セクハラ事件と企業の内部統制構築義務(コンプライアンスの視点)
本日(7月28日)の日経夕刊「ウォール街ラウンドアップ」によりますと、米国では企業統治の不調が今回の金融危機の発端となった、との見方が強まっているようで、これまでSOX法404条(企業改革法における内部統制ルール)の適用が猶予(延期)されてきた中小上場企業に対しても、ついに今年12月より適用されることが決まったようであります。(すでにSECは中小上場会社向けの内部統制ガイドラインを整備済み)もはや監査法人からも延期要請の声は聞かれなくなったとか。米国監査法人幹部の話では「内部統制ルールがなければ、米国証券市場も、もっと会計不信問題に悩まされていただろう・・」とのことで、ずいぶんと風向きが変わったようですね。(ほんまかいな?と思わず言いたくなりますが・・・)
さて本日は、最近当ブログでもトレンドな話題となってきましたセクハラ・パワハラ関連の話題でありますが、本日の読売新聞ニュースによりますと、東海大学においてセクハラ事件後の大学側の対応に問題があったとして、セクハラ被害を受けた女性を原告とする損害賠償請求訴訟において、東京地裁は(大学側に)330万円の賠償を命じたそうであります。ちなみに加害者は同大学の助教授(元)。大学側が助教授退職後に退職理由を明確にしなかったため、女性が周囲から「助教授が退職したことについて責任がある」とみなされ、これを原因として女性も大学を辞めた、とのこと。裁判所は「大学が被害女性が研究を続けるための配慮を怠った」と判断したようでして、これは通常の職場環境配慮義務(セクハラが起こらないような職場環境を作る)とは少し異なり、事件発生後の大学側の配慮義務を問題としたもののようであります。具体的な事件の内容がわかりませんので、軽々しく論じることはできませんが、セクハラというよりも、パワハラ(アカハラ?)があったとみるべき事案ではないかと思われます。大学側として(具体的には)、被害女性にも悪いところがあった、ということが疑われないように、助教授が退職した理由をきちんと開示する必要があった、ということなんでしょうか?ただ、逆に大学側としてどこまで理由を開示すればよいのか、かなりむずかしい判断を迫られるのではないでしょうか?そもそも理由を開示するとなりますと、その前提としてセクハラに関する詳細な事実調査が必要になりますよね。事案によっては被害女性の人権侵害につながることにもなりかねませんので慎重な配慮が必要だと思われます。
また、退職理由について、あまりにも具体的に事実を記載することになりますと、逆に助教授側から名誉棄損や信用毀損で訴えられる可能性も考えられます。たとえば7月10日の朝日新聞ニュースによりますと、関西学院大学の元名誉教授の方が、弁明の機会も与えられないまま女子学生へのセクハラ行為を(大学側から)認定されたことについて、神戸地裁は大学側の不法行為を認定して、この大学教授の方に対する220万円の損害賠償責任を認容しております。(ただしこの判決はセクハラ行為を認めたものの、大学側の処分が過度に厳しい、としているようです。ただ「弁明の機会も与えられなかった」とありますので、やはり事実認定についても問題があったのではないでしょうか。)これはセクハラ認定を学内(企業であれば社内)の事実調査委員会が行うことのリーガルリスクを示すものでありまして、先日ご紹介した「わかりやすいパワーハラスメント裁判例集」に収録されている裁判のなかにも、調査方法が不適切であることを理由に被調査対象者に対する名誉棄損(不法行為)の成立を認めた判例もあります。(クレジット債権管理組合事件 福岡地裁判決平成3年2月13日ただし、不法行為の成立が認められたのは個人としての調査担当者だけであります。)これらの事案をみるに、セクハラやパワハラ事件が刑事問題として先行して立件されているような事案であればともかく、民事事件に先行して社内(学内)調査で事実を認定したり、法的判断を下すことの困難性(リーガルリスク)を物語っております。
企業コンプライアンスの視点に立ち、セクハラ・パワハラ問題に対処するにあたっては、上記のようにいたるところにリーガルリスクが横たわっております。私も(何度も申し上げるように)10数社の企業・学校法人の内部通報窓口を担当しておりますが、匿名通報に基づく社内調査の結果、その被害女性が特定されてしまい、当該匿名女性から糾弾された経験がございます。(社内ではもっぱら「通報窓口である弁護士が通報女性の名前を漏らした」とのこと。もちろん事実無根でございますが、噂というものはホントにコワイですねェ・・・。だから最初の東海大学の事案について、被害女性が噂によって精神的にマイってしまうのは私も十分に理解できるところです)コンプライアンスの視点からではありますが、有事にバタバタするよりも、平時にきちんと社内調査マニュアルや、ガイドラインを作成したり、シミュレーションを行っておくことも有益かと思います。
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