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2009年8月 5日 (水)

インサイダー取引防止体制に向けてのCFE的発想

8月3日、東証のWEBページに第二回全国上場会社内部者取引管理アンケートの調査報告書がアップされましたので、一応すべてに目を通しました。各上場企業において、インサイダー取引に関わるリスクをどのように低減しているか、その試みなどがアンケート結果とともに記載されておりまして、他社の状況などを参考にしたい、とお考えの役職員の方々にはお勧めの報告書であります。(冒頭に「報告書要旨」が掲げられておりますが、ここはあまりおもしろくありません。むしろ報告書の本文における取引所の解説部分が知識の再確認になりますし、回答企業の個別回答の部分が情報管理や売買管理における工夫の跡がみられ、もっとも参考になります)

ところでインサイダー取引リスクも、企業のコンプライアンス・リスクのひとつである、と考えれば、「どんなに頑張ってみても組織を動かすのが生身の人間である以上、インサイダーリスクを完全に防止することはできない。社内で内部統制を構築するのであれば、発生回数を減らすとか、発生したら早期に発見するとか、発生したインサイダー事件によるレピュテーションリスクを低減するとか、具体的なリスク低減目的を掲げて、その低減のためには具体的にはどうすればよいか」というアプローチが必要ではないでしょうか。たとえば上記報告書の問21以下(48ページ以下)では、役職員への啓発活動についての具体的な方法が紹介されておりまして、各社いろいろな啓発活動を実際に行っていることがうかがわれます。しかし意外にも、インサイダー取引防止に関する社内研修というものは定期的に開催している企業は少ないようで、取引所の解説でも「少なくとも定期的に研修を行うこととするなど、研修体制の充実にも取り組むことが望まれ」る、とされております。

社内研修の内容として、そもそも社内でインサイダー取引の犯罪者を一人も出さない、といった目的で行われているはずでありますが、そこに記載された研修内容を拝見しますと、「本当に社内で犯罪者を出さないことを願っているのだろうか、どっちかといえば『いちおう会社としても、ここまで体制を構築しています』と、責任を全うしていることの証左として行われているのではないか」とも思えるのでありますが、いかがなものでしょうか。先日リリースされましたカブドットコム証券特別調査委員会報告書におきまして、インサイダー取引をやってしまった社員の方が「まさかここまで証券取引等監視委員会の調査がすごいものだとは思ってもみなかった」と証言されたそうですが、もし社員研修をされるのであれば、一般社員の方々にこの「まさかバレるとは・・・」といった感覚を十分認識していただくことが重要なのではないでしょうか。また、「感覚」の問題ですから、シートベルト着用や路上喫煙のように、何度も繰り返し定期的に周知徹底の機会を設けることも必要だと思います。

何度か当ブログでもご紹介しましたが、CFE(公認不正検査士)の「不正」研修におきまして、人が職場で計画的に不正を犯してしまう要因として「不正のトライアングル」(動機、機会、正当化根拠)を学ぶわけですが、このインサイダー取引防止体制構築のためにも、このインサイダー取引における不正のトライアングルを検討してみると、ひょとすると役職員の方々にも理解していただく役立つかもしれません。たとえば役職員がその職務に関して公表前の重要事実を入手し、この情報を利用して、第三者名義で自社株を即時購入し、あとで売却益を山分けする、といった事案を考えますと、①動機はお小遣い稼ぎとか、おもしろ半分の出来心、②機会は他人名義での自社株取得だし、金額も小さいので発覚しない③正当化根拠は、他人名義での取引なのでインサイダーにはあたらない、とか、そもそも自分程度の人間にはインサイダー取引規制は及ばない(法律の不知)ので罪にはならない(かもしれない)、といったあたりに整理できると思います。

しかし実際には(現在の課徴金処分事案がすべて2007年の事件であることからおわかりのとおり)インサイダー取引に関する捜査は長期間に及ぶものであり、家族や名義を貸した第三者にも捜査の手が及ぶのが通常であります。つまり「お小遣いかせぎ<家族の取り調べによる苦痛」ということで、発覚時の事実上のペナルティを考えますと、とうていお小遣いかせぎとは割に合わない苦痛を味わうことになりますので、現実の取調を認識した場合には、この動機自身がなくなってしまうかもしれません。また、先のカブコム証券の社員の証言のように「ここまでバレるとは・・・」といった感覚は、まさに本人たちが認識しているほど「機会」は存在しないのであって、まさに「たとえお小遣い稼ぎ程度の金額であっても、不正はすべて摘発する」といった証券取引等監視委員会の捜査状況を正確に理解することにより、この認識のギャップは埋められるのではないでしょうか。そして、社内研修によって、他人名義での自社株買付けや一般社員から情報提供を受けた者であっても構成要件該当性がある、といったことを周知することで、自分たちのやろうとしていることが実は刑事罰に該当する(つまり刑事訴追を受けるおそれのある)行為であることを認識するに至り、いわゆる「正当化根拠」が消滅してしまうことになるのではないか、と思います。

そして問題は、こういった不正のトライアングルからみて、インサイダー取引は割に合わない犯罪である、と役職員が認識するための説明方法であります。ただ漠然と解説しても、ほとんど自身には無関係であるとか、自分はそもそも情報受領者たる立場にはならないとか、あまり現実味を帯びて考えることはしないように思われます。したがいまして、ここでは最近の課徴金事例や刑事罰適用事例など、具体的な事件の解説を通じて、「実際にはあなたも、同じような立場に陥る可能性がある」ということを説得的に説明することが肝要ではないかと思われます。たとえば外部から研修講師を招へいするのであれば、こういった事例から分析をして、インサイダー取引がなぜ悪いことと一般に認識されているのか、出来心でやってしまったことが後でどれだけ後悔することになってしまうのか、といったあたりを現実の事件のなかから抽出し、解説するだけの能力をもった方に依頼されるのがよろしいのではないでしょうか。(あくまでもCFE的発想に基づくものではありますが)

8月 5, 2009 インサイダー規制と内部統制の構築 |

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