架空増資に「偽計取引罪」が適用される理由とは?
ここのところ内部統制報告書研究と高橋氏の新刊「兜町コンフィデンシャル」の話題ばかりで恐縮ですが、きょうも関連エントリーであります。いつも巡回しておりますブログではあまり触れられていないのが先週6月24日に逮捕された投資コンサルタント社長さんの事件であります。旧ペイントハウス社に架空増資をさせた疑いで、某社長さんが逮捕された、ということでありますが、上記「兜町コンフィデンシャル」でも、この事件は後半の山場で紹介されるいるわけでして、著者でいらっしゃる高橋氏は、資金の還流経路を詳細に説明したうえで「証券取引等委員会は、これを偽計取引とにらんだ。」とまで言い切っておられます。あまりに絶妙のタイミングで某社長さんが(しかも偽計取引容疑で)逮捕されたわけで、あらためて本書における調査の深さに感銘いたします。(ちなみに、本件は例の英領バージン諸島トルトラ私書箱957番とも関連いたします。また先日金融庁から業務停止命令を受けた著名な会計士の方々も、この旧ペイントハウスの件に関与されていましたが、今回の投資コンサルタント社長さんの逮捕容疑は、もう少し前の第三者割当増資に関するものであります)
さて、6月25日の日経新聞の解説では「不適切増資について偽計取引罪を初適用」とされておりました。たしかに、過去に架空増資に適用されていたのは、電磁的公正証書原本不実記載罪であり、架空増資に偽計取引罪を適用したことはこれまでなかったようでありまして、証券取引等監視委員会の幹部の方も「不適切な株式取引や増資に対し、偽計取引での摘発は今後大きな武器になる」と答えておられるようです。新聞報道からは、本件でも公正証書不実記載罪での立件も可能だが、そこから一歩進めて、証券取引等監視委員会が積極的に偽計取引罪の適用に動いたように理解されます。しかし果たして本当にそうなのでしょうか?
過去に架空増資に関係して電磁的公正証書原本等不実記載罪が適用されたのは駿河屋事件がありますが、そこでは架空増資を行う企業の代表者の方々の積極的な関与があったわけで、(増資を行うことで、なんとしてでも上場廃止を食い止めたいといった)架空増資を行うための動機が明らかに存在するわけであります。だからこそ、架空増資を行った社長さんと、その協力者がともに逮捕されるわけですよね。しかし、このたびのペイントハウス事件の場合、架空増資に絡んで逮捕されたのは架空増資を行った会社の役員ではなく、協力者的立場にあった投資コンサルタント社長だけのようであります。(私は日経の記事しか読んでおりませんので、もし間違っておりましたら訂正しますが)そうしますと、そもそも本件では旧ペイントハウスの代表者に果たして電磁的公正証書原本等不実記載罪が成立するものであったのかどうか、すこし疑問が残るのではないでしょうか。つまり、本当はこれまでの慣例どおり公正証書不実記載罪(の共犯)として立件したかったのだけれども、架空増資を行った会社の経営者に公正証書不実記載罪で立件できない以上は、別の形で立件しなければならないのであって、その結果として「偽計取引罪」を適用することになった、ということは考えられないでしょうか。
偽計取引とは、一般には「自分または自社に有利な状況を作出するため、虚偽の情報や事実に基づかない情報で他人を欺き、株式相場の変動をもくろむ手段」と説明されます。要は架空増資にこれをあてはめますと、増資をする側の対象者がどのような認識をもっていても、(つまり真に資金調達目的を有していても)そういった「ハコ企業」を自らの私利私欲のために活用しようとして近づいてくる第三者の目的や意図からして、「虚偽の情報」を公表した、と評価できる場合には犯罪が成立する、ということなんでしょうかね。(これはずいぶんと間接事実を積み上げる必要があるのではないでしょうか)上記「兜町コンフィデンシャル」にも、このあたりの取引実態に関する説明がなされておりますが、この投資会社社長さんが主張しているように「取引実態があった」とされるのか、それとも検察庁は書証等によって「取引実態はなかった」と立件されるのか、今後おそらく裁判になると思われますので注目していきたいと思っております。
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