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2009年7月15日 (水)

内部通報窓口からみたパワハラ問題のむずかしさ・・・・

昨日のパンデミックと法律問題につきましては、TETUさんから耳の痛いコメントを頂戴しましたが、もうひとつ、企業の安全配慮義務に関わる問題をエントリーしておきたいと思います。これも精神疾患に対する労災認定基準の緩和によって、今後ますます大きな企業リスクになるであろうと思われる「パワー・ハラスメント(パワハラ)」問題であります。パワハラといいますと、新聞報道などではたいへん痛ましい事件が報道されておりますが、そこまで大きな事件でなくても、「職場のいじめ問題」として、結構通報事実に占める割合は多いものと理解しております。グーグル検索や大きな書店でお探しになるとわかりますが、法律家が執筆した本としてはセクハラに関するものはあっても、労働者側にせよ、企業側にせよパワハラに関する本というのはほとんど見当たらないのが現実であります。(代表的なのは水谷英夫弁護士による「職場のいじめ」くらいではないでしょうか?)しかしながら、学校法人や企業の内部通報窓口をやっておりまして、パワハラ(アカハラ)に関する告発がたいへん増えているのが現実でありまして、「労働問題はわかりまへん」とも言っておれず、それなりに法律家らしく検討する必要性に迫られております。(実際、全国の労働局に設置されている総合労働相談センターに持ち込まれるパワハラ相談の件数は、6年前と比べると約5倍に増えているようであります)法律関係は(企業の場合を例にとりますと)以下のとおりであります。

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被害者と加害者の関係について「不法行為」と書きましたが、ここは上司と部下の関係もあれば、同僚による集団いじめ、というものもあります。また正社員による派遣従業員いじめもあります。企業にとってむずかしいのは、パワハラによる被害者従業員に対する安全配慮義務(労働環境配慮義務)の中身については、きわめて曖昧な点であります。ここはセクハラの場合も同様ですが、セクハラにつきましては男女雇用機会均等法の改正によって配慮措置義務が明確化され、ガイドラインも豊富に出されているところですので、まだ規範化はパワハラよりも容易かもしれません。なお、企業からは安全配慮義務と書きましたが、民事賠償問題としては、不法行為(使用者責任)も問題となります。ただ、債務不履行責任の追及が容易となれば、今後は安全配慮義務違反をもって被害者側から追及されるケースが増えると思われます。労働審判の場合にも、基本的には同じような構図になるのではないでしょうか。

さらに企業の安全配慮義務の側からみて、セクハラよりも困難と思われるのは「グレーゾーンをどうするか?」という問題であります。たとえばガイドラインを作成する場合、セクハラ行為というものは、企業にとって「あるまじき行為」ですので、セクハラなのかどうかよくわからない行為というものも一応禁止行為としてガイドラインで規範化しても問題はそれほど発生しないものと思われます。(もちろん加害者と被害者との民事上の問題は別として、ここではあくまでも安全配慮義務との関係で、ということですが)しかしながら、パワハラの場合、対象行為となるのは、上司による指揮命令権の行使だったりするわけでして、単純にグレーゾーンだからといって禁止するわけにはいかないのであります。(適切な指揮命令権の行使を委縮させてしまうおそれがあります)いまのところ、内部通報で上がってくるパワハラ事件というものが「誰がみても明らかないじめ」と認定できるのは、被害者本人からではなく、同僚や部下、パート社員など「職場のいじめ」を目にした第三者からの通報が多く、事実認定のための証拠も比較的容易に収集できるから(いわゆる公開型のパワハラ)でありますが、これがセクハラ通報のように閉鎖型のもの、つまり被害者本人から上がってくるパワハラ通報が増えてきますと、この判断の困難性に悩むケースが増えてくるものと思います。(ただ、パワハラのケースでは、被害者本人が「自分が悪いからしかたがない」とか「通報したら制裁がこわい」ということからなかなか上がってこない傾向があり、これもパワハラの根を深くしている事情のひとつだと思われます)

といいつつも、内部通報窓口をやっていて、「むずかしいなぁ」などと弱音を吐いて思考を停止させるわけにもいきませんので、自己流でもなんとか判断していかないといけないわけでして、とりあえず以下のような判断基準をもって臨むようにしております。

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おそらく裁判ともなりますと、パワハラ問題は属性要件と行為要件の総合的判断によって不法行為責任や使用者責任、安全配慮義務違反(債務不履行)が問われることになると思われます。その総合的判断の中身を整理しますと、図のように行為要件と属性要件に分類できるのではないでしょうか。そもそもパワハラもセクハラと同様、個人の人格権の侵害を意味するので、被害者の主観的判断を無視するわけにはいきません。しかしながら、企業側からみた場合、パワハラの成否が被害者の主観的な要素に左右されてしまっては、そもそも配慮すべき内容が不明確となり、対策を立てることが困難になってしまいます。そこで、被害者の主観的な要素は「属性要件」として、たとえば加害者と被害者との関係とか、事件発生までの経過(以前加害者には同様の行動があったかどうか、いじめの原因になるような問題が被害者にあったのか等)として考慮することにして、客観的な加害者の行動については「行為要件」としてその是非を検討することにしています。つまり、企業がパワハラを認定するにあたっては、被害者の主観的な判断は二の次として、平均的な社員であれば当該行為を「指揮命令の裁量を超えた個人的ないじめ」と判断するかどうか、といった客観的な判断基準を基礎とすべき、と考えております。(結局、ガイドラインを策定する場合も、この客観的な判断に基づくしか方法がないように思いますし、加害者と被害者との民事問題は別として、たとえばパワハラを認定して懲戒処分を検討するような場面でも、この行為要件を中心に考えるべきなのかな・・・と。)閉鎖型のいじめにつきましては、なかなか企業側にとっても情報収集が困難であり、自主申告があれば配置転換等の対応を個別にやっていくしかなく、原則としましては、研修や内部通報窓口の充実、ガイドラインの設定等をもってパワハラの未然防止に努めるのが原則ではないかと考えております。

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コメント

素晴らしいコラム、ありがとうございます。いつか時間を取ってすべて読破したいです。勉強になります!
さて、パワハラですが、わたくしは企業向けのコンサルタントの立場から一言。

先生のコラムにプラスして、やはり全社的な教育をすることによって相談ダイアルの価値や機能は驚くほど向上するといいたい。

パワハラが何か、どうしてダメなのか、などを学ばせないと、社員は悪気があるないに関わらず、パワハラをしたりされたりしてしまいます。

投稿: 根岸勢津子 | 2009年7月15日 (水) 14時38分

○○ハラスメント、という言葉の無秩序な生成に若干違和感を感じつつ
過ごしてきましたが、パワハラに関しては徐々に内包と外延が画され
はじめているように思います。
しかし、いまだ内容不明確な危険語だと思っております。
たとえば、セクハラも上下関係を背景としているのが通常ですから
パワハラの一種といえますね。また、そもそも「人格権」「人格的権利」
といった用語自体、一般人の見解というものがあるのかどうか怪しい
マジックワードです。むしろ、そのような権利は当該個人の側からしか
定義できないものだと思います。
さらに、先生がおっしゃるように、企業や団体においては特殊組織的な
統制関係が大前提にありますから、市民社会における個人の権利がその
ままの形で措定されるわけではないと思います。先生の図でいえば、
「人格権」のところで当該組織特有の権利修正フィルタが挟まるような
イメージです。
このフィルタの強度は、当該会社の社風という要素で決まるのではないか
というのが私見です。
企業にも体育会系でビシビシ鍛えるところもあれば、羊飼いのような
企業もあります。このような社風の相違は社会通念に反しない限度で
かなり広い範囲で許容されるものだと思います。そして、そこに所属して
いる社員は事前にあるいは入社後間もないうちに、その会社の社風を
認識し了解しているはずですから、先生のおっしゃる「平均人」というのも
「当該会社の平均人」の意味でなければならないと考えます。
社会一般の平均人の判断は、社風の評価のところで効いてくるものでは
ないでしょうか。

主観面については、被害者側のそれよりも加害者側の主観的意図が重要
ではないかと思います。
もっぱら害意(いじめ、差別、気晴らし、利得目的等)に基づくもの
なのか否かを客観的状況から推認していく必要があるのではないでしょうか。

投稿: JFK | 2009年7月15日 (水) 20時50分

ここだけの話ですが(笑、いごとではありません)、
従弟が勤める会社に、このパワハラを逆手にとってサボタージュを続けて
いる社員がいまして、労務人事部が問題にしようとすると弁護士に
訴えるぞと脅してこられてどうしようもない状態に陥っているそうです。

パワハラもセクハラも良いことであるはずがありませんが、
こういう「逆パワハラ」もあるということもまた事実なのです。

投稿: 機野 | 2009年7月16日 (木) 00時37分

 とても勉強になりました。
 被害は主観的要素が入りますから、それを客観化できる基準が大変に難しい問題だと認識しています。恐喝罪の「畏怖」のように被害者が感じれば成立するというくくり方ができるなら簡単でしょうが、そこまでの認識の共有化はされていないように感じます。
 実例は身近にもありますが、するタイプの上司は大体が根性の悪い奴ですから、こずるい言い訳をしますし、狙われる方もある種の弱さを持っていることが多いように感じます。周りでは気付いていることが多いように思いますがそんな上司は品格がないので、関わり合いになると碌なことがないと知らん振りの人が目立ちます。
 そこで配置転換とかの運用面での工夫もできる社員同士と、被害者側の自由度の低い派遣いじめとか非正規従業員いじめを同列に扱うべきなのでしょうか。雇用環境の変化の中では逃げ出すことすらできない弱者が増えています。こうした場合には別の判断基準が必要にならないでしょうか。正義の観点からどのように整理すればいいのでしょう。労弁的視点から考えて見ました。

投稿: TETU | 2009年7月16日 (木) 02時53分

皆様、ご意見ありがとうございます。根岸先生がおっしゃるように、全社的な研修というものも大切なんですね。そういえば今日(7月16日)の朝日新聞朝刊(関西版ですと24面)にパワハラ防止指南ということで、21世紀職業財団の取り組みが紹介されています。いかにして加害者が被害者の身になってパワハラを考えるか・・・といった研修は「なるほど」と思いました。また今年2月までのパワハラ関連裁判例30をまとめた本も出版されるとか。(パワハラ関連裁判が30もあるとは存じ上げませんでした。)この本、早速購入したいと思います。

投稿: toshi | 2009年7月16日 (木) 14時32分

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