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2009年7月17日 (金)

続・監査役無機能論について考える-笹尾氏からのご回答

先日、こちらのエントリーにて元日本監査役協会会長(元旭化成代表取締役)でいらっしゃる笹尾恵蔵氏の論文「監査役無機能論について考える」(月刊監査役7月号に掲載)をご紹介し、また自論も述べさせていただきましたが、笹尾氏が当ブログをご覧になられたようで、昨日メールを頂戴いたしました。以下は、笹尾氏のご了解を得て、メールに添付されていた書簡の内容を掲載させていただく次第であります。

月刊監査役7月号に掲載された私の論文「監査役無機能論について考える」が山口先生のお目にとまり、先生のブログ「ビジネス法務の部屋」で取り上げて頂いて光栄に存じます。
先生のコメントの中の有事における監査役の職務執行のあり方に関してありますが、私は、会社経営の目的は、会社の持続的な成長によって、株主、従業員、取引先、地域など会社のステークホルダーに利益をもたらすことであると考えており、経営を委託された取締役の業務執行が、会社の持続的成長に重大な悪影響を及ぼしていると監査役が判断し、かつ、監査役の助言・勧告を無視されるような局面では、法廷闘争を含むあらゆる権限を行使して監査役の主張を貫き会社を守ることは監査役の当然の義務であると考えます。

問題は、監査役の主張の正当性は、何によって担保されるべきかであります。
一つには、日常、取締役の業務執行の現場に密着して公正な目で把握した事実に基づく主張であること、二つには、日常活動を通じて監査役の活動の公正性と有用性を取締役に理解させる努力をしていた上での主張であることが大事である。
個々のissueの解決は、それが会社の持続的成長につながることが大事で、そのissueについては監査役の主張が通ったが、後に不信の山が残って会社の持続的成長の妨げとなっては本末転倒となる。その意味で、平時があっての有事であり、有事の対応も平時の対応の裏付けがあって説得性を増すと思います。

以上                                

ご教示どうもありがとうございました。以前、監査役の有事対応の正当性につきまして、三権分立における司法のような役割(法の支配)ではないか?だからこそ、たとえ監査役が孤立しようとも、自身の考えを押し通すことに迷う必要はないのではないか?と当ブログで書かせていただきましたが、こうやって笹尾氏のご意見を拝見しますと、理念的にすぎるものであり、説得力に欠けていたことを反省しております。日常における監査役の監査業務(とくに公正な目で把握した事実)の重要性、そして普段からの監査役から執行部への信頼関係構築のための働きかけこそ、主張の正当性を担保する・・・という点は、正直なところ、私の意見には欠落していたところであります。

「平時があっての有事であり、有事の対応も平時の対応の裏付けがあって説得性を増す」

この言葉の意味を、(法律家の立場から)もうすこし具体的に考えていきたいと思っております。(たしかに監査役による有事対応が通った先のことまでは考えておりませんでした。本当に頭の下がる思いです。)

7月 17, 2009 監査役の理想と現実 |

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コメント

「平時があっての有事であり、有事の対応も平時の対応の裏付けがあって説得性を増す」
本質をわかりやすく言い切っていただいた思いです。
法律の世界や監査役論からは離れてしまいますが、この基本は親子、夫婦、上司・部下でも当てはまる話で、相手と正面から向き合う日常(これが「密着して」「公正な目で」「理解させる努力」と思いました)があってこそ、いざというときに信頼という絆に基づいて直言できる、ということですね。
2年目を迎えている内部統制の現場にも「心が通う」ことを願ってやみません。会社も監査人も、建前論や形式論ではなく正面から向き合えるような現場になってほしいなと...。

投稿: ひとりごと | 2009年7月17日 (金) 05時03分

監査役をめぐる議論は、取締役の独立性の問題と同様に、実態面を含めて十分議論を尽くす必要がある重要論点です。
理念としては、この方のおっしゃるとおりかもしれません。
ただ、あまりに抽象化、一般化してしまうと、議論の焦点がぼけてきてしまうと思います。また、平時が重要としても、有事になった場合にどう対処すべきか、監査役の行為規範を考える場面には、平時からこうしておくのが大切だ、といっても始まらないのは明らかです。原則的な話だけではやはり不完全なので、それとあわせて、有事について議論をすることが不可欠でしょう。

真相をもう少し考えたまらば、監査役制度はやはり大きな限界があるといえるのではないか、とずっと考えています。きちんと職責を果たされた方がいないということを言っているのではなく、実態としては、骨抜きにされやすい、またその場合の対応が難しい、ということではないか、と思います。だからこそ、監査役制度ばかり強調して、取締役の独立性の議論を否定する隠れ蓑に使おうとする主張があるのではないか、と思われます。都合よく使われてしまう面がある点、正面から考えた方がいいでしょう。逆にいえば、どういう実務慣行を確立したら、にらみを利かせることのできる監査役になるか、ということも考えておくべきではないでしょうか。


試論ですが、監査役が何をしているか外から見えない点、監査役が仮に(対外的に)株主に対して情報発信をしようとしても、年に一度の定時総会くらいしか(法制度上は)チャンスがない点に、問題の根源の一つがあるように思われます。上場会社では株主の負託を受けているということは、市場に対する責任と同様に考えることができますが、期中に問題があっても監査役自身からの一般への開示・情報発信をするのが筋ではないか、と。それもなく辞任してしまうというのは、職責放棄と見られる余地があるのではないか(健康その他の事由は除きます)。
まず取締役や経営陣などに対する問題の指摘をし、差止めなどを求める、そして必要ならば法的措置をとる。差し止めなどとは別の問題(たとえば会計処理などの問題を含む)であれば、問題を指摘して議論を尽くす、それでも解決が図られない場合には、辞任をする前に、その開示・情報発信があるべきで、それでも対応がないような絶望的な状況に至った場合に辞任するのが、職責放棄ではないといえる形ではないか、と。もちろん辞任する方が、なにもせずに時間を無為にすごすよりは余程意義がありますが、どこに問題があったか、明らかにしないままでは、意義があってもそれは不十分で、株主側にどこが問題か伝わらず、はたして監査役は十分職責を果たしていたのか疑問が残るという意識だけが残ってしまうのではないか、と。

投稿: 辰のお年ご | 2009年7月19日 (日) 10時39分

前にも書きましたが、絶対に正しい完璧な制度なんてありえないわけで
あり、制度をいじっても議論してみてもあまり実りがあるとは
(実業の世界にいる人間の)実感として思えません。

あくまでも個々人の資質が問題なわけであり、資質そのものは
「出来上がっている、いい年をした人間」のことゆえ、
もう向上させることはできないかもしれませんが、
それなりに「監査役教育」(研修という表現はピンと来ません)の充実を
図ることのほうが大事ではないでしょうか。

監査役にこれ以上強い権限を持たせてしまった場合、彼/彼女が暴走した
とき、誰も止められない(株主総会以外解任できませんから)という
恐ろしさがあったりします。却って企業や株主に損害が発生するかも
しれません。選任した株主としてはそれも自業自得であるわけですが。

  .

辞める辞めないという話は、それこそケースバイケースでしょう。
身に危険を感じることだってあるかもしれませんし。
辞任理由は明確に株主に通知されるべきでしょうが、
それを広く社会に公表するかどうかは(会社側がそれを拒否した場合)
株主が判断することだと思います。常識的範囲での話ですが。

監査役が会社側の協力なくして外部に発表するだけの信憑性のある情報を
得ることができるとは一般には考えられません。

投稿: 機野 | 2009年7月21日 (火) 01時28分

皆様、コメントありがとうございます。こうやって、真正面から監査役制度を議論(賛否いろいろあると思いますが)できることにたいへん幸福を感じております。監査役実務に触れておりますと、やはり監査役から取締役になられる方、取締役から(別会社の)監査役に就任される方など、また監査役経験者の方々もいろんなご意見を持っておられるようで、こうすれば満点・・・というものはないものかもしれません。ただ、現実に監査役制度をよりよいものにするために、少しずつではありますが思考錯誤を繰り返すようにしたいと思っております。
ということで、宣伝ではございますが、月刊監査役8月号では、私が監査役の有事対応について語った(そのとき、あなたが監査役ならどうするか?最近の有事対応事例を基に)という超大作の論稿を発表いたします。これまた、いろんなご意見を頂戴できれば(私の本業にも有益ですので)幸いであります。

投稿: toshi | 2009年7月22日 (水) 01時17分

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