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2009年9月 3日 (木)

空飛ぶDHJ(コンプライアンス経営はむずかしい)

ある上場会社の常勤監査役の方より、「2年目のJ-SOX」に関するたいへん興味深い論文をいただきました。(どうもありがとうございます)私信扱いにしてください、とのことですのでブログではご紹介できませんが、今後のエントリーにおける参考にさせていただきます。まじめに年月をかけて社内でのプロジェクトを推進してきた会社にとりましてはJ-SOXの効率化はまさに喫緊の課題であるようでして、今後の展開が非常に楽しみであります。

さて、本日はひさびさの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズでありますが、5日ほど前の朝日新聞ニュースに気になる記事が掲載されておりました。ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、三沢基地に勤務していた航空自衛隊の女性空士長(26)の方が、昨年5月ころより派遣型風俗店でアルバイトをしていたことが発覚し、報告を受けた上司(2等空佐)が、彼女の将来のことを考慮して、本来ならば懲戒処分(兼業禁止に該当するものではなく、自衛隊員にふさわしくない行為に該当するものとして)とすべきところを依願退職扱いとした、とのこと。この空士長さんは、依願退職となったのでありますが、その後再び防衛省の非常勤職員となり、さらに驚くべきことに風俗嬢アルバイトも継続していた、ということだそうであります。(朝日新聞ニュースはこちら

私の今年のコンプライアンス・セミナーをお聞きになった方ならばご存じのとおり、皆様方と一緒に考えましょう・・・ということで例題をいくつか出させていただきました。たとえば以下のようなものであります。

(例題1)私(課長)の課に配属されている女性職員であるAさんが、男性社員であるB主任より執拗にデートの誘いを受けて困っている、という苦情を相談されました。私はAさん、B主任ともに以前からよく知っているので、間に入って私的に解決したいのですが、よろしいでしょうか?

(例題2)私の部下であるCさんが、帰宅途中で交通事故を起こしたということで、Cさんから事情を聴いたところ、飲酒運転のうえでの事故とのことでした。幸い双方とも物損だけの事故でしたし、警察にも要請に応じて出頭する旨を申し出ていますので、このまま会社には内緒にしておこうかと思っています。

実は、こういった例題は単なる空想によるものではなく、後日会社の社会的評価を低下させるほどの大きなコンプライアンス問題に発展してしまった実話を元にしているものでして、その問題の発端となる事実を掲載したものであります。先の朝日新聞ニュースで報じられていた航空自衛隊の問題につきましても、やはり上記例題にかなり近い状況がうかがわれます。そこで、この航空自衛隊デリヘルバイト事件につきまして、まじめに考えてみたいと思います。

1 なぜ空士長のデリヘルバイトが部隊内で発覚してしまったのか?

上記朝日の記事によりますと、この女性空士長のアルバイトが2008年5月ころ、同じ部隊内の同僚が知るところとなり、これを女性空士長の上司(2等空佐)に報告をした、ということであります。では、なぜ同僚に知られるところとなったのでしょうか?たまたま同僚が指名してしまった・・・などということはまずないものと思いますし、「ナイトウォーカー」や「シティヘブン」のような紹介雑誌に彼女が掲載されていた、ということでもないものと思います。一番可能性が高いのは、彼女のプライベートを知っている男性もしくは女性との人間関係のこじれ・・・という線ではないでしょうか。先の(例題2)では、課長と部下であるCさんとの後日の人間関係の破たんが大きな問題に発展する原因となりましたが、上記事例におきましても、その可能性が一番高いように思われます。(ただしあくまでも推測にすぎません)

2 同僚から報告を受けた上司は、なぜ彼女を懲戒処分にしなかったのか?

先の朝日の記事によりますと、この上司(2等空佐)の方は「彼女の将来を考えて」あえて懲戒処分とはせず、依願退職扱いとして処理したようであります。この上司の方は、おそらく真意として彼女のことを考えて人間味ある処理をされたものと思います。(きっとこういった方は、社内でも信頼が厚く、部下からも尊敬されるタイプの方だと思いますし、この方と同様の振る舞いをしよう、と考えておられる方も多いのではないでしょうか)セミナーに参加された方も、例題1および2におきまして、正規の社内規約があることは知りつつも、人情味あふれる上司として、「俺の胸にしまっておくから」ということで内々に処理する方向を選択された方もいらっしゃいました。たしかに、問題が発覚しない可能性が皆無、ということでしたら、このような選択肢が(コンプライアンス違反か否かは別として)一番落ち着くところかなぁとも思われます。

3 なぜこういった一連の事件が、マスコミの知るところとなったのか?

防衛省は、この風俗アルバイトを継続していた元空士長への処分を検討している、とありますが、もちろん懲戒処分の対象となる行為に及んでいたのですから、これもやむをえないところかと思います。しかし、なぜこういった内々で済ませておきたかった事件がマスコミの知るところとなるのでしょうか?やはり可能性が高いのは、そもそも「こんなことが隊内であっていいのか?」との思いで通報をした同僚の方による更なる内部告発ではないでしょうか?(もしくは、彼女と人間関係がこじれた者による内部告発かもしれません)とくに行政が公式に公表すべき事件とも思えませんので、マスコミ数社(もしくは1社)に対する事件の通報があったとみるべきではないかと思います。こうなった以上は元空士長だけでなく、この上司の方も、なんらかの処分対象になるのかもしれません。

私はしゃくし定規に、セクハラ規程、内部通報規程、飲酒運転規約等が存在するのであれば、私的に相談を受けた事例につき、相談に応じることはせず、正規の社内ルートによって解決を図るべきである、とまで申し上げるつもりはございません。ただ、かっこ良い上司として内々に処理するのであれば、そこに潜むリスクについて十分認識したうえで行動を起こすべきである、と申し上げたい。「そこに潜むリスク」といいますのは、外に潜むリスクと当該上司の方の内に潜むリスクであります。「外に潜むリスク」とは、たとえば元空士長についてよく思っていない同僚の存在だとか、人間関係のこじれだとか、内部通報や内部告発のリスクだとか、マスコミの関心というものであります。いわば「不祥事発覚リスク」というものですね。そして最もおそろしいリスクは「上司自身にあるバイアス(偏見)リスク」であります。たとえばその上司が元空士長に対して「かわいい部下」という認識を抱いていたとすると、「こんな部下を悪く思うやつはいない」とか「こんな部下の友達が彼女を裏切るわけはない」といった偏見が消えず、先に説明したような「外に潜むリスク」を見えなくしてしまいます。また同僚による内部通報にしても、「同じ部隊の者がマスコミに通報するようなことはしない」とか「そもそもマスコミが面白おかしく書きたてるような話題ではない」というように、有事になるとどうしても楽観的な方向での思考に走る傾向になってしまいます。さらに上司の方は「彼女は将来のある身だから」と真摯に考えていたとしても、朝日の記事にあるとおり、人間はまた同じ行動を繰り返す傾向にあるのが現実であります。(先の例題2においても、結局のところ、部下は再び飲酒運転による事故を発生させてしまい、人身事故によって内々の処理が表面化していくことになります)

血の通った人間どうしで構成される組織である以上、法律では捉えられない義理人情が組織の潤滑油として不可欠であることは否定いたしません。しかしながら、リスクの存在を知りつつあえてグレーな対応に出る場合と、リスク自体が見えないままにグレーな対応に出る場合とでは、その後の企業不祥事へと発展する過程において大きな差が生じます。(リスクを承知のうえで、あえてグレーな対応に出た場合には、その後有事に至る場合でもなんとかなるケースが多いと思います)思考停止のコンプライアンスに陥らないためにも、(いろいろとご異論はあるとも思いますが)誰でも悩みそうな身近な事例を元にして、コンプライアンスリスクの存在を丁寧に分析してみることも、有益ではないでしょうか。

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コメント

 解決できない問題に中途半端な親切心は出すべきではない、と考えています。手を出すなら最後まで解決する覚悟を持つ。失敗を重ねてきてそんなふうに思うようになりました。
 昔、知り合いの弁護士のところで、覚せい剤事件の女性被告の更生にかかわったことがあります。男にそそのかされて中毒になり、ところが男はある警察の情報屋だったため、逮捕もされませんでした。女性の親から頼まれ、こんなバカなことがあるかと走り回り、裁判は公訴棄却に持って行き、親の所に戻して覚せい剤から手を切らせようと口も手も出しました。記者がやることではないですが、まあ、性分なのでしょう。私としては、良かれと思ったのは事実ですが、覚悟はできていませんでした。こっちが傷つくようになると、結局逃げてしまったのです。女性はまた家を飛び出し、覚せい剤に手を出すようになってしまいました。
 本当の解決策を考えていなかった、ということです。自衛官のケースで言えば、上司は懲戒免職を避けることが解決策のように勘違いしているのではないでしょうか。その女性が風俗に走ったのが、経済的なことのためか、自らの性向によるものかによって方針は異なるように思います。いい上司を気取るのか、女性を立て直すのか、を定めなかったのがその後の展開に繋がったのではないでしょうか。
 コンプライアンス的に捉えるなら正規な処理をした上で、血の通った解決策が取れればベストだと思います。懲戒免職にした後、1年なり2年なり経って立ち直れば、再雇用するぐらいの度量があれば、素晴らしい組織だと思いますが、知られてしまえば切るしかないのであれば、最初から切っておいた方がお互いにいいように思います。企業はそういう組織だと思います。よほどの手を打たなければ、漏れると思っていた方が間違いないので、分かった時点で相当な処置を取る方がいいと考えています。
 

投稿: TETU | 2009年9月 4日 (金) 23時55分

TETUさん、コメントありがとうございます。
こういった場合、保身の気持ちを隠すためにかっこよく振る舞うケースが多いのかと思いましたが、TETUさんのように本心から「内々に済ませよう」とされるケースもあるんですね。そうであるならば、たしかに正規な処理をしたうえで血の通った解決策も検討できるのかもしれません。
私は自分が尽力した分、自分の希望どおりに更生してもらえないと「損した気分」になってしまいますが、まだまだ人間が小さいのかもしれません。(笑)これからも身の丈に合った仕事をしていきたいです。

投稿: toshi | 2009年9月 7日 (月) 02時30分

航空自衛隊の問題について、どうも釈然としないのです。

何故なのだろうと、思うのですが、女性だから、そうなったのかなと、感じる点があるからかも知れません。

仮に、男性の隊員であり、買春をしたことが、ばれたら、どうなるのか?その場合は、おとがめなしとなる気がするのです。買い手と売り手は対等だと考えるべきか?もし、男性隊員で売っている隊員がいたとしたら、多分この女性隊員と同じになったとも思います。

組織や企業の信用力への影響に対するリスクを考えれば、対応は、ある程度決まってくる。一方で、組織の中では、どうなのなか?私は、自衛隊のなかのことを全く知りませんが、男性隊員と女性隊員が、プライベートな話はほとんどしなかったり、男性隊員の間の会話では時には買春のことが話題になったりしている状態であった時、何を対処すべきか、悩みます。

投稿: ある経営コンサルタント | 2009年9月 7日 (月) 11時53分

経営コンサルタントさん、おひさしぶりです。コメントありがとうございました。
私もほとんど自衛隊のなかのことは知りませんが、グーグルで検索しますと、やっぱり「買春」のケースについて新聞沙汰にはなっていますね。やはり本事例と同様「自衛隊員としてふさわしくない行為」に該当することは間違いないと思います。
ただ、たしかに「内部通報」とか「内部告発」というところにはなかなかつながってこないような気もします。(これはやっぱり、売るのと買うのとの違いかもしれません)
この事件、単発でしょうし、後追い記事は期待できませんが、もうすこし私も事実関係を知りたいところです。

投稿: toshi | 2009年9月 9日 (水) 02時10分

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