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2009年7月 9日 (木)

JR西日本事故の立件にみる「不作為の過失」と企業犯罪

いくつかの新聞社の取材を受けましたので、ひょっとすると私のコメントが朝刊に出ているかもしれません。(追記;朝日9面の上村教授のコメントの後に出てましたね。)非常に痛ましい事故に関する話題ですから真摯に言葉を選ぶ必要がありますし、新聞のコメント記事は(誌面に限りがありますので)誤解を招くおそれもありますので、とりあえずブログで私の見解を述べておきたいと思います。ご承知のように、7月8日、JR福知山線事故において、JR西日本社の現社長が業務上過失致死傷罪で在宅起訴され、これを受けて現社長は辞意を表明されたそうであります。(朝日新聞ニュースの深夜版が詳しく報じているようです)各メディアでは、取締役が鉄道事故によって刑事責任を問われることは極めて異例である、と報じております。

1年ほど前(2008年6月)に「不作為の過失」と経営者の刑事責任(JR西日本事故)なるエントリーをアップしておりますが、私としては、この1年前のエントリーで申し上げたことがそれほど間違っていなかった、と認識しております。1カ月ほど前の報道では、最高検と神戸地検とで起訴すべきか否か、見解が分かれていたと報じられておりましたが、過失犯の実行行為時(カーブの付け替え)に取締役鉄道本部長だった現社長さんだけを立件して、歴代の社長さん方については不起訴とする判断につきましては、結局のところ経営トップの「不作為の過失」を立件するのは困難との判断に至ったものと理解しております。現社長さんが立件されたのは、あくまでも取締役という地位からではなく、「鉄道本部長」という現場責任者のトップだったことに起因するからだと思われます。

過去に何度か申し上げましたが、自動車の運転ミスによって事故を発生させたような場合においては、過失犯の実行行為は「危険な運転」という作為を客観的に観察することで、運転者の責任を問うことは容易でありますが、鉄道事故が発生した際に、「安全配慮を怠っていた」という経営トップの不作為が、この「運転ミス」のような作為と同等の規範違反と評価できるかどうか、というところに大きな問題が横たわっていると思われます。もちろん安全配慮を怠ることは非難すべき問題です。しかしその非難すべき不作為が、果たして刑法が予定している過失犯の実行行為性を有するかどうかは慎重に判断する必要があります。(これを慎重に判断しなければ、いわゆる「後だしじゃんけん」であり、人や法人の日常の行動を委縮させてしまうことになります)

そこで、ここ1カ月ほどで、検察は異例の強制捜査に乗り出し、不作為の過失の実行行為性判断について検討を重ねてきたものであります。私が思うに、不作為の過失が立件されるためには、①事故発生への予見可能性、②予見可能性があることを前提とした結果回避義務、③結果回避行動に出たことで実際に結果を回避できたかどうか(因果関係)という点を精査のうえ、評価される必要があると考えます。そして、JR西日本の歴代社長さん方につきましては、新聞報道では「予見可能性」の問題とされているようでありますが、(たしかに予見可能性が十分ではなかったという面もあろうかと思いますが)そもそも取締役会において安全対策に関する責任者を現社長に担当させていたわけですので、事故発生の可能性を認識していたとしても、その認識を安全対策に生かす(結果回避義務を履行する)ことまでの現実の行動は期待できなかった、つまり安全配慮を怠っていた、という「経営トップの不作為」は、過失犯の実行行為性ありと評価できなかったことに帰着したのだと思われます。そしてカーブ改築時において「鉄道本部長」たる現場責任者のトップであった現社長については、事故の予見可能性がある場合には、その職責からみて直ちに自動安全装置を現場に設置する行動に出ることが可能であるため(つまり具体的な事故回避のための行動に出る義務が認められるから)そこに不作為の過失を立件するに耐えうるだけの「過失犯の実行行為性」が認められるものと判断されたのではないでしょうか。このように考えますと、現社長だけが立件された大きな要因としては、取締役という地位にあり、事故発生の可能性を判断するだけの情報を入手しうる地位にあったことよりも、むしろそういった情報を入手したのであれば、直ちに安全配慮のための行動に出るべき地位(鉄道本部長)にあったことが重視されているのではないかと推測いたします。

これは企業犯罪を検討するうえで極めて重要な視点であると思います。たとえば経営トップの「不作為による過失」の刑事責任が追及されているエキスポランドの社長さんについては、エキスポランドという企業が比較的小さな組織であり、社長さんが安全面への配慮(配慮に伴う安全対策の具体化)についても目が届くことが前提にあるわけでして、またそもそも危険性の高い乗り物を稼働させることで収益を上げている企業としては、営業面よりも安全面を最優先しなければならない理由についても明確であります。したがいまして、比較的容易に経営トップの刑事責任を追及しうるところでありますが、パロマの社長さんとなりますと、たしかに非上場会社であり、ワンマン経営に近い組織であったとしましても、安全面への予見可能性が認められたうえで、そこから具体的な事故回避のための措置を直ちにとるべき結果回避義務が認められるかどうかは微妙なところではないかと思います。そしてJR西日本の場合では、上場会社であり、また取締役会における職務分掌が明確に決められているような組織でありますので、具体的な結果回避義務というものが、役員のどこまで認められるのか、非常に微妙な問題を抱えているものと思われます。全社的なリスク管理と結びついた(会社法上の)内部統制の構築という観点からは、整備運用が進むにつれて、経営トップの予見可能性は高まる可能性が高くなるのではないかと考えますが、一方で予見可能性に基づく結果回避可能性は、(現場統括者たる)取締役もしくは幹部担当者には認められても、経営トップには認められないようなケースも出てくるのではないでしょうか。

今後ますます立件が問題とされるであろう「不作為の過失」に関する点につきまして、このJR西日本の経営幹部の刑事責任追及は、今後の同様の企業犯罪についても大きな影響を与えることになるものと思います。また立件された現社長につきましては、まだ起訴された段階ですので、業務上過失致死傷罪の実行行為性について大いに議論の余地がありそうですから、今後の刑事裁判の行方については注視していきたいと思っております。

7月 9, 2009 刑事系 |

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