というものはどうやって目に見えるものになるのでしょうか?

ちょっと分析的に考えてみますと、おそらく監査役の職務は、①平時における会計監査と業務監査、期中監査と期末監査、何も問題がなければいわゆる「定例監査」に終始する、上場会社の場合には会計監査は主として会計監査人に任せている、②監査役によるリスク・アプローチや会計監査人との連携や内部監査人との協議により、リスクが認められた場合には、非定例監査として、情報収集等なんらかの対応(非定例監査)を行う、③②で述べたところの職務執行の結果として、社内において取締役の職務執行に違法なものを発見した場合には、これを是正する対応をとる、④監査役会構成員としての職務分担と協議、といったあたりに分類できるものと思われます。ところで、投資家からみて、「ガバナンス向上のために、この監査役さんは頑張っている」と評価できるような外観というものはどこから判断できるのでしょうか。たとえば平時における定例監査とその結果としての監査報告書につきましては、おそらく上場会社はどこでも「ひな型」によって開示されるわけですから、「がんばっている監査役」と「そうでない監査役」との差というものは外観からは判断できないものと思います。(まさか役員会への出席率がそのまま株価に連動するということはないでしょう)、また私的には、最も監査役の能力に差が出ると思われる「リスク評価とリスクへの対応」につきましても、能力の高い監査役が活躍すればするほど、おそらく株主や一般投資家からは「普通の健全な企業」「監査役など不要なほど、問題のない企業」にしか見えないはずであります。ということは、そもそも監査役さんの「がんばり」は市場からの評価対象にはならないようであります。さらに、社内で問題を発見した監査役が、独自に異議を述べるような監査意見を出したり、取締役を相手として差止め仮処分を申し立てるなど、取締役と対峙するような場面になれば(最近ずいぶんとこういった事案も増えましたが)、確かに監査役の行動が外から見える場面ではありますが、株価は下がることはあっても、現実に株価が上がることはないですよね。また監査役さんは独任制ですから、個々の監査役の頑張りというものが、はたして監査役会の活動と区別して判断できるものかどうかも怪しいところであります。(まぁ、社外監査役にはストックオプションは付与しない、ということであればこの問題は生じませんが)

このように考えますと、監査役の職務執行の「がんばり」に期待してストックオプションを付与するというのは「ガバナンスの向上に対する投資家からの評価」という観点からは説明がつきにくいように思います。むしろガバナンスの向上の観点から監査役さんにストックオプションを付与するのであれば、それは監査役の職務執行という「運用面」に着目するのではなくて、監査役制度の充実という「制度面」に着目してこそ評価されるべきものだと思われます。つまり、監査役として、「今年は監査役の人数を増やしました」とか「専従の監査役スタッフを増員させました」とか「監査役専門の顧問弁護士を就任させ、監査に要する費用を増加させました」といったような、およそ経営陣からすれば利益を削ってでもガバナンス向上のために覚悟を要するようなことを実現させてこそ、その「がんばり」が評価される、とみるのが理屈のうえでは正しいのではないでしょうか。ただし、これが「ガバナンス向上」という視点ではなく「監査役も取締役と一緒になって業績向上にむけて頑張ります」という趣旨でのストックオプション付与、ということでしたら、また話は別であります。その場合には、業績が悪化すれば、監査役の独立性を無視してでも、取締役と一緒に監査役も報酬の一部カット、ということになろうかと思われます。(はたしてそれが監査役の職務対価の意味としては妥当かどうかは別として)

法律上でどうのこうの・・・ということではなく、株主・一般投資家からみた場合、監査役へのストックオプションを付与する意味は、上記のように理解するのが素直だと思いますし、議案の審議にあたっては、こういった理解が正しいのかどうか、株主の方々から質問が飛んできてもおかしくないように思いますが、いかがなものでしょうか。

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コメント

監査役にストックオプション?業務執行者社として業績に貢献した訳でもないのに、ありえないですよね。ガバナンスの向上が株価を上昇させたることはありえることでしょうが、それは職務遂行の範囲でしょう。まあ、ガバナンスに問題があるような企業であれば、そんな理屈もありえるんでしょうが、TOSHI先生の言われるように、世間一般の常識で考えても違和感があります。一般的な監査役は、会計監査人や内部監査人と違って、会社の業務を含めた事情に精通しているとは言い難いし、本当のところは何を監査(経営監査?取締役の監督?)しているんだろうと思うことがあります。世の中は、景気低迷による業績不振で給与カットやボーナスなしという会社も多いのに、何もしない監査役だけ好待遇なんて羨ましい限りです。(ちょっとグチになってしまいました)

投稿: KY | 2009年5月27日 (水) 09時19分

そのような理由で監査役にストックオプションが与えられるのであれば、監査役の注意義務のレベルが上がることになりませんか?

投稿: 別のとーりすがり | 2009年5月27日 (水) 10時00分

監査役の任務をいかにつきつめても、業績連動型報酬という
概念には行き着きませんでした。
「業績(利益)、株価」ではなく「事業規模連動型」ならば
まだわかります。

監査役のありかたを突き詰めれば、むしろ定額報酬の保証に
結びつきます。
極論ですが、会社が傾いても優先的に支払われるべきであって、
使用人の給与と同レベルで保証されてよいと思っています。
そのかわり、監査役の任務懈怠も厳しくチェックされるべきです。
(多くの監査役は、常に任務懈怠状態にあるように見えます)
本来の職務と責任を全うするならば、今の倍以上の水準の報酬を
与えてもおかしくないし、定額が保証されてもおかしくありません。
しかし、業績に連動するのは奇妙です。

投稿: JFK | 2009年5月27日 (水) 10時31分

山口先生

極小会社の監査役です。
法的に可能なんでしょうが、感情的にしっくりしませんね。
小職は株も持ってません。

そもそも、引受けるときに執行部のチェックということで
委任であるんだなという理解でした。
間接的には監査役の活動が関係があるかもしれませんが、
業績連動に直結するようなストックオプションの考えには
なじめませんね。
(とはいっても、昨今の不況で今回は報酬を下げる申し出を
 しましたが・・・)

一般的には、役員ということで一括りにされることから
そういう対象になることもでてくるのでしょうか。
執行部と監査とは違うのだということの理解が浸透してない
あらわれでしょうね。

誤解しているのかもしれないのですが、株主代表訴訟の場合
監査役や会計士は別ではないかと感じるのです。
しかし一般的には一緒にグルになっていると見らてます。
会社が情報を隠蔽している場合が多く、通常では、なかなか
発見できない場合が多いのではないかと思うのです。
ですからそもそも訴訟の対象とならないのではないかと思う
のですが。
(通常の努力であれば発見できる、訴訟が起こされたときに
 対応をしなかったという場合は別ですが。)

それが、ストックオプションの対象とされることで、ますます
執行部と一体であるとの感覚を植えつけることになりませんで
しょうか。

投稿: ご苦労さん | 2009年5月27日 (水) 10時55分

 監査役へのストック・オプションは、監査役が活躍して膿を出すときには株価が下がり、会社が立ち直ると監査役の定年が迫り、しばらくすると株価が元に戻る・・・・・というような、余程長期のものでない限り業績には貢献しないものかと思います。

 現実には、監査役の行動パターンとしては、株価が下がるから違法行為の指摘を止める、公表を止める(もっとも内部告発で想像以上に株価が下がるかもしれませんが)といったことになるでしょうし、こうした行動も合理的には(適法という意味ではなく)考えられることです。
 エンロンの際の取締役(日本の監査役もこれに近いかと)の行動パターンを考えても、業績(株価)連動報酬は監査役には不適切と考えています。

 それでも上場企業が導入するのは、「論点解説 新・会社法千問の道標」(商事法務・408頁)(相澤哲、葉玉匡美、郡谷大輔編著)など有力な賛成説があること、現実には従業員の延長で「取締役になるとストック・オプションがもらえるのに、監査役ではもらえないのは何故か?」という疑問に応える、ということがありそうです。

 すると、社外監査役には少なくとも付与できない構成になりそうですね。ちなみに、江頭先生は基本的には監査役へのストック・オプション付与に懐疑的ですが、ベンチャー企業などの人材確保の必要性はある旨の見解だそうです。

 今時、企業年金連合会などの株主やコンサルティング会社が反対しそうな議案を上程するところもあるのですね。株主構成によっては可決されるかもしれませんが、監査役へのストック・オプションは確か税制上非適格なので、どれくらいのメリットがあるのかよく分かりません。

投稿: Kazu | 2009年5月27日 (水) 12時13分

皆様、ご意見、ご感想ありがとうございます。やはり違和感を覚えていらっしゃる方が多いようですね。うーーん、注意義務の深度に関連するかどうかといいますと、私もそこまでは関連しないんじゃないかと思いますが・・・>別のとーりすがりさん

Kazuさんがおっしゃるように、監査役や会計参与は税法上の「役員」には該当するけれども、ストックオプションの適格対象者には含まれていない、ということからして、私は当然に監査役には縁のない制度だとばかり思っておりました。(参考文献については存じ上げませんでした。さっそく勉強してみます・・・ありがとうござます)導入しようとされている企業の場合、私も社内における人事制度との兼ね合いが一番大きいのではないかと思います。こういった制度が導入されることで、社内の能力の高い方が進んで監査役(モニタリング部門)に就任される・・・というインセンティブがはたらくのであれば、それはそれで意味のあることなのかもしれませんが。(ただ、私はやはり反対説に与しますが。)

投稿: toshi | 2009年5月27日 (水) 12時34分

鋭い議論のこのブログを日頃から興味深く拝見し、大変に参考にさせていただいております。有難うございます。
さて本件ですが、株主から委任を受けた監査役の果たすべき役割を考えると、皆様仰るとおりストックオプションの付与はいかにもそぐわないことは理屈として同感です。ところで役員賞与の一部としての監査役賞与の場合はどうでしょうか。会社法の下では、役員賞与は利益処分ではなく役員報酬の一部として位置づけられてはいますが、従来の踏襲に近い形で定例報酬とは別個に業績を踏まえて金額を設定し総会決議を採っている会社もかなりあります。この場合、監査役分もある程度業績を反映して増減させているケースも多いと思います。業績低迷の場合は確実に削減されています。監査役といえども日常は会社の業績が少しでも良くなるように、社内的にも色々助言し(監査機能のみならず経営助言機能も果たしている)、また場合によっては業務としてではなくとも顧客の紹介、会社や商品のPRを行う等の活動をしていることが通例であり、業績向上の分配に一部与かるということも、本人の意識からは不自然ではないようにも思われます。つまり会社共同体の一員としての意識です。監査機能の観点だけで割り切れる(あるいは割り切るべき)ものなのか、小さな会社の監査役を務めている身としては色々感じるものがあります。

投稿: OS | 2009年5月27日 (水) 21時05分

いつも楽しく拝見させていただいております。

監査役へのストックオプションの付与ですが、役員報酬設計に携わっているものとしては、やはりコーポレート・ガバナンス上問題があると指摘せざるを得ないと思います。もちろん、kazuさんのご指摘のとおり、手元のキャッシュが必ずしも十分でなく、相応の報酬を支払うことが難しいベンチャー企業(上場の社内体制整備でいちばん苦労することのひとつがまともな「常勤」監査役を「採用」することです)などの特殊な事情のあるケースはあるとは思いますが。

一方で、欧米企業の事例では、audit committeeのchairmanやmemberであってもnon-employee directorには、株式報酬(stock unit)が支給されることが一般的です(むしろガイドライン化されている)ので、必ずしも「株価連動型」の報酬が問題視されているとはいえないという見方もできるかと思います。

「株価上昇」に対する報酬であるストックオプションが適切であるとは考えにくいですが、株主との利害共有というのは監査役でも必ずしも否定されるものではありませんので、株価連動型の報酬全般が問題かというと、そうは言い切れない面もあるのではないかと、えーと、愚考いたします。

とはいいつつも、個人的には監査役は固定報酬一本というのが原則だと認識しています。

p.s.
公開資料から監査役の報酬水準分析をしてみると(監査役報酬から社外監査役の報酬を減じ、<社内>常勤監査役で除する)、だいたい平取締役から執行役員くらいの水準が担保されていることが判ります。常務クラスの水準の企業がたまにあるのですが、そういう企業は元専務、常務クラスが常勤監査役に就任しており、その企業での「地位」が高いことがわかったりします。報酬水準分析をすると、その企業のガバナンスの方向性(?)が見えてくるのが面白いところです。

投稿: YN | 2009年5月28日 (木) 00時12分

OSさん、YNさん、ご意見ありがとうございます。正直申しまして、OSさんのようなご意見が出ることを(ビクビクしながら?)期待していたところがあります。今朝(5月28日)の日経朝刊でも、新たに2社の監査役ストックオプション枠設定に関するリリースが掲載されていますし、今後おおいに議論すべき問題だと思いました。むしろ私のエントリーを読まれた監査役さんのなかには違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれませんね。
YNさん、さすが報酬設計に携わっておられるので詳しいですね。(私もIPO支援業務をしておりますので、上場にあたって常勤監査役さんをどうするか?ということが大きな問題であることは感じております。これを「大きな問題」と捉えない社長さんの考え方が一番困っているのですが。)株価連動型と株価上昇型とを区別して考えるというのも、すこし勉強させていただきたいと思います。ありがとうございました。

投稿: toshi | 2009年5月28日 (木) 11時42分

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