内部統制と取締役の注意義務の関係
5月20日の日経朝刊に「内部統制と規律と罰則(上)」の特集記事が掲載されており、内部統制が会社法と金商法で盛り込まれるようになった時代の取締役責任について検討されております。一橋大学大学院教授の方が「ふたつの内部統制ルールが相互に作用し、取締役が注意義務を果たしたと主張するためのハードルが上がる」とコメントを出されています。この「取締役の注意義務のハードルが上がる」ということの意味ですが、私は以下のように考えています。(なお、ここにいうところの「注意義務」は、取締役の善管注意義務だけでなく、第三者責任を追及される場合の過失{注意義務違反}の概念も含む「任務懈怠」責任の根拠となるものを指すものと解しております)
「ハードルが上がる」という言葉からしますと、内部統制システムの構築の重要性が高まり、取締役には内部統制構築に関する高度な注意義務が課されるようになったのではないか、との印象をもたれるかもしれませんが、そうではないと思います。高度な注意義務というのは、たとえば法律や会計に詳しい専門家が社外取締役や社外監査役に就任した場合に、一般の企業人であれば気付かないようなことでも、専門家であるがゆえに、気づくべきであった、それにもかかわらず、不注意にも認識しえなかった、ということで、一般の取締役であれば過失(任務懈怠)なし、というケースでも、その専門家役員だけは任務懈怠あり、と判断されることが考えられます。そのようなケースにおいて、当該専門家役員には、高度な注意義務が課されていた、と説明されます。現行会社法施行直前に立案担当者の方が大阪弁護士会で研修講演をされましたが、講演後の立ち話の折、「先生、よく社外役員に就任されていますね。こわくないですか?」と質問され、(もちろん責任限定契約は締結しておりますが)ゾッとしたことを記憶しております。
さて、内部統制の構築(整備と運用)に関する知識と経験が(取締役らにおいて)一般的となり、とりわけ上場企業の取締役会のように(大会社の場合)、内部統制システムの基本方針に関する決議が要求されるようになりますと、社内におけるリスク評価やリスク低減策の検討、そしてそれらの見直しなど、これまでの取締役の(法的な評価としての)注意義務の範囲には含まれていなかったような注意義務の履行が必要になってきたわけでありますので、上図に示したように、注意義務の有無を判断するにあたって、検討項目が広がったとみるのが妥当ではないでしょうか。おそらく上記事におきまして、「ハードルが上がった」とみるのは、これまで取締役の法的責任が議論されなかった領域にまで注意義務の有無が論じられるようになるのでは・・・ということを指しているものと思われます。ただいっぽうにおきまして、これまで「取締役の監視義務」として議論されてきた点に関しては、内部統制を適正に構築していれば、取締役の法的責任を追及されるリスクが大きく低減されるのでは?といった見解もありますので、はたして本当に会社または第三者に対する注意義務(善管注意義務または過失の前提となる取締役の不注意)のハードルが高くなったといえるかどうかは、今後の判例の流れを待って検証する必要があると思われます。
なお、内部統制の構築義務と経営判断原則との関係も、この「取締役の注意義務」に影響を及ぼすはずでありますが、これは金融商品取引法と会社法における内部統制関連法制の関係をどうとらえるか?といったことにも触れざるをえないところだと思いますので、これはまた別途エントリーにて検討してみたいと思います。
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