監査法人の赤字経営と「監査の独立性」
いつも拝見しております武田先生のブログで知りましたが、新日本有限責任監査法人さんが2009年6月期に13億の赤字決算、と公表されたようであります。(コピーはできませんが、新日本さんのWEBページで公開されております)新日本監査法人さんは日本で最初の「有限責任監査法人」として登録されたことで、計算書類もWEB上で開示されることになりましたが、前期15億円の黒字に対して、2009年6月は17億9000万円の営業赤字とのこと。(日経ニュースはこちら)会計士の皆様はある程度、想定されていたのかもしれませんが、私などは内部統制監査や四半期レビューで相当に監査報酬が増えていたのですから、当然に黒字決算だとばかり思っておりました。(景気の波は監査法人さんにも暗い影を落としていたのですね。しかし私と同じような感覚を持っておられる方も多かったのではないでしょうか?)
ところで、こんなことを申し上げると新日本監査法人の皆様にはたいへん失礼かとは思いますが、会社法監査におきましては、監査役は監査法人の独立性や報酬額の妥当性については十分に審査しなければならないはずであります。これは(会計監査人設置会社の場合には)会計監査人と取締役との「なれ合い」を防止して、会計監査の独立性を確保するため、会計監査人の選任同意権(会社法344条1項、2項)や会計監査人の報酬同意権(同399条)が監査役に認められている以上は当然のことであります。そこで、もし外観的独立性が強く保持される必要のある会計監査人について、その経営が赤字である、となりますと、果たして監査の独立性は確保されるのでしょうか?なんとか今期は黒字にしたいがために、被監査会社に対してついつい緩めの監査業務を提供してしまうおそれ・・・ということはないのでしょうか?「緩めの監査業務を提供する」というのが言い過ぎとしましても、たとえば被監査会社の取締役や監査役から「おたくの担当者とはウマが合わないから代えてほしい。」と要望されて、正当な理由もなく経営判断によって交代させてしまう、ということにはならないのでしょうか?(これも監査法人の独立性の問題ですよね?)また、会計監査人の報酬についても、「ふっかけられたのではないか?本当に適正な額なのか?」といった疑いが生じてくることはないのでしょうか?「アホか!」と言われそうですが、けっこう監査役にとりましては真剣に検討しておく必要があるのかもしれません。(私が役員と務める会社も監査法人は新日本さんですし・・・)
「とんでもないですよ。なんといっても日本の3大監査法人、E&Yグループがそんなことはするはずないでしょ!」と怒られそうな素朴な疑問ではありますが、監査役は株主の抱く素朴な疑問にもきちんと説明しなければなりません。ましてや、9月2日の日経新聞朝刊記事にありましたように、今年年初から8月末までには上場会社における監査人の異動が196件もあったそうで、その異動のうち、新日本から離れた企業が45社、新たに就任した企業が17社ということで、この傾向は今後も続くと思われますし(最近はちょっとヤバめの会社さんの場合は、大手の監査法人さんが監査契約を解消するケースが多いですよね)、また公開された新日本さんの業務説明書によると売上に占める監査業務の割合は83,8%・・・ということですので、監査人の異動や被監査会社の上場廃止が増えることで、業績にもかなり影響が出てくるのではないでしょうか。(まぁ、売上が1044億ですから、本当はすぐに回復できる金額であることは確かでしょうが・・・)
原則として、監査法人さんは赤字経営はマズイと思います。(とくに有限責任監査法人として登録している場合はなおさらだと思います。)武田先生も指摘されていらっしゃるように、新日本さんのようにキャッシュリッチなところは良いとしましても、監査法人のGCに黄信号がともるような事態にでもなりましたら、それこそ「外観的独立性」に問題が生じるケースも出てくるように思いますし、ましてや会計監査人の独立性に問題がないことの株主への説明責任は選任同意権、報酬同意権を有する監査役にあるわけでして、どのように説明すべきか苦慮することも予想されるところであります。要らぬ心配をしないで済むように、早めに黒字転換していただくことを切に希望しております。(そういえば、大手の監査法人の計算書類の監査は準大手さんがおやりになる・・・という暗黙の了解があるとかないとか?そうしますと、次に控えている準大手の有限責任監査法人さんの場合はどこが監査するのでしょうか?大手と準大手でグルグルと「循環監査」とか「仲間内監査」なんていうのは、もっと独立性に問題がありますよね??笑)
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コメント
内部統制監査という売り物の人気がないということでしょう。
人気が無い原因は顧客がその価値を理解していないからなのか、それともサービス自体が価値の無いものだからなのか。
企業は本音のところで内部統制の制度的規制が役立つものだと思っていない。個人的にも現在の予防主義的制度はパラノイアが生み出した産物だと思っています。
内部統制導入期の慎重さゆえに監査法人が一時的にコスト過大になった面もあるでしょう。今後は監査法人も企業側もコストが減少する方向になるでしょうからそれなりのところで落ち着くのではないですか?それってきっと企業も監査法人も負け組みで、内部統制にコミットすることが制度上要求されるわけではないたかり屋さん達だけがおいしい思いをするステキな世界でしょう。
投稿: unknown | 2009年9月20日 (日) 06時12分
赤字よりは、黒字が良いですが、「早めに黒字転換していただくことを切に希望しております。」は、思っていても、発して良いのだろうかと感じてしまいました。
黒字にするには、収入を増やすか、支出を減らすかの、どちらかが原則で、元々構造的に発注を実質的に決定する経営者の作成した資料等について、適正さを監査するという、二律背反性を常に感じています。
Toshiさんの問題点の指摘について、全て同意するのですが、経営という観点からすれば、監査法人ほど、苦しい組織は、あまりないと思っております。多分、監査法人の最も正しい経営は、有能な会計士を擁し、高度な業務サービスを提供できる能力を高め、そのことにより、顧客(単なる発注企業のみならず、投資家を含め社会全般を広く考えますが)から支持を受け収入を増加し、一方で高い給与を払え、OJTで様々な体験を通じ高度な能力を身につけられるから、多くの有能な会計士が集まる。そんなことしか、ないのかなと思います。
投稿: ある経営コンサルタント | 2009年9月20日 (日) 11時37分
unknownさん、コメントありがとうございます。
最近は「スリム屋さん」なども登場されているようですが、そもそも内部統制という制度自体が「見直し」を内包しているものなので、こういった事態になるのも当然のような気がします。これまであまり「開示制度のためのガバナンス」という発想が日本にはなかったでしょうし、この制度が定着するかどうかは、①エンロンのような会計不正事件がこれからの日本でも発生するか、②財務報告に係る内部統制を中心とした善管注意義務違反を問う裁判が出てくるか、③内部統制監査の在り方が大きく変更されるか、といったあたりにかかってくるように思いますが、いかがでしょうか。
投稿: toshi | 2009年9月20日 (日) 11時44分
経営コンサルタントさん、ごぶさたしております。いつもコメントありがとうございます(コメントした時間がほぼ同時だったようですね)
私の言葉が舌足らずだったかもしれません。どっちかといいますと、報道や新日本さんの説明にもありますように、やはり経費削減の方向性でとりあえずは収支を改善していただきたい、というところの趣旨とご理解いただければ結構かと思います。ただ、計算書類をみますと、経費削減につながるのは、やはり人件費削減・・・ということになりそうですが、そのあたりのツッコミはちょっとブログでは差し控えておきたいと思います。(外野の人間なもので)
たとえばIFRSあたりの非監査業務収益が今後確実となれば、そちらの収入増も期待できるのでしょうけど、どうなんでしょうかね?
投稿: toshi | 2009年9月20日 (日) 11時52分
①や②の事態が起こると現在の内部統制制度が必然のものとなるのでしょうか?法律や判例ができればそれに対応しなければなりませんが、最終的に社会を回していく上で有益なものか否かよく考える必要があると思います。他に選択肢は無いのか?聞きかじりでしかありませんが、例えば行動経済学では倫理規範の有効性、効率性が見直おされて来ているようです。これと事後規制を組み合わせたものが大きく言えば人類の歴史において王道となってきたのではないでしょうか。
IFRSが内部統制制度改正のきっかけになればと期待しています。
投稿: 最初の無名 | 2009年9月20日 (日) 16時38分
再度のコメント、ありがとうございます。もちろん「必然」というわけではありませんが、そもそも「費用対効果」の実証がむずかしい分野ですので、こういった事象が社会的に認知されるための要因となる可能性が高いものと思います。IFRSと内部統制報告制度との関係についてはまた別の機会にエントリーしたいと思っております。
ところで、行動経済学で倫理規範の有効性・効率性が見直されてきている・・・ということですが、ちょっと関心がありますので、何かこのことを知る手がかりになるような書物や雑誌の特集などご存じでしたらお教えいただけませんでしょうか?(他の方でも結構ですので)コンプライアンス経営一般にも関連性があるのでしょうか?
投稿: toshi | 2009年9月20日 (日) 18時06分
一般の企業と異なり、監査法人は金融庁の監督下にありますから、厳格な管理がなされているかぎりは独立性に問題が生じることはないと思います。ただ、金融庁自身がこの問題をどう考えるのか、知りたいところですね。
投稿: shimono | 2009年9月20日 (日) 22時54分
監査法人さんもまた官僚や学者に振り回された被害者で(も)ある、
ということなのですよ。
海のものとも山のものともつかぬ新しい制度が発足されるにあたり、
果たしてどの程度監査資源(人材)を確保すれば足りるのか
さっぱり分からないなかで監査を進めねばならなかったわけで、
大いに同情申し上げます。
.
政権が変わった(代わった)ということはびっくりするようなことが
起こって当然なのだと思います。
新しい大臣による過激に思える(或いは滅茶苦茶な)発言もまた、
既成観念を打ち破るためには必要なのですよ。
混乱のない改革などはないのですから。
監査役制度が変わったり、内部統制報告制度が打ち切られたりする
ぐらいことはもう普通、普通(笑)。
投稿: 機野 | 2009年9月20日 (日) 23時42分
はじめて投稿いたします。いつも勉強させていただいております。
あまりいままで考えられてこなかった問題ですよね。(Toshi先生が委員をされている会計制度監視機構あたりは、平成17年ころから、監査法人の経営環境と監査人の倫理問題について研究されていたことはあったかもしれませんが)
そもそも上場会社と異なって監査法人が赤字決算を出すことと、そこに在籍する有限責任社員(もしくは無限責任社員)の監査業務への影響度がどれほどのものかは定かではないと感じています。(投資家のような存在もなければ、法人の一般債権者にとってもそれほど開示情報が大きな問題となるわけでもない)まぁ、関係するとすれば、非監査業務の割合等がどれほどあるか(独立性への脅威という視点で)、というあたりかと。第三者責任が怖くて有限責任法人へ移行したのであれば、赤字問題よりも、むしろ社会的使命を全うするために、独立性はあえて厳格に保持する方向へ現場の社員のインセンティブは働くでしょうから、監査役としては、そのあたりを株主にご説明されればよろしいのではないでしょうか?
ただ新日本さんの場合、よほどの経費削減を断行しなければ黒字化はむずかしいでしょう。IFRSのコンサルティングという「神風」が吹けば別ですが、どうも神風は吹きそうにもないですし。
投稿: Pすけ | 2009年9月21日 (月) 00時33分
監査法人に対する監査人の独立性については、JICPAのガイドラインがありますね
http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/post_989.html
投稿: unknown1 | 2009年9月21日 (月) 00時45分
そもそもIFRSへの世界的収斂は結構内部統制外しの面があるのではないか?少なくとも任意かレビュー程度にしてもらいたいところです。
「予想どおりに不合理」にちらりと出ています。この本ニューズウィークで今読むべき本50とういう特集で知ったのですが非常に示唆に富む内容です。
投稿: 無名 | 2009年9月21日 (月) 01時09分
(すいません追加です。なんなら前の投稿にまとめてください。)
行動経済学とはなんぞやというところを読みやすく書いた本であり、特に内部統制やコンプラ関係のものというわけではありません。
投稿: 無名の男 | 2009年9月21日 (月) 01時17分
度々申し訳ありません。
以前何かの記事で、「内部統制制度はある程度建前化され、運用でうまくごまかしていくことになるであろう。その際危険なのは、建前と現実の隙間を当局が利用し、何らかの理由でけしからんとなった企業をつるし上げる際のダシに使う恐れがあること。」といった趣旨の記載がありました。
この辺の恐れないしそれに伴う社会的コストについては何かお考えをお持ちでしょうか?
投稿: 無名の男 | 2009年9月21日 (月) 01時35分
山口先生、かなりのご無沙汰でした。中々書き込みができずにすみませんでした。
無名さんのご指摘のものかどうかは分かりませんが、日経ビジネス人文庫から「組織は合理的に失敗する~日本陸軍に学ぶ不条理のメカニズム~」(菊澤研宗(慶応大学商学部教授)著)が刊行されています(2009年9月2日)。
はしがきから一部を抜粋すると、
・「本書では、今日、経済学や経営学の分野でよく知られている「新制度派経済学」と呼ばれている最新のアプローチを用いる。この新制度派経済学アプローチは、今日、「組織の経済学」とも呼ばれており、様々な組織行動を分析するために応用されている。とくに本書では、このアプローチを不条理な組織現象を説明する理論として新しく解釈し直して利用する。」
・「本書では、このような理論的アプローチのもとに、大東亜戦争における日本軍の戦闘行動を分析し、日本軍の非効率で不正な行動の背後に人間の合理性が潜んでいたことを明らかにする。そして、現代の企業組織や官僚組織にみられる非効率で不正な行動の背後にもまた、同じ人間の合理性が潜んでいることを明らかにする。」
との事です。そして、冒頭(第一章)で、新制度派経済学の主要な理論である「取引コスト理論」「エージェンシー理論」「所有権理論」を説明し、それ以降で、実際の日本軍の戦闘行動を例に各理論を説明するという構成で書かれています。
私も丁度読みかけで、このアプローチによる組織論の入門を勉強していたところです。専門書はいきなり読むのはしんどいので・・・。お探しの意図にあうかは分かりませんが、ご紹介しておきます。
投稿: コンプロ | 2009年9月24日 (木) 23時03分
監査法人の費用は大半が固定費ですので、少しでも報酬が下がるとすぐに赤字になります。大量採用ができるのは唯一合格発表の時期だけですから、予想収入・合格率の見込みを正確に立てなければ、異常な忙しさになったり、今回のように赤字になります
今まではOB等の非常勤会計士が忙しくなった時には手伝ってくれるなど、調節弁がありましたが、今は金融庁の指導もあって、非常勤会計士の利用が制限されているため調整弁なしで経営をせざるを得ない状態です。
昨年度でいえば、忙しく職員にも負担が大きかったので、モチベーションの維持のためにも給与の削減は困難でしたが、究極的には「社員」の退職金の削減などで対処も可能ですので、現時点では経営に大きな支障はないと思います。
投稿: PY | 2009年9月26日 (土) 02時21分
高品質のサービスを提供し、高収入を得るのが王道でしょうが、監査人の場合、契約の相手である被監査会社の他に、監査の受益者である株主(投資家)が存在し、三者の関係となるところが他の職業的専門家や経営コンサルタントとは異なっています。会社にとっての高品質の監査と株主にとっての高品質の監査は同一でしょうか?両者の乖離が、監査法人の経営を難しくする要因となっています。会社よりの監査を行えば、監査リスクが高まることとなる一方、株主よりの監査(本来あるべき監査ですが)を行えば、監査契約が解除されるリスクがあります。
監査の品質について今流行りのゲームの理論で考えると、監査人と株主の二人のプレイヤーがそれぞれ、①高品質の監査サービスを提供する②低品質の監査サービスを提供する、①高い監査報酬を負担する②低い監査報酬を負担する の戦略を採用すると仮定すると、4つの組合せがある監査ゲームとなります。この監査ゲーム均衡解はどのようになるでしょうか?②低品質の監査サービスの提供と②低い監査報酬を負担する の組合せとなるというのか、ゲームの理論の教えるところです。
何故ならば、株主は監査の品質を直接評価出来ませんので、品質の定かではない監査サービスに対して高い監査報酬を負担しようとはしないでしょう。低い監査報酬のもとでは、監査人は工数のかかる高品質の監査サービスを提供しようとはしないでしょう。
監査がこのような構造をしていることから、高品質の監査サービスが実行されるためには、会計監査人の職務執行を監査し(監査の品質の評価)、監査報酬の同意権(報酬額の妥当性の評価)を持った監査役の役割が重要ではないでしょうか。
投稿: 迷える会計士 | 2009年9月27日 (日) 17時19分
「財務アナリストの雑感」に興味深い分析が出てますね。
http://blog.goo.ne.jp/dancing-ufo/e/85e8cabf8a2e54115c306889bac4ad4d
投稿: 迷える会計士 | 2010年11月11日 (木) 09時21分
まさにいまオリンパスなどで問題がでてますね。監査報酬のダンピングで監査の質が落ちているのでしょう。
投稿: unknown1 | 2011年11月 5日 (土) 19時42分