不提訴理由通知書(会社法847条4項)に対する裁判所の心証とは?
日本興亜損害保険株式会社の元役員の方が、先月「現取締役はわざと保険金支払いを遅らせて(利益をかさ上げして)粉飾決算を行っているので、会社として責任追及せよ」との提訴請求を行ったのに対して、6月12日に日本興亜損保の監査役は「提訴はしない旨を元役員の方へ通知するとともに、あわせて会社法847条4項に基づく不提訴理由通知書を送付した」とのことであります。(日本興亜損保のリリースはこちら。なお朝日新聞ニュースはこちら)一体何が「会社の損害」なのか、そもそも損保ジャパンとの統合に関する紛議の延長線上の問題なのではないか、といった疑問もあるかもしれませんが、いずれにせよ、提訴請求(および提訴しない場合にはその理由を開示せよ、との請求)につきましては、その対応が監査役の方々にはあらたな任務懈怠リスクである、と言われておりますので、こういった事例はとても参考になるところであります。
会社が取締役の責任を追及する訴訟においては、原則として会社を代表するのは監査役であります。(会社法386条1項)これは、代表取締役だと、責任追及の対象となる取締役との間において「なれあい」が生じる可能性があり、本来起こすべき訴訟を提起しなかったり、出来レースの訴訟を提起するなど、代表取締役には株主のため忠実にその職務を執行することが期待できないからであります。そこで監査役に会社を代表して取締役に対する訴えを提起するための権限が付与されるわけでありますが、もし株主から提訴請求がなされた後60日以内に取締役の責任を追及する訴訟を提起しない場合には、監査役は株主や取締役の請求に応じて提訴しなかった理由を通知しなければなりません。そして、その通知方法につきましては、会社法施行規則218条に規定されており、その内容からしますと、事実認定や法律解釈、強制執行による会社損害填補可能性など、法律的素養がなければ判断が困難と思われる理由の開示も必要であります。また、現実には不提訴の判断に対して、株主自身が提訴することになるでしょうから、その際にはこの不提訴理由通知書の内容を裁判所に証拠として提出することになろうかと思われます。したがって、提訴請求を受けた監査役としましては、自身の任務懈怠を極力回避するために、公正な第三者(とくに法律的素養のある第三者)の意見を参考として、そのうえで理由書を発送することになるようです。今回の日本興亜損保の事件でも、粉飾決算が問題とされているようですから、日本興亜損保の監査役さんは、外部の弁護士、公認会計士からなる委員会に調査を依頼したうえで、最終的には自己の調査結果などをもとに提訴しない、との判断に至ったそうであります。(5名の監査役さんの間でも、意見は一致されたそうです)この監査役さんが(会社の顧問弁護士以外の公平中立な立場の)法律家や会計専門家に委託して調査を進める・・・という手法は、同様の場合には一般化するものと思われます。
ところで、この監査役が外部の弁護士、会計士に調査を委託する・・・というのは、提訴請求の内容についての判断ということになるのでしょうか、それとも監査役の調査内容に対する公正性に関する判断ということになるのでしょうか?たとえば、企業不祥事が発生した場合に、社内調査委員会の調査を外部の弁護士が支援する、というものであれば前者のようなイメージとなり、社内調査委員会の調査結果について、その判断の透明性や公正性を社外調査委員会が独自の観点から判断する・・・ということでしたら後者のイメージに近くなるものと思われます。今回の日本興亜損保のリリースからみますと、前者のイメージに近いもののようであります。(つまり、監査役が責任をもって最終判断を下すのでありますが、その判断の参考のため外部の第三者に勝訴見込み等を含めた提訴の可否を検討してもらう・・・というもの)監査役にとって任務懈怠(善管注意義務違反)を問われないためのデュープロセスということであれば前者の考え方が妥当であり、また一般的にもそのような意味で「第三者に委託する」ことが「好ましい」とされているように思われます。しかし、不提訴理由通知書自身が後の株主代表訴訟における書証として提出される場合、その内容が裁判官からみて「公正に作成されたものであり、信用できる」との心証を得やすいのはむしろ後者のほうではないでしょうか。そもそもこのたびの興亜損保の事件のように、取締役による粉飾決算が問題とされるのであれば、監査役といえども「見逃し責任」や「共犯責任」を株主から問われる可能性も大きいのでありますから、そもそも監査役にも公正中立な第三者性を期待することがかなり困難な場面が想定されます。たしかに提訴するか否かという点について、外部第三者の意見を聴取した・・・ということは、それなりに判断の客観性は担保されるかもしれませんが、その外部第三者の意見を踏まえて、さらに監査役としての独自調査のうえで最終判断を下す以上は、どうしてもバイアスがかかってしまうおそれがあると思います。所詮、外部第三者に調査を委託するとしても、これまでの数々の調査委員会報告にみられるとおり、情報へのアクセスが限られている外部第三者の調査によって、どこまで真実に近づけるかは不透明であり、それよりも監査役自身の知見によって調査を進め、最終的な判断に至るまでの過程を第三者に審査してもらうほうが不提訴理由通知書の有用性は高いように思えるのですが、いかがなものでしょうか。監査役の判断の公正性中立性を、外部第三者の目からみて判断する、ということであれば、判断内容に稚拙な点があるかもしれませんが、それでも客観的にみて監査役が公正な第三者的な判断を行ったもの、といった裁判所の心証は得やすいものと思われます。ただ、監査役の判断の元になったものが第三者の意見ではなく、現実の資料によるということでしたら、株主側からの文書提出命令の申し立てによって多くの資料が開示の対象になってしまう可能性は否めないように思われます。
本来この監査役による不提訴理由通知書制度というものは、裁判所もその判断内容をある程度重視して、早期に裁判の終結をさせてしまうための「事前審査制度」(予審制度?)などをイメージして制定されたのではないかと思うのでありますが、そうであるならば、不提訴理由通知書に対する裁判所の心証(監査役が公正中立の立場で、もしくは株主の利益を考慮しながら作成したものかどうか)という点もかなり重要視されるべきではないかと思います。監査役の意見形成に法律・会計的素養のある方が参与するというモデルよりも、監査役の意見形成結果について、その意見形成の過程や結果の相当性につき、法律・会計的素養のある方が第三者の目で事後審査するというモデルのほうが、本来の不提訴理由通知制度の趣旨に合致しているようにも思えるのでありますが。そもそも、株主代表訴訟につきましては、不提訴理由通知制度以外にも、被告取締役側に会社が補助参加する場合の同意権が監査役に付与されていたり、原告株主と被告取締役との和解について会社が応じるか否かの検討の機会も監査役に付与されておりますので、極めて会社代表者(監査役)としての公正性・中立性が問われる場面でありますので、裁判所としても、そのあたりへの関心が高いところではないかと思われます。上記は通説的見解とは反する私見でありますので、未だ思いつきのレベルに過ぎず、自身における今後の検討課題としておきたいと思います。
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コメント
「公正中立」という考え方もあろうかと思いますが、提訴するか否かの判断については、監査役は自らの注意義務、違反すれば自らが損害賠償請求を受けるといった意味では、むしろ取締役に対立する立場と思います。正確には、とかく取締役側に比重がありがちな監査役について、会社法が株主(ただし、提訴請求をした株主に限らず、全ての株主ということになると思いますが。)に軸足を引き寄せているのではないかと思います。
こうした対立構造、つまりチェックアンドバランスを考えますと、無理に公正中立といわず、監査役の立場に立つ専門家に依頼する、つまり監査役(会)の顧問という位置付けでよいように思いますが、いかがでしょうか。無論、監査役顧問である場合、客観的に公正な職務を行うという義務が必然的についてくるので、結果としては変わらないのですが。
見え方の問題かもしれませんが、説明の問題としてお考え頂ければと思います。
投稿: Kazu | 2009年6月15日 (月) 12時49分
Kazuさん、ご意見ありがとうございます。まちがいなく、kazuさんのご意見が通説的かつ穏当なご意見だと思います。(そもそも、私の説であれば、はたして監査役さん方の賛同を得られる可能性も乏しいように思います)ただ、現実に提訴請求がなされた場合、こういったことも「有事」になりますので、いろいろと混乱することも考えられ、平時から問題を整理するためには一考に値するかと思いまして、あえてエントリーで検討させていただいた次第です。(もう少し、何名かの方にツッコミを入れていただけないかと期待したのですが・・・、どうもマニアックな話題についてきていただき恐縮です>Kazuさん)
投稿: toshi | 2009年6月19日 (金) 01時46分